第1話「異なる世界へ」
真っ暗な闇の中に光が差す。
その眩しさに目が覚めたのか、一夏と諒兵はほとんど同時に目を覚ました。
『ようやくお目覚めですかー』
「天狼か」
「つうかよ、真っ暗で何も見えねえぞ。灯りつけてくれよ」
そういって周囲を見回した諒兵は、どこかおかしいことに気づく。
「あり?」
「どうした諒兵?」
「いや、一夏、どこだかわかるか、ここ?」
そう言われ、一夏も周囲を見回してみるが、諒兵同様に違和感を持つ。
何もない。
真っ暗な闇の中で、天狼がほのかな光を放っている以外には何もない。
「どこなんだ、ここ?」
「てか、天狼もデカくねえか?」
諒兵の言葉通り、良く見ると、天狼の大きさがおかしい。十五センチほどだったはず身体が、どう見ても百五十センチ以上ある。
一見すると普通の女性のように見えるのだ。
「俺ら、目を覚ましたんじゃねえのか?」
『残念ながら、目を覚ましたとは言い辛いですねー』
どういうことだと問い詰めると、意外にあっさりと天狼は説明してきた。
『ここは狭間の世界とでもいいましょうか。世界と世界の間というべき場所です』
いきなりとんでもないというか、眉唾といっていいほどの話がでできて、一夏も諒兵も目が点になってしまう。
しかし、周囲にどれだけ目を凝らしても何もないのだ。
試しに立ち上がって壁があるかと探してみたが、どこまでいっても何にも触れられない。
さすがに二人とも不安になってしまう。
「実際の俺たちはどうなってるんだ?」と一夏。
『まだ眠っている状態ですねー。皆さん、二人が帰ってくるのを信じて戦ってますよ』
「それなら早く目を覚まさねえとじゃねえか。こんなところでのんびり話しててもしょうがねえよ」
まだ戦いは終わらない。
ザクロとヘリオドールを倒したことは、手に残る感触が教えてくれているが、まだ話が通じないISたちはたくさんいるのだ。
そんな状況で眠っていたくはない。
「ザクロたちを倒した責任がある。このままってわけにはいかないだろ」
「ヘリオドールやザクロを殺した以上、それが間違いじゃねえって俺らは証明しなきゃなんねえし」
『そうですね。お気持ちはわかりますよ。ですので、お聞きします。お二人とも今の自分の状態に違和感をまったく感じませんか?』
いきなり問われて一夏と諒兵は困惑してしまう。
特に問題があるようには感じないからだ。実際には眠っているというが、今の身体に何の違和感もない。
むしろ万全の状態に近いといってもいい。
しかし、ここにいるべき存在が、いないということに二人とも気づく。
「白虎がいない……」
「レオっ、どこいったっ!」
自分の身体にいつもくっついていたはずの白虎とレオがそれぞれの身体から離れてしまっているのだ。
いるのが当たり前だったせいで、いないということに気づかなかったが、白虎とレオが身体から離れているというのは一夏と諒兵にとっては異常以外の何者でもない。
『気づかなかったらどうしてやろうかと思いましたよー』
にっこり笑っているくせに、感じるのは冷たい殺気。
天狼の性格の難解さに一夏と諒兵は少しばかり呆れてしまう。
もっとも、言葉を聞く限り、いない理由を知っているのだろうと理解した。
「教えてくれ、天狼。白虎とレオは自分の意志で俺たちから離れたんじゃないんだろう?」
「俺らがここで目覚めたことと関連があるんだな?」
『勉強もそのくらいの勘のよさがあれば苦労しないんでしょうけどねー』
と、軽い冗談をいいつつ、天狼は話を変えてくる。
まず、ある概念について理解してもらわないと、白虎とレオの現状を理解できないからだという。
「並行世界?」
「マンガとか、ゲームとかのアレか?」
『はい。以前、私たちの世界を訪れた異世界の方々がいましたが、覚えていますか?』
「そういえば、普段はすっかり忘れてたけど……」
「春十と光莉だっけか。確か別の世界から来たっていってたよな」
天狼曰く、普段は世界の修正により思いだせないのだが、修正を受けないこの世界の狭間という場所では思いだせるのだろうという。
『あの方々のことは世界がある程度修正しているので、普段は思い出せませんが、ちゃんと事実としてあったんですよ』
