ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第95話「器物百年を経て……」

弾と本音は、指示に従いシェルターに行くのではなく、本音のことを考えれば、指令室が妥当だろうということでそちらに向かっていた。

本音は、身体の震えを押さえるかのように、弾の腕にしがみついている。

先ほど、楯無とミステリアス・レイディの会話が聞こえてくるようになってからずっとだった。

「そっか、本音ちゃんは知ってたんだな」

「……布仏の家はスペアなの~」

スペア。

その意味を考えれば、すぐに理解できる。

何一つつながりを持たないのが更識楯無であるならば、もし早死にしたとしたら、跡継ぎも残らなくなる。

それでは更識家が断絶してしまう。それは更識楯無を使う者にとっても大きな損失だ。

ならば、どこからか『新しい更識楯無』を調達する必要がある。

それが更識家の従者の家系である布仏家ということなのだろう。

ゆえに布仏の家もそれほどつながりを作らない。子孫を残す程度のものでしかない。

だが。

「私~、それがいやだったから~」

「友だちは多いほうがいいもんな」

簪とのつながりを守るのも、それ以外にたくさんの友人とのつながりを作ったのも、本当は自分のためだ。

もしかしたら、孤独な『更識楯無』になるのは自分かもしれない。

そんな恐怖に対する、精一杯の抵抗だったのだ。

「更識ちゃんだってわかってくれると思うぜ」

「ありがと~、だんだん」

顔を青ざめさせながら、それでも微笑む本音に、彼女の強さを感じる弾。しかし……。

「でも~、私とかんちゃんで両手に花とかダメだよ~」

『にぃに、八方美人すぎ』

「お前らっ、いい話で終わらせてくれよっ!」

そんなことは世界が許さないのである。

 

 

ミステリアス・レイディが更識家に伝わる妖刀であったという告白は、指令室にいるものも驚かせるに十分なものだった。

もっとも、ただ一人、さほど動揺していない者がいた。

虚である。

彼女もまた、本音同様に『更識楯無』について、親に教えられ、育てられていた。

しかし、この場でそんなことをいえるはずがないと口を噤む。

そんな虚を一瞥すると、千冬は天狼に尋ねかける。

「天狼、こんなことがあり得るのか?」

『むしろ、ISのほうが特殊ですねー。私たちはもともと彼と同じで、器物に宿るんです』

「器物?」

『何でもいいんです。ただ、男性格と女性格で違いはあります。男性格は妖刀、魔剣、銃器といった武器、兵器、すなわち殺す物に宿ります』

逆に女性格は、宝石、かまど、他には御神刀や聖剣といったような、護る物に宿るという。

『しろにーや私、アンアンもかつては器物に宿っていた時期がありますよ』

白式やアンスラックスのことである。

「そっか。ヴィヴィたちは付喪神なんだね」

『そうだよー』と、答えるヴィヴィの声に束が納得したように肯いた。

 

陰陽雑記に云ふ。 器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり

 

古書の一文にある、器物に宿る精霊、それが天狼たちエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体であったということだ。

