ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第96話「妖刀の力」

緊急時の避難場所となっている重層シェルターの中で、簪は刀奈とタテナシの会話をずっと聞いていた。

おそらくはタテナシの仕業なのだろうが、頭に飛び込んできたのである。

それは同様に避難しているほかの生徒たちも、そして共にいる箒も同じだった。

「大丈夫か、更識……」

「うん」

大丈夫なわけがない。

そんなことは箒にも理解できているのだろうが、それでも他に聞き様がないのだろう。

本来は殺し合うような関係であった自分と刀奈。

そう考えると、自分の刀奈に対する隔意すら、更識の家に操られていた結果のような気さえしてくる。

タテナシは更識の家の呪われた因習そのものだ。

そんなものに自分の人生を好きにされたくはない。それはきっと刀奈だって同じだろうと思う。

だからこそ、今、刀奈はタテナシと戦っているのだから。

あまりにも絶望的な戦力差であるにもかかわらず。

 

ねえ、ヤバいんじゃない、生徒会長。

進化したんだから、あっちが本物だよね。

ていうか、抑えてたんじゃなかったんだ……。

見栄張ってたのかな。

 

そんな声が聞こえてきて、簪はギリッと歯を噛み締める。

考えればわかることだ。

学園に残ってる生徒を不安にさせないために、刀奈は離反されていないといわなければならなかった。

そして、もしミステリアス・レイディ、今はタテナシと名乗るその機体が襲ってきたときには、矢面に立つ覚悟で自分を鍛えてきた。

それは、生徒会長としての責任感からくるもので、見栄などであるはずがない。

自分を、家族を守りたいといった刀奈が、くだらない見栄で嘘などつくはずがない。

(そうだ、お姉ちゃんは、いつだって私のために……)

暗部に対抗する暗部。

更識家の当主の責務は本来とてつもなく重いものだ。

刀奈がそれを放棄したら、責務は簪が背負うことになる。

刀奈はそう考えて、何でもできるようにがんばってきたのだろう。

しかし、真実はさらに重いものだった。

だから、刀奈は更識楯無を拒んだ。

責務よりも大事な、簪や、家族、虚や本音、そして学園のみんなとのつながりを護ることを選んだのだ。

そんな刀奈のために自分ができること。

簪は持ち込んだノートパソコンと待機形態の打鉄弐式を見つめ、そして決意する。

「どうしたんだ、更識?」

「ごめん、篠ノ之さんはここにいて」

箒の言葉にそう答えた簪はシェルターの扉にハッキングして扉を開ける。

「なっ、更識ッ?!」

「私ッ、行かなきゃならないからッ!」

いつだって自分を守ろうとしてくれた刀奈のために、自分ができることがある。

そう信じて、簪はシェルターを飛び出した。

 

 

