ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第106話「篠ノ之の剣」

古流剣術、篠ノ之流。

かつて、一夏や誠吾が学んだ剣であり、また箒や千冬が使う剣でもある。

古流剣術というと、合戦で培われた実戦剣術が思い浮かべられるが、太平の世になってからいわゆる型を重視する道場剣術も多く生まれた。

しかし、篠ノ之流は違う。

もともと篠ノ之道場は篠ノ之神社の中にあったものだ。

神社の娘としての箒は奉納のための神楽舞を舞うことが出来る。

それ、すなわち剣舞。

篠ノ之流とは、実戦剣術とも道場剣術とも違う、剣舞をベースにした舞の剣術なのである。

もっとも、剣術としての篠ノ之流は特に男性が学ぶ場合、一気に近寄って斬るという力強い剣となっていた。

実のところ、家族、というより一夏から引き離され荒れていた頃の箒の剣が男性向けの剣の形に近い。

気合いとともに一気に近づいて叩き斬っていたからだ。

しかし、本来は……。

 

簪の脳天を狙った箒の竹刀がピタリと止まる。

切っ先三寸の言葉通り、竹刀の先端から十センチ弱までが、簪の頭を捉えていた。

流れるような円の剣は簪の薙刀を見事に逸らし、そのまま脳天を捉えたのだ。

「……お見事」

「褒められるほどのことじゃない」

「そう?」

「……力任せの剣じゃ届かないと思っただけだ」

実際、簪は柔よく剛を制すとでも表現すべきか、一気に近づいて叩き斬ろうとすると、竹刀を弾く、または逸らすなどして箒の剣を捌いてしまう。

その動きを見て、箒は自然と自分が学んだ本来の剣を思いだしたのだ。

「篠ノ之流は舞の剣術だからな」

「そうなんだ」

「神に奉納するための神楽舞が源流になる。戦うためというより……」

その先の言葉を発することができなかった。

本来は神を守るための剣。

しかし、箒は私怨で剣を使っていた時期がある。

ゆえに、言葉にする資格がないと感じていた。

「でも、今までより太刀筋がきれいだったよ」

「そういってくれると嬉しいな」と箒は苦笑した。

簪の言葉を素直に受け止めるには、箒はいささか心に澱がありすぎる。

そもそもが、鈴音への対抗意識から自分を鍛えているのだから。

でも、太刀筋がきれいだといわれるのはやはり嬉しく感じていた。

「その、聞いてもいいかな?」

「何だ?」

「篠ノ之さんのお姉さんはどのくらい剣を使えるの?」

「ああ……」

簪の疑問は当然のものだろう。

実家が道場で、妹である箒が十分以上に剣が使えるのなら、束も剣が使えると考えるのが普通だ。

しかし、箒が覚えている限り、束が剣を振っていたところを見たことはない。

「おそらく学んでない。姉さんは単純な身体能力だけで十分図抜けてるからな。興味を持たなかったんだろう」

「そうなんだ」

「そもそも『型』を覚えるような人じゃない」

いわれて、簪も納得してしまった。

篠ノ之束という人間は、異常なまでの発想力を持つ。

そうなると古来より連綿と受け継がれてきた剣の型を覚えるよりは、自分で戦い方を創るほうが楽しいだろう。

もっとも戦うこと自体にあまり興味がなく、研究や開発に没頭した結果、ISが生まれたのだろうが。

「興味がないのに無理にやることもないと思う。姉さんは姉さんだし」

「へえ」と、簪は少しばかり感心してしまう。

以前の箒であれば、束の態度に反発しただろう。

しかし、今はどこか受け入れているように見えるからだ。

ただ、二人が話をしている姿を見ていないので、何故そう思うようになったのか、気になってしまう。

「織斑先生に話を聞くと、ISとの戦いで随分苦労しているみたいだし、反発しても仕方がないと思うようになったんだ」

実際、束はISを開発してしまった人間である。

そのため、始末をつける責任がある。

ために毎日のように苦労しているという話を聞けば、さすがに箒でも憐れみに近い感情が生まれてくるだろう。

「私たちも力になれればいいんだけど……」