『ISコアはただ器物に宿るだけだった私たちにとって、更なる思考力を与えてくれる特別なものなんですよ』

「だからこうして話ができるのですね?」と虚。

『はい。でも、古くから私たちのほとんどは人と共にいたんです。彼も妖刀である前は、別の器物に宿っていましたし』

そうして、はるかな昔から、物言わぬ隣人として天狼たちはいたのだ。

ただ、人間がそれに気づかなかっただけで。

「だとしたら、我々よりずっと長く存在してるんだな。ちなみに聞くが白式やアンスラックスがかつてなんだったか、わかるか?」

『しろにーは鏡です。日本で一番有名な』

「八咫鏡だとッ?!」

『アンアンは盾ですね。あの方はオリンポスにいましたよ』

「アイギスの盾……」と、虚が呟く。

とんでもない名前が出てきてしまい、さすがに皆が驚く。

伝説に語られる聖なる至宝。

しかし、今の覚醒ISたちの力を考えれば、そんな伝説も事実であろうと十分に考えられる。

「だとしたら世界中の伝説の武器や道具に、みんな宿っていたことになるんだね」

『ヴィヴィは鞘ー、ブリテンのー』

「うわお、アヴァロンだったんだね、ヴィヴィ」

『よく切れる剣だったからがんばって抑えてたー』

アヴァロンを鞘とする剣の名はエクスカリバー。

何気にとんでもない名前がどんどん出てきて千冬は呆れてしまう。

「ちなみにお前はなんだったんだ、天狼」

もうどんな名前が出てきても驚かないぞという気持ちで千冬は尋ねかける。

草薙の剣やグングニル、バルムンクだろうがドンと来いである。

『毘盧遮那仏像ですよー』

「は?」

『奈良の大仏様ですってば。たまに頭だけで抜けてジョギングしてました♪』

「そんなのまでアリかッ?!」

確かに器物である。仏像なのだから。

だが、予想の斜め上をカッ飛んでいく天狼に皆が思う。

ああ、やっぱりこいつは、こいつだけはおかしい、と。

 

 

そんな指令室の会話を聞きながら戦っていたリオデジャネイロの鈴音はふと閃いた。

「マオも地上にいたことがある?」

『あるのニャ。昔は海の重りだったのニャ』

「なーるほどっ♪」

即座に鈴音は両手の娥眉月をまとめ、さらに二つを合わせる。

「ならっ、こういうのアリよねッ!」

合わさった娥眉月は一本の棒と化す。

鈴音がそれを凄まじい速度で振ると、一気に伸びて多数の量産機を薙ぎ払った。

如意金箍棒。

本来は紅海の深さを測る際に使用した重りだが、その後、西遊記に語られる闘戦勝仏、孫悟空が奪い取り、武器として使われたものだ。

 

それを見たセシリアはすぐにブルー・フェザーに『確認』した。

「あなたの個性と性格を考えると、自らその身を折ったことがありますわね?」

『聡明です。かの王が道を違えた際に身を折りました』

満足そうに肯いたセシリアは、エンフィールド・ウォーフェアを構え、引き金を引く。

「切り裂きなさいッ!」

セシリアがそう叫ぶや否や、放たれた弾丸は一振りの巨大な剣と化して敵を切り裂く。

エクスカリバー。

ブリテンの王、アーサーが台座から引き抜いた剣、カリバーンをさらに鍛え直した護国を担う聖なる剣。

世界でもっとも有名な聖剣である。

 

発想する。その材料としてこれほどありがたい情報はないということを鈴音やセシリアの姿を見て確信したシャルロット。

「聞いてもいいかな?」

『期待に応えられるか、ちょっと自信ないわ』

「知りたいだけだから」

『そう。私は一神教の聖母を祀ってた『場所』だったのよ』

その名で知られるものは、今この場にいるものの中でも最大級といえるだろう。

そもそも武器ではない。防具でもない。

しかし。

「君たちがいる場所としては相応しいかもね」

そういって全てのサテリットを飛ばしたシャルロットは、巨大な建造物をイメージし、敵を閉じ込め、動きを封じる。

カテドラル。

ある宗教において聖堂と呼ばれるそれは、すなわち寺社仏閣にあたる建造物だ。

神を祀る場所としてあるそれは、天使もまた祀るというかたちで封じ込めてみせた。

 

より強く、より正しく。そんな仲間たちの姿を見て、ラウラもまた考える。

自分が持つ想いと、オーステルンの力を合わせれば、道を違えずに強くなれると。

『私は他と違ってな。北の神話で語られる』

「北?」

『私は本来は武器ではなく、武器を鍛えるもの、打ち直すものに宿っていた』

その言葉で閃いた。ドイツの北といえば北欧、しかしそこで語られる神話はゲルマン神話としてドイツでも語られる。

その伝承において、武器を鍛え、打ち直すものといえば一つしかない。

「往けッ、雷神の怒槌よッ!」

即座にラウラは全てのシュランゲを一つにまとめ、巨大な槌を作り上げ、投げ放つ。

その威力はまるで山すらも打ち砕くほどだった。

ミョルニル。

神話においてトールと呼ばれる雷神が武器として使った槌だ。

形状はまさしくハンマーそのもの。投げても失うことはなく、また振るうときにはトールが使う手袋がなければ、トール自身ですら持つことができないと語られている。

 

 

