フェイト・テスタロッサは壊れている   作:ごまさん

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過去回です。


こうしてフェイトは満たされた

 闇の書事件が無事に終えた。確かに悲しい事もあったけれど、望外の幸運が積み重なった結果に終えた事は奇跡としか言いようがない。

 リインフォースさんの事は残念だったけど、彼女は彼女なりに納得のいく結果だっただろう。自分でそう思いたいというのもあるかも知れないけど、最後に見たリインフォースさんの表情はそれまでの人生で見てきた何にも勝って綺麗で、これでよかったのかも知れない、と思えるようになった。少なくとも彼女はわたしが彼女に囚われて足踏みする事を望まないだろう、と思える程度には。

 漸く平穏な日々を過ごせるという段で、わたしにも大きな転機が訪れている。ハラオウン家に養子入りしないか、と前々から誘われていたのだ。そろそろ返事を返さなければいけない頃だろう。

 しかしわたしの心はもう固まっている。リンディさんとクロノの関係は眩しくて、わたしがずっと欲していた物で、その輪に自分とアルフを混ぜてくれると言うのだからこんなに幸せな事もないだろう。クロノが兄という事になるが、彼の人となりは実直で好ましい。わたし達も受け止めて貰えるのかな、と期待できた。

 返事を返しに行った場で、影からあの言葉を聞いてしまうまでは。

 正直その時の事はよく覚えていない。

 ただ、クロノがわたしを家族にする事を嫌がっていることだけは分かった。ハラオウンは名家で、元犯罪者を入れられないとか色々と言っていたが、リンディさんと問答して行く内に出てきた、

 

「フェイトはクローンなんですよ!?」

 

 この言葉に目の前が真っ暗になった。母さんの言葉がフラッシュバックして、あの時の気持ちが蘇ってくる。

 そうか、わたしはまた受け入れて貰えないんだ。本物じゃないから。アリシアじゃないから。クローンだから。人形だから。わたしじゃダメだったんだ。

 クロノはずっとわたしをそう思っていた。知らなかった。知らなかった。全然気がつけなかった。なんだか自分がおかしい。なんだか漠然と色々な物を信じられなくなった。何を信じたらいいのかも分からない。

 例えばそう、もしかして、もしかすると、わたしに笑いかけてくれるなのはの笑顔も……ウソ?

 そんなはずない。ありえるはずのない仮定。わたしはなのはを信じている。しかしクロノも信じていた。信じていたけど、信じた通りじゃなかった。じゃあもしかすると。もしかすると。わたしが信じるものは、真実じゃ、ない?

 わけが分からない。何を信じたらいいのかも分からない。それはわたしの心を蝕む毒。疑心暗鬼。そして考えて。考えて。考えて。考えた末にわたしは、なにも信じられなくなった。信じたいのに、信じられない。信じられない自分が嫌になって、自己嫌悪する。

 皆が可愛がってくれるのも、所詮はお人形として。飽きたら捨てられるだけの玩具。 母さんみたいに、本当は皆がわたしを嫌いなのかもしれない。きっとそうなのだ。だって所詮は人形でしかないわたしには、価値なんてないから。

 この時に手遅れになる前になのはに会っていたら、未来は変わっていたのかもしれない。あの時にクロノに問いかけていたら、何かが違っていただろう。

 しかしそれは今は昔。あり得ることのない仮定。

 今ならば分かる、子どもならではの思い込み。悲観主義とも絶望主義とも言えるわたしの性質が、負の思考に導いた。なのはや皆を信じきれなかった。それはきっと、母さんの言葉を引きずっていたから。わたしはわたしに価値を見出せなくなった。だから自分を好くなんてあり得ないと思った。自分を好いてくれた筈の皆を信じられなくなった。何も信じられなくなった。信じられないわたしに自己嫌悪して、自分の中でわたしの価値がもっと低くなって、そんなわたしが好かれる筈がないという理論。負のスパイラル。それはとても辛い事だった。

 そんな時に彼と出会った。それはきっと、陳腐な表現をするのなら、運命だったのだ。

 

