「これで全部、か」
「そうだね、もう終わりかな」
「じゃあとっとと周りで待ってる連中に引き渡して帰るか」
「うん。はやく帰ろう」
そんな呑気な会話をしている自分たちの周りは死屍累々。
フェイトが嬉しそうにとてとて近寄ってきた。
一応面倒な法律に則って殺してこそいないが、魔力ダメージでも物理ダメージに近い痛みを伴う。
一度死に近しい体験をする事で、PTSDになったり後遺症を残す者は多いんだとか。当然だろう。今回のフェイトがやっていたように、金色の鎌で脳天かち割られたり、心臓グッサリやられたら、トラウマにもなる。
痛みに慣れていなければ、身体が死んだと錯覚してショック死なんてザラだ。
だから本来ならば頭部や胸などの重要箇所は狙わない事を推奨されてはいるが、流石にそれは大人数の相手の抵抗があった事を考えると厳しいものがある、とされる。
要するに管理局としては、お題目として直接殺してさえなければ、後はどうなろうと知る由も無い、という事だ。
それも当然だろうと思う。そもそも度合いにもよるが、敵対する犯罪者にまで情けをかけ、心配などしている連中の方が狂っている。
その上今回の標的はテロリストだ。
現管理局の体制が気に食わないと、テロに走る連中が極稀に居ない訳ではない。
成功例が無いので、狂信者の類か自殺志願者くらいのものだが。今回は前者。魔導師はヒトでは無いと盲信する連中。
しかしミッドを狙わないだけの理性はあったようで、他の管理世界でだ。
広域に活動していたために『うみ』の出番だった。
こういったテロは大抵の場合が魔導師ではなく、質量兵器で武装した非魔導師である。
魔導師は何処に行っても求められ、優遇されるため、テロなんて普通はしない。犯罪行為は偶にあるけど。
質量兵器で魔導師のバリアジャケットを抜くのは不可能ではないが、テロリスト風情がそんな武装を入手するのは困難だ。
必然的に人質を取る事になるため、カウンターテロリズムの場合はいかに人質の救出を迅速にかつ正確に行うかが鍵になる。
そのパターンの対策は研究され尽くしているし、多くの演習時間を取らされる内容であるので、余り効果は無いが。
そもそも魔導師ランクからして、対人質を取った魔導師戦が昇格試験内容だったりする。
「心音を確認したが、一応、全員死んではいないみたいだ」
「そう、良かった。死んでたら報告書が面倒だもんね」
「そうだな。確実にPTSDには成ってるだろうが」
「そうかな。私は別に何時も通りに魔力刃で切ったりフォトンランサーで吹き飛ばしただけだけど」
「そうだな。だからだな。しかし死神とは良く言ったもんだ」
「そんな、恥ずかしいな」
頬を赤らめるフェイト。
恥ずかしがる所か?
