ディストピア飯世界に生まれた「私」はダイエットを決意する。このままではいけない――フォアグラになってしまう。

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ディストピア飯世界でダイエットする。そして

 世界の食卓には「半ナマ」とか「レア(焼き加減)」といったものがない――三十年数前に人類が「正常な嗅覚」を失ったためだ。

 人々は、食材が新鮮なのか傷んでいるのかを嗅覚で確認できなくなり、鼻がきかないため味覚も鈍くなった。ちょうど北半球が夏場だったことから食中毒患者で主要先進国の病院はほぼ全てがパンク。

 2年もしないうちに地球の人口は以前の三分の一にまで数を減らした。

 

 出荷前に加熱されない類の発酵食品は食卓から消え、腐りやすい類の惣菜はスーパーに並ばなくなり、香りを自慢とする食品や飲料はその価値を失ってしまう。人々が工場で製造された加工食品のみを信用するようになっていったのは、当然の流れと言えた。

 

 そして一世代プラスアルファの年月が過ぎた今。世界の食卓は、いわゆる「ディストピア飯」が並ぶ味気ないものとなっていた。

 

 なんせ鼻がちゃんときかないのだ、味もまともに分からない。何を食べても同じなのだから流動食で良い、という流れになったのは仕方ないことだろう。

 

 かくいう私もそのディストピア飯に囲まれて育った世代の一人だ。

 「タンパク質」やら「ビタミン総合」などとプリントされているパウチ入りゼリーをちゅーっと吸い上げれば食事完了……。そんな生活に違和感を持たなかったとは言わないけれど、「そういうもの」だからと、違和感を無視して十年近くを過ごした。が。

 

 ――愛の力で地球を統一した偉人、マーカス・F・デブリンの死は世界と私個人に衝撃を与えた。

 

 まず、彼が死んだとたん、人類に正常な嗅覚が戻った。なんと、この三十余年「良い香り」とされていた匂いは汗と皮脂の腐敗臭であり、これまでずっと「美男」とされていた太ましい容姿はたんなる暴飲暴食の結果だったのだ。

 ……その事実は地球を揺らした。

 

 にわかには信じがたいことだが、彼は常識を改変する力を持っていたようだ。

 彼が地球の酋長であった間、彼を構成する様々な要素――たとえば体臭、体格、性格などだ――は「男性として魅力的な要素」であることになっていた(・・・・・)。洗脳が解ければあら不思議、彼は「不健康で不潔な肉塊」でしかなかったという事実が明らかに。阿鼻叫喚。

 

 世界統一が叶ったのは愛の力ではなく洗脳によるものだったと分かり、彼の死から三日経つ間に数千人が自殺した――というニュースを後で聞いた。

 

 そして私個人については……嗅覚が正常になったことで、ガツンと鼻を殴られたような衝撃を受けた。脳みそも揺れた気がする。

 

 母方の祖父母の家を訪れていた私の鼻腔を満たしたのは、湿度が高くべちゃっとした空気の匂い、庭から漂う甘い土の匂い、草木の少し苦いような爽やかなような匂い――そして、祖母が買って数十年放置していた使いかけの醤油の匂い。

 流し台の下に仕舞い込まれていた醤油を引っ張り出し、小皿が見つからないから手のひらに溜めてベロベロ舐めた。

 

 しょっぱくて、甘くて、香ばしくて、でもちょっとなんか酸っぱい気もする。数十年放置したせいだろう。しかし、これだ。私はこれに飢えていたんだ。醤油! やっと会えたね。

 

 私は渇き切った犬のように手のひらに顔を埋め、ひたすら醤油を舐め続けた。

 転生先がディストピア飯世界観ってキツイな、と、どこか頭の冷静なところが独りごちた。

 

 ――嗅覚がまともになってすぐ、両親が離婚することになった。母は父の体重と体臭が耐えられないと言い、父がそれを受け入れたのだ。

 

 父はハッキリ言ってデブである。そのうえ風呂に入るのが嫌いで、全身から腐ったチーズみたいな臭いが漂っている。歯磨きもおざなりだから口臭もやばい。

 母は父のそんな男らしく(・・・・)格好良い(・・・・)ところに惚れたらしいが……洗脳が解ければ全部欠点だ。それもそう。

 