これだけ話しててシカト決め込む大和撫子をパートナーに持つ簪としては、同情してしまう。

文字通り、個性豊かなISたち全てに対処しなければならない束の苦労は自分の比ではないはずだ。

助けになりたいとは思うが、いかんせん世代を二、三個すっ飛ばしたような頭脳を持つ『天災』の助けになれるような頭脳は、さすがに持っていない。

ゆえに、出来ることは前線に立つことくらいなのだろう。

「もう一本、お願い」

「ああ」

ゆえに、まずは身体を鍛えようと考えた簪の言葉に、箒は素直に肯いていた。

 

 

千冬の指示により、真耶は誠吾と共に今後の指導要綱をまとめていた。

この指導に関しては、望めば現在学園にいる生徒も受けることができるとしたためだ。

最前線に立つ以上、鈴音たちAS操縦者を鍛えるのは当然なのだが、だからといって学園にいる、特に向上心のある生徒を放っておくことはできない。

戦後、あまり差をつけてしまうのは決して得策ではないと千冬は考えており、その点に関しては真耶も納得していた。

ただ。

「ええええ~とっ、実戦訓練は以上でっ、あと細かい美術指導をお願いすることになりますですっ!」

『アートはだーりんにはムリだヨ?』

「すすすすすすすみませっ、武術ですっ!」

「あの、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

ワタツミがいるといっても、年の近い男性と二人きりという状況に、真耶自身がとてつもなくテンパっていた。

「あうあぅぁぅ……」

上がり症が完全に再発してしまっているのか、気持ちを落ち着けることもできない真耶である。

正直、誠吾ですら、大丈夫なのかと心配してしまっていた。

問題があるためだ。

『だーりんもヒマじゃないから、もちょっとテキパキいきたいネー』

「すっ、すみませんっ!」

「ワタツミ、僕は気にしてないから煽らないでくれ」

そんな誠吾の言葉など軽く無視してしまうワタツミである。

『楽天家』という個性のせいなのか、それとも成長によって変わったのか、ワタツミは歯に衣を着せるということをしない。

それを間に受けて真耶が落ち込んだり慌てたりしてしまうため、話が止まってしまうこともしばしばだった。

何気に性格に問題のあるワタツミである。

そこに別の声が聞こえてきた。

『ワタツミー』

『ヴィヴィ、どうしたノー?』

『話まとまったー?カタナがそろそろ生徒たちに連絡したいってー』

現在、ヴィヴィはIS学園をコア・ネットワーク側から支えている。

そのため、こういった雑務もやることになってしまっていたのだが、様々なところを移動できるのは楽しいらしく、本人は気にしていない。

そして、ヴィヴィが気にしないなら問題ないと、束はヴィヴィに雑務をやらせることを否定していなかった。

なお、暇してるはずの天狼は何故か忙しいといって、ネットワークをうろうろしていたり、ふとどこかへと消えたりしている。

束は何か知っているらしく、また丈太郎も仕方がないと黙認している様子である。

それはともかく。

「大まかにはまとまったよ。ワタツミ、資料をデータ化して渡してあげてくれ」

『OKネー』

『じゃー、カタナのトコ持ってくねー』

そういってヴィヴィはデータを受け取ると、刀奈がいるだろう場所へと移動していく。

とはいえ、こういった仕事は本来は。

「何だかすみません……」

と、真耶が自分がやるべきことを代わりにやってもらって落ち込んでいた。

「気にしないでください。山田先生もお忙しいんですし」

「はあ……」

ため息しか出ない真耶である。

 

 

翌日から、アリーナにて真耶と誠吾による戦闘指導が行われることになった。

無論のこと、襲撃があれば鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは出撃することになっているが、それでも今のままではいられないということを理解しているため、当然参加している。