まぁいい。自分も影では悪魔とか閻魔とか呼ばれているらしいし。お似合いだろう。
そんな風に楽しく雑談しながら建物から外に出れば、包囲させていた武装隊と待たせていた捜査官達がいる。
逮捕状を指揮官の端末に送りつけて、確保などの処理は任せてしまおう。
後は武装隊員と捜査官達に任せておけば、必要資料は勝手に奴隷の所に送りつけられてくる。
「じゃあ船に帰還するぞ」
「わかった」
転送魔法で帰還した戦艦のブリッジ。
この船の艦長であるクロノ・ハラオウンが待っていた。
こいつは事ある毎に自分とフェイトに協力の要請をしてくる。
フットワークが軽い都合の良い大戦力としても重用してはいるのだろうが、自分はそんなに安くない。
他にも何か考えがあっての様に見える。
大方フェイトを心配してなどだろうが、そう考えてもどうにも違和感がある。
今も自分を見る目の奥には厳しい色が見え隠れしており、それに気がついているフェイトはあからさまに警戒している。
何かあったら即座にクロノを取り押さえられる体制だ。
それに気づいてか、少々硬い声でクロノが挨拶してきた。
「……ご苦労だった、スクイート執務官、テスタロッサ執務官。お陰で未然にテロ行為を防げた。最善と言って良い結果だろう」
「ああ、どうも、ハラオウン艦長」
「……シンのお陰です。彼が他の世界にも散っていたテロリストグループを上手く誘導して纏めたので、制圧は楽でした」
「……そ、そうか。よくやってくれた、スクイート執務官」
「いえ、それでは」
そう言ってもう用事は無いとばかりに立ち去ろうとする。
すると意を決したようにクロノに呼び止められた。
「っ! ……ま、待ってくれ! ……スクイート執務官は後で時間が空いた時に艦長室に顔を出してくれないか」
「自分一人でか?」
「あ、ああ」
それを聞いたフェイトがクロノを睨みつける。
「……問題ない、フェイト。自分も少し聞きたい事がある」
「……そう、わかった。シンがそう言うなら。でも何かあったら念話で直ぐに呼んで。直ぐに駆けつけるから」
「ああ。行くぞ、フェイト」
自分に不意打ちや奇襲はまず不可能なので、そこまで心配する必要も無いのだが、こう言っておいてやった方が安心するだろう。
フェイトは自分が密室で誰かと二人になるのを恐れている。特に呼び出しという形だと。
今回のように、あからさまに自分に友好的でなければ尚更だ。
例え相手が誰であろうとも。
かつての出来事の結果だろう。
さて、一度自室に戻ってから、フェイトと艦長室に向かう。自室で待っていろと言っても聞かないだろう。
フェイトは艦長室の扉の前に残して、入室する。
中ではクロノが目を閉じて待っている。
こいつとは士官学校からの付き合いか。当時は二歳年下の自分をやたらとライバル視してきていた上に、局員としての心構えがどうとか素行がどうとか言って鬱陶しかったが。
自分が入室した事を知ると少し長い息をついていたクロノが目を開けて、依然として厳しい視線を向けてきた。
「最近はフェイトはどうだ?」
「どうとは何だ?」
「……何か変わった事とかは無いか?」
「特に無い。お前も出港初日に二人で話していただろう」
「そうだな……」
そう言って疲れたようにため息をつき、何とも言えない表情になるクロノ。
何か言いたい事があるが、言葉が見つからないか、躊躇っている風だ。
少し突ついてみるか。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「ふぅ……いや、何でもない」
「何でもない事は無いだろう。大方フェイトについての事だろうが」
自分がフェイトという単語を出すと、嫌そうな顔をして睨みつけてきた。
「っ……! ……いや、こう、何故ああなってしまったのかと思ってな。出会った当初はもっと、何というかこう……誰にも心優しい子だったのだがな……」
……ああ。成る程。成る程。
漸くフェイトと二人でこいつに会う時に感じる違和感の正体を理解した。いや、可能性として上位に考えてはいたのだが、それでもまさかという思いが強かった。
今までこいつからこの類の話題は出てこなかったからな。
大方母親に止められていたのだろう。
あいつは事情を知っているからな。
だがついに我慢できなくなって少し本音が漏れた、と。
そうか。そうか。面白い。
こいつは知らなかったのか。
――フェイトが壊れた原因を。
「くくく」
「……なんだ?」
「くくく。くふふっ」
「何が可笑しい!?」
「いやいや、何でも無いぞ、何でも。いやいや、それにしても本当に何故ああなってしまったのだろうなぁ? ……くくっあはっあはははっ!」
「っ……! ……君はっ! ……君のっ! ……ふざけるなよっ! ……君のせいだろう!!」
ああ、やっぱり知らないのか。聞いていたこと。
はぁ。可笑しい。
「果たしてそうかな? ……本当に自分のせいかな?」
「っ! ……どの口がっ! ……どの口がそれを言う! フェイトは君といておかしくなった! あの優しいフェイトがっ! ……くそっ、僕はっ、僕がっ! ……君の補佐になることを何がなんでも反対していればっ! ……僕の側に置いておけばっ! くそっ! くそっ……! ……君が、君さえっ、君さえ居なければ……っ!!」
この船の艦長が、悔しそうに目に涙を滲ませている。
そうかそうか、分かった。良く分かった。
この態度と目の色で全部が繋がった。
しかも自分では気がついて居ないのか?
