当初:1凸胡桃ちゃんいるし、召使いいかな
伝説任務後:引くしかない!

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※設定間違い、解釈違いには広い心でお願いします。
※約16500文字




クリーヴちゃんは旅に出たい

 

 

 これは、泡沫の記憶。

 

「執行官「召使」として、処罰を通告しよう」

 

 知らぬ間に大人になっていた親友は厳かに、淡々と告げる。

 

「君を壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)から「追放」する。君は「家」から離れ、ここのルールにも縛られなくなる」

 

 家の長たるその人の言葉に、胸の内から喜びが込み上げた。

 

「私、家から離れられるの?」

 

 理解が浸透し、もしもの未来を想像して、側にいた旅人へと問い掛ける。

 

「私も、あなたたちから聞いた「外の世界」を見られるの?」

「ぁ……」

 

 問われた二人は答えに窮し、息を詰めて目を逸らした。

 

「あっ」

 

 その反応を見て、ようやく現実を思い出した。

 

「忘れてた。もう大人になれないんだ」

 

 身体から淡い光が花びらとなって散っていく。

 最初から希望など無かったのだが、嬉しいことだって確かにあったのだ。

 

「でも、大人になったあなたに会えて、本当に嬉しかったよ。ペルヴェーレ」

 

 面影をそのままに、冷たい眼差しの奥にある暖炉のような暖かさ。

 最期を見届けてくれる親友に、今度こそお別れの挨拶をする。

 

「元気でね。じゃ、また」

「ああ、来世で会おう」

 

 あえて無感情を装っているかのような、ぶっきらぼうな返答。

 変わらないその在り方に満足を覚え、残り火の意識が消えていく。

 

 来世ではきっと、また会えますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 

「孤独の中で産まれた子どもたちよ、壁炉の家で元気に育ってくれ」

 

 聞き覚えのある声が耳朶を打つ。

 

「勉学と武術の稽古に励み、ほかの兄弟たちに勝って、国王になるんだ」

 

 懐かしいお母様の声。

 優しい声色で紡がれるのは、童話だと思っていた残酷な実験について。

 周りの子たちは目を輝かせて物語を聴いていた。

 

「ペルヴェーレは、来ていないのか?」

「お母様、あの子は自分の蜘蛛のお葬式中です!」

「全く、また呪いだね」

 

(ペルヴェーレ……ペルヴェーレっ!)

 

 最も親しい友達の名前を聞いて意識が覚醒し、クリーヴは座っていた椅子から立ち上がる。

 

「クリーヴ?」

「お母様、私が見に行ってきます!」

 

 返事も聞かずに走り、クリーヴは庭にある大きな木へと向かう。

 覚えている。この家も、お母様も、ペルヴェーレも、大きくなったペルヴェーレも。

 

 自分がどうなったかも。

 

 ここは天国なのか、今の自分は一体何なのか。そんなことはどうでもいい。

 

 ただ一つ、確認したいことは。

 

「ペルヴィ!!」

「……クリーヴ?」

 

 木の根元にしゃがみ込んでいたのは、白銀の髪を靡かせる少女──ペルヴェーレ。

 冷たい印象を与える赤い眼差しに感情の揺らぎは少ないが、彼女はほんの少し驚いているようだった。

 

 ペルヴェーレの動揺も目に入らずに、クリーヴは彼女に抱き付いた。

 

「ペルヴィだペルヴィだペルヴィだ! あはっ、あはははは!」

「……ど、どうしたの?」

 

 ペルヴィは咄嗟であったが持っていた箱を地面に置いて、クリーヴを抱き留める。

 訳が分からないペルヴェーレがなすがままになり、笑いながらくるくると回るクリーヴに付き合わされることになった。

 

「ごめん、ちょっと興奮してた」

「ちょっと……」

 

 しばらく経って。

 やっと落ち着いたクリーヴはペルヴェーレに謝罪した。

 珍しく文句の一つはありそうなペルヴェーレではあったが、深く追求するのはやめてくれたようだ。

 

「蜘蛛のお葬式邪魔しちゃったね。私も手伝うよ!」

「もうほとんど終わってる。あとは埋めてお供えものをするだけ」

「じゃあ私がケーキ持ってくるね!」

「蜘蛛はケーキを」

 

 最後まで聞くことなくクリーヴは走り去る。

 ペルヴェーレに悪いとは思ったが、クリーヴにも余裕がない。なぜなら、絶賛大混乱中だったからだ。

 

(何がどうなってるの!?)

 

 記憶通りの家の台所を目指しながら、クリーヴはまとまらない思考を一つ一つ整理していく。

 

(ペルヴィがいるから死後の世界っていうのはおかしい。私が思い描いた幸せな夢だとしたら、お母様がいるのがおかしい。それに……)

 

 テーブルにあるケーキに顔を寄せれば、甘くていい匂いがする。

 フォークを突き刺して口に含めば、幸せな気持ちになれる美味しさを味わえた。

 

「いくらなんでも現実感があり過ぎる……」

 

 皿に二つほどケーキを取り、クリーヴはペルヴェーレの元へ歩いていく。

 

 未来に飛んだと思ったら今度は過去に戻った。

 

 クリーヴの現状を簡潔に説明するとこうなる。

 しかし、その説明も完璧ではない。

 

(この頃はまだお母様の計画なんて知らなかったはずなのに……)

 

 実の母の残虐性は勿論、用済みになった子どもたちが博士の実験材料にされる事実も知っている。

 落ち着いて整理してみると、未来の自分が体験しただろう穴あきの記憶と、大人になった親友から教えてもらった内容、あとは旅人から聞いた冒険譚を覚えていた。

 

(未来の私はペルヴィに殺してもらったはず。そしてペルヴィの不思議な力で、幽霊みたいな存在として未来に現れた。……過去に戻ったのもペルヴィの力だったり?)

