仮面ライダーモース   作:小淵良樹

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執筆:小淵良樹
なんやかんやで12000文字まで行ってしまいました……
所々雑になってるけどユルシテ……


ACT4

 ……怖い。

 息を殺して布団の中で蹲る。

 外から聞こえる轟音は激しさを増すばかりで、いつまで経っても静かになることはなかった。……少し前までは。

 突如として周囲を不気味なほどの静寂が襲い、つい数秒前まで聞こえていたはずの断末魔ですら聞こえなくなる。

「何が……起こって」

 その瞬間、空間が破裂した。

 嫌だ。死にたくない助けてここから出し──

「アレ?おマエ、たしカ……ロースだったカ?」

 真横から知らない声で話しかけられ、思わず見上げる。

 そこにいたのは、人間とも醜人ともつかぬ、正しく「異形」としか形容できないナニカ。全身が鎧のようなものに包まれたその姿は、まるで──

「──仮面ライダー」

 その声に釣られたように目の前の異形は不気味に笑うが、すぐにつまらなそうに溜息を吐く。

「ハァ……おまエ、期待外れだナァ」

 ふと、嫌な予感がした。

 全力で体を横にそらし、ベッドから転げ落ちる。

 その瞬間耳元から轟音が響き、俺が寝ていたはずのベッドは粉々に砕け散っていく。

「オォ?案外すばしっこいナ」

 ──でも、コレで終わりダ

 そう言いながら、異形は俺に拳を振り下ろす。

「助け──」

「ングゥッ!?」

 しかし、拳が俺に直撃することはなく、背後から飛んできた何かによって異形は横に突き飛ばされた。

「──大丈夫!?時晴ッ!!」

 飛んできたのは、醜人態となった光咲。光咲は焦りを隠そうともせずに異形に向き直る。

「ッタァ……言ったハズだよネェ……?君じゃオレには勝てないッテェ!!」

 怒っているのか、それとも笑っているのかわからない音色で目の前の異形は光咲を睨みつける。

「──ッ!」

 ……確かに、震えた。

 わかってしまった。光咲は今、怖がっている。

 至極当然な話だ。目の前で訳のわからない怪人に殺意を向けられて恐怖を感じない奴なんて、一体何処にいるだろう。

「……光咲」

 俺だって怖い。あのドライバーだって、もう使いたくない。それでも。

「そのドライバー、もう一度貸してくれ」

 俺はまだ、死にたくないから。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 もし光咲が人間の体であったなら、その顔からは絶望がありありと見て取れただろう。

 すぐ後ろでへたり込む少年──時晴は、彼女の思いとは裏腹に、この状況を脱する為の力を望んでしまった。

 しかし、彼女の目は確かに真実を映していた。

 時晴は強がっているだけだと。

 その顔の裏には、確かに恐怖があって、ドライバーへのトラウマがあった。

「──それは駄目」

 絞り出すようにして、光咲はようやく話し出す。

「もう時晴は戦わなくていい。これは、私が背負う。だから──」

 もしかしたら、今度は変身できるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、ドライバーにリモコンを装着し、再び腰に近付ける光咲。

「呑気ニ喋ってる場合カナァ!?」

 しかし、異形──ワームウッドはその隙を見逃すような優しさなど持ち合わせていない。手に握りしめたナックルに闇を纏わせ、勢いよくそれを床へと振り下ろした。

「時は──」

 かくしてワームウッドの思惑通りか否か、光咲は時晴を庇い、攻撃の余波を食らって砕け散る。

 ……筈だった。

 彼女の脇から飛び出した影。

 その影は他でもない、彼女が守ろうとしていたはずの少年、時晴で。

「光咲、ごめ──」

 時晴は光咲とワームウッドの間に立ち、静かに彼女の方を振り向く。

 同時に、ワームウッドを中心として砕け散る床。

 時晴の姿は光とともにかき消される。彼が最後に言おうとしたその言葉が紡がれることは、2度となかった。

 

 

 

 

