浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「……忘れたい、ホンットに忘れたい」
「それが君が僕にしてきたことなんだよカルマくん」
顔を真っ赤に俯きながら呟くカルマの肩を支えながら先を急ぐ渚とE組一行。
二人を囲うように歩きながら、志御達はさらに追撃を重ねる。
「おいおい、まさかカルマが渚並のポテンシャルを秘めてるとかよ。マジでウケんな、これ」
「あ、そうだ。手術するなら二次性徴が終わる前に済ませたほうがいいんだって。卒業旅行はタイなんてどうかな?」
「オススメのツアープランを検索しました!」
「神崎さんも律もすっかり毒されてんな……」
「誰が毒だ木村」
緊迫していた空気が良い意味で僅かに緩む中、律は唐突に演算を止める。
そして「烏間先生に伝えてください」とトーンの下がった声色で志御に声を掛けた。
「そういうことか。了解。……烏間先生、律のハッキングした館内セキュリティが上書きされてる」
「何、どういうことだ?」
「はい。先程まで私は比較的表層に近いシステムをハッキングしながら随所にバックドアを設置、その後複数箇所から基幹システムに侵入し館内セキュリティを一気に奪取する予定でした。ですが数分前からコードが急速で更新され始め、制御権を奪い返されています。発信元は……7階、サーバールーム」
「つっても、地図通りなら7階はスルー出来んだろ? コンサートホール以外は一本道なわけだし、そんなの無視して進んじまおうぜ!」
「バカ、そんな楽な話があるかよ寺坂。コード見る限り、これ10階の完全閉鎖だぞ。強制タイムアップ確定だ」
「え、それっておかしくない? 向こうは殺せんせーを手に入れたいんでしょ? なのになんでわざわざタイムアップさせる必要があるわけ?」
「これは私の推測だけど……犯人は欲張りで、わがままで……多分、私達を知ってる、あるいは恨みがあるんだと思う。そう考えると、向こうにとって一番いいのは薬を壊した上で殺せんせーを奪うこと……もたもたしてると、多分下の階からどんどん閉鎖されて挟み撃ちにされるよ」
「だけど、そもそものタイムリミットも迫ってる。ここでロスしてたらどっちにしろって話だろ」
「ああ。だから一つ提案がある。……私達を行かせてくれ、烏間先生。私と神崎で7階全部突破して、サーバールームに強襲かける」
「物理的に接続すれば、このホテルの制御権を奪い取れます」
「ああ。その間にコンサートホールまで突破すればロスは限りなく小さくなる。悪い作戦じゃないだろ?」
志御達からの提案に、烏間先生は思考した。
7階以上はこのホテルのVIPルーム、先程より明確に警備の量も質も向上していて決して楽に突破できるものではなく、一本道故に奇襲といった戦力差を埋める手も使い物になりはしない。
だが、日を跨ぐ度に加速度的に上昇していく志御の近接戦闘技能、訓練などを見る限りそれに一番合わせられるであろう神崎、魔改造ならぬ魔進化を重ねる律によるサポートなどの持つ勝算を天秤にかけ、彼は口を開いた。
「分かった。サーバールームは君達に任せよう。頼んだぞ、志御さん、神崎さん、律さん」
「ああ」
「はい」
「おまかせください!」
「ヌルフフフ……寺坂君、君の持っているそれも渡してあげましょう。きっと今の彼女達に必要なものですよ」
「ケッ……透視能力でも持ってんのかよテメー」
そんな悪態をつきながらも寺坂はリュックを開け、中からバッテリーのついた金属棒のようなものを取り出し、志御の方へ投げ渡した。
「これ……スタンガン?」
「はっ、たまにはいい仕事すんじゃん。これ、結構高いやつだろ?」
「チッ、気にすんな。お前等をあのフード野郎に売った金だからよ。……詫びだ、存分に使い倒してくれ」
「……ああ、ありがたく」
志御はそれを神崎に託し、ノースリーブのジャケットを脱ぎ捨てる。
「……気をつけてね、志御さん」
「言われなくても。安心しろ、渚。絶対間に合わせてやるから」
「うん。頑張って」
「おう」
こうして二手に分かれたE組。
彼らが階段を駆け上がった先では「いた──」と叫び声が響きかけ、人が倒れた振動が僅かに伝わってくる。
「センサーによると7階の警備は12人……問題ありません、いつでも戦闘開始可能です、志御さん」
「志御、全員ワンコンで行こう」
「おっけ、んじゃ行くぞ……っ!!」
丁度警備が全て背中を向けたその瞬間、一気に駆け出した志御。
気配を感じた一人目が振り向いたその瞬間、その振り向きに上乗せするような強烈なフックが炸裂し、怯んだその隙に神崎がスタンガンで追撃を叩き込む。
その間僅か数秒。
彼女達に気づいた警備の目は、徐々に闘志から恐怖へと塗り替わっていく。
「お、おい!お前た──」
「喋んなバーカ」
「ど、どうなってる!? この階は通らないはずだろ!?」
「ひっ……た、たかが数秒だぞ……!」
「200Fもあったらどんな即死コンだって十分決まるんだよ」
