ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第99話「黒い乱入者」

刀奈と簪が打鉄弐式と共に光に包まれるよりも、ほんの少し前。

指令室では意外な策を提言してきた束に千冬も虚も驚きを隠せないでいた。

「できるのかッ?!」

「お嬢様と簪お嬢様のお二人で強制的に……?」

それは、刀奈と簪の二人で、打鉄弐式と共生進化しようというものである。

「打鉄弐式ははっきりいって共生進化できる個性じゃないの。このままじゃ敵になる」

そして、敵になれば最悪といっていい。

サフィルスに近い性格といえばわかるだろう。

自分が面白ければいいという考え方なので、人を殺すことを面白いと思えば、タテナシ同様にためらいがないのだ。

「だから敵に回せない」

「しかし、強制的に共生進化できるものなのか?」

「今のあの二人ならね。お互いの想いが通じ合ってるから、その想いに打鉄弐式を巻き込むんだよ」

一人では無理だという。

一対一でISコアと向かい合うのが本来の共生進化だ。

そのため、相手のことを受け止める必要がある。

しかし、『不羈』を個性として持つ打鉄弐式を受け止められるのは人間には難しい。

「この点はアンスラックスと同じなんだよ。個性に人間との差がありすぎるの」

「確かにとても理解できる気はしないが……」

「だから、逆に理解しない。あの簪って子の心っていうか、願いに打鉄弐式を巻き込むの」

ゆえに、人間の想いの強さを利用して、逆に打鉄弐式に受け止めさせるのである。

いうなれば、願いを叶える万能器として打鉄弐式を利用するということだ。

ただ、これは簪が刀奈のことを想い、刀奈が簪のことを想っているからできることであって、力を欲するだけの人間ではまず無理な話である。

いずれにしても一見すると非道な方法だが、打鉄弐式をアンスラックス同様に離反させるわけにはいかない。

「あの子は人間を本当に理解させる必要がある。ちょっと手荒いけど、我慢してもらうしかないんだよ」

「お前がいいなら、それでいいが……」

そういって無理やり納得する千冬。

対して虚は現実的に成功する可能性を疑問視する。

「できるのでしょうか……」

「打鉄弐式とマトモに共生進化するより可能性高いよ」

実際、今の簪と刀奈の心なら、打鉄弐式を巻き込むだけの強い想いがある。

「無論、利用できるものは利用していくよ。ヴィヴィ、エルにもサポート頼んで」

『わかったー』

「チャンスは一回。ちーちゃん、失敗することは考えないで」

「わかった。山田先生、今から伝える指示通りに動いてくれ」

[了解です]

そして、時間は元に戻る。

 

 

