一夏が、白虎と共に龍機兵団に来て数日が経った。
「おはよう、はくりゅー」
(おはよう、白虎)
龍機兵団での一夏は、朝起きたら白虎の笑顔を見ることが日課になっていた。
というか、けっこうな頻度で白虎が自分の傍で寝てるのだ。
そして目を覚ますとにこっと笑い、「おはよう、はくりゅー」と、声をかけてくるのである。
相当に自分のことを気に入ってくれているらしい。
(なんていうか、ホントに嬉しいんだよなあ)
自分のことを純粋に信頼してくれる白虎の存在は、人の血を飲んで生きなければならない竜となった現状のストレスを確かに緩和してくれていた。
とはいえ、現状、人類の敵たる竜である一夏は、龍機兵団では異質な存在だ。
言葉がわかるとはいっても、人間にはなれないし、言葉も喋れない。
白虎以外では、鈴や丈太郎は比較的自分のことを受け入れているが、戦闘部隊の隊長である誠吾は受け入れているように見えて明らかな壁を作っているし、諒兵も距離をとっている様子だった。
憧れた人と親友がなかなか打ち解けてくれないというのは、やはり辛いものがある。
そんな状況の中、一夏はある提案を受けた。
「つまり、俺たちと同じ立場ってことかよ?」
「あぁ。戦闘部隊と一緒にゃぁできねぇ。しかし、戦力ぁ喉から手が出るほどほしいかんな。そうなるとお前や鈴と組ませるしか方法がねぇ」
諒兵や鈴と共に、誠吾率いる戦闘部隊とは違う、比較的小戦力の群れを撃退する役目をしないかといわれたのである。
(遊撃部隊か。人を襲う竜を放っておきたくないし、できればやらせてほしいな)
一夏としては、人が襲われる状況をなんとかしたい。
そのために戦うことを厭いはしない。
もっとも、組む相手となる諒兵がどうにも自分と距離をとっているのが困りモノなのだが。
しかし。
「私はいいわよ。白虎がアレだけなついてるんだもん。白竜のこと、信じるわ」
鈴は対照的にあっけらかんと受け入れた。
「チッ、お気楽過ぎだぜ、お前」
「あんたは深刻に考えすぎよ。もっとポジティブに考えなきゃ」
諒兵の言葉に対しても、鈴はあっけらかんと笑顔で答える。
この世界の諒兵はどことなく諦観気味というか、影を背負っているようなのだが、一緒にいる鈴は実に対照的に明るい少女だった。
(いいコンビだなあ)
こういった前向きさは一夏も見習いたいと思う。
特に、鈴が諒兵をうまく引っ張っているように見えて、少し羨ましさも感じてしまう。
ただ、それ以上に、人が竜によって絶滅の危機に瀕している世界だというのに、そんな世界でも人は笑うことができるということが一夏はなんだか嬉しかった。
そして、戦場に赤と白が舞う。
血のような赤と雪のような白。それは実に対照的な美しいコントラストとなっているが、敵を引き裂き、薙ぎ倒す姿はバケモノそのものだ。
それでも。
(これ以上ッ、人は殺させないッ!)
