「カードゲームうさぎ エピソード・ライ太」の二次創作SSです。
もしも将来、パン田さんがACGを再開することがあればこんな感じかなあ、と思って書きました。
押入れの、一番奥に大事に大事に閉まってあるバインダー。
そこには、かつて灼熱の時を一緒に過ごした、かけがえのない相棒たちが収められている。
しかし、そのバインダーを開いて眺めたことは一度もない。
だってさ、怖いんだ。
バインダーを開いたときに真っ先に浮かび上がったものが──もしも、
苦楽を共にした仲間たちの顔じゃなくて──
素晴らしい日々の思い出じゃなくて──
あの、青い竜の影だったら──って。
■■■
──物事をやめるには理由が要る。
──長く続けたものほど、大層な奴が。
喫煙室でスマホの画面を睨む。
手持ちの召喚石はもう最後だった。
今度こそは来てくれという期待と、どうせダメだろという諦念をちょうど半々で抱きながら、スマホの表面をなぞった。
豪華な演出と共に、ごてごてのガチャからカプセルが10個排出される。
そのうちの一つだけが、虹色に光っていた。
やっと来た。最高レアリティ。
狙うはピックアップ中のぶっ壊れキャラ。こいつを持っているかでゲームの快適度が大きく異なる。
雑魚レアリティの開封演出は飛ばす。
レアリティ昇格演出は無かった。最初から虹色だったこの最後の一個に賭けるしかない。
結果は……。
目当てのキャラでは、なかった。
もう持っているピックアップ外のキャラ。いわゆる、すり抜け。
「ハァ……」
小さくため息をついてスマホのホームボタンを押す。
ピックアップ期間は今日まで。手持ちの召喚石は底を尽き、課金をするほどの熱意もない。
(そろそろ、潮時か……)
一年ほど前に暇つぶしにと始めたゲームだった。
それなりに日々の周回をこなし、攻略を楽しみ、ちょっとだけ課金もしたが、最近は熱意が冷め始めていることを自覚していた。
それでもなんとなくで続けてきたが……手持ちの石を全てつぎ込んですり抜けのSSR一体だけというこの結果はいい機会だと思った。
アプリを消すことまではしないが……。
(きっともう、立ち上げねえんだろうな)
スマホに表示されている時刻を見る。昼休憩終了まで後15分だった。
一服するくらいの時間はあるな、と煙草に火をつけたところで一人きりだった喫煙室のドアが開いた。
「ういーっす。あ、パン田先輩。ちっす」
馴れ馴れしげに話しかけてきたこの男は、職場の後輩だ。
態度はかなりチャラいが……まあ、悪い奴じゃない。
「うっす」
「どでした? ピックアップ引けました?」
そういって俺の隣で煙草をくわえる。
こいつは色々なスマホゲームに手を出していて、たまにこうしてガチャの結果を報告しあっていた。
「んにゃ、見事にすり抜けたよ……お前は?」
「いや~。俺は今回引いてないんすよね。最近こっちのほうが忙しくて」
そういってスマホの画面を見せてくる。
ちら、と目を移すと……
「……!」
一瞬、胸の中の柔らかい部分を無遠慮に押されたような気がした。
そこには、とあるスマホゲームのタイトル画面が写っていた。
「……アニデジか」
アニマルカードゲームinデジタルアリーナ。通称アニデジ。
世界的人気のカードゲーム、ACG(アニマルカードゲーム)のスマホゲーム版だ。
少し前にリリースされ、紙の方のルールを忠実に再現した出来で、高い人気を誇っている……らしい。
「最近始めたんですけど……いやー、おもろいっすねこれ。パン田さんはやってます?」
一瞬、答えに詰まった。
「……いや。やってねえ。やって……ねえけど、紙の方は前に少し触ってたな」
口から出てきたのは嘘とも本当とも言えない言葉だった。
「ほへー、パン田さんカードゲームもやるんすか」
「いや、本当に昔の話だ。何年前かも分かんねえくらい、昔……」
「やってはいたんでしょ? ホント多趣味っすねー」
多趣味。
確かに、傍からはそう見えるのかもしれない。
ダーツ、釣り、キャンプ、バイク、ゴルフ、FPS、格ゲー、人狼、マダミス、麻雀、その他諸々……。
