さくっと行きますと、今回は他の話より少し短いです。あと、少し血が出てくる場面があります
ので、苦手な方は注意かもです。そこまできついものではないと思いますが。
まあ基本はほのぼのですので出来るだけ気楽にご覧ください。それでは第二十八話です、
どうぞ。
「……ひどい目にあった……」
二人に言葉通りに体の中まで見られ、触手から解放された体が勝手に愚痴る。
そうさせた本人らは、自分の体内の様子を描いたスケッチを何かと見比べていろいろ言い合って
いる。
二人とも楽しそうにしているが、小悪魔の方だけ少し疲れが見える。
気を紛らわせるためにスケッチ途中のパチュリーに聞いてみたところ、小悪魔は触手の制御を
していたらしい。
それを呼び出す前に手をつないでパチュリーが魔法を発動させ、制御権なるものを小悪魔に移動
させた、と人間である自分には理解できないことを二人はしていたようだ。
「もう終わったから、後は好きにしていいわよ」
パチュリーからお許しが出たため、「失礼します……」と自分でもあきれるような情けない声で
別れながら部屋を出る。
振り返って視界に入った扉は、心に否応なく焼き付いた。
もう来たくない、という思いと共に大きくため息をつき、気晴らしに図書館を歩いてみる。
来るときにも感じたが、とにかく一つ一つの棚が非常に大きい。
ここが図書館だと知らなければ大木や壁などと勘違いしそうだ。
周りと違って小さい本が目に入り、一つ手に取って眺めてみる。
題『The Story of the Three Little Pigs』、著『James Orchard Haliwel Phillip』
日本語に訳すと、三匹の子豚の物語、ジェームズ・オーチャード・ハリウェル=フィリップ、と
いったところだろうか。
試しに中を開いてみると、子供向けなのか字は大きく書いてある短編小説だった。
絵本でしかこういう童話を呼んだことがないからか、少し新鮮だ。
パラパラと数ページめくっていると、遠くから扉が開く音がした。
棚の列から顔を出して音がした方向を見るが、ここは家のような本棚が住宅街のように並ぶ
図書館の奥だ。
見えるはずもなくどうしようかと悩んでいると、唐突に自分は空を飛べることを思い出した。
今までの常識は捨てないといけないのかな、などと思いつつ、空へ浮かんで扉が見える高さまで
上昇する。
「あ、拓人! おーい!」
静かな図書館の荘厳とした雰囲気に、明るい無邪気な声が亀裂を入れた。
誰もいないし迷惑も掛からないとわかっていながらも、自分の体は悪いことをしたとびくつく。
声から推測するまでもなく、自分の肝を無駄に冷やした張本人はフランだった。
無邪気な笑顔を浮かべるフランの傍に近づきながら会話をしていく。
「ねぇ、探したんだよ? どこ行ってたの?」
「パチュリーさんの……手伝いをしていたんだ。 それで、どうしたの?」
「暇だから、一緒に何かしたいなぁ……って」
「何か、ねぇ……」
別に嫌というわけではないが、漠然と『何か』と言われてもどうすればいいかわからず困って
しまう。
外の世界の遊びを教えるのもいいが、道具も無しにできるような遊びは限られるし、そもそも
自分が教えるほど遊びに詳しくない。
「……ねぇ、それは?」
「ん? あぁ、これ? 本だよ。 三匹の子豚の物語。 知ってる?」
「ううん。 本は読むけど、お話は一つしか読んだことがないから」
本を読むと聞いて、自分が前に本を読む人間だったということもあって、何を読んでいるのか
興味が湧いてきた。
「その一つって何?」
「知ってるくせに。 『そして誰もいなくなった』だよ。 私が出ている気がして、ね」
「あ……あぁ、うん、そっか……」
フランの古傷を抉ってしまったと思い、全力で反省しながら軽く言葉を濁す。
そう思った理由はもちろん、後に消える登場人物の、周りが次々と消えていく最後の一人に
