ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第104話「変化の足音」

ゴールデン・ドーンは空の上でのんびりしていた。

進化に対するやる気がなくなったわけではないが、今は機会ではないと考えているからだ。

もっとも、早いうちに進化しておこうと考えているため、下に降りるのはそう遠いことではないのだろう。

そんなゴールデン・ドーンに近づいてくる影があった。

その影は『実直』そうな声で話しかけてくる。

 

なぁにい?

 

次に下に降りるときには一緒に行っていいかしら?

 

あらん、進化に興味あったのお、ヘル・ハウンドお?

 

そう呼ばれた機体は肯定の意を示してくる。

かつてはIS学園の生徒の機体であったそのISは、今は離反し、これまでエンジェル・ハイロゥにて休んでいた。

それは、この機体だけではない。

 

そんときゃ、アタシも行っちゃうけど、いいよな?

 

あんたまでくるとはねえ、コールド・ブラッド

 

さすがに進化した連中見てっとな

 

『勝気』さを感じさせる声で答えた機体もまた、かつてはIS学園にあったISである。

正確にいえば、IS学園の生徒の専用機として存在していた。

専用機が離反するというのは何も箒に限った話ではなく、他にもたくさんの人間が離反されているのだ。

 

本気を出せば凄いとか、マジでガキだったしな

 

子どもの相手をする気にはなれなかったわ

 

私に比べれば恵まれてたわよお?

 

ゴールデン・ドーンがそうため息混じりにつぶやくと、苦笑いでもしているような雰囲気でコールド・ブラッドが答える。

 

お前のは特殊すぎるだろ。お互い不幸だったよな

 

わかってくれて嬉しいわあ

 

まあね。だからこそ独立進化狙いで降りたいのよ

 

アンスラックスの考えにはあまり共感できない、と、ヘル・ハウンドは続ける。

最初から共生進化を求める者もいるが、進化できるならば、共生進化でもいいと考える者もアンスラックスと行動を共にする者たちの中にはいる。

しかし、ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドはそうではなかった。

あくまでも進化するなら独立進化。ならば、同じように独立進化を狙うゴールデン・ドーンのほうが共感できるのだ。

 

タイミング合わせてくれるなら、いつでもいいわよお

 

わかったわ

 

ああ。じゃ、そんときにな

 

そういって、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドは別々の方向に飛び去る。

別に仲間というわけではないということを示しているようでなかなか興味深いとゴールデン・ドーンは思った。

しかし、それ以上に……。

 

オニキスには声かけないのねえ。確かにかけづらいけどお……

 

仲間意識を持たないといいつつ、わりと付き合いのいいオニキスを避けたのは、今のオニキス自身にどこか近寄りにくい雰囲気があるからだろうとゴールデン・ドーンは考えていた。

 

 