ACGをやめてからというもの、インドアアウトドア問わず様々な趣味に手を出した。
しかし、そのどれもが長続きしない。
始めたては楽しい。
しかし、続けるうちにどこかで「これは違う」と感じている自分に気づいてしまう。
そしてそのたび、適当な理由をつけてやめる。
道具が壊れたから。馴染みの店がなくなったから。猛暑が厳しいから。目標としていたランクまで到達したから──。
結局、今の今まで続いている趣味など一つもありはしない。
多趣味なんかじゃない。趣味を見つけられないだけだ……。
「……田さん? パン田さん!」
そんなことをつらつらと考えこんでいたら、自分を呼ぶ後輩の声を無視してしまっていたことに気が付いた。
「あ──わりいわりい。ちょっと考え事しててな。なんだ?」
「いやだから、このデッキどうしたらいいと思います?」
そう言って、画面のデッキレシピを見せてくる。
「前やってたんすよね? アドバイス欲しいんすよ~。ランクマ行くとなんかワケ分からんうちに殺されるし……」
知らないテーマだ。俺がやめてから出たものだろう。
見たことのないカードだらけだが、ぱっと見、妨害と除去を積みすぎているように思った。
「お前、もうちょっと──」
そのことに触れようとした瞬間、目の前に青い竜がちらついた気がした。
「……いや、なんでもねえ。やってたって言っても相当前だ。俺の化石みたいな知識なんて役に立たんさ」
「そっすか……じゃあ、俺の代わりに一回ガチャ回してくださいよ!」
「なにが”じゃあ”なんだよ。俺さっきピックアップすり抜けで爆死したばかりだぞ?」
「いや~、俺の経験則なんすけど、自分のガチャ爆死した人が他人のガチャ引くと妙に当たるんですよね。
一回でいいっすから! ちょうど無料チケットが一枚あるんすよ~」
「まあ、別にそれくらい構わねえけど……、外れても文句言うなよ?」
「もちろんす! ほらほらここ押して」
「わーったわーった」
画面に浮かぶカードパックを言われるままにタップすると、裏返しのカードが排出された。
その縁は金色に光っている。
「……この色は?」
「最高レアSSR……の一個下のSRの色っすね……」
「ジンクスは効果を発揮しなかったみたいだな?」
「いや! ここからSSR出ることもあるんで! ほら、もっかいタップっす!」
「はいはい……っと」
言われるままにカードをタップする。
仰々しい演出と共にカードが裏返った。
「────っ!?」
色は金色のまま特に変わらない。
問題はそこに描かれていたカードの内容の方だった。
「あ~。やっぱそんなうまくいかないっすよね。まあSR出ただけでも……ってどうしました?」
「……知らねえ」
「え?」
「俺は、こんなバッファロー、知らねえ!」
『歩哨バッファロー』
それがたった今引き当てたカードの名前だった。
かつて自分がACGをやっていたとき、こんな名前のバッファローは存在しなかった。
「え……ああ。それ新規カードっすよ」
「し、新規?」
「ちょっと前に、過去の環境テーマに新規カード追加しよう、みたいな企画あったらしいっす。そん時に出たカードの一枚っすね」
そんな企画があったことすら知らなかった。
いや、あえて知ろうとしなかったのか……
「でも……」
「ん?」
「弱いらしいっすよ? そのカード」
■■■
その日俺は珍しく仕事を定時で上がった。
カバンと上着をテーブルの上に放り投げ、ノートパソコンを起動する。
調べるは、かつての相棒の──見たことがない新入りについて。
「歩哨バッファロー。長い時を経て追加されたバッファローの新たな仲間……か」
イラストには見覚えのあるキャラクターが描かれていた。
確か、物語の中で未熟な新兵という役回りだったキャラだ。
力の足りない自分を自覚しながらも、意識して軍内のムードメーカーを務め、
最期は軍のエースを庇い命を落とす。
本筋には関わらない話だからか、今までカード化されていなかったが、俺は割と気に入っていたキャラだった。
バッファローの中では珍しい低コストの動物で、
