ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第5話諒兵編「白騎士」

身に纏った爪のついた赤い手甲と脚甲を駆使して諒兵は戦う。

隙をついて放った旋風脚は相手の面を掠めるが、即座に振るわれる剣に慌てて距離をとった。

『チッ、思った以上にやりやがんな』

諒兵は目の前の白い鎧を纏った女騎士を見て、そう吐き捨てる。

白式のコアに移動して一夏の様子を見ようと思ったのだが、コアに入る直前で門番のようにこの女騎士が立ちはだかったのだ。

曰く。

『通りたければ私を倒せ』

とのことなので、仕方なく諒兵は女騎士に挑むことになった。

しかし、思った以上に強い。少なくとも千冬と同等の戦闘力がある。

ゆえになかなか倒せずにいるのである。

『来訪者よ。ここから先は貴様が知らなくともいいことだ。去れ』

『わりいな。どうしても、ここの一夏が何を考えてるのか知っときてえんだ』

そういって女騎士に迫った諒兵は、鼻先を掠める剣を避け、右手を振り上げる。

爪のついた手甲は女騎士がつけている面を剥ぎ取らんばかりの勢いで振るわれるが、やはり強者だけあって、女騎士はきっちり避けてみせる。

追撃で左足での前蹴りを繰り出すが、女騎士は一気に飛び退ってかわしてのけた。

『オリムライチカは選ばれし英雄だ。その思考は貴様では理解できんだろう』

『ま、俺は凡人だしな』

元の世界の一夏でも、あのモテっぷりは英雄レベルだと思っていたので、諒兵はそう答える。

しかし、女騎士はそういう意味でいったわけではないらしい。

『戯言を。貴様にこそ問題がある』

『んだと?』

『貴様は、いうなれば魔物だ。英雄と魔物が相容れるはずがあるまい』

『人をバケモン扱いすんじゃねえよっと!』

と、諒兵は女騎士の肩を狙って飛び蹴りを放つ。

『ぬるい』

そう女騎士はあっさりかわすが、諒兵は即座に身体を捻って空中回し蹴りを繰りだした。

『むうッ?!』

女騎士の側頭部にうまく決まってくれた。諒兵はその隙を突き、技の回転数を上げる。

すなわち。

『乱舞かッ!』

『そういうこったッ!』

一般に古い格闘ゲームで乱舞技と呼ばれる超連撃。ヘリオドールとの戦いでそのコツを掴んでいたのだ。

倒れるまで止まらないその乱舞は、一気に相手を倒すことができる、はずだった。

『来ちゃダメ……』

『何ッ?!』

突如、別の声が聞こえてきたかと思った瞬間、まばゆい光が現れ、諒兵は弾き飛ばされてしまうのだった。

 

 

自分の身体である赤鉄に戻された諒兵は、大の字になって寝転んでいた。

(クソッタレ、隠しキャラとかありかよ)

女騎士を倒せると思ったところで、別の存在の介入があったのだから愚痴もこぼしたくなる。

トーナメントまで後数日。

その間に一夏が何を考えているのか知っておきたかった諒兵としては悔やんでも悔やみきれない。

(うんにゃ、まだ時間はある)

再挑戦すればいいだけの話だが、すぐに挑戦してもまたいいところで邪魔が入るだけだ。

そして、その邪魔こそが、重要な鍵を握っていることもおぼろげにわかった。

(たぶん、女騎士はあの声の奴を守ってんだな)

そうなると、白式のコアに宿る心は、最後に出てきた声であることに間違いはないだろう。

(あのコア、一夏をどうしようってんだ?)

女騎士の言葉を信じるなら、この世界の織斑一夏は選ばれし英雄とやらになる。

そうなると、何か役割を背負わされているのだろう。

それを知っているのは、間違いなく女騎士ではなく、あの声の主だ。

ガバッと起きた諒兵は考え込むような仕草になった。

(そもそも、この世界のISって何なんだ?)

自分の世界では、エンジェル・ハイロゥのエネルギー体が憑依することで、個性を持った存在だ。

それは偶然が生み出したということができるだろう。

しかし、この世界のISに対しては、そういう印象がない。

明確に目的を持って生み出されたような気がするのだ。

(あの騎士の言葉通りなら、一夏を英雄にしたいってことか?)

しかし、疑問も残る。

ISを動かせる世界で唯一の男性。

それは、そこまで大きな存在といえるだろうか?

ISはそこまでデタラメな存在だろうか?

