諒兵は目の前にいる少女の姿を見て、ごしごしと目を擦ってしまった。
ここにいるなど聞いてないし、いるのならば自分たちに声をかけないはずがない。
だから、信じられなかったのだ。
中学時代の同級生、凰鈴音が目の前にいることに。
でも、目の前の少女は確かに自分の名前を呼んだ。
小柄な身体にライトブラウンのロングツインテール。
中学時代とほとんど変わらないその姿は、間違いなく自分の知っている凰鈴音のものだ。
もう一度確かめるために、中学時代は何度も呼んだ彼女の名を呼ぶ。
「鈴」
「あ、うん。久しぶり、諒兵」
「マジかッ、何でここにいるんだよッ、いつ帰ってきたんだッ?」
心底、驚いているような諒兵の姿に、鈴音は先ほどまでの怒りが霧散してしまうように感じる。
「ついさっきよ。むしろ、あんたたちがここにいるのが驚きよ」
「へっ?」
「男なのにISに乗れるってどういうこと?」
「いや、俺にもよくわかんねえんだよ」
と、そこまで答えて鈴音の言葉に諒兵は疑問を感じた。
今のはまるで、鈴音もISに乗っているかのような言い方だと考えたのだ。
「乗るわよ?」
「待てよ。中国帰る前はお前の口からISのアの字も聞いたことねえぞ?」
「だから、中国に帰ってから乗るようになったのよ。で、明日からIS学園に編入するの」
「なにいッ?」
と、驚きの声を上げる諒兵に気づいたのか、一夏が声をかけてきて、やはり驚いていた。
「鈴っ?」
「やっほ。久しぶりね、一夏」
「えっ、なんでだっ?」
「おんなじこといわせないでよね。まったくバカコンビなんだから」
呆れた様子の鈴音はまったく説明しようとしないので、諒兵は仕方なく自分が説明することにした。
「明日からIS学園に編入するんだと」
「えっ、鈴っ、IS乗るのかっ?」
「そうじゃなきゃ、ここに入れるわけないでしょ?」
そういって腕を組む鈴の右腕に、黒く光るブレスレットがはめられているのに気づく。
その雰囲気は、自分たちの首輪と同じだと一夏と諒兵は感じ取った。
「専用機、持ってんのか?」
「まあね」
「えっ、じゃあ、強いのか、鈴」
「それなりにね。それよりあんたたち、今の言い方だと専用機について知ってるみたいだけど」
そう聞かれた二人は、自分たちがISに乗れることがわかった藍越学園受験日のことを説明した。
「つまり、その首輪があんたたちの専用機ってわけ?」
「てか、一度も外れねえんだよ」
「もうずっと前からこのままなんだ」
「ずいぶん気に入られてるわね。まるで恋人を放さないための首輪みたいじゃない」
と、さっきまでの怒りはどこへ消えたのか、鈴音はいつの間にか一夏と諒兵の二人と普通に談笑してしまっていた。
そんな様子を少し離れて見ていたセシリアはふむと沈思する。
(あの方が、諒兵さんのいっていたもう一人の幼馴染みですわね。しかし、どこかで見覚えがあるような……?)
