一夏と白虎が連れてこられたのは、屈強な戦士たちが集まる宿舎だった。
思わず緊張してしまう。誰も彼もが強いということがその空気で理解できたからだ。
(ここが、蛮兄や諒兵たちが暮らしてる場所か……)
下手なことはとてもできそうにないと、一夏は改めて気を引き締めた。
先ほど、鈴がある場所に連絡すると、蛮兄らしき人物から指示が来たと彼女は説明してきた。
「会ってみたいってさ。あと、白虎も保護してあげるって」
「ありがとっ、鈴っ!」
そんな少女たちのやり取りに、懐かしい姿を見た気がして、一夏は思わず微笑んでいた。
実際には竜の形をしている顔はピクリとも動かなかったのだが。
それはそれとして、指示があったということで、一夏と白虎は『龍機兵団』と呼ばれる集団がいる場所まで連れてこられたのだ。
どういうところなのかは白虎もよく知らなかったらしく、鈴に尋ねてくれたので、その説明を一夏も聞いていた。
単純に言えば、この世界の諒兵のような人間たちが、竜の脅威から人々を守るために集まった軍隊だという。
世界に同様の軍隊が五つあるらしい。
それが、世界各地を襲う竜から、人々を守っているのだという。
もっとも。
「変身したら見た目は竜と一緒だから、普通の人がいる場所じゃ暮らしてけないのよ」
と、鈴は苦笑まじりに付け加えてきたが。
人を守る人たちが、人から離れさせられている。
(おかしいだろ、それって)
酷く歪んだ状況ではないかと一夏は思う。
竜に対抗するため、あえて竜になって戦っている人たちの、ある意味では犠牲の上に生活が成り立っているのに、自分の生活圏から除け者にして生を謳歌することができる人がいることが一夏は信じられなかった。
諒兵は気にしている様子など見せないし、鈴も悲壮感があるわけではないのだが。
鈴といえば、女で竜の力を得た人間は非常に珍しいのだという。少なくとも日本には鈴しかいないらしい。
「どうして?」
「あんたと同じだと思うわ。たぶんね」
白虎の言葉にそう答えた鈴は、どこか照れくさそうにしていた。
そして時間は今に戻る。
諒兵と鈴、一夏と白虎の前に現れたのは、首に銀の首輪こそ巻いていなかったものの、一夏の知る兄貴分とほとんど同じ姿をした人間だった。
「無事で何よりだ」
「ああ」
「ま、私が行ったときはほとんど終わってたしね」
諒兵がつまらなそうに、鈴が可愛らしくウインクしながらそう答えるのを見て、現れた人物は苦笑いを見せる。
そして一夏と白虎のほうへと視線を向けてきた。
「で、そいつらが鈴のいってた竜と娘っこか。俺ぁ蛮場丈太郎だ。一応ここの責任者やってんだ。よろしくな」
「あっ、はいっ!」
一瞬、白虎に釣られて「はい」と答えそうになった一夏だが、唸り声になってしまうことに気づき、慌てて首を縦に振る。
その姿を見て、丈太郎はニヤリと笑った。
「えらく変わった竜だなぁ。俺らと変わんねぇじゃねぇか」
「少なくとも人の言葉はわかるみてえだ」
「なら、話ぁ早ぇやな」
どうやら即座に攻撃される心配はないらしいと一夏は安堵する。
ここにいるのは、竜の力を持った人間だ。それに人を守っているという軍隊だ。戦いたくない。
しかし、そうなると、攻撃されたら全力で逃げるしか生き延びる方法はないだろう。
できれば白虎の近くにいたい一夏としては、ここから逃げ出したくはない。
できるだけおとなしくしていなければ、と、一夏は自分の一挙一動にひたすら注意していた。
そうしていると、別のところから声がかけられる。
「その白い竜がお話の竜ですか?」
「おぅ、井波か。そっちぁどうだった?」
「撃退には成功しました。被害報告は後で書類にまとめて報告します」
現れたのはまだ二十代前半くらいの青年だった。
眉目秀麗といった感じではないが、好印象を感じさせる、マジメそうな青年だ。
旧知の仲らしく、丈太郎はだいぶ砕けた様子で一夏と白虎のことを説明する。
もっとも自分の知る限り、丈太郎は誰に対しても相当砕けた物言いをするのだが。
