IS学園指令室の面々は、唖然としていた。
そんな状態のまま、千冬は呟くように天狼に声をかける。
「おい」
『はい?』
「あれは打鉄弐式の『声』なのか?」
『そうですよ。あれがニッキーです』
「なんだ、あのバカっぽそうな口調は?」
良くいえば、いわゆる若者言葉だろうが、千冬には頭の足りなそうな女としか思えなかった。
『まあ、現代っ子という感じですかねー、バネっち』
「うん。昔っから打鉄弐式はあんな感じだったよ、ちーちゃん」
束にまで肯定されては、認めるしかない。
だが、刀奈のタテナシといい、簪の打鉄弐式といい、更識の姉妹はISに恵まれていないような気がしてくる千冬である。
「コアをチェンジしてやれないか?」
『何を無茶なことを』
『これも運命だと思うー』
揃って否定してくる天狼とヴィヴィに頭を抱えたくなる。
わりと本気で、更識姉妹のために別のコアを目覚めさせたくなるほどだった。
「でも、あの子、数あるコアの中でも最上位クラスにいるんだよ?」
「何ッ?」
『あの方の個性は『不羈』というんですけどね』
「ふき?」
『何事にも囚われない自由奔放さと、既存の枠を大きくはみ出すほどの才能を指す言葉です。あの方はまさにその通りの方なんですよ』
天狼の説明どおり、打鉄弐式の個性は『不羈(ふき)』で、単純にコアだけで優劣を決めるならば、『博愛』のアンスラックスにすら勝る存在なのである。
「じゃあ、なんであんななんだ?」
『囚われすぎないせいですかねー』
『こっちの迷惑も考えない性格ー』
「むしろ敵より厄介じゃないかっ!」
まだタテナシのほうが話が通じるといえそうな打鉄弐式の『個性』に、千冬は本気で頭が痛くなってきていた。
打鉄弐式はタテナシに向かっていきなり砲撃した。
マルチロックオンシステムや荷電粒子砲は未完成なのだが、打鉄弐式自身なら、未完成部分を補えるだけの力があるということだ。
『おっと』
むっかぁーっ、避けるなくそぼけぇーっ!
『無茶なことをいうね、君は』
と、呆れたような態度を見せるタテナシだが、何故か、誰も反論する気になれない。
打鉄弐式の行動が無茶苦茶すぎて、今まで戦っていたはずのタテナシが、常識人に見えてしまうからだ。
『いきなり攻撃されたら、誰だって避けるだろう?』
あたい、アンタ嫌いだしぃー
『会話を成り立たせるのが大変だね、君とは』
うんうんとその場にいた全員が思わず肯いてしまう。
なんというか、話をする気がまったく感じられないのが打鉄弐式だった。
ただ、思い通りに動いているだけとしか思えないのだ。
それでも、結果を見れば刀奈の命を救っていることから、簪が再び叫ぶ。
「お願い弐式っ、お姉ちゃんに力を貸してあげてっ!」
そんな簪の言葉に、刀奈は思わず涙ぐんでしまう。
今までずっと仲直りできなかった。そんな簪が自分のために打鉄弐式に頼んでくれている。
ようやく、自分たちの姉妹関係に光が見えた。
それだけで希望も湧いてくる……のだが。
やだしぃー
「えぅっ?!」
アンタに勝手に決められたくなぁーいのっ♪
『カンザシ、この子を動かすのは大変だよ』
「あなた敵でしょうが」
と、重傷の刀奈が思わず突っ込んでしまうほど、哀れみに満ちた声で諭すタテナシだった。
そんな光景を見ながら弾がポツリと呟く。
「なんつーわがままなISだよ」
『ニシキは変り者』
自分のパートナーのエルが内気で言葉少ななところはあっても、ちゃんとこっちのことも考えてくれていることに心から感謝する弾である。
『そもそも、何故展開したんだい?』
だってぇーっ、こいつバカじゃぁーん?