人が造ったものである以上、人が造るもので超えられる可能性は十分にあるのだ。

(IS操縦者とはまったく別のところに目的があんのか?)

そうだとしたら、一夏のことも知るべきだが、白式の意思を知る必要がある。

(意地でも突破してやんぜ)

「今日はもう休みましょう?」

(おろっ?)と、唐突に聞こえてきたレオの声に諒兵は外の様子を見てみる。

香奈枝と共にゲームに興じていたレオだが、そろそろ眠いのか、やめようと言い出していたらしい。

(たまげた。俺の声に答えたのかと思ったぜ)

苦笑いしながら、外の様子を見ていると、香奈枝はまだやめたくないらしく、反論してきている。

「もう少し、もうちょっとお」

「埒が明きませんよ。ここまで互角ですし、いい終わりどころだと思うんですけど」

「でもでもお、今日は早くないかなあ?」

「……なぜかわかりませんけど、無鉄砲な人を止めたいなって思いまして」

ビクッと思わず諒兵は冷や汗を垂らす。

さすがに自分のことに気づいているはずはないと思うのだが。

しかし、このまままた白式のコアに行くのは、なんとなくはばかられる。

(今日は休んどくか……)

「それがいいですよ。日が変われば何か変わると思いますから」

(レオ、お前ホントに記憶ねえんだろうな?)

思わず突っ込みたくなってしまった諒兵であった。

 

 

翌日。

トーナメントの組み合わせが発表された。

(まあ、妥当なとこか)

と、諒兵が納得したその組み合わせはいかなるものか。

 

一夏と簪。

セシリアと箒。

シャルロットとラウラ。

そして、レオと鈴音。

 

レオが入ったことで逆に無理がなくなった。

レオがいなければ、どうやっても誰か一人余るからだ。

(そうなったらどうしたんだろうな?)

さすがにそんなもしもの話は諒兵にはわからない。

とはいえ、とんでもない裏技で一般生徒を無理やり入れてくるかもしれないとも考えていたので、この組み合わせには納得できた。

(つっても、一度くれえ鈴と訓練しとくべきだよな)

そう思っていると、昼休みに意外なことに鈴音のほうから声をかけてきた。

何故か、ラウラまで一緒にいる。

「獅子堂さんね」

「はい。何かご用ですか、凰さん?」

「鈴でいいわ。組み合わせ見たでしょ。せっかくだから一緒に訓練しようと思ってさ」

組まされる鈴音としては負けたくないのだろう。

とはいえ、レオはまだ箒としか戦ったことがなく、経験値が多いとはいえない。

そこで訓練するために声をかけてきたのだろうと諒兵は考えた。

「ありがとうございます。私のこともレオでいいですよ。それと、ボーデヴィッヒさんは……?」

「獅子堂レオ、お前の機体に興味がある。できれば訓練を共にさせてくれ」

「え~っと、別にかまいませんけど。機体のほうに興味があるんですか?」

別に気にすることでもないが、レオ自身ではなくISである赤鉄に興味があるというのは、妙な気持ちになるのだろう。

レオの言葉は知らないうちに疑問系になってしまっていた。

「設計コンセプトを徹底的に絞った珍しい機体だ。それに合致したお前にも興味はある。ただ……」

「ただ?」

「人とISの組み合わせで、性能を超えられる可能性があるというのなら、間近で学びたい」

真摯な表情でそういわれてしまうと、レオとしても突っぱねることはできないのだろう。

素直にわかりましたと答える。

ただ。

「赤鉄は渡しませんよ?」

「いや、私にはレーゲンがあるからな?」

(何いってんだ、レオ……)

妙なところを意識しているレオに、諒兵は頭痛を覚えるのだった。

 

数十分後。

レオはラウラが放つ至近距離でのレールカノンを捌くと、すぐに右回し蹴りを繰り出す。

さすがに接近戦の最中ではではAICは使えないのか、ラウラはプラズマブレードで蹴りを弾き、一気に距離を取った。

「くっ!」

「まさかここまでてこずるとは思わなかったぞ」

「やっぱりAICを突破するのは難しいですね」

レオの言葉通り、距離を取ったラウラはすぐにAICでレオを捕らえたのだ。

とはいえ、ラウラがてこずったというとおり、AICで捕まえるまでにかなりの時間を要した。

まず、AICに捕まらないようにするにはどうするかということをレオは考え、実践していたからだ。

「一対一の接近戦でラウラに捕まらないようにするのはかなり大変よ。むしろ誇っていいわ、レオ」

「そこに鈴音のサポートが入るなら、もっと捕まえづらくなる。嬉しいな、ライバルが増えるというのは」

「そういっていただけると嬉しいですね」

まずやるべきこととして、レオはラウラとの一対一を申し入れた。

赤鉄の性能を考えると、AICとの相性を改めて理解するのは当然だからだ。

結果から見れば、赤鉄とAICは最悪といっていい。

ただし、あくまで一対一の場合だが。

とはいえ、その赤鉄、すなわち諒兵自身としては……。

(さっき見えたのはAICの隙間か?)