「お疲れさん。で、おめぇのいうとおり、こいつが例の竜で、こっちの娘っこが保護対象だ」
「そうですか。鈴川君と同室で?」
「それでいいだろ。無理に空き部屋使うこたぁねぇ」
どんどん話が進んでいってしまうので、一夏としては困るのだが、さりとて唸り声と鳴き声しか出せないのでは話のしようがない。
すると。
「あの、白竜とは一緒にいられないの?」
と、白虎が丈太郎に尋ねかけた。
そんな白虎の言葉に丈太郎は苦笑いを見せる。
「そいつぁ宿舎に入るにゃぁ、ちぃとデカすぎんなぁ。倉庫で我慢してくんねぇか?」
別に困らせる気もないので、一夏は首を縦に振る。
その姿を見て、井波と呼ばれた青年も驚いたような表情を見せる。
言葉がわかるというのは、意外なほど効果があるものらしい。
「はくりゅー……」
(大丈夫だよ、白虎)と、そんな思いを込めて一夏が首を縦に振ると白虎も納得した様子で肯いた。
その姿を見て、井波から感心したような声が上がる。
「本当に変わった竜ですね。龍機兵でないことが信じられない」
「こいつ、竜の群れと戦ってたし、どっかイカレてんのは確かだと思うぜ」
(イカレてるってなんだよ)と、思わず諒兵に突っ込みたくなった一夏である。
そんな一夏に対し、「まあ、それなら」と、井波はわざわざ顔を向けて告げてきた。
「僕は職務上、君が暴れたときは倒さなければならない。倒されたくなければ、おとなしくしていてくれ。僕の言ってること、わかるかな?」
(アレ?)
最後の『僕の言ってること、わかるかな?』という言葉に、何故か聞き覚えがある。
最近ではない。
ほとんどおぼろげな記憶の中で、そういった人がいたことを一夏は思いだした。
(まさかこの人っ、『せーごにーちゃん』なのかっ?)
昔、まだ一夏が篠ノ之道場に通っていたころ、その道場には一夏より五歳年上で、天才と呼ばれた少年剣士がいた。
一夏にとっては最初の憧れだった。
千冬は確かに強いが家族だ。支え合うべき相手だ。
でも、その人は違う。
年が近かったこともあるせいか、純粋に兄のような存在として、何よりその剣の腕に憧れたのだ。
篠ノ之一家が保護プログラムによって離散する羽目になり、道場が閉められたことと、その人自身が引越ししてしまったことで、すっかり忘れていたのだが。
それでも、一夏の剣に千冬同様に少なからず影響を与えた人だった。
その人の口癖が、教えたこと、伝えたことに対し、必ず最後に『僕の言ってること、わかるかな?』と付け加えることだった。
昔、剣でわからないことを教えてもらっていたときに、よく聞いていたので一夏は覚えていたのだ。
その名は井波、井波誠吾(いなみ せいご)。
一夏は『せーごにーちゃん』と呼んで慕っていた。
間違いないと思った一夏は、思わずブンブンと首を縦に振る。
「はは、そこまでしなくてもわかったよ。気をつけてくれればいいから。あと一応名乗っておこう。僕は井波誠吾。龍機兵団で戦闘部隊の隊長をしてるんだ」
まさか、自分の知る人間が、この世界でまったく別の立場にいるとは、と驚く。
思っていた以上に、この世界は自分の世界と近いのかもしれないと一夏は考えるのだった。
その日の夜。
「おとなしくしててくれ」と丈太郎に案内された倉庫で、一夏は横になっていた。
とはいっても、猫か何かのように身体を丸めている。人のように寝ることができないのだから仕方ない。
また、白虎は鈴と一緒の部屋で暮らすことになったらしい。
彼女自身、竜の力を持っているようだし、護衛としても十分な能力があるのだろう。
とりあえずは一安心だと一夏は思う。
(しっかし、鈴川さんって鈴そっくりだよなあ)
鈴のことはとりあえず鈴川さんと呼ぶことにした。
『鈴』だとどうしても自分の幼馴染みを思い出してしまうからだ。
だが、鈴の外見は自分の幼馴染みとほとんど変わらない。
何らかの理由があるのか、それとも単なる他人の空似か。
鈴だけならともかく、他にもいるのだから悩ましい。
