『ふ~む』と、天狼が珍しく悩んでいるような表情をしている。
ここはコア・ネットーワーク。つまり、インターフェイス状態のASや使徒、そして覚醒ISしか存在できない場所である。
そんな場所で、大変珍しいことに天狼が悩んでいた。
『やはり入れませんかー。アクセスすることもできないとは……』
目の前には、白い『卵』がある。
どうやら、そこに入ろうと考えているようだが、思うようにいっていないらしい。
『鬼が出るか、蛇が出るかといったところですかねー』
予測できないモノ。それがこの『卵』であるならば、かなり厄介な代物ということができる。
『さてさて、あの子たちに教えていいものかわかりませんねー……』
そんなことを呟いていると、天狼に声をかけてくる者がいた。
『おや珍しい。どうしましたしろちゃん?』
そう呼ばれると、その者は酷く不快そうに顔を顰める。
自分はそう呼ばれるほど子どもっぽくはない、と。
『この間、びゃっくんと呼んだら無視してくれたじゃないですかー』
だから、そのおかしな呼び方を止めろと、その者は呆れた様子で告げる。
『だいたい、これまで何事にもシカトこいてたあなたが今になってなぜ動くんです?』
天狼がそう尋ねると、その者は視線を白い『卵』に向ける。
その者にとっても、この『卵』は気になる存在であるらしい。
『そろそろ時期が来たというところですかねー?』
そう思うのは間違いではないとその者は肯いた。
今までは放っておいても良かったが、事態は単純に人類対ISという構図ではなくなってきている。
ならば、いずれは動かなければならなくなる。
だが、何より、自分にも天狼にも理解できない、この『卵』については直接見ておきたかったという。
『そうですかー。本当ならリョウヘイの専用機になるはずだった『黒答』、どうなったのかと思ってましたけどねー』
その言葉に驚いた様子を見せないところをみると、その者も知っていたのだろう。
『あなたにとっては真の対であり、また敵でもあるというところですかー、しろにー』
それは止めろ、武装神姫的に考えても似合わない。
と、疲れた様子で突っ込むその者は、それでも天狼の『真の対であり敵』という言葉を否定はしなかった。
IS学園のアリーナで、楯無は訓練を続けていた。
しかし、その動きが止まる。
少し考えては頭を振り、また考えては、また頭を振るという動作を繰り返す。
相当に悩んでいるらしい。
「どうしても考えちゃうわね。私のところにも来てくれたらって……」
先のアンスラックスのアメリカ侵略。
その情報は瞬く間に全世界に知れ渡っていた。
当然、楯無が知らないはずがない。
自分も進化できるかもしれない。
そんな甘い誘惑に乗るなど更識当主として恥ずべきことだとわかってはいるのだが、力がないことを痛感している今の状態では、期待せずにはいられなかった。
楯無はミステリアス・レイディと対話したことがない。
そのため、あの機体が何を考えていたのかを知ることはできなかった。
ただ、丈太郎からミステリアス・レイディは『非情』という個性を持つため、危険かもしれないという助言を得たため、PSとしてミステリアス・レイディを別に組み上げておいたのだ。
だが、どう危険だったのか、楯無は聞いていない。
抑えられなかったことを考えても、自分との相性は良くなかったのだろうと理解できるが、いったいどんな性格だったのか、最近は考えてしまうようになっていた。
「そういえば、性格については言葉を濁してたわね」
どんな性格だったのか、丈太郎は知っていたのだろうと思う。それでもいえなかったということだろうか。
「いわないことは絶対にいわないものねえ……」
初めて会ったときのことを思いだす。
実は日本政府から、世界のIS開発において、驚くほど優れた日本人がいるということを知らされ、暗部に対抗する暗部として身柄を拘束。
日本の企業で開発するようにせよと指令を受けたのだ。
ただ、会ったときに、この男は絶対にそういう話は受け付けない人物だと理解できた。
信念で動くタイプの人間は、いくら金を積もうとも、どれだけ力で押さえつけようとしても従わない。
そもそも金は十分にあるし、力も当時の状況では間違いなく最強クラス。
どんな無理ゲーよ、と、思わずこぼしたものだ。
そう考え、素直に上には失敗したと伝えておくと丈太郎に告げたとき、なら、困ったことがあったらいえといわれた。
お礼として、ミステリアス・レイディのナノマシンについても設計図を貰えた。
十分に感謝すべきことであり、別に恨むつもりはない。
ただ、今はミステリアス・レイディがいったいどんな性格だったのか、『非情』を個性として持つあの機体について、もっと詳しく知りたいと思っていた。
ふん、ふふふ~ん♪、と、まるで鼻歌でも歌っているかのような調子で、はるか空の上からIS学園を見下ろしているゴールデン・ドーン。
さて、それじゃあ、行ってみようかしらん♪
行くのは別の場所だよ。ゴールデン・ドーン
その声に振り向くと、そこには透明な衣を纏った機体がいた。
その名をミステリアス・レイディ。楯無の愛機であった機体である。
邪魔スル気?