複数対複数のMOBAというゲームジャンルは、初動が勝敗の9割を決める、なんてことが発生する。
それは序盤勝った方がよりレベルを上げ、次の戦いにも勝ちやすくなるから、というゲームシステム的な理由と同時に、初手に勝ったチームのテンションの向上……いわば「流れ」を掴むから、なんて言われることも決して少なくない。
そして今回、初動は完全に彼女達の手に握られている。
問答無用で一撃を叩き込み隙を作る高速近接アタッカーの志御に、完璧なタイミングで割り込んでそれを確実に削り切るフィニッシャーの神崎、そしてリアルタイムで空間を読み込み続けて最善の指示を出すサポーター兼司令塔の律。
その連携はゲーム内であろうと現実であろうと一切揺るがない。
1人、また1人と作業のように倒れていく警備員。
そして11人を倒したところで現れる、一際体格の大きいボスキャラ。
スキンヘッドにはち切れんばかりのタンクトップの巨体、入ったタトゥーを見るに軍人崩れか何かだろう。
彼は志御達を一瞥するなり、フンと鼻息を鳴らした。
「ドンナSoldierガキタカトオモエバ、コンナコドモトハネ。コレダカラYankeeモドキノJAPハツカエナイ」
「はっ、随分と上手な日本語で」
「U.S.ArmyデOkinawaイテネ。ソノトキオボエタ。ダイジョブ、スコシ──」
「隙あり」
相変わらず話を聞かない志御のドロップキックが炸裂した。
僅かな助走距離と、抜群の加速力。
揃えられた足先は完璧に男の鳩尾を捉え、のけぞった大男は胸を押さえ、呼吸のような何かをする。
「……ッ、
「ダメだよ。口より目を開けないと」
背後に回り込んだ神崎はそう笑う。
うなじに番えられたスタンガン。
次の瞬間、電撃が迸った。
「……ターゲットの沈黙を確認しました。7階、これにて制圧完了です」
「うん、お疲れ様」
「っし、後は凄腕ホワイトハッカー様の面を拝むだけか」
「『いいえ、その必要はありません』」
機械音声が響き、車椅子に乗った人影が姿を現した。
着物の隙間から見える全身は包帯に覆われ、顔には小面を着けている。
シルエットを見るに女だろうか。
彼女は声を発する代わりに、膝の上のキーボードを叩いた。
「『私は“ナード”。今回の作戦における対ハッキング、セキュリティを担当していました』」
「で、そんなんがなんでノコノコ出てきたわけ? まだ決着の一つもついてないんだけど」
「『ご覧の通り、私は脚が良くありません。一応用心棒もつけてもらいましたが、あなた方に蹴散らせる程度。いえ、これについてはあなた方を侮っていた、ということではありません。私の身を守るためには力不足だった、という単純な事実です。そして今、私が生き残る方法は白旗を上げる以外にありません』」
「はっ、よく分かってんじゃん。だったらさっさとサーバールーム通せ。友達待たせてんの、私ら」
「『ええ。そのつもりです。ですが、その前にこちらをどうぞ』」
そう言って“ナード”は少し背を伸ばし、志御の方へ一本のUSBメモリを投げ渡す。
悪意はないという直感の下に受け取る隣で、「これ、なんですか?」と神崎は疑問を口にした。
「『私がホテルから受け取っていた「人質」です。過去10年、このホテルの創立以来の全ての顧客データがそこに詰まっています』」
「……いいよ。戦利品としては上々」
「『そう言っていただけて幸いです。さあ、こちらへどうぞ』」
信用を得るためか、彼女はキーボードを床に置き、両手を上げて手招きする。
「……スキャン完了しました。現在の彼女には行動の余地がありません」
「おっけ。それでいい」
「うん、パッと終わらせちゃおう」
そしてサーバールームの中央に鎮座する、凡庸なデスクトップ。
そのCtoAにスマートフォンを突き刺して数秒。
画面の中の律はグッとガッツポーズした。
「ミッション達成です。このホテルの全権限をこの私、
「よし、これで烏間先生達も……!」
「ああ、行くぞ」
そう言って意識不明の用心棒が転がる廊下を逆走しようとした彼女達。
だが最後、志御は7階を後にする前にもう一度“ナード”の方へ振り返り、キーボードを拾い渡した。
「で、目的は? お前隠してんだろ、なんか」
「『そうですね。あなた方にはもう隠す必要もないでしょう。元よりこれは、結果の決まった試合なのですから。ですので、私がすべきは「作戦を成功させること」ではなく、「よりよい結果を掴む方に恩を売ること」。なので、あのメモリを譲ったというわけです』」
「それは、そっちなりの鼓舞?」
「『はい。いつの日かご一緒できること、本当に楽しみにしています。それでは、ごきげんよう』」
「はっ、いいぜ。またどっかでな」
「さよなら」
「さようなら!」
あっさりと、友人のように別れた彼女達。
志御達はE組に追いつくために駆け出し、あっという間にその背中は見えなくなる。
「……そろそろ、帰りの手配でもしましょうか」
“ナード”は呟き、再び車椅子を転がし始めた。