そんなことを考えていたセシリアだが、ふと気づいて箒のほうを見る。
どうやらいきなり諒兵のほうに走っていったばかりか、自分の知らない女と仲良く三人で談笑しているのが気に入らないらしい。
仏頂面どころではない顔を見せていた。
ここは自分も加わって、箒が来やすいようにすべきだろう。
そう考えたセシリアは、一歩、足を踏み出した。
懐かしい空気が戻ってきたと感じたせいか、一夏、諒兵、そして鈴音の三人は既に普通に笑いあっていた。
「しっかし、鈴が戻ってきたなら、弾や数馬のやつも誘って遊びにでもいきてえな」
「いいな。中学のころに戻ったみたいじゃないか」
「いいわね、それ。そういえば弾とか数馬は元気にしてるの?」
「相変わらずらしいぜ。蘭が愚痴こぼしに手紙よこしてきたしよ」
私設・楽器が弾けるようになりたい同好会作ったとか、と諒兵が笑いながら続けると、「なによそれ」と鈴音も思わず笑ってしまう。
中学での一夏、諒兵、そして友人の五反田弾は三馬鹿トリオで通っていた仲だ。
三人の突っ込み役であった御手洗数馬も含め、常に一緒にいた鈴音はいつも巻き込まれつつ、楽しい日々を送っていたことを思いだす。
そんな中、声がかけられた。
「すみません、一夏さん、諒兵さん。私にもその方を紹介していただけませんこと?」
「あ、ほったらかしにして悪かった」と、一夏が声をかけてきたセシリアに頭を下げる。
そして諒兵がセシリアを鈴音に紹介した。
「鈴、俺らと同じクラスのセシリア・オルコットだ。イギリスの代表候補生だってよ」
「セシリア・オルコットですわ。どうぞよろしくお見知りおきを」
「代表候補生なんてすごいわね。セシリアでいい?」
と、そういって鈴音は手を差しだした。
友好の証ということだろうと悟ったセシリアは、素直にその手を握る。
「構いませんわ」
「でもごめん。私自分のことで手一杯だったから他の国のことよく知らないのよ。名前は鈴音、凰鈴音よ。鈴でいいわ」
「えっ?」と、セシリアが目を見張る。
その反応に一夏と諒兵は首を傾げた。
「どうした?」と、諒兵が尋ねかける。
「いえ、中国の代表候補生の方が同じ名前だったと記憶してるのですけど……」
「うん、私のことだから」
「「なにいッ?」」
と、一夏と諒兵が声を揃えて驚いてしまう。
セシリアに負けた二人としては、その彼女と同レベルであることを示す代表候補生に、鈴音がなっていることは驚き以外の何物でもないからだ。
「ずいぶん驚くわねえ」
「だって代表候補生って強いだろ」
「俺ら模擬戦でセシリアに負けてんだよ」
諒兵が、セシリアとの模擬戦の結果について詳しく説明すると、今度は鈴音が意外そうな表情を見せる。
「驚いたけど、まあ、ISバトルじゃ仕方ないか」
「けっこう思い通りに動けたと思うんだけどな」
「実際、お二人は決して弱くはありませんでしたわ」
「そうよね。こいつらが強いのはよく知ってるもの」
鈴音が一夏や諒兵と一緒にいたのは中学時代。
ちょうど人助け(ケンカ屋)をやっていたころなので、二人が強いことはよく理解していた。
そこにようやく、取り残されていた一人から声がかけられてくる。
「いっ、一夏ッ!」
セシリアが参加して談笑していたことで、箒もようやく勇気を出したらしい。
「ああ。鈴、前にいったことなかったっけ。お前が来るのと入れ替わりに引っ越した幼馴染みの篠ノ之箒だ」
「んー、どうだったかしら?聞いたことなかった気がするけど」
一夏の説明に鈴音は首を傾げるが、せっかく紹介してもらったのだからと彼女は再び自己紹介した。
「凰鈴音よ。一夏とは小五から、諒兵とは中学からの付き合いなの。明日からここの生徒になるからよろしくね」
「篠ノ之箒だ」
「俺にとっては鈴も幼馴染みっていえるな」
一応、名乗った箒だが、一夏が鈴音のことを幼馴染みといったのが癇に障ったようだ。
「わ、私のほうが古い付き合いだ。幼馴染みとはいえば普通は子どものころからの……」
「付き合いが長いって意味よ。別にこだわることないでしょ?」
実際、一夏はそういった意味で使っているので、別に特別扱いはしていない。