光の球体は人の形を取ると一気に弾けた。

そこにいたのは、頭上に光の輪を頂いた簪。イルカをモチーフとした鎧には、その背に背びれが存在していた。

さらに大きな翼を背負う。

『ぬがぁーっ、何でこんなちんけなのとぉーっ!』

と、いきなり打鉄弐式、今は大和撫子と名付けられたASの叫び声が聞こえてくる。

「やった……」と思わず呟いた簪だが、すぐにハッと気づく。

「お姉ちゃんッ!」

そう叫んで周囲を見回すと、呆然と立ち尽くす刀奈の姿があった。

「なに、これ?」

驚いたことに、刀奈も簪同様に、ただし胸の部分はしっかり自己主張したイルカをモチーフにした鎧を身に纏う。

背中に背びれがあるのも同じだが、一つだけ違いがあった。

背中の翼がいわゆる飛行機の主翼のような形になっているのだ。

折りたたむことはできるらしいが、翼というには形状がかなり異なっていた。

「お姉ちゃん?」

「まさか、私も進化したの?」

『むがぁーっ、余計なのまで巻き込んでるしぃーっ!』

大和撫子の言葉から推測する限り、簪と打鉄弐式の進化に、刀奈もしっかり巻き込まれていたらしい。

『なるほどね。ヤマトナデシコの枠からはみ出た分の才能が、カタナの鎧に吸収されたってことかな』

そう解説してくれる敵ながら大変親切なタテナシの言葉に、一同は感謝した。

どうやら打鉄弐式の機体を進化させる以上の力が大和撫子にはあったらしく、余った力が刀奈のPSを進化させているということなのだろう。

『にゅがぁーっ、自分の才能が恨めしぃーしッ!』

「もうっ、さっきからうるさいッ、撫子ッ!」

『えらそぉーに命令すんなぁーっ!』

「苦労しそうね……」と、刀奈は苦笑してしまう。

それでも、一気に進化した機体が二機あるという状況は、これまでと違い大逆転といっていいだろう。

ゆえに刀奈はタテナシを見据える。

「これで負けはないわよ」

『確かにこれはきついかな。でもねカタナ。忠告しておくと、君の機体はヤマトナデシコの力の余りだから、他の進化機よりいくらかは劣るよ』

「何いってるの」

まったく問題ないかのような刀奈の一言に、タテナシが首を傾げると、彼女は高らかに宣言する。

 

「簪ちゃんに力を分けてもらったのよ。お姉ちゃんパワー全力全壊であなたなんかけちょんけちょんよっ!」

 

「恥ずかしいからやめてお姉ちゃんっ!」

どうやら刀奈は姉バカ全開から姉バカ全壊へと進化してしまったようである。

簪は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてしまう。

『ヤマトナデシコといい、苦労するね、カンザシ』

「お前、いい奴なのか悪い奴なのかわからねーのな」

『要は常識人』

哀れみに満ちた様子で簪を労わるタテナシの声に、弾とエルが思わず突っ込みを入れた。

そんな二人に何故かタテナシは素直に答えてくる。

『この子たちがサラシキタテナシにならない以上、僕は敵さ』

「そうね。私はもうなる気はないわ」

「…私もならない」

答えたのは刀奈と簪。

更識楯無が、『非情』のタテナシに相応しい、全てを屠る刃だというのであれば、二人にはもう興味もない。

だが、更識の家に生まれた以上、その象徴でもあるタテナシを放りおくことはできなかった。

『やはりカンザシもその気はないか』

「今、こうして飛べるのはつながりがあったおかげだから」

刀奈を筆頭に、本音、虚、箒や他のわずかな友人。

弾やエル。

そして協力してくれた人たちのおかげで、簪は今、空を飛べる。

『あたいは望んでねぇーしッ!』

「空気読んで」

と、大和撫子の反応にちょっとばかりたそがれてしまうが、それでも、更識楯無という孤独な刃になりたいなどとは、簪は思わない。

だから、タテナシが更識楯無にならない自分と刀奈の敵だというのであれば、戦いから逃げる気はなかった。

『そうだね。いずれは決着をつける必要があるよ』

「今ここでつけるわ」

進化し、重傷だった肩の傷も治った刀奈は既に臨戦態勢だ。

簪も、戦うというのであれば避けるつもりはない。

『やめておこう。それよりも気をつけたほうがいいよ』

「何よ?」

『今、リオにいるのは、僕より性格が捻くれているからね。根は優しいんだけど』

そういうなり、タテナシは光となって消え去る。

その言葉の意味を、その場にいる誰もが理解できなかった。

 

 

指令室の千冬はすぐに束を問い質してきた。

「束、復旧はまだかッ?!」

「もーちょっと待ってッ!」

そう答えるものの、まさかタテナシが気づいていたとは思わず、束は舌打ちする。

だが、何故気づいていたのかと疑問にも思う。

(ヴィヴィ、わかる?)

『あいつ、タテナシと同類ー』

タテナシは男性格である以上、他の使徒とネットワークに対する干渉の方法が異なるとヴィヴィは話す。

逆にいえば、タテナシと同様の干渉の仕方をする者なら、気づきやすいということだ、と。

つまり。

(しまったッ、声も拾っとくんだったッ!)