一夏は雄叫びと共に閃光を吐く。
逃げる人々を守る。
一夏が参加した遊撃部隊とは、本来の前線で止めきれず、人の生活圏まで来てしまった竜の群れを撃退するのが役目である。
それ以外にも、ルートを変えたり、こっそりと侵入してきた竜の群れを倒すのも役割だ。
今回は後者。
しかも隠密行動をしてきた敵を倒さなければならない。
ゆえに。
「諒兵ッ、十時の方向に五体ッ、白竜ッ、二時の方向に三体いるわッ!」
金属の翼を生やし、六つの竜の顔を使って索敵する鈴の指示に従って戦っていた。
意外なことに、鈴はかなり優秀なサポートタイプで、指示に従っていると非常に動きやすかった。
(七面天女っていってたっけ)
わりと簡単に自分のことを説明してくれた鈴は、自分の力は伝承に語られる七面天女という紅色の竜であると打ち明けてくれた。
山岳信仰、すなわち山の神格化された存在だそうだ。
人によってはそういった名のある竜の力を手に入れることができるものもいるという。
(なんだか凄いんだなあ)と、一夏は思う。
誠吾は驚くことに青竜だという。
丈太郎が八岐大蛇であることは以前知った。
では、諒兵はいったい何の竜なのかと思うものの、鈴は説明してくれなかった。
ただ、照れくさそうに、でも誇らしそうに『赤の竜』とだけいっていた。
血のような赤い身体をしているので納得はするものの、疑問も残る。
だが、無理に言わせるのもどうかと思い、一夏は催促するようなことはしなかった。
いずれにしても、人を守るために戦えるということは一夏にとって大事なことで、そこを気にする必要はなかったのだ。
もっとも、諒兵はどうやら一夏に対して思うところがあったらしく、ある戦場から帰ってきた時に、こんなことを言いだした。
「お前、戦い下手だな」
(何だって?)と、思わず一夏は首を傾げてしまう。
身体は思い通りに動かせているし、敵に引けを取るようなことはない。
下手とまでいわれるレベルではないと一夏は思う。
「白竜が下手ってどういうことよ?」
「下手なの?」
(いや、そんなことないと思うぞ)
鈴や白虎の言葉に、一夏はそう思うも、諒兵は意外なほどきっちり説明してきた。
「お前、爪や牙の扱いが他の竜より下手だ。尻尾も振り回してるだけだしな」
(爪や牙?)と、一夏が再び首を傾げると、鈴も納得したような声を出す。
「そういえばそうかも。竜っていうか……」
「人間、ぶっちゃけ龍機兵の新兵みてえだ」
(いや、俺、元は人間だからな?)
そう突っ込もうとするものの、今は竜なのだから何もいえない。
ただ、諒兵がいっていることは理解できた。
一夏の戦い方は本来剣士である。つまり、一夏は戦いに剣という道具を使うのだ。
身体そのものである爪や牙を駆使する戦い方は、実は慣れていないのである。
「レーザーブレス吐けるくれえだから、ベースはかなり強え。だがよ、ベースが強くても使い切れねえと、伝承竜クラスじゃ負けるぜ」
以前、自分や竜について説明されたことを一夏は思いだす。
まず、襲ってくる竜には古竜と伝承竜という種類がいるという。
古竜は復活した古の竜。
伝承竜は丈太郎や誠吾、鈴のような伝承を持つ名のある竜。
後者のほうが圧倒的に力が強いという。
そして一夏は白い竜。
考えられる伝説は五行思想や道教で西を守護する竜である白龍。特に日本では白龍の伝承は多い。
もしくはイギリス、ウェールズの伝承に出てくる白い竜。アーサー王で知られるその伝説上では敵になってしまうのだが、民族を象徴する存在である。
白い竜であるこの身体が高い力を持っているらしいことは一夏にも理解できているのだが、諒兵に言わせれば使いこなせていないという。
(そうはいってもなあ。格闘は諒兵のほうが上だし)
慣れるまで戦うしかないだろうと一夏は思う。
しかし、諒兵の考えは違ったようだ。
「どうする気よ?」
「模擬戦繰り返すくれえしか手はねえだろ」
鈴の言葉にそう答えた諒兵は、視線を一夏に向けると告げた。
「やる気があんなら相手してやる」
願ってもないと一夏は思う。諒兵、正確にはあの赤い色の竜とは一度戦ってみたかったのだ。
(頼む。今の俺には力が必要だ)
そんな思いを込めて見つめると、諒兵は獰猛な笑みを見せた。
そして。
(クソッ、全然違うッ!)