意外だったのが彼女だ。

「刀奈さんもこっちですか?」

「井波さん、私たちの世界じゃけっこう有名なのよ」

と、答える刀奈に意外そうな顔を見せる鈴音。

刀奈は本来暗部なので、普通の大学生の誠吾とあまりかかわりがあるとは思えないからだ。

「そっちはね。ただ、井波さん、軍隊や警察に協力してたから、そっちの情報が家のほうに入ってきてたのよ」

「あ、そういうことなんですね」

「世界は狭いですわね」と、シャルロットやセシリアが納得したような表情を見せる。

「更識簪は?」

「最近は篠ノ之さんに付き合ってることが多いわね。でも、けっこう腕を上げてるからいい訓練ができてるみたいよ?」

ラウラの言葉にそう答える刀奈は、特に気にする様子も見せない。

今は姉妹として仲直りもできているので、逆に同い年の友人が出来たと喜んでいるのだろう。

鈴音はそんな刀奈から視線を動かし、一般生徒として参加しているティナのほうへと振り向く。

「でも、ティナまで来たのには驚いたわ」

「それ失礼でしょー?」

「悪い意味じゃなくてさ」

「負けたくないだけだから」

戦いを鈴音たちに任せるのは仕方ないとはいえ、訓練すらしないのでは成長しなくなってしまう。

ティナとしてはそんな自分を許せないらしく、訓練に参加してきたらしい。

最前線に引っ張り出すようなことはしないが、こういった訓練であれば、一緒に学ぶことに否やはない。

逆に少しでも力になれるなら、協力したい気持ちもあった。

「今は気持ちだけ貰っとくわ」

「そうね。無理はしないでよ」

「それはこっちのセリフでもあるんだけどね」とティナが苦笑いを見せると、鈴音も苦笑した。

そして。

「それでは訓練を始めます。今回井波さんには武術指導、つまり機体を使わない状態での、一対一の模擬戦の相手をしていただきます」

と、真耶が説明すると全員が「はい」と答える。

逆に真耶のほうは得意な分野を指導するため、銃火器の扱いの指導を行うという。

セシリアやシャルロットなど、銃撃、砲撃メインで戦っていく者たちの指導となる。

「まず、得意な分野をしっかり伸ばしていきます。少し厳しいと思いますが、得意分野だけで十分に戦えるようになることを目指してください。不得意な部分はそれから修正します」

これは千冬のアドバイスである。

得意分野を伸ばしきれないまま、不得意分野を潰そうとすると却ってバランスが崩れることもあるからだ。

せっかくの戦闘能力を崩してしまうような真似をするのは得策ではない。

器用貧乏になるよりも、一つの技に特化するのも成長の一つの形である。

万能型になるというのは簡単なことではないのだ。

「そう考えると、更識さんってすごいわね」

「でしょでしょ?」と、簪を褒められて嬉しそうな刀奈である。

刀奈の喜びようは少々オーバーな気もするが、実際のところ簪レベルの万能型はそうはいない。

シャルロットも万能型だが、格闘よりも銃撃を得意とするほうなので接近戦は一撃離脱に近い。

簪のように砲撃も剣戟も出来るタイプとはだいぶ違ってくる。

前線より遊撃が得意なのはそのためだ。

もっとも、それが悪いということではない。

「チームを組む以上、各々でカバーできますから、無理に何でもできるようになることはありませんからね」

「はい」と、答える生徒たちに迷いはなかった。

 

 

アリーナで戦闘訓練が行われ、箒と簪が武道場で訓練を続けているころ、束は一人で通信していた。

「まーちゃんはどうなのさ?」

[普通じゃぁ見つかんねぇな。天狼が今一夏と諒兵の存在を維持してっから、手が回らねぇし]

「ヨルムンガンドは男性格だからいろいろと面倒なんだよ。そっちでがんばってよ」

[わかってらぁな]

