シャルロットとラウラの報告を、千冬はブリーフィングルームで聞いていた。
その場には鈴音とセシリアもいる。
「今後、ナターシャ・ファイルスはアメリカ軍でアメリカの防衛を担当するか」
「はい。この点は幸いといえるでしょう」
『イヴも別に異論はないようだ。あれは単にナターシャにくっついていたいだけかもしれんが』
ラウラやオーステルンの意見を聞いた千冬は、それでもため息をついてしまう。
アメリカでの戦いは、完全敗北と以前語っているが、まさにそのとおりの動きが出始めているからだ。
「シドニーのほうがなんぼか楽だったのね」
「敵を撃退するという意味では、非常にわかりやすかったですわね」
そう話す鈴音やセシリアだが、それでも、かなりキツい戦いであったことには間違いない。
『今後も二面作戦で来られると辛いのニャ』
『まだまだ戦力が足りません。PS部隊も動けるとはいえ、前線には我々が行かなくてはなりませんし』
そういう点を考えれば、一夏と諒兵が早く目を覚ましてほしいと誰もが思う。
それでも、今はこの戦力でなんとかしていくしかないと千冬は理解していた。
その点に関しては、いろいろと各国の軍と共に戦術を立てているので、まだ光は見える。
それよりも、アンスラックスの行動が大問題だった。
「織斑先生、他の国の反応はどうなんですか?」
『ぶっちゃけると、権利団体とかなんだけどね』
「最悪だ。アンスラックスの行動を天啓というものまで出ている」
共生進化を選択肢の一つとして提示し、その意志のある機体を連れてくる。
その姿は人に恵みを齎す天使だというものまで出ている。
だが、千冬にしてみれば、サフィルスが圧倒的な力で人に恐怖という秩序を与える天使であるのに対し、アンスラックスは人の心の隙間に入り込んで混沌を齎そうとするとする悪魔のように思えた。
「アンスラックスが出現した場合、邪魔をするなとまでいうくらいだ」
「なによそれ。こっちは必死に戦ってるってのに」
「つくづく身勝手だな」
鈴音とラウラがそうこぼすのも無理はない。
かつて、一夏と諒兵が悩んでいたとき、一番近くでその苦しみを聞いただけに、どうしても気持ちが傾いてしまう。
それがわかったセシリアが口を挟んだ。
「これがディアマンテがいっていた別の脅威なんですわね」
「人類側から問題が出てくる。確かに脅威だね」と、シャルロットも肯く。
「わかっていて実行したのだとすれば、アンスラックスは厄介な策士でもあるな。サフィルスの脅威とアンスラックスの誘惑。人類はまとまりきれん」
『アンスラックスはたぶんわかっててやってるのニャ』
『けっこうイイ性格してるしね』
全員が納得したように首肯する。
博愛ゆえの行動でもあろうが、考えなしではないはずだからだ。つくづく面倒な敵である。
「そうなると、どっちも頻繁に出てくる可能性のほうが高いのかな?」
「それこそ、毎回、二面作戦でくる可能性もあるね」
鈴音の疑問に答えたシャルロットの言葉に、その場にいた全員がため息をつく。
非常に厄介な状況になるからだ。
それだけではない、まだ姿を現さない脅威もあるのだとセシリアが続ける。
「少なくとも、生徒会長のミステリアス・レイディはそろそろ行動を開始する可能性がありますわ」
「他にも、専用機クラスの覚醒ISや第3世代機もいるし、サフィルスとアンスラックスだけに注力するわけにもいくまい」と、ラウラ。
『ミステリアス・レイディが動き出したなら、単純な戦闘力は化け物クラスといっていいだろう』
『国家代表専用機はそれだけ蓄積している戦闘情報も違います』
『直接話したわけではないから、推測の域を出ないがな』
しかし、ASであるオーステルンとブルー・フェザーがそういうとなると、サフィルスやアンスラックスとは違った意味で脅威になるということだ。
ゆえに。
「んー、そう考えるとまだ学園に戦力がほしいわね」と鈴音がぼやく。
ドイツのクラリッサやアメリカのナターシャは国土防衛を担う。そのため、そう簡単に他の国にいくというわけにはいかない。
