その日の朝、鈴音とセシリアは千冬に模擬戦をしたいということを伝えていた。
アリーナ使用の許可はとっているが、IS学園では学生同士の私闘は禁じられているからだ。
「ふむ。お前たちの模擬戦ならば学生にとっても見学する価値があるな。許可しよう」
「「ありがとうございます」」
頭を下げた二人が、それぞれのクラスに戻っていくのを見つめながら、千冬はぼんやり考えていた。
(泣きじゃくっていたあの小娘がずいぶん成長したものだな……)
鈴音を守るために一夏と諒兵が不良たちと戦った事件は千冬もよく知っている。
ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら自分に謝り続けた姿は、小柄な身体もあってか、本当に小さな子どものように見えたものだ。
それが今や優秀な代表候補生。しかも世界最強を見据えられるほどの力を得た。
「どちらを選ぶのやら」と、笑う千冬に真耶が声をかける。
「許可なさったんですね」
「まあ、あの二人なら見る価値がある」
「対抗戦、オルコットさんは出ませんしね」
とはいえ、一夏や諒兵と戦う前のセシリアだと確実に負けてしまっただろうが、今の彼女ならばわからない。
戦闘力以上に精神がよく鍛えられてきているのだ。
「私用がなければ私も見たかったのだが。代わりに見てもらえるか、山田先生?」
「はい。ちゃんと記録しておきますよ」
そう答えてくれた真耶に後を任せることにした千冬だった。
そして現在、すなわち放課後。
さすがに代表候補生同士の模擬戦となればギャラリーは増えて当然だろうというくらい観客席には多くの、特に1年生が集まっていた。
当然、一夏と諒兵も見に来ている。
「鈴とセシリアか。相当ガチにやるみてえだな」
「ああ。二人とも気合いの入った顔してる」
諒兵の言葉に肯く一夏の視線はアリーナに釘付けである。
「あれが鈴のISなんだな」
「セシリアのと違って、けっこうごついな」
赤と黒のカラーはけっこう気性の激しい鈴の性格をよく表しているように二人は感じる。
「武器はあのごつい剣だな。二刀流とは思わなかったぜ」
「あの浮いてるユニットはなんだろ?」
鈴のIS、甲龍には最大の特徴として、両肩付近に大きなユニットが浮かんでいた。
ただ、鈴の動きに合わせて動くところを見ると、セシリアのブルー・ティアーズと違い、ビットではないらしい。
それぞれに甲龍の特徴を見ながら、感想を述べる一夏と諒兵。
ちなみに一夏の隣には箒が座っていた。
「ひーたんとおりむーはどっちが勝つと思う?」
と、諒兵の横にちょこんと座っていた本音が尋ねる。
だが、その隣にメガネをかけた見慣れない少女が座っているのに気づいた。
色素の薄い水色を思わせる髪に赤い瞳。
生徒会長に似てるなと思いつつ、口には出さない諒兵だった。
彼女と違っておとなしそうなその少女は、そう言わせてくれるような雰囲気ではなかったからだ。
「のどぼとけ、そいつは?」
「私の幼馴染みで、かんちゃんだよ~」
その声に今さら気づいたのか、箒が視線を向けてくる。
「更識か?」
「箒、知ってるのか?」
「ルームメイトだ」
へえ、と驚く一夏は自分の名を名乗るものの、すぐにアリーナに視線を戻す。
とりあえずまだ始まっていないが、できるだけ見逃さないようにしたいからだった。
とはいえ、簪は一夏に対しては生返事を返す程度で名乗りもしないので、問題はなかったかもしれないが。
そのため、気をつかったのか本音が簪について諒兵に説明する。
「かんちゃんは4組の代表なんだよ~」
「ああ、それでか」と、納得する諒兵。
一夏は一応敵になるのだから馴れ合いたくないのだろう。
模擬戦を見に来たのは、セシリアはともかく、鈴音は対戦する可能性があるからだろうと納得する。
「日野諒兵。のどぼとけとはクラスメイトだ、よろしくな」
「更識簪」
やっぱり生徒会長の関係者、妹かと思いつつ、彼女と違ってどこか影を背負った感のある簪に対しては、なんだか気安く声をかけられない気がした諒兵だった。
アリーナの上空で対峙する鈴音とセシリアは、観客席を見て苦笑いしてしまう。
「模擬戦なんだけどね」
「まあ、注目されるのは悪い気分ではありませんわね」
代表候補生同士の一騎打ちは確かに見る価値があるということを今のアリーナの観客席が証明していた。
「これじゃ期待に応えないわけにはいかないわね」
「そういたしましょう」
お互いを見て不敵に笑う二人は、ゆっくりと離れるようにアリーナの端を沿うように移動し、そして、弾けた。
直後、ドンッという轟音が響く。
そして、わずか一メートルまで詰めてきた鈴音の姿にセシリアは驚愕した。
(マキシマム・イグニッション・ブーストッ!)