「ちょっと、簪ちゃんをバカにしないでよ」
打鉄弐式の言葉にムッとしたらしく、刀奈が口を挟んでくる。
素直に治療を受けるべきなのだが、いかんせん、打鉄弐式の登場でそれどころではなくなっていた。
「どっ、どうしよう……」
「俺に聞かれてもなあ」
『様子見。それが無難』
困り果てた簪が意見を求めるが、さすがに弾もこんな性格だとは思っていなかったので、返事の仕様がない。
とりあえず、危険な状態は脱しているので、まずは様子見ということで話はまとまった。
「失敗だったかな……」
正直にいって、打鉄弐式が味方になってくれる気がしない簪である。
一方。
いくつものモニターを同時に見つつ、アドバイスしていた束は、視界の端に映った姿を見て驚愕した。
直後、指令室のモニターのいくつかがダウンする。
「束ッ、リオを映しているモニターが落ちたぞッ!」
「ごめん、調子悪いみたい。復旧するまで待ってて」
そういいつつ、プライベートでヴィヴィと会話する。
『ママー?』
(ヴィヴィ、リオの様子は伝えちゃダメだからね)
『わかったー、でも大丈夫ー?』
(わかんない。今はあの子たちに任せるしかない)
そして束は、現在通信ができなくなっていることを伝える信号をリオデジャネイロにいる四人と四機に送ると、復旧しているふりを続ける。
そんな束に天狼が話しかけてきた。
『あっちに行きましょうか?』
(お願い、ムカつくけど今はアイツに任せるよ)
千冬には丈太郎に向こうの指示を任せたと伝え、束はリオデジャネイロの様子を映すモニターを見る。
そこに映る、『五』人目のAS操縦者から決して目を離さない。
『私はー?』
(ヴィヴィは打鉄弐式から目を離しちゃダメ。あの子は一つ間違えると凶悪な爆弾になっちゃうから)
うまくいけば、最強の武器になるが、仲違いしてしまえば最悪の爆弾になる打鉄弐式。
どちらからも目が離せない状況に、さすがの束も集中せざるを得なかった。
『非情』とはいっても、むやみやたらに殺しまくるというわけではないらしい。
というより、打鉄弐式の能力を警戒しているのか、タテナシはなかなか襲いかかろうとはしない。
むしろ、何故、打鉄弐式が自ら動いたのかという点に興味がある様子だった。
『そもそも君は面白くないから動かないんじゃなかったのかい?』
ま、そーだったけどぉー
「まぢ?」と、思わず刀奈が突っ込んでしまうのを、簪はかなりがっかりしながら聞いていた。
「あの、エル、教えてくれる?」
『面白ければなんでもいい。それがニシキ』
「つまり、ディアマンテの呼びかけで動かなかったのは、面白くないから動かなかっただけか?」
『うん。動く気なかっただけ』
そんなエルの解説に、思わず地面に両手をついて落ち込みそうになる簪である。
鈴音たちと違い、良い関係を築いて、離反を抑えられていたというわけではなく、やる気を出さない打鉄弐式に付き合わされていただけというのだから、落ち込みたくもなるだろう。
しかし、それが打鉄弐式だとエルは説明してくる。
『不羈』という個性であるため、何かに興味を持てば自分から動く。
だが、その個性ゆえに動くことがないという。
『ニシキは何でもできる』
「才能あるっていってたしなあ」
だから、滅多なことに興味を持たないとエルは話す。
やれば何でもできる反面、たいていのことに対して、そこまで興味を持たないのだ。
わかりやすくいえば、打鉄弐式は『わがままな天才』なのである
「ん?てことは、今、動いてるのは……」
『カンザシの行動に興味持った』
その言葉に一筋の光明を見い出した。
どういう理由かはまったくわからないが、今、打鉄弐式は興味を持っている。
その興味をうまく利用すれば、進化も可能になるのかもしれない。
『だから、カンザシ次第』
「あっ、ありがとう、エル……」
まさかエルに励まされるとは思わなかったと簪は本当に心から感謝していた。
というか、できるならエルに自分のパートナーになってほしかったと思う。
弾と一緒にいれば、間接的に自分のパートナーにも、などとは決して考えていない。
ないったらないと簪は頭を振った。
話に簪が絡んでくるとなると刀奈も黙っていられない。
そもそも打鉄弐式は簪の専用機だ、本来は。
できるなら、簪の力になってほしいと思うのだが、話をしてみると、性格の悪さというか、面倒くささはタテナシとそう変わらない気がしてくる。
「面白くないから動かないんなら、今は何か面白いっていうの?」
だって、あんなバカなことすると思わなかったしぃー♪
ムッとしてしまうのは、どうしようもないと刀奈は言葉を呑み込んだ。
それにしても打鉄弐式が『バカなこと』というのはいったい何のことかと思う。
ちょー天才のあたいを投げ飛ばすとかばかじゃぁーん?