今、リオデジャネイロにいる『五』機目のASは男性格だということに束は気づき、ギリと歯噛みしていた。

 

 

束が、IS学園指令室のモニターを落とすより少し前。

ブラジル、リオデジャネイロ上空にて。

鈴音たちは、サフィルスのサーヴァントに一番苦戦するかと思ったが、意外な伏兵に手間取っていた。

「第3世代機は伊達じゃないってことね」

鈴音がそう呟く。

テンペスタⅡ。

イタリアの第3世代機。

その性能は、モデルとなったかつてのイタリア代表機テンペスタを元にしているだけあって、優秀な格闘型ISであった。

ただし、純格闘型であったテンペスタと違い、両肩に存在する大きな腕が、その戦闘を手助けしている。

時に武装を使い、時にはその巨大な拳で攻めてくるのだ。

腕の数こそ少ないものの、さしずめ阿修羅のようだとでもいえばいいだろうか。

「両肩のアーム、『ゴリッラ・マルテッロ』は格闘をさらに突き詰めたイメージ・インターフェイスだからね」

と、シャルロットが解説する。

その意味は『ゴリラのハンマー』、本来は操縦者の意志どおりに動く、本来の腕以外のもう二本の腕だが、それをテンペスタⅡ自身が使えば、まさに四本の腕を自在に操れるということに、鈴音は舌打ちした。