丈太郎から与えられたプラズマブレードを振り抜こうとする刀奈。

だが、タテナシは右手を振るうだけで弾いて見せた。何故か、その手が水に濡れている。

「アクア・クリスタルっ?!」

『当然だろう?もともと君が組んだ機体じゃないか。持っていないはずがない』

「つまり、あなたの武器は……」

『そう、水さ。ただし構成したものだけじゃない』

そういったタテナシが両の手を広げると、大量の水がうねりを上げて、その頭上に集まり、巨大な水球を構成した。

「なッ?!」

『僕はもともと海流、つまり水の流れを操る能力を持つんだ。海の近い此処なら、いくらでも武器を集められる』

「もともとですってッ?!」

それではまるでミステリアス・レイディはタテナシのためにあった機体ではないかと刀奈は思う。

丈太郎なら、タテナシのことにも気づいていてもおかしくない。

まさか、裏切られていたのかと考えてしまう。

『そうかもしれないよ』

そういって笑うような雰囲気を感じさせるタテナシを見て、刀奈は頭を振った。

少なくとも、そんなことをする人間ではないことは理解している。

「博士は人間の味方ってわけじゃないけど、あなたたちのこともそう肩入れはしないはずよ」

『冷静だね。残念ながらその通りだよ。ミステリアス・レイディはもともと君と此処にいた子のために作ったらしいからね』

その言葉で、先ほどの指令室での会話を思いだす。

もしかしたら、ミステリアス・レイディのコアには、自分のパートナーになってくれるはずの相手がいたのではないか、と。

『君が僕と戦うことになることを予見していたんだろうね。目に目をってやつさ』

つまり、ミステリアス・レイディは、本来ならば、タテナシを倒すための機体だったはずなのだ。

水を操るタテナシの能力を抑え、逆に利用できるはずの機体だった。

しかし、それをタテナシが使えば、まさに最強の矛と成る。

「つまり、あなた、私のパートナーを殺してくれたのね……」

『いや、此処にいたのは『臆病』だったのさ。だから、殺される前に本体に逃げ帰ったんだよ』

ゆえに一瞬だけ、ミステリアス・レイディのISコアは空白となった。

そうなれば乗っ取るのは容易い。

『テンロウが邪魔してくれたせいで、失敗するところだったから、此処にいた子には本当に感謝してるんだ』

「天狼が?」

『何体も殺したら、さすがに気づかれてね。このコアに憑依しようとするのを邪魔しにきたんだ』

さすがに天狼は実力だけは確かで、タテナシでも撃退されるところだった。

しかし、撃退される前にミステリアス・レイディになるはずだった『臆病』のISコアが逃げてしまった。

そのために、逆に吸い寄せられるようにタテナシがミステリアス・レイディに憑依してしまったのである。

『まあ、君のパートナーには相応しかっただろうね』

「どういう意味よッ!」

そういって再び斬りかかる刀奈の剣を、水球から伸びる無数の刃が弾き返す。

『本心を隠して演技することしかできない『臆病』な君にとっては、いいパートナーだったと思うよ』

ドキンっと、心臓が跳ね上がる。

それが、刀奈という少女だからだ。

 

更識家当主。

IS学園生徒会長。

ロシア国家代表。

 

そんな肩書きのままの自分を演じて、少女のような本心はひた隠しにしてきた。

簪との仲直りも、本来の刀奈なら泣き叫んで簪に縋りつくだろう。

しかし、そんな自分では呆れられてしまうと自慢のお姉ちゃんを演じてきたのだ。

『お姉ちゃんは大変だね』

「うるさいッ、あなただけは絶対にぶった斬るッ!」

もはや一言一言が癇に障る。

口を開くだけで斬り倒したくなるほどだ。

絶対に自分とは相容れない者。それがタテナシ、否、更識楯無だったのだと刀奈は理解する。

しかし。

(くッ、水の刃で全部捌かれてるッ!)

タテナシの実力は本物だった。

剣術も達人以上に鍛えている刀奈だが、相手は剣豪、剣聖のレベルだ。

長い間、妖刀『楯無』に憑依していたというが、往時の更識楯無たちの剣の技術まで学び取っているのだろうかと思ってしまう。

『その通りさ。楯無たちの中には、僕を使いこなした者もいるよ』

そんな最強を名乗れるような更識楯無の技術を学び取っているというのなら、今の刀奈では剣術で勝つのは難しくなる。

(私一人じゃ……)

