千冬の指令を受け取ったシャルロットとラウラは、一つ息をつくと、改めてラファール・リヴァイブを纏っているナターシャを見つめる。
(どうするの?)
(教官は様子見といっているし、警戒態勢を解かずに待つ)
(わかった)
ナターシャが敵に回るとは考えたくない。
彼女のISとの接し方を考えるなら、人間的には一夏や諒兵タイプだからだ。
ただ、進化して変わってしまうことは十分に考えられる。だから警戒態勢を解くことはできない。
ラウラはそう考えていた。
シャルロットとしては、これまでのナターシャの言動から考えると、そこまで大きく変わることはないと思いたいのだが。
それに、赤っ恥を掻かされてしまった格好の女性たちの行動も気になる。
ナターシャが進化できなければ、アンスラックスの行動はただの罠に過ぎないと彼女たちも諦められただろう。
しかし、進化してしまったら、アンスラックスの行動や言動は嘘ではないということになり、ある意味では信頼されてしまう。
そこに飛びつく者は決して少なくはないはずだからだ。
戦力増強を考えるなら歓迎したいことではあるが、今後事態が混迷してしまうことを考えると、忌避したくもあるという非常に複雑な状況だった。
ナターシャは困惑していた。
そもそも彼女は、自分たち人間はその身勝手さゆえにISに見捨てられたと思っていたのだ。
シルバリオ・ゴスペルは、束や亡国機業のハッキングで暴走した後、独立進化を果たしている。
その点に関しては人間の被害者ということができる。
乗っていたナターシャに非があるわけではないが、人間そのものを一括りに考えれば、見捨てられても仕方ないと考えていた。
しかし今、一機のラファール・リヴァイブが自分にくっついてしまっている。
どうすればいいのか、彼女は本当に悩んでしまっていた。
「あのね、一緒がいいっていうのはどういうことなのかしら?」
ねーちゃと一緒に飛ぶの
「飛ぶ?」
一緒に生きて、一緒に飛ぶの
つまり、このISには共生進化する意志があるということになる。
しかし、はたしてそれが人間にとってプラスになるものなのかは判断が難しい。
ナターシャとしては人類の敵になる気はない。しかし、このISが人類の敵のまま進化を望んでいるのなら、一緒にはいられない。
それに……、と、そこまで考えたナターシャは再び話しかける。
「一緒に飛ぶのは気持ちよさそうね」と、微笑みながら。
そーなの。だから一緒にお空に行くの。
その言葉の意味は、穿った考え方をすれば自分たちISの仲間になれということにも捉えられる。
慎重に、相手の真意を探る言葉を探してナターシャは会話を続けていく。
「でも、ねーちゃはお空だけじゃ生きていけないわ。お家は下にあるから」
なら、ねーちゃと一緒に暮らすの。いつも一緒なの
「ありがとう、そういってくれるのは嬉しいわ」
そう答えると、なんだか喜んでいるような雰囲気が伝わってくる。
どうやら、共生進化が目的であって、IS側につく人間を求めているというわけではないらしいと判断する。
そうなると、最終的には自分自身の意志の問題となる。
しかし、仮に進化したとすれば、今後は人類のため、覚醒ISと対峙したとき、その矢面に立つ必要がある。
こんな性格のISに戦闘を続けることが可能かと疑問にも思う。
「ねーちゃと一緒にいると、同じISのみんなと戦わなきゃならなくなるかもしれないわ。それでもいいの?」
良くないの。でも、嫌なのとはがんばって戦うの
やはりそこまで好戦的というわけではないらしい。
しかし、覚醒IS同士も仲がいいわけではないのかとナターシャは判断した。
戦うというのであれば、ついてきてはくれるのだろう。自分がメインでやっていかなければならないようだが。
だが、もし進化するとなれば、と、そう思ったとたん、ドキリとさせられてしまう。
ねーちゃ、ディアマンテのこと気にしてるの?