「驚いてくれたみたいねっ!」
手にした二本の巨大な青龍刀、甲龍の主武装である双牙天月。
鈴音はセシリアの脇腹目掛けて振り抜く。
しかし、突如、光の牙が鈴音の剣を弾き飛ばそうと襲いかかってきた。
鈴音はすぐに距離をとる。
「自分の身体すれすれをビットで狙い撃つなんてやるじゃない」
「あの距離を一気にゼロにした方に褒められるとは光栄ですわ」
セシリアは既に四機のブルー・ティアーズを展開している。
そしてパターンを組み上げてビットとともに鈴音に襲いかかった。
まるで瞬間移動したような鈴音に一夏と諒兵は驚いた。
「マキシマム・イグニッション・ブースト?」
「瞬時加速を使った、スタートダッシュ」
「停止状態から一気に最高速にする技だよ~」
と、簪と本音の解説に感心する一夏と諒兵。
ISは慣性を制御することで移動できる。
物体の移動エネルギーを制御するというものなので、自在に動けるように思われるがそうではない。
実際にはスピードは徐々に上げていくものであり、停止状態から間髪いれずに最高速にするなど物理的に不可能である。
なぜなら、空気が存在するからだ。
「普通、空気を掻き分けて人は移動するもの」
「でも、一気に移動しようとすると空気が壁になっちゃうんだよ」
マキシマム・イグニッション・ブーストとはその空気の壁を突き破って一気に最高速に達するという、いわばマッハで飛行する技であり、スラスターの緻密な操作などの移動技術以上に、衝撃に耐えられる身体能力も必要となる。
「あれができるだけで、代表候補生の中でもトップクラス」
「すげえな」と、簪の説明に諒兵は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「そこまで強くなってるのか、鈴……」
そして、一夏は呆然としながらも、アリーナの二人から目を離さずにいた。
ブルー・ティアーズ、そしてセシリア自身の攻撃をかわしながら、鈴音は内心驚いていた。
(情報じゃ、ビット制御中には動けないってあったのに)
セシリア個人の情報はともかく、イギリスの第3世代機についてのデータはちゃんと学習している。
中国にいたころには、BT機のパイロットはビット制御に集中しなければならず、操縦者はほぼ停止状態になると聞いていた。
だが、目の前にいるセシリアはビットを操りながらも、自分を近づかせないように移動を続けている。
(軌道を設定してオートにしてるのね。……諒兵が考えそうなことよね)
と、そう思い、クスッと微笑む。
二人に勝ったのは間違いない。
より正確にいえば、二人と戦うことで多くのことを学んだのだろう。
だが。
(一緒にいた時間はっ、私のほうが長いのよっ!)
気合いを入れ、上空に回りこんできた二機のビットに狙いを定め、弾く。
「もらったわよッ!」
そして一気に飛び上がり、二本の剣、双牙天月を連結してブーメランのように投げ放った。
セシリアはいきなり弾かれたビットに驚愕するが、すぐに何が起きたのかを分析する。
(あれが、中国の『龍砲』ですわね)
さらに迫る双牙天月。あれだけの大きさの実体剣ならば、かなりのエネルギーを削られる。
だがその軌道から、「右か」と、そう考えた瞬間、背筋に悪寒が走る。
(狙われているッ!)
そう感じたセシリアは瞬時加速を使い、一気に下降した。
衝撃がアリーナのシールド全体を揺さぶる。
避けただけならば確実に喰らっていただろうことに、セシリアは冷や汗を掻いていた。
何が起きた?
