各地の戦闘の様子をモニターで見ながら、千冬は呟いた。
「……鈴音とオルコットには少し期待してしまうか」
「早めに戻って欲しいところですから」
サフィルスを相手にしているラウラとシュヴァルツェ・ハーゼ。
タテナシを相手にしている刀奈とシャルロット。
それに比べれば、テンペスタⅡがいるとはいえ、覚醒ISのみの鈴音とセシリアに期待してしまうのは仕方ないだろう。
如何に進化しているとはいえ、簪は今回が初陣といえる。
しかもパートナーは非常に非協力的な大和撫子だ。
もう少し、安全を確保したいと思うのは、当然のことだろう。
それは別として、各地の戦いは優勢とはいえないが、劣勢というほどでもないことに千冬は安心する。
「ラウラとクラリッサたちの連携はうまくいっているな」
「もともと一つの部隊であったというのは大きいですね」
と、誠吾が感想を述べた。
もともとラウラを含め、シュヴァルツェ・ハーゼは一つの部隊だ。
当然、これまで連携の訓練も行っている。
それが、こういった戦いでは生きてくる。
クラリッサと隊員たちの思惑は別として、やはり組ませて正解だったと千冬は息をついた。
「デュノアは更識刀奈をうまくサポートしているな」
『性能なラ、ブリーズが前に出るべきじゃないノー?』
「お嬢様とデュノアさんの戦い方を考えると、こちらが正しいと思います」
そういって、虚が答える。
シャルロットは遊撃を得意とするオールラウンダー。
対して、今の刀奈は機体の性能を考え合わせると、接近戦型になる。
何しろ、二本の刀『祢々切丸』しか武装がないのだ。
そして刀奈自身は接近戦から中距離まで割りと何でもこなせるオールラウンダーである。
ならば、前線を刀奈が、遊撃サポートをシャルロットがやるほうが動きやすいといえるのだ。
「適材適所だよワタツミ」
『なるほどネー』
と、ワタツミも納得した様子で肯いた。
そして、ここIS学園では。
「殺しに来たという印象を受けないな」
「やはり進化を考えてということでしょうか?」
『たぶんネー』
「わかるのかい?」
『あの金色、ゴールデン・ドーンっていうんだけどネー、性格めっちゃ悪いカラ♪』
楽しそうに言わないで欲しいと思わず突っ込みたくなった一同である。
「ヴィヴィ?」
『個性は『放蕩』ー』
放蕩とは、思うままに振る舞うことを意味する。
ただし、『放蕩息子』などといった言葉もあるように、特に、酒や女遊びにふけることを指し示すことが多く、あまりいい意味で使われる言葉ではないのだ。
『あの子はその女版ヨー♪』
「ろくでなしなのか……」
最近、天狼を含め、ASや使徒を『天使』と言い表すことに疑問を感じる千冬である。
とはいえ、疑問もあった。
実は千冬は束に学園全体を覆うシールドの作成を依頼し、それは既に完成している。
かつてディアマンテが飛び込んできたことを教訓にして、学園の防衛力を上げたのである。
にもかかわらず、三機の覚醒ISが襲来してきたのだから、疑問に感じずにはいられなかった。
「あの子たち、学園のシールドを三機の力を合わせて一点突破で突き破ってきた。こんなかたちで協力するなんて思わなかったからね」
計算上は、普通の襲来ならば侵入できないはずだったのだが、それを上回る力で突撃してきたのだと束は説明する。
「まー、計算が足りなかったのは謝るよ」
「いや、すまん。思慮が足りなかった」
最近の束は使徒との戦争において、人類の助けになるように働いている。
束本人はむしろISコアのために動いているのだが、結果としてそれが人類のためになっているのだ。
ならば、文句をいうのは筋違いだろう。
ただし。
(アイツを抑えるので精一杯かあ。他の子たちならまとめていけるんだけどなあ)
