夢。
そう。これは、夢。
もう2度と思い出したくない、あの日の景色。
「成る程、コネクトドライバー……か。どこのどいつがそんな物を発明したのか、是非とも顔を見てみたいものだなぁ?蟷螂ィ……」
誰かからの報告を聞いていたらしい、豪華な装飾が成された部屋でそう舌舐めずりをしながら私に話しかけてくる丸々と太った男は、
「オイ蟷螂ィ!なんだその態度は!!ワタシがその気になればお前の親と同じようにしてやってもいいんだぞぉ!?」
「……すみませんでした」
言葉ばかりの謝罪。それでも満足したのか、それとも諦めたのか、斑尾は私を床に叩きつける。
「反抗的なガキは好きじゃないが……感謝しろ蟷螂、ワタシが直々にお前を使ってやる……」
斑尾が私を組み伏せ、そのまま私の腕をへし折る。
「イギィッ!?いだいッ!!い゙だい゙ぃぃぃぃッッ!?!?」
「んん……?案外いい声で鳴くんだな、ガキの癖に」
臭い空気を撒き散らしながら、私の口の中に舌をねじ込ん
「ッハァ〜……顔はいい癖に体は全然だな、全く以って時間の無駄だった」
まだらびがわたしのあたまをふむ
「いたい……ごめんなさい……ゆるしてくださ」
「黙っていろ!!お前も親みたいにされたいか!?」
いたい
なぐられてあたまがへこんだ
たすけて
「一々腹立つガキだな……そうだ、オイ!そこのメイド!」
「──ハッ」
きゅうにでてきためいどさん
まだらびにあちこちさわられてるのにもんくすらいわない
「例のあの……なんだったか……名前は忘れたが、ドライバー持ってる家族、いただろ?コイツに殺させてこい」
「……わかりました。それでは、その子を」
うしろからつきとばされる
いたい
たすけて
「行って参ります」
かたをつかまれていつのまにかわたしは
「……大丈夫?怖かったでしょ……」
いつの間にか私は、全く来たこともない、知らない場所にいた。
誰の姿も見えない、閑静な住宅街。
……そうか。確かに、ここで。
「おねえさん……だれ……?」
「私?私はねぇ……」
──
確かにここで、私の運命は動き始めた。
「あんた……確か、光咲ちゃんだっけ?今何歳だい?娘と同じくらいに見えるけど……」
「……ろくさいです」
「やっぱり娘と一緒だったか……よく頑張ったよ。その歳であんな奴の相手をするなんて」
ここは、夢の中。
だったら、多少前と違うことをしても……!
「……あの!」
「早速だけどこれを……」
声が被ってしまった。「ごめんごめん」と言いながら心結さんは言葉の続きを促す。
「心結さんだったら、大切な友達か、
「そりゃまた……難しい質問だねぇ……まるで光咲ちゃんが大人になったみたいだ」
そう言いながらも、心結さんの顔にはどこか、その答えが表れている気がした。
「私だったら……時と場合によるかな。逃げるような答えで申し訳ないけど……本当にその人のことを“好き”って、自信を持って言えるならその人のことを助けたほうがいい。でも、ちょっとでもそこに迷いがあるなら……」
「……下手に助けないほうがいい、ってことですか?」
「そうだね。その選択が、自分だけじゃなくて相手の大切なものも奪うことになりかねない。そう言うのは……ちゃんと考えなきゃいけないと思う」
相手の……時晴の、大切なもの。
「私、本当に大切な友達がいたんです」
「……それで?」
心結さんの顔から微笑みが消え、気のせいか、周りの空気も少し重くなる。
「その人に、私が醜人だってバレちゃって……しかもその人は、
……なんでだろう。
ここはただの夢の中な筈なのに。
まるで私の目の前にいる心結さんが、本当に存在しているような、そんな気がして。
「私、どうしてもその人と仲直りしたい。ずっと隠し事してたのを謝って、赦してほしい。……でも、できないんです。もし謝ろうとして、目すら合わせてもらえなかったら……とか、考えちゃって……。酷いですよね、私。ずっと悪い事してたのは私なのに、この期に及んでまだ自分のことばかりしか考えられてなくて……。それに段々、わからなくなってきたんです。私が本当はどうしたいのか。私は
「──ちょっと、大丈夫?」
「……すいません、取り乱しました」
違う。取り乱してない。
「あぁ、そっか……まあまだ小さいんだから、少し癇癪起こすくらいなら別にそんな謝らなくてもいいと思うけどね」
「……もし私が、心結さんが思ってるより子供じゃなかったら、どうしますか?」
違う。私は、子供。
この頃から何も変わってない。赤ちゃんみたいに癇癪を起こして、自分のことしか考えられない子供。それが私。
「どうするって……特にどうすることもないけど。まあ、強いて言うなら……」
強いて言うなら?
