ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第100話「『まどか』という名の少女」

鈴音たち、さらにはサーヴァントやテンペスタⅡなど、その場にいた全員が呆然とその少女を見つめていると、いきなりサフィルスが笑いだした。

 

『アハハハハハハハッ、よもや貴方のような卑小な人間と進化する物好きがいるとは思わなくってよっ!』

 

その言葉から推測すると、サフィルスは少女を知っているらしい。

そして少女が間違いなく人間であったことが証明されたと鈴音たちは理解した。

 

『復讐でもするつもりでして?』

 

サフィルスと千冬に似た少女の関係はあまり友好的なものではないらしい。

もっとも、サフィルスと友好的な関係を築ける人間などいないだろうが。

それでも、少女がサフィルスと戦うことを目的としているなら、協力できると思う。

しかし、シャルロットが待ったをかけてきた。

「まずは人格を見極めよう。最初から信じるのは危険だよ」

「……私は敵とは思いたくないが」と、ラウラが反論する。

千冬に似ているだけに、悪印象を持ちたくないのだ。

「シャルロットさんの言うとおりでしょう。知らない相手である以上、警戒すべきですわ」

「……しょうがないか」と、鈴音が渋々納得すると、ラウラも仕方なさそうに肯く。

 

『奇襲で私の身体を掠めたことは褒めてあげてもよくってよ。もっとも私ほどの存在であれば、常に天の助けがあるもの。効果など無きに等しいといえましてよ』

 

サフィルスまで助けるとは、天の平等さにも困ったものだと四人は感じてしまう。

そんなことを考えていると、ようやく少女が口を開いた。

 

「ヨルムっ、避けられたぞっ、いい作戦とかいってたくせにっ!」

 

『ヨルム』というのは、おそらく身に纏うASの名前なのだろう。

どんな意味なのかわからない。ただ、その声から間違いなく人間の少女であることが全員に理解できた。

だが、それに答えた『声』に全員が驚愕してしまう。

 

『ふむ。いや、助言されたようだ。おそらくはタテナシだろう。あれで義理堅いところがあるからな』

 

低い。タテナシは少年のような声だったが、こちらは明らかに男性の声だったのだ。

解説されなくても、男性格のASということが理解できてしまう。

 

「本当か?ヨルムがミスしたんじゃないのか?」

『私の名誉のために真実だといっておこう。というか、マドカ、まず私の性能を疑うのはやめてほしいのだが』

 

まるで、漫才のような会話を四人と四機は呆然と聞く。

何故か、サフィルスまで呆然としている様子だった。

しかし、端から見れば、その関係は他のAS操縦者、つまり一夏や諒兵、そして自分たちと変わらないように見える。

つまり、共生進化した人間とISなのだ。

「男性格の……ASってことよね……?」

「タテナシのことを考えると、敵だったらかなり厄介な存在になる」

鈴音、シャルロットがそう呟く。

IS学園で暴れているタテナシのことを考えれば、『ヨルム』はかなり危険な存在だ。

共闘できなかった場合、タテナシ同様に最悪の敵になる可能性すらある。

『それは貴方たち次第ですねー』と、いきなりのんきな声が聞こえてきた。

『テンロウ、知っているのか?』

『知っていますが、今はまだいえません。イチカやリョウヘイもそうですが、特にチフユに問題が起こりますので』

「何よそれっ?!」

「どういうことだっ?!」

天狼とオーステルンの会話を聞いていた鈴音とラウラが思わず叫んでしまう。

一夏や諒兵、そして千冬に問題が起こると聞いては黙っていられなかった。

『いえないんです。これに関してはジョウタロウやバネっちが慎重に準備してるんですよ』

「準備、とは?」とセシリア。

『あの子、マドカのことを受け入れさせる準備です』

その答えを聞く限り、『まどか』という少女は、一夏や諒兵、千冬の関係者で間違いないのだろう。

そこに、別の声が聞こえてくる。

[すまねぇな。織斑のためにも、今、そこで起こってることぁ内緒にしといてくれ]

丈太郎だった。

聞けば、今IS学園は束がわざと通信を落とし、リオデジャネイロの様子を伝えないようにしているという。

「何故そこまでするんですのっ?!」

[諒兵や一夏、それに織斑の出生に関わんだ。問題がデリケート過ぎて、戦場で話せることじゃぁねぇ]

何があるのだろうか。

思わず全員がそう思ってしまう。

そして、目の前にいるまどかという少女が、そこまで大きな問題の鍵を握るとなると、下手に戦うこともできなくなる。

[詫びっちゃぁなんだが、天狼がサポートする。そろそろサフィルスがキレんぞ。気ぃ引き締めろ]