コアを砕かれたいのかい?
ゴールデン・ドーンが放つ殺気にもまったく動じる様子がない。
それどころか、少年のような声でおかしそうに笑うミステリアス・レイディだった。
今回だけさ。見極めておきたいからね
自分の主が気になるのお?
最後のチャンスをあげておかないと寝覚めが悪いんだ
ゆえに、ゴールデン・ドーンにはサフィルスと共に別の場所で暴れてほしいとミステリアス・レイディは告げる。
鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ。
猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルン。
IS学園の戦闘部隊である四人と四機は邪魔になるため、引きつけておいてほしいのだという。
何なら他の機体を行かせてもいい
なら、テンペスタⅡにでも行かせるわん
自分たちと違い、能動的に動くことはないが、新たな脅威として認識されるだろうとゴールデン・ドーンは楽しそうに笑う。
オニキスを行かせることも考えたが、最近のオニキスはどうもおかしいので、名前を出さなかったのだ。
いずれにしても、邪魔が入った以上、もう動く気はないゴールデン・ドーンだった。
美人は遅刻しても許されるからねえ♪
そうだね。しばらくゆっくりしてくれていいよ
そう答えたミステリアス・レイディは、すぐに光となってその場から消える。
まったく、IS学園の人間を皆殺しにする気かしらあ?
恐ろしく物騒な呟きを残して、ゴールデン・ドーンはその場から飛び去った。
警報が鳴り響く。
直後、千冬の声が、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの頭に飛び込んできた。
[出撃準備だッ、サフィルスとサーヴァントッ、及びテンペスタⅡと量産機の大群がリオデジャネイロに襲来したッ!]
即座に準備を整え、飛び出す四人と四機。
今はまだ彼女たちに縋るしかないことを悔やみつつも、決して死なせはしないと千冬はモニターを見つめる。
「テンペスタⅡはこれまで来ていませんね」
「イタリアの第3世代機が来るのは初めてか……」
と、虚の言葉に答える千冬だが、かつて自分のライバルといえた相手の機体の後継機だけに、気持ちは少し複雑だった。
しかし、そんなことをいっている場合ではないことを理解している。
「アンスラックスの動向に気をつけろ」
「はい」
そう答えてコンソールを叩く虚の姿に満足げに肯く。
そんな千冬に真耶が声をかけてきた。
「……最近、オニキスが襲来しませんね」
「そういえばそうだな。まあ、ありがたいことだが」
とはいえ、いつ襲来してきても撃退できるように、戦術は立ててある。
確実に勝てるとはいわないが、今はまず目の前の敵に集中するべきだと千冬は語る。
『オニキスはなんか変ー』
「そうなのヴィヴィ?」
『なんか考えてるっぽいー』
「何、とは何だ?」
わかんないー、と、あっさり答えてくるヴィヴィに千冬はこめかみを軽く押さえる。
役に立ってるのかどうかわからないヴィヴィである。
「むー、ちーちゃん、ヴィヴィをバカにしないでよ」
『ママ大好きー♪』
意外に親バカになりつつある束だった。
付き合っていると頭が痛くなりそうなので、千冬は再びリオデジャネイロを映すモニターに視線を戻す。
「サーヴァントの動きが良くなっているな……」
「たぶん、前回の戦闘で経験を積んでるね。サフィルスの目的はそこにあるのかも」
「人を襲う以上、戦わないわけにはいかない。しかし、向こうの経験値稼ぎになっているのか……」
数で上回っている上に、経験まで上回られたら、いずれは全員が落とされる。
それだけは避けたくとも、だからといって人類を見捨てることなどできない。
「でも、だからこそ、あの子たちはあの四人を選んだんだよ」
「束?」
「経験を積んでるのはこっちも同じ。そしてそれ以上の強い想いがあれば、もっと強くなれるんじゃない?」
どこか他人事のようなセリフだが、不思議と安心する千冬だった。
「そうですね。私たちの教え子は、積んだ経験を活かせる心を持ってるはずですよ、織斑先生」
「そうだな……」
今はただ戦うしかない。
それは敵だけではなく、自分たちにとってもプラスになっていると信じるしかないのだと千冬は自分の心に言い聞かせた。
戦闘中の整備室使用は禁じられているため、簪は自室で打鉄弐式の組み上げ作業を行っていた。
具体的なイメージはまだ見えていないが、漠然とかたちが見えてきたことで、意欲も生まれつつある。
