「……ここ、どこ……?」
瞼を刺激する柔らかな光に目を覚ます莉奈。数秒ほど周りを見渡してから、隣に眠る時晴を見て再び赤面する。
しかし赤面したのも束の間、彼女はつい数分前まで見ていた夢を思い返す。
世界中に、いや、自分が住んでる街だけだけでも一体幾つの一軒家があるだろうか。その中から夢で見ただけの家を探すなど、常識的に考えれば不可能だろう。
「……ママ」
しかし、それはあくまで
人の夢に関与する力。それはただ自分の見せたい夢を相手に見せるだけの力ではない。人の無意識に入り込み、自分の思った通りに動くように洗脳することができる能力である。
それはつまり、もし心結が望むのであれば、人々の無意識に干渉し、お互いを憎み合い、殺し合わせることもできる、ということ。尤も、心結がそのようなことを望むはずがないと、彼女を知っている者ならば誰もが断言するだろうが。
そして莉奈もまた、心結によって何処の家に行けばよいのか、脳に擦り込まれている状態であった。
「……行かなきゃ」
何が起きるのか、何が待っているのかもわからない。それでも、母さんに呼ばれたから──。そう勇んで立ち上がる莉奈だったが、ふと枕元においてある時計に目が留まる。
一般的な高校で朝のホームルームを始める時刻は、大体8時30分前後。それは時晴達の学校──尤も、「高校」という呼び方ではないのだが──でも変わらない。
そして、今の時刻は8時19分──。
「……時晴ぇぇぇ!!!!学校遅れるぅぅぅぅぅ!!!!!」
「あれ、莉奈は今日学校行かないのか?」
既に始業まで5分を切っているのにも関わらず余裕を持った声で莉奈に話しかける時晴。莉奈も時晴と同じく制服を着ているが、なぜか布団に包まって出てこようとしない。
「なんか風邪引いたっぽいし……しかもこんなの見られたら流石にヤバいし」
そう言いながら首元を時晴に見せつける莉奈。そこにはまるで虫刺されのような痕が無数に残っていた。
……なんの痕かは、言うまでもないだろう。
「風邪って……大丈夫か?俺も休んで看病──」
「お前は休みたいだけだろ」
莉奈は「いいから早く行け」と言いながら時晴の頭に軽くチョップを放つ。
心配そうに出かける時晴。莉奈はその姿を眺めながらため息を吐いた。
「……動きやすい服、買っとけばよかった」
似た者同士、と言ったところだろうか。
彼女もまた、時晴と同じくまともな服なんて持っておらず、デートの直前になって服を買いに行っていたのだ。
しかし、デートのときのような服装では一軒家まで走るのは難しい。だから彼女は今、制服を着ているのだ。
……そもそも、平日に学校も行かずに外出して、補導されないのだろうか?
閑話休題。
「……行くか」
走り去る時晴を窓から見下ろし立ち上がる莉奈。彼女はスクールバッグを持ち上げ歩き出そうとするが、そこで何か見覚えのないものが入っていることに気づく。
「これ……リモコン?」
中に入っていたのは一本のリモコンのようなもの。水色の機械的な模様が入っており、全体がまるで何かのメモリをセットする為の台座のようになっている。
「……氷室」
何故か思い出されるかつての親友の顔。莉奈は左右に顔を振り、再びリモコンをしまって歩き出した。
****
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
頭の中がぐちゃぐちゃで思考がまとまらない。どうすればいいのかわからない。
「今からみんなを避難させる?無理だよ、そんなの……。第一私にそんな人望なんてないし……私が止めなきゃ……でも、そんなのって……」
「……光咲?」
「んにゃっ!?」
後ろから時晴に声をかけられ、漸く正気に戻る。どうやら考えてることが全部、声に出てたらしい。時晴は怪訝そうに私を睨む。
「なんだよ、そんな厚着して……それに避難とかなんとか……随分と穏やかじゃねぇな」
そう言いながら当たり前のように私の向かいに座る時晴。彼が持っているカレーを見て、ここが食堂だったことを思い出した。
……本当だったら、今ここで全部明かしたいけど。
「……早く食べて。場所を変えて、話したいことがあるわ」
昔は、学校の屋上でお昼ご飯を食べる……そんなシチュエーションに憧れてたっけ。
それで、実は屋上には出られないってことを知って、少しだけ残念に思った記憶がある。
……なんてことを思い出してるのも、今私が屋上へと続く階段に時晴と2人きりでいるから。電気も点いてない、薄暗い階段で2人きり……少し前までの私だったら喜んでいたかもしれないけど、今はそんなことをしている場合じゃない。
「これまた全く人がいないところで……醜人関連か?」
「ご明察。いい?落ち着いて聞いて。昨日──」
時晴は人の心なんてわからないように見えて、こういう時は意外と鋭い。それでも、今起こってる状況までは流石に予想できてなかったらしい。目を見開いてワナワナと震えている。
「じゃあ、俺のせいってことかよ……?」
違うと否定しようとしても、そんな無責任なこと、私にはできない。
だって、全ての原因を作ったのは──時晴に醜人を殺させたのは、他でもない私だから。
「まあ……今はそんなこと、言ってる場合じゃないよな……。それで、俺はどうすればいい?戦えってんだったら、いくらでも……」
「逃げて」
「……は?」
何を言ってるんだ。そう思ってるのがありありと伝わってきて、こんな状況なのにも関わらず笑いそうになってしまう。
「いやいや、だってこうなったのは俺の責任で、アイツ等が狙ってるのは……」
「だからこそ、よ」
再び怪訝そうな、いや、どこか焦りを感じているような表情を浮かべる時晴。まるで「戦わなきゃいけない」という強迫観念に駆られているように見えて、少しだけ悲しくなる。
「時晴が秋山先生達にも擁護しきれなくなるほど常識を逸脱して自分だけを守る行動をし続けたら、彼等も少しは頭を冷やしてくれるかもしれない。これじゃ根本的な解決にはならないけど……それでも、ちょっとの時間稼ぎならできる。それに……」
まだ納得しきれてない様子の時晴。当然だろう。彼は世界に1つだけ、彼のためだけの彼等に対抗できるだけの力を持っていて、皆を守ることができるんだから。
……でも、彼の力が唯一だったのは、昨日まででおしまい。
今はもう、私も戦える。
「──仮面ライダーは、時晴だけじゃないから」
****
──仮面ライダーは、時晴だけじゃないから
そう、光咲は言った。
言っただけだったら、俺以外のライダーがいるだなんて、信じていなかったけど。
確かに、上着を脱いだ光咲の腰には、バックルが着いていて。
「ったく……どうなってんだよ……」
あの時の光咲の顔は、到底嘘をついているようには見えなかった。それに、アイツはこんな悪質な嘘を吐くやつじゃない。
だとして、逃げろだなんて。
「学校、抜け出せ……ってことかぁ……?」
もう予鈴が鳴ってから5分ほど経つ。いや、もしかしたら本鈴も鳴り終わってるかもしれない。光咲は先に教室に戻ったが、俺はどうしてもそんな気になれなかった。
「──漸く見つけた。探したぞ、水上」
「やっぱオレが言った通り食堂じゃなかったじゃねぇかよぉ」
「うるっさいな……お前は食堂で飯食い始めるからこんな時間になったんだろうが……」
少し下、踊り場から俺に声を掛けてきたのは暗間と秋山。
「……すいません。授業、もう始まってますよね」
「いや、それはいい。寧ろここにいてくれて助かった」
助かったって……。教師がサボってる生徒にそんなことを言っていいんだろうか。ツッコみたい気持ちは山々だが、なんで俺のことを探してたのかは大体検討が付くから何も言わないでおく。
「それで、だ。昨日わかったことなんだが……」
「もう話は光咲から聞いています。できれば俺には逃げてほしい、と」
「そう、か。ならいい」
どこか安心したような顔を見せる秋山。醜人保護派のコイツ等なら、誠心誠意謝ってこい……なんて言い出すかと思ったんだが。
「なら、楓夕。水上のことは任せた」
「おう!……死ぬなよ」
すると当たり前のように俺を落ち上げる暗間。
「……え?」
「舌、噛むなよ?」
「いやあのそのっうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
そして、俺は空を飛んだ。
……いや、例えとかじゃなく。
気が付いたら俺を抱えた暗間が屋上へのドアを突き破ってて、気が付いたら俺は暗間と一緒に空飛ぶバイクに乗っていたのだ。
小さくなっていく、屋上へ続く階段の景色。
そこでは何故かくっきり、こめかみを抑える一人の男の影が見えていた。
****
「……着いた」
ここまで全力で走ったのは、何時ぶりだろうか。
電車を使えればよかったんだけど、生憎今のあたしは制服姿。万一補導でもされたら大変なことになりかねないから、できるだけ人目につかないような道を選んで走ってきた。
……だからこそ、3時間もかける羽目になったんだけど。
「ここが夢で見た家……だよな」
辺りは閑静な住宅街。あたし達が一般人に紛れて過ごすには、ちょうど良さそうな場所。
「おじゃましまーす……」
何故か玄関の鍵は閉まっておらず、それでいて誰に侵入されたような形跡もなかった。
……これも、ママの力だろうか。
「うわっ、全く同じだ……」
殆ど光が入らない廊下は薄暗く、一番奥にある部屋のドアは少し開いており、そこから光が漏れ出している。
夢で見た景色と、全く同じ。
「ここまで変わんないとちょっと怖いな……」
どれだけ怖くても、どれだけ不気味でも。
きっと、その先にママが伝えたかったものはある。
そう信じて、開きかけのドアを開いて──。
絶句した。
「ママ……?ママなの……?」
小さな部屋の中央にあるテーブル。そこにあったのは1枚の紙と、乾ききって小さくなった何らかの臓器……多分、脳。
「いや、そんなわけないよね……だって、なんでママの脳みそ、こんなところに……」
そうだ。そんなこと、ある訳ない。
きっと手紙には、「ママは今遠くにいます」……なんてかいてあるんだ。
読みたくない。
母さんは、あたしの前からいなくなっただけで。まだ死んだって決まったわけじゃ、ない。
でも、紙の内容を見たら、ママが死んだって、突きつけられる気がして。
「……読まなきゃ」
怖い。
「せっかく、ここに来たんだから……」
嫌だ。
「ママが、遺してくれたんだから……」
見たくない。
「……ママは、あたしを待ってるんだから」
──待ってるから
そうだ。
ママは、あたしを待ってる。
「こんな、グズグズしてらんない……ッ!!」
怖いけど。読みたくないけど。
それでも、紙を掴む。
きっとこれは、あたしが読まなきゃいけないものだから。
『久しぶり、莉奈。多分だけど、莉奈がこれを読んでるってことは、少なくとも私は──榊原心結は、死んでると思う。でも安心して。私の思念体を色んな所に飛ばしていて、今でも意識事態はあるような感じだから。因みに横にある脳みそは思念体の内の1つだよん。
……なんて言われてもわからないよね。私だって最初は驚いた。でも、折角こんな力があるんだから活用しなきゃ損だよね。
で、多分莉奈は変な夢を見てここに来たんだと思う。元々の記憶が消えてた原因は──と言っても結構急いでたから、一部だけ残っちゃったけど──私が莉奈の記憶を弄ったから。
……あぁ別に、何か悪さをしようとしてそんなことしたわけじゃないんだ。っていうのも、斑尾っていうクソ男がいるんだけど、そいつに莉奈の事がバレそうになってね。アイツは人間も醜人も関係なく、女のことを玩具としてしか見てないやつだから、なんとか莉奈だけは逃がしたんだけど。
でも、記憶が残ってたらきっと、この家に戻ってこようとするでしょ?少なくとも莉奈は、そう言うことをする子だった。だから、万一にもこの家に戻ってきて、それか戻って来る途中に斑尾にバレたら。
そんな事、想像もしたくない。だから、この家に関しての記憶は消させてもらった。
……その結果、莉奈と親友──光咲ちゃんの間に、軋轢を生んじゃった。本当に、ごめんなさい。あの子に莉奈があんなことをしたのも、全部私のせいだから、恨んでくれて構わない。呪ってくれても構わない。
でも、これは知っておいてほしいんだ。
あの子はきっと、「嘘偽りなく心を結べる人」だと思う。その絆を壊した張本人が言うのもなんだけど、ね。
いつか莉奈とあの子と、そして莉奈の彼氏──時晴くん、って言ったかな。がまた3人で笑えるように、私は祈ってる。
……それで、ここまでも充分大事なことではあったんだけど。これから書く内容は、もっと大事なこと。
莉奈がコレを読んでる今日、醜人達が莉奈の学校を襲撃する。あのクソ男が色々変な実験して醜人が何人も増えるような技術なんて生み出しちまったもんだから、多分今の時晴くん達だけじゃ対処できない量が攻め込んでくると思う。だから、一刻も早く、皆を……いや、莉奈の大切な人を、助けに行ってあげてほしい。わざわざこんなところまで連れてきて……って思うかもしれないけど、それに関しては一番力が発揮できたのがこの住宅街の中だったからそれは許して。
……最後に。
こんなことを子供になすり付けて、自分は姿も表さない……駄目な母親で、ごめんなさい。
それでも、私はこれまでずっと、いや、これからもずっと莉奈のことが大切で、大好きで……。
ごめんね。久しぶりに莉奈に話しかけられるから、思ってたよりも感極まっちゃったらしい。とにかく私は、莉奈の未来が明るいものになるのを願っているから。
だから、絶対に死なないで。
……おじいちゃんが言ってた家訓みたいなやつ、もう1つあったんだけど、教えられてなかったね。
その家訓、っていうのはね──』
「……なんだよ、それ」
駄目な母親でごめんなさい、だなんて。
「そんなこと、思ってるわけないじゃん……ッ!!」
ずっと、ママに帰ってきてほしかった。
ずっと、ママと会いたかった。
ずっとずっと、ママのことが──
「──大好きだった」
立ち上がる。
今走らなきゃ、多分もう、間に合わない。
「行ってきます、
行きと同じ速さだったら、まず間に合わないだろう。クソ男──斑尾というのがどんな人なのかは知らないが、少なくとも態々人がいない時間帯に学校に襲撃するような人ではないだろう。
なら、どうすればいい?