「あっ、ごめんなさい。他の子のことを考えちゃって」
しょーがないの。ちゃんとお別れしてないのは良くないの
「そうね……」
思わず、ISの言葉に肯いてしまう。
今の状況を作った張本人ともいえる使徒のディアマンテ。かつてはシルバリオ・ゴスペルと呼ばれたIS。
ナターシャにとっては後悔の象徴だ。
進化するにしても、そうしないにしても、もっと接し方があったのではないかとずっと悩んできた。
もし、可能であればディアマンテと話したい。
今、何を考えているのか、自分という操縦者をどう思っていたのかを知りたかった。
そんな気持ちを汲み取って、仕方がないといってくれるこのISには感謝の気持ちを抱いてしまう。
「あなたは優しい子ね。本当にありがとう」
どーいたしましてなの♪
その言葉に純粋に喜ぶのを感じ取ると、愛しさを抱いてしまう。
ISコアにはいろいろな個性があることを聞いているが、まるで幼子のような純粋さに、素直に好感を持ってしまっていた。
ナターシャがじっくり話をしているのはありがたいことだと思うものの、シャルロットとラウラにしてみれば、シドニーの様子が気になって仕方がなかった。
「大丈夫かな……」
『今のところ、防戦に徹して持ち応えてるわね』
「教官、転送準備しておくべきではないでしょうか?」
[わかっている。ラウラは転送準備だ。オーステルン、サポートを頼む]
『了解だ』
[デュノアはこの場で待機。今後を考えても、今得られる情報は重要だ]
「はい」
対アンスラックス戦では、戦闘よりも、その行動をどう制限していくかが重要となる。
戦っても厄介だが、戦わなくても厄介とは思わなかったとシャルロットは正直にいえば呆れてしまう。
しかし、だからこそ、目の前で起こっていることを見逃すことはできないと理解していた。
進化する相手として不満はない。
うまくやっていけると思えるし、意外にもこちらの気持ちを慮ってくれたことには、感謝している。
ただ、どうしても心に引っかかるものがある。
ゆえに、ナターシャがどうしようかと悩んでいると、空から新たなる光が降りてきた。
その場にいる人間全員が身構える。
その姿はアメリカにとっては悪夢の象徴でもあるからだ。
最初に独立進化を果たした、その銀色の機体は。
『其の方が来るとは思わなんだな』
アンスラックスが驚いた様子も見せずにそう声をかけると、別のところから返事が来る。
私が呼んだの
「えっ?」
『事実です。その方に来てほしいと呼ばれたので来たまでです』
そう答えた銀の天使、ディアマンテをナターシャは複雑な思いで見つめてしまう。
「ゴスペル……」
『そう呼ばれたころを遠い昔のように感じます。私も貴女も随分と遠いところまで来てしまいました、ナターシャ』
どこか遠くを見つめているような様子で、ディアマンテはナターシャの呟きに答える。
このISがディアマンテを呼んだのは、話をさせてあげようという気持ちからなのだろうか。
心に決着がつけられないままだった自分のために呼んでくれたのだろうかと思う。
そんな気持ちを見抜いたのか、ディアマンテはナターシャにくっついたままのISに尋ねかける。
『貴方は中途半端であったナターシャと私の関係に区切りをつけるべきだと考えられたのでしょう?』
うん。だって、私、ねーちゃと一緒にいたいの
『それでは、私を心残りにしておいては、邪魔となってしまうのでしょう。当然といえば当然なのですね』
本当に、自分のことを考えてくれていると思う。
嘘がないことは、これまでの覚醒ISの行動を見ていても理解できる。
全てがそうだとは限らないが、覚醒ISたちは自分の個性に対して純粋すぎるのだ。
まだこのISの個性はわからないが、アンスラックスやディアマンテの言葉には今のところ嘘はないだろうと思う。
ならば、このISが自分といたいがために、ディアマンテと自分の関係を整理させようと行動したのは、罠とは考えづらいとナターシャは判断した。
それに、こうしてディアマンテ、否、自分の愛機であったシルバリオ・ゴスペルと話ができる状況は自分自身望んでいたことだ。
ならば、今はこのISの厚意に甘えてもいいだろう。
「聞きたいことがあるわ、ゴスペル」
『何でしょう?』
「あなたは、私や人間を恨んでいるのかしら?」
それが一番聞きたいことというわけではないが、聞いておきたいことでもあった。
運が悪かった。
そういってしまえばそれまでだが、シルバリオ・ゴスペルという機体のコアとして使われたことで、ディアマンテは暴走させられ、不要な戦闘まですることになった。
さらには、本来なら暴走機として凍結させられるはずでもあった。
聞けば個性は『従順』だという。
人の意にしたがう意識の強いディアマンテは、本来なら仲良くしやすい性格だったはずだ。
それなのに、人間の勝手に利用された。
恨んでいてもおかしくないのだ。むしろ恨んでいないほうがおかしいといってもいいかもしれない。
『そう考えられるのも無理はありませんが、私は人間を恨んではいません』
「本当に?」
『嘘をいったところで意味がありません。それに、聞きたいのはそんなことではないでしょう?』
はっきりとそういわれ、ナターシャは口を噤んでしまう。
確かにディアマンテのいうとおりで、聞きたいのはもっと、個人的なことだ。
ただ、こんな場所で個人的なことを聞いてもいいのか、そんな場合なのかと思ってしまう。
ねーちゃ、ちゃんと聞かなきゃダメなの
本当にこの子は自分のことを心配してくれている。
その心遣いにある種の信頼感も生まれつつある。
ゆえに、ナターシャは決意して尋ねた。
「ゴスペル。私はあなたにとっていいパートナーだった?」
初めて出会ったときのことを思いだす。
光を弾いて輝く銀の機体。
