合同授業以降、レオの周囲はにわかに騒がしくなった。
レオがいる1年3組の生徒は当然のこととして、他のクラスの生徒たちもいろいろとレオに尋ねるようになったからだ。
曰く。
昔から空手をやっていたのか。
どうしてうまく赤鉄を使えるのか。
トーナメントでは誰と組むつもりなのか。
好きな食べ物、得意な科目、スリーサイズ、エトセトラ……。
なお、スリーサイズを聞いてきた生徒に対しては、問答無用で裏拳突っ込みを入れていた。
夜、IS学園の学生寮にて。
「レオっち、人気者になったよねえ」
と、レオと同室だという女生徒、柊香奈枝(ひいらぎ かなえ)が尋ねてくる。
さすがに学生寮のレオの部屋まで、質問しに来る生徒はいなかったが、それでも日中の騒ぎにはさすがにレオも疲労してしまったらしく、疲れた様子で答えた。
「普通に戦っただけなんですけどね」
「もともと空手得意だったもんねえ。でも、あの第4世代機に勝ったのはびっくりしたよう」
「機体に振り回されてる人を倒すのは、そんなに難しくないですよ。みんな気後れしてただけです」
と、レオは言外に他の生徒でも勝てる可能性があったという。
だが、実際のところ、トーナメントの出場資格を得たのはレオだけだ。
紅椿はレオとの戦いの後、待機形態から戻らないといわれ、他の専用機持ちが担当することになったのである。
これは事実で、コアにダメージが行く攻撃はマズかったかとレオは反省した。
結果として、勝てる者はいなかった。
「私のせいで相手が慢心しなくなったこともあると思うと、ちょっと申し訳ないです」
(まあ、普通に戦えば強えかんな。赤っ恥掻きたくなかったんだろうよ)と、諒兵は思う。
とはいえ、本来なら出場資格を得られる人間は確実にゼロだっただろう。
それだけにレオが出られるというのは、普通の生徒たちにとっては嬉しいことでもある。
ゆえに、レオを英雄扱いする者までいた。
「私は英雄なんかじゃないですけど」
「でもでもお、やっぱりレオっちにはがんばって欲しいよう?」
「そりゃ、がんばりますけど。あまり期待されても困ります」
本来、赤鉄は第2世代機だ。
しかも、設計コンセプトが偏っているとはいえ、シャルロットのラファール・リヴァイブのようなカスタム機ではなく、試作機に当たる。
つまり、世代でいえばギリギリ第2世代機というところなのだ。
その状況で勝つには、タッグパートナーが余程できる人間でなければならなくなる。
「私の意志で組めるかどうかもわかりませんし、まだなんともいえませんよ」
「そっかあ。じゃあじゃあ、もし組めるとしたら誰がいいの?」
「たいていの専用機持ちの方々は私の機体と違って中距離、遠距離戦が可能ですから、後は性格的な問題ですね。まあ、1組のボーデヴィッヒさんや2組の凰さんは比較的相性はいいと思いますけど」
レオもけっこうはっきりと物を言う性格なので、相手も、できればはっきりした性格がいい。
そうなると、ラウラか鈴音になるのは納得できる。
(どっちと組んでもいけるだろうが、そもそも千冬さんたちがどうするかがわかんねえしな)
諒兵としては、どうにも、専用機持ち、正確には一夏をえこひいきしているように感じるのだ。
そのうちの一人である箒を倒してしまったレオは、その引き立て役に選ばれそうな気がしていた。
(ちっと探ってみっか)
最近、慣れてきたので、コア・ネットワークの移動は息を吸うようにできるようになった。
ネットワークに接続しているなら、学園のコンピュータでも侵入可能なのだ。
(暇だったしな。たまにはバトルしてえ……)
無駄なスキルが成長している気がする諒兵である。
まずは、専用機持ちたちの動向を知っておこうということで、そろそろ友人といってもいいレベルの付き合いになった甲龍まで移動してきた。
「まだ悔しいっての?」
「うるさいッ!」
「自業自得じゃない。私は言ったわよ。あんたや一夏じゃ負けるかもしれないって」
「でも、普通に考えればおかしいよ。欠陥機なんだよ?」
会話の内容から察するに、ちょうどレオと箒の戦いについて話しているらしい。
少なくとも鈴音以外に箒とシャルロットがいるようだ。
とりあえず外の様子を見てみるべく、モニターを展開する。
驚いたことに、一夏の周りに侍っていたいつものメンバーが勢ぞろいしていた。
なんと楯無までいる。
(生徒会長もか。ドンだけフラグ建ててんだ?)