そんなの簡単だ。
行きよりも、速く走ればいいだけ。
人間の体の限界を超えて、只管に走り続ける。
──その家訓、っていうのはね
まずは、氷室に……みっちゃんに謝らないと。
謝るだけで済むわけなんてない。そんなことはわかっていても。
まず、自分から心を結びに行かないと、いけないから。
「待ってて……時晴、みっちゃん……!!」
──『生きて、未来を掴み取れ』
****
「……先生」
「ん?どうした」
空を飛ぶバイク──因みに、フライング・ダッチマンと名付けられている──の上。後部座席に乗る時晴は楓夕に向かって不安な気持ちを隠そうともせずに話しかける。
「なんで、そんなに俺に肩入れするんですか」
「……というと?」
「光咲から聞きました。こんなことになったのは、俺が今まで散々醜人を殺してきたからだって。だったら、最後まで俺が……俺が1人で戦えば、よかったじゃないですか。それをなんで、態々逃がして……」
「勘違いすんなよ」
思いがけず放たれた鋭い言葉に、時晴は身を震わせる。
「オレ達は教師だ。生徒を守ることが義務なんだよ。それはお前も、氷室も、他の奴等だって、全員変わらず一緒だ」
……でも。と、時晴の返事も聞かず楓夕は語り始める。
「秋山先生は違う。オレ達の仲間にも、まともに家族からの愛情ってのを受け取れずに大人になった奴がいる。そういう奴らとお前等を重ねて、同情してんだろうな。……言い方は悪いが、教師としては幼いんだよ、アイツは」
そのような冷たいことを言いながらも、どこか優しげな声色が隠しきれない楓夕に、時晴は心が軽くなるのを感じる。
彼は、俊也や楓夕、そして光咲がいるなら、きっとこの状況もなんとかなる──そう、思った。
思ってしまった。
その慢心がなければ、或いは敵の接近に気付けていたかもしれない。しかし、一瞬でも希望を持ち、現実から目をそらした彼を待ってくれるほど、醜人達の恨みは浅くはなかった。
突然校舎の裏を火柱が突き刺す。
普段ならばただ荒れているだけで、人が入るような場所ではない。
しかし、今日の場合は違う。
人が入らないからこそ、そこには敵襲に対処するための軍勢──俊也や、楓夕の仲間が隠れていた。
「──ッ!?」
「嘘だろ……ッ!?」
一体どれだけの資金を注ぎ込んだのか。並大抵の攻撃では壊れない、異常なほどの耐久値を誇る防具を彼等は身に着けていたので、おそらくこの一撃で死ぬことはないだろう。しかし、これで俊也達の軍勢はもう戦えなくなったと言っても過言ではない。攻撃に使うはずの重火器は熱にひしゃげ、まともに使える代物ではなくなっていた。
その後も、火柱は次々に校舎周りを焼いていく。
「なんで校舎を狙わないんだ……?」
「多分中の生徒を怖がらせてんだろ……あのクソ男がやりそうなこった」
クソ男?時晴はそれが誰なのか聞きたい気持ちを抑え、スピードを上げるフライング・ダッチマンから振り落とされないように楓夕に掴まる。
ゆっくりと校庭にまで開いた巨大な穴から這い出てくる醜人達。彼等はまるで兵隊のように列を崩さず、次々と並んでいく。
「オイ蟷螂ィ……ブラーズをとっ捕まえとけって、言った筈だよなァ……?」
最後に穴から出てきたのは、誰もが「クソ男」と呼んで忌み嫌う男──そう、
「すいません、御主人様。私も奴を捕まえるつもりでしたが、奴は私の目の前でつい先程──」
「そんなくだらない茶番でワタシを騙そうとは、いい身分になったもんだなァ?何様のつもりだ?便所の価値のねぇ醜人風情がァ……ッ!!」
頭を仰々しく下げながらも、苦々しい表情を隠さない光咲。
番の言う通りだった。時晴が勝手に逃げた……など、ただの作り話。いや、時晴が逃げることで頭を冷やしてくれるかもしれない……というのでさえも、ただの作り話でしかなかった。
本当は、ただ時晴に生き延びてほしかった。
それが、光咲の望み。
彼女は既に俊也と楓夕に頼み込んで、時晴を逃がすように言っている。ならば、この戦場に残っているのは光咲1人。
「1人で戦って、華々しく死ぬ……私なんかには、勿体ないくらい綺麗な最期じゃない」
「アァ!?何言って──」
光咲は立ち上がり、上着を脱ぎ捨てる。普段のように怒鳴り散らそうとした番だったが、彼女の腰を見て顔を驚愕に歪ませる。
「……お前、まさか……!!」
右腕を前に突き出す光咲。番の周りの醜人達が彼女に光弾を放つが、彼女の目の前に表れた水色の光によって全てが弾き返される。
『Connected in……』
光咲が左のベルト帯から取り出した2枚のメモリを水色の光──否、コントローラーへとセットするとともに、電子的な音声が鳴り響く。
そのコントローラーをバックルに装着することで、再び鳴り響く音声。
『Flower×Shine』
そして、光咲はバックル──「コネクトドライバーツヴァイ」の両端に付いたレバーを引く。
『Open your "Luminous"』
「私が皆を、時晴を、守る……ッ!」
「あれが、光咲……?」
時晴はダッチマンの上で呆気に取られる。しかし、同じような反応をしたのは何も時晴だけではない。攻め込んできた醜人達や、俊也、楓夕……誰もが、彼女が変身するなんて、予想だにしていなかったのだから。
「なんとかするって……そういうことかよ」
何故、光咲も逃がそうとしなかったのか。
事態の沈静化を図るのであれば、2人ともを逃げ出させたほうが良かっただろう。しかし、俊也と楓夕は事前に光咲から「私がなんとか解決させる」と言われ、その言葉を信じたからこそ時晴だけを逃がした……それが真実だったのだ。
「私が……私が、やらなきゃいけないなら!!」
光咲は戦場に向かい躍り出る。呆気に取られたままだった番だが、漸く正気を取り戻したのか周りの醜人に向かって普段のように命令し始める。
「お前等ァ!!あのクソ女を殺せェ!!」
「捕らえろ」ではなく、「殺せ」。敵対してきた者が醜人であれ、人間であれ、尽く貞操を……いや、全てを奪ってきた彼が楽しもうとせず、ここまで焦りを顕わにするというだけでも、光咲達の士気を上げるには充分だった。
「ここで会ったが百年目ェ!!蟷螂殿、その首、もらい受けんぎゅっ」
侍のような口調で光咲に切りかかったのは、
果たして、彼を撃ち抜いたのは誰か……。隠すまでもないだろう。これまで前線には出ていなかった俊也である。彼はこの時間ではどのクラスも使わない音楽室に誰も入れないようにして、その中で静かにライフルなど、醜人に対抗しうる手段を用意していたのだ。
「おのれ卑怯者ォ!!神聖なる決闘の場を乱すなどぉぉぉッ!!!」
しかし、相手の針鼠は何も1人だけという訳ではない。いや、全ての醜人が何故か、数十人以上の軍隊を形成しているのだ。
一気に3人に攻め込まれる俊也。あくまで遠距離用でしかないライフルならば、彼はどう足掻いても対抗できないだろう。
……しかし、そんな「不可能」など気にしないのが、秋山俊也という男。彼は手に持ったライフルで、当たり前のように先頭にいた針鼠を叩き落とす。
「──ハァ!?貴様一体」
続く2人目と3人目も、ライフルの先で突いて地面へと落とす俊也。すぐに体勢を立て直す針鼠達だったが、そこで漸く自分達の足元がオイルで黒光りしているのに気付く。
そして、彼等が俊也を見上げた時、そこに見えたのは。
「手榴弾だとォッ!?」
そう、手榴弾。爆発によって点いた火が、もしオイルに燃え移ったら。自分達の数秒後の未来を想像し逃げ出そうとする3人だったが、オイルで滑りやすくなった地面の上ではまともに走ることもできずに再び転んでしまう。
そして、その時は訪れた。
響く悲鳴。燃え盛る醜人
何か巨大なものを、窓から突き出す俊也。
「あれは、一体……ッ!?」
どこかでルミナスに攻撃を仕掛けていた醜人──恐らく、
「──巡航ミサイル、ってやつだな」
「巡航ミサイルは片手持ちの武器ではない筈では!?!?!?!?」
虎は思わず毒づく……というかツッコむ。そりゃツッコみたくもなるだろう。普通は戦車に装備するようなミサイルを、俊也は当たり前のように片手で持っているのだから。しかも、それを態々聞こえるか聞こえないくらいの声量で言ってくるもんだから余計に質が悪い。
しかし。ツッコまれて、それでハイ解決……俊也がそんな平和的に終わらせるような男ではないのは既に周知の事実。当たり前のように彼は2丁目──2丁目、というのか?──のミサイルを出し、両手にミサイルを構える
「……なんで2つもミサイルを持っているんですか????」
「……?増えれば増えるだけ威力が高くなるんだから当然だろ」
そして、発射。
常人ならば……と言うか、戦車でさえも後退るほどの反動を受けても尚、当たり前のように立ったままでいるどころか、散らばった醜人達をいつの間にか持っていたアサルトライフルで粉々にしていく俊也。
天高く舞い上がったミサイルはやがて、音速を超えてただ1人、番へと向かっていく。
「なっ……オイそこの虎ァ!!ワタシを守れェ!!」
番がそう叫ぶとともに、1人の虎はまるで操り人形のようにミサイルと番の間に立ち塞がる。
しかし、対峙するのは巡航ミサイル。たった1人の醜人で防げるほど、弱くはない。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そんな事は番もわかっているのだろう。彼本人は苛立ちを隠そうともせず叫ぶだけだが、周りにいた醜人達はまるでその声に呼応したかのように荒々しい光弾をミサイルに浴びせ始める。
光弾の内の1つでもミサイルに当たれば、確実に彼等が炎に呑まれることはないだろう。
……当たれば、だが。
確かに光弾は確実にミサイルめがけて放たれた。しかしただ1つとして命中することはなく、ミサイルは彼等へ直撃することとなる。
今度は絶叫すらも響かない。直撃した全ての醜人が、いや、余波を食らった醜人でさえも、悲鳴を上げる暇すらもなくその生命を奪われた。
……何故、光弾は当たらなかった?