「あっチャァ〜……波◯が強すぎたカナ……?」

『バッキャロウ!!過干渉はよせっつったろこのドアホ!!もうどうやっても隠蔽なんてできねぇじゃねぇかふざけんなこのおたんこなす!!ばーか!!ばぁぁぁ──────っっっか!!!!!』

「えっ、何急に怖っ……」

『ン゛ニ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛────────ッッッッッッ!!!!!!』

 ……あそこまで、システム検査だけにしておけと言った筈なのに。

 通信機越しにワームウッドに変身していた女、暗間楓夕と通信する男は、耐え難い程の胃痛と頭痛に絶叫を上げる。

『……どにがぐッ!!多分今からそこに軍の奴等が来るだろうからすぐに離れ──あっちょっ待て!!俺は正常だ!!どちらかと言うならあの狂人の方が……あっ寝せてくれるの?ありがとう……もうぼくつかれたねる……』

 男は、現実に耐えられなかった。

 もう少し彼の胃が強ければ、ここから狂人──楓夕が何をするのかなど、容易に想像できた筈だったのに。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 地響き。いや、ただの轟音、それとも騒音?

 兎に角聞いていたら気が狂いそうな音がして、それから、あの狂人が殴った床が砕け散った。

 床だけじゃない。私のすぐ後ろの壁も、ずっと遠くに見えてた扉でさえ、何もかもが一瞬にして粉々になって、そして。

「時晴……?どこなの……?」

 瓦礫と化した病院の中から、時晴を探し続ける。

 それでも、出てくるのはもう誰かもわからない醜人の死体だけ。どれだけ探しても時晴があの声で呼びかけてくることはなくて、最悪な妄想が私の頭をよぎる。

 ……時晴は、もう。

 そんな筈ない、そんなことあり得ない──どれだけそう信じようとしても、まるで私をあざ笑うかのごとく、何かが砕け散った破片だけが見つかってしまう。

「これ……時晴が付けてた、時計……よね……?」

 

 ──どう思う?()()()()()。これ、アイツに似合うかな?

 

「……なんでよ」

 なんで。

 なんでみんな、私から離れていっちゃうの?

「なんで、なんでなんでなんで……?ねぇ、教えてよぉ……っ!!」

 お父さんは、目の前で殺された。

 お母さんは、街中で強姦屍体になって見つかった。

 やっとできた友達(りーちゃん)も、些細なことで喧嘩してから、もう半年以上関わっていない。

 

 ずっと、私一人で戦ってきた。

 

 それがただの正義感だったとしても……それでも、()()()守られたのはあれが初めてで。

 だからこそ、私が守らなくちゃと思った。まだ世界の残酷さすら知らない時晴を、これ以上巻き込みたくはないと思った。

 ……なのに。

「いつもいつも、なんでなのよ……!!」

 また、死んだ。

 また私の目の前で、守りたかった人が死んだ。

 

 ──光咲、ごめん

 

 あまり聞こえていなかったけど、最期に彼は、そう言おうとしたんだと思う。

「ねぇ、お願いだから……」

 ……戻ってきて。

 嫌、いや、イヤ。

「なんで戻ってこないのぉ!?お願いっ!謝るから、なんでもするから、お願いだから、戻ってきてぇっ!!」

 ……ごめんなさい。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ──

「アレ?まだ生きてたのカ、おマエ」

「──ッ!?」

 もう意味のなさない謝罪を繰り返すだけだった思考が無理矢理断ち切られ、意識はある一点へと集中する。そこには、さっきまで異形──自称、仮面ライダー──に変身していた女。

「あんた、まだ……ッ!!」

「アァ、あの……ロース?だったカは死んだノカ」

 女はそう呟いてから、「やれやれ」とでも言わんばかりに肩を竦める。

 本当に、神経を逆撫でする奴……ッ!!

「何回言えばわかるノォ?君じゃオレには勝てないッテ……それニィ……」

 ──もうさッキのベルト、持ってないんダロ?