あくまでもこの世界では、ということなのだろうが、一夏のフラグ建築士っぷりに諒兵は呆れてしまっていた。
「調べてみましたが、赤鉄は武装が載せられない以外に目立った欠陥がありません。基本性能は第2世代機と考えるならかなり高いですわ」
「それを理解した上で使いこなせば、十分な戦闘ができるってことでしょ。舐めたあんたが負けたのも当然よ」
「鈴音ッ、貴様あの女の肩を持つのかッ!」
「少なくとも操縦者や戦闘者として考えるなら、あの子の方があんたより上だと思うわ」
熱くなりすぎなのよ、と、鈴音は言葉を続ける。
「正直な話、あんたや一夏が出れば、その時点であの子の勝ちだったのよ。あんたが本気で勝ちたかったら、冷静になって何もしないのが正解だったと思うわ」
「そうでしょうね。あんなに目立つ子だとは思わなかったけど」
と、鈴音の言葉に楯無が続ける。
実際、レオは今回の件があるまで、学園ではおとなしい生徒で特に目立ったことはなかった。
一般生徒であるレオは専用機持ちのように優遇されることはない。
別に一夏に近づくこともないので、まったく専用機持ちたちに関わってこない、いわばモブキャラのような存在だったのだ。
しかし、ここに来て、赤鉄を得て一気に目立ってしまっている。
(そういや、いつからいることになってんだレオ?)
本来、レオはこの世界に存在していなかったはずだ。
そうなると、何らかのタイミングでやってきたことになる。
(いや、この世界の3組ならいつでもいいのか?)
少なくとも自分の世界では3組が目立ったのはシャルロットが女として編入したときになる。
それがなかっただろうこの世界では、タイミングを合わせてやってきたというより、気づいたらいたというほうがあっているのかもしれない。
いずれにしても、埒もないことである。
「ラウラはどう思ってる?」
簪がさっきから俯いて黙り込んだままのラウラに声をかける。
ラウラ自身は声をかけられてようやく気づいたのか、ハッとした様子で顔を上げた。
「あっ、ああ。すまない」
「どうしたのよ?」
「いや、あの……」
(らしくねえな。そんなに性格変わらねえと思うんだが)
自分の妻を自称する少女は、とにかくマイペースでたいていのことには動じない。
ゆえに、こんな風に考え込むことがない。
そのマイペースぶりに困らされることも多いが、助けられることも多いので、正直にいって受け入れつつあるのは自覚している諒兵である。
それはともかく。
「思ったことがあるのならいってみては?」
「いや、篠ノ之が気を悪くすると思う……」
「今さらだ。それにあの女に比べれば、腹立たしいこともない」
レオも嫌われたものである。
あの意外と好戦的な性格では仕方ないのだが。
もっとも、箒にそういわれたことで、ラウラは気が楽になったのか、一つ息をつくと口を開いた。
「あの機体が頭にこびりついて離れない……」
「赤鉄のこと?」と鈴音。
「ああ。少しでも気を許すと考えてしまっている」
「なんでなの?」とシャルロット。
「あの機体、赤鉄は徹底的にコンセプトを絞って設計されている。その絞ったコンセプトに合致した数少ないだろう操縦者が出たことでにわかに脚光を浴びているんだ。私もIS操縦者だ。操縦者と機体がまさに一体となったあの姿は、あの戦闘は、正直言って美しいと思った」
そこで息をついたラウラ。
誰もが反論もせずに聞いているのを見ると、呟くように続けた。
「英雄が、己の半身たる武器と出会った姿のように見えたんだ」
ラウラの国のドイツには「ニーベルンゲンの歌」という伝承がある。英雄ジークフリートとその妻クリームヒルトの物語だ。
ジークフリートといえばバルムンクと呼ばれる剣を操り、悪竜ファフニールを退治し、その血を浴びて不死と成った英雄。
物語自体は決して幸福なものではないのだが、それでも、己の武器を手に毅然と立つ英雄の姿は美しいといえるだろう。
「そうね……。私もきれいだと思ったわ」
と、鈴音が同意する。
もっとも、他の者たちは渋っている様子だったが。
その中の一人であるシャルロットが口を開く。