彼等はただ、疑問を抱きながら焼き尽くされていく。
ミサイルが自分達に当たる直前、何が起きたのか──。
天高く舞い上がる、紅蓮の光を纏いし戦士。純白のマントに身を包み、黄金の複眼が光るその姿は、正に
そう。彼女こそが光咲の変身するライダー、『仮面ライダールミナス』。光弾を全て弾いた張本人である。
「これが……氷室の変身する、ライダー……。仮面ライダー、ルミナス……!!」
俊也は元々光咲が変身することなど知らなかったこともあり、あまりの優雅さ、華麗さに驚愕の表情を隠せずにいた。
「大丈夫、私はあなた達の味方。仮面ライダールミナスよ!」
「……光咲、なんかキャラ違くない?」
所変わって、ここはダッチマンの上。実は俊也がこっそり撮っている現場の映像を見ながら、時晴は呟く。
「違う……と言うよりは、アレがアイツの戦う手段なんだろうな」
「……え?」
「本当は誰より弱くて、誰より救われたい。それでもただ成すべき事を成す為に、そんな弱い自分を抑え付けて、強い自分を演じている……って事だろ」
「そんなのって……」
そんなのって、なんだ。
誰よりも安全なところで、誰よりも守られている自分が、自分や、皆の為に戦う光咲を否定するのか。
時晴は歯噛みする。しかし、戦うことはしない。今自分が飛び出せば、光咲や、俊也達がやってきてくれたすべてが無駄になると、彼自身も気付いていたからだ。
「──タァァァァッッ!!!」
遥か遠くから、光咲の雄叫びが轟く。光咲と俊也の攻撃によって、既に醜人達はその数を半分まで減らしていた。
「ガキ共が……調子に乗りやがってェェェェェェッ!!」
しかし、番が怒りに身を任せ吠えた瞬間、2人は……いや、番以外の全員が驚愕に目を見開くことになる。
一度倒したはずの醜人達が、まるで
そして、何より。
「何だよ……あれッ!?」
番の下半身は、軽く100本は超えているであろう、醜悪な触手へと姿を変えていた。
ただの触手ではない。1本の長さは凡そ50m。番がそれを振り回すだけでもソニックブームが発生し、校舎内に入り込んだ先端は容赦なく学校を瓦礫の山へと変えていく。
「……秋山先生ッ!!」
勿論、俊也がいる音楽室もその例外ではなかった。それどころか触手は音楽室を直撃し、置いてあった兵器から出たのであろう、真っ赤な炎が学校全体を焼いていく。
……授業を受けていた生徒が誰一人として犠牲にならなかったのは、ひとえに俊也の人望のおかげだろうか。彼によって──正確に言えば、彼の話を聞いた職員達によって──生徒は俊也達の基地に避難させられていた。今は恐らく、止まない爆発音への不安を抱え、縮こまっていることだろう。
「お前、よくもォッ!!」
それでも、俊也が崩壊に巻き込まれたのは事実。激昂したルミナスは番に飛びかかろうとするが、触手によって跳ね飛ばされてしまう。
「……光咲ッ!!」
「暴れんなッ!!」
映像を伝える機能のなくなった画面から聞こえ続ける音から何があったのかを察し、叫ぶ時晴。後ろから勝手に操縦桿を触ろうとする時晴に楓夕が怒鳴るが、彼も負けじと怒鳴り返す。
「光咲が……友達がやられてんだ!!自分だけ高みの見物だなんてできるわけねぇだろ!!」
「氷室が何のためにお前を逃がしたと思って!!」
「──ならッ!!!」
思いがけず力強い声にたじろぐ楓夕。時晴は声を抑えて、楓夕に問いかける。
「アンタは、秋山がやられてんのを、見てられんのかよ……?」
できるわけがない。
そう。できるわけがないのだ。
時晴も、光咲も、楓夕も、俊也も、莉奈でさえも。
手段が違えど、相手を想い、そして、相手を護るために、戦っている。
「……本当は、もう少し離れたら、お前だけを置いてオレは
言葉とは裏腹に、時晴を乗せたままダッチマンを回転させていく楓夕。
「でも、そこまで言うなら……仕方ねぇ、お前も連れてってやる」
「暗間……先生……!!」
「さっきよりも、スピード出すから……絶対、振り落とされんなよ?」
時晴が頷くや否や、先程とは比べ物にならない速さで
「時晴は……もう、逃げたよね……」
一度跳ね飛ばしただけでは気が済まず、何度も何度もルミナスの体を叩き潰す番。最初こそ戦えていた彼女だったが、時が経つに連れ段々と窮地に追いやられていた。
「どうしよう……私、死にたくないや」
彼女に、生への渇望なんてなかった。
彼女に、生きる理由なんてなかった。
ただ流されるまま、彼女は15年間生き続けてきた。
しかし、彼によって──時晴によって、彼女の世界に、色が生まれた。
彼女は生きたいと望むようになった。
彼女は、漸く人間になれた。
だからこそ。
彼女は、時晴を守れるなら死んでも構わないと、本気で思っていた。守る力を持っているのが自分だけではなくとも、誰一人として巻き込まず、自分だけで終わらせてみせると、思っていた。
それが、どうだろうか。
彼女も俊也も番に負け、今はもう殴られ続けるばかり。
1人、恩師を犠牲にしておきながらも、自分は生き残りたいと願ってしまう。そんな自分が、憎くて、許せなくて。
光咲はこれが自分への罰だと言わんばかりに、反撃しようと、生きようと、しなかった。
「──喜べ蟷螂ィ……お前は四肢をもぎ取ってワタシが永遠に使ってやる……」
……これが、私への罰なら。
それはそれで、仕方ないか。
光咲は目を閉じる。もう反撃しようとしない彼女に向かって、番の触手が今、振り下ろされる──。
「──ギャァァァァァァァァァッ!?!?」
……筈だった。
何時までも襲ってこない触手と、響く番の悲鳴。
光咲が恐る恐る目を開くと、そこにはいたのは、ここにいるはずのない男。
大好きで、守りたかった、その男は、今。
「──大丈夫か?」
彼女を護り、全てを終わらせるため、再び戦場へと舞い降りる。
そう。他の誰でもない、彼こそが。
「……仮面、ライダー」
「そうだ。俺がアイツ等の敵、お前の味方──仮面ライダー、ブラーズだッ!!!」
「……時晴が、仮面ライダー?」
物陰に隠れて彼を見ているのは、ちょうど今学校に着いたばかりの莉奈。
彼女は、光咲から聞いていた噂──仮面ライダーブラーズと名乗る人間が、醜人を殺して回っているというもの──が本当であったこと、そして、その仮面ライダーの正体が時晴だったことに驚き、肩にかけていたスクールバッグを地面に落とす。
バッグの中から先を出すリモコン。莉奈の優れた視力は、既にそれが時晴がつけているドライバーに装着されているものと同じだと見抜いていた。
……しかし、莉奈は光咲が変身していることには驚く素振りも見せない。まるで、光咲が仮面ライダーであることを事前に知っていたかのように。
いや。訂正しよう。例えではない。彼女は、光咲が仮面ライダーであることを既に知っていたのだ。
それは前日、莉奈が光咲の下腹部を踏み潰した直後のこと。
普通、醜人は人間よりも傷の回復が早い。ある一点を除けば、踏み潰された程度では死なないどころか、3分ほどで既に動けるようになり、30分もあれば痕すら残さずに回復する。
しかし、その時の光咲は違った。
傷が、何時になれども回復しない。それを見た莉奈は焦り、直前に危害を与えた者とは思えない程に彼女を助けようとした。
そんな時。突然光咲の傷口が輝き、そして、傷口が回復する代わりに
コネクトドライバーツヴァイ。
莉奈は噂に聞いていただけで、ブラーズと名乗る者が一体どのようなドライバーをつけているのか、そもそも男なのか、女なのか……おおまかな見た目以外、ブラーズのことについて何も知らなかった。
よって、彼女をブラーズだと勘違いした莉奈は、最後に残った、ほんの少しの心配や、友情さえもを失くし、遂には光咲をそのまま放置したまま時晴の元へと逃げ出してしまった。
親友だと思っていた者に胎を潰され、心配されたかと思えば、またすぐに自分を見捨てて、逃げられる……。光咲がどれだけ絶望したか、どれだけ莉奈を……いや、自分を呪ったか。
それは、態々言語に表すまでもないだろう。
「──行くぞ、光咲」
ルミナスに手を差し伸べるブラーズ。
「時晴、なんで……。逃げてって、言ったじゃない……!!」
来てくれて、ありがとう。
素直になれないのか、それとも、どちらも本音なのか。ルミナスは嬉しそうにブラーズの手を取り、立ち上がる。
「俺、漸く気付いたんだよ」
ゆっくりと、触手を焼かれ悶える番の方へ振り向きながら、時晴は静かに、それでいて強く語り始める。
「今までやってきたこと全部、ただ、今、生きることから逃げてただけだって」
「多分、薄々勘付いてはいたんだ。こんなことをやっても、父さんも母さんも喜ばないって」
「でも、どうしてもこの『日常』を受け入れるのが怖くて。だから、態々戦うだけの生き方をしてきた」
「そんな理由で、何人も何人も殺してきただなんて……正直、殺された側からしたら許せるわけ無いと思う」
「でも俺は、もう、生きることから逃げたくない。この『日常』を、喪いたくない」
「だから──」
「光咲も、死ぬな……いや、生きることから、逃げるな」
ただの我儘。
そんなこと、誰よりも彼がわかっている。
それでも、「自分に下された罰」として、死を受け入れるのは、ただ、生きることから逃げているだけだと。
「時晴……ごめんなさ」
「ありがとう」
「……え?」
謝ってばっかじゃなくて、こういう時は、ありがとうって、言えばいい。
そう、時晴は仮面の下で光咲に笑いかける。
「……ありがとう、時晴!」
そして彼女もまた、仮面の下で、誰にも見せたことのない、可憐な笑みを浮かべる。
その瞬間だった。
コネクトドライバーツヴァイのベルト帯にセットされていた1枚のメモリが、時晴に向かって飛んでいく。
「あっ──」
──この2つは、きっと光咲ちゃんの『大切な人』の為になるから
飛んでいったメモリは、確かに心結の思念体が光咲に渡したもの。
「お母さん……?」
そしてそれは、光咲の、母親だった。
そもそもメモリとは醜人の体を構成する核であり、唯一これを壊すことで醜人の命を奪えるものである。仮面ライダーとは、そのメモリの力──つまり、醜人の命を使って戦う戦士であった。
「これは……?」
しかし、メモリだけになったからと言って必ずしも醜人が死ぬわけではない。ごく少数だが、何かとある条件において、微弱ではあるがメモリの中に意識を残すことができる醜人も存在する。光咲の母親もまた、その一例であった。
「時晴、メモリを入れ替えて」
「あ、あぁ」
つまり、だ。
光咲の母親は、時晴が自分の力を使うことを、認めたのである。
『Confirmation……』
メモリをセットすることで、ドス黒かったリモコンがやがて灰色へと変化していく。
辺りに、電子的で、それでいて音楽のような──所謂、待機音と呼ばれる音が流れる。
彼の脳裏に浮かぶのは、漆黒のドライバーとは裏腹に白が基調に構成された鎧。
橙色に輝く複眼、前腕や両脛に取り付けられたクリスタルのようで、それでいて形の整っている、水色の部品。
そう。これこそが。
『Connect in "MORCE"』
彼が変身した、本来の姿。
そう、
しかし。
何も、仮面ライダーは2人だけではない。
「──よっ、とォ!!」
「あっぶな!!飛び降りるなら静かに飛び降りさないよ!!」
突然時晴達の前に降り立ったのは、人間とも醜人ともつかぬ、正しく「異形」としか形容できないナニカ。
「トゥラァッ!!!」
そして2人が地面に着地したと同時に、瓦礫の山を蹴破って出てきたのは、確かに触手が直撃したはずの俊也。
「えっ、生きてたの……?」
「コイツがあんなんで死ぬ訳ねぇだろ」
ゴキブリにも引けを取らないほどの……いや、ゴキブリ以上の生命力を持つ俊也に、生きていたことを喜ぶ余裕もなくただただ呆気に取られるルミナス。そして、時晴よりも数分遅れてやってきた楓夕。
「全く……マジでバイクから飛び降りるやつが何処にいるよ」
「えっ時晴飛び降りてきたの?」
