ある日、アリウスに所属する錠金ツガミは命令を受け取った。
それはサオリという元孤児の少女に対する教導役としての役割であった。

(錠前サオリの教導役捏造短編。即興)

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WAY DOWN WE GO

 アリウス、この吹き溜まりのように穢れた街で、錠金ツガミ、つまりおれという女は、日々を腐って生きてきた。

 日々を意義もわからない訓練に費やすのは、素性も知らない大人から、ただやれと言われていたからだ。

 だからついたあだ名はバカだ。故事に曰く、「上からいわれたことをただ受け入れるやつは、バカ」だそうだ。だからバカだと言われた。「へえ!」と言って、それまでもそれからもおれはバカだ。

 あのときの「へえ!」を聞いた気のいいやつら、あの半分はもういない。バカと同じように高尚な言い回しをするなら、ヘイローが砕けたとでもいうのかな、なんてことを思う。

 

 残っているうちのひとりで、そんな言い回しをしそうな女、大野キッカは真面目ぶった表情で紙を見せた。

 ぼろくはないが古臭い業務机にのったそれと、それにのっている文字を見る。

 おれは呟いた。

 

「スラム育ち、ストリート育ち、孤児育ち……まあなんとかなるんだろうが、実際今はどうなんだ」

「どうとはなんだ」

 

 キッカが真面目腐った返しをするから、おれもまた真面目腐った返しを組む。

 

「そりゃ、今どれくらいまともかってことだよ……現場役とはいえ、工作作業習熟ができる程度には頭が回ってないとコトだ。ろくな教育受けてきてねえんだろ?お前のところの新入りとは違うわけで……」

「それなら、答えもわかったんじゃないか?」

「キッカよお、あなたさまならおわかりになるのではないですか」

「ああ、もちろん知ってるから……」

 

 キッカはうげえとでも言いそうなツラで続ける。

 いくつかの顔写真とともに、数枚の書類を前に出した。

 

「お前に担当してもらいたいこの、サオリというやつは、まともな教育ができる程度には頭がいい。そのうえ根っこがしっかり伸びてるってことでご評判だ」

「ご評判?……ああ、ご評判、ね」

 

 なるほどと文字列を眺めて思う。……大人どもの嫌がりそうな手合いだ。まともな性根でまともな頭でまともに使えて……育たなければ自分の不手際晒しちまうわけか。

 育ちを踏まえれば玉だと素直に感心した。

 

「……このぶんなら、まあいけるだろな、たぶん」

「気張れよ。うまく噛み合えば案外いいものだ」

 

 キッカが口元を緩めていった。

 おれはそれを目端に留めて、へえ、と生返事だけ返した。

 生真面目を型にはめて出したような大野キッカにしては、珍しいことだった。

 すこしだけ、驚く。

 

「……へえ」

「なんだ嫉妬か?」そういいながらキッカが席をたつ。

「違うよい!」おれはうげえと思った。

「実際いいものさ、まともなやつにあれこれ教えるのは面白いものだぞ」

 

 キッカは本当にそう思ってますよという顔で肩を組んでくる。

 ところで。いっしょに覗き込むことになった書類、そこにのった顔写真の横には、姓がない。

 

「……これ姓名欄どうすんの?」

「お前がつける」

「はあ!?」

 

 大口開けて顔を向けると、彼女は書類を見つめたままだった。

 

「規定だ、姓がないなら教導役がつけろと……私もしたよ」

 

 そうこともなげにいうから、もうおれは呆れて、組んだ肩ごしに背中をばしばし叩いた。「いたった!」

 こちらを向いた顔に向かって「おれにやれと!?」と告げるが、ふん、と息を吐いてキッカはいう。

 

 「お前と部下のつながりだ、よそ者が手を出すのは違う」

 

 おれが「だがよ」と漏らすのを遮って、また続けた。

 

「一生モノのつながりなんだ。ちゃんとした姓をくれてやれ……このサオリというやつは、そのあと自分で班員の姓も考えるんだぞ」

 

 おれはもう、顔がものすごく歪んだ。

 

「それっておれ、手伝う感じかなあ」

「そりゃもちろん」

 

 キッカはそう返して、それから机に戻る。

 そして一冊の本を取り出した。

 半笑いで表紙をみせるから見ると、そこには姓名命名規則うんちゃらとかいう文言が並んでいて……

 