「ラウラ、それは褒めすぎだよ。あの赤鉄、デザインが奇抜すぎるしインパクトだけなら相当強烈だから覚えちゃっただけなんじゃない?」
「では、あの戦闘はどう説明する?」
「それは……」と、口を噤んでしまうシャルロット。
そこにラウラはさらに突っ込んできた。
「ISが出てから十年。私が考える限り、ISを使いこなしているのは暮桜を纏った教官と、テンペスタを駆っていたイタリア代表くらいだ」
どちらも単一仕様能力を発現している、と、いわれると他の人間には反論できなかった。
「織斑先生は適性S、使いこなせるのは当然ですわ」
「篠ノ之さんも。適性は大事だと思う」
と、セシリアと簪が続けると、鈴音以外は共感したように肯いた。
「そうじゃないんでしょ、ラウラ?」と鈴音。
「わかるか?」
「わかるわよ。ラウラが言いたいのは、第1世代機すら、使いこなせた人は数少ないってことよ」
あ、と、その場にいた誰かが納得したような声を出した。
千冬にしてもかつてのイタリア代表にしても、その機体は自分の戦い方にあったものであり、だからこそ単一仕様能力を得ることができたということができる。
しかし、今のISは違う。
「IS開発の進化スピードは異常だ。だが、機体だけ高性能になっても使いこなすのは難しい。ゆえに、コンセプトを絞ったあの赤鉄という機体は、ある意味ではIS開発において正しい考え方をしていたのではないかと思う」
レオという「使いこなせる操縦者」がいるなら、第2世代機でも十分な戦闘力を出せるということであり、単に機体性能を上げることだけを考えるより、はるかに健全ではないかとラウラは言いたいのである。
「篠ノ之、お前が負けたのは当然だ。機体が高性能すぎるんだ。自分の戦い方にあった機体を使っていれば、間違いなく接戦になったはずだし、お前が勝てた可能性のほうが高い」
(確かにな。篠ノ之は剣の実力なら今のレオと拮抗しているはずだしよ)
実際、有段者クラスの空手使いのレオだが、箒は剣でいえば有段者クラスだろう。
素の実力はそう変わらない。
ただ、高性能すぎる紅椿という機体が、箒に思ったような戦い方をさせなかったということができるのである。
「ただ力だけを求めるのは凡人だ。自分にあった、自分のための力。それを得たといえる獅子堂レオと赤鉄は、教官と暮桜のような、英雄が武器を得た関係なんだと思うんだ」
(……真顔でいうな)
わりと本気で照れくさくなってしまった、今のところ英雄の武器といえる立場の諒兵である。
しかし、特に箒にとってはその言葉は突き刺さるなんてものではない。
グッと拳を握り、必死に我慢している様子から、多少は成長しているみたいだと諒兵は思うが。
それに。
(紅椿は行き過ぎだがよ、第3世代機を使えるようにがんばってるのは悪くねえと思うんだけどな)
諒兵自身としては、龍砲、ブルー・ティアーズ、AICといった第3世代機としての機能を使おうとがんばってきた者たちを否定したくはない。
ゆえにIS開発の異常進化を否定する気もない。
(つっても、まあ、機体開発の方向性は考えるべきなのかもな)
ラウラのいうとおり、確かに機械の進化に人間が追いついていないという印象はある。
レオも本来は打鉄。機体としては高性能ではないが、自分のパートナーとして申し分なかったからだ。
なら、機械の進化に人間を無理に当てはめるより、人間の力に機械を合わせる開発があってもいいと思う。
(開発競争が人のためじゃなくなっちまってんだろうな)
そう考えると、楯無はともかくとして、ここにいる専用機持ちの少女たちはある意味では被害者ということもできる。
専用機の存在が先に在り、それに合わせた操縦者として選ばれているのだから。
要は国のプライドに翻弄される被害者なのだ。
(生き方や戦い方くれえ、自分で決めてえよな……)
IS操縦者になること自体は自分で決めたのだとしても、国家に都合のいいIS操縦者にしかさせてもらえない。
元の世界の鈴音たちは、そこからさらに進化することである意味では自由を得たといえる。
だからこそ、この世界の彼女たちを見て、選ばれた者であるということは、決して幸福ではないのかもしれないと諒兵は思うのだった。