『ママごめんー』
(気にしないでいいよ)
束は千冬に説明していないことがある。
学園のシールドは、実はちゃんと機能しているということと、その機能が何を防いでいるのかということを。
捌く。
さばく。
サバク。
テンペスタⅡの四本の腕から繰り出される攻撃を鈴音は必死に捌き続ける。
テンペスタⅡの戦闘技術はかなりの高レベルだ。単純に技術だけで考えるならば、相手にならないかもしれない。
しかし、こっちは場数を踏んできた。
人として、IS操縦者として、猫鈴のパートナーとして積み上げてきた経験が、テンペスタⅡと互角に戦わせてくれる。
そんな鈴音をセシリアがサポートすれば、十分に勝機はある。
「量産機の相手を任せてしまって、申し訳ないですわね」
『それは私の職務であり誇りです、セシリア様』
そう答えてくれる自分のパートナーに感謝する。
共生進化したISは、当然のこととして共に進化した人間の影響を受ける。
ゆえにブルー・フェザー自身が羽を操ったとしても、セシリアに近い戦い方ができる。
情報の使い方に関して、本来は機械であるISとは異なってくるのだ。
それは、既にある情報を吸収して戦闘を組み立てる覚醒ISや使徒と大きな差になる。
進化し、とてつもない力を得たならばともかく、今のテンペスタⅡや覚醒ISたちとは十分以上に戦える戦闘力があった。
それは当然、猫鈴も同じといえる。
わずかに動いた翼が、不可視の砲弾を放ち、四本の腕のうち、二本の攻撃を捌いた。
鈴音をサポートするためなので、不用意に相手を吹き飛ばすような真似はしないが。
「さんきゅッ!」
『これくらい楽勝ニャッ!』
共生進化におけるサポートは、パートナーの思考を感じ取れるASにとって朝飯前といえるような簡単な仕事ではある。
しかし同時に、強敵を相手にしたとき確実にパートナーを助けられるようなサポートは難行ともいえる。
鈴音の考えがミスを起こすこともあるからだ。そのミスが致命的ならば猫鈴が修整しなければならない。
それでも、猫鈴が楽勝というのは、自分の苦労を鈴音に悟らせないためであった。
そして鈴音もそれがわかっているからこそ、任せている。
それが、鈴音と猫鈴のパートナーシップといえるだろう。
だからこそ、その襲撃に気づけたのは猫鈴の存在が大きかった。
シドニーの状況を写していたモニターがいきなりダウンしてしまう。
虚は慌てて再起動を試みるが、映像がまったく映らない。
「束ッ!」
「妨害電波みたい、何か来たのは確かだろうけど」
そう束が答えると、セシリアの声だけが指令室に響く。
[襲来してきた一機が妨害電波を発信しているようですわ。この通信もかなり無理をしてます]
『ネットワークによるサポートをバンバ博士にお願い致しました』
「そうか、無理はするな」
「はい」と、セシリアとブルー・フェザーが答えてきたことに千冬は一息つく。
もっとも、束のほうは口調とは裏腹に焦っていた。
(ヴィヴィッ?)
『勝手に座標設定書き換えたー、ちょーやな奴ー』
束はシドニーに現れた機体のことを知っている。
何故なら、IS学園に襲来しないように、学園のシールドとヴィヴィの能力で弾き飛ばしたからだ。
現在、ヴィヴィは学園の防衛も担当しているのである。
しかし、シドニーに現れるはずがない。
常に、戦場とはまったく外れた場所に飛ばすように座標を設定しているはずだったからだ。
にもかかわらず、シドニーに現れたのは、飛ばされた者自身が自ら設定したということになる。
セシリアとブルー・フェザーは千冬とその者の事情を理解しているために、フォローしてくれたのだろう。
とはいえ。
(もーっ、タテナシといい扱い辛いなぁーッ!)