 

 ペルヴェーレの力は、もしかしたら時を超える能力かもしれない。

 

「ペルヴィ!」

「なに?」

 

 支離滅裂な結論に達したクリーヴは、ペルヴェーレにケーキを差し出しながら聞いてみた。

 

「私ってもしかして、ペルヴィに殺されたことある?」

「何言ってるの?」

 

 どうやら違うらしいというのは分かった。

 

 

 

 

 摩訶不思議な時間逆行から一夜明けても、十日経っても、一月が経過しても、クリーヴの記憶に変化は無かった。

 どういう奇跡かは知らないが、クリーヴは人生をもう一度やり直せるらしい。

 一概に幸福とは言えない環境だったが、クリーヴには心残りがあった。

 

 外の世界へ行きたい。

 

 旅人の話を聞いたことでその想いがより強くなっていたのだ。

 

(今度こそ、今度こそ外の世界に行く!)

 

 やる気に満ちていたクリーヴであるが、その頃からクルセビナの計画が本格的に始まった。

 

 虐待に近い訓練を課される毎日。

 前の自分はおどおどと身が入っていなかったが、今回は真剣だ。

 クリーヴは理解してしまったのだ。力が無ければ何も手に入れることなど出来ないと。

 自らの意志を証明するために、クリーヴはクルセビナに抗わなければならない。なればこそ、武力という単純明快な力を身に付けることに否はなかった。

 

 だからといって、家のみんなを見捨てるような真似はしない。

 血は繋がってなくとも彼らは家族なのだ。クルセビナが紡いだ偽りの幸せを抱き締めるではなく、せめて自分自身で考えた幸せを手に入れて欲しかった。

 

 クリーヴは行動を起こし続けた。

 この環境はおかしいのだと家族に呼び掛け、外の世界を目指して家から脱走したり、殺し合いを引き分けで終わらせようと尽力した。

 未来の親友の話を聞いていたので、これらの努力は徒労に終わると知っていたが、クリーヴの中でやらないという選択肢は無かった。

 

 本当の「家」を作りたい。

 

 外の世界へ行きたい。

 

 二つの願いを叶えるため、クリーヴがブレることはなかった。

 

「うぅー、沁みる」

 

 窓辺に腰掛けて、クリーヴは傷の手当てをしていた。

 今日も脱走に失敗し、クルセビナから処罰を受けていた。自分には特別な監視が付いているのでは? と最近思い始めていた。

 

「本当の親子でも喧嘩するの?」

 

 側にはペルヴェーレが無言で佇んでいたが、ぼそりと呟いていた。

 ペルヴェーレとは自然と仲良くなっていた。クリーヴを除いて唯一クルセビナの本性を知っているペルヴェーレにとっても、クリーヴは特別接し易かったのだろう。

 クリーヴはペルヴェーレの問いに少し悩んだ。

 

「……ペルヴィはさ、本当の親子ってなんだと思う?」

「……血が繋がっていること」

「そっか。それなら私とお母様は本当の親子だね。でも、私は違うと思うんだ」

 

 天涯孤独なペルヴェーレにとって、身近な親子はクルセビナとクリーヴの二人なのだ。もしかしたら、血縁という繋がりを特別なものだと思ってるのかもしれない。

 だけど、クリーヴは知っている。ペルヴェーレが「お父様」となって、ペルヴェーレなりの愛情を持って子どもたちを慈しんでいた姿を。

 

「たとえ血が繋がってなくても、本当の親子に、家族になれるよ。一番はやっぱり、愛情じゃないかな?」

「……私には、よく分からない」

「ペルヴィならいつかきっと分かるよ」

 

 包帯をきゅっと縛って、治療を終わらせる。しばらくは自重しないと身体が保たない。

 早く治りますようにと願いながら、クリーヴは大きな窓を開け放つ。

 見上げた先には、満点の星空。

 

「スネージナヤの夜空には、虹色のオーロラが出るんだって」

 

 これは旅人の話にも出なかったことだ。彼女の冒険譚は風、岩、雷、草、水の五国で終わってしまったから。

 毎日見ても飽きることの無い星空がこんなに綺麗なのだ。虹色のオーロラはどれだけ美しいのか。想像もできない。

 

「大きくなったら、一緒に見に行こう」

 

 何気なく投げ掛けたこの約束が後にとても大きな意味を持つとは、クリーヴは思ってもいなかった。

 

 

 

 およそ十年経った。

 あれだけ沢山いた家族は、もうクリーヴとペルヴェーレしか残っていない。結局、家族の行く末を変えることは出来なかった。

 自身の無力は心に重くのしかかっているが、絶望に負けるわけにはいかない。まだ自分は戦い抜いていないのだと、クリーヴは己を叱咤し続けている。

 

 最近の一番の懸念は、クルセビナが焦れ始めたという点だ。

 

 クルセビナの計画は、子どもたちを互いに殺し合わせて王を生み出すこと。

 残酷極まりないという点を置けば一見公平に聞こえるが、クルセビナは最初から王の候補を決めていた。それがペルヴェーレだ。

 ペルヴェーレは神の目無しに赤黒い炎を生み出せる。正真正銘特別な人間だった。

 つまり他の子どもたちは、クルセビナにとってはペルヴェーレという格別な宝石を磨くためだけに存在していたのだ。クルセビナの実の娘であるクリーヴも例外ではない。

 クルセビナとしては、もう結果が出たと判断してるのかもしれない。

 

 最後の仕上げは、ペルヴェーレがその手でクリーヴを殺すこと。

 

 その状況で、クリーヴはしぶとく生き残っている。

 

「クリーヴ。話がある」

 

 今日も今日とてペルヴェーレと決闘場で戦っていた。

 互いに痛み分けの引き分けに終わらせるのは慣れたものだ。あまりに露骨だとクルセビナに殺されかねないが。

 

「どうしたの、ペルヴィ?」

 

 正直に言って、八方塞がりなのは分かっていた。

 チェスで例えると、クリーヴは常にチェックを掛けられているようなものだ。このままではジリ貧で負けてしまうと理解していた。

 

 だからこそ、ペルヴィがその結論に至ったのは不思議ではなかったのだ。

 

「クリーヴの願いを叶えるには、クルセビナを暗殺するしかない。私も手伝う」

 

 唐突な提案にクリーヴは目を見開いてしまった。

 言葉の意味が頭に浸透するのに時間が掛かり、理解すると連鎖的に分かってしまった。

 

