その日、満場一致で2組の代表が変更となった。
「あー、まあ、選んでくれたからには全力でやるわ。ありがと、みんな」
と、鈴音は真っ赤になりながらも、クラスメイトたちに笑いかける。
これで1組や4組には負けないよっ!
よかったー、なんか引け目感じてたのよね。
1組なんて専用機持ち、三人もいるもん。
そんな声が聞こえてきて、鈴音は苦笑いしてしまった。
まあ、競争意識を持つのは悪いことばかりではない。
上を目指すためには必要なことなのだ。
そういう意味では、鈴音がクラス代表に選ばれたのは当然といえた。
そして昼休み。
一夏と諒兵は、箒、セシリアを伴って学生食堂までやってきた。
今日は用事を頼まれていないので、比較的のんびりできる。
そう思ってゆっくり来たのだが。
「一夏、諒兵、こっちこっち」
そう声をかけてきたのは鈴音である。
既にテーブルに着き、友人らしき金髪碧眼の少女と一緒に昼食を食べている。
二人は自分の昼食を受け取ると、鈴音が座るテーブルに向かった。
「もう来てたのか」と、一夏が声をかける。
「うん。紹介するわ、この子はルームメイトでクラスメイトのティナよ」
「ティナ・ハミルトンよ。よろしくね、織斑くん、日野くん」
「おう、よろしくな」と、諒兵は返事をし、ティナの隣に座る。
一夏は鈴音の隣に、そんな彼の隣に箒が腰を下ろす。
セシリアは諒兵の隣に腰を下ろした。
「やー、鈴が二人と知り合いでよかったわ。ほら、やっぱり他のクラスだと声かけにくいし」
「何よ、私をダシにしたわけ?」
「いいじゃない、少しくらい」
口を尖らせる鈴音にティナは笑顔で返すあたり、もう仲良くなっているのだろう。
すぐに友人ができたのはいいことだと一夏と諒兵は感じていた。
このあたりは諸外国から留学生が来るIS学園の長所だろう。
昔、鈴音が日本に来たときは、やはり浮いてしまっていたからだ。
そんなことを考えていると、セシリアが口を開いた。
「お二人に声をかけたがっている方は多そうですわね」
「そーねー、うちのクラスもそうだし。3組、4組の子もやっぱり噂してるかな」
「勘弁してくれ」と、げんなりする一夏と諒兵の二人だった。有名人扱いは辛いのである。
そこで、ふと気づいた一夏が尋ねかけた。
「ハミルトンさんは代表候補生なのか?」
「ティナでいいわ。私は結果待ち」
「というと?」
「入学する前に選抜受けたんだけど、難航してるみたい」
けっこうな数の受験者がいたし、と、ティナは続けた。
こう見えて彼女もかなり優秀なIS操縦者である。
ただ、各国で候補生選抜の時期は異なるため、ティナはまだ代表候補生ではなかった。
「毎月やっている国もあれば、三ヵ月毎、半年毎という具合にまちまちなんですわ」
「私の国、アメリカは三月と九月なの。前のときは落ちちゃって」
ただし、IS学園で優秀な成績を収めていれば、特例として選抜される。
そのため、ティナは入学することにしたのである。
「そういう目的で入学してきてる子もけっこういるわよ。入学前に代表候補生なんて子はめったにいないエリートっていっていいかな」
「すげえんだな」
以前、セシリアに対して失言した事を思いだし、諒兵はなんだか申し訳なくなってしまった。
「まあ、うちは第3世代機の開発も少し遅れてるから、選ばれても専用機はもう少し我慢しなきゃダメかな」
アメリカでは、現時点でようやく軍用の第3世代IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』と、代表専用機の『ファング・クエイク』の実機組み上げがスタートしたところなのである。
ために候補生用の専用ISは完成しても半年以上は先になると見られていた。
「今のところ、第3世代機をテストまで持っていけてるのは、私んとこの中国と、イギリス、ドイツね。ロシアは国家代表の専用機は第3世代機らしいけど、ロシアの機体をベースにした操縦者のフルスクラッチで企業開発機じゃないって聞いてるわ」
「へー、意外と少ねえんだな」
「以前、倉持技研が持ってきた『白式』も第3世代機っていってたから、日本もだな」
一夏の専用機として作られた機体だが、今はお蔵入りとなってしまっている。
ただし、『白虎』や『レオ』と違って、正真正銘の第3世代機らしいとは聞いていた。
「でも作りにくいのか、第3世代機ってよ?」
と、諒兵が疑問を述べると、セシリアが答えた。
「第3世代機の特徴であるイメージ・インターフェイス。つまり思念制御はハード的な難しさもありますけど、ソフト的、つまりプログラム設計がかなり難しいと聞きますわね」
「ISの展開以上に細かく脳波を読み取って機械を動かすことになるから、微妙な思念の乱れをどう修正するかってことがすごく大事なのよ」
と、後に続いたティナの説明に一夏と諒兵は感心したような表情を見せた。