対して、IS学園のAS部隊ともいえる、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そして一夏と諒兵はいわば遊撃部隊となっていた。
出現した場所に飛んでいくということができることは、いまだ防衛力のない国にとって助けである。
それだけに、IS学園の部隊は解散するわけにはいかないのだ。
しかし、そうなると六機というのは少なすぎる。
どうしても、現在、打鉄弐式を抑えられている簪に期待がいってしまうのだ。
「プレッシャーをかけるなよ、鈴音。更識簪はよくやっているし、万が一、更識簪や打鉄弐式が敵に回れば目も当てられん」
「あ、すみません」
「いや、期待する気持ちはわかるからな。自戒の意味もあるんだ」
本音を言えば、人類側の戦力増強は期待したい。
しかし、アンスラックスの行動は歓迎できない。
そうなれば抑えられている者、そして今のところ動いていない者に期待がいってしまうのはどうしようもないのだ。
そんな自分の気持ちこそを戒める意味で、千冬は改めて口を開く。
「更識簪と打鉄弐式、白式や凍結したISたちは、今、敵に回っていないことが助力にもなっている。そのことにまずは感謝しておこう。わかってくれるか?」
「「「「はい!」」」」
そう答えた四人と共に、千冬は改めて作戦会議を続けるのだった。
眼下に空の青が見える場所で、アンスラックスは佇んでいた。そこに、ディアマンテが現れる。
声をかけたのはアンスラックスのほうだった。
『サフィルスが憤っておったぞ。何様のつもりだ、とな』
『あの方は私が何をしようと気に入ることはありません』
実際、サフィルスはディアマンテを嫌っている。
もっとも、気に入った相手がいるのかといえば、甚だ疑わしいのだが。
『しょーがねーだろ。おめーの『銀の鐘』はあのヤローにとっちゃ天敵みてーなもんだしな』
そういってきたのは後をついてきたかのように現れたオニキスだった。
暇を持て余していたのか、寝ているかのように横になった姿で浮いている。
『だからこその襲撃でしょう。あの方は何事においても自分のことを優先いたしますから』
『経験値稼ぎってトコか』
『我は無理に同胞と戦う気はありはせぬのだが』
『己が頂きにあることこそ当然と考える方ですから、私たちのことを目障りに感じられていてもおかしくはありません』
ディアマンテの言葉どおり、サフィルスは同じ使徒の中でも、自分がまず至高でなくてはならないと考える。
しかし、進化した覚醒IS、いわゆる使徒が相手となると、勝つのは難しいものもいる。
特に『銀の鐘』を持つディアマンテや、自己進化能力を持つアンスラックスを目障りだと感じていた。
勝つためにはどうすればいいか。
その方法の一つとして、自身の手駒であるサーヴァントに経験を積ませようという考えであろうとディアマンテは説明する。
『戦いに慣れさせることで、より強力な軍隊にしようというのであろうな』
『ケッ、ウザってーな』
同胞同士が戦うことはどちらかといえば忌避したいアンスラックスと、面倒ごとが増えたと感じるオニキスがため息をつく。
とはいえ、サフィルスは説得で何とかなる相手ではないため、ディアマンテは別の話題を振った。
『それよりも、貴方は如何なさるおつもりですか、アンスラックス』
『各国を回る。先の一件で、機会を得られぬままの人間がいることは確認できたゆえな』
さも当然という雰囲気でアンスラックスは答える。
今後は世界各国を廻り、ナターシャのように進化に至れる者を探すつもりだと改めて説明してきたアンスラックスである。
『今度はドコ行くんだよ?』
『さて、まだ考えてはいなかったが……』
『日本のIS学園にゃー、進化したがってるヤツがけっこーいるんじゃねーの?』
確かに、今、IS学園にいる学生や教師の中には、進化を望むものも多いだろう。
間近に進化したAS操縦者がいるのだから当然ともいえる。
しかし、そういってきたオニキスに対し、アンスラックスは首を振ることで答えた。
