目を覚ました諒兵の目に映ったのは、無数の打鉄やラファール・リヴァイブが整然と並べられた場所だった。
(IS学園の格納庫か……)
自分が通っているIS学園と構造が同じならば、間違いなく以前、学園見物で見かけたISの格納庫であると諒兵は判断する。
天狼がいったことが正しいなら、今の自分はISになってしまっている。
ならば、格納庫は自分がいる場所としては正しいだろう。
(つっても、このままじゃあな)
レオを探すためにも、どうにかして出なければならない。
そう思った諒兵は、身体を動かそうとして、できないということに気づく。
(おい、まさか、誰か乗ってくれねえと動けねえのか?)
と、誰とはなしに問いかけてしまう。
しかし、ISはあくまで人が乗るものだ。
ならば、自分勝手に動けるはずはない。
自分の世界でISが覚醒したのはディアマンテの力によるものなのだから。
(ちょっと待てッ、どうやってレオを探すんだよッ!)
自ら動くことができないのでは、レオが見つけてくれるのを待つしか方法がない。
まさか最初の一歩で頓挫するとは思わず、諒兵は途方に暮れてしまう。
『座り込んで』どう動くべきかと考える諒兵。
いずれにしても、どうにかして動かない限り、レオを見つけることができないのだから、誰でもいいから格納庫から引っ張り出してほしいと思う。
(てか、専用機になるのが一番いいのか)
誰かが自分を専用機にしてくれれば、その動きに合わせて自分も動くことができる。
いいアイデアだ、と思うものの(ちょっと待て)と思わず自分に突っ込んでしまう。
天狼に貰った情報に頼らなくても、IS学園は例外を除いて女性しかいないことは理解している。
この世界の一夏が白式を専用機にしているらしいことは聞いているので、そうなると自然と別の生徒になる。
つまり。
(鈴やラウラに殺される。てか、弾あたりマジで刺しにくるよな……)
うら若き女生徒と生活を共にするということになるのだ。
自分を慕うラウラや、想い人である鈴音、そして悪友ともいえる弾あたりはマジで折檻を通り越して、粛清しそうな気がしてきた。
レオも嫉妬するだろうが、レオを探すためなのだから筋違いである。と、諒兵は主張したい。
(あー、でも、それ以外に手がねえぞ)
ガリガリと『頭を掻いて』悩みこむ諒兵である。
そうして、ようやく違和感に気づいた。
さっきから、自分は人間らしい行動をしているのだ。
とはいっても、今の身体であるはずのISは動いていない。
だが。
(ネットワークの中なら俺自身で動けるのかっ!)
今、動いている自分は、ISコアの中にいる人格データということができるのだろう。
無理にISとしての身体を動かさなくても、コア・ネットワークなら自分で動くことができるということに諒兵は気づく。
ならば。
(専用機のコアに行きゃ、状況は確認できるはずだ)
なんとかして外の世界に干渉しなければならないが、その方法を探すためにも、まずは動き回ることを諒兵は選択した。
本来ならば、アドレスを指定して行き先を決めなければならないコア・ネットワークの移動だが、諒兵がそんなことを覚えているはずがない。
めくらめっぽうに動くしかなかった。
しかし、それでは迷う可能性もある。
公称されているISコアの数は467個。
それぞれがどこに有るのかわからない以上、下手に動くと地球の裏側に行ってしまう可能性もある。
(イメージしてみっか)
知り合いの専用機を漠然とイメージしてみることで、大まかに移動先を絞れるかもしれない。
そう考えた諒兵は、まずは猫鈴、すなわち甲龍をイメージしてネットワークの中を飛び立った。
気づくと、誰かの声が聞こえてくる。
「では、この問題を解いてもらいます」
(うげ)と、思わずげんなりしてしまう諒兵だったが、どうやら移動はうまくいったらしいと安心する。
どうやらちょうど授業中だったらしい。
なんとかして周囲が見えないかと目を凝らすと、目の前に画像が現れた。
見てみると、鈴音が授業を受けている姿が映っている。
ここが甲龍のコアであることに間違いはないらしい。
しかし。
(あり、さっきは普通に見えたよな?)