 そう言われてやっと気付く。

 ドライバーが……ない。

「……ははっ」

 もはや、笑いしか出なかった。

 何1つ守ることもできずに、最期はただの注意不足で死ぬなんて。

 ちゃんと、謝りたかったなぁ。

 君に興味ないシ──そんな言葉とは裏腹に、多分さっき使ったのとはまた別のメモリをちらつかせながら楽しそうに寄ってくる女を前にして、頭の中に浮かぶのはりーちゃん……ではなく時晴。

 あぁ、私ってこんなに。

 

 私って、こんなに、屑だったんだなぁって。

 

 目の前に何か──今になって気付いたけど、これがナックルって言うのかな……?──が振りかざされる。避けなきゃ、死ぬ。それでも、もう。

 ……もう、いいや。

 もう、疲れちゃった。

 多分この女は一瞬で殺してくれるような優しさなんて持ち合わせてないだろうけど……多分、それがみんなを不幸にした、私への罰だか──

『MORCE,Final Attack!!』

「──ッガァ!?」

 ……え。

 突如世界がひっくり返る。

 いや、私がひっくり返ったの?

 でも、体はそれほど痛くなくて、それどころか、何かよくわからないけど、安心感さえもあって……。

 いや、そもそも私は今、何処にいる?

 さっきまで私を殺そうとしてたあの女は何処に行った?

 その疑問は、一瞬の内に解消された。

 逆さまの世界で彼女は地に伏し、こっちを憎々しげに──いや、あれは楽しそうなのかもしれないけど──睨んでいる。そして、私は逆にさっきまで女がいた場所で何かに抱えられていて。

「──大丈夫か、光咲」

「──ぁ」

 声がした。

 私が守りたかった、それでも守れなかった筈の人の声が。

 見上げると、そこにいたのは──私を抱えていたのは、確かに、彼が変身した姿。

「時、晴……?」

 彼は──時晴は、私をゆっくりと地面に下ろすと、メモリを持って未だに立ち上がらない女へと歩きだし、コネクトドライバーのリモコンへと手を伸ばす。

「ッグゥ……まサカおマエ、生きテたなンテ……ッ!?」

 それでも、どこか狂った笑顔を崩さない女だったが、一瞬にしてその顔は驚愕に歪む。

 その手の中に確かに握られていたはずのメモリが、ない。

「ハハッ……アッハハハハハハハ!!おマエ、やッパリ面白いヤツだナァ!!!」

 そう叫びながら走り出す女と、リモコンを倒して再び蹴りを放とうとする時晴。

『MORCE,Final Attack!!』

 機械音声が響いて、目の前が真っ白になる。

 ……これなら、勝てる。

 女が殴りかかるのと同時に、時晴が回し蹴りを放つ。彼女の体にその爪先が直撃し、内部からその体を破壊し尽くした。

 ……筈だった。

「な……ッ!?」

 驚愕の声を上げたのは女ではなく、時晴。……もしかしたら、私もだったかもしれないけど。

 

 確かにこの女は今、バラバラになった。それは私にだって見えてたし、多分時晴だって手応えは感じていただろう。

 にも関わらず、彼女は何事もなかったかのように立っていて、目立った傷さえも見当たらない。

「……嘘、でしょ」

 彼ですら、勝てないの?

 やっと希望が見えてきたと思ったのに、結局ここでこの女に殺されるなんて、嫌だ。

 全身に力を入れて、私のもう1つの姿を想像する。

 体が作り変えられていくこの感じ……正直好きにはなれないけど、それでも、こんなところで死ぬくらいなら、私も、彼と一緒に。

「……ハァ」

 でも、女はさっきまでのような狂った笑いは見せずに、寧ろどこか飽きたような様子で私達に背を向ける。

「飽キタ」

「……はっ?」

 いや、飽きたような様子なんじゃなくて、本当に飽きていた。この女は戦いに飽きたから、帰ろうとしている。

 ……気、狂ってる。最初から思ってはいたけど、コイツとは何があってもわかりあえない、そんな気がした。

『MORCE,Final Attack!!』

 無言で再び……というか三度必殺技を放つ時晴。相手がまともに戦う気がないこの状況で、今度こそは直撃する筈……そう思ったのも束の間、当たる寸前に女と時晴の間に何かが入り込み、時晴は吹き飛ばされてしまった。