「先に顔合わせしてもいいか?」

 

 そう聞くと、キッカは「バカが……」と返す。

 どうやらさっさと覚えるほかないらしかった。

 

 

 

 

 

 おれの姓である錠金から一文字とって、錠前サオリと名乗らせることにしたその少女は、実に生真面目だった。

 その部下にあたる子供らも、ぱっと見はそうでもないんだが、根が生真面目だった。

 キッカの部下もそんな具合だった。

 可愛いガキどもだった。

 

 墓とは到底関係ない野外で、キッカはただ、座り込んでいた。

 素性も知れない大人による、内乱とは名ばかりの意味不明な粛清で起きた意義もない騒ぎで、随分と人が死んだ。

 自暴自棄になったらしい戦闘員が暴れたとか、なんとか。

 特に元上層階級が多く属する本営部は、ひどい有様だった。

 ひどすぎた。

 

 ただ座り込んでいるキッカに、おれはかける言葉がなかった。

 死体は皆、まとめて焼かれた。だからあのガキどもは灰すら残っていない。

 サオリのような、いわゆる下層部出身のやつらは、たいてい無事だ。

 あまりにも無事過ぎた。

 

 アリウスの空は天蓋だ。デカい鍋めいた構造をした箱の中にアリウスはある。

 風すらも作り物で、どこもかしこも暗いかそうじゃないかでしかない。

 全部が全部そうなのか?

 おれは答えを知らない。

 

 だから……

 いや、これは言い訳なのだろう。

 おれは後ろめたすぎて、一言も話さずにその場を去った。

 怪訝そうなサオリの表情を目端に捉えながら、立ち止まり続ける。

 我ながら吐き気がした。だが、どうしろというんだ?

 

 

 戒厳令が施された宿舎で、サオリたち、騒動とは無関係な場所にいたやつらは、ただ雰囲気の違いだけを感じている。

 そこではなにもかもがいつも通りだ。

 食うものも、やることも、過ぎていく時間も何もかも同じだ。

 ただそこで暮らす人間という中身の量だけが違う。

 それすら、もとを知らなければわかるまい。

 おれもまた、いつものようにサオリに訓練をつける。

 そしてただ時間だけが過ぎてゆく。

 

 

「なあ、サオリ」

「……!はい、ツガミさん」

 

 ある日、サオリに声をかけると、彼女はすぐにこちらを向いて姿勢を正した。

 おれはただ、「飯作れるだけの食料貰えるから、ついてきて運べ」といった。

 そして二人で、寒々しい風と街並みを歩くことにした。

 

「サオリはよお……ああ……なんつうか……」

「?」

 

 疑問符を浮かべるサオリの顔をみて、おれはいいたいことを忘れた。

 だから口がつい滑った。

 

「おめえ、つらいこととかあるか?」

「!?」

 

 サオリは慌てた様子で目を瞬いて、「な、なにか粗相でも……」と言いかける。

 おれは遮って、「ただ、最近どんな気分か聞きたいだけだ」と告げた。

 すると彼女はほっとした雰囲気になって、けれど生真面目腐った表情で困った様子になった。

 どうやら、返す言葉に悩んでいるようだった。

 しばらく黙っていると、サオリは重々しく口を開いた。

 

「わ、私は……つらいと思うことはありますが、しかしそれは許容できる範囲でのことです」

「そうか」

「ですから、特につらいと思っていることはありません」

「そうか……」

「はい……」

 

 おれはその答えを聞いてから、足を止めた。「おい、バカ」

 

 珍しく声だけがおれの背を打ったから、おれは顔だけじゃなくて身体を向けた。

 いつものように、けれどいつもより生真面目な表情のキッカが、こちらを向いている。

 

「なんだよ、こちとら後輩連れて帰路の最中だぜ」

「バカが、だからだ」

「だからか」

「そうだ」

 

 サオリは追いつけない様子でこちらに視線をやるが、無視してキッカに視線を置き続ける。

 だが、キッカはいつものように綺麗に棒立ちで、こちらをただ見ていた。

 まさかと思うが、けれどキッカは動かない。

 

「キッカ、おめえ……」

「バカは頭が悪いことじゃないなぞ、私は当然知っている。単に頭が悪いやつはアホだ。バカというのは、物事の区別ができないやつのことだ。だがな、バカ騒ぎ起こすときの連れすら見分けがつかないとは思ってなかった」

