諒兵と模擬戦をした後、剣を作れるようになった一夏。
そのことに対し、一番強く興味を持ったのは、意外なことに丈太郎ではなかった。
ギィンッという金属音が響く。
打ち合わせた剣を捌き、身を翻して死角から切り上げようとする一夏だが、すぐに振り向いてきた対戦相手の凄まじい豪剣で剣を叩き落されてしまった。
(クッ、やっぱり強い……)
降参の意味をこめて、膝をつく一夏に、先ほどまで戦っていた青い竜が声をかけてくる。
『驚いたよ。これほど剣を扱えるなんてね』
と、青い竜は光を放ちつつ、人の姿に戻る。
青竜、すなわち誠吾が、剣を出したという一夏に興味を示し、仕合を求めてきたのだ。
剣同士の試合に興味があった一夏は即座に肯き、今に至るというわけである。
「どうだ、井波。白竜の実力は?」
と、試合を見物していた丈太郎が誠吾に声をかける。
「正直にいって、人間の剣術と変わりませんね。ますます竜とは思えませんよ」
「おめぇの剣に似てたな」
「そうですね。まあ、一刀流ですから似るでしょう。もっとも白竜は死角を探して一撃を狙ってきますから、そういう点では違いもありますね」
(せーごにーちゃんは、千冬姉並に正面突破の剣だからなあ)
真っ向勝負というか、死角を探すといったことをせず、とんでもない豪剣で剣ごと叩き折るような剣を使うのが誠吾である。
そんな元の世界の憧れの人を思いだして、一夏は苦笑いしてしまっていた。
何しろ、この世界の誠吾は示現流というかなり有名な剣術を使う。
その一撃は最強と呼ばれる豪の剣だ。
剣術自体は違っても、剣士としての本質は変わらないことが一夏は嬉しかった。
「安心したぜ」
「心配されるのは当然でしょうが、打ち合っていて気持ちは殺がれました。……『彼』より危険性は低いかもしれません」
そういった誠吾に対し、丈太郎はため息をつく。
気にはなるものの、会話の意味がわからない一夏は、とりあえず駆け寄ってきた白虎を迎えた。
「大丈夫、はくりゅー?」
(大丈夫だ。加減してくれてたみたいだし)
強い力を得ても上には上がいるということに、一夏は嬉しくなってしまう。
まだまだ自分も強くなれるということだからだ。
「井波の旦那とあそこまで打ち合えるとはな」
「正直、驚いたわ。ホントに人間くさいわね、白竜」
白虎と共に寄ってきた諒兵と鈴も驚いた顔を見せる。
確かに普通の竜なら爪と牙を使うのだから、人間のように剣を使う一夏は奇異に映っても仕方ない。
ただ、そのおかげで、周りは一夏を襲ってくる竜とは違うと考え始めているようで、周囲からの視線もだいぶ和らいできたと思う。
誤解されるのが一番怖かっただけに、一夏はだいぶ安心していた。
ただ。
(せーごにーちゃんのいう『彼』って誰だ?)
と、誠吾がこぼした言葉が気になって仕方がなかった。
その日、人のいない海岸線で、人を守る竜と、人を襲う竜が暴れ回っていた。
竜の群れはこれまでと比べ物にならないくらいの数だったのだが、誠吾率いる戦闘部隊が向かった場所には、強力な伝承竜が来ており、人員を割くことができないという。
結果として、諒兵と鈴、そして一夏の三人で戦わなければならなくなった。
(数が多すぎるッ、押し切られそうだッ!)
剣を使い、ブレスを使って戦ってはいるものの、どうしてもまとめて倒すというほどではない。
ために疲労も溜まっていく。
どうすればと考える一夏に、鈴がアドバイスしてくる。
「白竜ッ、ブレスをばら撒くイメージで吐いてッ!」
どういう意味かはわからないが、これまでの鈴のアドバイスはほとんど外れたことがない。
ゆえに素直に『ばら撒くイメージ』でブレスを吐く。
(拡散したッ?!)