1人は、自分を押し潰す瓦礫を涼しい顔で蹴り飛ばし。
1人は、だいぶ上空を飛んでいたはずのバイクから当たり前のように飛び降り。
「……ははっ」
あまりに人間を超えた、凡そ超人としか言い表せないような行動しか取らない男たちを前にルミナスはもはや苦笑いを浮かべることしかできない。
「それじゃ……俺達も、行くか」
「あぁ」
そう言いながら、俊也と楓夕が取り出したのはまるでナックルのような何か──否、ナックルそのもの。ワームナックルと呼ばれる、戦闘用の兵器である。
『インプット』
ワームナックルにメモリをセットする2人。すると、漸く立ち直った番が悲鳴とも奇声ともつかぬ声を上げる。
「お前等ァァァァァッッ!?よぐも、ワタシを゙ォォォォッッッ!!!」
そのままろくに狙いも定めず、ただ滅茶苦茶に触手を振り回す番。そのうちの1本が俊也達に向かうが、2人は焦る様子も見せずにナックルを振りかぶる。
「何を──ッ!?」
その瞬間。
空間が、砕けた。
『クラッシュ』
例えではない。物理的に世界が砕け、2人を、そして2人に当たる筈だった触手をも呑み込んだのだ。
『ブリングオーダースルーディストラクションアンドスローター』
まるで、死刑宣告のように。
その声は冷酷に響き渡る。
『ワームウッド!!』
やがて、砕け散った世界は修復されていく。
そしてその中から姿を表すのは、2つの異形の姿。
否。異形ではない。
仮面ライダーワームウッド。
彼等もまた、仮面ライダーなのだ。
「同じライダーが……4人!?」
「量産型って奴か……」
そして今、6人の仮面ライダーは並び立つ。
「水上、これを」
俊也がモースに渡したのは、車のキーのような小さな機械。モースがスイッチを押すことで、何もなかった筈の場所に光とともにバイクが召喚される。
「これは『モースバイラー』。水上も
「俺、専用のバイク……!!ありがとうございます!」
どれだけ戦いに身を投じてきていようが、時晴も男子高校生。「自分専用のバイク」という実に魅力的な響きにときめきを隠せないのだろう。仮面で隠されているのにもかかわらず、彼が目を輝かせているのは誰から見ても明らかだった。
「それじゃあ……俺達も、行くか」
俊也の言葉に合わせ、彼がモースに渡したキーと似た形のものを取り出す4人。横で見ていたルミナスも、彼女専用のキーを取り出し、スイッチを押し込む。
「何をゴチャゴチャとォォォォォッ!!」
最初こそ世界の狭間に呑み込まれた触手に驚きなんのリアクションも取れていなかった番。しかし漸く正気を取り戻したのか、醜人と共にモース達へと光弾を浴びせ始めた。
巻き起こる巨大な爆発。
誰もが確実に殺せたと安堵する中、炎の中から6つの影が姿を表す。
4つは、ワームウッド達の乗るフライング・ダッチマン。
1つは、ルミナスの乗る、彼女専用のバイク──タキオンブースター。
そしてもう1つは、モースの乗るモースバイラー。
「ええい!!お前等ァ!!もっと攻撃しろォ!!!」
更に激しくなる攻撃にも怯まず、6人は前進し続ける。
再び彼等の目の前で光弾が破裂した時。6人は、
「はっ──!?」
「行くぞ、光咲ッ!!」
「えぇッ!!」
勿論、普通のバイクだったら既に倒れ伏していただろう。しかし彼等が乗っているのは、仮面ライダーの為のバイク。攻撃を防ぎ、多少跳ぶことなど、何の苦にもならないのだ。
しかし、番達がそれを知っている筈はない。何故なら、今まで存在していたライダーはただ1人、ブラーズだけだから。彼等はライダーとは名ばかりの存在だと信じ込み、まさか本当にバイクに乗るなど予想だにしていなかったのだ。
『MORCE,Final Attack!!』
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
そんな番の焦りを知ってか知らずか、飛翔したバイクから飛び上がり、同時に必殺技を発動するモースとルミナス。
「タァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「何ィッ!?」
一体誰が、攻撃を仕掛けてきているのか。一体何が、起こっているのか。何も理解できぬままに、番の体は崩れ落ちていく。
彼の目に最後に映ったのは、地面に着地するモースと、ゆっくりと降下する10人のルミナス。
そう。ルミナスが今発動させた『ルミナス・メテオ』とは、10人に分身して相手へ遥か上空からのキックを浴びせる、正に
「貴様等ッ!!よくも斑尾様をォッ!!」
「あんな奴に仕えてるなんて……アンタも大概馬鹿ね。私も人のことは言えないけど」
激怒する
「俺達を忘れてもらっちゃ困るなッ!!」
『メルトダウン』
しかし、彼の拳がルミナスへ届くその瞬間、彼の肉体はまるで硫酸をかけられたかの如く傷だらけに、そしてグチャグチャになっていく。
彼をナックルで殴りつけたのは、ワームウッドに変身した内の1人。そして彼の周りに集まってきた醜人達は、上空から降り注ぐ弾丸の雨によって一瞬で肉塊へと変わる。
「助けてくれたのか!!春香!!」
「うっさい。周りにいる敵くらい自分で処理して」
上空から聞こえる気怠げな声。それはダッチマンに乗った、春香と呼ばれる女の声だった。
「ホーッホッホッホッケッキョ!!ワシは
そんな戦場を上空から眺め、何故か唐突に自己紹介を始める鶯。一体誰に聞かせるつもりなのか、突然俳句を唄い出す。
「ホーホケキョ ホケホケホケキョ ホーホケキョ……うん、いい俳句デヴェッ!!」
しかし、彼自身が言ったようにここは戦場。呑気に俳句──果たして鳴き声は季語に入るのか──を唄う者など、誰よりも早く殺されていくのだ。
「これでこっちの醜人は最後か」
いや、どうやら意外にしぶとかったらしい。彼をバイクで轢き殺した俊也は、周りを見渡してもう上空には醜人がいないことに気付く。
「おやおやぁ……久しぶりですねぇ、
時晴の目の前で意地汚く笑う、10人程の男。それは、4日前に時晴達が入った、レストランの店員……つまり、烏醜人。
「お前の客になんかなるつもりはねぇよ」
『Connect in "MORCE" Crow Petal』
「あらあらあらあら……あなた、彼と知り合いなの」
烏を再び殺そうとするモースだったが、後ろから腰をくねらせ現れる女に思わず息を呑む。
「ならば敵か、いや、そうでないかもしれない、いや、統計学的に見たら、にんにくは美味しい」
ある意味、見惚れたと言えるのかもしれない。その女──種族なしと呼ばれる個体である──のあまりの訳のわからなさに一瞬呆気にとられるが、すぐに正気へと戻る。
『MORCE,Final Attack……Crow!!!』
ブラーズの頃よりも遥かに強く、速く、モースは一人一人を確実に殺していく。1秒とかからずに、時晴の周りでは醜人だったものから爆炎が上がり始めた。
「隙アリャァッ!!!」
しかし、速ければ速いだけ、負担も大きくなるのは当たり前だ。モースが体勢を立て直す間に、静かにこの期を狙っていた
「油断するなッ!!」
しかし、それを阻止したのは楓夕。ナックルを一振りするだけで、いともたやすく嘴広鸛の全身を砕いた。
「久しぶりだなブラーズゥ!!ここでブチ殺してやるよォ!!」
「ブラーズじゃねぇ!!今の俺は仮面ライダーモースだッ!!!」
そして、次に出てきたのはかつて時晴が戦った鼠醜人。モースは楓夕に感謝することもできず、次なる戦いへと引きずり込まれていく。
「こうなったら……!!」
『MORCE,Final Attack……Crow!!!』
「時晴ッ!!私もッ!!」
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
再びクローペタルの必殺技を放とうとするモースと、自分の周りの醜人を全て倒しきり、モースを助けに来たルミナスが合流。同時に鼠に向けて必殺技を放つ。
「見切ってんだよォ、それはァ!!!」
しかし、一度食らった必殺技を何度も食らってやるほど鼠も甘くはない。自分達を拘束する光を力任せに引きちぎり、その場を切り抜けた。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
ルミナスの必殺技を食らう者もいたが、それは鼠達にとって大した問題ではない。元々が群生の醜人だった彼等。全ての醜人が何十倍にも増えたこの状況で、彼等もまた、元の数とは比にならないほどに数を増やしていた。
「仕方ねぇ……めんどくせぇが、こうするしかないッ!!」
『Connect in "MORCE" Water Petal』
しかし、時晴もブラーズの時よりも遥かに強くなっているのだ。元々はただ少量の水を出すだけだったウォーターペタルも、今は醜人達を押し流せる大きさの波を作れるほどの力を持っている。
「たかが水でッ!!」
「……ッ!!氷室、捕まれ!!」
そう。たかが水。どれだけ全身を呑み込まれようとも、ただの水では醜人は死なない。
しかし、彼等の後ろにあるのは、彼等自身が出てくるのに使った、巨大な穴。
「やめっ、助け──ッ」
鼠達は穴の中へと吸い込まれていく。もしも直前に楓夕に引っ張り上げられていなかったとしたら、ルミナスもまた、彼等と同じ結末を辿ることになっていたであろう。
「お前は……なんでそんなに濡れているんだ……?」
その頃、モース達の元へ向かおうとする俊也のの前に立ち塞がっていたのは
「ねぇ、お兄さぁん♡ここであたしを見逃してくれたらぁ〜(チラッチラッ)、あたしのカ・ラ・ダ♡自由に使わせてあげてもいいけどぉ〜?(はぁと)」
「五月蝿い、死ね」
並の男ならすぐに堕ちるであろう──いや、寧ろここまでやったら全員ドン引きだと思うのだが──動きをされても動じず、ナックルを振りかぶる俊也。女──恐らく、
「チッ……あたしの体で釣れねぇとは……」
「戦場を舐めるな、薄汚い豚が」
かつてないほどに辛辣な俊也の言葉。俊也はナックルのトリガーを長押しし、メモリを差し直す。
『オルカ、ダウンロード』
「やぁん、私が抱き締めてア・ゲ・ル・っ♡」
一瞬の隙を逃さず、薄汚い艶かしい声を上げながら俊也に抱き着く鰻。もう色仕掛けは通用しないとわかっている筈なのに。疑問に思いながらも殴りつけようとした俊也だったが、すぐに体の異変に気付くこととなった。
いや、気付かされたと言うべきだろうか。
「電流……ッ!?」
そう、電流。彼女は相手へ電流を流すことができる、所謂、デンキウナギと呼ばれる生物と同じ力を持ち合わせていた。
普通の人間ならば1秒と持たず、全身が穴だらけになって死ぬ程の威力。しかし、相手は瓦礫の山に押しつぶされようと傷一つつかない男、秋山俊也である。
『メルトクラッシュ』
「なっ、放せッ!!」
首を鷲掴みにされ、逃げ出そうともがく鰻。必死の抵抗も虚しく、彼女の胸には容赦なくナックルの一撃が叩き込まれた。
鰻は悲鳴すら上げられずに爆散する。しかし、当たりどころがよかったのか悪かったのか。彼女の頭蓋骨だけが砕けずに残り、俊也の手の中へと吸い込まれていく。
「こいつは……電気か──ッ!?」
俊也が醜人の頭蓋骨を握りつぶし、メモリを取り出したその時。突如巨大な水柱が校庭の穴から上がる。
「ほぉぉぉぉぉぉぉぉ……オイラは鯨だホォォォォォォォ〜〜〜〜!!!」
「「はぁ」」
水柱の中から出てきたのは、20mは優に超えているであろう巨人──
「いや待て、これヤベェ!!」
先に自分が置かれた状態に気付いたのは、モースだった。
冷静に考えれば分かる話だろう。水が溜まった所から、巨大な物体が勢いよく飛び出てきたらどうなるか。
その物体に押された水が、自分達の頭上に降り注ぐことになる。
「避けろッ!!光──」
いくらただの水と言えども、今回ばかりは量が量である。変身している状態であっても、少なくとも水の勢いが収まるまでは動けなくなる。モースがルミナスに叫ぶが、時すでに遅し。彼等の全身はもう大量の水に包まれていた。