フランが自分自身を重ねていて、狂っていた昔を思い出させたと思ったからだ。
しかし本人は、至って普通の表情をしている。
その表情通りにもう辛さを克服したのか、裏で傷ついているのかはわからない。
自分の軽はずみな行いを悔いながら、話題を元に戻す。
「物語、読んだことないんだっけ? 一緒に読もうか?」
「え、いいの?」
「そりゃもちろん。 本を読むのは嫌いじゃないから。 どこか場所が……」
きょろきょろと読む場所を探して、近くにあった机を見つける。
手招きしてフランが付いてくるのを確認してそれに向かっていく。
そして着地して、小さくて大きなことに気付いた。
椅子が一つしかない。
周りを見ても椅子の代わりになるものは無造作に積んである本以外無く、かといって唯一のそれ
を使うと持ち主にこっぴどく怒られるだろうし、何より自分の気が進まない。
別の場所を探すか座るか迷っていると、フランが「座って」と言ってきた。
「それだとフランが座れなくなるけど……」
「いいから、早く!」
そう急かされて、言われるがままに腰を掛けて座る。
そのまま椅子を本が読みやすい位置にまで前に動かすが、椅子を引かれて体と机の間が広く
なる。
何をするんだ、と問いかける時間を空けず、フランは膝の上にどすんと乗ってきた。
上から降ってきたため、椅子とフランに挟まれた両腿が痛い。
「これでいいでしょ?」
足をぶらぶらと、無意識だろうが自分の向こう脛をかかとで蹴りつつ、フランは笑顔で言って
きた。
何百年ぶりだろうかわからない純粋に無邪気なフランが、ここにいた。
「別にいいけど、上から落ちてくるのと、今の足の動きを止めてくれないかな」
「あぁうん、ごめん」
自分の指摘に少し悲しげにだが謝ってくれ、翼が落ち込んで羽がシャランと鳴る。
一気にしおらしくなってさせてしまったことに罪悪感を覚えるが、ただの独りよがりな感情な
ため、忘れないように丁寧に心に仕舞う。
「わかればいいよ。 じゃあ読もうか」
フランの両側から抱きしめるように大きく手を回し、腕を伸ばして少し遠くの机の上で表紙を
開く。
「この文字、フランは読めるか?」
題から読もうと思って口を開いたが、それは質問に上書きされてフランに問いかけていた。
「読めるけど、あんまり得意じゃないかな……。 拓人は読めるの?」
「外の世界では、子供はこの言葉について何年も勉強するんだ。 これぐらい読めるよ」
「へぇ~。 じゃあ読んで読んで!」
要望に応えるべく、本を掴みなおして読み始める。
フランの金色の頭が邪魔で読みづらいが、そこは我慢だ。
「三匹の子豚の物語。 著、ジェイムズ・オーチャード・ハリウェル=フィリップ。 昔々、ある
ところに年老いた母豚と、三匹の子豚がいた。 三匹を養っていけなくなった母豚は、それぞれ
自分で運を見つけるようにと送り出した。
一番上の子豚が歩いていくと、麦わらの束を運んでいる男に会った。 子豚は言った。 『ねぇ
お兄さん、僕家を立てるからそのワラをくれよ』 男は麦わらをくれたので、子豚はそれで家を
建てた。
ある日、そこへ大きな悪い狼が来て戸を叩いて言った。 『子豚、子豚、中に入れてくれ』
子豚は答えた。 『いや、いや、入れてあげないよ。 僕のあご、あご、あごのひげにかけて
入れてやるもんか』」
……難しいな。
思った以上に翻訳が難しく、詰まらず読むだけで四苦八苦だ。
間違った話を伝えないよう誤訳に注意して、先を読み進めていく。
「『そうか』 狼は答えた。 『なら、俺は息を吹き付けて、お前の家を吹き飛ばす』 そして狼は
腹を立てて息を吹き付け、家を吹き飛ばして……ん!?」
「え、どうしたの?」
一瞬、自分の目を疑ってしまった。
先に見慣れない単語があって、それは誤訳ではないかと思ったからだ。
だがどう見ても、こうとしか訳ができない。