すると、一夏の吐いた閃光は、これまでのような一直線ではなく、放射状に拡散された。
かなりの数の敵がダメージを受けている。
そこに。
「紅竜閃ッ!」
鈴は周囲に浮かぶ六つの竜の顔を同時に操った。
その顎から紅色の閃光が放たれ、ダメージを受けた竜たちが一気に爆散する。
(敵を探すだけじゃないのか、凄いな鈴川さん)
あくまでサポートタイプではあるが、攻撃能力がないわけではないらしい。
ならば自分はとにかくダメージを与え、トドメを任せるという戦い方ができる。
そう思い、少しばかり安心した一夏だが、その耳に慌てたような声が飛び込んでくる。
「待ってッ、下がって諒兵ッ!」
(えっ?)
鈴の声に一夏は驚いてしまう。単騎でも相当な戦闘力を持つ諒兵をなぜ下げようとするのか。
そう思い、諒兵のほうへと視線を向けると、異様な光景が目に入ってきた。
(何だアレッ?!)
諒兵が変身している赤い色の竜。
強力な爪と牙を持ち、吐けるのは炎のブレス。
そのはずなのに、今の諒兵は違う。
(身体から炎が噴き出してるッ!)
まるで全身が燃えているかのように、竜の身体を構成する金属の隙間から、真っ赤な炎が噴出していた。
まるで、炎が竜の形をとっているようだった。
そして。
グォァアァアァァアァァァァアァッ!
凄まじい雄叫びと共に、諒兵は竜の群れに突っ込んだ。
途端、無数の火柱が上がる。諒兵の炎に触れただけで敵の竜が燃え上がっているのだ。
諒兵が腕を振れば、凄まじい炎が刃のように竜を切り裂き、尻尾を振れば蛇のように炎が巻きつく。
吐き出される炎のブレスは、竜を燃やすどころか、呑み込んでしまうほどに燃え上がっている。
気がつけば、襲ってきていた竜の群れはほぼ消滅していた。
壊滅ではない。
塵も残らないほどに燃やし尽くされていたのだ。
「数が多すぎたわ……」
(どういうことだっ?!)
疑問の思いを込めて顔を向けると、鈴は意を汲み取ったのか答えてきた。
「詳細は後よ。手伝って白竜。諒兵を海に叩き落すわ」
(なっ?!)
「今ならそれで戻れるの。早く『憤怒』を鎮めないと諒兵は人に戻れなくなる」
そう告げた鈴の真剣な眼差しに、非常事態であることが理解できた一夏は首を縦に振る。
直後、諒兵、否、赤い色の竜はこちらに顔を向けてきた。
向けられる殺気でわかる。
一夏も、驚くことに鈴までも敵と認識している目だった。
ドンッと空気の壁を突き破って赤い色の竜が迫ってくる。
グァアァアッ!
一夏は全力で剣を振ってその突撃を止めた。
受け止めようとすれば、確実に落とされることが理解できたからだ。
まさに、攻撃こそ最大の防御といったところである。
しかし、応戦しながら思う。
これまで、この世界の諒兵は戦っていても理性的だったと思う。
しかし、今は違う。まさに獣そのものになってしまっている。
それも、生存本能といった本来の獣の本能ではない。
ただ全てを焼き尽くすだけの破壊衝動か何かに突き動かされているようだった。
(まさかみんなこうなるのかッ?!)
バケモノに成るか人に成るかの境界。
その上で綱渡りをしているのが龍機兵だというのなら、あまりにも危険すぎる力だった。
「そのまま抑えてて白竜ッ!」
そう叫んだ鈴に少しだけ視線を向けると、今まで翼を生やすか、身体の一部を竜と化していたくらいだった鈴の全身が変化する。
六つの竜の顔はそれぞれ両肩、両腰、両膝にくっつき、両腕両足は完全に竜と化した。
さらに頭を覆うようにもう一つ、七つ目の竜の顔が出現する。
そして尻尾が生え、これまで生やしていたものよりも、倍ほどの大きさの翼が生える。
(七つの顔……)
それが紅龍の化身と呼ばれる七面天女の真の姿である。
『うまく避けてよ白竜ッ!』
そういって口を大きく広げた鈴は、七つの顔から虹色の光を撃ち放った。
『虹竜閃ッ!』
光は一直線に赤い色の竜に迫る。
一夏はギリギリまで引き付けると、剣を一閃させて赤い色の竜の動きを止めた。
グォアァアッ?!