IS学園でもっとも長い時間を過ごしているのは、実のところ同室の諒兵である。
皮肉にも、男の諒兵が一夏に一番特別扱いされていた。
箒としてはその点もあまり気に入らない。
「そりゃ、もとは女子校で二人しか男がいねえんだから、自然と一緒にいることになるぜ?」
「そうですわね。これでどちらかお一人だったら……」
「やめてくれ、想像したくねえ……」
と、諒兵がセシリアの言葉にげんなりしてしまう。
今でも注目の的なのに、一人だったら確実にストレスで胃潰瘍になっていた自信がある諒兵だった。
「そんな自信持っててどうすんのよ」と、鈴音が笑う。
「いやホントにきついぞ。ここに一人だったらと思うと」
と、一夏も思わず苦笑していた。
そんな光景を見た箒は、暗い気持ちが広がるのを押さえられなかった。
一夏と諒兵。
その二人には自分が入り込めないような、理解できない絆があるように常々思っていた。
それなのに、鈴音は普通に二人と接することができている。
ごく自然に二人と話している鈴音の姿がなんだか気に入らなかった。
「私のほうが一夏とは早く知り合ってるのに……」
そんな呟きが聞こえてしまったために、皆が視線を向ける。
「こだわんなよ、篠ノ之。幼馴染みに序列があるわけじゃねえんだし。みんな同じだろ」
と、諒兵が嗜めると、箒はキッと睨んだ。
「おお、こええ」と、諒兵が思わず首をすくめると、鈴音が首をかしげながら尋ねてきた。
「何よ、諒兵。嫌われてんの?」
「まあ、こんな面構えだかんなあ」
比較的穏やかそうに見える一夏と違い、諒兵の容姿、特に目つきの鋭さで怖がっている女生徒はけっこう多かったりする。
「クラスの中にもまだ少し怖がっているかたがいますわね。でも気にしない方は普通に接してらっしゃいますわ」
「布仏さんとか」と、セシリアが続けたように、布仏本音は諒兵とは普通に友人関係を築いている。
彼女が諒兵を『ひーたん』と呼ぶので、それで警戒を解いた女生徒も多い。
付き合ってみるとそこまで怖いわけではなく、セシリアとの模擬戦で示した強さもあってか、今では諒兵に接してくる生徒は多くなってきていた。
ちなみにそんなきっかけとなった布仏本音を一夏は『のほほんさん』と呼び、諒兵は『のどぼとけ』と呼んでいたりする。
それはともかく、こんなところで立ち話を続けるのはどうかと思ったセシリアが鈴音に用事はないのかと尋ねる。
「あ、そうだ。学生課いって編入書類の残りを書くのと、入寮の手続きしないと」
「鈴も寮に入るのか?」
「IS学園生の入寮は必須なんですわ。要警護対象ですから」
「へえ、そうだったのか。知らなかったぜ」
それならば、みんなで学生課に案内しようということになり、一夏や諒兵、そしてセシリアは鈴音を伴って歩きだす。
その後ろを不満そうな顔の箒がついてきていた。
夕食後。
懐かしい顔とともに歓談できたことで、一夏と諒兵はいい気分で横になっていた。
「まさか鈴がIS乗ってて、代表候補生とはなあ。驚いたぜ」
「よっぽど努力したんだろうな」と、そういって諒兵の言葉に肯く一夏。
話を聞くと、鈴音が持っている専用機は中国の第3世代機で名称を「甲龍(シェンロン)」というらしい。
「神様じゃなくてよかったぜ」
「でも、ふつうシェンロンっていったらあれ思い出すぞ」
と、子どものころに流行ったアニメを思いだす二人。
それでも第3世代機だけあって、その性能も高く、何よりセシリアのブルー・ティアーズのような、特別な武装も持っているらしい。
「そんなんもらえるくれえなんだし、やっぱ強いんだろうな」
「2組に編入するらしいけど、代表になるのかなあ」
2組には代表候補生がいなかったため、鈴音がクラス代表に再選抜される可能性は十分にある。
だが、そうなると対抗戦で一夏は鈴音と戦うことになる。
正直にいうと、鈴音に剣を向けるのは抵抗がある一夏だった。
同じことは諒兵にもいえるのだが。
「だからって手え抜けるのかよ」
「バカいえ。やるからには全力だ」
そういって笑う一夏だが、ふと沈んだ顔をして呟く。
「なあ、諒兵……」
「あ?」
「いや、なんでもない」