「時晴ッ!!」

 大丈夫だ……そう言いながら起き上がろうとする時晴だったが、さっきまで女がいた場所を見て動きが止まる。

 そこには、もう女はいなかった。

「……なんだったんだ、アイツ」

 ……私達、生き残ったんだ。

 確かに私もあのよくわからない女──というか狂人の事は気になるけど、それ以上に今は生き残れたことが信じられなくて、その場で座り込んでしまう。

 それに……もし、今モースに変身しているのが彼じゃなくて、他の人だったら。

 そんなことあるわけ無いとわかってはいても、どうしても不安がなくならない。

「その……本当に、時晴なのよね……?」

 まるでその問いに答えるかのように、リモコンを引き抜いてスロットを倒すモース。

 光が霧散した後に立っていたのは、確かに、彼──時晴で。

 

 さっきまで怯えてた(よかった生きてた本当にずっと怖かった)のなんて全部嘘だった(私が守らなきゃなのにまた何もできなかった)かのように、(もうどうすればいいのかわからないよ)こっちに手を伸ばす時晴(ごめんなさいお願いだから見捨てないで)

「……遅くな──ッ!?」

 力の限り、彼を抱きしめる。

 ……もうどこにも行かないで、なんて。つい昨日初めて話したような人に言う言葉じゃないかもしれないけど。

「……あの、光咲……その、大丈──」

「ごめんなさい」

 生きててくれて、ありがとう。

 そう言いたい筈なのに、言葉は出てこなくて。その挙げ句に、涙ばっかりどんどん出てきて。

 

 気が付けば、私は彼の胸で泣いていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「なンダトップ、もウ起きてたノカ?」

 空を飛ぶバイクのような機械の上で、運転している男──三十路程に見えるが、その顔にはまるで何百年も生きた妖怪かのように深く苦悶が刻まれている──に後ろから馴れ馴れしく抱き着く楓夕。

「なんか嫌な予感がしてな。……まあ、的中しちまったんだが」

 男は先程まで「ばーか!!ばぁぁぁ──────っっっか!!!!」なんて言っていたとは思えないほどに落ち着いた声音で彼が見た景色を説明する。

「あの廃病院であそこまで音が鳴るってんで誰かから通報が入ったんだろう。治安維持部隊の奴等が出動していた。……それもかなりの数だ」

「そうカァ、そンナ珍しイ事もあるんだナ」

「……どっかの誰かさんが病院ごとぶっ壊したせいじゃないかねぇ?」

 ふざけんな。言葉には出さずともその声音は明らかにそう言おうとしており、これには流石に楓夕でさえも反省しようという気に……などなる筈がなかった。

「オイおい……そんな褒めテモ何モ出さないゾ?」

「死ね」

 やっちまった……そう思うよりも早く、男は楓夕に物凄い力で首を締め付けられる。

「人ニ死ネナンテ言ッタラ駄目ダヨネェ!!!」

「待゛っ゛て゛マ゛ジ゛で゛死゛ぬ゛」

 必死に命乞いをして数秒。既に顔が真っ青になった状態でやっと首が開放された彼は「いい加減すぐ殺そうとするのやめろよ……」と小声で吐き捨てる。

「あのなぁ……お前ただでさえ戦闘に飽きてたんだから、あそこで俺が拾わなかったら死んでた可能性も十分にあったんだぞ……?ちょっとは感謝ってもんを……」

「御社?」

「もういい、お前はそういう奴だよな……」

 彼は深く、深く溜息を吐く。これから俺はどうなるんだ……?そろそろコイツ、なんかの薬で動けなくしたほうがいいんじゃないか……?考えれば考えるほど、彼の胃はキリキリと痛むばかり。

「そレニ……」

 何が「それに」なんだ。お前は文脈というものを知らないのか。

 そう怒鳴りたくなる気持ちを抑え、男は後ろに座る狂人の言葉を静かに聞く。

「──おマエが生きテル内は、オレも死なネェヨ」

「……そうか」

 色々と考えなければならないことはあるが、今は、ただ帰ることだけを考えようと。

 彼はバイクの速度を上げる。

 これは時間をかけず帰るため、早く飛ぼうとしただけであって……断じて、その顔に籠もった熱を冷ますためなどではない。

 