私が聞き返すよりも早く、心結さんは真剣な顔で私に語りかける。
「さっき言ってた、なんで私は誰の一番にも……ってやつ。あれは正直どうかなーと思ったよ」
「どうかなー……って?」
「まあまだわからないのも当然だと思うよ。きっといつかわかる日が来るから、その時に」
「心結さん。……教えてください。何が、悪かったんですか」
ただ、知りたい。
どうすれば、私は大人になれるのか。
どうすれば、
……今、私、何を考えた?
いつから私、こんなに彼のこと、好きになってたの?
「あのねぇ……誰かの一番になんて、自然になれるわけないんだよ。もし自分が誰かの一番になりたくて、でもその人には大切な人がいたとしたら……その時は、自分からぶつかっていかなきゃ!女は度胸!って言うでしょ?」
でも、本当に彼のことを思っているなら。
私はきっと、彼の幸せを願う筈で。
もしかしたらこの感情は、「好き」なんて綺麗な感情じゃないんじゃないかって。
「私はそう言う『青春!』って感じの事、できなかったから……せめて君達には、それくらいのことはしてほしいかな……って。お節介かもしれないけどね」
ふと、引っかかる。
この人は、苗字からも分かる通り、りーちゃんのお母さん。なら、今まで一切話に出てこなかった、心結さんの旦那さんは、一体。
「じゃあ……心結さんの旦那さん……
「……斑尾番。アイツが家の子の、莉奈の父親だよ」
「──は」
アレが……斑尾が、りーちゃんの、父親?
「嘘……だって醜人と人間じゃ、子供なんて……」
「……やっぱり、されてる時のことなんて覚えてるわけないよね」
「ごめんなさい……どうしても、思い出せなくて……」
「いや、なんでもない。光咲ちゃんは知らなくていいことだ」
知りたいとも思わない。そんな私の心を読んだかのように心結さんはカラカラと笑う。
「あ、光咲ちゃんには教えといてもいいかな」
「……何を、ですか?」
「私の家の……何と言うか、家訓、みたいなやつかな。まあそんな大層なものじゃないから期待はしないでほしいけど」
あの時には、聞けなかったこと。
もしかしたら何か変わるかもしれない……そんな淡い期待を抱きながら、次の言葉が紡がれるのを待つ。
「その家訓ってのがね──」
……。
なんか、感動した気がする。
本当に真っすぐで、そんな家訓と言えるほどの大層なものでもない。確かに心結さんの言う通りだけど、でも。
今の私にはきっと、必要なことだったと、思う。
もし、このまま、私にとって必要なだけの夢で、終わってくれたら──。
「なんだッ!?今の音……ッ!!」
突如鳴り響いた、何かが砕けるような音。
……どれだけあの時と違うことをしても、運命には抗えない。
「何が起こって……まさか、時空が壊れて……ッ!?」
その音が聞こえたのは少し先にある大きめの一軒家。
「
自分が今、何をやらなきゃいけないのか。
あの時の私はまだ、人を命の重みなんて、知らなかったから。
「──何処に行くのッ!?」
音が鳴る元へ、走る。
気が付けば私の体は大きくなって──いや、醜人の姿になっていて、自分でも驚くほどのスピードでその一軒家へと突っ込んでいた。
飛び散るガラス片。
そして、目を見開く2人の大人と、私と同じくらいの歳の……大切そうに玩具を抱きしめる男の子。
確かに、この時。
私は、初めて、人を殺した。
「や……やだ……だれか、たすけて……!!」
玩具を抱きしめたまま覚える男の子。
「ごめんなさい……あなたも、すぐに……」
男の子へ鎌へと変貌した腕を向ける。
嫌だ。
「楽にして、あげるから……!!」
殺したくない。
「──殺すなら、しっかり殺してあげなきゃ。1人だけ生かすなんて、趣味悪いにも程があるよ?」
「みゆさん……」
割れた窓ガラスからゆっくりと歩いてくる心結さん。
「……怖がらせちゃってごめんね、坊や。すぐに安全な所に送ってあげるから。ちょっと目、瞑ってな?」
心結さんの言葉にはどこか、包容感のような、安心する感じがあって。
本当に安全な所に行けると信じてしまったのだろう。男の子は心結さんの方へと近寄って目を瞑る。
「それじゃあ、行くよ」
そう言ってから心結さんは、体を灰色の姿──醜人態に変える。
そのまま拳を男の子に振り下ろそうとした瞬間。
「──なんのつもり?光咲ちゃん、そんなに性格が悪かったっけ?」
気が付いたら、私は心結さんの拳を殴りつけて、男の子を窓の方へと放り投げていた。
「あのねぇ、例え生き残ったとして、この子はずっと辛いだけだって──」
「……ころしたくないっ!!」
……え。
そう言葉に出ていたか、出ていなかったかはわからない。兎に角心結さんは豆鉄砲を食らったかのような顔をしていて、その間に男の子が
「殺したくないって……2人も殺しておきながら、今更なんで」
「なんでじゃない!!わたしはぜったいあのひとだけはころさないのっ!!」
心結さんが苛立っているのがわかる。当たり前だ。態々私を傷付けないために自分で終わらせようとしていたのに、それを邪魔された挙げ句、あんな小さい──とは言ってもこの時と私と同じ年齢なんだけど──子供1人
あの子はきっと、これからずっと
……でもそれって、なんだか。
「いい加減にしなさいッ!!そんな我儘であの子を──」
「──それにっ!!」
……まるで、彼みたいな。
「──
「……今私、なんて」
ここは、何処?