いっていいのかどうか、一夏は一年以上前から悩んでいることがある。
でも深く追求する勇気が、一夏にはどうしても持てなかった。
鈴音は自分の部屋と指定された1020号室に入った。
荷物を置き、ベッドに横たわってお菓子をつまんでいた金髪碧眼の少女に声をかける。
「凰鈴音よ。今日からよろしくね。えっと……」
「ティナ。ティナ・ハミルトンよ。出身はアメリカ。よろしくね」
「こちらこそ」
二人部屋を一人で使っていたティナの部屋に鈴音は入ることになった。
クラスは2組とのことなので、クラスメイトでもあるらしい。
「まさか、『あなた』が2組に入ってくるとは思わなかったわ」
「先生たちにいわせるとバランスを考えたらしいわよ。一夏と諒兵はともかくとして代表候補生のセシリアがいる1組と日本の代表候補生がいる4組は避けておきたいって」
代表候補生ともなれば、エリート揃いのIS学園の生徒の中でもまさにトップエリートである。
当然、クラス代表となり生徒の手本となることを要求される。
実のところ、一夏と諒兵が推薦されなければ、1組のクラス代表はセシリアになるのが当然でもあった。
その点、けっこういい加減な1組である。
それはともかく、ティナは鈴音の口から自然と一夏と諒兵の名前が出たことに少しばかり驚く。
「噂の男の子たちともう知り合い?」
「じゃなくて、一夏は小五のころからの幼馴染みで、諒兵とは中学からの友だちなのよ」
そう答えるなり、ティナは目を輝かせる。どうやら鈴音と一夏、諒兵の中学時代に興味津々らしい。
「あいつらがいろいろとバカやってて、巻き込まれてただけよ。まあ、おっかないこともあったけど楽しかったのは確かね」
「う~ん、もっと詳しく知りたいなあ」と、呟くものの今はとりあえず置いておこうとティナは続ける。
そして。
「1組は織斑くんが代表なんだけど……」
「聞いてるわ。対抗戦、一夏が出るのね」
あっさりとした反応に、ティナは少し意外だという表情を見せる。
「出る気ない?」
「だって代表決まってるでしょ?」
というより、一夏が箒とセシリアと一緒にいたのを見たときは腹立たしく思ったために思い知らせやろうと考えていたが、なんだかんだと再会を果たしてしまって、その意識も薄れてしまっていたのである。
「鈴、『あなた』なら満場一致で代表よ?」
「そういうのは明日、クラスにいってから考えるわ。みんながいうなら代表になってもいいし」
「それに、一夏や諒兵のIS乗りとしての実力は見てみたいし」と呟く。
そう答える鈴音を見て、ティナは満足そうに笑うのだった。
夕食後、不機嫌そうな箒を見て、作業していたルームメイトの更識簪は首を傾げた。
更識簪は1年4組のクラス代表であると同時に、日本の代表候補生でもある。
ただ、ある理由から専用機は組み上げる途中で放棄されてしまい、彼女は自力で組み上げるべく、引き取って作業していた。
それはそれとして、彼女は箒に不機嫌の理由を尋ねた。
「付き合いの古さなら私のほうなのに……」
どうやら織斑一夏にもう一人幼馴染みと呼ばれる少女がいたことが不満らしい。
見た目や言動に反して見事なまでに盲目な恋する乙女であるルームメイトの箒に簪は少しばかり呆れてしまう。
「どんな人?」
「中国の代表候補生で専用機持ち。名前は……確か、凰鈴音だったか」
その名を聞いた瞬間、簪は目を見張った。
その様子に今度は箒が訝しがる。
「知っているのか?そういえば、セシリア・オルコットも知っているようだったが」
「……一年前、一人の少女が中国のIS操縦者選抜試験に合格。瞬く間に成績を上げて、半年で代表候補生になった」
それからさらに半年、既に同期の代表候補生の中には敵がおらず、模擬戦とはいえ国家代表すら倒してのけたという。
「中国最強。国内にはもう敵がいない。代表選抜がくれば、確実に次期国家代表になる」
「なっ?!」
「まだ代表候補生。だけど、その強さから凰鈴音は、各国の代表候補生やIS操縦者から、こう呼ばれてる」
そういって一息ついた簪は、意を決したようにその名を告げた。
「無冠のヴァルキリー」