自分の身体らしきISの中にいたときは、周囲がしっかり見えていたのだが、今はモニターのようにしか見えないことに疑問に思う。
少しばかり考えて、他のコアに間借りしているようなものだからかと結論付けた。
(ISコアに心があるのは、こっちの世界でも同じなのか?)
しかし、自分の世界のようなはっきりとした意思を感じない。
諒兵にしても、一夏にしても、完全に共生進化する前から、ISコアに意思があることは漠然と感じられていた。
しかし、この世界ではほとんど感じられない。
(いや、なくもねえな。すげえ薄いけど)
消えそうなほど、薄く、脆い気配があることを感じられる。
これが甲龍の心だというのなら、対話など無理な話だ。
どうしてかと思い、周りを見回してみて、その答えに気づいた。
小さな、子どものような人影が、そこに佇んでいたからだ。
どう見てもマトモに話ができるとは思えない。ただ、確かにそこにいる。
(……赤ん坊みてえなもんなのか)
生まれたばかりで、心がはっきりするほど成長していない。
人と共にいることで辛うじて育ってきたのだろうが、ちゃんと対話できていないのだろう。
ゆえに、子どものような人影のままなのだと諒兵は理解した。
『ちっとだけ居候させてくれな』
そういって頭を撫でると甲龍のコアはどこか嬉しそうな雰囲気を伝えてくる。
どうやら、居候を許してもらえるらしいと考えた諒兵は、とりあえず情報を集め始めた。
どうやら時期的には秋口らしい。
夏休みは既に終わっているようだ。
(俺らんとこは、臨海学校から激変したかんなあ……)
こっちでは普通に夏休みがあったのだろうと思うと、少しばかり羨ましいとも思う。
何せ、現在、IS学園で遊撃部隊として戦っているメンバーは確実に留年するだろうからだ。
(鬱になるぜ……)
高校一年生をもう一回やりたいとは正直思わない諒兵である。
それはともかく、鈴音がいるということはここは1年2組のはずだ。そう思って見回してみると、ティナの姿もある。
クラス構成はそう変わらないのだろうかと諒兵は思う。
それに。
(レオっぽい奴はいねえな)
どうやらここにはいないみたいだと諒兵は肯き、ならば、と次の目的地を決める。
(オーステルン、シュヴァルツェア・レーゲンか。そっち行ってみっか)
自分の世界と変わらないなら、そこは1組になるはずだ。
そんなことを考えつつ、甲龍のコアに暇を告げ、諒兵は再び飛び立った。
待機形態がどうなっているかということはあまり問題ではないらしい。
と、シュヴァルツェア・レーゲンのコアに移動してきた諒兵は安堵の息をついた。
シュヴァルツェア・レーゲンは待機形態だとラウラの脚に巻きついているからだ。
それでも、一応普通に周囲の映像を出すことができる。
先ほどの甲龍同様に、子どものような人影をしたコアに話しかけつつ、居候させてもらう。
やはり、シュヴァルツェア・レーゲンもオーステルンのようなはっきりした人格は持っていないが、存在自体はちゃんとあった。
ただ。
(なんか、寂しそうだな……)
はっきりとはしていなくても、心はちゃんとある。
なのに話ができないというのは、辛いものがあるのだろう。
なんとなくではあるが、諒兵はこの世界のISコアに同情してしまっていた。
しかし、自分がこうして動き回っているのは、レオを見つけるためだ。
目的を忘れてはならない。だからこそ、甲龍のところにいたとき、あえて鈴音のことは考えないようにしていたのだから。
同様に、ラウラのことも考えないように諒兵は心がけていた。
どちらにしても、自分の知っている彼女たちではないのだから、と。
しかし、1組の様子を見てみて、まず、大きな違いに気づく。
(シャルの奴、1組のまんまなのか)
自分の世界では3組に編入となったシャルロットが、1組で授業を受けていた。
やはり、多少はクラス構成は異なるらしいと諒兵は理解する。
(3組どうなってんだ?)