「なんだお前、壊れてるな」

 

 わたしを見た第一声がこれ。

 目を見れば分かったわたしの同類の言葉。

 どういう事だと怒る気力もない。あぁ、たしかにそれは的を射ているだろう。納得すらしてしまった。自分を信じられないわたしは、人を信じられないわたしは、自分に価値を見出せないわたしは、きっと壊れてしまっているから。

 だからわたしは笑ったのだ。なんだか可笑しくなって。

 壊れているだなんて、いかにも人形らしいじゃないか。壊れた人形の末路。役に立たない人形の末路。考える迄もなく決まっている。母さんの例から一度経験してもいる。 そう、棄てるだけ。

 そうか、わたしはまた棄てられるんだ。母さんに続いてまた。

 笑った。笑った。笑った。

 可笑しくて仕方がない。なにが可笑しくてのかもよく分からないけど、それすらも可笑しい。笑いの連鎖。全てが可笑しくて。わたしの人生も可笑しくて。何もかもどうでもよくなって。どうでもいい事がまた可笑しくて。

 

「可笑しいか?」

「え、うん。可笑しいよ。なにが可笑しいんだか分からないけど、それすらも可笑しいんだ」

「そうか。修復も不可能か」

「そうだね、わたしは壊れた人形だから。後は棄てられるだけ」

「そうだな、ここまで壊れていたら棄てるしかない」

 

 彼は特に感情も示さずに、わたしに言うのだ。やっぱりわたしは壊れているんだって、棄てられるんだって、再確認しただけだけど。でも壊れているって知っても、棄てられるって知っても、何も感じない。当たり前だとすら思っている。だってわたしには価値が無いんだから。棄てるのは当たり前。

 わたしが何も感じない事を感じて、また可笑しくなった。

 

「これからどうするんだ?」

「どうしようかな。棄てられるだけならいっそ、自分で棄ててしまおうかな。わたしに棄てられる物なんて、それくらいしか残ってないんだ」

「そうか。それもありだな」

「そうだよね。わたしにも棄てられるんだね。人から棄てられてばっかりのわたしが。はははっ。なんだか可笑しいね」

「そうだな。可笑しいな。でも棄てるのはもったいなくないか?    自分はもったいないから棄てられないんだけど」

「どうだろう。もったいないけど、壊れているいる物をいつまでも取って置いたって邪魔じゃない?」

「確かにそうかもな。でも自分は壊れているけど取っておいてるんだ。どうも棄てられなくて」

「へぇ。可笑しいね。壊れているんだから役に立たないのに」

「そうだな。自分でもよく分からないんだ。理由なんてない。何となくもったいないとしか言えないな」

「へえ。君、面白いね」

「そういうお前もな」

 

 壊れてしまったわたしには分かる。わたしたちは似た者同士。彼も壊れている。彼もわたしも決定的に壊れている。もう直せない。

 

「お前、棄てるんだろ、お前を」

「うん、そうだね。棄てようかな。いらないし」

「なら自分が拾うよ」

「え、なんで?    壊れているのに」

「自分も壊れているからな。壊れている物を拾えば、何かが分かるかもしれない。なんで自分は棄てられないのか」

「そっか。確かにそうかもね。壊れたわたしでも役に立つかもしれないんだ。じゃあ拾っていいよ」

「ああ、そうする」

「でも何か分かったらどうするの?    わたしを棄てるの?」

「どうだろう。まだ何も分かっていないから何も言えない。でも分かるまでは棄てないよ」

「分かったらどうするの?」

「先の事は分からないけど、分かる事もある。お前を棄てるのなら自分も棄てるし、お前を棄てないのなら自分も棄てない。だってそうだろう。どっちも壊れているんだから。片方だけを棄てるなんてあり得ない」