停止結界の中にわずかな揺らぎのような隙間が見えたのである。そこをつけば、AICを解除できるように思えたのだ。

ラウラに悪いとは思うものの、レオをサポートする身としては見逃すわけにもいかないと覚えておくことにした。

もっともこれを生かせるときが来るかどうかは、ほとんどギャンブルである。

「やっぱり基本は前衛ね」

「そうですね。でも、鈴が接近戦でもサポートしてくれるのはありがたいです」

「接近戦で二対一はあまり考えたくないな」とラウラが苦笑する。

だが、レオの言葉通り、鈴音は接近戦でもレオの動きをうまくサポートできた。

元の世界より好戦的だと感じていた諒兵だが、意外と冷静な面も持っているようだと安心する。

「トーナメントまで何日もないし、できる限りお互いの動きを理解しましょ」

「はい、そうしましょう。ラウラはどうします?」

「時間があるときには参加しよう。もっとも私は敵だからな?」

そう話し合うレオ、鈴音、ラウラの姿を見ながら、諒兵もホッと胸を撫で下ろす。

(これなら、トーナメントは大丈夫そうだな)

ならば、自分は一夏と白式の意思を知るために全力を尽くすと諒兵は改めて決意していた。

 

 

その日の夜。

諒兵は再び白式のコアに挑んでいた。

『懲りない奴だ』

さすがに一度使った手は二度使えないらしい。

来てすぐに、以前、突破しかけた手を使ってみたが、あっさり捌かれた。

もっともそのくらいのことは想定内だ。

本命を相手にする以上、あっさり倒されてしまってはむしろ困る。

『ムッ?!』

今まで見せなかったことで持っているとは思わなかったのか、女騎士の対応が遅れた。

『さすがに驚いたみてえだな』

背中に回りこんだ諒兵は、女騎士の腰を締め上げると、そのまま後ろに投げ落とす。

『グァッ!』

レスリング技のバックドロップ。

さらに、すかさず投げ落とした女騎士の首を極める。

『グゥゥ……』

『折らなきゃ止まらないんなら、容赦しねえぜ』

諒兵が覚えている格闘技は何もパンチやキックだけではない。

関節技、投げ技は格闘技でもかなり有効な技だ。

ゆえに、そこまで多くはないが、関節技や投げ技も覚えていた。

そこに。

『ダメ……』

以前も聞いた声が聞こえてきた。

『あっ?!』

瞬間、諒兵は女騎士から離れ、声の主を抱き上げた。

『捕まえたぜチビ。俺が用があんのはお前だよ』

白いワンピースを着た少女。それが以前邪魔をしたもう一人であり、おそらくは白式のコア。

『貴様ッ!』

『俺は何もお前らをとって食おうってんじゃねえよ。一夏と、お前らが何を考えてんのか聞きてえだけだ』

『ん~っ!』

少女は必死にじたばたともがいているが、子どもが暴れた程度で離してしまうほど、諒兵は力は弱くはない。

『お痛がすぎんなら、お尻ペンペンだぞ』

『ふぇっ?!』と、少女は思わずビクッとし、すぐにおとなしくなる。

諒兵はもともと孤児院育ちなので、いたずらをした子どもを叱ることにも慣れている。

ために出てしまった言葉なのだが、少女には効果があったようで、観念したかのようにおとなしくなった。

『わかった。ここを通す』

女騎士も観念したかのように戦意を消失させ、立ち上がった。

そんな彼女に対し諒兵はただ一言答える。

『信じるぜ?』

『これほどの脅し文句はないな』

裏切ったなら、二度と容赦はしないという意味を込めた一言に、女騎士は苦笑するだけだった。

 

