白虎と白竜の変身に驚いていたのか、しばらくの間、動きを止めていたアジ・ダハーカが再び暴れだした。
諒兵が真っ先に反応し、ほぼ一人で防戦している。
(白虎ッ!)
「いけないっ、手伝わなきゃっ!」
「待って白虎ッ、諒兵ッ、五分稼いでッ!」
すぐに空を舞い、自分も戦おうとする白虎を驚くことに鈴が制止した。
また、諒兵に時間稼ぎを命じたが、相手は伝承竜だ。下手をすれば諒兵の中の『赤の竜』がまた暴走してしまう。
(このままじゃまたッ!)
「鈴っ、何で止めるのっ?!」
「あいつは行き当たりばったりじゃ勝てないわ。白虎、まず今の白竜の力と、あんたの戦い方を教えて」
その情報を最大限に生かさなければ、アジ・ダハーカは倒せない。
何より、少なくとも今の白虎が白竜とまったく同じように戦える保証がないのだ。
戦術を組み替える必要があるのである。
それも早急に。
この中で戦術理論を組み立てるということができるのは、鈴だけなのである。
ゆえに、情報がない状態では戦えないと判断したのだ。
鈴にとって重要なのは、戦術理論を組む上で生かせるかどうかという点なのである。
納得した白虎は、白式について説明する。
「武器はこの刀だけ。ただ、これシールドエネルギーをゼロにできるの」
「シールドエネルギー?」
現在、一夏が変化している白式はISである。
竜に対して何が有効なのか、さすがに白虎にもわからない。
当然、鈴にもわからないのだが、別のところから声がかかってきた。
「鈴ッ、竜眼でそいつ見てデータ送れッ!」
「あっ、うんっ!」と、鈴は丈太郎の言葉にすぐに従う。
「りゅーがん?」
逆に竜眼なるものが白虎にはわからない。
文字通り、竜の眼のことなのだが、この世界の竜の眼は個体差こそあるもののデータ解析能力を持つ。
もともと索敵能力の高い七面天女である鈴の竜眼はかなりの高レベルなのである。
ただし、解析したデータを理解するとなると、まだ鈴は知識不足なので、丈太郎に頼らざるを得ないのだ。
「鈴ッ、その刀ぁ、逆鱗ぶち抜けるぞッ!」
「マジッ?!」
「そいつの最大攻撃を喰らわせろッ!」
その言葉を聞いた鈴は、白虎に向き直ると、アジ・ダハーカのある一点を指差した。
「白虎、白竜、アイツの首根っこに赤いプレートがあるの見える?」
そういって鈴が指差した先には、魚の鱗をひっくり返したようなプレートがあった。
「あの目立ってるアレ?」
「うん。アレは逆鱗。あの中に竜の身体を構成する『龍玉』ていう核があるの」
この世界において、竜とは『龍玉』という核から分泌される粘液状のナノマシン『竜の血』が、伝説に語られる様々な竜の形を模した、金属の外殻を作り上げて構成される機械、古代兵器である。
本来、この世界の竜は身体を破壊した程度では死なない。
しばらくすれば龍玉が身体を再構成するのである。
しかし、核である龍玉を破壊されると身体が構成できなくなり、破壊されてしまう。
これは龍機兵にもいえることで、諒兵や鈴も龍玉を破壊されると死んでしまうのだ。
「これが私の逆鱗、アイツのと同じものよ」
そういって鈴は自分の喉元にある赤い鱗のようなプレートを指差す。
「これね、単に硬いだけじゃなくて、攻撃が届かないようなバリアが張られてるの。ここだけは竜の爪や牙、ブレスでもなかなか破壊できない。だから普通は身体をバラバラにして倒すんだけど、その刀は逆鱗を貫けるんだって。つまり一気に弱点を突くことかできるのよ」
シールドエネルギーをゼロにする雪片弐型の零落白夜が、偶然にもこの世界の竜の弱点を突いて倒す力になっているということなのだ。