(鈴川さんやせーごにーちゃん、蛮兄、そして諒兵、か……)
自分の知り合いに似て非なる人たち。
天狼は、本来一夏はこの世界にはいられないといっていた。
つまり、この世界の特異点である諒兵とつながりが強いということだ、と。
同じことが、諒兵が行っているだろう世界にもいえる。
特異点である一夏とつながりが強い人たちの中には、この世界にはいられない人間がいるのだ。
(千冬姉や束さんがいないらしいし、箒もたぶんいないんだろうな……)
つながりが強いということで一番に考えたのがその三人だった。
千冬は自分の姉だし、世界最強のブリュンヒルデなのだから当然のこととして、束は世界を変えたISを作り出した張本人だ。
二人がいないのは当然だろう。
そして、箒は束の妹だ。
自分たちの世界でも、一夏の世界といわれる場所でも、重要人物なのは間違いない。
(逆に、いたらおかしいのか)
丈太郎は指折りの天才科学者だと鈴から説明された。
それに対抗できるだろう束がいれば、世界が成り立たなくなってしまうのかもしれない。
(仕方ないんだろうな……)
それが寂しくもあるが、今は考えていても仕方ない。
白虎に記憶をインストールして、元の世界に帰らなければならないのだから。
とりあえず、追い出される心配は今のところない。それに白虎は自分に対して距離を置いたりしていない。
ならば、後はどうやってインストールするかなのだが、この点についてはまったくわからない。
天狼も説明してくれなかった。
(どうすればいいんだよ、まったく)
肝心なところで役に立たないASだと一夏は少しばかりふてくされる。
そんなことを考えていると、ガラガラと倉庫の扉が開かれ、一人の青年が入ってきた。
遠目に見ただけだが、確か戦闘部隊の一人だったはずだと一夏がのん気に見ていると、唐突にその腕が竜の腕に変化して、振り下ろされる。
(なッ?!)
慌てて移動した一夏は、四つんばいになり、まさに獣のような唸り声を上げる。
「なんで、こんなところで竜がのん気に寝てるんだよ」
と、青年は震える声でそう告げる。
だが、その目は爛々と輝いていた。
それは間違いなく、憎悪の光だった。
「竜は皆殺しだッ!」
(マズいッ!)
本気で襲いかかってきているが、反撃するわけにはいかない。
そう思い、とにかく距離をとろうと地を蹴るが、青年は腕だけではなく、脚まで竜の脚に変え、すぐに追いついてくる。
「死ィネェェェェェッ!」
狂気すら感じさせる声を上げる青年に、一夏はこの世界の歪みを見たような気がした。
そこに。
「落ち着け」
表れた白衣の男は、自分の周囲に従えていた金属でできた大蛇の頭のうちの一つを放ち、男の腕を止めた。
「何をッ?!」
「そいつぁたぶん、おめぇが憎むような竜じゃねぇ。見なかったことにしとく。宿舎に戻んな」
納得した様子ではなかったが、その青年は倉庫から出て行った。
とりあえず、戦わずに済んだと一夏は安堵の息をつく。
「悪かったな」と、一夏を助けた男、丈太郎は頭を下げてくる。
その周囲には幾つかの大蛇の頭が浮かんでいた。
一夏が呆然とそれを見ていると、丈太郎は苦笑する。
「気づいてなかったか。俺も竜の力ぁ持ってる。俺ぁヒュドラ型でな。こいつぁ、俺の頭のうちの一つだ」
ぽかんとしていると、丈太郎は自分について説明してきた。
頭が八つ、尻尾が八つあり、全長五百メートルはある巨大な蛇。
それが自分が変われる竜の姿だという。
(や……、ヤマタノオロチじゃないか……)
似て非なる、とはいえ、まさかこんな大きな違いがあったとは、と、一夏は呆れてしまっていた。
しかし、誠吾は何もしないといったし、丈太郎も大丈夫なことをいっていたのになぜ襲われたのかと一夏は思う。
できれば問いただしたいところだが、どうやらこっちの気持ちを組んだらしく丈太郎は説明してきた。
「ここにいる連中ぁ、たいてい竜に家族や大事な人間を殺されてんだ。井波なんざぁその代表格っていってもいい」
(せーごにーちゃんがッ?!)