『自分でいってしまうあたりが、本当の天才なんだろうね』
と、タテナシが呆れたように呟く。
そういえば、『天災』こと篠ノ之束もそうだったと刀奈は納得した。
さすがに今の束は一緒にされるのは否定したいだろうが。
あたいらの力欲しがるやつばっかなのにさぁー♪
「簪ちゃんは、そういった連中と違って優しい心を持ってるってことよ」
当然、それが正解である。
自分のためにがんばってきた、そして今、必死に戦っていた刀奈のために打鉄弐式の力で助けてほしいと思ったのだ。
そのために自分が力を失くすことになってもかまわない、と。
「人のために動くことができるのは、バカなんじゃくて、心が強いってことなのよ」
『つながりの強さってことだね。まあ、考え方としては理解できるよ』
「……あなたに同意されたくないんだけど」
そもそも理解できても、決して共感しないだろうタテナシに同意されても嬉しくなかった。
でも、チャンス自分で潰すのは頭おかしぃーし♪
やるのであれば、自分で戦えばいいと打鉄弐式はいう。
機体は未完成でも搭載されているISコアは、最上位クラス。進化すればかなりの力が手に入るのだから。
あたいの力でヒーローになりたいとか思わないわけぇー?
そういって、打鉄弐式は簪に問いかけてきた。
いきなり話を振られた簪は困惑してしまい、打鉄弐式と弾とエルを交互に見て、必死に言葉を探す。
「いや、ここは俺にいえることないと思う。更識ちゃんが答えなきゃダメだろ」
『がんばれ、カンザシ』
いっていることは正しいし、応援してくれるのは嬉しいのだが、いかんせん、うまい言葉が見つからず、簪は悩んでしまう。
だが、もし、簪自身にヒーローになりたいという気持ちがあったなら、果たして刀奈のために力を捨てられただろうか。
もし、自分がなれるのであれば、ヒーローになって、その力で刀奈を助けるという選択肢もあったのだ。
「……お姫様役もいいわね」
『少し自重したほうがいいと思うよ、カタナ』
姉バカは放っておくとして。
自分がヒーローになって刀奈を助ける。
そう考えることは別におかしなことではない。
でも、簪にはそんな考えは浮かばなかった。それは、簪はヒーローになりたいわけではないからだ。
「うん、私はヒーローじゃなくていい」
なぁーにそれぇー?