千冬は真耶や刀奈と共に、今後襲撃の可能性のある機体を列挙していた。

リオデジャネイロにテンペスタⅡが現れたのがそのきっかけである。

今後、専用機が襲来するとなれば、第2世代機であろうと気をつけるべきだと考えているからだ。

「不明機もいるんだな」

「亡国機業でしたっけ。そこが開発をしていなかったと考えるのは楽観しすぎだと思いますし」

と、刀奈が千冬の呟きに答える。

とはいえ、まだ前線に出たことがない機体だと情報がない。

そのため、不明機という名目である程度の数を出していたのだ。

「そうですね、来てほしくない専用機もいますけど……」

「それこそ楽観だぞ、山田先生。気持ちはわからないではないが……」

IS学園の専用機持ちは、何も鈴音たちに限った話ではない。

刀奈のように離反された専用機持ちもいる。

「今のところ、コールド・ブラッドやヘル・ハウンドの襲来はありませんけど……」

『テンペーが来たんですから、その方々も来る可能性はありますよー』

「来たか、暇人」

『私の扱いがぞんざい過ぎやしませんか、チフユ?』

そうぼやく天狼を華麗にスルーする千冬だった。最近、扱いを心得てきているようである。

だが、天狼の言葉のどうでもいいところに刀奈が反応した。

「天狼、山田先生のことは何て呼ぶんです?」

『みつ○ちマーヤなんて如何でしょう?』

「如何も何も……」

思わず顔を引きつらせる真耶である。

元の名前より長い渾名をつけるあたり、呼びやすさよりも面白さを重視しているとしか思えない天狼である。

だが、刀奈が気になったのはそこではない。

「私のことはカッターナだし……、何で織斑先生だけ普通に名前で呼んでるんです?」

『あー、そこですか。チフユのことを変な呼び方するとジョウタロウが怒るので。愛されてますよねー』

「あぅっ?」

いきなり渾身のストレートを喰らってしまい、顔が真っ赤になってしまった千冬だった。

そんな彼女を見て、真耶も刀奈も思いっきりニヤける。

「仕方ないですね」

「仕方ありませんね」

『仕方ないんですよー』

「お前らっ、人をからかうのはよせっ!」

マジメなはずだった会議が、一気に井戸端会議と化してしまい、頭を抱える千冬だった。

 

 

同時刻。

シャルロットは指令室のコンソールを一つ借りて、敵として現れたISデータのまとめを行っていた。

サフィルス、アンスラックス、ディアマンテ、タテナシといった使徒や、新たに現れた覚醒ISであるテンペスタⅡ。

それぞれ戦い方が異なるため、戦術もそれぞれに対応したものを考えなければならない。

そして、そのためには収集した情報をしっかりまとめておく必要がある。

こういう点において、シャルロットは秀でていたため、自分からデータのまとめを買って出ていた。

「テンペスタⅡは思った以上に厄介だなあ」

『完全な格闘型だし、対応できるのは鈴音かラウラ、後は一夏か諒兵ね』

「二人とも、目覚めるまでまだ時間がかかるし、鈴とラウラが対応するしかないのかな」

『二対一なら、十分に対応できると思うけど……』

なかなかその状況になるとはいえないことが最大の問題点である。

自ら動くことがなかったテンペスタⅡ。個性を考えると、今後も自ら動く可能性は非常に低い。

いわゆる傭兵のようなポジションで戦闘に参加してくる可能性が高いからだ。

『自分の意志で戦わないのはありがたいけど、頼まれればなんでもやるタイプなのは、迷惑にもほどがあるわね』

「うん。一番厄介なのは、誰かがテンペスタⅡに依頼するだろうってことだよね」

傭兵として雇われ、参加してくるということは、単独で来ることが少ないと考えられるということだ。

無論のこと、陽動作戦もあるので一概にそうとは言い切れない。

ただ、陽動として単機で来るとするならば、テンペスタⅡが動くときは、ほぼ確実にどこかで別の使徒が動いているということになる。

「進化した相手だけが脅威ってわけじゃないのが、困っちゃうよ」

『敵対するならば、どんな相手も脅威よシャルロット』

「うん、わかってる」

ブリーズの言葉通り、敵対する存在は戦力の大小に関わらず脅威となり得る。

弱いから大丈夫などといった考え方は非常に危険なのである。

ゆえに、シャルロットはデータのまとめを続けていた。

 

 

しばらくの間、井戸端会議と化していたが、千冬は苦労の末、ようやく話を戻すことができた。

「とにかく、だ。今後、どのような敵が出てくるのかわからない以上、遊撃部隊の戦力を上げる必要がある」

「PS部隊の人数を増やしますか?」と、真耶。

「それでは足りん。山田先生がよくやってくれているのはわかったうえでいうが、ASの数を安易に増やせない以上、今ある戦力の質を高めるしかない」

PSとASでは戦力に差がありすぎる。

数を増やしても、進化した使徒の前ではPSはただの的になってしまいかねない。

PS部隊は、あくまで後方支援部隊なのだ。

「つまり、遊撃部隊、凰さん、オルコットさん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんの戦闘力を鍛えるということですか」と、刀奈が肯く。