爪と牙を駆使する諒兵の戦い方をまともに受けることになって、一夏は自分がいかに下手だったかを思い知らされた。
振り回していただけの自分に対し、諒兵の爪は身体に食い込み、ダメージを与えつつ、牙の攻撃を補助する。
尻尾もただ振り回すだけではなく、巻きついて締め上げてくる。
諒兵の戦い方は、自分の親友と実はほとんど変わらない。
ASのレオを纏って戦う親友とイメージが重なるほど、似た戦いをしてくる。
『どうしたよ。振り回すこともできねえか?』
そういわれても、防戦一方で受けるのが精一杯だ。考えている余裕すらない。
こうなると、自分に何が必要なのかよくわかる。
(剣が、剣が欲しい)
一夏は剣士だ。
剣がなくても十分に戦えるが、拮抗する実力を持つ相手となると、どうしても剣が必要になるのである。
『後五分、何もできねえようなら今日は仕舞いだ』
(クッ、このまま負けたくないッ!)
せめて一太刀返したい。
ゆえに一夏は心の底から願う。戦うためのパートナーである剣を。
「えっ?」と、鈴が驚きの声を上げた。
「あっ、あれ?」と、白虎も驚く。
気がつけば、一夏の両手の爪が勝手に外れ、まとまって一本の剣を形成したのだから。
その剣をもって、一夏は諒兵の連撃を捌ききった。
『ハッ、おもしれえ変化見せやがる。ホントに竜っぽくねえな』
(俺の爪が、剣になった……)
龍機兵の中には金属の身体の一部を武器に変化させることができる者もいる。
そうは聞いていたが、まさか自分ができるとは思わなかった一夏である。
「爪や牙を使ってるときより、動きが良かったぜ。いつでも出せるよう感覚で覚えとけよ」
と、人に戻った諒兵の言葉に、一夏は感謝してもしきれないと思っていた。
これで、今まで以上に戦える。
守るべき人たちを守れる。
ならば、後は戦うだけだと一夏の心は高揚する。
結果として、この後、一夏は鈴に「たまには休んであげたら?」といわれても、極力遊撃部隊に参加することを選んだのである。
んで、さらに数日。
目に見える変化が現れる。
(……アレ?)
一夏たちが戦闘から戻ってくると、白虎が可愛らしくぷくーっと頬を膨らませたふくれっ面を見せている。
一夏が近づいても、つーんとそっぽを向いてしまう。
そのくせ、ちらちらと一夏のほうを見ていたりする。
(どうしたんだ白虎?)
と、思いながら近づこうとすると、白虎はすすっと逃げる。
そんな様子を見ていたのか、鈴が楽しそうに笑う。
「あーあ。拗ねちゃった♪」
「拗ねてないもん」
そう白虎は反論するものの、端から見ていると拗ねているようにしか見えない。
(えっ、何で?)
首を傾げる一夏の様子を見て、鈴はさらに呆れた顔になる。
「まあ、わからないわよね。戦闘ばかりで白竜がかまってくれないから拗ねてるのよ」
「だから拗ねてないよっ!」
顔を真っ赤にしていては、いかに反論しようと説得力がない。
とはいえ、一夏としてはこういった女の子の反応は実は初めてなので、どうしていいのかわからない。
(と、とにかく謝ろう)
そう思いながら、必死に頭を下げるのだが、白虎はそっぽを向いたままだ。
声が出せないなら、行動で見せるしかないと手を付いてまで謝る一夏。
竜の身体で手を付いて謝る姿はシュールとしか言いようがない。
ぶっちゃけ仕事ばかりで彼女に嫌われそうになり、必死に謝る男の姿である。
その姿を見ながら、鈴がクスクスと笑う。
「ホントおもしろいわ、白虎と白竜って」
「竜の威厳もへったくれもねえな」と、諒兵も呆れ顔である。
もっとも、一夏自身としては必死なのだが。
(悪かった、機嫌直してくれ白虎)
「ふーんだっ!」
と、そっぽを向き続ける白虎だが、一夏が必死に謝っていることに申し訳なく思ったのか、少しだけ視線を向けてくる。
「……一人じゃ、寂しいんだよ」
(白虎?)
