ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第97話「更識の姉妹」

シェルターを飛び出した簪は地上に向かって必死に走り続けた。

今もなお、頭に会話が飛び込んでくる。

これもタテナシの策略なのかもしれない。

それでも、走らずにはいられなかった。

そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

「かんちゃんっ!」

「本音っ?!」

「おい、シェルターに避難したんじゃなかったのか?」

もう一人は弾だ。

何故、本音と弾が二人で一緒にいるのかわからない簪は、思わず本音を問い詰める。

別になんだかムッとしたわけではない。

ないったらないと簪は強く肯く。

「いや、本音ちゃんは別に悪くないよ。俺がこっそり一夏と諒兵のところに行ったら、本音ちゃんがそこで待機してたんだ」

「なんであなたが行くの?」

「あいつらに少し喝を入れただけだよ。それよりまだ避難してなかったのか?」

「……抜け出してきた」

「かんちゃん?」

頭に飛び込んでくる刀奈とタテナシの会話。それを聞くと、簪はいてもたってもいられなくなったのだ。

この世に二人だけの姉妹なのに、簪は今まで姉である刀奈のために何かできた覚えがない。

でも、自分の手の中にいる打鉄弐式なら、刀奈を助けられるだけの力が十分にある。

「だから、お姉ちゃんのところに行きたい」

「おいおい、今戦闘中だぞ」

「ムチャだよ~」

相手は『非情』のタテナシ。

同胞すら殺してきたタテナシが人間に手加減する理由などない。

巻き込まれれば死んでしまう可能性があるというのに、姉のために行こうとする簪に、弾と本音は揃って呆れた顔を見せる。

「エル」

『この子次第』

短い会話で何か納得したような弾は仕方なさそうにため息をつく。

「更識ちゃんが何を考えてるのかは知らねーけど、可能性はゼロじゃないみたいだ」

「そうなの~、だんだん?」

『聞いてみた』と、答えるエルの声に簪は驚きつつも納得してしまう。

弾ならエルを通じて、打鉄弐式のことも理解できるのだ。

しばらくポリポリと頭を掻いた弾は、もう一度ため息をつくと、本音のほうに顔を向ける。

「本音ちゃん、一人で指令室に行けるか?」

「だ、大丈夫だけど~……」

さすがに本音も不安そうな顔を隠せない。簪にしても、弾にしても、今、タテナシがいる戦場に行くのは自殺行為でしかないからだ。

だが、簪の決意は固く、弾はこういうときに女の子を放っておける人間ではない。

「あんな危ないトコに更識ちゃん一人じゃ行かせられねーよ」

『にぃに、やっぱり八方美人』

「やめろって」

こんな状況でも、軽口が出る弾の姿に、簪はなんとなくホッとしてしまう。

なんとなく、それは一夏や諒兵も同じなのだろうと思う。

それが、男の子の強さなのかもしれない、と。

そんなことを考えた簪は、本音に向き合うと頭を下げた。

「ごめん、今は行かせて。あと、私は本音のことを親友だと思ってる。今も変わらないから」

「かんちゃん……」

「更識の家なんて関係ない。今までありがとう本音。だから、これからもよろしくね」

「わかったよ~、絶対ムリしないでね~」

そういって笑ってくれる親友にどれだけ助けられていたのだろうと簪は思う。

本来はその関係が歪なものであったとしても、本音に会えたことは自分にとって間違いではないと信じられるからだ。

でも。

「……名前で呼ばれてるの、ちょっとムカついた」

「かんちゃ~んっ?!」

少しだけ素直な気持ちを告げたら、本音が慌てたことになんだか笑いたくなってしまうのだった。

 

 