 未来では、ペルヴェーレが執行官になっていた。その時点でクルセビナは生きていなかったはずだ。

 ではなぜ死んだのか。予想は付いていたが、これで確信した。ペルヴェーレが殺したのだ。

 

 恐らく、クリーヴを殺した後に。

 

(私の願いは二つ。ここを本当の「家」にしたいことと、外の世界に行くこと。でも、それが叶えられないのなら……)

 

 ──ペルヴェーレを王にする。

 

 迷うことなく出た結論。

 過去に戻ったとしても、この答えは変わらない。

 このまま行けば、ペルヴェーレは王になる。きっと未来と道筋を辿るのだろう。

 

 クリーヴは直感で理解した。

 ここが転換点。

 何を拾い、何を捨てるのか、決断しなければならない。

 

 願いを諦めるのか。

 実の母に刃を向ける覚悟があるのか。

 自身の我儘に友達を巻き添えにしてもよいのか。

 

 一つ一つ天秤に掛けて、クリーヴは決断を下す。

 

 ──戦うのなら、一人で。

 

「ペルヴィ、それは駄目だよ」

「……何故だ?」

「色々あるけど、やっぱり一番は家族だからだよ」

 

 薄っぺらい言葉だと分かっている。嘘ではないが、限りなく嘘に近い発言だろう。

 

 ──それでも、親友を巻き込むのは間違っている。

 

「クリーヴ。それで私を騙せると思ったのか?」

 

 ──そう、思ったのに。

 

「私は今まで、家から抜け出そうと思ったことはない。殺し合いで生き残れる自信があったからだ」

 

 初めて聞くかもしれない、ペルヴェーレの本音。

 

「クリーヴが追い求める自由に対する情熱も、私には理解できていない」

 

 クリーヴはペルヴェーレの感情の揺らぎを初めて察した。

 

「クルセビナを暗殺するという提案も、正気の沙汰ではないと思っている。私たちとは歴然とした力の差があるのに、なぜこんなことを言い出したのか」

 

 怒っている。

 常に冷静で、冷徹なペルヴェーレが。

 今この瞬間、憤怒している。

 

「一つ確かなことがあるとすれば」

 

 真っ直ぐと、ペルヴェーレはクリーヴを見た。

 

「クリーヴ。私は、お前を殺したくない」

 

 それ以上は不要だった。

 様々な感情が込み上げて、クリーヴの瞳からは涙が溢れ出したから。

 

「ふふ、ふふふっ! まさかペルヴィからそんな情熱的な告白を受けるなんて」

「はぐらかすな。私は」

「うん、分かってる。ちゃかしてごめんね」

 

 両目をごしごしと拭って、クリーヴはすっきりとした表情を取り戻す。

 

 結論は出た。

 覚悟を抱く為に、クリーヴははっきりと言葉する。

 

「お母様を倒そう」

「ああ」

 

 決意を胸に刻んだその時、ころころと硬質なものが転がる音がした。

 

「えっ」

「神の目……」

 

 二色の輝く宝石が、いつの間にか二人の傍らに置かれていた。

 強い願いを抱いた者に、神の視線が向く。

 この世界の法則であり、神という超常的な存在の証明。

 

 二人は互いに自分の神の目を拾った。

 クリーヴは青、ペルヴェーレは赤。

 

 ぎゅっと握り締めて、二人は感謝を捧げて誓う。

 

 ──運命に抗おう。

 

 

 

 

 二人の決意から、およそ一年。

 いつまでも殺し合いに至らない現状にクルセビナは苛ついており、これ以上の時間稼ぎは不可能と判断した。

 やれることは全てやった。暗殺の為に武術を磨き上げ、元素力の扱いも可能な限り向上させた。

 

 後戻りの道は、もういらない。

 

「行こう、ペルヴィ」

「ああ」

 

 クリーヴは槍を、ペルヴェーレは片手剣を。

 月夜の下。かつかつと足音を殺すことなく、二人は一歩ずつ階段を上がっていく。

 

 何度も殺し合いを強要された決闘場。当初は立派な作りの建物であったがここ最近の二人の激闘によって、円状に植えてあった草花は疎らとなり、壁はほとんどが無惨に壊れ果てている。

 

 中央にいるのは、枯れた花の植木鉢を持つクルセビナであった。

 

「育ちの悪い花は早く切るべきだった。他も道連れに枯れるとは、悍ましい」

 

 今日この時間に決着を付けると、二人はクルセビナを呼び出していた。

 この宣言に間違いはない。クリーヴとペルヴェーレは、確かな戦意を持ってこの場に立っている。

 クルセビナも、分かっていたのだろう。

 王を決める戦いではなく、自由を手にする戦い。

 

「そう思わないか?」

 

 冷笑を浮かべるクルセビナに対して、地面がひび割れる踏み込みでペルヴェーレが応えた。

 

「ふっ!」

 

 赤黒い炎を射出して、ペルヴェーレはクルセビナへと肉薄する。

 迫る炎にクルセビナは水で模した短剣をぶつけて相殺し、続くペルヴェーレの剣閃に己の刃を叩き付けた。

 キィンッ、という甲高い音が鳴り響く中、回り込んだクリーヴが必殺の突きを放つ。

 

「良い連携だ。だが、まだ甘い!」

 

 流れる手捌きでクルセビナはペルヴェーレの剣をいなして刺突を躱し、下から振り上げる一閃で槍を打ち上げる。

 

「くっ!」

 

 体勢が崩れて空いたクリーヴの腹部に、クルセビナは回し蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされたクリーヴは崩壊を免れていた壁へと激突して、ガラガラと崩れる瓦礫の下敷きとなった。

 様子を見届けることなくクルセビナがペルヴェーレへ向き直るのと、ペルヴェーレが上段から剣を振り下ろすのは同時だった。

 

「ぐっ! クリーヴがやられたってのに冷たいのね」

 

 単純な膂力だけならペルヴェーレに分がある。両手を使ってクルセビナは一撃を耐えるも、押し潰されそうな剛力に冷や汗が浮かぶ。二人の間で拮抗する刃がギリギリと不快な音を鳴らした。