……いや、これは違うな。
こんな悲劇はあるだろうか。
こんな喜劇はあるだろうか。
これはこれは。本当に。本当に。
これだから世界はこんなにも。
――面白い。
「自分さえいなければ……何かな? ……フェイトはお前の補佐になっていたかな?」
「っ! ……そ、そうだ! ……僕なら彼女をあそこまで壊してしまう事は無かった!!」
「そうかな? 本当にそうだろうか?」
「っ! さっきから何が言いたい!!」
「いやいや、実に世界は、こんなはずじゃない事ばっかりだなぁ、と痛感しているのだよ」
「っっ! ……君はっ!」
「くくっ。まぁいい、落ち着け」
こいつは今まで幾ら煽っても反応しなかった冷静なタイプだし、長年の付き合いだ。どんなに煽っても最後の一線は越えない奴。ギリギリで理性を繋ぎとめる奴だ。
これ以上は堂々巡りで時間の無駄だろう。
自分の性質も良く理解している。八神家のチビのようにはいかないだろう。
こいつも知らない仲じゃない。教えてやるのが良いか。
いつまでもフェイトに囚われていても、こいつに良いことはない。
「なぁ、クロノ。お前はフェイトがハラオウンに養子入りするのに反対したことがあったな?」
「え……?」
クロノが自分の言葉にポカンとしている。頭を巡らせて必死に思い出している様子だ。
「まぁあったんだよ。お前が覚えているかは分からんがな」
「……確かにあったかもしれない。しかしそれは、反論で議論を促すための……いやまて、何故君がそれを知って……まさか!?」
「まぁ、きっとお前が想像している通りだよ。それを聞いてしまった奴がいたんだ」
クロノの顔に理解の色が浮かぶ。
「そうか、そういう事か……正直ずっと疑問ではあったんだ。君は厄介な性質こそしているが、悪人ではない。善人でも無いが、他人を壊す事に快感を感じる狂人ではない……そんな君が何故、フェイトに限って、と……」
クロノが疲れきったような顔になった。
「そうか……僕はずっと見当違いな怨みを君に抱いていたわけだ……」
「まぁ、そうなるな」
「ならば君は寧ろフェイトにとっての恩人というわけだな……はぁ。本当に君の言う通りだよ。世界はこんなはずじゃない事ばかりだ……」
クロノが自嘲するように呟く。
「そうか、僕がフェイトを……」
「まぁ、今となっては自分はお前に感謝しているんだがな、クロノ」
「……どういう事だ?」
「もし自分があの時、フェイトという同類を見つけて居なければ……自分は今頃この世に居ないだろうからな」
「っっ!? ……そうか、あの時の君は、そこまで……君は厄介な人間だが、しかし僕はそんな君をライバルであると同時に友人だと思っていたハズなんだけどな……何も気がつかなかった……」
「え、何言っちゃってるの? ライバルとか友人とか熱でもあるのか?」
「うるさいなぁ!」
そこで先程気になった点を追求してみる。
「そういえばお前はその時に、ハラオウンが名家だというのとフェイトが元犯罪者だというの以外にも言った事があったな」
「ああ、あったよ……ぜんぶ思いたしたからな……『フェイトはクローンなんですよ!?』……か。思えばそれが止めになったのか?」
「そうだな。それはフェイトのトラウマを抉り出す言葉だからな。しかし何故お前はそんな事を言ってしまったんだろうなぁ。フェイトが聞いていようがいまいが、それがタブーだというのは当時のお前にも分かっていたハズだが」
ニヤニヤしながら言ってやると、弱々しく睨み付けてくるクロノ。
「ふぅ……君なら分かっているんだろう?」
「まぁな。気が付いたのはついさっきだが」