喉元を狙った右の斬撃を止めると、即座に左脇腹を狙ってくる。

そうかと思えば右手の落花流水が下から迫ってくる。

刀奈は呻き声を漏らしつつも、距離をとってタテナシの斬撃を必死に避けた。

『避けるだけじゃ話にならないよ』

「わかってるわ」

とにかく攻撃がいやらしいというか、常に急所を捉えて繰り出される斬撃は、喰らうわけにはいかないということを刀奈は理解していた。

これが身体で受け止められるなら、肉を切らせて骨を断つ要領で反撃できるのだが、前述したように常に急所を狙ってくるので、斬られたが最後、そのままあの世行きだ。

そうなると、止めるか、回避するしか手がない。

結果として反撃の糸口を掴めないでいた。

さりとて、真耶やPS部隊は雨垂巌穿を必死に撃ち落している。

先ほどより数が減っているのだから、かなりのスピードで対処していることは理解できる。

だが、いかんせん、もともとの数が多すぎてこちらのサポートに入れない。

それでも、文句をいえるような状態ではないだけに、此処はなんとしても自分一人で凌ぐしかないと刀奈はプラズマブレードを握り締める。

『これはどうかな?』

「くッ!」

舞うように、身体を捻りながら繰り出される二振りの刃を刀奈は全力で弾き返した。

本来の二刀流は両の手がそれぞれ別々に動きつつも、片方で捌きつつ、もう片方で相手を攻撃するというものだ。

つまり、別々に動いているように見えて、しっかり連動している。

しかし、タテナシの動きは違った。両の手が常に急所を狙って攻撃してくるのだから、気が休まる暇がまったくない。

『これがもともとのサラシキタテナシの剣術だよ。暗殺剣といえばいいかな』

「なるほどね……」

暗部が使う、相手を殺すための剣。

確かに暗部に対抗する暗部である更識楯無が使うに相応しいのだろう。

だが、刀奈は基礎こそ覚えているものの、此処まで完成された暗殺剣は使えない。

教えてもらったことがなかったし、何より、IS操縦者であり国家代表ともなると、地味ながら確実に敵を屠る暗殺剣は試合で使いにくいのだ。

派手な動きのほうが、観客受けがいいのである。

そんなところも、タテナシにとっては気に入らない部分なのだろう。

結局自分は、暗部ですらなかったということだと刀奈は思う。

(でも、そんなのどうでもいい)