 クルセビナはペルヴェーレの冷淡を謗るが、生憎とペルヴェーレの心には響かない。

 

「あれで倒れるクリーヴじゃない」

 

 ビュン、という音が響き、槍を振り抜いたクリーヴが土煙から姿を現す。血を流してはいるものの、満身創痍には程遠い。

 即座に戦闘に復帰しようと、クリーヴはクルセビナに向けて突貫した。

 

「ちっ! ……はぁっ!!」

 

 小さな舌打ちで苛立ちを露わにしたクルセビナは、強引にペルヴェーレとの鍔迫り合いから逃れる。

 振り向きざまにクリーヴと相対し、奔る銀閃に合わせて火花を散らす剣戟を打ち合う。

 

 数秒とせずに押され気味になったクリーヴは、奥歯を噛み締めて踏み留まることに。

 

(っ、やっぱり強い!)

 

 クリーヴは仕切り直そうと槍を地面に突き刺して岩盤を飛ばし、飛び上がってペルヴェーレの側に着地した。

 

「身体は?」

「問題なし!」

 

 ふぅー、と詰めていた息を吐き出したクリーヴは、ゆらりと構えるクルセビナを真っ直ぐに見据える。

 

 力量差はやはり大きい。

 こちらは未成熟な子どもであり、相手は経験豊富な大人。クルセビナは絶対的な強者であり、一組織の幹部でもある。ファデュイ執行官の威名は、七国に広く轟いているのだから。

 そもそもの話、クリーヴとペルヴェーレをここまで育て上げたのがクルセビナなのだ。二人の手の内は見透かされている。

 

 だからこそ、これまで秘密にしていた力は大きな意味を持つ。

 

 事前の打ち合わせ通り、作戦は変わらない。

 

 ──短期決戦で勝負を掛ける!

 

 二人が目で意思疎通を図る中、クルセビナはくつくつと嗤いだした。

 

「クリーヴ。あんたは結局、お母様の言うことを聞かない出来損ないだったね。利用価値があったから見逃してきたけど、それもお終い。ここで殺すわ」

 

 クリーヴは初めて見た。クルセビナの瞳に、明確な殺意が宿るのを。

 放たれる威圧はこれまでの比ではなく、体中に怖気が走る。思わず震えてしまった指先を叱咤するように、クリーヴは槍を強く握り締めた。

 

「そしてペルヴェーレ。あんたにはチャンスをやろう」

「チャンス?」

 

 会話の矛先を向けられたペルヴェーレは、この期に及んで何を言い出すのかとクルセビナの発見の意図を訝しむ。

 

「ああ。これまでの甘さを反省し、今この場でクリーヴを殺すというのなら今回のこれは不問としよう。どうだ、悪くない提案だろう?」

 

 平然と、いけしゃあしゃあとクルセビナはそう言い放った。

 瞬間、ペルヴェーレの胸の裡から溢れ出した感情は筆舌に尽くし難い。全身から漏れ出る赤黒い炎が、何よりもペルヴェーレの想いを代弁していた。

 

「お母様」

「なんだい?」

「あなたは私を王へ導くと何度も言っていましたが、それは無理です」

 

 静かに、しかしはっきりとペルヴェーレは宣戦布告する。

 

「あなたは今ここで死ぬのだから」

「……ふん。どうやら何も分かってないみたいね。縛られた鳥は永遠に空を飛べない。あんたたち二人に、自由なんてないんだよ!」

 

 苛立ちが大いに混ざったクルセビナの言葉。

 上位者が下僕へ強制する絶対の掟に対して、何を今更とクリーヴは勝気な笑みを浮かべた。

 

「それを違うと証明するために、私たちはここに立っている!」

 

 クリーヴは高らかに宣言し、秘めたる力を解放する。

 槍の穂先に水元素を纏わせ、先手必勝とばかりに前へと突き進んだ。

 

「水元素……いつの間に神の目を」

「はぁっ!」

 

 僅かに瞠目するクルセビナへと超速で連続突きを放つ。先程よりも速い槍捌きに対し、クルセビナは焦りを見せずに対処する。

 神の目の恩恵は確かに大きい。技の威力は増大し、搦手としても応用可能だ。

 しかしその程度で揺らぐほど、ファデュイ執行官は甘くはない。

 

「ふっ!」

 

 攻撃を見切ったクルセビナは槍を大きく弾く。クリーヴの体勢は死に、如何様にも処理できる隙が生まれた。

 反撃に踏み込んだクルセビナは、クリーヴの顔の横から射出された炎弾への対処が遅れた。

 

「くっ!?」

 

 大袈裟に回避せざるを得なかったクルセビナが見たのは、入れ替わるように位置を変えたペルヴェーレ。

 振り下ろされる刃を咄嗟に避けて距離を取るのと、クリーヴが刺突を放つのは同時であり、避けきれなかったクルセビナの脇腹から血が溢れた。

 

「調子に──」

 

 怒りを発露するクルセビナが行動するより早く二人は動き、互いの元素力を刃に乗せて全力を持って打ち合う。

 瞬間、熱せられた水が蒸気となって拡散され、辺り一帯を白く塗り潰した。

 

(自爆覚悟の目眩しとはねっ!)