「オラオラオラオラァ!!!」
「夏樹、本当に五月蝿い……!!」
「無駄にデカい体しやがって……!!」
上空から鯨へと飛んでいく無数の弾丸。夏樹と呼ばれた男と、春香、そして楓夕による、ダッチマンの主武装であるバルカン砲を使った攻撃である。
「そんな攻撃、効かないホォォォォォォォ〜〜〜!!!」
しかし、全ての弾丸は鯨へと到達する前に白く分厚い壁に阻まれてしまう。
「何あれ……?バリア……ってわけでもなさそうだし……」
「兎に角攻撃しまくってみるしかねぇよなぁ!!!」
困惑する春香を余所に、急降下しながら銃弾を撃ち込む夏樹。壁と衝突しそうになるも、すんでのところで急ブレーキ、逆噴射させ春香達の元へと戻って来る。
「死ぬ気か、お前は」
あまりに危なっかしい行動につい愚痴を零す楓夕。夏樹はそんな楓夕のことなど気にしていないのか、悪びれもせず壁に傷を付けられたと自慢気に報告する。
「傷が付いた……って事は、あれは物理的な物か……?」
楓夕は彼の言葉を聞いた途端に真面目な顔で壁の正体を考察する。バルカン砲ではエネルギーはかき消せない。よって、もし壁がビーム攻撃を応用したバリアであったとしたら、今の攻撃では傷1つつかないはずだ。
楓夕がめんどくさくなって思考を放棄しようとした、その瞬間。
壁が、溶けた。
「な──ッ!?」
例えではない。壁が水の中に溶けたのだ。
「そうか……そういう事か!!」
その様子を少し離れて見ていた俊也は、ある1つの結論に辿り着いた。そして、鯨が楓夕達に向かって吠えた瞬間──つまり、俊也を意識から外した瞬間、俊也はつい先程手に入れたばかりのパーツをモースへ向かって全力で投げる。
「これを使え、水上ッ!!」
一体彼の腕はどれほどの力を有しているのか。水の中に入ったそのパーツは、勢いを殆ど失うことなく真っ直ぐにモースへと向かっていく。
(このメモリ……どうやって)
そのパーツは、俊也が鰻から引きずり出したメモリだった。
モースはメモリをしっかりと掴み取り、リモコンに入ったメモリと俊也から受け取ったメモリを交換する。
『Connect in "MORCE" Electric Petal』
(そうか……まさか、この水)
そして、彼の姿は四肢に黄色の線が入り、頭部に角のような突起ができた姿へと変化する。
仮面ライダーモース エレクトリックペタル。
その名の通り、電気を操る姿である。
しかし、ただの水は非電解質。電気を通すことはない。つまり、彼がここでこの姿になることに意味はないのだ。
……それは、この液体がただの水であったら、の話だが。
「そうか……あの壁は!!」
俊也の意図に気付いた楓夕。俊也は我が意を得たりとばかりに声高々に叫ぶ。
「そうだ!!あれは……」
『MORCE,Final Attack……Electric!!!』
「──塩でできていたんだッ!!」
俊也の言葉を継いだのはモース。彼がスロットを倒し、再びリモコンを押し込んだ瞬間。
「ンギャァァァァァァァァアアァァアッァッァアァアアアアッッッッッッッ!?!?!?!?」
鯨は絶叫を上げる。
そう。彼は鯨──つまり、海洋生物。いくら醜人と言えども、最大限の力を出し切るにはその元となった動物と同じ状況にいる必要がある。よって彼は常に塩水に入っており、攻撃を防ぐときにだけ塩水の中の塩を個体にし、それを壁にしていたのだ。
そして、塩水は電解質。彼が淡水魚の醜人であったならまだ生き残るチャンスもあったかもしれないが、彼が塩水の中にいる以上電気の攻撃から逃れることはできないのだ。
「……そんな事あるか?」
「知らない。……醜人だし、それくらい行けるでしょ」
楓夕から説明されるも、まるで納得できていない様子の夏樹。そんな彼に「目の前で起こってるだろ」と言わんばかりに春香が返すが、彼女もまた、状況の滅茶苦茶さに納得し切れない様子だ。
「まあそもそも仮面ライダーに変身できるって聞いた時もビックリだったしなぁ」
夏樹は彼なりの結論を出し、未だに叫び続けている鯨へと目を見やる。
その時、鯨の体に異変が起きた。
本来、ただの人間ならば、感電したときは体中の穴という穴から体液を撒き散らしながら死ぬのだろう。しかし、醜人の体に穴などない。そして、ただの電気で穴が空くほど軟な体をしている訳でもない。
よって。
体の中に溜め込まれたエネルギー、ガス、そして蒸発したことによって体積が膨張した血液……。体の中に入り切る量の限界を超えたそれらによって彼の体は今、大爆発を引き起こそうとしていた。
「待て!!このままじゃ水上と氷室が──!!」
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
電流の迸る水中から響く電子音。それと同時に、モースとルミナスの体が打ち上げられる。ルミナスがルミナス・メテオを発動し、モースを空中へと蹴り上げ、自分も水中から抜け出したのだ。
そして、遂にその瞬間は訪れる。
「──ッ!?」
離れていた俊也ですらまともに立ち上がれなくなるほどの衝撃。爆心地から衝撃波が発生し、近隣のあらゆる物を吹き飛ばしていく。
「嘘──!?」
そして、それはこの状況を隠れて見ていた莉奈も例外ではなかった。
空に投げ出された莉奈の頭に、飛んできた瓦礫の破片が直撃する。
「ときはっ」
目の前で戦う、最愛の人を呼ぼうとする莉奈。しかし、それも叶わず、彼女の意識は途絶えていった。
「何……これ……?」
爆発した痕を見て呆然とする春香。それもその筈。崩れていく鯨の死体から、つい先程倒したはずの醜人達が無数に湧き出してきたのだから。
「嘘でしょ……?まだ出るの……?」
「嘆いていても仕方ない……って言ったって、この数は流石に多すぎるな……」
楓夕が呆れ返るほどの量。しかし、モースといつの間にか近くに来ていた俊也、そして夏樹は寧ろ相手にとって不足なし、とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。
「男って本当に〇〇〇〇〇〇〇〇……」
そんな彼等に呆れて愚痴を零す春香だが、彼女が何と言ったのかは明かさないでおこう。
もしこの場が戦場でなかったら、少なくとも時晴は泣き崩れていただろうから。
「フゥン!!久しく会わぬ内に随分と逞しくなったものだなぁ、我が好敵手よ!!」
「ミサイルがないだけまだマシだ、きっとそうに違いない」
「斑尾様……貴方の仇は、必ずッ!!」
「ここで一句……『クソ共が ブチ殺してやる 絶対に』……うん、いい句だ!!」
「さぁさぁ……何秒生き残れるんですかねぇ?」
「にんにくにくにくにんにっく」
「クエェェェェッッッ!!!!」
「今度こそブチ殺してやるよォ!!」
「あら物騒……あ、お兄さん達ぃ〜……溺死にする?圧死にする?それともぉ……感・電・死?(はぁと)」
針鼠、虎、土竜、鶯、烏、種族なし、嘴広鸛、鼠、鰻……そしてまだ出てきていなかった新たな醜人達。
「うわぁ……殺意3割増しってところか」
「3割で足りるか……?」
戦いの中で何か通じ合うところがあったのか、或いは戦いへの恐怖を紛らわせるためか、まるで元々友人だったかの如く喋る夏樹とモース。
「まあ……ここまで来たなら、最後までやるしかねぇよな……!!」
モースはリモコンを取り出し、新たにメモリをセットする。それは先程鯨が破裂したときにこっそり拾っていたもの。
『Connect in "MORCE" Gigant Petal』
「ん──どわっ!?なんだこれ!?」
体が巨大になるのか……そう思っていた彼の周りを光の膜が覆い、やがて彼の新たな姿──ギガントペタルが現れる。
「でっか……」
表れたのは巨大な、そして丸々とした鎧。春香が呆気に取られる横で、モースは自分を覆う鎧に興奮した様子でぴょんぴょんと跳ねる。
「すげぇ!!これデカいぞ!!なんかめっちゃ強そう!!」
「ちょっ……揺れてる!!時晴、揺れてるから!!」
そんなモースをルミナスは制する。「えぇ〜」といじけたような声を出すモースだが、敵に目を見やると、真剣そうに、それでいて明るく他のライダー達へ呼びかけた。
「よし……それじゃあ皆、今度こそ終わらせるぞ!!」
「えぇ!!行きましょう、時晴!!」
「早く終わらせて帰りたい……」
「これからが俺達のステージだッ!!!」
「死ぬなよ、楓夕」
「お前こそ、なぁ!!」
そして、全員は揃って駆け出す。
この戦いを、終わらせるために。
「なんでミサイルよりヤバそうなの出てくるんだよぉぉぉぉぉ!!」
嘆きながらモースへと突っ込むのは虎醜人。戦闘の虎を殴り飛ばしたモースは手足を丸め、次々に虎達を潰していく。
「クソッ……みんな、コイツを囲むぞ!!」
虎は協力し、持ち前の素早さでモースを囲む。動きを止めたモースに一斉に殴りかかるが、それはモースの思惑通りだった。
『Connect in "MORCE" Crow Petal』
『MORCE,Final Attack……Crow!!!』
モースが鎧の中でメモリを入れ替えた瞬間、鎧は物凄い勢いで切り離され、周りにいた虎を一掃する。それだけではない。鎧によって隠れられていたモースは誰にも動きを読まれることなく、一気に100体もの醜人へと飛びかかった。
『Fire!!!』
あちこちで起こる爆発。モースはファイアペタルに変身し、そして、その右腕で爆発のエネルギーを全て吸収した。
「セイヤァァァァァァッッッッ!!!!」
本来なら軽く周りを炙る程度の威力しかない炎の障壁も、エネルギーを吸収した今なら醜人程度軽く殺せるほどの力を持っている。
「そんな炎でお姉さんは倒せないわよォォォォォォォッッ!!!」
全身を液体で覆っていた──因みに、俊也が鯨醜人が入っているのが海水だと当てられのは、水生生物である鰻の醜人が常に濡れていたからであったりする──鰻は炎に耐え、モースに電流を流さんと迫る。しかし、それもモースにとっては想定内のこと。
そして、ファイアペタルの最大の強みは──。
『Wind!!!』
ウインドペタルの必殺技と同時に必殺技を撃つことで生まれる、炎の旋風。
「アァァァァァァァァァッッッッ!?!?!?あづいッッ!!あづいィィィィィィッッ!!!!」
この旋風を喰らって生き残る者など、少なくとも人間と醜人には──俊也はまた別として──いない。
そして、それは鰻も例外ではない。いや、寧ろ水生生物であり、火に弱い彼女なら尚更生き残れないだろう。
「クェックェックェェェェェェェェェェェェ!!!!」
「覚悟しろモースゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」
「にんにっくぅぅぅぅぅぅ」
『Water!!!』
彼女を焼き尽くしてもまだ尚、モースの攻撃は留まらない。頭上から飛びかかってきた嘴広鸛と鼠を波で押し返し、後ろから近付いてきていた種族なしを殴り飛ばす。
「だからその攻撃は──ッ!!」
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
見切っている。そう怒鳴ろうとした鼠だが、上空から響く電子音に絶句する。
上空から迫ってくるのは、今まで針鼠と戦っていたルミナス。10体に増えたルミナスは再び必殺技を発動、10体それぞれが10倍の数へと増えていく。
しかし、まだ終わりではない。
三度必殺技を発動したルミナスはやがて、その数を最初の1000倍まで──つまり、1000人へと増殖させる。
「嘘……だろ……?」
「この数は流石にィ……ッ!?」
いくら数が多い鼠と言えども、一撃だけでも数体の醜人を殺せる攻撃を1000度も喰らえば無事では済まない。鼠は数秒後の自身の姿を想像し逃げようとするが、その全てにルミナスの攻撃は容赦なく降り注いだ。