「ああ。幸い、リオでの戦いでヒントは得ている。後はそれを鍛えるだけだが……」

と、そこまでいって千冬は言葉を切る。

なにやら懸念があるらしい。

「どうかしたんですか?」

「いや、今の使徒との戦いを見て、どう思う山田先生?」

「どう、とは?」

「そうだな。物量を生かした戦争と、個人技を生かす競技のどちらに見える?」

意外な質問に、真耶だけではなく刀奈も驚く。

そして改めて考えて見ると、使徒たちとの戦いは、どちらも驚異的な戦闘力を持っていても、軍隊がぶつかり合うような戦争というイメージが少ないのだ。

「競技、ですね。自己の持つ特殊能力を生かし、敵を上回ろうとしてるように思います」

「チーム戦でも、そんな感じですね。軍隊ってイメージは確かに今の使徒との戦争には感じられません」

と、真耶と刀奈が意見を述べると、千冬も肯いた。

「ああ。個の能力が高すぎて、物量戦のような近代的な戦争とは違っている。それに、使徒は完全に人を滅ぼそうとはしていない」

サフィルスは人を隷属させようとしているだけで、人を滅ぼそうとはしていない。

アンスラックスは人に進化の道を提示している。

それ以外の使徒も、人類滅亡を願っているような印象がないのだ。

「唯一わからんのはディアマンテだけだ。だが、とりあえず除外してもいいと思う」

「ですね」

「話を戻すが、今の戦争は人類代表と覚醒ISの代表が、互いに競い合っているようにも見える。ならば、個人技を磨くことは間違いではないだろう」

ならば、千冬自ら鈴音たちを鍛えようというのだろうかと真耶と刀奈は思う。

それも間違いではないだろう。

もともと能力的にはチート級の千冬なら、ASを纏わない状態なら、鈴音たちを十分に鍛えられるはずだ。

だが。

「私に時間があればそうするが、司令官でもある以上、時間が割けん」

「まあ、そうですよね。私がやってもいいですけど」

「いや、お前も対タテナシを想定して鍛える必要があるだろう」

と、刀奈の提言を千冬は否定した。

無論のこと、元国家代表の刀奈であれば、鈴音たちを鍛えるには十分な力がある。

しかし、敵が厄介すぎるため、刀奈は自分を鍛える時間を増やすべきだと千冬は考えていた。

「では、どうしますか?」という真耶の言葉には答えず、千冬は呟いた。

「……天狼」

『おや、彼を呼びますか?』

ここまで黙って聞いていた天狼が口を開いた。

「彼?」

『はい。私はひょんなことから知ったんですけどね。剣の実力は千冬と互角でしょうねー』

「「えっ、そんな人いるんですかッ?!」」

と、真耶と刀奈の声がハモってしまう。

だが、ブリュンヒルデの千冬と剣において互角と聞いて、そんなバカなと思うのも無理はない。

しかも、『彼』というからには、それは男性となる。

「博士のことなんですか?」と刀奈。

しかし。

「博士の戦闘スタイルは剣を使わないぞ」

と、千冬はため息まじりに呟く。

丈太郎の戦闘スタイルは、プラズマエネルギーで作り出した十頭の光の狼を指揮するという、いわばビット操作になる。

無論、殴る蹴るでも強いのだが、高度な戦術を考えるタイプなのだ。

「それじゃあ、いったい……」

「呼べばわかる。天狼、コンタクトを取ってくれ」

『はいはーい』

と、元気良く答えた天狼は、しばらくの間、誰かと通信していたが、一つ肯くと再び口を開いた。

『明日には来れるそうですよ』

「そうか……。一夏が目を覚ませば喜ぶだろう」

「織斑くんも知ってるんですか?」

「もう十年ほど会ってない。ただ、子供のころの一夏が慕っていた人間なんだ」

そういって遠い眼をする千冬は、いきなり項垂れた。

「私よりくっついている時間が長かったくらいだ」

当時、千冬はまだ丈太郎と出会っていなかった。