そう感じた一夏は思わず呟いてしまっていた。
「中国の第3世代兵器」
「名前は『龍砲』だね~」
イギリスのブルー・ティアーズ同様に、思念制御装置、イメージ・インターフェイスを用いた武装である。
空間を圧縮、砲身を作り出し、衝撃波を放つ。
その特性上、射角が存在しない。
理論上は三六〇度、すべての方向に撃つことができる。
恐るべきは砲身も砲弾も『見えない』という、不可視の大砲であるということだ。
「何でもありだなあ、第3世代機って」
「デタラメすぎんだろ」
自分たちのISのデタラメさ加減を知らない一夏と諒兵は鈴音のISの武装に半ば呆れるような感想を抱いていた。
今ので応戦しようと普通にかわしていれば、確実に喰らっていたはずだ。
(いい勘してるわね)
戻ってきた双牙天月を掴みつつ、鈴音は感心していた。
砲弾が見えないことを利用し、実体剣である双牙天月を囮にして龍砲で撃ち落とそうとしたのだが、セシリアは見事にかわしていた。
双牙天月はその巨大さゆえにわかりやすく恐怖を与える。
これまでの対戦相手は、見える双牙天月に騙され、見えない龍砲にやられてしまっていたのだが、セシリアはそうではなかった。
(イギリス、レベル高いじゃない)
世界は広いと鈴音は感心していた。
ならば騙すよりも、近づいて落とすほうが早い。
そう考えた鈴音は再びマキシマム・イグニッション・ブーストを使い、セシリアに迫る。
対してセシリアは、やはり近接戦闘に持ち込むかと距離を開けようとする。
ショートブレードの扱いも鍛えているとはいえ、近・中距離型でしかも二刀流の鈴音と斬り合えるとは思っていない。
と、そこまで考えてふと思いついた。
自分はあくまで遠距離型。
射撃の腕には絶対の自信がある。
それは何も、手にしているレーザーライフルだけの話ではない。
(私にしかできない近接戦闘がありますわッ!)
そう覚悟を決めたセシリアは一転、鈴音に向かって一気に近づいた。
住宅街を盛装した女性が歩いていた。
道行く人が誰もが振り向く美しさでありながら、生半可な男性など凛として寄せ付けない雰囲気がある。
女性はその住宅街の中の一軒に入ると、自室らしき部屋まで行き、PCの電源を入れた。
するといきなり男の声が聞こえてくる。
「ハッ、こいつぁすげぇや。やるなイギリス代表候補生」
「博士」
「と、来たか、織斑」
先ほどの女性は織斑千冬であった。もっとも普段の彼女を知る人が見たら驚愕に目を見張っただろう。
それほどに普段とは異なり、女性らしい美しさを前面に押し出した格好をしていた。
「何を見ていたんです?」
「コアから一夏と諒兵の目を借りてな、鈴とイギリス代表候補生の模擬戦を見てたんだよ」
モニターの向こうには、だいぶ砕けた格好をした白衣の男性がいる。
年のころは三十歳くらいだろうか。首に巻きつく銀の首輪が、不自然な印象を与えつつも、妙に似合っている。
ただ、『博士』とは、とてもいいがたい雰囲気を持っている男性だった。
「コア・ネットワークのハッキングは犯罪ですよ」と、千冬は呆れた表情で額を押さえた。
「硬ぇこというない。これほどのもんはそうは見らんねぇ。いい指導してんじゃねぇか、織斑」
「恐れ入ります」
この人がここまで賛辞を送るなら、後で必ず見ておこうと思った千冬であった。
「しかし相変わらず別嬪だな。男が放っておかねぇだろ」
「声をかけてきてくれる男性はなかなかいませんね」
「根性ねぇなぁ。俺ならすぐに口説きに行くんだがよ」
その一言に頬が朱に染まる。
どうやら千冬にとって、興味の対象らしき男性であるようだ。
するとと、ようやくその気になったのか、マジメな顔で千冬に問いかけてくる。
「で、用件は?」
「こちらの映像を見てください。どうせ模擬戦はちゃっかり録画してるのでしょう?」
「おぅ、わかった」と、そういって博士とやらは千冬が送った映像を検証し始めた。
観客席は歓声が上がるどころか、静まり返っていた。
それほどにアリーナの戦いは異様とすらいえるものだったのだ。
「おもしれえこと考えやがるぜ」
「最初からあれをやられてたら、速攻で負けてたかもな」
その中で、一夏と諒兵だけが不敵に笑いながら戦いを見つめている。
「ひーたん?」
「ビットの軌道を固定しときゃ、後は射撃のタイミングを計算すりゃいいだけだ」
無謀な戦法ではないと諒兵はセシリアに賛辞を送る。
「でも、凰鈴音は、同時に襲いかかる四つのビットの攻撃を、完璧に避けてる……」
「セシリアの動きを先読みして、射線を察知してるんだ。確かにすごいけどさ」
と、呆然と見つめる簪に対して答えるように、一夏は鈴音に賛辞を送った。