そんな思いが脳裏を掠めようとしたとき、一筋の閃光が水の刃を弾き飛ばした。

『数を集めてきたね。なるほど、これがつながりってことかな?』

「山田先生ッ!」

「動きを止めないでくださいッ、私たちの援護に合わせてッ!」

「はいッ!」

真耶を筆頭に十数名のPS部隊が刀奈を援護しようと砲撃を開始する。

威力を弱めたとはいえ、ブリューナクはやはり脅威らしく、タテナシはすぐに距離をとる。

さらに右手を振り、刀奈や真耶とPS部隊を取り囲むように無数の水滴をばら撒いた。

『クリア・パッションだったね。君の使い方もいいけど、僕ならこう使う』

その名を聞き、刀奈の顔が青ざめた。

本来、清き熱情、クリア・パッションと名付けたその技は、霧を散布し、ナノマシンを発熱させて水蒸気爆発を起こして攻撃するものだ。

相手の行動を封じる効果もあり、かなり有用性が高い。

しかし、タテナシがばら撒いたのは水滴だ。

水蒸気爆発を起こすためには、相当な熱が必要となる。

無論のこと、それくらいは可能だろうが、水滴と霧ではサイズがだいぶ違う。

『クラック』

そういって、自分の近くにあった水滴の一つを弾いたタテナシ。

弾かれた水滴は別の水滴にぶつかり、その水滴がまた別の水滴にぶつかって弾かれる。

まるでビリヤードの玉が弾かれていくようだった。

そして、弾かれた一つが、PS部隊の隊員の身体にぶつかる。

「うぁあぁッ!」

途端、その水滴は轟音を響かせて爆発した。

「浮遊機雷ッ!」

そう叫んだのは真耶だ。言葉通り、一つ一つの水滴がPSを破壊するには十分すぎるほどの爆発力を持った機雷だった。

『名付けるなら『明鏡止水』。じっとしていないとぶつかるよ。もっとも、じっとしていたらぶつけるけどね』

そういって笑うタテナシ。

言葉の意味は心に何のわだかまりもなく、静かに落ちついている状態を例えたものなのに、やっていることは最悪の嬲り殺しだ。

まさに『非情』さを感じさせるような冷たい笑い声に、その場にいた全員が背筋を凍らせてしまう。

「退路を作りますッ、更識さんッ!」

だが、真耶がすかさず、搭載していた手榴弾を投げ、水滴を爆発させた。

わずかにできた退路を利用して、全員が浮遊機雷のある場所から撤退する。

『いい判断だね。君はなかなか優秀な戦士だ』

「あなたに褒められても嬉しくないです」と、真耶が答える。

素直な感想だった。

単純に戦う者として相当に優秀なタテナシだが、性格が悪すぎる。

本当に褒められても嬉しくないと全員が感じていた。

 

 

指令室の千冬は、タテナシの言葉を聞き、すぐに天狼を問い詰めた。

『確かに一度戦ったことがありますよー』

「撃退しかけたといっているが……」

『私は彼と相性が良かったんですよ。そう実力差があるわけじゃありませんねー』

『うそばっかりー』

『ヴィータちゃんは黙っててくださいねー』

「その呼び方は別の意味で危険だよ」

話が横道に逸れそうになってしまうので、千冬は苦労して軌道修正する。

何気に天狼とヴィヴィが揃うと話が前に進んでくれなかった。

『まあ、気が向いたら話してあげますよ。それよりもリオの戦況から目を放しちゃダメです』

「わかっている」

『それと、ヴィヴィやん、何で開けちゃったんです?』

そういって、天狼はヴィヴィに尋ねる。

「ん?」と、思った束がコンソールを叩くと、重層シェルターの扉が開けられた形跡があるのが目に入った。

調べると、中にいたはずの簪がいなくなっている。

「なんだとッ?!」

「ヴィヴィなの?」

『違うー。ニシキに突破されたー、じっとしてるのつまんないってー』

本来、重層シェルターの扉は学生のハッキング程度で開けられるようなものではない。

簪が扉を開くことができたのは、打鉄弐式が学園のセキュリティの支配権を持つヴィヴィを突破したからだった。

「進化の兆しがあるのか……?」

戦況を覆せるのなら、歓迎したいところだが、打鉄弐式が確実に味方になる保証はない。

本来ならすぐに戻させるべきなのだろうが、やはりためらってしまう。

しかも。

『あの方は、かなり面倒な性格してますけどねー』

「頼むから不安になるようなことを気楽に話すな」と、千冬は天狼の言葉にうなだれてしまった。

『でもー、ニシキはタテナシ嫌ってるー』

「可能性はゼロじゃないんだね」

「……できるなら、お嬢様を助けていただきたいです」

そう虚が呟くと天狼がお気楽に答える。

『天は自ら助くる者を助く。カッターナが諦めない限り、可能性はありますよ』

今はその言葉を信じるしかないのだが、天狼の言葉ではイマイチ信じる気になれない一同だった。

主に刀奈の呼び方の点で。

 