とりあえず、鈴音やラウラは組んでも文句いわないだろうと判断した諒兵。
なかなか面白い話をしていたために名残惜しいと思うものの、その場を後にした。
この時間ではもう仕事も終わっているかもしれないと思ったが、一応学園でコア・ネットワークにつながっている端末を探して移動する。
すると。
「どうするんですか?」
「獅子堂のことか?」
と、真耶は千冬の声が聞こえてきた。
ISに移動するのと違い、学園の端末だと画像を出すことができない。
最初は音声も拾えないのではと思ったが、実は通信用にたいていマイクがあるので、そちらの心配はなかった。
ゆえに、とりあえず声だけ聞くかと諒兵は耳を澄ます。
「条件をクリアした以上、参加させるべきだろう。今から出場できないといえば、一般生徒から苦情が殺到するぞ」
「にわかに生徒たちの英雄になっちゃいましたしね、彼女」
と、真耶がため息をつくのが聞こえてきて、諒兵は不思議に思った。
自分の世界の真耶なら、出場の機会を得たレオにアドバイスするだろう。
どちらかといえば、生徒たちに対して公平だからだ。
その点は元の世界の千冬もそう変わらないのだが。
何故なのかと思っていると、真耶が心情を吐露してきた。
「赤鉄は、今のIS開発と考え方が正反対ですし、あの機体が活躍すると面倒になりませんか?」
「そうだな。特にイグニッション・プランに参加している国は黙っていまい」
先ほどの鈴音たちの会話にもあったように、今のISの開発は、操縦者に重きを置いていない。
優れた武装。
優れた兵器。
それを開発することが目的となってしまっている。
そんな中でレオが赤鉄でいい結果を出してしまうと、世界の流れに対し、逆行してしまうのだ。
それはレオ自身の立場を考えると、決していいことではない。
「獅子堂は強い。接近戦に限れば、間違いなく代表候補生クラスの実力は持っている。ゆえに、新しい機体を贈ることができればいいんだが、今からでは時間がないな」
「せめて打鉄かラファール・リヴァイブで戦ってくれればよかったんですけど……」
量産機であれば、うまく自分仕様にセッティングして戦ったという言い訳ができるからだ。
しかし、赤鉄のように設計段階から偏った機体ではそういった言い訳ができない。
「獅子堂にとっては運命の出会いだったんだろう」
「そう考えると、何を贈っても乗り換えませんよね」
真耶のいうとおり、レオ自身が赤鉄、つまり諒兵を気に入ってしまっていて、乗り換える可能性などほとんどない。
そうなると、頭が痛いところなのだろう。
千冬もため息をつく。
「……トーナメントでは活躍させられんな。公式の場で負ければ、そこまで注目もされないだろう」
「優秀な生徒をわざと負けさせるなんて辛いです。獅子堂さん、鍛え方次第でヴァルキリーを目指せますよ」
一般生徒の中から彗星の如く現れた英雄です、と、真耶が続けると、千冬もため息混じりながら同意した。
まさかそこまで期待されてるのかと諒兵は驚く。
英雄。
それは、信念を貫いた生き様を見せた人を表した言葉だ。
端的にいえば、英雄とは生き様を指す言葉である。
レオの在り方は、どうやらそれに近いのだろう。
しかし。
「どの国も、自国のISが活躍することを期待している。そこにポッと出の新人が、偏った欠陥機で入り込むのは危険すぎる」
「獅子堂さんの人生にも関わりますし、仕方がないですね……」
千冬や真耶は単にえこひいきするのではなく、各国の事情やIS開発の流れ、そしてレオの人生を考えた上で、レオの足を引っ張るつもりでいるらしい。
(思った以上にマトモだな)
一夏や箒ばかりではなく、優秀な専用機持ちも参加するトーナメントだ。
全力でサポートはするが、とりあえず変に動き回る必要もないだろう。
引き立て役としてではなく、参加者の一人として普通に戦えるのなら、それでいいと諒兵は考える。
(そういや、一夏はどう思ってんだろうな?)
白式はどうにも近寄りづらいので、一夏自身がレオや今の諒兵自身である赤鉄について、何を考えているのかわからない。
しかしこのままなのもどうかと思う。
ゆえに、近く白式と対峙する必要があるなと諒兵はため息をついた。