「そうね、同年代って私たちくらいだし、私たちが戦闘に出たら、白虎は一人で待ってなきゃならないわ」
「このチビを戦場に連れてくわけにゃいかねえだろうが」
「そういう理屈の問題じゃないの。気持ちの問題よ」
そういえばそうか、と、一夏は納得した。
パートナーであったころの白虎も、感覚的に一夏と同年代だろう。
今は外見もそのままだ。
そうなると、本来は兵士たちの集団である龍機兵団で話が合う人などほとんどいないはずだ。
その状況で一夏が戦闘に出まくっていては、白虎はずっと一人でお留守番ということになる。
寂しいのも当然だろう。
(……ホントにごめん、白虎)
そんな思いを込めて頭を下げるのだが、白虎にはまだ許す気はないらしい。
「やだ。ここで許すとまた白竜どっかいっちゃうもん。帰ってこなかったらどうしようって怖くなっちゃうんだよ?」
心から申し訳なく思う一夏に対し、気持ちが通じたのか、白虎はそう答える。
とはいっても、人を守れるだけの力があるのに、戦闘を放棄したくはない。
白虎のために他人を見捨てることなど、一夏にはできない。
それはある意味では薄情かもしれないが、一夏はたった一人と全ての人間を天秤にかけられないのだ。
そこに、鈴が口を挟んでくる。
「こういうときは家族サービスよ、白竜♪」
(は?)と、思った一夏だが、数十分後には、鈴の言葉の正しさを思い知ることになる。
「うわぁーっ♪」と、さっきまでの不機嫌はどこへやら。
白虎はすっかり笑顔になっていた。
機嫌が直ったようで、ホッと一安心する一夏だが、だからといって気は抜けない。
何しろ、高さ二十メートルほどとはいえ、今、一夏は白虎を抱えたまま海の上を飛んでいるのだから。
護衛ということで、鈴と、珍しく翼だけを生やした諒兵も付き合っている。
正確にいうと、諒兵は鈴に引っ張られてきたのだが。
それはともかく、白虎はこの空の散歩を楽しんでいる様子だ。
「気持ちいいねっ、はくりゅーっ♪」
(そうだな。でも、俺に空を飛ぶ気持ちよさを教えてくれたのはお前なんだぞ)
元の世界で、自分を空へと連れていってくれたのは他ならぬ白虎だ。
そのことを白虎が忘れてしまっているのは悲しいが、やっぱりこうして一緒に飛ぶと楽しいと一夏は思う。
ただ。
(前は、こうして顔を見ながら飛ぶなんてできなかったなあ)
はしゃぐ白虎の笑顔を見ながら飛ぶというのは、けっこう新鮮さがあった。
かつてはあくまで自分のパートナー、ASという鎧であり翼であった白虎は、空を飛んでいるからといって人のようにはしゃぐことはない。
飛べるのが当たり前なのだから。
だが、今は逆に飛べない人として、竜となった一夏に抱きかかえられつつ飛ぶことを楽しんでいる。
それが、向けられる笑顔でよく理解できる。
これも一つの幸福ではないかと一夏は考えてしまう。
(ま、いいか)
とりあえず、鈴の提案によるご機嫌取りはうまくいっているのだから、深く考えることはないだろう。
行く前に、竜が出現する危険箇所についてアドバイスをくれた丈太郎や誠吾にも感謝したい。
渋々だったが諒兵も付き合ってくれている。
こんな世界でも、こんな楽しい時間があることを一夏は喜びたい。
世界がいかに厳しくても、優しい側面もあるはずなのだから。
「さっきはゴメンね。ありがとう白竜」
耳まで真っ赤にしつつ、恥ずかしいのか決して顔を見せずに感謝の想いを伝えてくる白虎。
(いいよ。俺のほうこそほったらかしにして悪かった)
そんな白虎に対し、一夏も戦闘ばかりにかまけていた自分を反省する。
人を守りたい。でも、一番守りたい人を忘れてはいけない、と。