「蛮兄、キレるって何?」と鈴音。

『あの方、男嫌いなんですよー。実は女尊男卑の考えに共感するタイプなんです』

「「「「まぢ?」」」」

思わず全員が突っ込んでしまっていた。

しかし、それが正しいということを、すぐに思い知らされる。

 

『なるほど。確かに私が痛めつけた下賤で卑小な人間に与するなど、下賤な男ども以外に考えられない。納得いきましてよ』

 

声が震えているのだ。どう考えても怒りに震えているとしか思えない。

そして、サフィルスは間違いなくその通りの行動をしてきた。

 

『あの穢らわしい機体ごと蜂の巣にしておしまいッ!』

 

その声を聞いたサーヴァントが、全機、まどかという少女とヨルムという名の機体に向けて砲撃を開始した。

サフィルスに頼まれたのか、テンペスタⅡもまどかを追って空を舞う。

その様子を見て、オーステルンが呆れたような声を出す。

『完全に激昂しているな。男嫌いとはいっても、これほどとは……』

『何故ああなったのかはわかりませんが、もともと『自尊』で、人に物扱いされることを毛嫌いしていますからねー』

『極端なのは昔からですし』と、ブルー・フェザーがぼそりと呟く。

それはともかく。

IS開発者の中には男性も数多い。

機体開発の段階で弄繰り回されたことが気に入らないのかもしれないと天狼は説明する。

なんとなく見物していたい雰囲気だが、今の状況を冷静に見ている者もいた。

「鈴、テンペスタⅡを抑えられる?」

「なんとかするわ」

そう答えた鈴音に肯いたシャルロットは、すぐにラウラやセシリアに指示を出す。

「ラウラ、セシリア、サフィルスの意識があの子に向いてる今がチャンスだ。最悪でもコアにダメージを与えて撃退しよう」

「わかった」

「了解しましたわ」

そうして四人は一気に空を舞った。

シャルロットの指示に従い、鈴音はまどかを追うテンペスタⅡの注意を引き、自分に引き付ける。

だが、なかなか思い通りに動いてくれない。

任務に忠実な軍人とはうまい例えだと鈴音は感心してしまう。

それでも、まどかがうまく逃げられるようにフォローするように鈴音は龍砲を使ってテンペスタⅡの邪魔を続けた。

セシリア、シャルロット、ラウラはラウラが前衛に立ってサーヴァントの砲撃を阻害。

さらにセシリア、シャルロットがそれぞれ攻撃を開始すると、サフィルスが一瞥してきた。

直後、半数のサーヴァントがこちらに砲撃を開始してくる。

まどか一人ならば、八機どころかその半分でも十分だろう。

だが、サフィルスは鈴音たちに関しては、あくまで抑えることを選択した。

まどかと、気に入らないらしいヨルムと呼ばれた機体を意地でも落としたいらしい。

「よっぽど拘りがあんのね」と、呟く鈴音。

しかし、そこまで拘るのなら、逆に利用もしやすくなる。

「僕たちは片手間で抑えられる相手じゃないって事を見せてあげようよ」

『そうね。もっとも下手に学習はさせられないわよ』

「わかってる」

『サーヴァントの鹵獲』もまだ実行できていない以上、下手に学習させて強化してしまうわけにはいかない。

ゆえに、今回は撃退に集中する。

IS学園のことや、一夏や諒兵、千冬のことを考えるとまどかのことも放ってはおけない。

やるべきことを一つ一つこなしていくしかないとシャルロットは改めてセシリア、ラウラに指示を出す。

だが、シャルロットの目は、それだけではなく、鈴音、セシリア、ラウラの目も、まどかに引き付けられることになる。

 

「ヨルムっ、数が多いっ、使うぞっ!」

『落ち着きたまえ。たかが八機のサーヴァントに使うことはあるまい』

「いちいちうるさいっ、使うったら使うっ!」

『やれやれ、少しは私の助言も聞いてほしいものだ』

 

何を使うというのか、と、全員が疑問に思う。

もっとも、まどかとヨルムと呼ばれる機体の会話を聞いてると漫才としか思えない。

正確にいえば、わがままな娘と、そんな娘に手を焼く父親の会話のように聞こえるのだ。

どうにも緊張感が削がれてしまうが、まどかが使ったモノは、全員の目をひきつけるだけの力を持っていた。

 

「モード・ラミアッ!」

 

