ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

13 / 273
第12話「龍虎対決」

クラス対抗戦、当日。

選手控え室で一夏は一点を見つめたままイメージトレーニングを行っていた。

その雰囲気があまりにも近寄りがたいために、箒は何もいえずにただその姿を見つめている。

自分が中学のころの全国大会の決勝戦に出るときですら、ここまでの雰囲気ではなかっただろう。

いつの間にこんな顔をするようになったのだろうと箒は思う。

少なくとも子どものころは温和な面のほうが強く、でもいい意味で優しい強さを持っている少年だった。

それでいて剣の筋はかなり良かったのだ。

成長すればすばらしい剣士になると箒の父が語っていたのを聞いたことがある。

だが、今はまるで。

(牙を研いでいる猛獣のようだ……)

一夏のISは、まるで彼自身の闘争本能を形にしたような印象がある。

腹立たしいことに、同じことが諒兵にもいえる。

それが自分にはわからない一夏と諒兵の絆なのだろうか。

そう考えるとなんだかいやな気持ちになる箒だった。

「よしっ!」

その声に、箒はハッとする。気がつけば試合開始五分前となっていた。

「行こうか」

 

うんっ、がんばろイチカっ!

 

一夏は何か応援する声でも聞いたような様子で、フッと笑いながら、アリーナへと向かっていく。

その背を見た箒は、一夏が手の届かないところにいきそうな不安を抑えられないでいた。

 

 

アリーナを行く白の機体を、観客席の諒兵、セシリア、本音が並んで座って見つめている。

その隣には簪がいた。

ちなみに対抗戦はまず午前中に1組対2組、3組対4組で行われ、午後からそれぞれの勝者が戦うことになっていた。

それはともかく、白の機体と赤と黒の機体が対峙するのを見ながら、諒兵が呟く。

「出てきたな」

「ここからでも戦意を高めているのがわかりますわね」

「おりむー、真剣だね」

それぞれに一夏の様子を語っているのを聞きながら、簪が呟く。

「どんな戦いになるのかな……」

その呟きを聞き、諒兵が答えるように口を開いた。

「セシリアとの模擬戦を見た限りじゃ、鈴は近・中距離型だ」

「ですわね」

「で、近接は一夏、中距離はたぶん俺の戦い方を真似してる」

「そーなんだー」

「ただ、近づいて斬り合うなら一夏のほうが上だ。たぶん一撃離脱、近接戦闘に対処しながら、中距離で戦うのが基本になるだろうな」

ただ、一夏の剣、白虎徹は距離をゼロにする伸縮能力がある。

それにどう対処するかということが重要になる。

だが、鈴音は『無冠のヴァルキリー』と呼ばれるほどの実力者。

一夏の突撃能力、剣の伸縮能力に対し、何らかの対処法を持っているはずだと諒兵は語った。

 

 

監視モニター室で対峙する二人の様子を見ながら、真耶が千冬に尋ねかける。

「この間の模擬戦のときはどちらに行ってたんです?」

「いや、少し相談事があってな」

と、千冬は言葉を濁した。

今はまだおおっぴらにはできないことだからだ。

「しかし、模擬戦はすごかったな。オルコットがあそこまで成長していたとは思わなかった」

教師冥利に尽きるなと千冬が笑うと、真耶も微笑んだ。

「そこから逆転した凰さんは、さすが『無冠のヴァルキリー』と呼ばれるだけはありましたよ。オルコットさんの金星を確信してましたから」

「負けられんのだろう。あの娘はもっと高い位置に目標を置いているからな」

「そうなんですか?」

「ああ」と千冬はそう答えるだけだった。

女尊男卑の今の時代には逆行するような目標だろう。

それでもそれこそが鈴音の強さなのだと千冬は確信している。

だが、今、その目標の一つと鈴音は対峙している。

「面白い戦いになりそうだ」

「大方の予測では凰さんの勝利となってますけど」

「その程度、ひっくり返せんような織斑ではないよ」

と、千冬は確信めいた表情で呟きながら、アリーナを見つめていた。

 

 

そして、アリーナの中央にて。

「それが一夏のIS?けっこうカッコいいじゃない」

「褒めても何もでないぞ」

声をかけてきた鈴音に一夏はそう答える。

鈴音としては素直にそう思ったのは確かだが、それ以上に疑問にも感じていた。

(確かにISっぽくないわね。どっちかっていうと本当に鎧かパワードスーツだわ)

ISはそのデザインを見ればわかるが、ヘッドセット、腕部装甲、脚部装甲、腰部、浮遊ユニットという具合に身体の一部分に装甲が集中していて、意外と生身が見える部分が多い。

バリアーシールド、いわゆるエネルギー障壁が身体全体を覆っているため、それでも問題ないのだ。

しかし、白虎はほぼフルスキン、顔が見えるくらいだ。

何よりISに比べて小柄な機体は一見すると迫力がない。

目を引く特徴といえば、背中に見える大きな翼だろう。

しかし。

(虎の檻に入れられるのってこんな気分かしらね)