相手は丈太郎である。

さすがにまどかとヨルムンガンドを見つけるとなると、千冬を絡ませるわけにはいかないと二人は判断しており、通信は内密に行われていた。

「いっくんとりょうくんのほうは?」

[向こうの俺たちと一緒に戦ってるらしぃ。天狼が寄越した動画送っから適当に見とけ]

「わかった。しかし、並行世界にいけるなんて羨ましいなあ」

と、本当に羨ましそうな顔を見せる束である。

二人は今、一夏と諒兵がどうしているのかということを知っていた。

知っていたが、他の者には説明していない。

常識外れはISコアだけで十分に経験しているが、それ以上のことまで理解するとなると大変だからだ。

[ちぃとも楽しそうじゃねぇぞ。向こうの俺らぁ]

「世界を変えて歪んだ平和を作った私と、世界を壊して無法な自由を生み出したあんた。どっちも罪人か……」

概要を聞いただけでも十分に呆れてしまう。

束がやったらしいことはこの世界と変わらないが、丈太郎はこの世界とはやっていることが正反対だからだ。

もっとも、ちゃんと理由があるらしいが。

[あいつらぁ、きっと成長して戻ってくる。気長に待つしかねぇ]

「わかってるよ。うっさいな」

ぶすっとした表情で答える束に、丈太郎は呆れた表情を隠せない。

容姿は抜群にいいだけに、もったいないと思ってしまったのだろう。

[織斑くれぇの可愛げ見せたらどうだ?]

ゆえにそんな言葉が口を衝いて出たらしい。

しかし、束としてはそんなセリフにまたムッとしてしまう。

「あんたに可愛いとか思われたらゾッとする」

[安心しろ。おめぇに気があるわけじゃぁねぇ]

[それよか]と、丈太郎が言葉を続けると、束は真剣な表情になった。

「りょうくんのこと?」

[いつ気づいた?]

「ゴスペル戦だよ。凍結のためにネットワークを飛びまわってたときにデータ拾った」

[なるほどな]

「それからずっとちーちゃんやいっくんのこと見てるけど、自力じゃ思い出せないみたいだね」

[まだ、まどかの姿ぁ見せらんねぇか……]

「だから早く見つけてよ」

[わかってらぁ。じゃぁ切んぞ]

そういって暗くなったモニターを見て、束を一つため息をつく。

「まーちゃん、お願いだから今はまだ来ないで。必ず家族に戻してあげるから……」

そう呟いた束は悲しそうな、それでいて母のような優しげな顔をしていた。

 

 

遥かな上空で、使徒が対峙している。

もっとも、戦っているというよりは、話し合っているというほうが近い。

そこにはタテナシと……。

『なるほどね。確かに僕には借りがあったね』

 

そおゆうこと。今度は私に協力して♪

 

『いいよ。場所はIS学園以外ならどこでもいいのかな?』

 

サフィルスがまた動くから、ブッキングしないでねん

 

『了解。借りはちゃんと返さないとね』

そういって飛び去っていくタテナシをゴールデン・ドーンが眺めていると、別のところから『実直』そうな声がかけられた。

 

あなたはあまりタテナシを嫌ってないのね

 

サフィルスくらいよお。あの子男嫌いだしい

 

実際、サフィルスはタテナシには近寄ろうともしない。

男嫌いとはいってもここまで徹底していると、ある意味では筋が通っているなとヘル・ハウンドは感心していた。

 

でもお、これで邪魔は入らないわあ

 

IS学園か。でも、一番チャンスがあるかしら?

 

あそこには成りたがりが多いものねえん

 

ゴールデン・ドーンとしては、一度出鼻を挫かれて頓挫していた計画を改めて進めるような気持ちである。

もっとも、その原因であるタテナシに協力を求めるあたり、なかなかに図太い性格をしているとヘル・ハウンドは思う。

 

それにい、ヤマトナデシコは侮れないしい

 

そうね。気合いを入れなければならないわ

 

そういって空を見下ろす二機の下には、今は訓練に励んでいるだろうIS学園の面々の姿があった。

 

 

 

 


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