後で調べてみようと、別の方向に視線を向けると、箒の姿が目に入る。
そこに、違和感があった。
(……紅椿。そか、この世界だと操縦者になってんのか、篠ノ之の奴)
諒兵は紅椿の待機形態を見たことはない。
それでも、箒がISを持っていること、そのISが紅椿であることは理解できた。
正直に言えば、諒兵は箒が紅椿を持つことに対して、あまりいい印象を受けない。
力に呑まれてしまうのではないかと思うからだ。
そうでなければいいと思いつつ、別の方向に目を向ける。
(セシリアは、あんま変わんねえ感じだけど、なんか雰囲気違うな)
そこまで重要ではないだろう、と、できるだけ意識を割かないようにするが、妙に残念な印象を受けるのが気になった。
そして一夏のほうに目を向ける。
自分の知ってる一夏が、あまり好きになれないといっていたが、見た目の印象からは、そこまで悪い奴とも思えなかった。
その腕にガントレットが嵌まっている。
(アレが白式、妙だな……)
何故か、他のISコアと、受ける印象が異なるのだ。
変に近づくべきではないかもしれない。
そんなことを考えていると、その待機形態の白式から、睨まれているような視線を感じ取る。
(チッ、マジいなッ!)
身の危険を感じた諒兵は、いったん甲龍へと戻るのだった。
その後も、とりあえずIS学園内に存在するコアを移動しつつ、情報集めをしていた諒兵だったが、自分の身体らしきISコアに戻ってきて、どうしたものかと頭を悩ませていた。
(3組の知り合い、シャルだけだったしなあ)
4組の簪、2学年の生徒会長の楯無、さらにそこで専用機持ちの情報を集め、できるだけ動き回ったのだが、できれば見ておきたいと考えていた3組だけどうしてもいけないのだ。
覚えている限り、3組の専用機持ちは自分の世界ではシャルロットだけだった。
そうなると移動のしようがない。
飛び回った中で、レオらしき人物を見つけられなかったこともあり、どうしても3組にいってみたくなっていた。
(3組の専用機持ちが他にいるかどうか、情報を集めるしかねえな)
いくらなんでも3組だけ専用機持ちがいないということはないだろうと諒兵は思う。
というか、戦力が1組に偏りすぎだ。
確かに一夏、ラウラ、箒はまだ理解できる。
おそらく千冬でなければ押さえがきかないだろう。ラウラはラウラ自身が、一夏や箒の場合、周りがといった違いはあるだろうが。
しかし、セシリアやシャルロットは他のクラスでも十分にコミュニケーションがとれるはずだ。
そっくり3組に回しても問題ないだろうに、何故こうまで1組に集中させるのか、諒兵には理解できなかった。
自分の世界では、セシリアは最初から1組で、ほとんど代表のように雑務を引き受けてくれているから1組にいた。
ラウラは性格的に千冬以外では抑えられまい。
しかし、同じ流れならばシャルロットあたりは移動してもおかしくない。
にもかかわらず1組に存在する。
さらに調べてみてわかったのが、専用機持ちのみでのタッグトーナメント戦が近く開催されることだ。
いくらなんでも1組、正確には一夏を優遇しすぎだろうと思う。
それは学園全てが、だ。
つまり、生徒たちも一夏を優遇しているような印象がある。
とはいえ、一夏はIS学園に入学してからの経験しかないので優遇されるのも仕方ないのはわかる。
唯一の男性操縦者ならば、保護する必要も、鍛える必要もあるだろう。
だが、ちゃんと他の生徒を育てるならば、専用機持ちは1年次はあくまでサポートに回し、普通の生徒を鍛え、全体のレベルの底上げをすべきではないかと諒兵は思う。
その上で、少し一夏を優遇するくらいなら、まだ理解できる。
しかし、そうではないのだ。
ゆえに。
(まるで一夏のためにあるみたいだな、このIS学園……)
一夏自身よりも、一夏を何かに仕立て上げようとしているこの学園に対して、酷く歪んだものを感じる諒兵だった。
いずれにしても、今の段階でIS学園内で見られる範囲は全て探している。
そして、天狼が、レオがいる場所に送るといっていた以上、そう遠くない場所にレオはいるはずだと諒兵は推測する。
と、なれば。
(3組が一番怪しくなる。やっぱどうにかして見に行かねえとだな)
そう考えていた諒兵の耳に、女子たちの声が飛び込んできた。
「今度のタッグトーナメント酷くない?」
「専用機持ちのみなんて、うちのクラス、思いっきり、ディスってるよねえ」
「ホントホント」
どうやら数名の生徒たちのようだ。
わざわざ格納庫まで何をしにきたのだろうと思うが、とりあえず、これも何かの役に立つかと思い、諒兵は耳を傾ける。
「チャンスがあるだけマシでしょう。この学園が偏ってるのは今に始まったことじゃないですし」
(ん?)と、ある声に諒兵は何故か聞き覚えがあるのを不思議に思う。
「でも、専用機なんて、運がなきゃ持てないじゃん」
「1組のアイツなんて、まさにそれだけだし」
「あんまり悪口を言わないほうがいいですよ。どこで誰が聞いてるかわからないんですから」
間違いなく聞き覚えがある。
そう感じた諒兵は、声の方向に視線を向ける。
そこにいたのは、女生徒たちと、耳と尻尾がない以外はレオそっくりで、IS学園の制服を着た少女だった。
髪の色がもともと黒いせいか、まさに日本人といってもいいくらい馴染んでしまっている。
(まさか、あの子がレオかッ?)