虹色の攻撃の直撃を食らった赤い色の竜はそのまま海に叩き込まれた。
信じられないことに、あたりに蒸気が立ち込める。
海水が沸騰しているのだ。
いったいどれほどの炎だったのかと一夏は戦慄してしまっていた。
しばらくすると、人の姿に戻った諒兵が浮かび上がってきた。気を失っているのか、波間に力なく漂っている。
「ゴメン、とりあえず拾ってきて。私、あっちで休んでるから」
そういった鈴はだいぶ疲労していた様子だった。
おそらく、最大級の技なのだろう。姿もいつもの翼を生やした程度に戻っている。
ゆえに一夏はいわれたとおり、諒兵の身体を拾い上げ、先に行って休んでいた鈴の傍に横たえた。
「少し休めば飛べるから。そしたら戻りましょ」
(教えてくれないか?)
そんな思いを込めて見つめる一夏に、鈴はため息をつく。
「……白虎にも言っておきたいの。あの子、私と似てるから」
(えっ?)
「それにさ、今はまだ疲れてるし」
そういって力なく笑う鈴に対し、一夏は何も言えなかった。
兵団に戻ってくると、丈太郎が神妙な顔で出迎えてくれた。
「燃えたか?」
「うん、何とか収まったけどね」
「苦労かけたな鈴。白竜、あんがとよ」
(いいけど……)
できれば、諒兵に何が起こったのかを聞いておきたい。
しかし、丈太郎はそのままラボに戻ってしまった。
「一息ついたら、頼まぁ」
そんな言葉を残して。
鈴はそのまま一夏の寝床である倉庫へと向かう。
「お帰りなさいっ、……何かあったの?」
そういって白虎が出迎えてくれた。だが、雰囲気で察したのか、少し怯えたような表情で尋ねてくる。
そんな白虎に近づき、一夏は頭を撫でた。
変わらずに待っていてくれたことが嬉しかったからだ。
えへへと照れ笑いする白虎の顔を見て、一夏も、どうやら鈴もホッとしたらしい。
「白竜、諒兵はそこに寝かせてあげて」
諒兵は近くにいたほうがいいということで、倉庫の冷たい床に横たえることになった。
悪いかなと思った一夏だが、倉庫はベッドがないので仕方ない。
そうして、一息つくと鈴は意を決した様子で話しだした。
話を聞いて、一夏は驚くばかりだった。
名のある竜の力を持つ龍機兵は少なくない。
でも、諒兵に関しては教えてもらわなかったこともあり、竜の力を持っているだけかと思っていたのだ。
事実は違った。
諒兵も名のある竜の力を持っていた。
それどころではない。
おそらく、世界でもっとも有名な竜の力を持っていたのだ。
「鈴、ふんどって何?」
「宗教とかに語られる七つの大罪のうちの一つよ。わかりやすくいえば年中怒ってるの。それを象徴する魔王の名前が『サタン』、『赤の竜』はその化身なのよ」
(魔王の、化身……)
そこらの竜とは危険性の桁が違う。
完全に覚醒すれば、人も竜も滅ぼす魔王の化身。
それが諒兵の持つ竜の力、『赤の竜』だという。
「赤い色の竜は他にもいるわ。有名なのはイギリス、ウェールズのウェルシュ・ドラゴン。こっちはアーサー王伝説に出てくる人間の味方の竜なんだけどね」
鈴曰く。
その力を持つ龍機兵が実際にイギリスにいるのだという。
また、鈴自身も紅色の竜であり、赤に近い色の竜だ。
ただ。
「龍機兵は生まれた土地の伝承に影響を受けるの。だから、普通なら日本人の諒兵が血の赤の色の竜になるはずがない。まして、あれほどの炎は操れない」
そういったことを抜きにしても、諒兵の竜の力は異常だ。
どれほど否定しても、その力自体が、諒兵が魔王の化身であることを示してしまっているのだ。
何より。
「憤怒の力は諒兵自身の怒りで発動するのよ。それが諒兵が『赤の竜』である証なの。さっきは戦ってるうちに竜に対する怒りが高まったんでしょうね」
普段、どちらかといえば諦観気味だったのは、意識して冷静さを保っていたのだと鈴は説明する。
なるほど、元の世界の親友はそんな力を持っているわけではないのだから、普段から荒っぽい。
諒兵の素の性格がそうだということだ。
しかし、そうなると新たな疑問が湧いてくる。
(もし、完全に覚醒したらどうなるんだ?)