『もともと性格悪いからー』
如何に自分が生み出した子の一人といえど、今シドニーにいる者とタテナシだけは、その行動に憤りを抱いてしまう束だった。
光と共に現れた者の一閃を、鈴音は強引に弾き飛ばした。
「まどかッ!」
「クッ、なんでここにッ!間違えたのかヨルムッ、このポンコツッ!」
『甚だ心外だぞマドカ。学園の防衛機能のせいだよ』
現れたのはまどかとヨルムンガンド。
相も変わらず、漫才のような会話をしているが、敵としては最悪の部類である。
「鈴さんッ、距離を取ってくださいましッ!」
セシリアが援護するためにビットで砲撃するのに合わせ、鈴音はすぐに距離を取りセシリアと並ぶ。
「学園の防衛機能?」
「おそらく束博士が開発したシールドのことですわね」
と、セシリアが解説すると、鈴音のみならず、まどかまで納得したような表情を見せる。
「……あの女、面倒なものを開発したのか」
『ただのシールドではないぞ。シノノノタバネのパートナーたるヴィヴィがその機能を掌握している』
ゆえに覚醒ISレベルではまず侵入できない。
今回は、ゴールデン・ドーン、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドが力を合わせたことと、そこにヨルムンガンドが便乗しようとしたことで、三機のみ侵入を許してしまったのだ。
「ヴィヴィが?」と鈴音。
『ヴィヴィは今はIS学園そのもの。いえ、IS学園がヴィヴィをコアとするASといえます』
『動けニャいけど防衛力に特化したASにニャってるんだニャ』
「なるほど、それであなただけが侵入できず、弾き飛ばされた、と」
セシリアが納得したように肯くと、飛ばされたヨルムンガンドが呆れたような声でぼやく。
『まったく、なかなかに手強い。あの鞘の君は』
「やっぱりお前がポンコツなんじゃないか」
『その淑女らしからぬ言い回しはやめたまえマドカ』
実際のところ、鈴音たちは知る由もないが、弾き飛ばされながら、別の戦場に乱入しようと座標を書き換えるなど、並みのISコアには出来ない。
したたかで厄介なのがヨルムンガンドである。
そこに。
邪魔者。排除
テンペスタⅡが四本の腕を自在に操り、まどかとヨルムンガンドに襲いかかった。
どうやら、任務遂行の妨げになると考えたらしい。
しかし。
「初めて聞いたけど、片言みたいに喋るのね」
「らしいといえば、らしいですわね」
機械音声に近いといえばいいのだろうか。あまり抑揚のない低めの声であったことに少なからず驚いた。
ある意味では、確かに『寡黙』らしい喋り方ではあるが。
ちなみに、のん気に会話できるのは、テンペスタⅡがまどかとヨルムンガンドに襲いかかったからだ。
ならば、活かさない手はない。
「予定を変更しましょう。私たちは量産機を」
「三つ巴は避けたいしね」
まどかとヨルムンガンド、そしてテンペスタⅡと量産機の大群を一度に相手にするのは得策ではない。
その考え方自体は間違いではない。
ゆえにヨルムンガンドもまどかにテンペスタⅡと戦わせるべきだと判断したらしい。
『ふむ。いい練習相手かもしれん。マドカ、感情を抑えて戦いたまえ』
「なぜだ?」
『相手を進化させるべきではないといっている』
「わかった」
そう答えたまどかに聞こえないように、ヨルムンガンドは思う。
『テンペスタⅡの『前世』を考えると、独立進化されれば手に負えんからな』
前世、すなわち以前、何に取り憑いていたか。
それを考えると、実は一番進化されたくない相手だとヨルムンガンドは考えていた。
情報処理は自分の役目だ、と、シャルロットは刀奈とタテナシの戦いを観察、サポートしながら、ネットワークを通じてシドニーの状況も把握するように努めていた。
もっとも。
『シドニーが心配じゃないのかい?』
時折、タテナシが余計なことをいってくるので、モニタリングしている千冬にまどかのことを知られないようにすることに苦労していたが。
「生憎、よその心配ができるほど強いわけじゃないわ」と、刀奈が答える。
実際、シャルロットがタテナシと戦いながら、他のことまで考えられるのは、あくまで刀奈が前線で戦っているからであり、一騎打ちなら他のことを考えている余裕などない。