まどかがそう叫ぶと、まず彼女の両足を長い蛇の尻尾が覆う。さらに顔には蛇そのものの鋼鉄の仮面がつけられた。

その形状は、ASを纏った人間というより、翼を生やした鋼鉄の蛇女そのものだ。

更なる変身、もしくは変形というべきか、そんな力を見せたまどかは、無数の光の雨を鮮やかに避けるほどのスピードを見せてくる。

明らかに、先ほどよりも能力が上がっている様子だった。

それを満たセシリア、シャルロットが呟く。

「ラミアは神話に語られる蛇女でしたわね……」

「まさかアレ……」

『機獣同化です』

『ただし、イチカやリョウヘイとは違うわ。おそらくヨルムとやらがもともと持ってた機能をマドカって子が使ってるのよ』

ブルー・フェザーとブリーズの解説に、セシリアやシャルロットばかりではなく、鈴音やラウラも驚いてしまう。

「あいつ、元はどんだけ強力な機体だったのよ……」

タテナシが相当な戦闘力を見せてきたことは、一応聞いている。

それだけに、ヨルムと呼ばれたISコアが、もともと持っている機能まで再現するとはどれほど高機能のISだったのだろうと鈴音は呟いてしまう。

だが、真実は意外なものだった。

『いや、機体性能なら我々より劣るはずだ』

「どういうことだ?」

『やけに隠してるせいでわかりにくいのニャ。でも、たぶん元は打鉄ニャ』

「マジッ?」

猫鈴の言葉に、全員が驚愕してしまう。しかし、猫鈴はさらに続けてきた。

『しかも、さっきからプラズマソードしか使ってニャいニャ。たぶん、武装も載ってニャい機体だったのニャ』

「それじゃまるで、白虎やレオと同じじゃない……」

『それニャッ!』

と、いきなり叫んだ猫鈴に四人は驚く。

だが、四機はそれで理解できたようだ。

『試験機だ。おそらくIS学園の試験会場にいた奴だ』

そう説明してきたオーステルンの言葉は正しい。

ヨルムと呼ばれる機体は、IS学園の受験日に、試験会場に用意された三機目である。

『そうだとすると厄介よ。アイツはビャッコやレオに近いところにいたことになるわ』

『ビャッコやレオの単一仕様能力に対して、対処方法を知ってる可能性があります』

それでなくてもまどかは、一夏や諒兵、千冬に対して何らかの鍵を握っている存在である。

さらに機体が、限定的とはいえ単一仕様能力を使うことができて、さらに白虎やレオを知っているとなると、面倒どころの話ではない。

一夏や諒兵にとって天敵といえる相手になるのだ。

もっとも敵というのならば、今、ヨルムと呼ばれる機体と一番敵対しているのはサフィルス以外にありえないが。

 

『おぞましい、醜い獣と化すことを厭わないとは。そんな人間が私を使っていたなど酷い侮辱でしてよッ!』

 

その言葉で、まどかとサフィルス、否、サイレント・ゼフィルスの関係が見えてくる。

四人はまどかがサイレント・ゼフィルスの操縦者であったのだろうと理解した。

ゆえに、鈴音は丈太郎に尋ねかける。

答えなければ許さないという威圧的な声音をもって。

「蛮兄、少しでいいから教えてよ」

[……あのまどかってのぁ、もとぁ亡国機業の実働部隊でな。つっても幼いころに誘拐されて、仕立て上げられたらしぃんだがよ]

「道理で。あの少女の動きは間違いなく特殊部隊のそれだ」

と、ラウラが感心したように呻く。

正規軍人のラウラだからこそ、まどかの戦闘スタイルからそれが理解できた。

「……僕たちで勝ち目はありますか?」

[四対一ならな]

逆にいえば、一対一で勝つのは難しい相手でもあると丈太郎は暗に告げてきた。

[だから、今ぁ戦うな。サフィルスを一緒に撃退したら、速攻で学園に戻れ]

「あの方が市街地を襲う可能性もあるのではありませんか?」

[それぁねぇと思う。あのガキぁ私怨で動いてやがる]