どう見てもさっきまでいた筈の一軒家じゃない。
真っ白な世界。
私以外、何も存在しない。
「……そっか。彼が、光咲ちゃんにとっての『大切な人』だったんだね」
違う。
私と、心結さんだけがここにいる。
「正確に言えば私は榊原心結じゃなくて、榊原心結の思念体と言うか」
「……すいません。もう少しわかりやすく言ってくれませんか?」
「つーまーりーっ!私が生きてる間に光咲ちゃんに私の言いたいことのデータとちょびっとだけ精神を埋め込んどいたってことだ!!」
「……????」
何を言ってるんだろう、この人。
しかもなんだか、さっきまでは頼れる大人みたいだったのに、今はまるで同年代かそれより下かのようにしか見れない。
「まあ兎に角……多分あの時は辛かったからってだけなんだろうけど、夢の中で光咲ちゃんが例の『大切な人』っていうのが誰なのか気付けた。だから私もこうして光咲ちゃんと話すことを許されてるんだと思う」
何を言ってるんだろう、この人。
いやなんか、本当に何を言っているのかわからない。
「わからないって……ここまで説明して一体何がわからないっていうのさ?」
「いや全部ですよ。そもそもここが何処なのか、埋め込んどいたってどういうことなのか、なんでそんなに幼くなってるのか……あとついでになんで私の考えてることがわかるのか。質問し始めたらキリがないです」
「うーん、順に説明していくとねぇ……」
曰く。
ここは私の精神世界。心結さんはあの時に怒って私を殴るフリをして、思念体を私に埋め込んでいたと。で、あくまで精神の一部しか送ってないから不完全で、幼い感じになっちゃったと。で、私の考えていることがわかるのはここが私の精神世界だからで、心結さんはあの時に怒って私を殴るフリをして……。
「……????????????」
「まあそんな事言われてもわからないよね……。一応私……と言うか心結の自己紹介をしとこうかな。私は
……成る程。
通りで精神世界だとか、そう言う意味のわからない話になるわけだ。
「……それでね」
心結さん……と言うかバクさんは急に真剣な顔になって話を続けようとする。
さっきまでは殆どずっと真面目な人だった筈なのに、今この人に真面目な顔をされるとどうにもおかしくて笑ってしまいそうになる。
「これを、渡しておきたいんだ」
私が笑いを堪えているのを知ってか知らずか、バクさんはあくまで真面目に2つの道具を虚空から取り出す。
顔が、引き攣る感じがした。
「これは……多分、光咲ちゃんなら何かわかると思う」
「実は、これを斑尾にバレないように隠し持ってるだけでも限界だったんだ」
「だから、今まではこっそり見守ってこれてたんだけど、これから先はもう一緒にいれないかな」
「でも今までも気付いてる素振りなかったし……きっと大丈夫だよね」
「この2つは、きっと光咲ちゃんの『大切な人』の為になるから」
「それじゃあ、後悔はしないように。……頑張って」
「──起きろ、氷室。今は授業中だぞ」
「……秋山、先生?」
ここは。
教室?