 

 即座に散開したのだろう。クルセビナは二人の姿を完全に見失った。

 視界が潰された以上、頼れるのは聴覚と直感だけ。

 反射で動けるように身構えたクルセビナは、背後に現れた熱源を感知した。

 

「ふっ!」

 

 振り抜かれた一閃は確かに対象を捉えていた。バシャリと音を立てて両断された、熱せられた水の塊を。

 

(クリーヴの元素力っ)

 

 下手を打ったと理解したクルセビナが晒した隙は致命的で、野生の獣の如き敏捷性で懐に忍び込んだペルヴェーレに対し無力であった。

 

「はっ!!」

「がっ!?」

 

 鳩尾を抉るような蹴撃をクルセビナはもろに受けた。

 真上に打ち上げられたクルセビナへ視線を向けるペルヴェーレ瞳には、冷酷のみが宿っていた。

 

「さようなら」

 

 掌の中に溢れる獄炎。神の目を入手したことで制御が可能となった、呪われた力。

 

「お母様」

 

 天へと上がる劫火は無慈悲にクルセビナを覆い尽くし、遥か高くで爆発する。

 僅かに残っていた壁は余波で砕け散り、決闘場の周りに瓦礫の山を築く。

 烟るような白い空気に辺りに包まれた中で、クリーヴはペルヴェーレの側へと歩み寄った。

 

「やったの、かな……?」

「ああ」

「……終わったんだね」

「ああ、終わった」

 

 実感は薄い。これまでの人生において、常に支配者としてあり続けた実の母が死んだことが。

 怒りは無い。悲しみもあまり感じていない。あるのは呆然とした想いと虚しさだけ。

 親殺しまでした結末にしては、手に入れた感情は死んでいた。

 

 クリーヴはぶるぶると首と振る。

 この感情に囚われていてはいけないと思い直す。

 せっかく手に入れた自由に自らケチをつけるような愚かな真似は、これまでに死んでいった家族にも失礼だ。

 

 所々に火傷を負っているが、活動するには全く支障はない。この程度の手傷で格上であるクルセビナを討てたのは僥倖と言えるだろう。

 クリーヴは空元気の笑顔を浮かべてペルヴェーレへと向き直った。

 

「とりあえず、ここを離れよっか!」

「そうだな、人気がないとはいえ安全とは──」

 

 

 

 ──くっふふ。

 

 

 

 とん、とクリーヴは押された。

 嘲笑が耳朶を打つのと同時に、無意識に、ペルヴェーレはクリーヴを押し除けていた。

 

 次の瞬間、ペルヴェーレの身体は嵐の如き水気を孕んだ突風に吹き飛ばされていた。

 

「ペルヴィっ!!」

「──おや、ペルヴェーレに当たってしまったようね」

 

 思わず叫んだクリーヴは、白い靄を吹き飛ばす旋風に目を覆う。

 

(そんな、まさかっ!?)

 

 風が止み、クリーヴが見上げた先には、様相が激変したクルセビナが空に浮かんでいた。

 瑠璃色と深緑が鈍く輝く豪奢なドレス。背からは昆虫のものと似た翅が生え、見るだけで威圧されるような角ばった仮面を被っている。

 両手には水で構成された直剣を持ち、泰然とクリーヴを見下ろしていた。

 

「まさかこれを使わされるとはね」

 

 重力を感じさせずに着地したクルセビナの呟きには感嘆と憤怒が混ざっていたが、相対するクリーヴの手は震えていた。

 

「邪眼……」

「その通り。これが女皇陛下から賜った力よ」

 

 知っていた。知っていたはずだった。

 邪眼の存在も、魔王武装も。

 ファデュイ執行官であれば下賜されていることも。

 

 しかし、これほどの力を秘めてるなんて。

 

 クリーヴはクルセビナから視線を外せない。クリーヴを庇ったせいで、崖に激突しただろうペルヴェーレの安否の確認すら出来ない。

 邪眼を発動させる間も無く倒し切る。最初からその想定だった。二人を子どもと侮っているクルセビナ相手なら、十二分に可能だと踏んでいた。

 

 だが、現実は無情で。

 

 勝てない。

 真っ向勝負で立ち向かうなど論外で、たとえ不意を打ったとしても倒せるものなのか。

 

 クリーヴの心が、絶望に囚われる。

 

「冥土の土産に覚えておきなさい。あんたたちごときでは、到底至れない力を」

 

 隔絶した力の差。

 クリーヴ一人では、万が一にも勝てない格の違い。

 ようやく身の程を弁えた娘に、クルセビナはくつくつと愉快げに嗤った。

 

「やっと理解したようね。あんたを産んで良いことなんて一つも無かったけれど、その絶望した顔は一見の価値があったわ」

 

 家族の情など一欠片もない。

 無価値になった人形を見やって、クルセビナは片手を掲げた。

 

「それじゃあ、死になさい」

 

 振り下ろされる水剣は、鎌鼬を纏った激流を生み出してクリーヴへと迫る。

 

 ──死

 

 これを受ければ自分は死ぬ。

 為す術もなく、何も成すこともなく死ぬ。

 走馬燈のように脳裏に過ぎる、あったはずの未来の記憶。

 

 ──私に与えられた唯一の自由は、自由に死を選ぶ権利だったってことにね。

 

 ──自らの意志を私に証明し、その手で勝ち取る必要がある。

 

 ──そうやって手に入れた自由にこそ、価値があるからな。

 

 震えは、止まっていた。

 もとより覚悟していたことだ。

 

 死という逃れられない運命。

 全ての人間に平等に与えられた結末。

 

 ──そこに至るのならせめて、絶望ではなく希望を抱いていたい!

 

「──ぜあぁっっっ!!!」

 

 元素力を捻り出し、激流へ全身全霊の斬撃を叩き込む。

 ぶわっ、と巻かれる大気。その中心で、クリーヴは健在で。

 目を見張ったクルセビナに、クリーヴは猛々しく吼えた。

 

「これを絶望と云うのなら、今ここで踏み越えるッ! 私たちの願いは、あなたなんかに負けたりしないッ!!」

 

 往生際の悪い大喝。

 どうしようもなく癪に触る反応に、クルセビナの米神に青筋が浮かんだ。

 

「……出来損ないが、死ねと言っているっ!!」

 

 クルセビナの両手が絶え間なく振られ、放たれるのは数え切れない絶死の斬撃。

 その全てに対し、クリーヴは真っ向から立ち向かった。

 

「はぁああああああああああああああああっっ!!!」

 

 乱舞のように槍を振り回す。刃で、石突で、水元素を纏わせた槍全体で斬撃を打ち払っていく。

 クリーヴは無傷で凌いでいるのではない。水元素同士は相殺しているが、鎌鼬は殺し切れない。一閃、二閃と積み重なるごとに、クリーヴの身体には裂傷が走る。真っ白だったスカートは血に染められ始めた。

