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フィクサーという職業についてから、逃げる事なんて別に珍しい事ではなかった。寧ろ、最初は敵前逃亡なんてよく繰り返したものだ。
今ではかなり強くなって、人だけではなく化け物との戦闘だってマトモに出来る様にはなった。人間としても、フィクサーとしても中々な成長を遂げる事が出来たって断言出来る。
けど、だからと言って慢心する事なんて俺はしない。都市の中じゃ、慢心なんて最も危険なモノだからな。すぐに死んでしまう。
だから逃げる。それはもう簡単に、呆気なく逃げ出す。
かなり成長した今だって、絶対に勝てないなと感じたらすぐに逃げる。任せろ、なんてありふれた自信満々の言葉を、恥もなく撤回して全力疾走する逃亡劇を開始する。
「あっはははは!!!! ほらほら、もっと走らないと追い着いちゃうわよ!」
「くそっ! 空を飛べるなんて反則じゃないか!?」
ほら、こんな風に!
向こうは翼を使って簡単に空を飛びながら、綺麗な色を持ったレーザーみたいなのを馬鹿みたいに撃ってくる。俺は地面を走りながら何とかそれを捌いてる。差が歴然過ぎるだろ。
トンネルの様に長く続く殺風景な廊下は、幾つかの蝋燭の明かりだけが頼りだ。あとは俺の勘と反射神経云々で飛んでくる攻撃をどうにかする他なし。
なんだ、このクソゲーは。俺にもちょっとは優位ってもんをくれよ。
都市の“外郭”の調査の依頼で、其処に蔓延ってた化け物を何匹か相手して殺したり、都市の内部で発生した“ねじれ”を相手したりと、色んな怪物を相手したが、こんなに理不尽だった事はないぞ。
「禁忌『レーヴァテイン』!」
「なんてカッコイイ名前だ! だが禁忌ってのは物騒だな! 女の子ならもうちょっと可愛らしいのにした方が良いんじゃないか!?」
「わたし、そういうのよく分からないの! ずーっと此処に閉じ込められてから!」
「笑いながらなんて重い事を言いやがる…!」
冗談であっても笑えない。都市では別に珍しくもなさそうだから何ともだが、俺の感性もまだまだ腐ったものではなさそうだ。
それはそれとして、まだ攻撃が激しさを増すのは勘弁してくれ。これ以上は完璧に捌き切れる自信がないぞ…!
「くっそ…!」
―――勘が叫ぶ。空気が裂かれる音を右耳が拾う。
速度を緩めず、急ブレーキを掛ける様に左足を力強く出して地面に打ち付けて軸にする。
体を回転させる。自分が居た場所を、鋭い赤が駆け抜けた。レーザーの様な形をした鋭い弾幕だ。
赤、赤、赤。ひたすらに赤。血の様な赤。殺意と狂気の象徴の如き弾幕が悪魔の妹から解き放たれている。
彼女の掌には、炎の剣が握り締められている。それに連なる様に、無数の先程よりも圧倒的に多く、どれも回避する様な隙間が存在していない。
自信は完全に喪失した。これは完璧には捌き切れない、どれかは必ず当たってしまう。モーセはそれを確信して―――
「なら選別して捌いてみるか」
現実を呆気なく受け入れて、意識を切り替えた。
握るは一刀ただ一振り。さりとて、その一振りのみでそれらを捌く程の技量が彼にはあった。弾丸を斬り裂く程度ならば、都市で幾度もやってきたのだ。
七本。鋭い赤が迫ってくる。血色の剣閃が奔ってくる。
前屈姿勢で身を屈め、避けると共に縦に一閃。閃が重なった瞬間を射抜き、二本を斬り捨てる。五本は躱した、これで必死は捌けた。
連なってばら撒かれる無数の散弾を、我が身射抜かれる覚悟で全霊で斬り落とす。頭、鼻、喉、胸。人体の必死を射抜くものだけを狙って刃を振るい、その他致命傷にならないものは無視して退く。
血潮が舞う。鮮血が飛ぶ。嗅ぎ慣れた鉄の匂いが満ちていく。
笑う少女。悪魔の妹は愉しげに笑う。狂気と殺意に満ち溢れたその笑顔は、しかし遊び喜ぶ子供の様に純粋なものだった。
炎が天を仰ぐ。弾幕の雨を引き連れて、吸血鬼は剣を振り翳しながら一匹の餌へと特攻した。
「私知ってるわ! チャンバラって言うんでしょ!」
「ほー物知りだな! 俺の知ってるチャンバラはこんな殺伐とはしてなかった筈なんだがッ!」
白と赤が交差する。顰めた顔と笑った顔が鍔迫り合いで引き合う。
閃光が眼前を奔った。支えの右足から力を消し去り、がくりと膝から崩して紙一重で躱す。ちりっ、と髪の上を掠って、止まらず赤は入口へと通り抜けた。
刀と剣に優劣はない。E.G.Oの刀が、実体のある炎の剣で溶ける事はなく、炎の剣がE.G.Oの刀に折られる事もない。
だが、鍔迫り合いは長く続かなかった。
「ッ!」
斬り上げる。己が膂力のみで、人間は吸血鬼の力を上回って炎の剣を弾き、幼い子供の胴体に隙を作り出す。
ようやく招かれた好機。ようやく訪れた反撃の狼煙。見逃す手も見捨てる手もない、狙うは意識を揺るがす一手に限られる!
柄を握り締める。狙いを一点に絞り込む。
隙は胴体。穿つは心臓。全力を込めた一度限りの刺突で以て、吸血鬼の意識を霧散させて逃げ出す隙を新たに作れば…!
一撃しか加える事が出来ていない為、E.G.Oの能力を十二分に発揮する事は叶わないが、それでも得られるものはある。
決死の覚悟を決めて、刺突を悪魔の心臓へと叩き込もう―――それを為そうとした瞬間。
「あ―――」
悪魔の心臓は、朱色の槍によって穿かれた。
「何とか間に合ったかしら。おまたせしたわ、ご客人」
ふわり、と。また少女が現れる。
薄い赤色の膜を持った翼を持つ紫髪の少女。悪魔の妹、その姉。
「これはご丁寧にどうも……アンタが、フランの言ってたレミリアか?」
「えぇ。私がこの紅魔館の主にして、フランドール・スカーレットの実姉―――レミリア・スカーレットよ」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットの登場である。
「自己紹介どーも。はぁぁぁぁぁ………散々な逃亡劇だった」
「あら、人間にしては善戦していたと思うのだけど?」
「観てたのかよ…趣味が悪いな、吸血鬼」
「中々良い余興だったわよ? 貴方の
「やめとけやめとけ、『都市』の人間の運命とか視るだけ胸糞悪い」
どかりと地面に座り込んで、大きな溜息と共にモーセは忠告する様に吐き捨てた。
都市の人間が辿った運命など、人でなしをしても気色が悪いのだ。