実は同じ力を持つのは諒兵の『赤の竜』としての炎で、逆鱗ごと龍玉を灰に出来る力を持つのである。
ただし、それは暴走した場合の話なので、普段は倒せるだけの力を出すことはできないのだ。
「白虎、それを使って暴走とかある?」
「う~ん、暴走はないけどエネルギー切れがあるの。一発勝負になっちゃう」
「なるほどね。なら私が動きをサポートするから、一発で決めるわよ」
「わかったっ!」
(任せてくれ)
そうして、白い騎士と紅い天女が宙を舞う。
「諒兵ッ、白虎の持ってる刀であいつの龍玉を狙うわッ!」
『わかった』
「メインお願いッ、白虎の力を温存するわよッ!」
空を舞う鈴はすぐに諒兵に指示を出す。
一撃必殺である以上、不用意にエネルギーを使うべきではないと鈴は判断したのだ。
そうなると、戦うのは基本的に諒兵一人となる。
鈴も戦えないわけではないが、彼女は基本的にサポートを主体とした戦士なのである。
だが。
『ケッ、この程度のヤツにゃ負けねえよ』
そう答えた諒兵は、アジ・ダハーカにブレスをぶつけると、その両腕から炎を噴き出し、懐に飛び込んで苛烈な連撃を浴びせかける。
さすがに怯んでいるのか、アジ・ダハーカは諒兵一人に襲いかかるようになった。
しかし、その姿はかつての暴走を想像させる。
(諒兵の腕から炎がッ!)
「大丈夫っ?!」
「あれはちゃんと押さえてる証拠よ。全身火達磨になってなければ平気」
鈴にいわせれば、腕から炎を出すくらいなら、十分に暴走を抑えられているということらしい。
それに今はそんなことをいっている場合ではないという。
「それよりもタイミングをしっかり計って。一発きりしか撃てないなら、絶対に外せないから」
「うっ、うんっ!」
(大丈夫だ白虎。俺がサポートする。信じてくれ)
これまでは自分の意志で戦うことができたが、今はISの白式である一夏。
そうなると白虎に戦ってもらい、自分はサポートするしかない。
もっとも、それは一夏にとっていい経験でもあった。
サポートに徹するということが、今まで一夏にはできていなかったからだ。
諒兵とコンビを組んでいたときも、やはり基本的には前線に立っていたのだから。
だが。
仲間の戦いを助ける。
それはおそらくは自分にとって一番重要な、『新しく覚えなければならないこと』だと一夏は理解していた。
(俺だけの力じゃ、きっとこれから先、戦っていけなくなる時が来る)
「そうだね、お願いイチカ」
(ああ、任せてくれ)
白虎の言葉に肯く一夏に迷いはない。
今だけではなく、未来も見据えた新たな戦いをすると決意する。
『いい覚悟だ』と、そんな声が聞こえたかと思うと、真横に巨大な金属でできた蛇の頭だけがいた。
「蛮兄」
「ふえっ?!」
(ええっ?!)
さすがにそれが丈太郎だとは思わなかったのか、白虎も一夏も驚いてしまう。
どう見ても頭だけなのに軽く五メートルはある。
今の自分など、簡単に飲み込まれてしまいそうだ。
考えてみれば、全長五百メートルというのだから、普通の蛇の五百倍だ。頭も五百倍なのだろう。
『諒兵、一発かますぞ。避けろ』
『チッ、ノッてきたとこだぜ?』
『知るか』
そう答えた丈太郎が顎を開くと、強烈な光の塊が見えた。
(何てエネルギーだ……)
「ブリューナクより威力ありそうだよっ?!」
「巻き込まれないでよ。アレを八発同時に放ったら山脈が消えるんだから」
山じゃなく山脈というところにさらに驚かされる。
確かに変身すれば八つ首なのだから、それぞれの頭で撃てるのだろう。
戦わないという理由がわかる。
力が強すぎて人を守るどころではないからだ。
(いくらなんでも凄すぎないか?)