ate the little pig……子豚を食べた!? おいおい何だこれ……
いきなりスプラッタな展開になり、自分の知っている『三匹の子豚』が揺らぎ始める。
遅まきながら、童話は元の話からアレンジされているという話を思い出した。
「……次は?」
「あぁ、次か……狼は、子豚を食べてしまった」
……言ってしまった……
普通の子供なら後でこの物語が与える教訓を伝えてしまえばいいのだが、相手が吸血鬼なだけに
妖怪の変なスイッチを入れてしまいそうで怖い。
そして現に、それを聞いて翼を若干躍らせているフランが怖い。
見て見ぬふりをして、二匹目の話を読んでいく。
ハリエニシダの束を貰って、家を建てて、狼がやってきて、家は吹き倒され、食べられた。
「豚……」
ごくり、と聞こえる嚥下音に、背筋が震える。
もう、どうにでもなってしまえと、そう思うようにした。
三匹目の話は少し長い。
畑でカブを採ったり、メリーガーデンというところでリンゴを採ったり、市に行ってバター樽の
中に狼から隠れて転がって帰ったりして、やっと見覚えのある話に戻った。
いろいろと、自業自得だがやり返されて怒った狼が煙突に入り、熱湯が入った鍋に落ちた。
自分の知っている最後は火傷を負った狼が家から逃げて終わりだが、この流れでそうなるはずも
なく。
「子豚は鍋に蓋をして、狼をぐつぐつと煮て夕食に食べた。 そしていつまでも幸せに暮らし
ました……とさ」
途中から聞こえ始めた、牙が擦れあう音や、ふとももをかりかり引っ掻いてくる爪や、荒々しい
獣のような吐息を全て無視して何とか読み終わった。
「フラン、このお話が言いたいことはわかるか?」
「……言いたいこと?」
「最後の子豚のように、面倒だからといって簡単に済ませてはいけませんよってこと。 中途半端
にすると、残りの食べられた子豚のようにひどい目に遭うかもしれないからね」
「…………」
こくこくと半自動的に頷くだけで、言葉で反応を返してくれなくなってしまった。
息も荒く、密着している体から伝わってくる鼓動も早く、手はうずうずと何かをしたがって
いる。
別の柔らかめな本を読ませて気分を沈めてもらいたいところだが、膝の上のフランは全身が逆鱗
のようで触れられない。
そんな危ないフランは、そっと自分の右腕へ手を伸ばし、口を開けてかぶりつこうとする。
前かがみになるフランの体を、左手で牙が飛んでこない襟をつかんで止める。
「フラン、何をする気だ?」
「……ねぇ、血が飲みたいな。 拓人の」
やっぱりね……
文字通り血気盛んなフランが自分に向けて放った言葉は、予想を裏切らず血の気を引かせた。
「お腹空いてるなら咲夜に何か作ってもらったらどうだ? 別に俺の血を飲むことはない
だろう?」
「嫌。
そう言っている間にも、フランの目線は自分の首筋に釘付けだ。
「少しだけ……首をちょっと、がぶって……駄目?」
「いや、待ってくれ。 駄目とかそういうことより前に怖いんだよ」
「殺したりはしないよ。 少しふらふらするかもしれないけど」
それが嫌なんじゃないか、と言う前に、抑えつけていた手を無視するかのように口を左の首筋へ
当ててくる。
かなり力を入れていた手を力で押し返したことから、その気になれば無理やり吸えるぞという
意志が伝わってくる。
ちゃんと許可を求めてきているところは評価できるが、これは人間の倫理的な問題であるがため
に頷けるかどうかは別だ。
「えぁ……あむ、えぅ、っはぁ……えろ、えろ……」
我慢できないといった風に、ちろちろと首を舐め始めてきた。
甘噛みされたり唇で引っ張った皮を口に含まれたりして、あっという間に首が濡れてしまう。
これが普通の女の子にされているのなら、少しはドキドキしているのかもしれない。
幼くとも女の体と密着して、嗅いだことのない中毒性があるのかと錯覚するほどの甘い香りが