「鈴、諒兵が戻れなくなったらどうなるの?」
一夏の疑問を代弁してくれたのか、白虎が鈴に問いかける。
「そうね。そうなったら蛮兄や龍機兵団は全員で諒兵を殺すつもりよ」
「そんなっ!」
(……それしか、ないのか?)
そんなことにはなって欲しくない。そう思うものの、それ以外に手がないことが一夏には理解できた。
人も竜も滅ぼす魔王の化身。
そんな存在を放りおけば、世界が破滅してしまう。
危ういバランスではあるが、それでも人は竜と戦いながら生き延びている。
そんなこの世界を滅ぼしていいわけがないと思う。
でも、そうなると諒兵はどうなるのだろう。
死ぬことで世界が救われる存在になってしまった諒兵の想いはどこに行けばいいのだろう。
「鈴はそれでいいの?」
白虎の言葉に一夏はハッとする。
そうだ。鈴自身は納得しているのだろうか。
少なくとも、諒兵との関係は、一夏の目から見ても良い関係だと思える。
諒兵を殺さなければならない状況になったとき、納得できるのだろうか。
「私の命は諒兵に預けてるの」
「えっ?」
「諒兵が死ぬときは私も死ぬ。だから、私を死なせたくないなら、魔王に、憤怒なんかに負けるなっていってあるのよ」
(鈴……)と、一夏は思わず自分の幼馴染みを呼ぶように鈴のことを呼んでしまった。
真剣な顔で、はっきりとそう告げた鈴が、自分の幼馴染みそのものに見えてしまったからだ。
自分の命を懸けてまで、諒兵のために生きている鈴川鈴という少女が。
「白虎も同じじゃないの?」
「えっ?」
「白竜が、ただの竜になっちゃったら、もう嫌い?」
「き、嫌いになったりしないよっ!」
「でも、今の白竜のままでいて欲しいでしょ?」
「うん……」
「私も同じ。戻れなくなったからって嫌いにならない。でも、今のままでいて欲しいから命を預けてるのよ」
「……すごいね、鈴」
(ホントに、すごいな……)
白虎と鈴の会話を聞きながら、一夏はなんだか嬉しくなってしまった。
鈴がいる限り、諒兵が魔王の化身になることなんてない。
それだけではない。鈴がいることで、諒兵はこの兵団の中にいることができるのだろう。
白虎がいることで、一夏がこの場にいられるように。
思い返せば、諒兵は鈴の言葉に突っ込むことはあっても、鈴を排斥するような様子は一度も見せなかった。
最初の出会いのとき、何故鈴は後から来たのかと思ったが、鈴が巻き込まれる前に全部倒すつもりで、諒兵のほうが早く来たのだろう。
(この世界の諒兵は、鈴川さんをずっと守ってるんだ)
暴走の危険性はある。でも、諒兵はいつも鈴を守るために戦っていた。
おそらくは、自分が暴走したとき、殺される覚悟で。
だが、このままでいいはずがない。
竜がいなくなるか、竜が来ても安心していられる場所を作るべきだと一夏は思う。
(そういった場所があれば、白虎も人も竜に怯える必要はないはずだ。諒兵だって、暴走するまで戦う必要はなくなるし)
もし、そんな場所が作れるなら、この世界は変わるかもしれない。
そんなことを考えながら、一夏は重い運命を背負った親友に酷似した少年の姿を見つめていた。