 

 

 

「あのえっと……その、大丈夫か、光咲」

 光咲に抱き着かれた状態で気まずそうに彼女に心配の声を投げかけるのは、時晴。

 彼の顔からは先程まであった恐れが見えず、寧ろ、どこか決意を固めたような表情さえしていた。

 筈だった。

 今の彼は光咲から必死に目を逸らし、必死に彼女へ掛ける言葉を考え続けている。無理もないことだろう。光咲はクラスの中で「改めて考えると氷室ってめっちゃ可愛いよな……」だの、「マジで(自主規制)」だの実は結構色々言われているくらいには美少女。その美少女に抱き着かれながら自我を保っているだけ、彼はまだマシな方なのである。

 ……或いは、その欲を全て押し殺しているだけなのかもしれないが。

「ッ……。ごめん、なさい……どうしても、怖くて」

 泣き腫らした顔を隠しながら時晴から離れる光咲。

「巻き込んじゃって、本当に、ごめんなさい……ッ!」

 そう言いながら再び流れ出した涙を拭う光咲を、苦笑いしながら抱きとめる時晴。

「俺は大丈夫だから……その、そんなに謝らないでくれ」

 それでもごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す光咲に向けて時晴はゆっくりと話し出す。

「怒らないで聞いてほしいんだけど……俺、英雄(ヒーロー)に憧れてたんだ」

「──え?」

「それで、なんだけど……正直、今まで誰かを助けたりしてたのは……今回の件も含めてだけど、正義感でもすらなくて……ただヒーローの真似をしてただけっていうか……」

 そんな下らない理由で私に関わるな。以前の光咲だったらそう言っていたかもしれない。

 しかし、今の光咲にはもう「時晴が命をかけて自分を敵から救った」ことしか見えておらず、それは確実に彼女の心を歪めてしまっていた。

 ……つまるところ、彼女もまた、時晴と同じように英雄に憧れていただけだったのだ。

 もし本当に時晴が変身せず、光咲を守ることもなかったとしたら。

 恐らく彼女の心が歪むことはなく、自分の欲望に気付くことさえもなくその生涯を終えていたのだろう。

「あの……本当に、ごめ──」

「謝らないで」

 それでも、守ってくれて嬉しかったと。

 儚げに、それでいて嬉しそうに微笑む光咲は、一生知る筈のなかった程の幸せを感じていて。

 

 彼女が自分の犯した罪に気付くのは、きっと、もう少し先の話になるだろう。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「──それでも、守ってくれて嬉しかった」

 なんで、そんな風に思えるのか、わからない。

 俺のやったことがどれだけ罪深いのか、どれだけ光咲の心を傷付けたのか。

 そんなことにすら気付けなかった俺を、赦してくれるだけでも──言い方は失礼だけど──おかしいと言うのに。

「……ありがとう」

「……なんで、時晴がお礼なんて言うのよ?」

「なんとなく、な」

 それでも、もう後戻りはできない。

 このベルト──コネクトドライバーは、一度誰かが変身したら、もうその人以外誰も使うことができなくなる。

 つまり……俺は、光咲から戦う力を奪ったんだ。

「まあ、それはともかく……一体、どうやって生きてたのよ?いつの間にか変身してるし……」

「あぁ、それはな……ッ!?」

 瞬間、轟音。

 突如周りに何かが降り注ぎ、俺達の四方を炎の壁が覆う。

「まさか……あの女、これを狙って病院を崩したとでも言うのッ!?」

「アイツ、そんなに考えてたのかよッ!?」

 多分、これは治安維持隊の奴等の攻撃だろう。この一撃で殺せた筈なのにそれをしなかったのは……遊んでいるつもりなんだろう。

「国を守る」なんて大層な仕事、こういうストレス解消をしとかないとやってらんないだろうからな。自分達が迫害すべき醜人と、それに協力する一人のガキ……確かに玩具には丁度いい。