そうだ、あれから、私は。
斑尾に呼び出されて、それで……。
「──うっ……」
「氷室!?大丈夫か!?」
「……大丈夫です……保健室、行かせてください……」
胃の中身が飛び出そうになったのをなんとか飲み込み、先生の返事も待たずに保健室へと向かう。
確かにあの後、私は斑尾に呼び出された。
──おい蟷螂、なんでブラーズが目の前にいたのに、殺さなかった?
……そして。
──なんの取り柄もないお前を誰がここまで使ってきてやったと思ってる!?
私はまた、アイツに。
「ヴェッ!!オエェ……ッ!!」
黄色い液体が目の前にバラ撒かれる。
……あれ、どうすればいいんだっけ。こういう時は、確か……。
わからない。
いや、わかってる。
でも、やりたくない。
「……なんで、好きでもない人と、あんなことしなきゃいけないの……?もう無理だよ……
「──光咲ッ!?お前、何やってんだ!?」
「……とき、はれ……?」
時晴が、来てくれた。
「光咲、お前、吐いて……!?なんでこんなになるまで保健室に行くなりなんなりしなかったんだよ!!」
時晴が、私を心配してくれてる。
──自分で吐いたんだから、自分で綺麗にしろ。……勿論、縺上■で
「時晴……私は、何をすればいいの?」
「……は?」
私に命令する斑尾の姿が、時晴に変わっていく。
……アイツなら嫌なことでも、時晴に言われるなら。
「命令して……私は今から、何をすればいい?時晴が言ってくれるなら、私、どんなことだって……」
「おいおいおいおい……何が言いたいのかはわかんねぇけど……取り敢えず保健室行くぞ!後これはどうすれば……えーっと……」
時晴が命令してくれたら、私。
きっと、アイツのことだって、忘れられ──
『Connect in "BLURS" Fire Petal』
「──は?」
目の前にいるのは、確かに時晴。でも彼は、何故か変身していて、そして……。
私の、それを焼き払っていた。
「……え、あの、何をしてるの?」
「仕方ねぇだろ……こうするしかバレない方法はないんだし」
『Connect in "BLURS" Water Petal』
「え?え????」
そのまま水で流したかと思うと、変身を解除した後に元々持っていたであろうウェットティッシュで床を拭き、何事もなかったかのように話しかけてくる時晴。
「取り敢えず、今から保健室に」
「いやいやいやいやちょっと待って」
「何?どうした?」
どうした?じゃなくて。
そもそも、学校で変身して、もし誰かにバレたらどうするつもりなの。
「ほら、行くぞ」
背中を押されて、半強制的に保健室に向かわされる。
「いやっ、ちょっ──」
時晴って、こんな感じだったっけ?
考えれば考えるほど、わからなくなる。
普段の時晴は確かにこんな感じだったような、でももっと頭が良さそうだったような。
「──やっと、いつも通りに戻ってきたな」
「……えっ?」
今の私が、いつも通り?
「やっぱり光咲は、そう言う感じのほうが似合ってるよ」
「そう言う感じってどう言う感じよ……」
違う。私はもっと、子供で。
今みたいな喋り方も、ただ強がってるだけだった。
私が時晴の事をなにもわかっていないように、何も知らなかったように。
時晴も、私のことを知らない。
なんだか、寂しいような、それでいて、お揃いみたいでくすぐったいような。
──や……やだ……だれかたすけて……!!
……そうだ。
時晴が来てくれて、私を心配してくれて。
調子に乗っていたけど、私は。
確かに、彼の両親を。
「──ほら、保健室着いたぞ」
どうやら相当考え込んでいたらしい。さっきまではまだまだ遠かった筈の保健室が、気が付けば既に、私の目の前で扉を構えていた。
そのまま中のベッドに横になる。本当は保健室の先生に報告しなきゃいけないのだけど、今は保健室ではない他の所にいるらしい。流石にこの広い校内全体を探す余裕はないから、仕方なく勝手に使わせてもらうことにしたのだ。
「それじゃあ、俺は授業の途中だし、これで……光咲?」
「──待って」
本当に、無意識に。
自分でも気付かずに、私は時晴の手を握っていた。
「もう少しだけ……一緒にいて」
それから、私達以外誰もいない保健室で話したのは、本当に他愛のないこと。
前に行ったデートがどうだったとか、次はいつ同好会で集まろうとか。
私も時晴も、どっちも、醜人や仮面ライダーブラーズの事については、触れようとなんてしなくて。
だからこそ、不安になった。
もう友達でもなんでもないから、どうでもいい話しかされないんじゃないか、なんて。
「──その、時晴」
「……なんだよ」
さっきまでとは雰囲気が違う……きっと時晴も私が何を言い出すのか察したのだろう。声色が前戦っていたときのような、冷たいものへと変わる。
「……あのドライバー、いつから持ってたの」
「さあ……お前ならわかると思ったが」
……やっぱり。
確かにあの日、斑尾は「コネクトドライバーを持っている家族を
なんであの家族がドライバーを持っていたのかはわからないけど。
「……その」
少なくとも、あの家族が時晴と、その両親だったことは揺るぎようのない真実で。
「……もう、やめてくれないか」
「え」
なのに。
「俺はさ。昔の事とか関係なく、光咲と、ただ友達でいたい」
……なんで、彼は、こんなに。
「なんでそんなに辛そうなのに……それでも私と友達でいたいだなんて……思うのよ……?」
こんなに、優しいの?