油断すれば食い殺されそうな凄まじい威圧感を鈴音は感じていた。

「クラスのみんなに聞いたぞ。『無冠のヴァルキリー』って呼ばれてるって」

「そんなの周りが勝手にいってるだけよ。私自身はまだ全然だと思ってるわ」

謙遜しているつもりはない。

鈴音が目指すものは今より遥かに遠かった二つの背中だからだ。

一つとはいえ、その背に届くかもしれない。

そう思えるこの試合は、彼女にとって国家代表選抜試合よりも、モンド・グロッソよりも、大事な戦いになる。

だが、一夏はそう受け取らなかったらしい。

はっきりと鈴音を見据え、そして戦意を高めてくる。

「そういう相手は怖いってよく知ってるからな」

「なら、思い知らせてあげるわ」

二人がそういって笑った直後、アリーナに轟音が響いた。

 

一夏は白虎徹一本で鈴音の双牙天月を受け止めている。

二刀を持って舞うような連撃を見せる鈴音に対し、一夏は防戦一方のように見えた。

しかし、それが怖いということを鈴音は理解している。

わずか一瞬の隙を突いて、必殺の一撃が繰り出されてくるからだ。

(敵に回すとこんなに神経削るのねっ!)

白虎徹の攻撃力はセシリアに聞いていた。

掠っただけで大量のシールドエネルギーを奪う剣など聞いたことがない。

竹刀を構えているときですら、凄まじい脅威を感じさせる一夏が、今、構えているのはISを斬るために作られた真剣だ。

喰らうわけにはいかない。そのためには手数を増やすしかないのである。

だが。

「えっ?」

スッと一夏の身体が沈み、構えていた刃が横になると、双牙天月の刃が滑ってしまった。

(マズッ!)

そして一夏は身体を捻り、真下から上半身の力だけで一気に刃を振ってきた。

「なにッ?」と、一夏が驚愕の声を上げる。

鈴音は剣を振る一夏の腕に足をかけ、一気に上空へと駆け上がったのだ。

(ヤバかったー、やっぱり近接の斬り合いじゃ一夏に勝てないわね)

実戦の経験値が違いすぎる。

IS操縦者としてはまだ素人だとしても、対人戦闘では一夏と諒兵はそこらの代表候補生などでは敵にならないことを鈴音は実感する。

よくセシリアは勝てたものだと感心するほどであった。

 

 

やはりIS操縦者としての経験値は鈴のほうが上だと諒兵は感心した。

「なんでー?」

「今の一夏の剣は顎を狙うんだ」

「顎?」と、本音は首を傾げる。

格闘術など、顎をかち上げられると腹が丸見えになる。

そこに強烈なボディ攻撃をするのは常套手段だ。

一夏は剣士。

実は顎はそこまで重要な攻撃ポイントではない。

だが、諒兵とともに実戦を経験し、下段から顎をかち上げて腹を打つのはいい手段だと学習していた。

そこで下段攻撃と見せかけ、横や後ろに逃げる相手の顎を狙う剣として練り上げたものだった。

「なるほど。今のは本来、二連撃ということなんですわね?」

「ああ。だが、今やってるのはISバトルだ。戦闘は空でやるもんだ」

しかし、一夏はいつもの癖から、まさか鈴が宙に逃げるとは思わなかったので驚愕したのである。

「こういうところに差が出るな」

「しかし、それを知ったのならば修正するのでしょう?諒兵さんも、そして戦っている一夏さんも」

「ああ」

常に戦況に合わせて戦い方を練り上げるという点では、実は一夏と諒兵は同じであった。

 

 

距離をとった鈴音は、すぐに龍砲を撃ち放つ。

だが、一夏の移動スピードは速く、なかなか当たらない。

「移動先を予測してるってのにッ!」

計算が間に合わないのだ。

今の一夏のスピードに合わせて予測しなおさなければ、いつまでたっても当たらないだろう。

しかも一夏は龍砲をかわしつつ、確実に鈴音との距離を詰めてきている。

(でも、一夏の剣は伸縮できるはずよね?)

何故、わざわざ距離を詰めようとしているのかと考えて、一つの考えに至った。

大きくなれば、それだけ切っ先が達するまでに時間がかかるのだ。

それはわずか数瞬の違いかもしれない。

だが、鈴音はそれだけの違いがあれば避けられる自信がある。

(だから近づいて斬るほうを選んでるわけね)

確実にこちらを捉えられるようにしているというのであれば、そう簡単には剣を伸ばしてこないだろう。

「それならッ!」

と、そう叫んで放たれた衝撃の砲弾は明確に一夏を捉えて放たれた。

 

来る。

さすがに今度はかわせないと感じた一夏はただ一言呟いた。

「斬る」

 

うんっ!