「はぁ。僕もまだまだだ……君の前では心を乱すのは致命的だと知っていたハズなのだが」
「乱す乱さないに関わらず、自分の前では嘘はつけないよ」
流石に心を覗くことは出来ないが、それがヒトであるなら嘘は絶対に通用しない。
「それもそうか……君の想像の通りだ。当時の僕はきっと、フェイトに恋をしていたんだろう。あの子と兄妹になる事を恐れたんだ。それに母さんの、フェイトを駒として扱うような発言にも逆上したんだろう。母さんもそれが本音の全てだった、とは思わないが」
「当時。当時、ねぇ。自分が気が付けなかったとは、随分と上手く隠したものだ。しかし自分が気がついたのはついさっきだと言った筈だが?」
「それはあり得ないよ。君はずっと前に僕の恋心に気がついていた。そしてそれはもう終えた物だ。僕は妻と子供を愛しているからね」
「そうか。まぁ、昔馴染みのよしみだ。そういう事にしてやるよ」
「すまない、ありがとう……でもその気持ちも今日でキッパリ片を付けられそうだ」
「そうか……賢明だ。フェイトは自分のものだからな」
「ふふ。そうだな」
「おや、今まで頑なに認めなかったお前が……」
「認めざるを得ないだろう。今のあの子に必要なのは僕じゃない、君だ」
憑き物が落ちたような顔のクロノ。
なるほど、フェイトの為を考えればこそ、か。
……脱童貞した翌朝のような顔だ。
「何か失礼な事を考えているな?」
「なぜバレたし」
「失礼、君は大抵いつも失礼な事を考えている」
「良くわかってるじゃないか」
「……まぁいい。しかし、何故今まで言ってくれなかったんだ? ……いや、君に何かしてもらう、と考える方が間違っているな。僕と君はそんな無償の助け合いをする仲じゃない」
「その通りだ。自分はお前が知っていようといまいとどちらでも良かった。まぁ、知っている物と思っていたんだがな……」
「……何故だ?」
「さぁ、何故だろう。しかし子煩悩な母親も居た物だ」
「そうか、母さんが……他には誰が知っている?」
「後ははやてぐらいじゃないか? ……あいつもお前は知っているものと思っていただろうが」
「ふふっ、そうか。はやても知っていて、僕は……」
悔しそうにするクロノ。それもそうだろう。母親に上手くやり込められていた事を知ったのだから。
しかも母親として、フェイトへの恋心にも気付いていたな。クロノとフェイトを前にしたときのリンディの違和感はこれか。
リンディもクロノが傷つかないように、という配慮だったのだろうが、裏目に出たな。
「さて、僕にはやらなければいけない事がある」
そう言って扉を開いたクロノ。
扉をの前でまっていたフェイトが入っていいのか分からずにオロオロしている。
「フェイト、来い」
仕方ないので呼びつけてやろう。
「あ、うん! ……それで、どうしたの?」
今まであった刺々しい雰囲気が無くなった事に気がついてだろう。
不思議そうな顔をしたフェイトが入って来た。
「さぁ。自分じゃなくて、クロノが用事あるみたいだが」
「そうなの、クロノ?」
「……ああ。以前に君を傷つけたのが僕だと知った。すまなかった、謝りたい。そんなつもりは無かったが、それを言い訳にするつもりも無い」
それを聞いたフェイトはポカンとしている。
「え、クロノ知らなかったんだ。まぁいいや。私はクロノを恨んでなんかいないよ」
「だがっ!」
「むしろ感謝している。クロノのお陰でシンと出会えたんだから」
「君はシンと同じ事を言うんだな……」
「えへへ。そうなの? ……嬉しいな。だからね、クロノ――」
――私を棄ててくれて、ありがとう
そう言った笑ったフェイトの顔は、美の女神が羨む程に極上に美しかった。