 母は記名済みの離婚届をテーブルに叩きつけて「あなたみたいなのと一緒の生活なんて無理!」と叫び、父は「そらそうなるね」と諦め顔で頷いた。

 

 とはいえ子持ちの離婚は資産を半分に割ってハイ終わりという単純なものではなく、私の親権をどちらが持つのか、二人の間で話し合いがあったらしい。私はどっちに引き取られてもいいというか、どっちを選んでも帯に短し襷に長しの環境になることは明らかだったため、二人の決定に従うと伝え――結局、父の方が金銭面で安心ということから父に引き取られることになった。

 父本人はともかく、父方の祖父は都心にマンションを所有していて、不動産収入があるらしい。そりゃ安心だ。

 

 離婚調停は夏休みの前半を浪費し、後半は私の転校手続きで消えた。父方の祖父母と同居するのだ――父に家事能力が皆無だから。掃除も洗濯も買い物もできない……というより覚える気がない。

 なんせディストピア飯だけでデブになれる才能の持ち主なのだ。ナマケモノより動かない。

 なお仕事は在宅でデバッカー。

 

 荷造りからやってくれる引っ越しプランで祖父母の家へ。都心に近いそこへ電車で向かえば、列車内では父から同心円状に三メートルが空白地帯になった。

 私は慣れきってしまって分からなかったのだが――父の悪臭はよほど酷いようだ。

 このままではいけないと思い一番近い公衆浴場をスマホで検索して、途中下車して父を銭湯に突っ込んだ。備え付けのシャンプーとボディーソープを使い切る勢いで全身を洗浄し、私が商店街までひとっ走りして買ってきた新しい下着とシャツにパンツを身に着けさせた。

 

 銭湯の主人には悪いことをしたと思うが、歩く公害を放置するよりは世のため人のためになるはずだから許してほしい。

 なお、父が着ていた服は全部ジップロックに入れて捨てた。

 

 そして再び電車に揺られて数十分、駅から徒歩で十分。三年くらいぶりに会った父方の祖父母は、父の両親とは思えないくらい、普通体型で普通に清潔な人達だった。

 

「あー、よく帰ってきたな、和敏。そして……ようこそ、和衛ちゃん。だが、ウン――そうだな。大きくなったなぁ」

 

 祖父の目が泳ぐ。祖母もニコニコしてはいるが口元が微妙に痙攣している。

 さもらあん。

 

「ウン……ひさしぶりです、今日からお世話になります」

 

 母の口癖は「あなたはパパに似たイケメンになるのよ」だった。小学生になってからは「体育の授業があるから運動量が増えた」という理由で高炭水化物高脂質高タンパクのゼリーを摂るよう言われ、運動は嫌いじゃないが得意でもない私は、母の望む通り――横に成長していった。

 祖父母が困惑するのも当然なのだ。今の私は促成栽培のデブ、もしくは人型のフォアグラ。三年前までの姿など見る影もない。

 

「この見た目で言ってもあれだけど、お父さんみたいな白饅頭にはならないから……痩せるつもりだから」

 

 ――これは、飯がディストピア化したうえ男だけ美醜逆転な世界で男として生まれた私が、ダイエットしてなんやかんやあって有名になるまでの物語だ。

 ちなみにこの言い回し、ヒロアカっぽくて割とお気に入りである。




 美醜逆転モノでよく見かける「片方の性別についてのみ美醜感覚が歪んでいる」理由について考えた結果、18禁展開で御用達の「常識改変による美醜感覚の捻じ曲げ」しかないという結論に達した(※個人の意見です)。そして暴飲暴食の不潔な野郎(ファンタジーエロゲのオーク的な竿)なら体臭もアレだろうから、人類の嗅覚は死んでしまいました。この人でなし!
 そしたらなんとディストピア飯展開まで付いてきてしまったので、ここからきっとメシウマ系小学生による食戟が始まる。しらんけど。

支配者の名前:まぁ(感嘆詞)カス(形容詞)・ファット(形容詞)・デブ(形容詞)りん(接尾語)

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