ただし、それが何に対してなのかまではわからないとのことだった。

そこにブリーズが口を挟んでくる。

『IS学園に動きがあったわ』

「何ッ?!」とラウラ。

『マオるん、フェフェさん、ブリーち、スッテルンには既に伝えましたよー』

『『『『待てコラ』』』』

いきなりおかしな呼び方をしてくる天狼に全機が突っ込みを入れてしまう。

とはいえ、朗報なので気を取り直してブリーズが口を開く。

『カタナとカンザシがニシキと進化したそうよ。向こうの戦況は好転したわ』

「かたな?」と、そう聞いたのは鈴音だ。

『生徒会長の本名よ』というブリーズの解説に、四人は思わずホッと安堵の息をつく。

だが。

「おかしくありません?」

「にしきというのは打鉄弐式だろう?二人と進化できるのか?」

と、セシリアとラウラが首を傾げると天狼が説明してくる。

『ニッキー、今はヤマトナデシコと名付けられましたが、あの方については後で』

[まずぁこっちだ。とにかくサフィルスを一旦撃退することに集中しろ]

「「「「了解!」」」」

丈太郎の言葉に素直に肯いた四人は、まどかの邪魔をしないように戦闘に集中する。

市街地を襲うサフィルスさえ撃退すれば、一区切りになると考えて。

 

 

一方、日本にて。

「束ッ、復旧はまだかッ!」

「お願いだからもーちょっと待ってってばっ!」

『ママがんばってるからー』

さっきから同じ答えしか返さない束に、さすがの千冬も苛立ってしまう。

もっとも、束にしてみれば千冬のためにやっていることなので、恨むのは筋違いなのだが。

というか、刀奈と簪が打鉄弐式と進化した上に、タテナシは撤退したのだから、とりあえず一息ついてもいいところである。

もっとも、リオデジャネイロの状況がわからないのでは、千冬としては気持ちが落ち着かない。

丈太郎のことは信頼しているとはいえ、それでも教え子を導き、見守るのは自分の役目だからだ。

そんな千冬だからこそ、今、司令官を任されているともいえる。

ゆえに、その教え子の一人としていう言葉は決まっていることを虚は理解していた。

「直接言葉が届かなくても、織斑先生の指示は生きているはずです。今は待つべきだと思います」

「……すまん、こういうところに未熟さが出てしまうな」

虚の言葉に、まるで冷水を浴びせられたかのように千冬は落ち着いた。

生徒に諭されるというのは、未熟さの証ではあるが、それ以上に先生として喜ばしいものでもあるからだ。

「更識刀奈、更識簪は整備室に直行だ。布仏、布仏本音は今はどこにいる?」

「指令室に向かっているようです」

「校内放送を使って、布仏本音に整備室に戻るよう指示を出してくれ。タテナシが撤退したことも校内に放送するんだ」

「わかりました」

「それと五反田にも整備室に行くように指示してくれ。あのバカの力が必要だ」

その指令に虚は首を傾げる。

今、弾が行ったところでできることがあるとは思えないからだ。

簪を助けた力は凄かったが、身体に影響があったことを考えると、彼は医務室行きだろう。

「無理をさせる気はないが、御手洗に頼んでエネルギーを供給すればすぐに治るそうだ」

無理やりエネルギーを消費するような真似をしたために身体に影響があっただけで、キチンと供給されれば問題はないらしい。

もっとも、束としては千冬が弾の行動に気づいていたことのほうが驚きだったようで、声をかけてくる。

「ちーちゃん、気づいてたんだ」

「こそこそしたくらいで欺けるほど、私の目は節穴じゃないぞ」

束も理由を知っているらしいので、虚としては気になってしまう。

校内放送で刀奈、簪、本音、そして弾に指示を出してから、改めて虚は尋ねる。

「五反田くんは、以前、御手洗くんがネットワークでやったことを覚えてたんだよ」

「白虎とレオに影響がないように、一夏と諒兵にエネルギーを与えていたんだ」

それが、弾が求めた能力であったということだ。

エルの力はあくまでエルの力であって、弾自体の能力ではない。

弾は戦うことができない代わりに、ASやその操縦者に対し、太陽光からエネルギーを受けつつ、適切な量で供給するというバイパスの能力を作ったのである。

「今なら更識と更識簪や、大和撫子にもエネルギー供給ができるはずだ」

まあ、大和撫子が素直に受け取るとは到底思えんが、と、付け加える千冬。

それでも、これはかなりありがたい能力である。

バックアップとして、数馬とは違った形で協力してくれる。

何よりそれをひけらかしはしない。

虚もまた、今の男性が弱いなどとは到底思えなくなっていた。

(でも、簪お嬢様に本音と、女子を二人も惑わすような真似をするのはいただけませんね)

一度、喝を入れてやるべきなのは弾なのではないかと虚は考えていた。

 

 

ブルッと、弾は思わず震えてしまう。

『にぃに?』

「いや、今、悪寒がした……」

何気に勘のいい男である。

 

 

 

 


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