「助け──」
「コケコッ──」
「にんにく」
命乞いをする者、本来の声を上げる者、愛する者──物……?──の名を呼ぶ者。断末魔は人それぞれだが、彼等の死因は全て同じ。
そして、全員を殺し終えたルミナスはモースへと駆け寄る。
「時晴!!風と烏の奴、貸して!!」
「えっ?あ、あぁ……」
勿論、戦いは終わっていない。彼女がモースに駆け寄ったのは褒めてもらうためでも、心配するためでもなく、自分が新たな力を得るため。
『Crow×Wind』
『Open your "Luminous" Speed Mingle』
モースから借りた2つのメモリの力を使える姿──仮面ライダールミナス スピードミングルに変身したルミナスは、目にも止まらぬ速さで次の敵へと向かっていく。
「喰らえッ、ルミナスよ!!」
彼女を最初に迎え撃ったのは針鼠。全身の針を彼女に飛ばし、距離を詰められないようにする。
「な──ッ」
しかし、今の彼女は最も速い姿。針鼠が飛ばした針を避けるのなど、造作もないことだった。
「力を借りるぞッ、我が相棒ッッ!!!」
相棒──おどろおどろしいオーラを纏った日本刀を取り出し、ルミナスへと斬りかかる針鼠。彼女もまた片腕からクローを発現させ、針鼠を切り刻まんと迫る。
「貴方の武士道……尊敬に値するわねッ!!」
「そなたこそ……その腕、素晴らしいッッ!!」
互いに鍔迫り合い、称賛する2人。しかし、勝利の女神は針鼠には微笑まなかった。
「ガァァァァァァッッッ!!!…………そうか、私が望んだのは、この、高揚──」
鼠が最後まで喋り終えることはなく、無慈悲にもその体は爆散する。
「生まれる世界が違ったなら、或いは──いや、そんなこと言っても、仕方ないわよね……」
何か思うところがあったのか、彼のバラバラになった死体を見下ろすルミナス。
しかし、それで戦いを終わらせられるわけではない。彼女は再び、自分に敵意を向ける者へと立ち向かう。
「一瞬で……終わらせる」
『LUMINOUS,Beginning Miracle……Speed!!!』
そして、彼女の体は加速する。
「ここで一句……『目の前で ワシに迫るの 残像か』……うん、いい句デヴェッ」
「クサムカァ!クサムァガマダラビサマウォ-!」
この状況に置かれてもまだ尚俳句を詠み続ける鶯と、雄叫びのようなよくわからない声を上げる土竜をルミナスは殴り殺した。また別の土竜は地面に潜って攻撃を避けようとするが、ルミナスが起こす旋風で彼を包む土は全て舞い上がってしまう。
「これだから地べたに這いつくばることしかできない低能はァ!!!!」
そんな彼を空から嘲笑うのは、同じ醜人同士協力しているはずの烏。
「お前はそのひっくい場所から俺がアイツ等を殺すのを見ッて゛ッ゛い゛ッ゛」
烏はそう嗤いながらモースの元へと飛んでいこうとするが、その直後に彼の体には無数の穴が開けられることとなった。
「油断大敵……ってね!!」
それはダッチマンに乗った夏樹の仕業。ワームウッドに変身している4人もまた、目の前の敵と戦っていた。
「ほらぁ、あそこのお兄さんも油断大敵って言ってたでしょぅ?」
「まっず──!!」
そのすぐ横で鰻に抱き着かれる春香。勿論、鰻もただ抱き着いたわけではない、彼女へ電流を流し苦しめていく。
「うぁぁぁ──ッ!?」
「なぁんだ、あの男以外は別にたいしたことないじゃない……」
思わず苦痛の声を上げる春香に、期待外れだとため息をつく鰻。そして、彼女は春香へ流す電流を段々と強くしていく。
そして、春香が膝から崩れ落ちようとした、その瞬間。
『メルトダウン』
「ドォリャァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!」
「嘘ッ、いつの間に──」
鰻の頭蓋骨へナックルが叩き込まれた。
油断大敵を謳う者が、一時の油断によって命を落とす──もしここに鶯がいたならば、この皮肉な最期もまた、詩にしていたのだろうか。
「大丈夫かッ、春香!!」
「……別に、問題ない」
背中合わせになる2人を、醜人達が取り囲む。
「オレ達のことを忘れてもらっちゃ──」
「──困るなッ!!大丈夫か、2人ともッ!!!」
そこに表れたのは、2人で1つのセリフを完成させるという実は結構難しい芸当を難なくやってのけた俊也と楓夕。俊也に安否を聞かれた春香は、直前とは比べ物にならないほど元気な声で応える。
「うんッ!!私は大丈夫!!」
「俺が助けたときはもっと反応薄かったのに……」
静かに肩を落とす夏樹の肩に手を置く俊也。男の友情が感じられる一幕が終わったところで、4人は再び背中合わせになりナックルを構える。
「……来いよ」
俊也は醜人を醜人を煽り、彼等が攻撃を仕掛けてくるのを待つ。短気なのか、それとも誰かに逃げないように仕向けられているのか、挑発に乗って襲いかかる醜人達。
「行くぞ!!」
「おう!!」
「ワクワクもんだぁ!!」
「決める!!」
4人の必殺技がそれぞれの方向へと突き刺さり、何人もの醜人が悲鳴も上げずに肉塊となっていく。
「まだ終わりじゃねぇぞぉぉぉぉぉ!!!!」
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
『MORCE,』『LUMINOUS,』
最後に残った醜人達を始末したのは、モースとルミナスの2人。彼等の一撃によって、醜人達は1人残らずこの世を去った。
この戦いは、遂に、終わったのだ。
「今ので……最後……?」
周りを見渡し、もう敵が残っていないことを確認したルミナスは漸く安心したように息を吐く。
「これで漸く一息つけるな……」
その場にあった瓦礫に腰を下ろす時晴。変身を解除した彼は休憩も程々に再び立ち上がる。
「時晴?何処行くの?」
「どうせ学校も滅茶苦茶になったんだし、ちょっと莉奈に会ってこよっかなーって」
「……そっか」
どこか寂しそうにするルミナスに、時晴は手を差し伸べる。
「……時晴?」
「何があったか知らないけど……それでも話してみなきゃ解決できないだろ?……って、この前読んだ本に影響されただけだけど」
仮面の上からでもわかる程に動揺する光咲。静かに微笑んだ後、彼女は時晴の手を取ろうと──
「──ギ、ざまラ゛ァ……ヨぐモわダジをォォ゛……」
「「──ッ!?」」
突如響く怨嗟の声。
「ぜンイン……ゴロじデ……ヤ゛……!!」
それが誰のものか彼等が理解するのに、そう時間はかからなかった。
「斑尾……まだ生きて……ッ!?」
ルミナスの焦りを含んだ声は轟音にかき消され、そして、彼女等の視界も砂埃によって塗り潰される。
砂埃が明けた先にいたのは、先程までとは桁違いの大きさの怪物。上半身からは無数の腕や目、数々の器官が飛び出ており、下半身はまるでクラーケンのように巨大な触手が生え揃っている。
「まさか……今までの醜人、全員分のメモリを吸収したのか……ッ!?」
「それって……まさか」
「──醜傀獣」
その怪物──醜傀獣と化した番は触手を振り回し、目の前のもの全てを薙ぎ払う。
「──まずッ!?変身ッ!!」
反射的にリモコンをドライバーに装着し、モースへ変身した時晴は身をよじって触手を避けようとする。しかし、触手の先から発生している衝撃波によって吹き飛ばされ、再び変身も解除されてしまう。
そして、吹き飛ばされたのはモースだけではない。ルミナスも、俊也達もまた、同様に吹き飛ばされていた。
……幸か不幸か。モースが吹き飛ばされた先に、いたのは。
「莉奈!?なんでここ──」
彼女の顔面に深々とめり込んだ瓦礫の破片。そして、本来とは逆の向きに曲がった腕と足。
時晴が吹き飛ばされた先にいたのは、人としての形を失った嘗ての恋人だった。
「──奈!!莉奈!!」
「とき……はれ……?」
莉奈は自身に縋り付く時晴の声で目を覚ます。
「なにこれ……声だけするのに、何も見えないや……あたし、死んだのかなぁ……?」
「死んでないッ!!まだ死んでない……けど……!!」
彼女にめり込んだ破片は既に脳まで到達しており、並の人間なら意識を取り戻すことは2度となかった筈だ。それでも再び喋ることができたのは、時晴からの必死の呼びかけのおかげだろうか。
「あぁ……そうだ、みっちゃんが、これ、たぶん、ときはれに……」
吹き飛ばされる前から持っていたのか、莉奈は手のひらに握られた新たなリモコンを時晴に渡す。
「これ……」
「あのね、あたし、みっちゃんに、ひどいことしちゃった」
「いいから、今は、傷を治さないと……!!」
ついさっき、光咲は莉奈の名前を聞いて、寂しそうにしていたはずだ。時晴は2人の間に何かがあったことを察するが、それを追及することはせずに彼女の治療を優先する。
しかし、時晴は治療の能力を持つメモリなど持っていない。できることと言ったら、莉奈が眠らぬようにただ呼びかけ続けることのみ。
「みっちゃん、ゆるしてくれるかなぁ……?」
「光咲なら、絶対、許してくれるから……!!」
そんなこと、本人に聞かなければわからない。それでも、莉奈を安心させるためだけに、時晴は確証がないことでも構わずに話し続ける。
「なら……また、みんなで、おひる、たべたいなぁ」
ただ、一緒に昼食を食べるだけ。それでも、莉奈にとっては、大切な時間だった。
ふと、莉奈の体が重くなる。
まるで、今まで入れていた力が、一気に抜けたように。
「……莉奈?なぁ、莉奈?返事してくれよ?なぁ、まだ、こんなところで、死んじゃ──」
「──見ィつケたぁ」
上空から響く、不気味な声。時晴が顔をあげると同時に、莉奈の体は猛スピードで迫ってきた触手によって醜傀獣の元へ投げ飛ばされる。
そして、彼女の体は醜傀獣に拘束された。
「その、メモリ」
醜傀獣の細い触手が莉奈に近づけるのは、時晴がブラーズに変身するために使うメモリ。そのメモリは莉奈の体の中へめり込んでいき、やがてメモリが見えなくなると、醜傀獣の全身が大きく脈打った。
「何が起きてる!?水上、何があったか見えてたか!?」
変身したまま時晴の元へ駆けつけたのは俊也。珍しく声を荒げる彼に時晴は驚くこともせず、ただぽつりぽつりと言葉を零す。
「ブラーズのメモリが、アイツの中に……」
時晴の言う「アイツ」とは、紛れもなく莉奈のこと。しかしこの時にはもう、莉奈の体は醜傀獣の中へと呑み込まれていた。
よって、俊也が思う「アイツ」とは、突如現れた醜傀獣のこと。
「仕方ない……もう一回、やるしかないか……!!」
モースは走り出す俊也に力なく手を伸ばすが、俊也がそれに気付くことはなく、醜傀獣を一撃で仕留めんと突っ込んでいった。
しかし、相手は先程までとは段違いの力を誇る醜傀獣。俊也の拳が醜傀獣に届くことはなく、それどころか、いともたやすく吹き飛ばされてしまう。
「俊也ッ!!」
「大丈夫か!?」
彼に駆け寄る楓夕、夏樹、そして春香。
「あの野郎、憎悪のメモリを取り込みやがった……!!」
「憎悪って……まさか、水上が使ってた!?」
時晴が使うメモリに含まれる力には水や電気、風など様々なものがある。そして、それは何も物理的な力だけに留まらない。概念の力を含んだメモリも存在するのだ。
その内の1つが、
「まずいッ!!避けろ!!」
楓夕が俊也を蹴り飛ばし、その声に反応した夏樹と春香はバックステップでその場を離れる。
その瞬間、地面を叩く触手。もし彼等が触手に気付かず、避けられていなかったら。数秒後に彼等がどうなっていたかは、明らかだった。
「ぜんイン、ワたしガころシテ……」
もはや意識が残っているのか、いないのか。それすらもわからない無機質な声で──或いは、本人ですらわかっていないのかもしれないが──醜傀獣の触手は俊也達を追い詰める。
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
