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落ち着け、冷静に。クールを保つんだ、クールになるんだ、俺。
まずは状況を整理しよう。ミステリー小説と何ら変わらない、自分が今置かれている状況を整理していれば自ずと落ち着きを取り戻す筈だ。
誰が犯人か、は今は重要じゃない。何が動機か、も必要な事じゃない。
気にすべきは、此処は何処なのか。自分に変化はないか。そして―――目の前の少女が何者なのか、だ。
だが、まずは俺が誰なのかを彼女に伝えなければ。
「あー、俺はしがないフィクサーだよ」
「フィクサー? なに、それ」
「便利屋の事さ。お金さえ払えば何でもする仕事だよ」
「何でも? 本当に?」
「勿論、本当だよ。その仕事に見合ったお金を払ってくれれば、猫さんを探す事から戦争を起こすまで、何でもするのがフィクサーなんだ」
どうやら第一印象の掴みは良好の様だ。子供らしく目を輝かせて、フィクサーの職業に興味を持ってくれた。
子供は好奇心旺盛なのが多いからな、何でもするフィクサーは興味を引くには丁度良い筈だ、きっと。
人形を抱いていた少女が、人形を放って近付いてくる。見た目はまさしくお嬢様というか、可愛げのある少女なのだが―――虹色の宝石が幾つも付いた翼を見れば、この子が人ではない事なんてすぐ分かる。
とは言え、“ねじれ”という訳でもなさそうだ。会話が出来るのであれば、なるべく穏便に事を済ませればいいんだが…取り敢えず、この子から得られる情報は得ておくか。
「よければ、君の名前を教えてくれないか?」
「わたしはフラン。フランドール・スカーレットよ。貴方は?」
「俺はモーセだ。よろしく、スカーレット」
「フランでいいわ。スカーレットだと、彼奴と紛らわしいもの」
「へぇ、同じ名前の人が居るのか? それとも兄弟?」
「姉が居るの。レミリア・スカーレット。この紅魔館の主をしているわ」
つまらなそうに言う様から察するに、どうやら彼女はそのレミリア・スカーレットという姉を良く思っていないらしい。
周りを見渡せば、そこは一面として実に少女の部屋らしい部屋ではあるが…そんな部屋の中で、一際違和感を醸し出すのは、扉だった。
大きな鉄の扉。まるで化け物を閉じ込める為と言わんばかりに大きな鉄の扉だ。これは幽閉されている可能性が高そうだな。
そんな酷い扱いを受けていれば、良く思う訳もないか。到底無理な話だ。
だが、フランはそんな事より、と前屈みになってぐいっと顔を寄せてきた。
「お金があれば、何でもしてくれるのよね?」
「あ、あぁ。なんだってするさ」
「じゃあさ、わたしと遊んでよ!」
「――――――」
目を見開いて、俺は絶句した。
今まで様々な依頼をこなしてきた。人殺しも、組織の壊滅も、掃除屋の殺害も、伝令の邪魔も、都市の星の排除も、とにかく様々な仕事をこれまでやってきた。どれも物騒なものばかりではあるが、だからこそ…
少女の依頼は、あまりにも簡単で。子供らしくて、純粋で―――それでいて、切ないものだった。
遊んでほしい。そんな依頼は、今まで受けた事がなかった。
こんな事があるか。あっていいものか。こんな、ありふれた願いが金を払ってでも得たいものだと、彼女はそう言っているんだ。
……なら、俺の答えは決まっている。
「…分かった。これも何かの縁だ、タダで良い」
「いいの? お金が必要なんでしょ?」
「いいんだよ。さぁ、何をして遊ぶ? どんな遊びでもいいぞ」
「じゃあ―――
鬼ごっこしましょ!」
まるで三日月の様な裂けた笑みを浮かべて、少女が宙に舞う。
狂気だ。彼女の眼には、狂気がこれでもかという程に詰め込まれている。都市の“外郭”を跋扈する化け物共とはまた異なる、恐怖に近しい狂気だ。
俺はこれでも後悔する事が多い男だが―――こんなに早く自分の発言を後悔した事はないぞ。
「勿論いいさ。だが、知ってるか? 鬼ごっこってのは奥が深いんだ」
身の丈に合った太刀を構える。傷だらけのコートを翻す。
真っ白なこの二つこそ、俺のお気に入りだ。モーセという一人のフィクサーの在り方を象徴してくれる、俺だけの武器だ。
憎悪に身を焼かれながら復讐の走狗となったあの頃から、コイツには何度も助けられている。もはや俺の半身とも言えるだろう。
さぁて、正直あまり気乗りしないんだが…まぁ、やるしかないか。今使う様な言葉じゃないかもしれないが、ローランも言っていた事だ。