「泣き言いってられない。いくわよマオ」

『了解ニャ』

現在、格闘型、すなわち近接戦闘を得意とするテンペスタⅡには、鈴音が対処していた。

ラウラは前線でサーヴァントを抑える役割があるからだ。

サフィルスには相変わらず近づけず、腹立たしいことこの上ないが、眼前の敵は十分に脅威となるだけの力を持っている。

今は集中しなければと、気持ちを切り替える。

手にした如意棒を振り、テンペスタⅡの巨大な拳を弾き飛ばす。

さらに竜巻のように舞いながら連撃を繰り出すが、その全てを四本の腕で受け止め、いなしていた。

さすがは格闘型といったところか。

近接でまともに戦えるとしたら、一夏か諒兵しかいないだろう。

もっとも、それ以上に気になることがあった。

「それにしても、こいつ喋んないわね」

『直接戦ってみてわかったのニャ。テンペスタⅡの個性は『寡黙』ニャのニャ』

わかりやすくいえば無口ということだ。

また、本来は、非常に落ち着いた性格をしていると猫鈴が解説する。

なら、何故敵として戦っているのか。

『フェザーとは違った意味で忠実ニャのニャ』

「どういうことよ?」

『淡々と任務をこニャす仕事人、もしくは軍人というのが近いのニャ』

おそらくは、今までは周囲から何もいわれなかったために動くことがなかったのだろうと猫鈴はいう。

『寡黙』のテンペスタⅡは、頼まれればなんでもやるが、頼まれなければ何もしない。

有害にも、無害にもなる変わったISなのである。

『ニャかま(仲間)の頼みだから戦ってるだけニャのニャ』

「頼めば味方になったりしない?」

『それはたぶん無理ニャ。もともと人間に興味持ってニャいみたいニャ』

ゆえに離反したのだろう。

ただし、同胞に対しても、何もいってこなければ何もしない。ある意味では怠け者ともいえる。

逆にいえば、テンペスタⅡに頼んだ者がいるということになる。

『サフィルスである可能性は低いといえます』

と、ブルー・フェザーが口を挟んでくると、セシリアが続けてきた。

「あの性格ですから、テンペスタⅡが目立つのは嫌いますわね」

今のところ、何もいってこないが、サフィルスはそもそも共闘できる性格ではない。

おそらくサフィルスが襲来する戦場に行ってほしいと頼んだ者がいるのだ。

無論のこと、それは既にわかっていた。

「タテナシね」

「おそらくは」

自分たち四人と四機をリオデジャネイロに縛り付けるため、サフィルスだけでは足りないと判断したのだろう。

その冷静な判断力、そしてためらいなく殺しにくる『非情』さは、サフィルスよりも恐ろしいと感じる。

「早く行きたいんだけど、なかなか難しいわね」

『テンペスタⅡを撃退しない限り、戦力バランスを崩せません』

ブルー・フェザーの言葉通りだった。

量産機はかなり撃退できたと思うが、テンペスタⅡが減った分の戦力を補っている。

このISが自分から戦うタイプだったら、かなりきついといわざるを得ない。

しかし、確実に敵の戦力は減っている。

サフィルスまで一気に迫ることが出来ない以上、眼前の敵を一つずつ減らしていくしかない。

誰もがそう思っていた、その瞬間、異変が起きた。

 

サフィルスは悠然と飛びつつ、サーヴァントが戦うのを眺めていた。

鈴音たちは必死に自分に向かおうとするが、サーヴァントという壁を超えられない。

テンペスタⅡが量産機と共に割り込んできたのはいささかムッとしたが、自分の手駒として働くのなら、許してやろうと思う。

まあ、まだ進化にも至っていないし、そもそも『個性』から考えても進化する可能性の低い機体だ。

自分より目立つことはないだろうとサフィルスは思考する。

少なくとも、現状、全て自分の思い通りに進んでいる。

そう思った瞬間、コア・ネットワークを通して、声が頭に飛び込んできた。

『其処にいると死ぬよ』

『ッ?!』

『君には協力してもらったし、一回だけ助言しておくよ。五カウント後に加速すれば助かるよ』

声の主を誰だか知っている。こういった助言をすることがほとんどないどころか、そもそも一度も話したことがない相手だ。

何より、思考のベースの違いから、相容れない相手だった。

それでも、何故か、その助言は正しいとサフィルスは感じ、五カウント後に加速した。

直後。

サフィルスの身体を黒い矢が掠める。

『助言するのはこれっきりだよ。後は自分でがんばってね』

『消え失せなさいッ!貴方の声など聞きたくもなくてよッ!』

『強気なことだね。まあいいけどね』

と、そういってその声の主は通信をオフにした。

サフィルスは一気に距離をとり、空中に停止したその黒い矢を睨みつける。

その『顔』に覚えがあった。

以前、サイレント・ゼフィルスであった、まだ動くことのできなかった自分を手足のように使っていた相手。

だが動けるようになり、散々、嬲ってやった卑小な人間だからだ。

そのせいか、笑いがこみ上げてきた。

 

サフィルスを襲った黒い矢。

その姿を見て、さすがに鈴音たちも全員が止まってしまう。

戦っていたテンペスタⅡやサーヴァントまでもが止まっていた。

「……まさか、共生進化した人が他にもいたのッ?」

「可能性はゼロでありませんが……」

思わず叫んでしまう鈴音に対し、セシリアは呆然と呟く。

明らかに、その黒い矢は自分たちと同じ人間がASを纏った姿をしている。

ティンクルのことを知らなければ人間としか思えない。

そう考えたシャルロットはブリーズに尋ねかけた。

「ブリーズ、あの子は人間で間違いない?」

『たぶん間違いないけど……、問題はそこじゃないわシャルロット』

ブリーズの言葉は正しい。

問題は、表れた黒い矢が人間かどうかよりも、ある人物に良く似ていることにあった。

「オーステルン、どう思う……?」

『そっくり、というほどではないのが、余計に違和感があるな。どう見てもチフユの関係者にしか見えん』

オーステルンの言葉通り、表れた黒い矢はおそらく蛇をモチーフとしたのだろう長い尻尾と、背中に大きな翼のある鎧を身に纏い、その手にプラズマソードを持った、千冬に良く似た少女だったのだ。

 

 

 

 


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