「こ、これが専用機持ちの代表候補生なのか……?」
と、箒が呆然と呟く。
だが、同じ代表候補生である簪は否定した。
「間違いなく、国家代表に限りなく近いレベル。モンド・グロッソでも決勝トーナメント並み」
ヒュー、と、口笛を鳴らす諒兵は一夏に問いかけた。
「勝てるか?」
「相手が誰だろうと、負ける気で剣は握らないさ」
「代表、俺がなればよかったぜ」
「今さら譲らないぞ」
そういって笑う一夏に、諒兵は満足そうに笑うのだった。
周囲を旋回する四機のブルー・ティアーズ。そして上下左右から降り注ぐ光の雨。
それを『セシリア』が華麗にかわしながら、舞うように鈴音と戦っている。
信じられないことに、ビットの攻撃の中にセシリア自身が飛び込み、鈴音を巻き込んだのだ。
「これだけ戦(や)れて代表候補生ッ?冗談でしょッ!」
「さすがにそう簡単に喰らいはしませんわねッ!」
軌道を固定し、射撃のタイミングを計算しながらビットで鈴音のみ攻撃するセシリア。
龍砲でビットを弾き、また二本に戻した双牙天月でレーザーを防ぎながらかわし続ける鈴音。
その姿はさながらスポットライトの中で踊るダンサーのように美しい。
だが、その均衡はセシリアによって破られた。
放たれた『五』基目のビットに目を見張る鈴音。
そこから放たれたミサイルを切り裂くと一気に爆発したのだ。
爆煙で周囲が見えなくなる。
この状況でレーザーの弾幕は不味い、そう考えた鈴音は吠えた。
「私はッ、負けられないのよッ!」
再び双牙天月を連結し、直感で襲いかかるレーザーをかわしながら、セシリアがいた場所を目掛けて投げ放った。
爆煙を払いながら双牙天月が空を翔ける。
「当たりませんわッ!」
だが、セシリアは既にそこから消えていた。
「喰らえッ!」
さらに吠える鈴音。
突如、弾かれた双牙天月は軌道を変えてセシリアの右肩に命中する。
「龍砲で軌道をッ?」
体勢を崩されたセシリアはすぐにビットを戻すが、一気に迫ってきた鈴音の蹴りを喰らってしまう。
「もらったわよッ!」
更なる追撃として両肩の龍砲を放つ。まともに喰らったセシリアは弾き飛ばされ、シールドに叩きつけられる。
そして。
「私の勝ち、で、いい?」
喉元に剣を突きつけられていた。
「さすがにここから逆転する策は『今は』思いつきませんわね」
そう苦笑するセシリアは、素直に敗北を認めたのだった。
更衣室から出てきた鈴音とセシリアを一夏、諒兵、そして箒たちが迎える。
「お疲れ、二人とも」
「おもしれえバトルだったぜ」
そんな一夏と諒兵の笑顔に、鈴音もセシリアも模擬戦の疲労が霧散していくように感じてしまう。
「さすがでしたわ。完敗です」
「冗談いわないでよセシリア。ホント、ギリギリだったんだから。負けるかと思ったわ」
そんな軽口が出るあたり、心から本気で戦えたのだろうと一夏と諒兵は思う。
何より、鈴音とセシリアはまるで昔からの友人のように自然に笑いあっているのだ。
「次は対抗戦だな、鈴。代表なんてめんどくせえと思ったけど、なっときゃよかったって後悔してるぜ」
「私も諒兵をボコボコにできなくて残念だわ」
「俺相手にそうはいかないからな、鈴」
「ふふんっ、思いっきりかかってらっしゃい、一夏」
そういってみんなで笑い合う姿を、箒はなんとなく面白くないという気持ちで見つめていた。
閑話「会長とメイド様」
模擬戦でこれだけの戦いを見ることができた者たちは幸運だっただろう、と、観客席の隅で更識楯無は感じていた。
「お嬢様」
「次のモンド・グロッソには凰さんもオルコットさんも出てくるかなー。楽しみね♪」
「あれを見てそういえますか」
正直に言えば戦いたくない、そう思わせる鈴音とセシリアの模擬戦を見て、楽しみだといえる楯無に、彼女の幼馴染みでメイド、さらには布仏本音の姉でもある布仏虚は呆れたような顔を見せる。
「あの状況で逆転してみせるとは、さすが『無冠のヴァルキリー』ってところね。でもオルコットさんもすごいわ。学園に来て一気に成長したわね」
「生徒会長としては満足、満足♪」と、楯無は続ける。
「対抗戦では、凰鈴音は、あの織斑一夏と戦うことになりますね」
「凰さんがどう戦うか。織斑くんには一撃必殺の剣があるし、意外と苦戦するかも♪」
それもまた楽しそうねと楯無は微笑む。
「どうせなら凰さんには日野くんとも戦ってほしいなー」
「いずれ機会もあるでしょうし、今は欲張らないことですよ。せ、い、と、か、い、ちょ、う」
「虚?」
「とっとと仕事してください」
「いぃーやぁーっ!」と、じたばたする楯無を引きずって、布仏虚は生徒会室を目指すのだった。