「おめえまでバカになるなよ……」

 

 おれが吐き捨てるようにいうと、キッカは微動だにしない表情を崩した。

 同時に姿勢も崩す。肩をすくめて、掌を上に掲げた。

 そしていった。

 

「このままでどうなるかわからないほどバカじゃあない、ツガミ」

 

 おれはキレた。

「それで……いっしょに、付き合おうってか!?いつもみたいにお上品ぶってりゃいいだろうが!」

 だがキッカは平然としている。

「なんだかんだ、やったことがなかったからな」

「そりゃ、おめえ」

「私たちは友達だろ」

 喉が締まって、声が止まった。

「友達なら、一度くらい付き合おうと思ってな」

 

 おれは上を見上げた。お手上げだった。

 息を止めて、深く吐いた。

 多分ため息だった。

 

 キッカが「おい!」と声を張った。

「ツガミ、付き合うんだから聞かせろ」

「なにをだ……」

「なんでこんなバカ騒ぎを起こそうと思ったかだ」

「そりゃ、おめえ……」

 

 おれはついていけず呆気に取られているサオリを見た。のんきなやつだ。かわいいやつだ。バカのおれでも表情でわかるくらいだ。

 いつの日か、キッカと一緒にいた小娘を思った。

 そしておれはまっすぐ目をみた。

 キッカもまた、目線をサオリから戻した。

 寂しい表情だった。

 

「白黒ばっかのこの世界に、こんな青いやつがいるんだぜ」

 サオリの頭に手をのせて強く撫でる。伏せられて一組の視線が欠け、二組だけの視線が再び交じった。

 キッカは少し目を大きく開いて、それからフ、と笑みをこぼした。

「そう、か……」

「そうさ」

「そうか!」

 

 そしておれたちは互いに背を向けた。

 口を開く前に、サオリの肩に手を回して引っ張った。

 怪訝そうな表情に笑みを返して、おれはそのまま歩き出す。

 

「サオリ、おれたちには野暮用がある。おめえは戻って飯の準備をしな」

 

 サオリが見上げるから、おれは肩を二度叩いて、もう一度笑いかけた。

 そしていった。

 

「なに、ちょっと遊ぶだけさ。そう時間もかからねえ、ささっとやって帰るとするよ」

 

 手を放して押すと、サオリはこちらを向いたまま、念を押すように「いつも通りの時間に作りますからね」といった。

「飯前には終わるさ……」

 おれはそう返して、そしてふり向いた。

 キッカの背はもうみえない。

 おれもまた、歩き出した。




 錠前サオリは不安だった。自らの教導役にあたる錠金ツガミと、その知人らしいひとの様子が、あまりにも奇妙だったためである。
 なので食料を宿舎に運んだあと、外で待つことにした。

 アリウスの人口の天蓋は明るい陽射しを生み出さない。ただ温度のない光と、それを隠す雲と、冷たい風を生みだすばかりである。
 なのでただ動かずにいると身体が冷えるのだけれど、それでもただ、待っていた。
 ただ不安であったためである。
 そしてその行為は、本来届かないはずの爆発音を耳に届かせた。

 サオリが音の方向に視線を向けると、煙とともに崩れる街並みがみえた。
 本来の規定では、端末でなにかしらの連絡が入るはずであった。
 しかしそれは煙が天高く登ろうと、街並みがより崩れようと、現れることはない。

 脳裏に錠金ツガミの不審が過り、サオリはつい、駆け出した。
 ひとりで行くのは、もし受けるとしても責はひとりで受けるためである。
 そして彼女はみた。
 罰される子供をみた。


 古ぼけて、落ちない汚れがこびりついた牢屋に、少女が一人、座り込んでいる。
 彼女は両掌を組み、指を絡め、頭を下げていた。
 祈っていたのである。
「……許してください……申し訳ございません……
 二度と……二度とこのような事は……」
「二度と、大人の言葉を破りません……反抗しません……将来に希望を抱かないよう務めます……」
「二度と幸福を望みません……祈りません……だから、どうか……どうか……慈悲を……」
「慈悲を……」

 やがて、祈りは届いた。
 しかしやがてであったから、次の日から、サオリは自主訓練と教導に徹することになった。
 教導を受ける立場に戻ることは、なかった。

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