 一度のミスが死に繋がる。死と隣り合わせの絶体絶命の状況。文字通りの死闘において、クリーヴの神経は研ぎ澄まされていった。

 

 格上との戦闘で自身の力量が引き上げられる。

 これまでの殺し合いとは異なる、本当の意味での死合いで抱いた決死の覚悟。

 己の全てを賭けた、自由への渇望。

 

 あらゆる要素が噛み合ったことによりクリーヴは覚醒し、人生においては刹那とも言えるこの十数秒で己の限界を二段階も超越した。

 

 圧倒的な力量差があったはずだった。

 気合いなどでは到底覆せない歴然とした差があった筈だった。

 だというのに、クリーヴは今、斬撃の驟雨の中で一歩前へと踏み出した。

 

「っ!?」

 

 あり得ない光景にクルセビナは瞠目した。

 誰が信じられるだろうか。

 攻撃を防いでいるだけでも奇跡だというのに、前進するなど理に背いていると言っても過言では無い。

 見間違いかとすら思った。直後に二歩踏み込まれて、錯覚では無いと理解する。

 

 目の前にいるのは道具で、消耗品で、人形だった。

 自分にとっては取るに足らない存在で、いつでも処理できる弱者に過ぎなかった。

 

 それが間違いだと、今この瞬間に認識させられた。

 

 クルセビナに生まれた動揺は、一瞬の硬直を肉体に強いた。

 その間隙を縫う鋭さが、今のクリーヴにはあった。

 一気呵成に肉薄したクリーヴは袈裟斬りに穂先を奔らせる。

 

 斬っ、という風切り音を残して、クルセビナに血赤の花が咲いた。

 

「ぐっ!? あ゛ぁぁあっ!!」

 

 振り上げられた一閃を後ろに下がって避けたクリーヴは、莫大な元素力が練り上げられるのを感知する。

 掲げられていたのは、身の丈を優に越す水の大剣。

 

「これで──っ!」

 

 必殺技を撃とうとクルセビナが眦を吊り上げた時、決闘場の周りに植えてあった草花が篝火のように赤黒く燃え上がる。

 上空へと高く跳躍したクリーヴのその奥に。

 肘まで黒く染まった両手に獄炎を宿した、血だらけのペルヴェーレの姿を捉えた。

 

 出力が先程の比ではない。これが、ペルヴェーレの呪いの特性。

 生物でも、植物でも、生命を奪うことで威力が増大する凶月血炎。

 

 前へと突き合わせた灼熱の劫火は、行手全てを焼き尽くす熱量を秘めていた。

 

「はあっ!!」

 

 解放された閃熱の炎嵐に対し、クルセビナは赫怒した。

 

「舐めるなぁあああっっ!!」

 

 天上より振り下ろされる極大の水剣と、極黒を宿した獄炎が激突する。

 生み出された衝撃波は瓦礫を消し飛ばし、樹々を根刮ぎ吹き飛ばす。常人であれば余波だけで全身が焼け爛れるような熱波が空間を侵していく。

 

「「はぁああああああああああっ!!」」

 

 死力を尽くして絶叫する両者。

 人外の領域に至った二人の戦いを上空から見下ろすクリーヴの思考は、死闘の最中とは思えないほど冷徹に回っていた。

 水元素で全身を守り、その視線はクルセビナだけを見据える。

 跳躍の最高点に達したその時、一筋の月光が勝利への道を示した。

 

 ──っ!!

 

 真っ直ぐに空いた、クルセビナの胸を貫く空隙。

 これを逃せば勝機はない、とクリーヴは確信した。

 引き伸ばされた刹那の中で、クリーヴは空中転回して体勢を整える。

 上半身と下半身を捻子のように引き絞り、くるりと槍を回して持ち方を変える。

 

 ──これで、終わらせる!

 

 筋肉が膨張するほどに力を込めて、クリーヴは最後の気力を振り絞った。

 

「撃ち抜けぇええええッ!!!」

 

 月光を浴びて煌めく青の流星。

 全身全霊を込めた投擲によって飛翔する槍は、紺碧の軌跡を宙に残して翔け抜けて。

 

 風穴が、開いた。

 

「ぁ……」

 

 クルセビナは目で追えてすらいなかった。

 気付いた時には、背後の地盤に槍が突き刺さっていた。

 

 口から溢れる大量の血の味が、クルセビナが最後に認識できたものだった。

 

 形を保てなくなった水の大剣が瞬く間に蒸発し、獄炎が海上まで伸びていく。灰すら残さない火力が、クルセビナの肉体を跡形も無く消滅させる。

 残ったのは、グズグズに溶けた大地の焼け跡のみ。

 

 満足に着地する気力すら失っていたクリーヴは、ぐしゃりと地に落ちてごろごろと転がった。

 

「クリーヴ!」

 

 ペルヴェーレは倒れ込みそうな身体に喝を入れて、クリーヴの元へ走り寄る。

 クリーヴの上半身を抱き起こすも、ペルヴェーレの表情は優れなかった。

 至るところから血を流すクリーヴの顔色は青白く、瞳から急速に生気が失われていったからだ。

 

「クリーヴ! 起きろっ!!」

「ペ、ルヴィ……私たち、やったん、だね……」

「ああ! クルセビナは倒した! もう自由なんだ! だから、だから起きてくれっ!」

「あ、はは……やった、ね……これ、で、外の、せか……」

 

 音が遠ざかってゆく。

 視界が端から黒く塗り潰されていく。

 何かを叫んでいる親友の顔。

 水滴が落ちてきたのを感じた。

 

 ──泣いてるの、初めて見たな……

 

 そんなことを思いながら、クリーヴの意識は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起ーきーてー!」

「わっ!?」

 

 がばりと起き上がったクリーヴはきょろきょろと首を振った。

 場所は決闘場で、清々しい日の出が眩しく光っている。

 

「やっと起きてくれた!」

「……えっ」

 

 声に反応して振り向き、目の前の人物を見てクリーヴは唖然と固まった。

 

「ちっちゃい私……?」

「あはは、とっても良いリアクションね」

 

 明るく笑う幼い自分の姿に、クリーヴは瞬きを繰り返していた。

 現状を理解できなくて混乱の極致にいたが、一つ直感したことがあった。

 