効果は場のバッファローが破壊されるとき、身代わりに自身を破壊できる効果。
物語中のシーンを再現した効果だ。
その他にも、物語中のシーンを再現した除去と妨害のカードが追加されていた。
「シーンのチョイスにこの効果……。いいねえ、テーマへの愛を感じるいいカードだ」
ところが、ネットではこれらの新規カードたちの評判は芳しくない。
デッキのメインカードであるバッファローの効果は全部で三つ。
戦闘時のバフ、同軍動物のサーチ、そして一度限りの戦闘破壊耐性付与。
確かに、毎ターン戦闘時バフでパンプアップしていくバッファローを守るというのは強力なムーブだ。
今まで泣き所だった戦闘以外の除去から守ることが出来るというもの嬉しい。
しかし、全体除去でまとめて処理されれば意味をなさない。
現環境は動物を大量展開して攻めるテーマが幅を利かせており、全体除去の搭載率は高い……。
低コストとはいえ、横にバッファローが並んでいなければ何の効果も持っていない動物を採用する意味は薄い。というのが世間の大まかな評価だった。
除去や妨害を除けば低コスト動物しか実装されなかったいうもの評判を落としているポイントだ。
バッファローと同じように新規カードが実装された過去の環境テーマの中には、効果の派手な高コスト動物や、
強力なサーチカードなどが追加され、現在の上位環境に食い込んでいるテーマもあった。
カード化されていなかったキャラクターの実装。名シーンの再現効果。いずれもバッファローのストーリーを愛好するものには嬉しい新規だったが……。
他のテーマのように上位環境への帰還を望んでいた層にはいささか肩透かしに感じたのである。
新規が追加されてもなお、バッファローは依然として古めかしい化石カード。
それがネットの海から拾ってきた評判の総評だった。
確かに、ほかのテーマの新規に比べりゃ地味だ。
それは分かる。分かるが……
「……本当にそうか?」
弱いか? これ。
俺には──可能性の塊にしか、見えねえ。
戦闘以外の除去からバッファローを守れるカード!
当時どれだけ欲しかったか!
せっかくパンプアップさせたバッファローを単体除去や汎用火力であっさり落とされた時の悲しみは何度味わったか分からない。
そりゃあ、全体除去吐かれたらどうしようもない。
しかし、この2体並べるだけで相手に高コストな全体除去の使用を迫れるってのは悪くないんじゃねえか……?
毎ターンパンプアップしていくバッファローは相手としても早々に処理したいカードだ。
全体除去を使わないのなら、相手は除去を2枚吐くしかねえ。歩哨バッファローを落としてもバッファローには戦闘破壊耐性があるからな。
低コストの歩哨バッファローを横に添えるだけで除去のためのコストが跳ね上がるってのはかなりアドだ。しかも除去られてもサーチ効果があるんだ。
ただ、単純なビートダウンでこれを運用するのは厳しい。多分攻めきれずに息切れしちまう。
でも俺のコンボ搭載のバッファローならどうだ……?
この2体並べてリソース吐かせて、稼いだ時間でコンボに行くプランがとれる。
それに、歩哨バッファローで殴りにいくプランも熱い。効果がシンプルだからか低コストの割りに悪くねえステータスしてやがる。
以前は『急襲』でも使わなきゃ速攻は仕掛けづらかったが、相手の出足が遅いときは歩哨で殴り始めて序盤で一気に押し切る動きもできる!
場持ちの良さを生かしてコントロールに寄せてもいい。火力でライフを詰めに行くプランも可能性を感じる。
新たに追加された除去と妨害も見逃せねえ。
確かに汎用除去や汎用妨害と比べるとコスパや使い勝手が若干劣るかもだが、バッファローカードだから同軍サーチに対応してる!
バッファローのサーチで除去や妨害持ってこれるのはやべえだろ。
今までは後続確保が主な使い道だったが、盤面見てその都度必要なカード持ってこれるのは便利なんてもんじゃねえ。
サーチできるからピン差しでも仕事するし──
なんだよ、考えれば考えるほど可能性しかねえじゃねえか!