「時晴は……優しすぎる」
「……そうか?」
「私、あんなことしたのに……それなのに、さっきも助けてくれた」
時晴と出会うまで、私は、殆ど誰にも──特に、男の人になんて優しくなんてされたことがなかった。
お父さんは、物心付いた時にはもう、死んでいた。
「今までみんな、私のことなんて、
「──違う」
鼻の奥を心地いい匂いがくすぐる。
全身が、包まれるような感覚。
……これって、もしかして──!
「とっ……時晴!?なんで抱きつい──」
「俺は」
声を絞り出すようにして、囁きかけてくる時晴。
「──俺は、誰かに優しくできるほど器用じゃない。友達だと思ってるから……一緒にいたいって思ってるから、だからちょっとでも困ってたら、助けたいって思うんだ」
あくまで、私利私欲。
……そうか、漸く、わかった。
「……だから、私」
「光咲……?」
「いや、大丈夫よ。こっちの話」
だから私、時晴のこと、好きになったんだ。
善意や悪意じゃない。なんの事情も関係なく、ただ自然体で、一緒にいてくれる
「……それよりも時晴。そろそろ行かないと、授業が終わっちゃうわよ?」
「え、あぁ……そうだな」
時晴が離れていく。
寂しいけど、もう終わりにしなきゃ。
「それに……こんな所、りーちゃんが見たらまた拗ねちゃう」
「確かにアイツ結構妬きやすいからな……」
「あ、時晴……!!」
私も、時晴と一緒にいたいって思ってる
そう言おうとした口からは、まともに音が出てこなくて。
「光咲?どうした?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ガラガラ……と。
少し錆びついた扉が、
「──莉奈?」
「いるのか、時晴!?とっくに授業時間終わってるぞ!?」
「えっ」
……りーちゃん。
見つめてくる視線に気が付いたのか、りーちゃんは私に不自然なほどに満面な笑みを浮かべる顔を向ける。
「ほら、
「……え、今、なんて──」
「ほらほら、早く!また何時間も説教食らうことになるぞ?」
1週間もしない間に2回目の説教、しかも今度は授業を抜け出したのだから、今度ばかりは花守先生も簡単には許さないだろう。自分がどうなるのか察した時晴は、顔を青ざめながら走り去ってしまう。
「……さて、と」
ガラガラ……と。
少し錆びた扉が、今度は、ゆっくりと閉まる音。
「あの、りーちゃ」
「知ってるか?氷室……狼の嗅覚と聴覚ってな、人間よりも何倍も優れてるんだよ」
「あの、ごめんなさ……ぁッ!?」
目の前で大きな火花が散った。
「……お前、時晴がこれまで通り友達でいてくれるだなんて……本気でそんな事思ってんの?」
何が起きたのかわからないけど、私は今床に倒れ込んでて、りーちゃんが、見下ろしてて……。
「時晴が本気でお前なんかと一緒にいたいわけないだろ!!ちょっと優しくされたからって色気づいてんじゃねぇよ!!」
「……ぁ」
私、今。
りーちゃんに、殴られて──。
「この──」
「待って……お願い、話を──」
「屑女ァ!!」
りーちゃんの足が、私の下腹部を踏み潰した。
****
「りー……ごめ……なさ」
光の消えた、虚ろな目で天井を見上げるみっちゃ……氷室。
確かに、氷室は私の唯一と言ってもいいほどの親友だったけど。
「……人の彼氏に手出したんだから、当然の報いだよね」
怖い。
……何が?