その触手を断ち切ったのは、今まで意識を失っていたルミナス。彼女の攻撃で数本の触手が燃え尽きたが、それらは全てすぐに元通りに復活した。
「嘘でしょ……!?」
「だったら、これでェ!!」
『『メルトダウン』』
ただ切るだけでは駄目ならと、ナックルで殴りかかる春香と夏樹。触手は溶解液を喰らったかのように溶けていくが、またすぐに再生する。
「これでも駄目なの!?」
「そンナこうゲキがキくかァぁアアぁ!!!」
醜傀獣の一撃によって、再びルミナス達は吹き飛ばされてしまう。
……よりにもよって、時晴がいる元へ。
「時晴!?なんで変身してないの!?こんなところにいたら危な──」
「光咲」
ルミナスの言葉を遮って彼女の名前を呼ぶ時晴。
「──助けて」
その声はどうしようもなく深い、深い絶望に染まっていて。
ルミナスもまた、何か、時晴が絶望することが──尤も誰が関係してくるかと言えば、1人しかいないのだが──起こったと勘付く。
「……りーちゃんと、何かあったの?」
時晴はルミナスの問いには答えず、ただ莉奈から渡されたリモコンを握りしめることしかしなかった。
「……待って。りーちゃん、今何処にいるの?」
ただ、まさか番に呑まれているなど、想像だにしていなかったらしい。まるで形見のように残されたリモコン──これもまた、光咲が心結の思念体から貰ったものである。彼女が莉奈をどれほど信用していたのかが伺える──を見つけた途端、声に若干の焦りが現れ始める。
いや、或いは。
それを見付けるまで、莉奈が死んだなんて、考えられなかったのかもしれない。
「──お前等ッ!!ボーッとしてると死ぬぞ!!」
迫りくる触手を全てなぎ倒しながらルミナス達の元へ駆けつけた楓夕。傍から見たら何もせずに突っ立っているだけの4人を怒鳴りに来たのか、何か事情があるのを理解し、彼女等を守ろうとしているのか。真意はわからないが、ルミナス達の周りの触手を消し炭にしていく。
しかし、全員が殆ど休まずに戦い続けている状態。流石の楓夕にも、遂に限界が訪れた。
楓夕が少し体勢を崩した瞬間に、無数の触手……と言うにはあまりに細い、もはや光の鞭としか形容できない何かが目の前に迫る。
「あっ──」
避けられない。
楓夕が、生きるのを諦めようとした瞬間。
「動くな、楓夕ぅぅぅぅぅッッ!!!」
彼女の目の前で、ナックルが風を切った。
「俊也……?」
楓夕に突き刺さる直前だった触手を殴り飛ばしたのは俊也。しかし、彼女を助けるために失ったものの存在に、すぐに気づくことになる。
「──え」
俊也は荒く呼吸をしながら楓夕に寄り掛かる。
……いや、違う。
俊也の左足が、ない。
「俊也?なんで、足、ついてないの?」
楓夕の思考が乱れていく。
何故、足がついてないのか。
そんなの、わからないはずがない。まだ楓夕に襲いかかっていなかった触手に、綺麗に足を切り取られたのだ。
「うそ……やだ、やだやだやだ……」
自分が、俊也の足を奪った。
これまでにないほど、楓夕は取り乱す。
「気にするな……これくらい、大したこと、ないから……」
なんとか楓夕を落ち着かせようとする俊也だが、楓夕は落ち着くどころか、寧ろこれまで以上に取り乱し、遂には呼吸すらもままならなくなってしまう。
どれだけ空気の読めない者であろうと、喋ることもできなくなるような状況。しかし醜傀獣は、そんな隙を見逃すほど甘くはない。
「楓夕、避け──」
再び楓夕へ襲いかかる触手。俊也が彼女を突き飛ばそうとするも、足が無いせいかバランスが取れず、その場に倒れ込んでしまう。
いや、醜傀獣は、最初からこの状況を狙っていたのかもしれない。
触手は突如向きを変え、俊也の右腕に巻き付き、その体を持ち上げていく。
「──待って!!俊也!!」
楓夕が俊也を掴もうとするも、既にその体は天高く掲げられ、ダッチマンがすぐ側にない彼女が届く高さを優に超えていた。
「ホら、よクミロ」
漸く余裕を取り戻したのか、先程までよりも幾分理性を取り戻した様子で笑う醜傀獣。醜傀獣は俊也を態々楓夕から見える場所へと持っていき、ゆっくりと彼の腕を締め付け始める。
「──ガッ!?」
「俊也!!俊也ぁぁ!!」
目の前で、仲間──或いは、それ以上の存在が痛めつけられているのを、ただ見ていることしかできない楓夕。そんな彼女を嘲笑うかのように、俊也の腕からは骨が軋む音が鳴り響く。
それは、パキッ、と言ったのか、それとも、グチャッ、と言ったのか。
言葉では表現できない音を立てて、俊也の右腕は、潰された。
解放された俊也が落ちていく。
「──あぶねぇ!!」
それを受け止めたのは夏樹。彼は俊也の右肩を見て、絶句する。
そこにへばり付いていたのは、血管や、砕け散った骨と混ざった肉片。そこには彼の腕も、そして、彼の手に握られていたワームナックルも、もうなかった。
「嘘……でしょ」
「──あ」
目の前の光景に目を見開く春香と、膝から崩れ落ちる楓夕。
既に俊也では歯が立たないほど強い醜傀獣が、ブラーズのメモリを使ったら。今いる全ライダーの力を合わせても、醜傀獣には叶わないだろう。ましてや俊也も、そして楓夕もまともに戦えない状況で一体、どうやって倒せようか。
「ねぇ俊也ぁ……起きて、また一緒に遊ぼう……?俊也がいなかったら、
まるで、つい先程、時晴がしていたように、俊也に縋り付く楓夕。
どれだけ戦えようと、どれだけ強かろうと。
彼女もまた、1人の人間で。
そして、その心は十数年間、ただ1人──俊也だけに支えられて来た。
いくら仲間ができようと、それでも、彼女の中の──彼女自身がそれを自覚していたのかはわからないが──俊也の存在は、あまりにも大きすぎた。
「……私が、やらなきゃ」
目から光を失い、変身すらも解除された楓夕は立ち上がる。
誰を護る為でもなく、ただ、敵討ちだけの為に。
「──おい!!待て!!死ぬ気かよ!!」
「そうよ!!冷静になって考えて!!」
それを必死に羽交い締めにする春香と夏樹。しかし楓夕は見た目からは想像できないほどの力で2人を押しのけ、醜傀獣の元へと向かっていく。
触手は三度楓夕に襲いかかる。しかし今度は、隠しも、罠を張りもせずに、たった一本で、正面から。
普通の人間なら絶対に避けられるであろうスピード、そして位置。しかし我を失い、虚ろになった彼女の目には、もう何も映らない。
醜傀獣が勝利を確信し、春香達が楓夕を突き飛ばそうとした、その時。
「──ッ!!」
楓夕と触手の間に割り込む影。
そう、ルミナスである。
「暗間先生ッ!!今は、みんなを連れて、逃げて!!」
どれだけ切り裂こうと、どれだけ溶かそうと、触手は復活する。ならば、と、ルミナスは触手を全力で蹴り、一瞬だけでも楓夕達の安全を確保する。
「それに……秋山先生が死んだって決まった訳じゃ、ないですよね!?」
「あ……私……」
少しだけ、楓夕の目に光が戻る。
瓦礫の山に埋もれても、難なく生存できた俊也なら、もしかしたら生き残れるかもしれない。
楓夕がそんな淡い期待を抱いたその時、爆発音は轟いた。
「今度は一体何よ!?」
音の発生源は、醜傀獣の胴体。音は一回では収まらず何度も繰り返されていく。
「──大丈夫ですか、トップゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
そう。醜傀獣へ弾丸の雨を浴びせた彼等は、俊也がトップを務める醜人保護団体『ターマイト』のメンバー達。巨大な火に全身を炙られようとも、臆せずに俊也達を助けに来たのだ。
「重清……?」
楓夕達の前に止まるのは、数十人は乗れるであろう大きさの軍用車。それを運転する「重清」と呼ばれた男は、楓夕達でなく、ルミナスと時晴にも声を掛ける。
「ここは一時撤退だ!!お前達も乗れ!!逃げるぞ!!」
しかし、時晴は動かない。ルミナスが心配そうに見つめることで漸くゆっくりと動き出すが、それでも、車には向かおうとしなかった。
「時晴!?今戦っても、勝てない──」
「──俺は」
時晴が強く握りしめたのは、莉奈から受け取った新たなリモコン。彼がそれを懐に仕舞おうとした瞬間、再び醜傀獣から何かの音が鳴り響く。
しかし、今度はただの爆発音ではない。まるで体内から何かが飛び出してきたかのような、鈍い音。
否、例えではない。醜傀獣の体からは、何か、人型のものが飛び出ていた。
「──あ」
時晴はすぐに、それが何なのか、理解する。
「……俺が、全部終わらせる」
再びリモコンを強く握りしめ、時晴は醜傀獣へと──いや、醜傀獣から現れた人影へと歩き出す。
「おい!!お前、死ぬ気か!?」
「アンタ等は、先に逃げろ」
モースメモリをリモコンへセットし、そのリモコンをドライバーへ装着する。
一体、醜傀獣から現れた人影は何者なのか。
それは、俊也の右腕が潰された時の事だった。
「久しぶりだなぁ?莉奈」
ブラーズメモリを埋め込まれ、悶える莉奈の前で番が持つのは、俊也の右腕と共に触手に奪い取ったワームナックル。余裕がなかった楓夕達は気付かなかったことだが、ナックルは醜傀獣に呑み込まれていたのだ。
醜傀獣の中だからか、先程とは打って変わって余裕そうな番。彼の下半身の触手は全て醜傀獣と接続されている。
「オマえ……いッたイ……」
「どうせあの屑共では使い物にならんと思っていたが……まさか疑似声帯にできるとはなぁ?たかが醜人でもちょっとは使い道があるものだな」
そう。擬似声帯。
時晴達に届いていた声は全て、醜人達の声を組み合わせて作られたものだったのだ。
本来の番は何に乗っ取られているわけでもなく、ただずっと、この中から醜傀獣を操作し続けていた。
そんなことを知る由もない莉奈は、ただ番を睨み付け、脱出しようともがき続ける。
それを嗤い、ワームナックルを莉奈に手渡す番。
「コ……れハ……?」
番は優しく莉奈の手にナックルを握らせ、耳元で甘く囁く。
「これでアイツ等を……殺せ」
「え……」
到底、莉奈には納得できないような命令。しかしその言葉には何処か、莉奈にとって、安らぎとなるものがあった。
「ほら……
「──ッ」
そう。莉奈がずっと求めて、いつか、諦めていたもの。
父の存在と、温もり。
それは莉奈の心を解きほぐすのに──
「──あ?」
「お前のせいで」
「お前のせいでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「ギャァァァァァァァァァァァァァァ!?!?」
否。
彼女を自らの敵にするのに、あまりにも効果的過ぎた。
「返せ……返せ返せ返せ返せ!!!あたしの何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも!!!!」
「お前……ワタシに向かってよくもぉぉぉぉぉ!!!」
番の顔面を全力で殴りつける莉奈。彼は再び余裕を無くし、ただ無様に吠え続ける。どれだけ莉奈に殴りかかろうとしても、醜傀獣と接続された彼の体は動かない。
『オルカ、ダウンロード』
やがて、死神の声は響き渡る。
もうそこには莉奈はいなく、醜傀獣に接続し、動けなくなった哀れな男と、メモリに穢された元人間の少女──新たな、人型の醜傀獣。
いや、醜傀獣すらも超えた、この世に存在してはいけないナニカ。
「やめろ!!待て!!ワタシはお前の親なんだぞ!!いいから、話を──」
『メルトクラッシュ』
彼の必死の命乞いも虚しく、ナックルは容赦なく振りかぶられる。
瞬間、音を立てて割れていく世界。
方向も、感覚も、何もかもが入り混じっていく。
そして、全てが壊れ、立ち上がった先に。
「──俺が、全部終わらせる」
嘗ての恋人が、殺すべき敵として、立ち塞がる。
時晴の全身を包む、眩い光。
光が明けた先に、新たなる彼の姿は現れる。
『Memory,Origin,Radiance,Cancer,Exceed!!Masked Rider Spiral Morce!!!!』
「──もう、終わりにしよう」
滅紫の光に包まれた、純白の戦士。