ために第3世代機の登場によって、苦境に立たされている国もある。
「倉持、日本が開発成功したっていうなら、今一番きついのはフランスかな」
「なんでだ?」と諒兵。
「フランスは第2世代機の『ラファール・リヴァイヴ』を開発したデュノア社という会社が、そのまま世界でもトップシェアを握ったのですけど、第3世代機は開発の目処も立っていないと聞きますわ」
「打鉄同様に第2世代としてはいい機体だし、ベースになる機体製作技術はいいもの持ってるのよ。でもデュノア社では、イメージ・インターフェイスを使った武装の開発が全然なんだって」
「大変なんだなあ」と、ティナとセシリアの説明を聞き、少しばかり同情の念が湧いた一夏である。
「だから初っ端から専用の第3世代機持ってる織斑くんや日野くんはすごくラッキーなんだから」
「ご、ごめん」
「なんかわりいな、マジで」
「き、気にしないでよっ、セシリアとの模擬戦見て相応しくないなんて思う子はいないから」
二人が揃って頭を下げるので、ティナは慌てて否定した。
そうだよっ♪
あなたが良かったんですから♪
ふと、そんな声を感じ取った二人は苦笑いを見せる。
だが、『白虎』と『レオ』という機体の真実を知っているセシリアとしては複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。
昼食後。
自分のクラスに戻ろうとする面々だったが、「あっ、そうそう」と、思い立ったように鈴音が一夏に声をかける。
「2組の子たちに頼まれてね、私、クラス代表になったから」
つまり、対抗戦には鈴音が出てくるという意味である。
恐れていたが、彼女が強くなったというのなら、対戦してみたい気持ちもある一夏は、しっかりと見据えてこう答えた。
「負けないぞ」
「吠え面かかせてあげるわ♪」
そういって自信ありげな笑顔を見せて、鈴音は2組に戻っていった。
その日の放課後。
鈴音はセシリアに呼び止められた。
「どうしたの?」
「あなたには少しお話しておきたいと思いまして」
その表情に真剣なものを感じた鈴音は、人気のない屋上に行こうというセシリアに素直についていった。
そして。
「ただの打鉄っ?」
「ええ。お二人のISは受験日に装着された打鉄のままだそうですわ」
セシリアの話とは一夏と諒兵が纏う『白虎』と『レオ』についてだった。
「中国ではどのようにお聞きしていましたの?」
「打鉄を再調整した第3世代機って聞いてるわ」
千冬が流布したとおりに世間では広がっているらしいとセシリアはある意味安心する。
だが、鈴音には教えておくべきだとセシリアが考えたのは、彼女が一夏と諒兵の二人に近すぎるからだ。
真実を隠すことは無理だろうと考え、あらかじめ説明できる者が打ち明けておくべきだと考えたのである。
一応、千冬にも許可は得てあった。
「そういえば、お二人の戦闘映像はご覧になりましたの?」
「まだよ。中国まで映像届かなかったのよ。IS学園が止めてるんだろうっていってたわ」
実は一度IS学園への進学を打診された鈴音だが、最初は断った。
しかし、一夏と諒兵がIS学園に入学すると聞いて、前言を撤回。
軍部に入学させてくれと頼みに行ったところ、二人のISのデータが、公開データすら中国まで来ないので、個人的な知り合いでもあるのならば、それとなく手に入れて来いと命じられていた。
まあ、鈴音としては実のところ産業スパイのような真似など、一夏と諒兵にするつもりなどないのだが。
「どこも考えることは一緒ですわね」
「イギリスも?」
「ええ。私の戦闘データを得るという名目で打診があったそうですが、織斑先生が止めたとお聞きしていますわ」
何故そこまでするのかと鈴音は疑問に思う。
確かに男性のIS操縦者のデータなら各国が欲しがる重要なデータであることはわかるが、まるで知られてはならない秘密を守っているかのようだ。
「あれは、もうISではありませんわ。実際に戦った私にはよくわかります」
「どういうこと?」
セシリアは語った。
最初は特殊な二次移行を果たした打鉄かと思った。
だが、プラズマエネルギーの物質化。
自在な思念制御。
自分たちのISとはまったく違う、翼を羽ばたかせたかのような瞬時加速。
既存のISの観念がまったく通用しないのだ。
「下手をすれば性能は第5世代レベルですわ」
「第2世代が第5世代レベルまで移行するなんてありえないわよっ?」
そもそも第5世代など、理論化の目処すら立っていない、いわば想像の産物でしかないものである。
「ええ。ですからもうISではないといったのですわ」
そういったセシリアの真剣な瞳を見て、鈴音は嘘でもデタラメでもないということが理解できた。
「何か、強力な単一仕様能力でも持ったのかしら……」
「それも考えられますわね」