 ……でも。

「仕方ねぇ……戦うしかないか」

「ちょっと待って……あなた、まさか」

 やるしかない。今ここで戦わなかったら、俺は死んでも死に切れない程後悔する。

「人間の敵になるつもり……?」

 今ならまだ、引き返せる。

「もういい……もういいの。私はもう守ってもらえて、満足だから……今から、あなただけでも……」

 確かに、コネクトドライバーによって自我を失っていた……そう言えば、俺だけはまだ助かるかもしれない。

 ……それでも。

「これは……俺がやりたいことをやってるだけだ。ただ俺が勝手に光咲を守ってるだけだ」

 一度乗りかかった船だ。こんなところで見捨てて逃げるなんて、できるわけがない。

 ……それに。

 

 ──私は……貴方が本当に正義の心を持っていると、信じています

 

 もし俺があそこで光咲を助けた理由が、下らない正義感なんかじゃない、本当の「正義」の心だったのだとしたら。

 俺は、その心を信じてみたい。

「英雄になりたいとか、そんなんじゃなくて」

 ドライバーを腰に装着する。

「今はただ──」

 ベルト帯の右側からリモコンを取り出し、そして()()()()()()()()()()()()()()メモリをそのリモコンに装着──どうやら「セット」というらしいのでこれからはそう呼ぶことにしよう──する。

Confirmation(確認)……』

 辺りに流れる電子的な、それでいて音楽のような──所謂、待機音と呼ばれる音。

 頭の中に浮かぶ動きを真似て、リモコンを掴んだ右手を上に、両手を肘の辺りでクロスする。

「──光咲だけを守りたい」

 ゆっくりと両腕を離して回し、今度は右手が下になるように、手首の辺りで両手をクロスさせる。

 閉じた瞼の裏に浮かぶのは、漆黒のドライバーとは裏腹に白が基調に構成された鎧。

 複眼は橙色に輝き、前腕や両脛に取り付けられたクリスタルのようで、それでいて形の整った部品は水色に染まっている。

 確かに、俺が変身した姿。

 体の奥底から力が湧き上がるのを感じながら……両腕をリモコンスロットの近くへ持っていき、リモコンを装着するとともに左腕を体の右前へと伸ばす。

『Connect in "MORCE" Fire Petal』

 全身を包み込む、眩い光。

 光咲を護るために、俺は。

 俺は、治安維持隊の奴等を──殺す。

 仮面ライダーだとか、そういう「英雄」なんて関係なく。

 俺は、自分で守りたいと思った奴だけを護る。

「だから──」

 だから、俺は戦う。

 これ以上、大切なものを失うことがないように。

 

 

 

「変身」

 

 

 

****

 

 

 

 

 時晴の体は光に包まれ、周りを覆っていた炎を全て吸収していく。そして、次第に彼の変身した姿が顕わになっていく。

 しかし、その体の顔の右半分から右腕にかけては今までとは違い、どこか炎を想起させる、刺々しい鎧に覆われていた。

 

 仮面ライダーモース・ファイアペタル。

 

 数ある内の1つ、ファイアメモリを時晴が使い、変身した形態である。

「その姿……一体……?」

 見たことのない姿に戸惑う光咲。

 それもその筈。ファイアメモリは光咲が持っていた物ではなく、時晴が楓夕から取ったものなのだ。

 時晴は一体どうやって楓夕からメモリを奪い取ったのか。そもそも何故、彼は至近距離で楓夕の攻撃を受けても死ななかったのか。

 その答えは単純。

 彼は攻撃余波が自分に当たる直前に、()()()()()()()()()()コネクトドライバーを装着、変身していたのだ。いくら楓夕の攻撃が強力だったとして、彼が食らったのはあくまで余波。変身状態で耐えられないほどではなかった。

 そして、気絶していた彼は楓夕の声を聞き、瓦礫の中からモース・キックで脱出。光咲を助けるとともに楓夕へ攻撃を浴びせ、不意を付かれて彼女が放してしまったメモリを奪い取ったのだ。