「それはいいけど、だとすると白虎とレオは……」
「まさか、異世界に飛んじまったのか?」
二人の言葉に天狼は重々しく肯いた。
並行世界とは、例えるなら一冊の本ということができる。
一ページが一つの世界。それが無数の分岐により、何百、何千というページに分けられる。
例えば右と左の道のどちらかを選んだかだけでも世界は分裂し、増えていくのだ。
『ビャッコとレオは機獣同化、つまり単一仕様能力の発動でエネルギーをほぼ使いきりました。力のない状態で放り出されたお二方は、発動の衝撃に耐え切れず、私たちの世界から弾き出されてしまったんです』
「いったいドコにッ!」
「場所はわかってんのかッ!」
『幸い、それはわかりました。苦労しましたよー』
ホッと安堵の息をついた一夏と諒兵は、ならばすぐに助けに行くと言いだした。
当然だった。自分のパートナーなのだから。
しかし、そこに天狼が待ったをかけてくる。
『その前に、並行世界について説明しておかなければなりませんよ』
「もう十分聞いたっ!」
「場所だけ教えろっ!」
『今から貴方がたが行く世界は、本来、自分が存在できない世界だとしてもですか?』
天狼の言葉は冷静を遥かに超えて、冷徹な、冷酷とも感じるような響きを持っていた。
このままではいけそうもないと感じた一夏と諒兵は、一旦気持ちを整えて天狼の言葉を待つ。
その姿を見て満足そうに肯いた天狼は、再び説明を始めた。
『先ほども言いましたが、並行世界とは一冊の本のようなものです。最初のページと最後のページではまったく内容が違うということは理解できるでしょう?』
肯く二人に対し、天狼はあくまで冷静に説明してくる。
『いうなれば、その最初のページにレオが、最後のページにビャッコが飛ばされました。二人はそこで、本来なら存在しないにもかかわらず、人として生活してます』
「白虎とレオが人として……?」
「お前ら、人間になれんのか?」
『厳密には人間じゃないんですが、ほぼ近い状態になってしまってます。まあ、あの子たち以外には無理なんですけどね』
「なんでだ?」と、一夏。
『あの子たちは無垢なんです。これは私や他のISコアとも違います。詳しいわけは、帰ってきてから話しても問題ないですので、今は割愛しますね』
問題は、そこではない。
最初のページと最後のページと言い表した世界にこそあった。
『片方にはイチカ、片方にはリョウヘイ、それぞれが存在してます』
「それなら問題ないんじゃないか?」
『いいえ、イチカのほうには本来リョウヘイは存在できません。逆もまた然り。リョウヘイのほうにイチカはいません』
「どういうことだよ?」
『貴方がたは『特異点』と呼ばれる存在なんですよ』
歴史的な大きな事件。
世界を揺るがすような争い。
そういったときにその中心にいてしまう人物、それが特異点である。
ぶっちゃけた話、マンガや小説の主人公みたいな存在なのだ。
『特異点は一人だけを指すわけではないので、イチカのほうにはリョウヘイがよく知る人物、例としてあげるならジョウタロウがいません』
逆に諒兵のほうには、一夏の他には束や千冬といった人物がいないという。
「それじゃ、ほとんど俺たちの知らない世界じゃないか」
「別世界どころじゃねえぞ?」
『ですが、それが事実です。ちょっと苦労しましたけど、何とか映像持ってきましたから、それぞれの世界を見せてあげますね』
そういって空間に映し出された映像を、二人はじっと見つめた。
そして数十分後。
「……なんていうか、凄く歪んだ世界だな」
「そっちはマシだろ。こっちは命がけのサバイバルだぜ」
「でも、俺は正直いって一番嫌いなタイプだと思ったぞ」
「……俺も、あそこまで凶暴にはなりたくねえ」
それが、それぞれ、自分がいるという世界を見た感想だった。
一夏の世界。
そこにはISがあり、また、女尊男卑がまかり通っている。にもかかわらず、IS学園だけが優遇され、浮いていて、その世界の一夏は異常なほど特別扱いされていた。
『ある意味では、とても平和な世界ですね。でも、この世界のシノノノタバネが望む形以外を認めない。鳥かごのような、歪んだ秩序に守られた世界でもあります』