そんな四人と四機の姿を見て、千冬は複雑に思いながらも安堵した。

「リオデジャネイロの戦況はこちらに優位となりました」

「ああ。撃退も可能かもしれん。全員に移動準備を連絡しておいてくれ」

だが、こちらはそんなことはいっていられない。

楯無は今、最悪の状況に立たされてしまっているからだ。

「何とかここを凌ぐ。ミステリアス・レイディの好きにはさせん」

そのためにも、リオデジャネイロの四人と四機のうち一人と一機でも戻れるように、このまま撃退してほしいところだった。

 

 

わかりたくない。信じたくない。

そう思っても理解できてしまう、ミステリアス・レイディの言葉が嘘ではないことを。

その手に持つ小太刀が。これだけのことを話しているにもかかわらず、虚から何の言葉もないという事実が。

それでも、縋るように楯無は語りかける。

「虚、答えて」

指令室から返事は来ない。それが、何よりも雄弁な答えだと理解できてしまう。

「虚ッ!」

[……何故、お嬢様や簪お嬢様が私や本音を信頼なさるのか、不思議でなりませんでした]

本来、更識のスペアである布仏。

更識楯無が跡継ぎを残せず死んだときの代替品。

ならば、信頼関係などあるはずがない。楯無が死んだとき、一番の候補は虚になるからだ。

更識楯無のスペア。

楯無にとって虚は、自分の立場を脅かしかねない存在であり、虚にとって楯無は、死ねば望もうと望むまいと次を任される呪わしい存在。

従者として就くのは、何かあったとき、速やかに代替わりを行うためでしかないのだ。

「何で知ってるの……?」

[私や本音は、父や祖父から、そのお役目を聞いて育ちました。ゆえに、更識の家と布仏の家にあるのは信頼関係などではないということも]

「……笑えたでしょうね」

あるべきは主と従者の関係ではなく、オリジナルとそのコピー。

だが、楯無はそんなことを知る由もなく、虚と友情を築いてきた。信じてきたし、頼ってもきた。

それは、端から見れば滑稽だっただろう。

[笑うことができなくなりました。あなたのせいです]

「えっ?」

[純粋な信頼を向けられるなんて思いもしませんでしたから]

その能力を写し取るために傍にいたはずなのに、相手がこんなに無防備では、と、虚は悩んできた。

どう接すればいいのかと考え続けた。

その果てに得たのは、ただの友人として友情を築くことしかなかったのだ。

[お嬢様、先代があなたに伝えた言葉に、今の状況に至る理由があるはずです]

「お父様が……」

そう言われ、楯無は父から妖刀『楯無』を受け継いだときにいわれたことばを思いだす。

 

お前が新たな更識楯無だ。お前にしかなれないものになれ。

 

特に意味があるなどと想わなかったが、更識楯無の真実を知った今ならば、言葉の裏に秘められた想いが見えてくる。

それは推測に過ぎない。しかし、そのはずだと思う。

父は、更識の家を変えたかったのだと。

つながりを全て断ち切る、たった一振りの太刀。

そんな生き方を、兄弟姉妹で殺し合うような生き方を。

全て否定してほしかったのではないか、と。

 

どうやら理解できたみたいだね

 

と、楯無が答えを出すまで待っていてくれたミステリアス・レイディが声をかけてくる。

最初から戦っていたほうが気が楽だった。

ただの敵であってくれたほうがよかった。

知りたくもない真実を知り、悩み、これまでの自分を否定しなければならない。

そんな敵として現れたミステリアス・レイディ。

この機体が示した中で、選ぶ選択肢は一つしかない。

 

答えは決まったかい?

 

「ええ」

 

その顔だと聞かなくても予想できるけど聞いておくよ

 

「私がほしいのは家族をッ、簪ちゃんやお父様を護れる力ッ、更識楯無の力なんかッ、こっちから願い下げよッ!」

 

やはりそう答えるんだね

 