それはそれで、これはこれだ。
彼女が狂気を孕んだ理由は知らないが、殺されそうになっている身でそれを心配して話を聞こうと出来る程、俺を含めた『都市』の人間は優しくない。
「人が鬼に立ち向かう事だってあるんだ」
フィクサーが剣を抜く。外套が翻る。
身の丈にあった鞘から、身の丈にあった刀身が引き抜かれ、吸血鬼の少女へと殺意の切っ先が向けられる。
―――白い。淡く、切なく、溶けて消える雪の様に真っ白な刃金。彼の意思の象徴、自己の意識そのもの。
都市において、『E.G.O』と呼ばれている概念でたる。
人の心が砕けた時、つまり深い絶望にさらされた際に発生する怪奇現象「ねじれ現象」が発生した時、その「ねじれ」を制御下に置く事で手に入れる事が出来る自我の殻。
即ち、自分自身の在り方が武器や防具として具現化したもの。それがE.G.Oであり、彼のE.G.Oはその真っ白な太刀とボロボロの白いコートだ。
E.G.Oは強力だ。都市において、E.G.Oを発現した人物は皆等しく強大かつ無比な実力を有したが、しかしそれら全ては図書館に敗北して消えていった。
だが、今や折れて無くなったかつてのL社―――Lobotomy Corporationで収容・管理されていた怪物『
彼らがアブノーマリティという怪物を対処する事が出来たのは、等しくE.G.Oの存在あってのものだ。
だが、運が悪いと言うべきか。或いは、運命による悪戯の所為と言うべきか。
「あっははははは!!!!!!」
モーセとフラン―――というよりは、この世界と彼の相性はあまりにも悪過ぎた。
七色に輝く宝石を照らつかせ、大きく羽撃いて吸血鬼がモーセへと飛び掛かる。鋭い爪を持った手で、喉元を引き裂かんと伸ばしている。
小さな体躯から振り抜かれた手は細く、しかし撓る鞭の様に俊敏だった。そこらのフィクサーであれば、一瞬にして喉を裂かれて死んでいた事だろう。
だが、潜り抜けてきた修羅場の数も質も段違いな彼は体を僅かに傾け、最低限の動作だけでそれを回避する。
これでも都市で様々な依頼を達成し、かなりの名を上げたフィクサーだ。この程度の回避は、上の階級のフィクサーであれば誰でも出来る。
距離は詰まった。右手に持った太刀を振り上げ、少女の体へと一閃を刻もうとした瞬間―――ぞくっ、と。背筋を嫌な予感が駆け抜け、目の端で何かを握る様な仕草をする少女の左手を捉えた。
「っ!」
咄嗟の行動だった。
振り上げた太刀を無理矢理引っ込め、がら空きだった左側にわざと体勢を崩して転がった。
ぱきっ、そんな何かが砕ける様な音が聴こえた。さっと立ち上がり、体勢を整えて再び武器を構えて少女を見れば―――
背後にあった筈の大きな鉄の扉が、まるで紙をくしゃりと握り締め様に皺々になって呆気なく破壊されていた。
拉げ、崩れ、完膚なきまでに破壊され尽くしていた。
「あはっ、避けられちゃった。やっぱりモーセは強いんだね! 次はどうかなー?」
ケラケラと笑う吸血鬼―――否、悪魔に冷や汗をかく。
何が起こった? どういう原理だ? 特異点か? それともねじれ特有の能力か?
様々な予測を立て、飛ばす中で、モーセは一つの答えを結論付けた。完璧で完全な、とても現実的な良案と共に。
自分では、このフランドール・スカーレットにはどう足掻いても勝てそうにない。相性があまりにも悪過ぎる―――と。
「やっぱり普通の鬼ごっこが良いな! よーし、おじさん逃げ切ってやる!」
「逃げるの? 私から?」
「逃げるは恥だが役に立つ、三十六計逃げるに如かず、コレ名言だろ! 安心しろ、鬼ごっこだけじゃなくてかくれんぼでも何でもやってやるさ!」
そうして、一人のフィクサーは前言撤回で情けなく紅魔館を逃げ惑う事になったのである。
鬼は―――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つ吸血鬼、フランドール・スカーレットである。
モーセ(フィクサー)
都市ではかなり名を上げていたフィクサー。前言撤回の速度が凄まじい前言撤回男。今回だけで二度前言撤回している。
この世界とめっちゃくちゃ相性が悪い。
フラン(悪魔の子)
新しい都合のいい玩具に大歓喜。お金を払うだけで思う存分に遊べるなんて最高ね! 資金は姉に擦り付ける予定。
攻撃も避けられる、対応されるでテンション上がってる。