二対一だからこそ、多少の余裕があるだけなのである。
『自分の実力を正確に判断できるのは成長した証だね。嬉しいよカタナ』
「だから褒めないでちょうだいって言ってるでしょ」
相変わらず、調子の狂うタテナシに刀奈のみならず、シャルロットも閉口してしまっていた。
一方、ドイツでは。
シドニーの情報を得ても、慌てふためくようなラウラやクラリッサではなかった。
「今は眼前のサフィルスだ」
『それでいい。焦るなラウラ』
ラウラが集中し、戦闘を続行するのに対し、賞賛するオーステルン。
そんなラウラをバッチリ撮影しているクラリッサとワルキューレ。そして撮影に邪魔となる位置にいるサーヴァントを抑える隊員たち。
そんな中ただ一人、頭を抱えるアンネリーゼである。
『ハッ、あの程度の醜いゴミに倒されるようなら無価値。所詮、名前だけの剣に過ぎなくてよ』
その言葉に、ラウラは疑問を持つ。
ブルー・フェザーが以前、聖剣エクスカリバーであったことは知っているが、何故か、サフィルスも知っている様子だからだ。
否、知っているというより、対抗しているような雰囲気を感じて仕方がない。
「フェザーを以前から知っているのか?」
そう問いかけると、サフィルスは待ってましたとばかりに高らかに謳う。
『アレは王が持つには相応しからぬ者。私のほうが相応しい身であったのは間違いなくてよ』
『ああ、そういえばあなたもそうだったわね』と、そういったのはワルキューレ。
「何か知ってるの、ワルキューレ?」
『私はかつて『宝』と称されていましてよ』
尋ねたクラリッサに対し、なんだか随分勘違いをしているような返答をしてくるサフィルスである。
『奴は宝剣クラレントに憑依していた時期がある』
それは、ブリテンの王の伝説において、王を裏切った息子が使った宝剣の名だ。
つまり、かつてエクスカリバーであったブルー・フェザーとは生死をかけた一騎打ちで戦った相手ともいえる。
そう説明したオーステルンに対し、サフィルスとサーヴァント以外の全員が納得したような、それでいて呆れたような表情を見せる。
「フェザーに対抗意識を持ってるのか」
『だろうな。同じ伝説上にありながら、扱いが正反対だ』
まさか意外なところに因縁があったとはと呆れるばかりの一同だった。
そして、IS学園では。
「くッ!」
やるわね。代表候補生の名は伊達じゃないみたいね
ヘル・ハウンド。
その機体の最大の特徴は両肩にある犬の頭にある。
実は、ゴールデン・ドーンと似た性能を持ち、犬の頭から吐き出される炎を操れる機体だと設定されている。
名前を考えれば、地獄の猟犬だ。
確かにその通りなのだろうが、戦い方は予想とはまるで違う。
様々な武器を矢継ぎ早に繰り出してきているのだ。
「どういうこと?」
ああ。確かに私、機体としては火を操れるんだけどね
ヘル・ハウンドのコア自身としては、多量の情報を処理するほうが得意であり、様々な武器を操るほうが性に合っているのだという。
つまり、このISコアは機体性能と自身の個性が合わなかったタイプということができるのだろう。
もっとも、個人的な好みは火力重視なんだけどね
クスッと微笑みかけたような雰囲気を感じさせるヘル・ハウンド。
確かに、使っている武器はすべて砲撃兵器であり、火を操らなくても火力重視ということができるだろう。
もし、この機体が進化したならば、移動砲台のような超火力の使徒に進化すると考えられる。
(下手に進化させられない……)
もし、この場で進化したら、学園を火の海にしかねない。
個性や性格を考えると、そこまで非道をするタイプとは思えないが、油断は禁物だ。
ゆえに冷静になる。
簪はもともとあまり感情を表に出さないタイプだ。
そして、万能型とは、常に冷静な意識で戦うタイプのことを指す。
現れた三機のIS。
ヘル・ハウンド。
コールド・ブラッド。
ゴールデン・ドーン。
一機も進化させられないと、簪はわずかな隙を利用して深呼吸する。
この学園には大切な友だちがいる。
そして大切な姉は、自分たちの運命ともいえる相手と戦っている。
ここで負けるわけにはいかないと、簪は気を引き締めるのだった。