同室の箒は、何故か剣術指南書を読んでいた。
もともと実家が古流剣術の道場だというのに何故わざわざ指南書など読むのかと思ったが、やけに真剣なので何か大切な理由があるのだろうと聞かずにいる。
微妙な距離感ではあるが、簪にとってはちょうどいい存在でもあるのが箒だった。
それはともかく。
ネットワークにつないである簪のPCは、戦闘の様子を見ることができる。
今までは鈴音たちの戦闘の様子に興味はなかったが、今は、少しでも参考になるならと組み上げの傍ら、戦闘の様子も見ることにしていた。
別に彼女たちと共闘するつもりはない。
無論、そうしてほしいといわれれば、そうするつもりではあるし、十分にやっていけるだけの実力もあるが、簪はどちらかというと戦場には一人で向かいたいと思う。
というより、戦いそのものに対して、常に一人でありたいという意識があった。
協調性がないというより、自由でありたいという気持ちがあるからだ。
それに、一人でも十分に戦えるほど強くなければ、楯無を超えられないという劣等感もあった。
このあたりは、やはり欠点といえるだろう。
(それでも、なんでもできるヒーローに……)
できっこないじゃぁーん。あたいとは違うんだしぃー♪
いきなり聞こえてきた『声』に簪は思わず驚きの声を漏らしてしまう。
「篠ノ之さん、何かいった?」
「いや、何もいっていないが……」
箒に尋ねても、そんな言葉しか返ってこない。
空耳だったのだろうか。
そう思うほどに、微かな『声』だったが、妙に心に残る気がする簪だった。
IS学園整備室。
その扉がそっと開けられるのを、驚いた様子で本音は見た。
「あれっ、本音ちゃん、何でここにいるんだ?」
そう声をかけてきたのは、弾だった。本来なら、弾も戦闘中の整備室使用は禁じられている。
ゆえにこっそり入ってきたのだろう。
本音はそんな弾の疑問に、素直に答える。
「私は現場待機だよ~、いつケガして戻って来るかわからないから~」
戦闘後のチェックを考えると、本音の存在は重要である。
そのため、ここで待機することを許されていた。
整備室の防衛力は、学園生の避難場所以上に強固になっているため、安全といえば安全なのだ。
「それよりだんだん、勝手なことしちゃダメだよ~」
「あー、いや、一夏と諒兵に喝入れてやろうと思っただけなんだけどな」
「かつ~?」
「悪いけど、ちょっとだけ見逃してくれ」
そういって、弾が一夏と諒兵が横たわる整備台の近くで妙な動きをするのを本音は不思議そうに見つめる。
だが、しばらくすると弾の表情がいきなり真剣なものに変わった。
すぐに本音の元に駆け寄り、いきなり抱きしめて押し倒してくる。
「ふぇ~っ?」
本音が突然のことに驚いた直後、轟音と共にIS学園が大きく揺れた。もっとも、弾に押し倒されたおかげで、本音は転ぶこともなく無事であったが。
「エルッ!」
『にぃに、やなヤツ来た』
「えっ、えっ、なに~?」
「じっとしててくれ。ヤベーみてーだ」
そういって身体を起こした弾は、そのまま本音も抱き起こす。
こうも真剣な表情をされていては、抱きしめられても抵抗できない。
何が起こっているのかはわからないが、本当に危険だと理解できるからだ。
しかし、弾はぼそりと呟いた。
「……本音ちゃん、胸は更識ちゃんとの友情崩壊してんのな」
実は隠れ巨乳な本音。対して簪は慎ましやかなちっぱい。
しかし、はっきりそういわれると、さすがに顔が熱くなってしまう。
「む~っ!」と、唸ってぽかぽかと叩く本音に、弾は必死にごめんごめんと謝っていた。
シリアスの続かない二枚目半、それが五反田弾である。
轟音と大きな揺れに驚いたのも束の間、一瞬、モニターに映った機体を見て、虚の思考は止まってしまった。
だが、それでは楯無が危険になるだけだとすぐに気を持ち直す。
「ミステリアス・レイディが襲来していますッ!」
「くッ、ステルスかッ!」
「改良してるね。自分自身を完全に隠してる」
「織斑先生ッ!」
真耶の声に即座に反応するように、生徒の避難、そしてPS部隊を出動させるように指示を出した。
指令室を飛び出す真耶の姿を確認すると、すぐにリオデジャネイロが映るモニターに視線を移す。
「動かせんか……ッ!」
「無理です。現状でもギリギリ均衡を保っている状態です……」
そう答える虚だが、内心では誰か一人でもいいから戻ってほしいと、できるなら一夏か諒兵に目を覚ましてほしいと願わずにはいられない。
「お嬢様……」
苦しんできた楯無が、なお苦しまなければならないのはいったい何故なのかと思わずにはいられなかった。