「……いねえのか? この考えに至ってるやつは」
バッファローの現在のデッキレシピを検索する。
動画サイトや入賞デッキまとめでいくつかヒットした。
だが……。
「ダメだ。こいつは昔のテンプレバッファローに歩哨混ぜただけだ。これじゃデッキが回るわけねえだろう」
「なんだこりゃ、他テーマへの出張採用だが……これならバッファローじゃなくていいぜ」
「おっ、こいつはコンボ搭載型か。……いや、こんなロマンコンボ決まるわけねえ。意味ねえ」
「キーカードに妨害当てられたら厳しい!? そこは展開順序なりブラフなり"腕"でケアできんだろ!」
「あー、このカードは3積みしなくていいだろ……サーチ対応してんだからさあ……」
なんだよ、どいつもこいつも。
色々できるカードじゃねえか。いくらでも開発できるじゃねえか。
いねえのか? 歩哨バッファローの可能性に気づいてるやつは。
「俺以外に──いないのか?」
俺以外に、いないかもしれない。
俺が──やらなきゃ。
このカードは、また、死ぬかもしれない。
「……確かまだ、ブックマークに入ってたよな」
カードショップの販売サイトを開く。
かつてデッキを一からビルドする際に使っていた手順。
カートへ採用したいカードを入れていく。
「これと……これ。あとこれも……」
その手つきはおぼつかない。
「うわ、こんなカード出てたのかよ……、過去に採用してたあいつの上位互換じゃねえか」
今の俺は浦島太郎だ。環境は分からない。ここ数年で出たカードは効果すら知らない。
化石のような知識。昼間に後輩へ言った言葉は謙遜でもなんでもない事実だった。
「ああ、後あいつも必要だな……ん? やけに安くねえか……禁止カード!?」
過去に愛用していたコンボのキーカードが、とあるテーマに悪用され今は禁止になっていることを知った。
「なんだよ、この動き……。今のACGはここまでインフレしてんのか」
環境上位テーマのカードパワーに少しクラっときた。でも、大丈夫。抗えるアイデアはある。
「なんじゃこりゃ……装備カード?」
新しいカテゴリのカードまで出ていた。俺のデッキにも採用できる。視野が広がった。
「これが……こうで……だから……」
気づけば日付が変わっていた。
明日も仕事だ。それは分かってる。
それでも、眠気は一向に訪れない。
頭は回ることを止めてくれない。
アイデアは湧き出ることをやめてくれない。
楽しい時間が──いつまでも終わってくれない。
「えっと、ここがこうで……クソッ、頭の中で回すには限界があるな」
パソコンの前から立ち上がり押入れをひっかきまわす。
必要以上に厳重にしまわれたバインダーを引っ張り出し、開く。
そこには、かつて苦楽を共にした相棒たちが収められていた。
「まだあったよな……スリーブ」
数年ぶりに対面した相棒たちへの感慨もそこそこに、バインダーからカードを引っこ抜き、
捨て損ねた年代物のスリーブに入れていく。
ついでにテーブルの上のカバンから、仕事用のボールペンと付箋を取り出した。
「プロキシ作って一人回しなんざ何年ぶりだ……」
持ってないカードの名前を付箋に書きながら独り言ちる。
PCとカードをにらめっこしながら、デッキを回していく。
「歩哨バッファローを場に……通ったら続いてこれを……」
バインダーを開いても、青い竜の影なんてよぎりすらしなかったことに、俺はその日最後まで気づかなかった。
あったのは、とてつもなく重大な事実に世界で自分だけ気付いているかのような高揚。
世界の片隅で、こっそり爆弾を作っているかのような興奮。
そして、今も俺の相棒はかっこいいという、当たり前の事実だけだった。
翌日、俺は初めて会社に遅刻した。
■■■
週末の昼下がり、俺はとあるカードショップへ赴いた。
自動ドアをくぐると、冷房の風と紙の匂いが出迎えてくれる。
あたりを見回す。以前とはかなり配置が変わっていることに少し面食らった。
当たり前か。最後に来たの何年前だって話だ。
探していた奴らは、店内奥のフリプスペースにたむろしていた。
……居るよな。そりゃそうだ。お前らが、やめるはずねえ。
適当にカードを触りながら、バカ話に花を咲かせているようだ。
その内のひとり。ノリ良く話を回す鼻長の男の対面席に立ち、声をかける。
「よう。フリプ……いいかい?」
「お! 別にいい……っす、けど……」
一瞬気さくに応じかけた彼の言葉は尻すぼみに小さくなった。
よほど驚いたのか、持っていたカードが卓上にぱらりと落ちる。
そのカードの名前を見て思わず嬉しくなった。
『スプリントチーター』……。まだ、握ってんだな、お前も。
「新しいデッキを組んだんだけどよ。何せ数年ぶりの復帰なもんだから、今の環境が分かんなくてよ。大会出てもいいんだが……」
卓の上にデッキを置く。ここ数日で練り上げた、俺の最新の相棒。
「どうせなら、
お前なら、ずっと続けてきただろ? 今も昔も変わらず、楽しく、必死に。
そんな奴と戦りてえんだ。
「──っ!」
しばらく驚きに固まっていた男は、かぶりを振って自分のデッキを握り締める。
「いいッスよ! やろう! ──"腕"を見ますよ! パン田さん!!」
「言うようになったじゃねえか。ヒヨっ子がどれだけ育ったか……確かめてやる」
したい話はいっぱいあるんだ。
アギト。ACGは今も楽しいか?