「それじゃあ……待っててくれ」

 光咲にそう言い残し、走り出す時晴。

 しかし、治安維持隊は一向に姿を見せない。からかっているのか、それとも、恐れているのか。そんな事は本人達以外にはわからない。しかし……。

「炙り出すことなら、できる」

 ただし……物理的にな。

 そう付け足し、リモコンスロットを勢いよく倒す時晴。すると『MORCE,Final Attack……Fire!!!』という音声とともに彼の右腕は炎を纏い、溢れ出さんばかりに輝き始める。時晴が天へ右手を高く掲げると同時に、彼の周りをドーム状の炎が包みこんだ。

「……えぇ」

 もっと派手なの期待してた。

 そんな不満を隠そうとしない時晴。しかし、彼は突然何かに気付いたように自分の右腕を見る。

「まだ力が残ってる……もしかして、これって……?」

 時晴は力を入れて拳を握る。再び輝き始める右腕。彼は再び天に向かい、右腕を高々に掲げ……なかった。

 代わりに、ドームの中心の地面へと右腕を勢いよく振るう。

 その腕が地面と触れた瞬間、ドームは膨張。次第に炎は薄くなっていくが、それでも、隠れている人間を()()()()には十分すぎる威力だった。

「あ゙づい゙!!あ゙づい゙!!」「助けてッ!!誰かァァ!!!」

 少し遠くからそのような声が聞こえ、顔をしかめる時晴。自分の鼻を形容しがたい異臭が襲うにも関わらず少しも気持ち悪くならないことにもはや一種の恐怖まで抱く時晴だったが、それでも護る為に戦うと決めたんだ、と自らを奮い立たせながら治安維持隊がいる元へ向かう。

「アァァァァッッ!!!助けてぇぇぇぇ!!!」

「嫌だァァァ!!許してッ!!許してくれぇぇぇぇ!!!」

 時晴の姿を見た瞬間に先程よりも五月蝿く喚き出す治安維持隊の男達。時晴は彼等の前で止まり、直ぐ側で喚き散らす治安維持隊()を冷たく見下ろす。

「……せめて、一撃で終わらせてやる」

「ッヒィィィィ!!助けてッ!!だずッ──」

 今の時晴は変身状態。軽く蹴るだけでまともな装備も付けていない人間など肉片となって吹き飛ぶ。

「こんなに人数が少ないわけがない……下っ端以外は逃げたのか」

 より一層大きな声で鳴く男達の中で、思わず同情してしまう時晴。しかし、情けなどかけない。

 ……いや、或いは、彼にとっては一撃で殺すことが情けなのかもしれないが。

「何なんだよぉ!!!お前、何なんだよォォッッ!!!」

「……何なんだよ、か」

 時晴は「そうだな……俺は、」と言ってから、少し考える。

 自分が何なのか。そんなの、自分だってわかっていない。それでも、強いて今ここで言えることがあるとしたら、それは。

「──俺は、お前等の敵だ」

 