「それもそうだね。じゃあわたしは今から君の人形だ」

「そうだな。自分が棄てるまでお前は自分の物だ」

「うん、よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 

 こうしてわたしは彼の所有物になった。

 彼の所有物になってからは、わたしは彼だけの為に尽くした。だってわたしは彼の物なんだから、彼以外に目を向けるのはナンセンスだ。

 周りが色々言ってきたけど、余り聞こえない。わたしは彼が拾った人形なんだから、彼の為だけにある。

 彼が何かが分かるその時まで、彼が何かを分かる為にある。そんなお人形。それだけの価値のお人形。

 彼の為に執務官の彼の補佐になった。長い時間一緒に居れば、彼が何かが分かるかも知れないから。

 ミッドではいつも一緒に居るようになった。

 彼は曰く付きというか、別に前科とかあるわけじゃ無いけど、若くて優秀であるが故に妬まれていた。彼の性格も万人に好かれるタイプではないし。そもそも彼は壊れているから通常の感性がどこまで有るかも怪しいけど。わたしを側に置いた事でやっかみの視線は更に強くなった。彼は本気で気にしていなかったけど。彼に仕事面で足を引っ張る馬鹿は殆ど居なかったので、彼としてはそれで十分なのだ。

 わたしの周りがあまりにも煩いから、管理外世界の学校に行けと彼に命令された。彼に命令されれば行くしかない。

 正直彼と一緒にいた方がずっと幸せなんだけど、仕方ない。それに他ならぬ彼の命令だと思うと、途端に素晴らしいものに思えてきた。

 彼の命令で持っていた方が便利だからと執務官の資格を取る事にした。彼が勉強を教えてくれて、魔法を鍛えてくれた。その時間はとても楽しかった。

 彼に命令されると満足した。わたしには少なくとも彼が命令するだけの価値はあるんだって分かるから。

 彼に尽くすのは心地よかった。わたしには少なくとも彼が拒まないだけの価値はあるんだって分かるから。

 彼の側に居るのは嬉しかった。わたしには彼が何かを分かる為にあるだけの価値はあるんだって事を思い出せるから。

 壊れてしまって価値なんてない筈のわたしに、価値を与えてくれた。

 それは凄く凄く、幸せな事だと思った。

 

 ある日突然なのはが彼を訓練場に呼び出した。

 それを知って、何だろうと思って見に行った。ボロボロになった彼がいた。なのはもボロボロだったけど。二人がボロボロになりながら戦っていた。

 訳がわからなかった。何でなのははこんな事をするの?

 わたしに価値を与えてくれる人に、なんでこんな酷い事をするの?    

 

「フェイトちゃんを解放して!」

 

 なのははこんな事を言っていた。

 解放。解放。解放?

 彼に解放されたらどうなる?

 解放するって事は、わたしから離れるってことだ。離れるってことは、わたしはまた棄てられるってこと?

 なんだかそれは凄く嫌だった。わたしは彼のお人形でしかないのに、なんでこんな事を思うのだろう。壊れた人形はいつかは棄てるしかないはずなのに。そんな事は分かりきっているはずなのに。いつかは棄てられるはずなのに。

 彼はわたしを棄てる時は自分も棄てると言った。それは凄く嫌だった。それが凄く嫌だった。なるほど、そういう事。わたしが棄てられるのは構わないけれど、彼が自分を棄てるのは許容できない。何がなんでも回避しないといけないと思った。何故だかは分からないけど、彼は棄てさせてはいけないと思った。なるほど、これが彼が感じていたものなんだ。

 彼が何かを分かったかは知らない。でもわたしを棄てたらきっと彼は自分を棄てるだろう。それは確実に断言できた。根拠も無いけど絶対だと理解できた。だって彼はわたしの同類だから。だったら彼にはわたしを棄てさせる訳にはいかない。わたしは彼に、彼を棄ててほしくないのだから。どうしても。何がなんでも。

 