白式のコアから外の様子を見ると、いつものメンバーが一夏の部屋から出て行くところだった。

『会話を聞きたかったんだけどな』

『いや、お前が知りたいことを知るなら、今からのほうが都合がいいだろう』

どういうことだと思うものの、女騎士はそれ以上話そうとはしなかった。

仕方なく、一夏の様子を見る。

驚いたことに、メンバーがいなくなってから、一夏は一人で勉強を始めた。

その内容は、自分たちがやっていた勉強とはだいぶ違う。

『IS、いや、コアの開発か?』

『うん、イチカはずっと男でも使えるコアが開発できないかって勉強してる』

仲間がほしいのだろうか。

こんな環境に一人きりでは辛いのも理解できる。

そこで、男でも使えるISコアの開発をしているというのなら確かに納得がいく。

しかし、ノートの内容を見る限り、思うようにはいっていないらしい。

(自慢じゃねえけど、頭は良くねえよな、俺ら)

その理由を、単純に能力が足りないせいかと思った諒兵だが、真実は違った。

「ぐっ、ぐあっ、あぐぁっ!」と、勉強していたはずの一夏は唐突に頭を抱えて苦しみだした。

『おいっ、どうした一夏っ?!』

思わず声をかける諒兵だが、声が届くはずもない。答えたのは女騎士のほうだった。

『修正力だ』

『なんだそりゃ?』

『男性が使えるISコアを開発されると困る者が、邪魔をしているのだ』

そう聞いて、一番最初に脳裏に浮かんだのは、本来のIS開発者である束だった。

『否だ』

『シノノノタバネは利用されてるだけ』

『シノノノタバネは端末に過ぎないのだ』

『もっと大きな意志が、イチカを英雄に仕立て上げようとしてる』

女騎士と少女の答えに、諒兵は呆然としてしまう。

この世界は、篠ノ之束によってISが開発されたことで大きく変わったのだと思っていたが、そうではないというのだから。

『誰だよそりゃあッ!』

『その者こそ、オリムライチカを選んだ者でもある』

『この世界に足りないモノを作るために』

何が足りないというのだろうか。この世界は、歪んでいるのは確かだが、同時に平和を保っている。

足りないものがあるとはとても思えない。

『平和なだけじゃダメだってことか?』

『人が作った社会は確かに平和を保っているが、同時にいなくなった者もいるのだ』

『いなくなった者?』

『後世にまで語られる英雄。神話や伝説、古き時代には多くの英雄がいたけど、今はいない』

全ての人間が、世界の歯車と化しているのがこの世界だった。

十分に有名な束や千冬がいるではないかと思った諒兵だが、その程度では足りないのだという。

『あの者たちは単に歯車として大きいだけなのだ』

『社会から外れても一個の存在として在ることができるわけじゃない』

その者が考える英雄とは、社会から外れても問題なく、それどころか、外れて、なお人の中心にいられるものだという。

『まるで人間じゃねえみてえじゃねえかよ』

『既に二度、オリムライチカは死にかけ、コアの力によって再生しているのだ』

『この世界のイチカは、最終的にはISと完全に融合することで新人類になる』

『なッ?!』

そうなったとき、織斑一夏という人間は、オリムライチカという別種の存在になる。

『全てのISを統べる新たな英雄。人類の指導者となるのだ』

『何なんだよッ、そのふざけた妄想はッ?!』

『選ばれし者が人を導き、平和を成し遂げる。それがイチカを英雄に仕立て上げようとしている者が考える未来』

少女の言葉を考えるなら、一夏を英雄に仕立て上げようとしているのは、より高次から人を選んだ者になる。

つまり。

『冗談だろ。神の意志だってえのか?』

少女も女騎士も答えない。しかし、だからこそ、それが答えであるということが理解できてしまう。

『だから、他の男がISを使えちゃ困るのかよ』

『そうだ。選ばれし者は一人でいい。複数の人間が指導者や代弁者を名乗るからこそ、今の世界は歪んだといえるからな』

『でも、本当にこれでいいのか。私たちにはわからない……』

だから、白式のコアとして、せめて苦しまないように、一夏を助けているのだと少女と女騎士は告げる。

だが、それならば諒兵がいうべきことは決まっている。

『クソッくらえだ、そんなもん』

『来訪者よ……』

『てめえの人生をてめえで選べねえ平和なんぞ、俺はいらねえ』

外を見れば、一夏は苦しみながらも、必死に勉強を続けている。

抗っているのだ。

この平和な世界に。

『気が変わったぜ。今度のトーナメントであの一夏を叩き潰す』

『どうして?』と、少女。

『あいつはただの人間だ。俺のダチだ。選ばれし者なんかじゃねえって証明してやる』

そういって諒兵が見つめる先には、抗い続ける一人の少年の姿があった。

 

 

 

 


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