このタイミングを見越して天狼がこの世界に送り込んだというのなら、いくら感謝しても足りないくらいだと諒兵は思う。
「明後日の学年合同授業の模擬戦で成績を残せれば、仮の専用機持ちとしてトーナメント参加も許されるんですし、少しでも練習しておくべきですよ」
「一日二日じゃなんともなんないって」
「まあ、だから得意な機体とか、武装とか選んどきたいんだけどさ」
「レオっちはマジメすぎ。損するだけだよ」
(おい、ちょっと待て)と、諒兵は思わず突っ込みたくなった。
そのまんまの名前で、この世界にいるのか、と。
名付けた自分が言うのもなんだが、女の子向けの名前ではないと思うだけに、なんだか申し訳ない。
何せレオらしき少女は外見は本当にマジメな優等生といった姿をしているからだ。
もっともそんなことを考えてる場合ではない。
せっかくレオがこの場に来たというのなら、なんとしてでもきっかけを作りたい。
そう思った諒兵は、必死にレオの名を叫び、身体を動かそうとした。
だが、ガシャン、という音を響かせ、諒兵の身体は横倒しになってしまう。
(くそっ、気づいてくれレオッ!)
諒兵の必死な願いが届いたのか、レオらしき少女がこちらに近づいてくる。
「どうしたのー?」
「立てかけてあった機体が倒れたみたいです。手を貸してくれませんか?」
「えー、めんどいよー」
そんな返答に少女は苦笑いしつつ、諒兵の身体に歩み寄る。
そして手を触れつつ、少女は呟いた。
「……『赤鉄』、こんな機体ありましたっけ?」
「あれ、それって欠陥機じゃなかった?」
(なぬっ?)
別の少女の答えに、諒兵は思わず変な声を出してしまう。
乗ってもらう以前の問題をまさか自分自身が抱えていたとは思わなかったのだ。
「確か、倉持技研の第2世代の試作機で、ちょーピーキーで誰も扱えなかったって聞いたよ」
「それに、武装を載せる領域もないとか。装甲にくっついてる大きな爪以外、攻撃方法がないんだって」
「ホントに欠陥機なんですね……」
(てんろォーッ、なんで普通の打鉄にしなかったァーッ!)
専用機以前に使ってもらえるかどうかもわからないレベルの機体では、この場にいる意味がない。
せめて想いだけでも伝われと必死に願う。
「……でも、ちょっと乗ってみたい、かな」
「えー、やめときなよー」
「ダメ元ですよ。トーナメントに出るチャンスなんて、ほとんどゼロでしょう?」
ならば変わった機体を動かすことで今後のために経験値を稼ぎたい、と、レオらしき少女は一緒にいる友人らしき女生徒たちに説明する。
そこまでいうなら、と、女生徒たちも納得したらしい。
「私は獅子堂レオ(ししどう れお)です。お願いしますね、赤鉄」
(た、助かった……)
思わずそう呟いてしまう諒兵だった。
それでも、この少女が間違いなくレオであることは理解できた。
ならば、少しでも力になりたいと思う。
今まで、たくさん力を貸してもらってきただけに。
(こっちこそよろしくな、レオ)
差し当たっては明後日の模擬戦、レオが満足できるような結果を残すために、と、諒兵は気合いを入れたのだった。