 

それだけで一夏がやるべきことは決まった。

斬ッ、という擬音が聞こえてきそうなほど、白虎徹は見事に衝撃の砲弾を切り裂く。

アリーナを揺さぶる二つの衝撃に、誰よりも驚いたのは鈴音だった。

その上、見えない砲弾すら斬る一夏の斬撃は、空間までも切り裂いたかのように逆に衝撃を叩き返してきた。

「デタラメすぎるでしょッ!」

すんでのところで叩き返された衝撃をかわした鈴音は思わず毒づいてしまう。

その一瞬の隙を突いて、一夏が翼を広げるのを鈴音は見た。

 

 

どうやって見えない弾丸を斬ったのかと呟く簪に答えたのは諒兵とセシリアだった。

「龍砲は両肩のユニットから撃たれる。なら射線はわかるぜ」

「でも砲身見えないよー?」と、本音。

「砲身は見えなくとも狙いは見えますわ。あれは直線的な攻撃しかできませんもの」

自分を倒そうと狙うのならば、砲身は見えなくとも必ず自分を向いている。

セシリアの偏光制御射撃と違い、曲げることのできない龍砲の衝撃はまっすぐに向かってくるのである。

「あとはタイミングだ。龍砲はユニットが反応してから砲弾が撃たれるまで一秒」

「アリーナの端から端まで砲弾が届くのに一秒強。それだけあればタイミングを合わせることもできるのでしょう」

「いつのまに……」

「ま、戦闘時の観察は癖なんでな。だいたいわかった」

そう答える諒兵を、簪は驚愕の眼差しで見つめていた。

 

 

これが瞬時加速なのかと鈴音が思った直後、一夏は既に眼前まで迫ってきていた。

本当に、まるで羽ばたいたかのように翼が閉じた瞬間、信じられないほどのスピードで移動してきた。

「クッ!」

すかさず振り抜かれようとする白虎徹を双牙天月で受け止める。

今度は一夏のほうが連撃を放ってきた。

だが、鈴音は完全に防戦一方だ。

隙を見出そうにも、まるで幾重にも白刃が迫ってくるようで、考えている暇すらない。

(クッ、何とかして距離をとらないとッ!)

と、そこまで考えてそれでは勝てないと鈴音は気づく。

近接戦闘主体の相手に距離をとるのは常套手段だ。

だが、一夏や諒兵を相手にして、距離などとりたくない。

(それじゃ追いつけないじゃないッ!)

ようやく手の届くところまで来て、自分から背を向けては追いつけない。

ならばと鈴音は覚悟を決めた。

 

連撃に耐えかねたのか、鈴音の右手から双牙天月が弾かれてしまう。

だが。

「喰らえッ!」

「なッ?」

弾かれた双牙天月は、龍砲を放つユニットの前で停止し、次の瞬間、凄まじい衝撃とともに一夏に襲いかかってきた。

「ぐぅッ!」

白虎徹で受け止めた一夏だが、そのまま吹き飛ばされシールドに叩きつけられてしまう。

「限界なんてッ、いくらでも超えてやるわッ!」

そう叫んだ鈴音は両手を突き出すように構える。

そして両肩のユニットが赤く輝いた。

 

 

アリーナの観客席までもが揺さぶられ、その場にいた全員が驚いた。

「これはっ?」と、真耶が驚きの声を漏らす。

「面の制圧か。スペック以上の力を引き出すとはな」

と、千冬が呟く。

「織斑先生?」

「二門の龍砲を同時に操って、巨大な一門の大砲を作り上げたんだ」

甲龍にそこまでのスペックはない。

鈴音は瞬間的にではあるが、単一仕様能力を発動させたといえるのだ。

「これは、さすがに……」

逃げ場のない分厚い壁が砲弾となって迫ってくるのでは、一夏でもどうしようもないだろうと真耶は思う。

しかし、それでも千冬には一夏が敗北するとは思えなかった。

 

 

迫る見えない壁のごとき巨大な砲弾に一夏は素直に感心していた。

これが鈴音の強さ。

だからこそ、負けられない。

「行こう、白虎」

 

うん

 

そして、剣を肩まで上げ、切っ先を鈴音に向けた一夏は、翼を大きく広げ、そして叫んだ。

「突き通すッ!」

 

どこまでもッ!

 

光を纏い、壁のごとき砲弾を貫いていく一夏と白虎。

それはさながら一本の光の矢。

それを見た鈴音は、自分の敗北を悟った。

「あーあ。やっぱりまだまだね、私」

でも、だからこそ追いかけ甲斐がある。

だから、ここは負けてもいい。

次はもっと強くなる。

そう覚悟し、新たなる決意を抱いたその瞬間、アリーナに無粋な轟音が響いた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。