単一仕様能力。
ワンオフ・アビリティ。ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力である。
一説には、ISコアとの対話が出来るようになった操縦者だけが可能とされている。
たいていの場合、ISが二次移行した形態から発現するといわれており、それでも発現しない機体のほうが圧倒的に多く、奇跡的な現象というのが一般的な見解であった。
「たまに、お二人が自身のISに呼びかけているようなことをおっしゃいますから、コアと対話しているのかもしれないと思いますけど、その点を差し引いてもあれは打鉄ではありませんわ」
「マジでとんでもないことしてるのね、あいつら」
でも、これだけのことを打ち明けてくれたことに、鈴音は驚く。
そこまで自分を信用してくれているのだろうか、と。
すると。
「諒兵さんはあなたのことをお好きだと思いまして」
あまりにも見事な不意打ちをくらい、鈴音は顔を真っ赤にしてしまった。
「あうあうあう……」
「ビンゴですわね」と、セシリアはいたずらが成功した子どものような笑みを見せる。
「なっ、何で知ってんのよっ?」
「以前、諒兵さんがあなたのことをおっしゃったとき、とても優しい瞳をしてらしたものですから」
誰にもいいませんわ、と、セシリアが優しく微笑みながら続けたことで、鈴音は素直に認めた。
「……中国に帰る一ヶ月くらい前よ。告白されたの」
「どうなさったのですか?」
「……一夏が好きだからっていって、断ったの」
苦しかったことを今でも覚えている。
そのくらい、あのときの諒兵の瞳は真剣だったと鈴音は思う。
そして、それほどに好かれていたことが正直にいえば嬉しかったのだ。
でも、そのときは必死になって断った。
「気にすんな。わかってた。でもケジメをつけたくってよ」
そう答えてくれた諒兵のどこか悲しそうで、でもやり遂げたような笑顔が、今でも鈴音の心に焼き付いている。
「正直いうと、揺れちゃってる。でも、諒兵は一夏と一緒にいるときが一番カッコよくて、一夏もそうで。だから宙ぶらりんな気持ちのまま中国に帰っちゃったの」
本当は諒兵の告白を受けた後、一夏に改めて告白しなければと鈴音は考えていた。
それが勇気を出して自分に告白してくれた諒兵に対する、自分自身のケジメだと思ったからだ。
でも、そうする前に中国に帰ってしまったことを、今でも後悔していた。
だからせめて次に会える時までに強くなろうと鈴音はがむしゃらにISに取り組んだのだ。
「何故ISですの?」
「一夏と諒兵に守られてるだけなのが嫌だったからよ」
「どういうことですの?」
「中学のころのことなんだけどね、私が危険な目に遭いそうになったとき、二人が守ってくれたのよ」
それは他愛ない不良同士のケンカに過ぎなかったかもしれない。
だが、その場にいた鈴音にとっては、二人は自分を守ってくれる騎士のように見えた。
でも、傷つきながらも戦ってくれる二人を見ているだけで、鈴音には何もできなかった。
それが、すごく悲しかったのだ。
「だから強くなった。私の目標は、あいつらの隣に立つことなのよ」
「そうでしたの……」
純粋な想いだけで強くなったことにセシリアは驚く。
だが、逆に考えればそれほどに強く純粋な想いを持ち続けて、彼女は代表候補生になったのだ。
それもただの代表候補生ではない。
『無冠のヴァルキリー』とまでいわれるほど、すなわち世界最強に手が届くところまで、たった一年で駆け上がってきたのだ。
セシリアも中国、次期国家代表と呼ばれる凰鈴音の名は聞いていた。
そして、いずれは敵となって立ちはだかる者だと脅威を感じていたのも確かだ。
そんな彼女の真実の姿が、揺れる想いに悩む思春期の少女であるということに安心してしまう。
セシリアとしては一夏と諒兵にはそれぞれ戦う者として敬意を抱き、また親しくもしているが、いわゆる盲目的な恋心は抱いていない。
切磋琢磨するライバルというのが一番近いだろう。
とはいえ、どちらにも魅力を感じているので、これからそういう想いを抱くことになる可能性を否定もしていないのだが。
だからこそ、二人に対する強く純粋な想いで強くなった凰鈴音というIS操縦者に対して興味もあった。
「手合わせ?」
「是非。名は聞いておりますわ。『無冠のヴァルキリー』と呼ばれる、あなたの」
「そんなの周りが勝手にいってるだけよ。まあ、でも、私もあんたとは戦ってみたいと思ってたわ」
目標を一度とはいえ倒したんだから、と鈴音は続ける。
対抗戦には一夏が出てくるので、諒兵に対しては目的を果たすことはできないのだ。
それだけに、鈴音は二連戦で一夏と諒兵を負かしたというセシリアには興味を持っていた。
そんなことから、セシリアと鈴音は翌日の放課後、アリーナの空にて対峙していた。