「私はずっとヒーローに憧れてた。でも……」
それは、『自分を助けるヒーロー』に憧れていたのであって、誰かを助けるヒーローになりたいということではないのだ。
なぁーんだ。楽したいだけなんじゃぁーん
「違うっ、私のっ、一番のヒーローはっ!」
そういって簪は言葉を詰まらせてしまう。
今まで、本当はずっとそう思っていたということを、こんな場所で打ち明けるのは恥ずかしい。
それでも、それが自分の一番素直な気持ちで、ただ認めるのが悔しくて、ずっと拗ねていただけだ。
自分には何の力もないと理解しているから。
それでも、そんな自分のことを一番気にかけてくれていた人は、たった一人しかいない。
その人こそが、簪にとってのヒーロー。
すなわち。
「お姉ちゃんなんだからッ!」
刀奈こそが、昔から変わらない、簪にとっての『何でもできるヒーロー』だったのだ。
「だからお姉ちゃんは負けちゃダメッ!」
「簪……」
ようやく手を取り合える未来の姿が見えてくる。
刀奈と簪として、更識の家に生まれた姉妹。
そこにはちゃんと絆がある。
ただ、どちらも結び方が下手で、うまく結べなくて。
それでもようやく顕わになった素直な気持ちが、二人の絆を形にした。
そんな二人の姿に少しばかり、共感してしまった弾の頭にヴィヴィの声が響いてくる。
『エルー』
『なに?』
『ニシキを巻き込ませるんだってー』
と、そういってヴィヴィは弾とエルにある策を伝えてきた。
『わかった、にぃに』
(おう、任せろ)
ニッと笑った弾は、既に指示を受けてさりげなく刀奈に近寄っていた真耶と目を合わせ、肯いた。
バッカみたぁーい、結局、自分の気持ち押しつけてんじゃぁーん
「相手が喜んでくれるなら、それは押し付けじゃないわ」
なぁーんだ、カンザシもバカならカタナもバカなぁーんだ♪
「あなた『も』相当性格悪いわね」
『同類扱いはやめてほしいな』
そんなタテナシの心からの思いを華麗にスルーする刀奈は、いきなり来た上空からの砲撃を慌てて避ける。
「なっ、山田先生ッ?!」
「ゴメンなさい更識さんッ!」
そう叫んで特攻してきた真耶は、刀奈を背負うようにしてタテナシに砲撃を繰りだす。
『なるほど、そう来るんだね』
「五反田くんッ!」
さらに真耶は、タテナシの声を無視して、刀奈を思いっきり打鉄弐式に向けて蹴り飛ばした。
なぁーッ?!
「お姉ちゃんッ?!」
「ゴメンな更識ちゃんッ!」
そう叫んで簪を抱き上げた弾は、刀奈と打鉄弐式の落下地点を目指して走り出しながら、すぐに彼女にアドバイスした。
「俺たちがサポートする。姉ちゃんと一緒に弐式を捕まえて、名前をつけろ」
「えっ、えっ?」
『ニシキは敵に回せないのー、ヤバいからー』
『カンザシ、手綱握って』
ヴィヴィやエルの言葉を聞き、ようやく「そういうことか」と簪は事態を理解した。
敵に回れば最悪といっていい、圧倒的な才能を意味する『不羈』を個性として持つ打鉄弐式。
だからこそ、簪がパートナーとして手綱を握るのだ。
わかり合えないのは残念だけど、自分の専用機だった以上、自分が責任を取らねばと簪は覚悟を決める。
そこに。
「五反田くんッ、お姫様抱っこは許可してないわッ!」
「そこは重要じゃないよお姉ちゃんッ!」
ヒロインよろしく抱き上げられてる簪を見て、刀奈が打鉄弐式ごと迫ってくる。
姉バカ全開である。
じょーだんじゃなぁーいッ、ブッ飛べぇーッ!
このままでは勝手に共生進化することになってしまうと理解したのか、打鉄弐式が砲撃してくる。
だが。
「悪いなッ、実はまだ一発打てるんだよッ!」
エルの力を行使して、弾が空間を歪め、砲撃を逸らす。
その隙に、弾の腕の中から飛び出した簪は、打鉄弐式に触れ、そして刀奈の手を握り締める。
「あなたの名前はッ、大和撫子ッ!」
ふっざけんなぁーッ!
そんな叫びと共に、簪と刀奈、そして打鉄弐式は光に包まれた。