「だから、みんな竜を憎んじまう。そのせいで竜になってでも戦おうとすんだ」
矛盾している、と、一夏は思う。
憎む相手そのものになってまで、復讐したいという気持ちは、正直にいって理解できる気がしない。
自分が、どちらかといえば平和な世界から来たからなのだろうか。
「風当たりゃぁ強ぇかしんねぇが堪えてくれや」
(別に、いいけど……)
そう思う一夏だが、自分に語りかける丈太郎を見ていると、どこか自分の知る『蛮兄』とは違うように思える。
酷く、何かを悔やんでいるように見えるのだ。
「頭を一つ置いとくかんな。気にしねぇで寝てな」
そういって去っていく丈太郎の、どこかいつもより小さく見える背中を見ながら一夏は思う。
(何があったんだよ、蛮兄……)
何か、重すぎるものを背負ったように見えるその背中が、酷く悲しかった。
翌朝。
眠っていた一夏の意識が覚醒すると、やけにやわらかいものが身体に触れていることに気がついた。
(あれ?)と、思った一夏がよく見ると、どうやら毛布が身体にかけられていたらしい。
別に寒さを感じるような身体をしていないため、まったく必要ないものなのだが。
もっとも、かけた本人にとっては必要なものだったのだろう。
一夏の耳にすよすよと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
頭だけを動かして、毛布がかけられているあたりを覗いてみると、白虎が一夏の身体に寄り添うようにして寝ていた。
(おいおい……、俺の今の身体、相当硬いぞ)
これが虎やライオンといった哺乳類の身体なら、そのモフモフさ加減を好むのもわかるのだが、今の一夏の身体は金属でできた竜だ。
寄り添って寝るには硬すぎる。
とはいえ、本当に気持ちよさそうに眠っているので、起こすのもしのびない。
とりあえずもう一度寝るか、と、思いつつも、どうやら腹が減っているらしく寝付けなかった。
(そういや、俺、何食えばいいんだ?)
腹が減っているということは食事が必要なのだろうが、何を食べればいいのかわからない。
というか、食事させてもらえるのだろうかと考えながら、白虎の寝顔を見て(美味しそうだなあ)と思う。
(何ッ?!)
すぐに、その違和感に気づいた。
今、一夏は人間になっている白虎を見て、美味しそうだと思ってしまっていた。
無論のこと、18禁展開的な意味ではない。
食料として、そう感じた。
(まさかッ、竜は人間を食べなきゃならないのかッ?!)
冗談じゃないと心の中で叫ぶ。
守るべき人たちが、食料に見える身体。
竜が人類の敵という意味が、良く理解できる。
どうするべきかと必死に考える一夏の目の前に、どさっと真っ赤な液体の入った大きなビニール袋、はっきりいえば輸血用のパックが下ろされた。
どうやら考え込みすぎて、近づいてくる人がいたことに気づかなかったらしい。
「飲んどけ、だとよ」
聞きなれた声に顔を上げると、諒兵がいた。
この巨大な輸血用のパックを持ってきてくれたのだろう。
(どういうことだ?)
と、思っていると、そんな一夏の姿に疑問を感じたのか、諒兵は説明してきた。
理解しているはずのことを理解していないと思ったらしい。
「竜のエネルギー源は人の血だ。普通の人間なら飯食えば血は作れる。俺たち龍機兵も変わらねえ。だが、お前はそうじゃねえんだろ?」
送り込んできた天狼の言葉が正しいなら、自分は竜であって人間になることはできないはずだ。
その点では、ここにいる諒兵の言うとおりになる。
しかし、まさか竜が人の血をエネルギーにして動いているとは思わなかったと一夏は驚いた。
「ありがたく思っとけよ。何せ、血は腐るほど余ってっかんな」
それだけ毎日のように人が殺されているということなのだろうと一夏は諒兵がいいたいことが理解できた。
これも犠牲になった人の血なのだろうと思うと、飲む気にはなれない。
だが。
「お前が本当にこのチビを守りてえなら飲んどけよ」
諒兵の言葉に、一夏は素直に従うことにした。
目的を果たすためには、プライドを守っている余裕などない。
(すまない、諒兵)
背中を押してくれた親友と似て非なる少年に一夏は感謝しつつ、輸血用のパックから血を飲み始めるのだった。