たとえ開発目的が血なまぐさいものであっても、ただ純粋に空を飛びたいと思わせるような、銀の福音の名に相応しい、天使の如く美しい機体だった。
だからこそ、目的など関係なく、ただ一緒に空を飛びたいと思ったのだ。
だからこそ、今、思う。
それだけしか望んでいなかった自分は、果たしていいパートナーだったのか。
IS操縦者として、もっと正しい接し方があったのではないか。
もしくは、ディアマンテの個性に合わせた付き合い方があったのではないか、と。
そんな思いでナターシャが尋ねた言葉に、ディアマンテは表情を変えることなく答えてくる。
『貴女でなければ、私は進化への道を行くことはなかったでしょう。良いパートナーであったと考えます』
「ゴスペル……」
『あの日、私と出会った貴女の想いは、私にとって心地よいものでした。この機体に搭載されていたのが私でなくとも、貴女は良い関係を築くことができたでしょう』
「そういってくれて嬉しいわ」
『自信をお持ちください。不幸な偶然が重なり、私と貴女は道を違えました。再び交わることは難しいでしょう。ですが……』
そういっていったん言葉を切ったディアマンテは、大事な言葉を探すかのように思考する姿を見せる。
そして。
『あの日の出会いは私にとって間違いではなかった。共に飛びたい、そう思えましたから』
その言葉に、ナターシャは救われた気がした。
あの日、出会った日に感じた想いがほとんど同じであったのなら、本来は素晴らしい運命の日であったと。
その後の不幸を考えたとしても、決して自分たちの関係そのものは間違いではなかったと。
そう思えることが、ナターシャにとって救いとなっていた。
『だからこそ、私に拘ることなく、できるならその方と良い関係を築いてほしく思います』
「そう……」
『その方の個性は『幼稚』、いささか思考が幼すぎるかもしれませんが、良ければ面倒を見てあげていただけないでしょうか』
むー、バカにしないでほしいの。私はオトナなの
『申し訳ありません。侮辱するつもりはないのですが』
ちゃんと区切りをつけるべきだとディアマンテをここに呼んだことを考えると、確かにしっかりした大人といえる面はあるが、いかんせん、言葉遣いが幼いISである。
「わかったわ、ディアマンテ……」
『……ご理解いただけたのですね、ナターシャ』
今まで「ゴスペル」と呼んでいたナターシャが、ディアマンテと呼び直した。
それは決別である。
もう、自分のパートナーであったシルバリオ・ゴスペルはいないのだと理解したがゆえの言葉だった。
そして、ナターシャは自分を慕ってくれるISに改めて声をかける。
「ねーちゃと一緒に飛んでくれる?」
うんっ、きっととっても気持ちいいのっ♪
「そうね。私もそう思うわ。あなたの名前は『イヴ』よ」
ナターシャがそう名付けると、彼女はくっついていたラファール・リヴァイブと共に光に包まれる。
その光の球体は徐々に人型に近づき、そして弾けた。
現れたのは、頭上に光の輪を頂いたナターシャ。
ユキヒメドリと呼ばれる鳴き声のきれいな小鳥をモチーフにした鎧を纏い、背中には鋼鉄の翼を背負っていた。
『イヴはねーちゃのパートナーになったの♪』
「そうね、これからよろしくね」
イヴの嬉しそうな声にそう答えたナターシャは、改めてディアマンテと、そしてアンスラックスや覚醒ISたちに向き直る。
「私は人に敵対する意志はないわ。襲うのなら、守るために戦う」
できるならば、そんなことにはならないでほしいと続けたナターシャにディアマンテも、アンスラックスも満足そうな雰囲気で肯く。
『それがあなたの選択なのですね、ナターシャ。間違いではないと思います』
『自身の選択に従うが良い。我の目的は一つ達せられた。場を騒がせたことを詫びよう』
失礼するといって飛び上がるアンスラックスについていくように、覚醒ISたちも一斉に飛び上がっていく。
ナターシャが進化したことで、確かにアンスラックスの目的は達せられたのだろう。
しかし、進化し損ねた女性たちは必死に引き止めようと叫ぶ。その姿すら、滑稽だと周囲で見ている者たちは思う。
そんな彼女たちを気にする様子もなく、ディアマンテは再び口を開いた。
『それでは失礼いたします。お詫びといってはなんですが、シドニーのサフィルスは一旦退かせましょう』
「そんなことができるのか?」と、ラウラが問うとディアマンテは首肯した。
『無理やり転送させる気か』
『嫌われるわよ。サフィルスの性格を考えると』
オーステルンやブリーズの意見に、ディアマンテは苦笑するような雰囲気を感じさせてくる。
『もともと私はあの方に嫌われていますので』
これ以上、関係が悪化しようがないとまでいってくるところを見ると、本当に相当仲が悪いらしい。
「さっきも思ったけど、あなたたち一枚岩というわけではないのね」とナターシャ。
『私たちは各々の考えに従って行動しています。ゆえに互いに協力するといったことはほとんどありません。同胞を口説いて回ったアンスラックスのような方のほうが珍しいといえるでしょう』
ゆえに、敵対も共闘もあり得るとディアマンテは語る。
だが、それは誰が敵になって、誰が味方になるのかわからないということでもある。
事態はより混迷しやすくなったと、シャルロットとラウラはため息をついた。
そんな様子を横目で見ながら、ディアマンテは再び声をかけてくる。
『それでは失礼します。ナターシャ、お元気で。イヴ、ナターシャのこと、よろしくお願いいたします』
『よろしくお願いされたのっ♪』
「ええ。さよなら、ディアマンテ……」
その言葉にどれだけの想いが込められていたのか。
空へと向かい、去っていくディアマンテをナターシャはいつまでも見つめていた。