近くにあって、捉えようによっては艶美に見える行為をされているのだ。
心臓が高鳴ってもおかしくない状況ではある。
だが、実際はどうだろうか。
心臓が高鳴っているのは合っているが、それは『いつ首を噛み切られてしまうのか』という恐怖
からくる緊張だ。
どちらも同じだとは、誰も答えないはずだ。
もし血を吸うだけで終わるとしても、体は小さくとも500年近く生きている吸血鬼なの
だから、人間一人の血を全部飲み干しても不思議とは思わない。
「うむっ、おぁ……はぅ、えぁ……」
当てるだけだった歯がだんだんと食い込むようになり、甘噛みならぬ本噛みへシフトしていく
のがわかる。
背中に回されている両手の爪も、そろそろ服を破りそうだ。
だから、仕方なくこう言う。
我が身はかわいいから守る。
それだけであり、決してフランの言いなりになるわけでは断じてない。
「……少しだけな。 やめてって言ったらちゃんとやめてくれよ」
了承の代わりなのか、うるさいまでに翼を動かしてカキンカキン鳴らし、口を開けて息を小さく
吸った。
日本の鋭い犬歯を首にあて、ゆっくり、ゆっくりと肉の中に埋没させていき、血が傷口から逃げ
始めるのが明瞭に自覚できた。
鋭い痛みと熱さが二点に生まれる。
空けられた穴から血が流れて首を伝い、フランはそれを首の皮ごと口で密閉して舌で舐め取って
いく。
心臓が拍動するのに合わせて、フランの喉が上下に動く。
そして力強く心臓が頭へ血を送る度に、一部を横取りされて意識が薄れていく。
貧血にも似た感じが何故か心地よくて、全身の力が外へ漏れ出す。
いつしか快感とも言っていい感覚に身を任せていて、気が付いた時には頭が痛くなるほど吸われ
ていた。
「フラン、そろそろいいかな……」
背中をぽんぽん叩きながら言うと、非常に残念そうに最後の一吸いをして、首筋に刺した牙を
抜いてくれる。
「ありがとう、おいしかったよ」
「あー……それは、どうも……」
血を吸われて『おいしい』と言われたのが人生初だったため、あまり喜べない。
頭が軽い頭痛に襲われてぼ~っとしているのもあって座ったままじっとしていると、非常に
ご満悦そうな金髪吸血鬼が体に抱き着いてきた。
「なんか……眠くなっちゃっ、た……」
ごそごそと顔の位置を整え、服を握りしめたまま息を深くし始める。
「待って、くれ……今寝られると、ちょっと困る……」
横になっているならまだしも座っているときに正面から抱き着かれて寝られてしまうと、寝る
にも動くにも不都合だ。
そのためにふらふらになった腕でフランの体を揺するが、再び目を開けさせるまでには至ら
ない。
「駄目か……はぁ……」
無駄だと悟って早々に諦めることにして、先ほどからヒリヒリしている首筋に手を当てる。
見事に同じ大きさの穴が二つ空いているのが見ずともわかり、より一層深く息を吐かざるを
得ない。
数秒ほど目をつぶって能力で穴をふさぎ、ついでに血が足りず活動を拒否している体の状態も
戻しておく。
そんなことをしている内にフランは寝てしまったようで、体の力が抜け、呼吸が規則的に繰り
返されていた。
せめてベッドで寝ようと、寝静まるまで数分待ってから体を抱えてゆっくり立ち、床から足を
離す。
風を感じるか感じないか程度の速度で飛び、紅魔館寝床探しツアーに出かけるため、図書館を
後にした。
実際フランの香りってどうなんでしょうか。というわけで二十八話でした。
金髪幼女を抱き締める機会なんてまずあり得ないですからね、気になります。少し血が
混じって、それ以上に苦しくない甘い香りがしそうですよね。女性から魅力的な香りがただよう
のは何故なのだろう……
女性にはイマイチぴんとこないであろう、もしくは不快な思いを抱かせた(そうでしたら申し訳
ありません)後書きでしたが、書くこともないので終わろうと思います。多分来月にまたここで
会えることを期待して、今回は失礼します。