この状況が、誰かにバレるのが?いや、違う。
つい数日前まで当たり前のように仲良くしていたはずの相手を、私は、ここまで痛めつけたというのに。
なんの悲しみも、罪悪感も、感じていなくて。
それどころか、これでもう時晴に寄り付く女がいなくなったなんて……そんなふうに喜んでる、あたし自身が怖い。
「醜人なんだから……それくらいじゃ死なないでしょ」
……でも、もう。
「お前なんか、信じたあたしが馬鹿だった」
あたしはもう、時晴以外、何もいらない。
「莉奈、待っててくれたのか……」
夕日が差し込み、茜色に染まる昇降口。
またこってりと絞られて来たらしい。時晴はぐったりとした表情で私の方へ歩いてくる。
「いや、あたしも課題終わらせたりとかしてたから」
嘘。
ずっとここで、時晴が来るのを待ってた。
「……あれ、光咲は」
「
これも嘘。今もずっと、ウジウジ泣き続けてるのが聞こえてきてる。
……勿論、さっきから場所は変わってないから、時晴が泣き声に気付くことなんて絶対にありえない。
「じゃ、あたし達も帰ろ」
手を伸ばすと、一瞬複雑そうな顔を浮かべてから指を絡めてくる時晴。
「……どうした?なんかあった?」
「いや、つい最近同じようなことをされたなーと」
「──ッ」
あの女は、一体、どこまで時晴を……ッ!!
「まあみっちゃん、時々変なことするし……」
もしあたしが氷室にしたことが時晴にバレたら、どうなるだろう。
軽蔑される?距離を置かれる?それとも、逆に喜んでくれたり……?
「……そんなことはないな、うん」
「急にどうした?」
「いや、なんでもない」
時晴は、絶対に友達に危害を加えるようなことはしない。そんな「優しさ」があるからこそあたしは時晴に惚れた。
……そう。氷室は時晴にとって、あくまで「友達」。
誰よりも時晴と長くいて、誰よりも時晴の良さを理解して、誰よりも時晴の事を好きでいられるのはあの女じゃない。あたしだ。
「……時晴、今日あたしの家来ない?」
あの女はそんなことすら理解してなかった。ただずっとあたしの引き立て役をしているだけでよかったのに。それなのに、あんな事をするから。あんな事を、するから……。
……あれ。
なんであたし、泣きそうになってるんだろう?
「──どうせなら久しぶりに一緒に夕飯でも……莉奈?どうした?」
ずっと、引き立て役としてしか見ていなかった。
ずっと、あたしと時晴が繋がるために都合がいい駒としてしか考えてなかった。
……じゃあ、あの子は?
──じゃあ、また明日
なんでもない、いつも通りの日常。その中であの子は、あたしのことをどう思ってたんだろう?
多分時晴は気付いてないだろうけど……次の日も会えるのに、帰り道が別れるだけで辛そうだった、あの子の顔は。
嘘をついてるようになんて、到底──
「──莉奈!!」
「んぇっ!?」
どうやらさっきからずっと、あたしは時晴に名前を呼ばれていたらしい。目の前で肩を掴まれて漸く気付く。
「どうしたんだよ?急に誘ってきたと思ったら今度は黙りこくって……」
「……ごめん。部屋、片付いてたかなーって考えてた」
「今日無理そうなら、別に俺はいつでも……」
大丈夫、そう言おうとした時晴の口を抑える。
「いや、今日来て」
そうだ。あたしはもう、時晴しかいらないんだから。
今はただ1人、時晴だけのことを考えていればいい。
「──ひっさしぶりだな、ここに来るのも!!」
「中等部入ってからは流石にお互いの部屋には入らないようにしてたからな。……あぁ待って、今エアコン点けるから」
あれから少し経ち、ここはあたしの自室。
あたしにも時晴にも両親がいない関係で、今でも夕飯は時晴の家で一緒に──時晴の世話をしている愛美ねぇも交えて──食べている。でも、付き合ってもいないの部屋に入るのは流石によくないんじゃないか……という愛美ねぇの考えで、あたしたちはお互いの自室に入ることが許されていなかった。
……まあ、全く以って仰る通りと言うか。
でも、それは2ヶ月前までの話。今のあたしたちはもう、彼氏と彼女という関係なんだから。
ちょっとくらい……いい、よね?