「そっか。私、死んじゃっただね」

 

 その独り言に、幼い自分は答えなかった。

 無言を肯定と察したクリーヴは立ち上がり、ぱんぱんと埃を叩いてぐぐっと伸びをする。

 

「あーあ、残念。すごく頑張ったんだけどなー」

「うん。ずっと見てたよ」

「君は……もしかしてあの時の未来の私?」

「ふふっ、それは秘密だよ」

 

 あり得た筈の未来の記憶。クリーヴは未だに鮮明に覚えている。

 大人になった親友が執行官となって、家のお父様となった未来。話を聞くだけでワクワクした旅人の冒険譚。

 あの時の自分が死にいくクリーヴに会いに来てくれたのだと、なんとなくそう思った。

 

「ねぇ、あなたは外の世界の話を聞いて、どこに一番行きたいと思った?」

 

 唐突に、そんなことを言われた。

 クリーヴはきょとんとしたが、気付けば顎に手を寄せて真剣に考え始めていた。

 

「うーん、悩ましいなぁ。自由の国っていうモンドは勿論行きたいし、モラが生まれるっていう璃月も興味深いし、妖怪なんて面白そうな人たちがいる稲妻も捨て難いし、たくさんのことを勉強できるスメールだって楽しそうだし……」

 

 想像するだけで楽しい。

 出来ることなら、実際に足を運びたかった。

 

 頬が濡れている。

 

 瞳から涙が溢れていると感じた時には、クリーヴは膝から頽れて顔を両手で覆っていた。

 

「ああ、生きたかったなっ。外の世界に行きたかった! ペルヴィと一緒に旅ができたら、本当に楽しかったんだろうなぁ……」

 

 心残りがたくさんあった。奇跡が起きて過去に戻ったのに、結局願いを叶える途上で力尽きてしまった。

 ぐすりと鼻を鳴らす。

 運命に抗ってここまで頑張ったのに、また失敗してしまった。二度目の失敗は流石のクリーヴも堪えた。

 

「ああ、良かった」

「まだ生きたいと思ってくれて」

「ここまで足を運んだ甲斐があったもんだ」

 

「えっ、みんな……」

 

 顔を上げると、幼い自分の後ろには家族がいた。

 今世においても救えなかった、家族のみんな。

 

「私も月に願ったことがあるんだ。傷の治療をしてる時にね、早く治らないかなーって」

 

 幼い自分の胸元に輝いていたルミドゥースベルの首飾りが青く光る。

 何が起きたのか理解出来ない。ただ一つ分かったのは、そこには神の目があった。

 

「そしたらこれが手の中にあったの」

 

 ぶわりと、クリーヴの身体が水に包まれる。

 優しく、温かな水はクリーヴの身体を癒していく。

 

「どうか、私たちの分も生きてね」

 

 とん、とクリーヴは押し出された。

 目を見開いて咄嗟に手を伸ばしたクリーヴは空を掴む。

 あまりにも唐突な展開。訪れた正真正銘の最後の別れ。

 クリーヴは天国へと昇っていく家族の魂たちに叫んだ。

 

「みんな、来世でまた会おうねっ!!」

 

 手を振る家族の姿を最後に見て、クリーヴは現世へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて最初に目にしたのは、満点の星空だった。

 

「クリーヴっ!」

「ペルヴィ……」

 

 すぐ側で手を握ってくれていたのは、傷だらけになったペルヴェーレで。

 

「私、生きてる……」

「ああ、生きているぞ」

「なにが、あったの?」

「分からない。私にはクリーヴの水元素が勝手に溢れて、身体を治療したように見えた」

「そう、……そうだったんだ」

 

 冷えていた身体が熱を取り戻していくのを感じる。

 さっき見た幼い自分と家族は決して妄想なんかではなく、みんなのお陰で生き永らえたと理解できた。

 

(ありがとう、みんな……)

 

 心の中で精一杯の感謝を伝える。

 来世で会えた時には、思いっきり抱き締めよう。

 たとえ死んでも忘れない誓いを心に刻み、クリーヴはペルヴェーレの手を借りずに上体をゆっくりと起こした。

 

 辺りは目も当てられないほどに悲惨だった。

 草木は吹き飛び荒廃した大地が剥き出しになっている。決闘場だった場所は歪に変形していて、かつての面影が消え失せていた。

 

 そこに、母親の姿はない。

 

「お母様は死んだの?」

「ああ、私が焼き尽くした」

「そっか……」

 

 今度は、実感が込み上げてきた。

 親子の情なんて欠片も無かった筈だが、どうしてか涙が一雫だけ溢れた。

 

「さようなら、お母様」

 

 ──もしも叶うのなら、来世では本当の親子に。

 

 感傷を胸に黙祷を捧げて、クリーヴは前へ向くことを決めた。

 

「ふふっ、明日から遂に自由だっ!」

「そうだな」

「ペルヴィは何処に行きたい? 最初はやっぱり肝心だと思うんだよね。一番行きたい場所に行くべきかな?」

「…………」

「でも最終的には全部の国に行くんだから、ここは近い順にスメールかな? ああ、今からすっごくワクワクするよ!」

「……クリーヴ」

「ん? どうしたの、ペルヴィ?」

「私は、クリーヴとは一緒に行けない」

 

 重苦しく告げられた言葉が、最初は理解出来なかった。

 

「……え?」

「私は、壁炉の家に残ろうと思う」

 

 聞き間違いではないと分かった時、クリーヴはペルヴェーレの肩を掴んでいた。

 

「な、なんでっ!? 家に残るだなんて、殺されるかもしれないんだよ!!」

「分かっている。だが、二人一緒いれば、確実に追手を差し向けられる。クリーヴも逃亡生活なんて嫌だろう?」

「それはそうだけど! でも、ペルヴィを犠牲にするのは違うでしょっ!?」

 

 執行官であるクルセビナを殺害したのだ。ファデュイが黙っている筈がない。恐らくではなく、確実に追手が来る。

 この件についてはちゃんと話し合った。二人で一緒に逃げようと。

 どうして土壇場で約束を覆すのかと、クリーヴは焦燥に駆られた。

 