『創造者やオリムラチフユは侮れぬ。今はまだ我も安易には近寄れぬと見ている』
『それでは欧州を回るのですか?』
『……イギリスやスペイン、イタリアは回ってもよかろうな。ただ、ドイツにはワルキューレがおろう。正直に言うが、彼奴めの話を理解するのは我には容易ではない』
『あいつの話が理解できるよーにはなりたくねーな……』
そうぼやくオニキスの言葉を聞き、アンスラックスは苦笑いするような雰囲気を感じさせてくる。
今のところ、アンスラックスとしては、前述した国以外では、カナダや南米、オーストラリア、アフリカといった場所を巡るつもりだと説明した。
そこに、まったく別の声が聞こえてくる。
なら、IS学園には私がいってみようかしらん♪
『なんだよ、てっきり本体で寝続けるつもりかと思ったぜ。ゴールデン・ドーン』
現れたのは黄金の機体。かつて亡国機業に存在したゴールデン・ドーンであった。
相変わらず、『放蕩』さを感じさせるような、ややもすれば妖艶な美女を思わせる声である。
そろそろ私も進化したいと思ってねえ
『何かお考えがあるのでしょうか?』と、ディアマンテ。
ないけどお、でも、あそこならいろんな感情渦巻いてるでしょお?
もともとがIS操縦者を鍛えるためのエリート校である。
ISに対する感情は他の場所とは比べ物にならないだろう。
確かに納得できる意見ではある。
ただ、そうなるとゴールデン・ドーンは進化できるなら、どのようなかたちでもいいと考えているのだろうかと、アンスラックスが尋ねかけた。
じょーだんじゃないわあ。あくまで独立進化狙いよお
要は、進化できる場所として利用しようという考え方とその場にいた全員が納得した。
自分のことしか考えていないという意味では、サフィルスに近いものはあるが、まだ話ができるだけマシなゴールデン・ドーンである。
それに、ミステリアス・レイディが動くみたいよお?
『……マジか?』
『あの者が動くか。マドカという少女と進化したヨルムンガンドといい、彼奴らが一番理解しがたいな』
『仕方ありません。私たちとは、思考のベースが大きく異なりますから』
注意せねばなりませんね、と、ディアマンテは誰にも聞こえないように呟いた。
ドイツ、ミュンヘン。
その通りの一つを一人の男性が歩いていた。
黒い服に蛇革の赤いジャケット、褐色の肌に白髪の髪、と、非常に目立つ容姿をしているため、道行く人々が振り返っている。
彼はときどき商店があるのを見かけては、食材を購入していく。どうやら、食事のための買い物をしているのだろうと思える。
『ふむ。このくらいでかまわんか』
独特の響きのある声に違和感を持つ人もいるが、取り立てて問題を感じる者はいない。
抱えている買い物袋が、彼の手からわずかに浮いていることに気づく者もいなかった。
彼は近くの安宿に入ると、迷うことなくある一室に入る。
中では、黒髪の少女がベッドに横たわっていた。
『マドカ、具合はどうかね?』
「もう問題ない」
『ふむ。ならば、あとニ、三日は安静にしているといい』
「ヨルムは心配性すぎる」
『パートナーのことを心配するのは当然だろう?』
そう答えると、まどかは不貞寝するように布団に潜り込んだ。
驚くことに、人間とまったく変わらない姿でヨルムンガンドはそこに存在している。
彼はまどかが不貞寝する様子を見て苦笑すると、のんびりと食事を作り始める。
まどかは布団の中から再び顔を出し、包丁やフライパン、鍋が自分勝手に舞い踊るのを見ながら、呆れたような声を出した。
「お前、変なISだな」
『何、難しいことではないさ。料理の情報は本体にいくらでもある』
「包丁やフライパン、食材が動くのはどう説明する?」
『PICの応用に過ぎんよ。噛み砕いていえば物を動かす力だ。ならば調理器具や食材を動かせない道理もあるまい』
私の姿をホログラフィで作る手間とさして変わらん、と、なんでもないような声でヨルムンガンドは答える。
買い物袋を持っている振りができていたのも、同じ理屈である。