「何であんなにすごいの?」
「あそこまで成長できるってことなのよ」
「成長?」
「竜の力は際限なく成長するのよ」
竜は他者を倒し、力が強まるごとに巨大化する。
その点は鈴や諒兵も同じで、この先成長すれば丈太郎のように本体は数百メートルまで巨大化する。
しかも最大クラスの竜はキロメートル単位まで成長するという。
その力は神の域に到達するのだ。
「大きい竜ほど強い。それは目の前のあいつも一緒なのよ」
要するに、丈太郎は諒兵や鈴よりも、竜の力を成長させていたということだ。
ただ、だからこそ大事なのはその力をどう扱うかということになる。
「人の心を失くせば、みんな世界を滅ぼす化け物になる。だからこそ、一番大事なのは、人の心を守るために人との絆を持つことなんだってさ」
(……そうだな)
「うん、すごくわかる」
一夏も白虎も、絆から生まれた力を持つ。それだけに鈴の言葉は心に染み入った。
そして。
『呑光(どんこう)』
という声と共に、巨大な閃光がアジ・ダハーカに向けて放たれた。
さすがに危険だと感じたのか、アジ・ダハーカの三つの首が丈太郎が放った光に向けられ、同時に三つの閃光を放ってくる。
永遠に続くかと思われるような、光と光のぶつかり合い。
だが、程なく『グアァアッ?!』という悲鳴とも雄叫びともつかない声が響く。
制したのは丈太郎であった。
しかし、驚くことにアジ・ダハーカはほとんど原形を保っていた。
金属の身体がめくれ、赤い竜の血が見えてはいるものの、破壊されたというほどではない。
丈太郎もすごいが、敵もまた化け物といえるだけの力を持っているということなのだろう。
直後。
諒兵が、両腕を振って放った炎がアジ・ダハーカを飲み込んで火柱となる。
それすらも耐えて暴れようとするあたり、さすがは神話に語られる悪竜というところか。
「後は任せるわよ白虎っ、白竜っ!」
さらに、鈴が六つの顔を操って、アジ・ダハーカの三つの頭を撹乱する。
『道は開けたぜ』
諒兵の声が聞こえてきたかと思うと、アジ・ダハーカを呑み込んだ火柱の一部が開き、逆鱗まで一直線に道が開いた。
(行くぞ白虎ッ!)
「行こうイチカッ!」
互いにそう叫んだパートナーは、白式の単一仕様能力『零落白夜』を発動し、逆鱗目がけて空を駆けた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』
その断末魔は、声にならない声だったのか。
それとも、あまりにおぞましい声に耳が聞くことを拒否したのか。
どんな悲鳴だったのか、誰にもわからない。
ただ、雪片弐型で逆鱗を貫かれ、龍玉を破壊されたアジ・ダハーカは、その場に崩れ落ちていった。
アジ・ダハーカの消滅を確認した白虎と一夏、そして鈴と諒兵は、蛇の頭を消した丈太郎の下に集まってくる。
すると。
「白虎っ、なんか薄くなってるわよっ?!」
「ふえっ?!」
と、白虎が思わず自分の手を見ると、纏っている白式ごと、身体が透けてきていた。
(どうなってるんだっ?!)
『世界から弾きだされようとしてるんですよー』
聞こえてきたのは、いつもののんびりした天狼の声だった。
どうやら鈴や諒兵にも聞こえたのか、周囲を警戒している。
『声だけですみませんね。私はテンロウ、この子たちの保護者みたいなものです』
「おめぇ、こいつらの事情を知ってんのか?」
そう問いかけたのは丈太郎だった。
元の世界では天狼は丈太郎のパートナーであるだけに、逆に違和感を持ってしまう一夏と白虎である。
『並行世界という言葉で理解できますかねー?』
「なるほどな」
さすがに頭の回転が速いのか、天狼の言葉にあっさり納得した丈太郎である。
「蛮兄?」
「どういうこった?」
と、わからないらしい鈴と諒兵の二人が問いかけると、丈太郎のほうが説明した。
「つまり、白虎と白竜ぁ、この世界の存在じゃぁねぇってこった」
『そもそもビャッコは人間じゃありません。私たちの世界で人間なのはイチカ、あなたたちのいう白竜のほうですから』
その言葉に鈴が驚いてしまう。