「安心してほしい。私も無駄死にするつもりは一切ない」

「安心なんかできっこないよ!」

「賭けには近いが、分は悪くないはずなんだ。執行官が亡くなった今、後釜を探す必要がある。私は壁炉の家の出身で、実力もクリーヴの存在を隠せば執行官を殺害できるほどと証明された。この上なく利用価値は高い。だからこそ、残る価値がある。上手く立ち回る自信もある。私を信じてくれ」

「でも、でもっ!」

 

 信じている。苦楽を共にしてきた親友を心から信じている。

 それでも、死地に一人友を残して旅立つなど、クリーヴには出来ない。

 

「クリーヴ」

 

 ペルヴェーレにはクリーヴの想いの揺れ動きが理解できていた。

 ここで説得しなければ、二人揃って不幸になる。その確信がある。

 自由に対して、ペルヴェーレの憧れは薄い。クリーヴの情熱の一端にも及ばないだろう。

 クリーヴと共に旅をするというのは楽しいのかもしれない。

 だが、ペルヴェーレが一番に見たいのは親友の幸せで。

 脳裏に焼き付いていたのは、家のルールを書き換える資格を持ったということ。

 

 ペルヴェーレはもう一度、クリーヴの手を取った。

 

「言っていただろう。外の世界に行きたいと。誰も犠牲になることのない、本当の「家」を作りたいと。これは一人では一つしか叶えられない」

 

 ぎゅっと、力強く手を握りしめる。

 

「だから、私に手伝わせてくれ。家は任せてほしい。クリーヴは外の世界に行くんだ。これが今生の別れではない。状況が落ち着けばいつだって会える」

 

 目を覗き込まれるのは好きじゃないが、クリーヴだけは違う。

 真っ直ぐな眼差しを向けて、ペルヴェーレは誓う。

 

「私が、……そうだな。「お父様」となって導く「家」に、遊びに来てくれ」

「っ!」

 

 ペルヴェーレから発せられた「お父様」という単語に、クリーヴはハッとする。

 みんなは冷酷だというが、クリーヴには分からない。慈愛に満ち、優しく、温かで、心から真摯な感情を乗せた瞳をどうして冷酷などと言えるのだろうか。

 ここで頷かなければ、ペルヴェーレを困らせてしまう。

 しかし一歩間違えれば、ペルヴェーレの想定が外れていれば、二度と会うことは出来ないかもしれない。

 揺れ動く心境の中で、クリーヴが下した決断は。

 

「……約束」

 

 ペルヴェーレはきっと、生への執着が薄い。

 

「約束して」

 

 だからクリーヴに出来ることは、ペルヴェーレの未来を縛り付けること。

 

「一年後にまたここで会おう。それで一緒にスネージナヤに行って、オーロラを見よう」

 

 ペルヴェーレは嘘を吐かない。

 心も体も強いからこそ、嘘を吐く必要がない。

 ペルヴェーレの答えは決まっていた。

 

「ああ、約束しよう。一年後に一緒に、オーロラを見に行こう」

「絶対だよ!」

「勿論だ」

 

 クリーヴはペルヴェーレを抱き締めた。恐る恐るといった手付きで、ペルヴェーレの手が背に回るのを感じる。

 ペルヴェーレの言ったとおり、これが今生の別れではない。そう信じて明日へと向かうのが、現状取り得る最善の選択。

 

 身支度に時間は掛からない。もとより私物などほとんどないのだ。当面の食糧を確保していれば準備は完了である。

 クリーヴはペルヴェーレの剣を借り受けた。

 槍は獄炎の射線上にあったので溶けてしまった。流石に獲物の一つも無しに旅立つのは危険が過ぎる。

 後処理はペルヴェーレに任せた。クリーヴは出来る限り手伝うと申し出たのだが、姿を暗ますのであれば一刻を争うからと固辞されたのだ。

 

「ペルヴィ」

 

 親友と向き合って、クリーヴは笑みを浮かべた。

 

「じゃ、またね」

「ああ。クリーヴ」

 

「いってらっしゃい」

「──行ってきます!」

 

 クリーヴは背を向けて、静かに歩を進めていく。

 振り向きはしない。決意が鈍るような真似はしてはいけない。

 滂沱に流れる涙を拭わずに、クリーヴは走り出した。

 

 世界を遍く照らす月光は、この先の道を祝福するように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁっ! すっごく綺麗だね、ペルヴィ!」

「ああ。そうだな、クリーヴ」

 






クリーヴ
・使用武器 長柄武器
・神の目 水
・元素スキル発動時のボイス 運命に抗おう
・元素爆発発動時のボイス 月光が導くその先へ!

クリーヴについて
・リネット
 時々家に遊びに来てくれて、私含めてみんなお姉ちゃんって呼んでる。お姉ちゃんがいるとお父様が嬉しそうだから、できれば毎日いてほしいくらい。
・ティナリ
 彼女にはコレイが随分とお世話になったらしい。もちろん、良い意味でだよ。僕も何度か話したことがあるけど、一緒にいるだけで元気が貰えそうな人だね。
・タルタリヤ
 俺の一番の幸福が師匠と出会えたことだとしたら、二番目は彼女と出会えたことかもしれないね。なんてったって彼女、手合わせを断らないんだ! 何度も何度も声を掛けたかいがあったよ! 俺も武の腕には自信があったけど、彼女の境地にはまだ至っていない。話してたら戦いたくなってきた。ちょっと行ってくるよ!
・ディルック
 彼女は僕たち家族の命の恩人で、モンドの英雄でもある。彼女がいなかったら父さんは死んでいたかもしれないし、モンドに暮らす人々は未だに魔龍ウルサに怯える日々を送っていただろう。
・アルレッキーノ
 詳しい経緯は省くが、彼女がモンドにいた時に「博士」と戦闘になったらしい。後になって「腕一本切り落としたけど仕留め損なった」と報告された時は……ふっ。あの後、子どもたちを宥めるのには時間が掛かった。

 みたいな設定ましましで誰か続き書いてください。


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