楯無、否、刀奈がそう答えると同時に、哄笑と共にミステリアス・レイディが光に包まれる。

わかっている。

それでも刀奈はつながりを捨ててまで強くなりたくなかった。

進化したミステリアス・レイディがどれだけ強くても、自分が敵わなくても、倒すべき人類の敵なのだ。

敵を躓かせる程度の小石であろうと、その役目を果たし、学園の仲間たちが倒してくれるのを信じて戦うと刀奈は決意していた。

『どうやら君の強さに僕は必要なかったようだね。僕は一人で進化してしまったよ』

現れたのは見ただけでその獰猛さが理解できるような、ホオジロザメをモチーフとした鎧を纏い、背中に翼を背負った水を思わせる青く透明な人型。

その頭上には光の輪が輝いている。

「ミステリアス・レイディ……」

『さすがにいい加減、その名前はやめてくれないかな』

そういって人型は考え込む仕草を見せる。

今までの例からすれば、宝石の名前になるのだろうと思うが、かつてミステリアス・レイディだった者は意外な名を名乗ってきた。

『そうだね。君が捨てるというのなら、僕が『タテナシ』を名乗るとしようか』

「上等よッ、私はッ、更識刀奈としてあなたを倒すわッ!」

『威勢のいいことだね。向こうの四人が戻ってくるか、それともこちらの二人が目覚めるか。どこまで耐えられるかな?』

そんな楽しそうな声で語るタテナシは、一気に刀奈に迫ってきた。

 

 

刀奈とタテナシの激突を見た千冬は、すぐに真耶に通信をつなげる。

「避難はッ?!」

[終了しましたッ、すぐに出ますッ!]

「頼むぞッ、スペック差を考えても長くはもたんッ!」

ISコアを使えないPSは、第2世代と比べてもスペックが低い。

それは刀奈が現在纏っているものも変わらない。

ベースが第3世代機相当のミステリアス・レイディでも、その機能は大幅に削られているからだ。

千冬はすぐにリオデジャネイロを映すモニターを睨み、声高に叫ぶ。

「各員ッ、戦況次第で一人こちらに戻すッ、鈴音ッ、準備をしておけッ!」

[了解ッ!]

候補としては鈴音かラウラ。どちらも直感型であり、初めての相手でも十分に戦えるセンスがある。

ただ、激戦区である現在のリオデジャネイロ上空から、ラウラは動かせない。

AICが複数の相手に効果が出せるようになった今、撃退する上で外せないからだ。

ために鈴音を選択したのである。

「一夏、諒兵、お前たちの不在がここまで響くとはな……」

二人が目覚めてくれれば、それぞれ、リオデジャネイロの前衛、タテナシとの一騎打ちも任せられるのにと千冬は呟く。

それは現状IS学園での戦いは絶望的だからだ。

本来PSは後方支援部隊。前衛がいることが前提に設計されている。

その前衛が全員不在では、まともな戦いにならないかもしれないのだ。

そんな千冬の苦悩を察したのか、ドイツとアメリカから通信が入ってくる。

[織斑教官ッ、私がそちらに行きますッ!]

[アメリカも現在は大丈夫よ。協力させてブリュンヒルデ]

クラリッサ、そしてナターシャがそういってきてくれるのが本当にありがたい。

現場では死ぬ気で戦っているだけに、こういうときに本当に手を取り合うことができる。

だが。

「大丈夫だ。必ずもたせる」

そう答えた千冬に、ナターシャが声をかけてくる。

[権利団体の横槍なら出させないわ]

今、各国の女性権利団体を解体させる動きがあるが、団体は強固に抵抗していた。

クラリッサはまだしも、ナターシャは女性権利団体の象徴にされようとしている。

さらに国土防衛を担う二人は勝手に飛べなくなってしまっているのである。

ここで勝手な動きをすれば、女性権利団体から面倒な横槍が入ってしまうのだ。

「心配してくれてすまない。だが、もたせてみせる」

ゆえに千冬がそう答えると、別の声が聞こえてきた。

『ダメだと思ったら勝手にいくわ。私の萌えは誰にも止めさせない』

『ねーちゃもみんなも、イヴと一緒にがんばるの』

それが、クラリッサたちとナターシャのパートナーであるワルキューレとイヴの声だと気づいたとき、千冬は場違いに嬉しくなってしまう。

人間かどうかなど関係ない。本気で自分のことを心配してくれていることが伝わってくるからだ。

「そうだな、そのときは頼む。いいパートナーだな、二人とも」

照れくさそうな返事を聞き、千冬は気持ちを奮い立たせた。

自分がこのIS学園にいる限り、生徒は一人として死なせない、と。

 

 

 

 

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