 この後、治安維持隊の男達はどうなったのか。時晴は、誰を守って、誰を殺すことにしたのか──。

 その話は、もう語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「──えっと、その……お帰りなさい」

 ……別に、彼が帰ってこないんじゃないかとか、そう言う心配をしたんじゃない。

 ただ、あの時とは違って……時晴は、明確に自分の意志で人を殺した。

 そんなこと、最初に私が変身していたら、させる必要もなかったのに。

 彼は謝らなくていいって言ってくれるけど……それでも、どうしても申し訳なくて。

「時晴」

「──ん?」

 こんな事で彼の心が癒やされるだとか、そんな都合の良い話、あるわけない。わかっていても、伝えたい。

「時晴は、罪悪感を感じてるだろうけど」

「……まあ、そうだな」

 寧ろ感じないほうがおかしい。普通だったら、人殺しをして罪悪感を感じるだけで済むなんて、あり得ないのに。

「それでもっ!……それでも、私は」

 私が、彼を変えてしまった。

 私はもう、彼なしじゃ生きられない。

 せめて私だけでも、彼を認めてあげたい。

 ……なんて言っても多分、私は彼を「希望」にして、普通の高校生の人生を滅茶苦茶にした罪から逃げたいだけ。

 だから、この言葉は彼を認めてるわけなんかじゃなくて。

 これはきっと、呪い。

「時晴の事、英雄(ヒーロー)だって……仮面ライダーだって、思ってる」

「……そうか」

 ごめんなさい。

 何処と無く嬉しそうにする時晴に、心の中で謝る。

 これから彼は一生、「仮面ライダー」を背負って生きていくことになるだろう。

 ……他ならぬ、私のせいで。

「──それじゃあ、()()()()なんだから……バイク、必要よね」

「んぇ?」

 これ以上考えるのが辛かったから。自分の罪から逃げるために、強引に話を変える。

 そして、ポケットに入った車のキーのような物を取り出す。

 スイッチを押すと、何もなかった筈の場所に光と共に召喚されるバイク。

「……ほぁ?」

 さっきまで戦っていたのとは別人のように間抜けな声をあげる時晴にキーを渡し、このバイクについての説明をする。

「これは『モースバイラー』。基本は移動用の機械だけど、これを使って体当たりしたりだとかして戦うこともできるわ」

「なんかすっごい馬鹿みたいなこと言ってるぅ……」

 なんとなく今罵倒された気がするけれど、取り敢えずは触れないでおくとして。

「ほら、時晴が運転するのよ」

 座席に乗っていたヘルメットを時晴に被せ、私は席の後ろの方に座る。そして、「俺、バイク免許持ってない……」と言う彼を無理矢理運転席に座らせる。

「多分コネクトドライバーの力で運転方法はわかると思う。案内するから、早く行くわよ」

「行くって、何処にだよ?」

「決まってるでしょ?隠れ家よ」

 今度は反論せずに納得する時晴。

 ……今更ながら、今度は私の方が緊張してしまう。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、時晴は意外とすんなりバイラーを発進させる。いくら運転方法がわかったって、そんな早くに操作できるようになる人なんてあまりいないと思うのだけど。

「それで、この先はどっちに行けばいいんだ?」

「えーっと、あそこの角を左に曲がって頂戴」

 ……意外と運転は荒いみたい。できれば私の事()考えて運転してほしいんだけど。

 その旨を伝えると、「あぁ、ちょっと飛ばしすぎた」と言いながら速度を落とす時晴。

「それはそうと……隠れ家ってのはどんな感じなんだ?」

「それはね……狭くて暗い、地下室よ」

「えっっっっ」

 冗談だよな、そんなことないよな……そう聞いてくる時晴に、本当の事だと伝える。正直、私もああいう暗くて狭いところは好きじゃない。だから正直あそこは嫌いだけど、それでも生きる為にはどんなことだってしなきゃいけないんだ。

 ……なんて、こんなことが言いたかった訳じゃないけどね。そう言っても、時晴は自分の我が儘を咎められたと思っているのか、口をつぐんでしまう。

 そんな風にしているうちに、数分が経った。

「……あのさ、光咲」

「何?」

「さっき、俺の事を仮面ライダーだと思ってるって言ってくれた時」

「──ッ」

 なんで、思い出させるの。

 そう言いたいけど、これは全部私のせいなのだから、我慢して話の続きを促す。

「正直、救われた。……俺はここにいていいんだって、わかったんだ」

 え。

 予想外の言葉に、体が凍り付くのを感じる。

 確かに、時晴ならきっと、いい意味で捉えるだろうとは思っていた。それでも。

 ……まさか、そんな。

「だから──ありがとう、光咲」

 力の限り、前で運転している時晴を抱き締める。

 時晴の背中は、私が思ってたよりも、ずっと大きくて。

「うぉっ、急にどうした?なんかあったか?」

 その背中に顔を埋める。

「……なんでもない」

 加害者(わたし)が泣くのは、これで最後にするから。

 だから、お願い。

 

 ……どうかこのまま、私の罪に、気付かないで。

 

 それがきっと、貴方の希望(絶望)になると、信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ACT4「変身」

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかすごい難しいこと言ってますね。
でも安心してください。
私にも理解できてません。
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