「あの頃は本当に、まさか莉奈と付き合うことになるとは思ってなかったなぁ……」
……まるで、あたしに女の魅力がないみたいな言い方だけど。
今は、そんなことはどうでも良くて。
「……莉奈?」
「ねぇ、時晴」
「浮気は、駄目だよ?」
「──ッ」
彼女がいるのに、他の女と抱き着く……それが何を意味するか。
そんな事、時晴だってわかってないわけがないだろう。
「あの、莉奈さん?何を言って……」
「さっき、あの子に、抱き着いてたよね?」
全部、聞こえていた。だから時晴にその気がないことなんてわかっている。
……それでも。
「時晴は……あたしじゃ、満足できなかった?」
「そんな事ない!!あれは、その……」
「あたしより、あの子の方が好き?」
「そんな訳無いだろ!!好きじゃなかったら、付き合う訳──」
「──時晴」
時晴に必要なのはあたしだけだって、わからせなきゃ。
「もし、さ」
あたしが制服のボタンを外す度、顔を赤らめて目を逸らす時晴。あたしだって恥ずかしい……そう言いたい気持ちを今は抑えて、そのままワイシャツを脱ぐ。
「そ……その、莉奈……?」
……こんな事、勿論初めてだけど。
「もし本当に、あたしのことが好きなら──」
抱き締めた時晴の体は、あたしが想像してたよりもずっと、大きくて、暖かくて。
きっと世界で唯一、時晴とだったらあたしは、どこまでも、行ける。
時晴も、あたしのことだけを考えて、あたしのことだけを見て、あたしのことだけを好きでいてくれたらいいから。
だから──
「あたしのこと──」
「──ここ、どこ?」
目を覚ますと、目に入ったのはどこか見覚えのある、薄暗い細い廊下。
「あたし、時晴と一緒に部屋に入って、それで……」
顔が熱くなっていくのを感じる。
「……そんな事、考えてる場合じゃないか」
今はとにかく、ここがどこかを確かめないと。
多分、ここは一軒家の中。見るからに病院や学校の廊下ではないし、もしアパートだとかマンションだとかだったらもっといっぱい部屋があるはずだ。
「なんか……懐かしい感じするんだよなぁ」
見覚えがあるというだけで、ここに来たことなんてあるはずがないのに、まるで実家に帰ってきたかのような安心感さえある。
……いや、違う。
例えじゃない。あたしは、ここに住んでいたことがあるような気がする。なんでそれを覚えてなかったんだとか、色々おかしいところはあるけど……。
「──なことだけど」
「声……?」
背中の後ろから聞こえてくる声。振り返ると、少し開いたドアの向こうから僅かに光が漏れ出していた。どうやら声はその部屋の中から聞こえてきているらしい。
……ここがどこであるかわからない以上、ここでボーッとしてるだけじゃ何も始まらない。意を決して部屋の中へと踏み込む。
「あのっ!!誰か、います──」
「だから、醜人も人間も、みんな嘘をついてると思え」
……え?
あり得ない。もう、とっくの昔に、死んだはずなのに。
「なんで、ママが……?」
「でもママ……いつもおじいちゃんがうそい──」
「わかってる。だからこそだよ……みんなを信頼して、裏切られて……そうやってたら、いつか本当に信頼できる奴すら疑いの目で見ることになっちまう」
……それに、ママと話してるのは。
間違いなく、昔の、まだママがいた頃のあたし。
「……そっか。これ、夢かぁ」
漸く気付いた。これは意識がある状態で見る夢──所謂、明晰夢と言うやつだ。だとしたら、もういないはずの母さんがいることも、小さい頃のあたしがいることも、部屋に入ったあたしが気付かれないことも、全部説明がつく。
……それに、これはただの明晰夢じゃない。多分だけど、ずっと前の、今ではもう忘れていた筈の記憶の中。
何処で言われてたのか、なんで言われたのか、それは忘れてたけど、今のママの言葉だけはずっと、覚えていたから。
だからあたしは、氷室のことだって、ずっと信用せずに──。
……じゃあ。
こんな大事なこと、なんでずっと忘れてたんだろう?
ちょっとした買い物が楽しかったこと、結局誰が父さんなのかはずっとわからなかったこと、そして、急に母さんがあたしの前から消えてしまったこと……全部全部、鮮明に憶えているのに。
まるでここだけ、綺麗に切り取られたみたいだ。
いや、まさか。
まさか本当に、誰かに記憶を切り取られてたのだとしたら……?