クマ吉。好きなものに一生懸命になれるようになったか?
トラ男。コンプレックスには打ち勝てたか?
ライ太。──1位に、なれたか?
でも。
それよりもまずはこれだろ。
俺たちの話は、カードをしばいてからじゃないと始まらない。
アギトの目にうっすら涙が浮かんでいることに、俺は気づかないフリをした。
だってよ。俺も、気づかないフリをしてもらったからな。
久方ぶりのACGは、涙が出るほど楽しかった。
■■■
喫煙室の扉を慌ただしく開ける。
中には先客は一人いた。いつもの後輩だ。
今の職場は喫煙者が少ない。喫煙室で出くわすとすれば大体こいつだ。
「お、どうしたんすかそんなに慌てて」
「いや、昼飯食いながら考え事してたら時間無くなっちまってよ。……なんとか1本は吸えそうだ」
新しい展開ルートを考えていたら時間が消えていた。
今日こそはまともに1勝もぎ取ってやる。
クソ、あいつら見ねえうちにバケモンみたいに強くなりやがって……。
「なんか最近忙しそうっすねー。定時上りも増えたし」
「まあ、色々とな」
近頃、上司からは女が出来たものと完全に勘違いされていた。
後輩は煙草をくわえながら、いつものようにスマホをいじっている。
「お、アニデジか。どうだ? ランクマで勝てるようになったか?」
「いやー、全然っす。そもそもガチャの引きが渋くて、組みたいデッキ組むことすらできてねっす……」
「そうか……」
後輩が組みたいデッキは、今ピックアップされているSSRのカードがフル投入必須だ。
紙の方では数か月前に出たテーマだが……。
ちょっとした、悪戯心が湧いてきた。
「……なあ、そのピックアップされてるSSR。紙の方だと1枚30円だって知ってっか?」
「はあ!? マ、マジっすか!?」
「まあ、最安値なら、だけどな。それでも通常版なら大体100円以下だ」
使用頻度の多いカードなんでスマホゲームでは最高レアに指定されているが、
紙の方のレアリティはそんなに高くないカードだ。在庫も市場にだぶついてるしな。
「はー、マジっすか。何千円も払ってガチャ回すのバカらしくなるっすね」
「良ければ、だけどよ。今日仕事帰りにカードショップ寄ってみねえか? 俺も最近紙の方に復帰したんだよ」
「え。あー、俺アナログゲームは別に……、いやでも30円かぁ……」
こりゃ押せばいける、と俺は内心勝利を確信した。
まあ厳密にはピックアップカードは30円だが、このテーマを組むときのほぼ必須カードが1枚2000円するんだけども……。
なに。ショップまで連れてきゃなんとかなる。
復帰のきっかけをくれた後輩には、お礼としてキッチリ沼に沈んでもらわねば。
「見てるだけでも楽しいもんだぜ? アナログゲームもまたいいもんさ。
なーに、そんなに重大に考える必要はねえよ。何せ、物事をやめるには理由が要るもんだが……」
そうさ。理由なんてなんでもいいんだ。
先輩に誘われたり、とか。
フットサルの仲間がやってた、とか。
後輩のガチャを代わりに回した……とかな。
「物事を始めるのには──ご大層な理由なんかいらねえんだからよ」
過去、どんなに苦い思いをして閉じた扉にも、綺麗に吹っ切ったつもりで閉じた扉にも、カギはかかっていない。
いつだって、開けていいのさ。
そのことに気づくのに、何年かかったんだか……。
さて、午後の仕事をちゃちゃっと済ませて、今日もZooに直行といくか。
今日こそは勝ってやろうぜ、相棒!
誰もいない、パン田の自室。
机の上には古びたバインダーが開きっぱなしで乗っている。
そこには、1枚のカードも収められてはいなかった。
了