家族を、学園のみんなを護る。それができるなら、暗部でなくてもかまわない。

そんなことを考える刀奈にタテナシが語りかけてくる。

『何故、『簪』なんだろうね?』

「いきなり何よ」

こいつの口から簪の名を聞くほど腹立たしいことはないと感じる刀奈の言葉には険があった。

だが、タテナシは気にすることもなく続ける。

『先代の本名は『御剣』と書く。君の名前は『刀奈』と書く。加えていうと先代の兄は刀に耶でトウヤなんだ』

「……刀や剣?」

『そう。更識の家の子どもはみんな『刀剣』の字が入っているんだ』

そういってつらつらと挙げていった名前には、確かに刀かもしくは剣という字が使われていそうなものばかりだった。

そう考えると……。

『簪という字を書く君の妹カンザシはおかしいね』

「女の子らしくていいじゃない。簪ちゃんを侮辱するなら膾斬りにするわよ」

『いや、不思議に思ってさ。ミツルギは何故カンザシなんて名前にしたのかなってね』

そう言われ、ふと考える刀奈の一瞬の隙をついてタテナシは落下流水を振るってくる。

要するに隙を作るための話術だ。本当にいやらしい攻撃の仕方をしてくる敵に、腸が煮えくり返る。

でも、不思議といえば不思議だ。

更識の家に生まれていながら、更識の理に囚われていない簪という名前。

そこまで考えて、それが始まりだったのだと刀奈は気づく。

簪に刀や剣の字を使わない名前を使ったのは、変えたいという想いからだ、と。

「簪ちゃんは、お父様が更識を変えたいと願った証なのよ」

『へえ』

「更識の家に囚われない人生を送ってほしい。そう思ったから刀や剣の字を使わなかった」

新しい更識を託されたのは自分ではなかった。

でも、だからこそ、簪の姉として生まれたことが喜ばしい。

「あなたを倒して、古い更識は終わらせる。それが私の役目よ」

『果たせるかい、君に?』

「果たせるかどうかじゃない。果たすのよッ!」

タテナシ同様に急所を狙って一撃を繰りだす刀奈。

相手の剣術を真似るのは腹立たしいが、そうしなければ刃が届かないと理解してのものだ。

古い更識を終わらせるのは、更識楯無を名乗った自分の役目。

簪は更識を捨ててもいいし、新しい更識を創ってもいい。

ただ、自由に生きてほしいと刀奈は心から想い、剣を振るう。

それが姉としての最後の役目になるのだとしても。

そんな悲壮な決意を抱くほど、目の前の敵は強い。

それでも、ここから逃げたりはしないと決意していた。

 

 

重層シェルターのある校舎から飛び出した簪と弾は、光と水が乱舞する戦場を目の当たりにする。

「……苦戦してるのか」

「お姉ちゃんっ!」

そう叫んだ簪の声はその場にいた弾以外の『人間』全員を驚かせるに十分なものだった。

「戻りなさい更識さんッ!」

慌てた様子で真耶が叫ぶ。

前線にいたために、情報を聞いていなかったのである。

それは刀奈も同じだ。

「お願い戻ってッ、簪ッ!」

普段ならもっと砕けた呼び方をする刀奈だが、この状況ではそんなこともいっていられず、呼び捨ててしまう。

そんな状況であったが、人間でない者は慌てるはずがなかった。

『君は護れるかな、カタナ?』

そういって簪と弾に向かって放たれたのはただの水飛沫だ。

だが、生身で喰らえばまさに蜂の巣のようになってしまうだろう。

何より、その速度は撃ち落すにも庇うにも速すぎる。

できるのは、迎撃することだけだった。

「えっ?」

「うぉらぁあッ!」

そういって振り下ろされた弾の右手に沿って、大きく空間が歪んだかように簪の目に映る。

驚くことに、全ての水飛沫を弾き落としていた。

一時的に空間を歪ませることができるのがエルの能力だ。使い方次第ではバリアーにもなるし、敵を弾き飛ばすこともできる。

だが、弾がそれを使うことは、本来許されることではない。

「ぐあッ!」

「五反田くんッ!」

「やっべ、こんなにクんのかよ……」

弾はいきなり心臓の辺りを押さえるようにして蹲ってしまった。

 

 

「どういうことだッ?!」と、千冬は天狼に詰め寄った。

だが、答えたのは天狼ではなく、束だった。

「前にもいったよっ、五反田くんや御手洗くんは力を使うためのエネルギータンクがないってっ!」

『ない以上、何処からか持ってくるしかないんですよ』

何処と聞いて、とっさに閃いたのはあまりに嫌な考えだった。

かつてはアゼルがネットワーク上を駆け回って集めたが、そうしなければ……。

「命を削るのかっ?!」

そうなれば弾が能力を行使するのは、危険すぎる。

一夏や諒兵は、白虎とレオが打鉄であった頃からもともと備わっていたエネルギータンクがあることで戦える。

しかし、弾や数馬が戦うのは自殺行為になってしまう。

「そんなっ……」と、思わず虚が呻いた。

如何に刀奈や簪のためでも、こんな形で犠牲が出てしまっては意味がないからだ。

しかも、モニターには、再び水飛沫を放つタテナシの姿が映っている。

「何とかできないのか天狼ッ!」

『さすがに、ここで黙ってる気はありませんかー』

千冬の言葉を無視するかのように天狼は呟く。

『中継、いや、増幅込みですか。まあ、弾を死なせるつもりはありませんけどねー』

「おいッ!」

『ニッキーも本当に自由な方で困りますよ。どう考えてもあの方の出番でしょうに』

そういうと、天狼の手の中に光が集まってくる。

「えっ?」と、そういったのは誰だったか。

すぐさま天狼はそれを自身の十倍はあろうかというサイズまで膨らませると、一気に消し飛ばした。

 