「……そんな訳、ないよね」
そんな事、ある訳ない。
だって、そんな事ができるのなんて……。
「ママしか、いないじゃん……」
場所とか、情景とか。
そう言う情報だけは消して、言われた内容と、相手だけは憶えてさせる。そんな芸当ができる人なんて、ママ以外、誰も知らない。
「ねぇ……ママは、何をしようとしてたの……?」
途端に意識は現実へと引き戻されていく。
あたしを真実から遠ざけるように。
いや、違う。まるであたしを、待っているかのような……。
違う。確実に、あたしのことを、待ってる。
だって、意識が完全に覚醒する直前。ほんの一瞬だけど。
──待ってるから
そう、ママの声が聞こえたから。
****
「──大変なことになったな、これは……」
部下か、仲間か。目の前に立つ男と女から何かが書かれた資料を受け取った男──秋山俊也は、こめかみを抑えながら力なくパイプ椅子へと座り込む。
ここは時晴達が通う学校の地下に隠された、所謂秘密基地のような場所。
……尤も、子供が遊ぶような秘密基地ではなく、
「調べの通り、元凶である彼だけを殺せば全てが終わるとしたら……どうするんだ、秋山先生?」
そう俊也に問うのは、彼の後ろでお世辞にも可愛いとは言えないマスコット人形を弄り回す女──暗間楓夕。
「……俺達は、醜人保護団体だ」
……まあ、反社会的勢力とも言えるが。そう吐き捨てながらも、彼は力強く話し続ける。
「だが……それ以前に、俺と楓夕は教師なんだ」
「……それで?」
偉そうに肩に肘を置き、続きを促す楓夕。
「相手が醜人であれ、人間であれ、俺は見知らぬ大勢よりは生徒のほうが大事だ。だから……」
「そんな大量の醜人相手に、戦えってことですか?」
一体何処まで続いているのか、部屋の遠くで俊也の声を聞いていた者達の中にいる1人の男が小声で洩らす。
「勿論戦えなんて言わない!お前達には、情報収集を……」
「いやいや、それはないでしょ」
俊也の声を遮ったのは、先程の男よりも俊也の近くにいる真面目そうな男。男は何か言おうとする俊也を無視し、見た目からは想像できない、軽い声で独りでに語り始める。
「今まで散々こき使っといて、いざ戦うことになったら危険だからお前等は親指咥えて見てろってか?っざけんなよ。俺達がそんな雑魚に見えんのか?」
「
「俺達は……少なくとも俺は、そんな生半可な覚悟でアンタに協力してきたわけじゃねぇ。ここまで来たなら最後までこき使って、もし生き残れたら今まで散々働かせた分酒でも奢るってのが筋なんじゃねぇの?」
何が筋だ。
普段の彼ならばそう一蹴できただろう。しかし、今の彼にはそれはできなかった。これから始まるのは正に人間と醜人との戦争。俊也を含め、この場にいる誰もが経験したことのない事態だった。
……つまるところ、彼もまた、ただの人間でしかなかったのだ。どれだけ理想を高く掲げようと、どれだけ平和な世界を夢見ようと、いざ命の取り合いをするとなれば恐れ、慄き、仲間を──共に戦う、犠牲を求める。
「そう、だな。……お前等ァ!!絶対、全員死んでも生き残れ!!そしたら俺が全員料亭だってどこだって連れてってやる!!」
「死んだら生き残れませんよ、トップ!!」
誰ひとり欠けず、絶対にみんなで生き残ってやる──そんな声が、部屋の中のあらゆる場所に響き渡る。
「……暑苦しい」
その中で、冷めた目で周りを見渡すのは俊也の目の前に立つ女。その横に立つ男は彼女を肩で小突く。
「いいじゃん、そんなカッカすることないだろ?
「うるっさい……
くっつくって程じゃないだろ、じゃあ肩でつつくな、それくらいいいだろ……そんなくだらない言い合いを始める2人を尻目に、楓夕はマスコット人形を弄り続ける。
「……どうした?楓夕……って、まだ持ってたのか、それ」
「別に、折角の貰い物なんだから、持っておかないと損だろ」
彼女に話しかけたのは俊也。しかし、何か嫌な思い出でもあるのか彼女の持つ人形を見て頭をかく。
「あ、トップ!!そう言えば例のデバイスって、結局今何個までできてるんですか?」
「あぁ……一応春香と夏樹と
仲間の内の1人に声をかけられ、自分に背を向ける俊也の姿をどこか優しげな表情で見つめる楓夕。
「……ふふっ」
楓夕は口を緩ませ、静かに目を閉じる。
彼女の瞳の裏に映るのは、遠い昔の懐かしい記憶。
彼女にはなかった無邪気な笑顔で、あの少年は言ったのだ。
──クラスの皆には笑われてんだけどさ、おれ本気でなりたいんだ。
「おい楓夕、聞いてるのか?」
「んぇ?……あぁ、聞いてたゾ」
「絶対聞いてねぇ……」
呆れたようにため息を付く俊也。彼女は適当に謝りながら、彼と再び話し始める。
──世界中の困ってる人をすくえる、ヒーローに。
【特別編】仮面ライダーモース コネクテッド・スパイラル
Finale:21:00