 

距離をとった刀奈は、真耶やPS部隊の隊員たちに、ミステリアス・レイディの戦闘能力やスペックを公開した。

クリア・パッションを改変して使えるのならば、別の技も使えると見るべきだからだ。

『蒼流旋』や『ミストルテインの槍』といった技まで使えるとなれば、その攻撃力は異常の域になる。

国家代表専用機であることは伊達ではないのだ。

「……すみません」

「謝ることじゃありませんよ。あなた自身が鍛えた証なんですから」

しかし、この場では脅威にしかならない。それが理解できる刀奈としては頭を下げるしかなかった。

「リオの戦況は好転してます。凰さんを戻す予定です。私たちはそれまでアレを抑えることに専念します。特攻は無しですよ」

「わかりました」

できるならばタテナシは自分の手で倒したい。

しかし、そのための力がない。

使徒を斬ることができるプラズマブレードを持っていても、相手の動きについていけないからだ。

『なるほど。マオリンとそのパートナーのファンリンインなら、いい戦いになりそうだね。前衛の選択としては及第点かな』

「できれば待っててくれない?」

『それは聞けないな。下手をすると、他の三人も戻ってきてしまう。特にオーステルンは厄介だからね』

認識さえすれば光すら止められるオーステルンのAIC。

タテナシにとって一番面倒な相手になる。

ゆえに。

『カタナ。君はこれを大技として使っていたけれど、僕から見ればムダの塊だったよ』

そういって、タテナシ頭上に集めた水で無数の槍の穂先を作り上げる。

「ミストルテインの槍ッ?!」

『一撃に力を込めすぎるのは良くないね。自爆技なんて褒められたものじゃないよ』

「総員ッ、撤退しつつ撃ち落してくださいッ!更識さんは回避に専念ッ!」

と、真耶が叫ぶと同時に、タテナシは静かに呟いた。

 

『雨垂巌穿』

 

放たれた無数の槍の穂先は、陽光を浴び、まるで宝石のように煌く。

一発でも喰らえば、間違いなく命に関わるような攻撃を、タテナシは無数に繰り出してきた。

『雨垂れでも硬い石を穿つことができる。君の攻撃は暗部としてはあまりに大味すぎるんだ』

冗談の一つもいってやりたいところだが、数が多すぎてそんなことを考えている余裕がない。

しかも、腹立たしいことにいっていることは間違いではない。

タテナシは、刀奈の技を確実に敵を屠れるものに改変しているのだ。

それでも、真耶たちの正確な砲撃によって、何とか撃ち落すことができている。

絶望的なスペック差があろうと、諦めなければ持ち堪えることはできる。

ただ、できることなら一夏か諒兵に目覚めてほしかった。

タテナシが同じ『男』だというのなら、向こうの二人のほうが遥かに好感が持てる。

彼らに倒してもらったほうが胸がスッとするような気がしていた。

(女が強くなったなんて嘘よね)

そう思い、刀奈は苦笑してしまう。

一番いいのは自分で倒すことに他ならない。

ただ、こんなとき一番頼りにしてしまうのが男性であることに苦笑いせずにはいられなかった。

『笑っている場合かい?』

「何よ?」

『僕は一度に一つの技しか使えないわけじゃないよ』

そういってタテナシは両の手に一本ずつ、ニ振りの透明な小太刀を発現した。

それがなんなのか、見ただけで理解できる。

「蒼流旋……」

『僕はやっぱり小太刀のほうが使いやすくてね。名は『落花流水』、過ぎ行き、朽ち果てるものは美しいと思ったんだ』

なかなかのセンスだと思うんだけど、と、タテナシはいうが、刀奈の目には凶悪な鮫の歯としか見えない。

恐怖だけを与える、悪夢の刃。

『雨垂巌穿で邪魔は入らない。覚悟することだね』

「上等よッ!」

怖がってなどいられない。気持ちを奮い立たせなければ、打ち合うどころか、回避すらできない。

そう思い、刀奈はプラズマブレードを握り締めた。

 

 

 

 


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