 

もう一撃。死の一撃が迫り来る。

なのに打鉄弐式はまったく反応しない。

覚醒しているはずなのに、こんなときに戦ってくれないのでは意味がないと簪は思う。

それでも、蹲る弾を庇おうとすると、いきなり弾が立ち上がった。

「ダメッ!」

「……大丈夫。もう一発は打てる。……数馬も蛮兄もお節介過ぎだっての。エル」

『ん、わかった』

エルの答えに合わせるかのように空を切った弾の回し蹴りは、先ほどよりも強く空間を歪め、弾き落とすどころか、明確にタテナシを狙って弾き返した。

もっとも、タテナシはあっさりと全て叩き落していたが。

『さすがにテンロウやアゼルが黙っていなかったみたいだね』

「お前、性格悪すぎだよ。最初から俺を狙ってやがったな」

『カタナが護れるかどうか試しただけなんだけどね』

そのためにはエルの能力は邪魔だ。ゆえに、弾が簪を庇うことを想定して放った攻撃だったのだ。

さらに、自分を庇って倒れた弾を見れば、簪が深く傷つくだろうことを予測して。

そんなやり方をする『敵』を許せるはずがない。

「あなたは絶対に許さないッ!」

怒りも顕わに、刀奈はタテナシに斬りかかる。

だが、予測していたのかあっさりかわされ、地面に叩きつけるかのように投げ飛ばされた。

『体勢を崩すことを意識しなきゃね。気持ちばかり先走っていたら、マトモな攻撃にならないよ』

「うあぁッ!」

刀奈が体勢を立て直すよりも早く、タテナシが投げ放った落花流水の刃が右肩に突き刺さった。

『そろそろ限界かな?』

間を置かず、タテナシはもう一本の落花流水を振るいつつ、さらに空いた手や足まで使って刀奈を嬲るかのような猛攻を繰り出してくる。

致命傷だけは、と、必死に避ける刀奈。

しかし、避けられるのは、単に手加減されているだけではないかと思うほど凄まじい猛攻に、心が折れかけてしまう。

(ごめん、簪……、もう無理……)

何でもがんばってきたけれど、結局、自分は何者でもなかった。

刀奈という名で得たモノなんて何もない。

自分が手に入れたはずの肩書きは、自分を演じる誰かが貸してくれただけで、自分のものなどではない。

そう思えてしまう。

『それが君の限界なんだね、『カタナ』、惨めだね。僕も悲しいよ』

「うあぅッ!」

そういって、タテナシは刀奈の身体を固定するかのように突き刺さった落下流水を握って抉りつつ、もう一振りの落花流水を心臓を狙って繰り出してくる。

諦めかける刀奈。

そこに。

 

「だめぇーッ、お願い弐式ッ、私はいいからお姉ちゃんを空へッ!」

 

力尽き、落ちる小さな鳥の姿のように見えたのだろうか。

簪は待機形態の打鉄弐式を刀奈に向けて全力で投げる。

すると打鉄弐式はいきなり光となって展開した。

 

ぶっ、くっ、きゃははははははははははははッ!

 

聞こえてきたのは笑い声。それも、本当に楽しそうに笑っている。

だが、驚くことにその『声』が響き渡るなり、タテナシがすぐに刀奈から距離をとった。

 

あーっ、おっかしぃーっ、ちょー笑えるしぃーっ♪

 

『まいったな。君が人間に興味を持つとはね』

そういって距離をとったタテナシに対し、刀奈も、簪も、弾も、そして他の者たちもただ呆然と立ち尽くすだけだ。

この状況で、何がおかしいというのか、と。

 

 

 

 

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