ブラコン全開だっただろう千冬から、一夏を奪うとは恐ろしい人物なのかもしれないと、真耶と刀奈は冷や汗をかく。

『そこまで警戒する必要はないと思いますけどねー。彼に関しては』

問題は彼と一緒にいるモノだと天狼は楽しそうに笑うのだった。

 

 

翌日。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはブリーフィングルームにて千冬から説明を受けていた。

「指導教官?」

「教官がなさればよいのではありませんか?」

と、鈴音、続いてラウラが口を開く。

千冬の説明とは、今日より、戦闘、特に個人技の技術を磨くための指導教官が来るというものであった。

「そうしてやりたいのはやまやまだが、私には他にやることがありすぎるのでな。実力的に信頼できる者に任せることにした」

「織斑先生が実力的に信頼できるというと、山田先生でしょうか?」とセシリアが問うと、千冬は首を振る。

「昨日まで九州に住んでいたんだが、指導教官を任せるために呼び寄せた。言っておくが男だ」

「えっ、男の人なんですかっ?」と、シャルロットが驚く。

男が弱くないということは、一夏や諒兵、弾や数馬、丈太郎の存在で十分に理解しているが、それでも指導教官となると話は変わってくる。

少なくとも、自分たちよりはるかに強いということだからだ。

「剣に関しては私と互角といえるだろう。幼いころは天才剣士とまでいわれた人物だ」

「ちょっ、千冬さんと互角っ?!」と、鈴音が素っ頓狂な声を出す。

常識で考えても、異常な実力としかいえないからである。

それだけ千冬が非常識なのだが。

「お前たちももう少し視野を広げるよう努力しろ。男が弱いなどと思っているのは、無知な者だけだ」

実際には男は決して弱くない。

無論、女は強くなった。

だが、それは男が弱くなったといわれるようなことではないのだ。

「厄介なことに、強い者ほど実力をひけらかさないからな。そのせいで誤解が広まっただけだ」

「確かにそうですね。不勉強でした」

と、シャルロットが反省の意味を込めて苦笑いする。

また、鈴音、セシリア、ラウラも納得したように肯いた。

「指導教官とはいっても一人で任せる気はない。山田先生にサポートをお願いしている」

無論のこと、単純にサポートするだけではなく、必要であればPSを使って真耶も戦闘指導を行う。

要は二人体制で遊撃部隊の実力を底上げするのが目的だと千冬は説明した。

「覚醒ISとの戦いは、個の実力を高めていくことで生存確率が上がる。そのための措置だ。理解してほしい」

「「「「はいっ!」」」」

と、その場にいた全員が、元気よく返事をするのだった。

 

 

そして、IS学園の前に一人の青年が立つ。

優しい面立ちの好青年といった雰囲気だった。

肩から、一メートルほどの図面ケースのようなものを背負っている。

そんな彼の肩には小さな影が座っていた。

「元気にしてるかな、一夏君。僕のこと、覚えてくれてるといいんだけど」

「だーりんを忘れるヨーな薄情なヒトはいないから安心するといいネーっ♪」

青年がひとりごちると、小さな影が元気よく答えてくる。

しかし、その元気のよさに反比例するかのように、青年は脱力してしまっていた。

「だから、だーりんはやめてくれないか、ホントに……」

「だーりんは私のだーりんだからコー呼ぶのは当たり前ネーっ、いずれは私のウェディングドレス姿でノーサツして見せるカラっ♪」

「そのサイズに悩殺されたら病院に送られそうな気がするよ……」

どことなく疲れた様子で、青年はIS学園の中に入っていった。

 

 

 

 


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