諒兵の世界。
驚くことに伝説上の竜の姿をした多数の古代兵器が、人を襲い、大半の人類が殺され続けている世界だった。諒兵はそこで自らも竜となり、竜を殺すモノとして猛獣のように戦い続けていた。
『自由な世界ということができるでしょうね。力があれば誰にも束縛されません。ですが、常に死と隣り合わせ。気の休まる暇がない弱肉強食の世界でもあります』
天狼の評価も、一夏と諒兵には皮肉としか思えない。
正直、その世界で生きている自分がまったくの別人としか思えないのだ。
「この二つの世界に白虎とレオがいるっつったな?」
『はい』
「どっちになんだ、天狼?」
『イチカの世界にレオが、リョウヘイの世界にビャッコがいます』
そう聞いた一夏の表情が真っ青になる。
弱肉強食のサバイバルな世界に、白虎がいるというのだから。
「天狼ッ、すぐに行き方を教えてくれッ!」
『タイミングはこちらで合わせますから、落ち着いてください。私もビャッコを死なせたくありませんから』
慌てなくても白虎が死ぬようなタイミングで送り出す気はないという天狼の言葉に安心はするものの、落ち着かない気持ちの一夏である。
ただし、今の天狼の説明で、一夏が諒兵の世界に、諒兵が一夏の世界に行くということは理解できた。
『問題はまだあります』
「何だよ?」
『ビャッコとレオには貴方がたの記憶がありません』
「何だってッ!」
『貴方がたには、二人に記憶をインストールしてもらわなければならないんです』
そうしなければ、白虎とレオはこの世界に戻れないのだという。
本来はこの世界のASである白虎とレオだが、本来の記憶がないまま強引に連れ戻すことはできない。
少なくとも今の段階では、一夏の世界と諒兵の世界の住人のままだからだという。
とはいえ、インストールといわれてもどうすればいいのかわからない。
というか、説明すればいいのではないのだろうかと二人は思う。
『貴方がたは本来存在できないといったはずですよ』
「でも、送り出すってことは行くことができるってことだろ?」
「問題あるのか?」
『はい。人として存在できないのですから、人でないモノとして存在させます』
一瞬、何をいっているのかわからなかった。そんな一夏と諒兵を見ながら、天狼は冷静に告げる。
『一夏には諒兵の世界で竜に。諒兵は一夏の世界でISになってもらいます』
しかも、言葉を発することは一切できない。わずかな触れ合いのチャンスを生かして、心を伝えるしか方法がないのだという。
しかし、無茶にもほどがあった。苦労は厭わないが、条件が厳しすぎる。
しかし、天狼の言葉でふたりは黙らざるを得なかった。
『あの子たちは自分の記憶を守るエネルギーまで使って単一仕様能力の発動をサポートしました。結果としてわずかに心が残っただけの状態になり、飛ばされてしまったんです』
言外に、自分たちのせいだといわれている気がしたからだった。
戦うためにはどうしても白虎とレオの協力が必要だったとはいえ、それでも相当な無理をさせてしまったのだ。
「やってやるさ。レオには助けられてばっかだからな」
「ああ。白虎には飛ぶ楽しさを教えてもらった。そんな最初のことのお礼も、俺にはまだできてない」
そういって二人が立ち上がると、天狼は再び満足そうに肯く。
今までで一番辛い戦いになる。
敵の立場で出会わなければならない一夏。
道具として使われる状況になる諒兵。
それでも、今まで一緒に飛んできたときの想いを、何よりも感謝していることを、白虎とレオに伝えたい。
そう決意したのだ。
『がんばってくださいね。あの子たちのためにも』
そういって天狼は優しく微笑む。
その笑顔に、一夏と諒兵は強く肯き、光となって消え去った。
そこにもう一つの光が現れる。
『助かりました、しろにー』
いい加減にしないかと、現れた光は人型となり、疲れた顔を見せる。
どうやら、一夏と諒兵を送りだすには、この存在の力も必要だったらしい。
『特異点同士が友となったこの世界は異常なんでしょうかねー』
その問いに、光の人型は、異常ではなく優しい可能性も世界にはあるのだろうと答えるのだった。