そんな彼女に対し、天狼は白虎がどういう存在なのかを説明してくれた。
諒兵のほうはあまり興味を持っていない様子だったが、話自体はしっかり聞いている様子だ。
「そっか。白虎はこの世界に来てくれた天使なのね」
「そ、そういわれるとなんか恥ずかしいよ……」
と、頬を染めてしまう白虎である。
もっとも、単に弾き飛ばされてきただけなので、特別何をしたというわけでもない。
このまま、何も残さずに戻ってしまうことが白虎のみならず一夏も心残りなのだが、意外なところから声がかけられた。
「解析できてるのっ?!」と、白虎。
「さっき、鈴が竜眼で見たかんな。こっちの世界でも使える情報が結構あらぁ」
具体的に言えば、シールドエネルギーを使った防壁作りだと丈太郎は説明してきた。
「うまくすりゃぁ、居住区を守る防壁が作れる。それに兵団の詰め所も防衛能力が上げられんだろ」
そうすれば、人の被害が減る。
狭い場所にいることになるとしても、命の危険が減るのだ。
また、龍機兵たちが気を休める時間も作れるかもしれない。
それだけでも龍機兵の負担は軽減されるだろう。
「だから、心配すんない。こっちはこっちで何とかすらぁな」
(そうか、良かった……)
仮令自由でも、否、自由であるからこそ、わずかばかりの平和という名の束縛は必要だろう。
ゆえに一夏は安堵した。
「イチカも喜んでる。戦い続けること、心配してたみたいだし」
「ここじゃそれが当たり前だ。余計な心配だろ。いでッ!」
「白虎も白竜も私たちのことを想ってくれてるんだからそういう言い方しないのっ!」
そっけなく答える諒兵を嗜めるためか、鈴がギュッと抓ったのだ。
そんな姿を見ると、白虎も一夏も安心した。
『そうですねー、私たちは私たちの世界を何とかしなければなりませんし』
天狼の言葉は間違いではない。元の世界での戦いはまだ終わっていないのだ。
よその世界の心配をする余裕など、本来はないのである。
それに一夏にとっても白虎にとっても、この世界でできた仲間と同じくらい大事な仲間が元の世界にいる。
戻らなければならない。
ただ、一言でもいい。自分の声で伝えたいことがあった。
『少しくらいでしたら、声を出すお手伝いはできますよ』
「ホントっ?!」
「白虎?」
「お願いテンロウ。イチカの声を届けて」
白虎がそういうと、テンロウはあっさりとOKを出した。
自分のためにそう願ってくれた白虎に感謝する。本当に、自分はパートナーに恵まれていると一夏は思う。
そして。
今までありがとう。
あと諒兵。俺の世界にもお前みたいに無鉄砲だけど、すごくいい奴がいるんだ。
俺は、そいつと一緒にがんばっていくから、お前も負けるな。
名指しされた諒兵は少しばかり面食らった様子だったが、すぐにニッと笑う。
「一夏、だっけか。余計な心配すんな。俺は何にも負けねえよ」
そう答えてくれたことが素直に嬉しい。
そんな一夏と諒兵の姿に、鈴や丈太郎は二人が元の世界でどういう関係なのかを察したらしい。
二人とも納得したように笑っていた。
『ついでに伝言です。バンバジョウタロウ』
「んぁ?」
『罪に負けんな。世界ぁ変わっていくもんだ。だそうですよ』
「……おめぇに伝言頼んだやつぁ、相当お節介だな」
『そうですねー』という天狼の言葉に丈太郎もニッと笑う。
そうするうちにどんどん白虎の姿が薄くなっていく。
もう時間がないことが十分に理解できた。
最後に言葉を残すのはやはり白虎だと一夏も天狼も考える。
ゆえに。
「鈴、諒兵、蛮兄、今までありがとう。井波のおにいちゃんにも伝えてくれるかな?」
「任せといて」と、鈴が肯く。
一番近くにいただけに、別れの寂しさをもっとも感じてしまうのだろう。
諒兵も丈太郎も、口を挟もうとはしなかった。
「私、忘れないからね」
「私も忘れないわ」
涙は流さない。永遠の別れであっても、がんばって生きていることはわかるから。
だから、白虎も鈴も笑顔のままだ。
「「じゃあねっ!」」
その言葉を最後に、白虎と一夏は白い光に包まれていった。