「フェイトちゃんを縛るのはもうやめてよ!    ねぇ、わたしとお話しよ?    きっと貴方にも分かって貰えるから!」

「無理だ、お前にはいくら話した所で自分達の気持ちは分からない。絶対にだ」

「そんな事はお話してみないと分からないの!    ……ねぇ、お願いだから、わたしにフェイトちゃんを返してよぉ!」

「駄目だ。フェイトは自分の物だ。絶対に誰にも渡さない」

「フェイトちゃんは貴方の物なんかじゃないの!!」

「いいや、あいつは自分の物だ。自分の所有物だ。自分が棄てるまで、あいつは一生自分の物だ」

「じゃあ棄ててよ!    それで私にちょうだいよ!」

「なんだ、まるでフェイトがモノみたいな言い分だな」

「貴方がそれを言うの!? いいから私のフェイトちゃんを返してぇ!」

「駄目だ。自分はあいつを棄てないと決めた。一生離さないと決めた。だからあいつは一生自分のものだ」

「こぉんのぉぉお!    分からず屋!    もういいの!    力尽くでも奪い取ってやるんだから!!」

「やれるものなら、やってみろ!」

 

 その戦いは壮絶だった。彼は背中に目がついて居るようになのはの攻撃を軽々と避け、反撃までしているし、なのははなのはでエクセリオンモードまで使っての猛攻だ。

彼はなのはの厚い装甲を抜き切れずにいて、なのはは彼に攻撃を殆ど当てられない。技量は明らかに彼の方が上だけど、鬼気迫るなのはにはそれを覆さんばかりの何かがある。

 戦いは千日手で、長きに渡った戦争とでも呼ぶべき決闘は結局はなのはの魔力切れで終わった。フルドライブまでしていたなのはの方が、最小限の動きで避けていた彼よりもずっと消耗が激しかったのだ。この戦争の話は今でも一部の管理局員の間でまことしやかに囁かれている。

 でも決闘の結果なんかより、ずっと嬉しい事がある。

 彼がわたしを所有物だと言ってくれた。一生離さないと言ってくれた。一生棄てないと言ってくれた。嬉しかった。涙が出てきた。涙が溢れて溢れて止まらない。こんなにも嬉しいのは、生まれて始めてだった。

 彼が一生棄てないと言った。それが答えな気がした。つまり彼はわたしに価値を見出してくれたのだ。壊れているわたしに。棄てられるしか能の無いわたしに。こんなわたしを必要としてくれているのだ。壊れているわたしを必要としてくれている。

 思わず彼の元に駆け寄って、思いっきり抱きついた。今は少しでも離れていたくなかった。ずっと側にいてほしかった。

 

「フェイト……」

「うん」

「答えがわかった」

「うん」

「自分はお前を棄てない」

「うん」

「お前は一生自分の所有物だ」

「うん」

「お前に尽くされる事で自分は自分に価値を見出せた」

「うん」

「だからお前は一生自分に尽くしていろ」

「うん」

「お前の人生は自分の為にある」

「うん」

「自分にはお前が必要だ」

 

 そう言われて、わたしは確認せざるを得なかった。

 

「……わたしは、壊れているよ」

「自分もだ」

「……わたしは、人形だよ」

「それでいい」

「……わたしは、偽物で、クローンだよ……」

「お前がいい。他の誰でもない、アリシアでもない、お前じゃないとダメだ」

「……わたしには、価値がないんだよ」

「自分にとって、お前以上に価値がある物はない」

 

 嬉しかった。嬉しかった。彼にこんな言葉を言って貰えるとは思わなかった。わたしにとって、こんなに嬉しい言葉はなかった。涙か溢れて溢れて止まらない。前が何も見えない。きっと今は酷い顔をしているだろう。

 

「……わたしにも、君以上に価値があるものはないよ」

「じゃあお互い様だな。自分はお前に尽くされる事で自分の価値を見出す。お前は自分に所有される事でお前に価値を見出す。これでお互いに自らを棄てられなくなったな」

「もとよりわたしは君の物だ」

「それもそうか。じゃあこれからは素敵な共生の始まりだ」

「うん、一生棄てないでね」

「ああ、一生棄てないと誓うよ」

「ありがとう、嬉しい」

「愛してるよ、フェイト」

「わたしも、愛してるよ、シン」

 

 そしてわたしたちは、二人で一つになった。

 

 




共依存の始まりです。
フェイトちゃんが「ひろってください」と書かれたダンボールに捨てられている様子を想像してみて下さい。
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