仮面ライダースパイラルモース。
時晴1人が出せる、最強の力。
「お前の……お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでぇぇぇぇ!!!」
混乱したのか、誰かを憎むことしかもうできないのか。莉奈は時晴に襲いかかるが、彼女の拳が時晴の顔面に届く瞬間、突如放たれた光によって彼女は吹き飛ばされてしまう。
「今の内に逃げろ」
酷く冷静な、感情を押し殺した声。その声に圧倒されたその場にいた全ての者は俊也を連れ、逃げようとする。
「──待って。私も残る」
ただ1人、光咲だけを除いて。
「多分、私も、ここで逃げたら一生後悔する。……それに、あなた達は秋山先生の治療を優先しないと、でしょ?」
心配そうに見つめてくるが、それでも残りたがってはいないであろう楓夕に光咲は話しかける。
あくまでここは自分と時晴だけで対処するから、楓夕達は先に逃げてほしいと。
「だが……」
「大丈夫。私達で、しっかり終わらせますから」
それでも納得し切れていない重清に、安心させるように──仮面の下で、ではあるが──微笑む光咲。そこまで言われたら納得するしか無いと言わんばかりに重清は頷き、楓夕達を乗せてジープを走らせる。
「……これって」
いつから落ちていたのか、ルミナスが拾ったのは到底可愛いとは言えないマスコット人形。彼女は何を思ったのかそれを懐に仕舞い込み、モースの隣へと駆け寄る。
「多分、足手まといになると思うけど……あれが、りーちゃんなんだよね?だったら、私も──」
「ありがとう」
モースが返したのは、ただ一言。
それでも彼女は満足したのか、莉奈に向けて拳を構える。
「返せ……返せ返せ返せ!!あたしから、奪ったもの!!何もかもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
再びモースの元へ走り出す莉奈。ナックルを持つ事も忘れ、ただモースへと拳を振るう。
「──ごめんな、莉奈」
そして、2人の拳と拳は、衝突した。
途端に吹き荒れる風、舞い上がる砂埃、そして……。
割れていく、世界。
「りーちゃん!!お願いだから、目を──」
「お前がッ!!お前が全部、奪ったんだろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
莉奈の背後から掴みかかるルミナスだが、すぐに振り払われてしまう。しかし、もう覚悟を決めたのか、蹌踉めきもせずに莉奈へと殴りかかる。
「りーちゃん……!!私まだ、何も謝れてないよッ!!!」
ルミナスの拳が、莉奈の顔面へ突き刺さる。その瞬間、莉奈の動きが、止まった。
「
「──え」
「
しかし、それも一瞬のこと。固まったルミナスを蹴り飛ばした莉奈は、絶叫を上げながら辺りに光弾を撒き散らす。
「ねぇ、今……」
「メモリに抗ってる……ってことだよな……?」
モースとルミナスはそれを避けながらも、莉奈の様子を伺う。
普通の人間であれば、メモリには──その中でも、特にブラーズやモースと言った、概念のメモリには──抗えず、確実に精神は蝕まれる。
しかし、その中には、ほんの少しの例外もいる。
メモリとなった醜人と同じ。誰かを想う心が強ければ、醜傀獣と化した自らに抗うことも、できるのだ。
「
……しかし、ただ抗うだけ。
暴走した醜傀獣を止めることは、もう。
「──
彼女にも、モース達にも、できない。
「もう、苦しまなくていいんだよ」
ただ、優しく。
『LUMINOUS,Beginning Miracle!!』
一撃で、莉奈が眠れるように。
ルミナスは高く飛び上がり、10人分のパワーを右足の爪先に溜める。
そのままゆっくりと降下し始め、ルミナスは眩い光を放ちながら莉奈を殺さんと迫る。
しかし。
彼女の覚悟は些か、甘すぎた。
「……みっちゃん?」
突然正気に戻ったかのように呟く莉奈。それに驚いたのか、或いは、希望を持ってしまったのか。ルミナスは莉奈に攻撃が当たらないように、体を捻って進路を変えてしまう。
「うぁっ!?」
そんな彼女の顔面に、容赦なく莉奈の拳は突き刺さる。
「────────────!?!?」
言葉にならない悲鳴を上げながら吹き飛ばされるルミナス。仮面が割れ、血を流す彼女の顔面に、再び莉奈の拳が迫る。
「
「──え」
状況が理解できずに声を漏らしたのは、莉奈か、それともルミナスか。
ルミナスに届くはずだった莉奈の拳は、彼女の肘から先と共に消えていた。……いや、正確に言うならば、彼女の腕が突然その場に落ちた、となるだろうか。
では、一体、誰が彼女の腕を落としたのか。
『Change to Blade mode』
莉奈がぎこちない動きで視線を向ける先にいるのはモース。しかし、その手には彼の身長の半分は超えているであろう大きさの武器が握られていた。
否。武器の大きさ自体は、彼の腕の長さと同じ程だろうか。
赤色と灰色から成る機械から飛び出るのは、紅蓮に輝く光の刃。
──スパイラルブラスター・ブレードモード。
「時……晴……」
彼を見つめる莉奈は、一体何を考えているのか。
「……もう、疲れたよな」
きっと、考えたら、戦えなくなる。
モースはそれをわかっているのか、莉奈の声に耳を貸さず、彼女にトドメを刺す為に迫る。
「
彼女を一撃で眠らせる技を放つ為にモースは天高くブラスターを投げる。自らも高く跳躍しようとするが、莉奈の両腕から伸びてきた無数の細い触手によってその体を拘束されてしまう。
「
「……来い!!モースバイラー!!」
しかし、それで狼狽えるほど、彼は弱くない。声高々に叫ぶと共にキーを押し込み、モースバイラーを呼び出す。
そして、
「
物理法則など全て無視して、光を闇を撒き散らしながら浮遊する莉奈。彼女は上昇していったバイラーを追い、その場から去っていく。
「りー……ちゃん……」
それを歯噛みしながら眺めるルミナス。彼女は俯きながら、静かに呟く。
「ごめんなさい……時晴」
「──なんで……なんでなんでなんでなんで!!!なんであたしはッ!!何もかもッ!!」
バイラーに掴みかかり、モースを蹴落とさんとする莉奈。しかしその触手はバイラーから溢れ出る光によって全て焼き尽くされ、モースに届くことはない。
「莉奈……もう、終わりにしよう」
「
瞬間、莉奈に、ブラスターが突き刺さる。
「──あ」
そう。モースはこの瞬間を狙っていたのだ。
「
モースはバイラーから跳躍し、天高く舞い上がる。
「
何百メートルまでも、何千メートルまでも、どこまでも高く跳ぶモース。やがて、彼の体は重力に従って地面へと向かっていく。そして光を纏ったその体は音速を超え、ブラスターを蹴ると共に莉奈の体を貫いた。
「
最後の、一瞬。
本当に、一瞬だけ。
莉奈の、本音が……唯一、消えなかった
「──
結果として、モースが莉奈に殺されることは、なかった。
彼の爪先に押されたブラスターは容赦なく彼女を貫き、その体は内部から破壊し尽くした。それだけではない。余波によって、全ての瓦礫は吹き飛び、周囲の建築物も破壊されたものが少なくはなかった。
そして、何より。
「嘘……でしょ……?」
校庭と言う空間が、世界の一部が、砕け散っていく。
割れた先にあるのは、光も、闇もない、ただ”無”だけが続く空間。
否、空間とも言えないのかもしれない。兎に角、一度入ったら戻れない何かが、そこにはあった。
しかし、その空間はすぐに、光によって塗りつぶされる。
空間の
「──時晴……!!」
「……ごめんなさい。私、足手まといにしかなれなかった」
「大丈夫だ。……いてくれるだけでも、心強かったから」
変身を解いた時晴と光咲は、凹凸もなく、綺麗にクレーターとなった元学校で座り込む。
果たして、俊也達によって避難させられた生徒達は、無事なのか。それに、俊也達はしっかりと逃げられたのか……。
彼女達にも──特に、光咲には、気になることはたくさんあるだろう。しかし、2人が何1つ動こうとしないのは、やはり莉奈を失った悲しみからだろうか。
「……俺、小さい頃は、
「……だから、仮面ライダー、なの?」
仮面ライダー。
時晴がまだ小さかった頃、放送されていた特撮ドラマシリーズ。
体を改造され、大切な人を失っても。それでもただ、正義の為に、仮面で涙を隠して、戦い続ける。
当時多くの子供がその
彼もまた、ただの少年で。
しかし、彼がまだ6歳の頃、彼の時間は、子供のまま、止まってしまった。
「まさか、こんなことで英雄になれるだなんて……皮肉なもんだな。昔の俺に教えてやれたら、一体どんな反応するんだ──」
「時晴」
光咲は時晴の頭を強く抱き締め、彼に優しく囁きかける。
「無理はしないで……私は全部、知ってるから」
彼が誰を殺したのかも、何故殺したのかも、最後はどうなったのかも、何もかも。
途端に時晴の目から涙が溢れ出す。
「俺、は……俺は、なんで、こんなこと……ただ、莉奈と、光咲と、一緒にいたかった、だけなのに……!!」
どれだけ辛くても、光咲の罪を問い詰めなかったのも。
どれだけ疑われようと、光咲を慰めるために、手段を選ばなかったのも。
どれもこれも、ただ誰も欠けない、日常を、喪わないため。
日常から逃げて、それでも、喪いたくなくて。
もし、彼が真っ当に成長できていたのなら。
「……ごめんなさい」
こんなことには、ならなかったのだろうか?
「なんで光咲が謝るんだよッ!!そもそも醜人が攻めてきたのだって、莉奈を殺したのだって、全部、俺のせいなのに……!!たのむから、そんな、あやまらないで……」
段々と弱々しくなっていく時晴の声。光咲は優しく時晴の頭を撫で、ゆっくりと話し始める。
「……失ったものは、もう2度と戻らない。どれだけそれを否定しようと、ね」
「光咲……?何、言って……」
「多分だけど、りーちゃんなら、時晴に、未来に向かってほしいって思うんじゃないかな?いつまでもうじうじしてないでーって……そう言ってくれると、私は思う」
だから──と。
立ち上がった光咲は、辛さを隠しもせず、それでも精一杯の笑顔で、時晴に手を伸ばす。
「──始めよう?2人だけの、新しい
そこで、時晴は漸く気付いたのかもしれない。
光咲が自分に向ける、愛と言うにはあまりにも歪んだ感情に。
「──ありがとう、光咲」
それでも、彼は光咲の手を取る。
まるで、大切なものを失った悲しみを紛らわすかのように。
「行こう、時晴──」
或いは、彼女もまた、時晴の真意には気付いているのかもしれないが。
「あぁ、行こう、一緒に」
いつか再び、大切なものに巡り会えるように。
2人は手を取り、次の世界へと、未来へと、旅立っていく。
『新総裁には
ラジオの音はそこで途絶える。
「あれ〜?壊れちゃったのかなぁ……」
ここは学校地下、シェルターの中。女子生徒は突然音が途絶えたラジオを修理するため、何処かへと歩いていく。
この世界に待つのは、希望か、絶望か、或いはそれ以外の何かなのか。
彼女や、俊也達がそれを知るまで、もう、時間はないのかもしれない。
所変わって、ここはつい先程まで戦場だった場所。そこにはたった1つ机が置かれており、その上には、ワームナックルと凡そ可愛いとは言えないマスコット人形が乗せられていた。
「──これは」
いつ戻ってきたのか、重清と呼ばれていた男はその2つを手に取り、側に止めてあったジープに乗り込む。
「不思議なもんだ。あんな事があった後でも、日の出ってのは綺麗に見えるんだから」
発進する彼の車を、否、世界を、太陽の優しい光が包み込む。
「よし、取り敢えず、早く帰って……それから今日も、掃除しなきゃだな……」
彼はジープのスピードを上げる。
うんざりしたような言葉とは裏腹に、彼の顔はどこか微笑んですらいた。
嘗て戦場だった場所から抜け出し、スピードを上げたジープに煽られて、草木がしなる。
滅紫と純白の美しい花が、静かに揺れた。