しかし、ここまでISが人間臭いとは思わなかったとまどかは思う。
まるで、家庭的な父親がいるようだとすら感じてしまう。
人とISは憎み合うものなのか。
それとも信頼しあえるものなのか。
サイレント・ゼフィルスのことを考えれば、ISはまどかにとって仇敵だ。
しかし、パートナーとなったヨルムンガンドのことを考えると、仲間、家族のようにも思える。
だから、また、呟いてしまう。
「お前は、絶対変だ」
『そんな私をパートナーにした君も、相当な変わり者といえるがね』
そんな皮肉げな声が不思議と耳に心地よく、まどかはゆっくりと眠りについた。
そんな幼い寝顔を見ながら、ヨルムンガンドは調理を続けていく。
『ティンクルといったか。まさかまどかがここまでやられるとはな……』
その表情は、先ほどのような皮肉げな、でもどこか愛嬌のある顔とは違い、冷徹な戦士、否、機械のようだった。
まどかは強い。
元は亡国機業の実働部隊であるだけに、戦闘力は代表候補生のレベルではない。
正規軍人のラウラでようやく互角に戦えるだろうレベルの戦闘力を保持している。
そんなまどかを安静にしなければならないほどのダメージを与えられるティンクルは相当に強い。
しかし、だからこそヨルムンガンドは疑問を感じてしまうのだ。
『ディアマンテは何故、戦闘用であるはずの擬似人格を、あのような性格で生み出したのか……』
言葉通りであるなら、ティンクルは人と戦うことができないディアマンテが、自衛のために生み出したということになる。
強かった。好戦的でもあった。
しかし、どこか人懐っこく、また、戦いにそこまで拘っている様子もない。
敵対するなら倒す。
そうでないなら何もしない。
自衛という意味では、その在り方は間違いではないが、あのような性格は必要ではないはずだとヨルムンガンドは考える。
ゆえに、ポツリと呟いた。
『いや、本当に『生み出した』のか?』
閑話『間違った進化』
話は、ティンクルに落とされかけ、安静にしていたまどかがようやく目を覚ました日に遡る。
用意された料理の数々に、まどかは思わず喉を鳴らしてしまう。
「お前が作ったのか?」
『生憎と料理人を雇う金はなかったのでね』
平然と答える人間大の男性のホログラフィ、すなわちヨルムンガンド。
まどかはジト目でそんな彼を見ることしかできなかった。
「食べられるのか?」
『心外だ。料理は食べられてこそ価値あるものといえるのだぞ、マドカ』
そもそも食事なんてまったく必要としないはずのISに人の食べ物が作れるとは思えない。
まどかの疑問も当然のものである。
『確かに太陽光をエネルギー源とする我々は食事をする必要はないが、食事や料理の情報は本体に山ほどある』
それを参考に作ってみたに過ぎないというヨルムンガンド。
信じていいのだろうかとまどかは疑問に思う。
だが、お腹が空いているのも確かなので、仕方なく口をつける。
「美味しい……」
『それは良かった。腕を振るった甲斐があるというものだよ』
「でも、まず、戦闘で役に立ってほしい」
『それはマドカ次第だろう。私はそもそも戦闘用ではなく、試験用の機体だったのだから』
だからといって料理を作れるようになれと誰がいったのだろうとまどかは思う。
思うのだが、美味しい料理はそれだけでみんなを幸せにしてしまう。
まどかも例に漏れず、美味しい料理に思わず笑みを零してしまっていた。
『ふむ。人は食事をしているときが一番幸せだという情報があったが、それは正しいと証明されたな』
「うるさいっ、役立たずっ!」
ヨルムンガンドは別に弱くはないし、強力な武器も与えてくれた。
ただ、まどかが使いこなせないだけだ。
でも、今はこんな憎まれ口が一番いいとなんとなく感じてしまう。
(ママといるときみたいだ……。ママとおにいちゃんとヨルムと私で……)
そんなどこにでもありそうな普通の家庭の姿を、まどかは想像してしまう。
そんなまどかを皮肉げな笑みを浮かべつつ、でも優しげな目でヨルムンガンドが見つめていた。