四本の腕から繰り出される攻撃を、今度はまどかが捌き続けていた。
テンペスタⅡは格闘型だ。接近戦では相当な戦闘力を持つのだろう。
そういう意味では、武装がプラズマソードしかないまどかにとっていい練習相手でもある。
ヨルムンガンドがそこまで読んでいたというのであれば、なかなかの名参謀だ。
『切り返しに難があるなマドカ。私はそこまで頑丈ではないので、あまり攻撃を喰らわれても困るのだが』
「うるさいポンコツッ!」
この余計な皮肉さえなければ。
まどかはそう思いつつも、必死に感情を抑えて戦う。
まどかという少女は好戦的というか、かなりの激情家だった。
幼少期を亡国機業で過ごしてきたので、一見すると冷酷なほど冷徹に見えるが、根っこのところでは自分の感情に対してまっすぐな面を持つのだ。
そうでなければ、『おにいちゃん』を追いかけ続けることなどしないだろう。
それだけに、実はヨルムンガンドの感情を抑えて戦えという指示は、実はかなり難しいのである。
何せ、苛立たしいほどに、テンペスタⅡは会話をしない。
こちらの戦闘を賞賛することもなく、逆に嘲笑することもない。
ただ淡々と攻撃してくる姿は、これまでの使徒とだいぶ印象が違う。
まさに機械的ということができるのだ。
動く彫像か何かを相手にしている気分だった。
「もういい」
『どうしたね、マドカ?』
「こいつの技術は理解できた。壊す」
実のところ、本当に理解できたかどうかなど、どうでもよかった。
実際、マドカなら理解できている可能性もあるが、それ以上に相手にするのがイヤになってきていた。
『仕方あるまい。壊したいなら速やかに、かつ冷静に行いたまえ』
「いわれなくてもわかってるッ!」
冷静とは程遠い叫び声をあげて、テンペスタⅡに襲いかかるまどか。
『私の話を聞いているのかマドカッ!』
途端、ヨルムンガンドが焦った声で、距離を置いて戦っていた鈴音とセシリアに協力を求めてきた。
「ちょっ、いきなり何よっ?!」
「協力するのはやぶさかではありませんが……」
『マドカが感情を剥き出しにしてしまうとテンペスタⅡが進化する可能性があるのだッ!』
激情家であるまどかの感情に触れてくる可能性があるという。
「あいつ『寡黙』ってだけなんでしょっ?!」
「何か問題がありますのっ?!」
『気づいてないのか君たちはっ?!』
そう問いかけた相手は、間違いなく猫鈴とブルー・フェザーだった。
『ニャッ?!』
『何を……?』
ゆえに、二機とも戸惑ってしまう。
テンペスタⅡの何を気づいていないというのだろうか、と。
『ヤツはテンロウと同じ前世を持つのだッ!』
ヨルムンガンドが言葉を放った直後、別のところから焦ったような声が飛び込んできた。
[鈴ッ、オルコットッ、すぐにまどかぁテンペスタⅡから引き離せッ!]
「蛮兄ッ?!」
[そいつが独立進化したらッ、お前らじゃぁ手に負えなくなんぞッ!]
何故、いきなりここまで焦るのか。
その理由がわからない。わからないが、危険であることは理解できた。
今、まどかはテンペスタⅡを破壊しようとしているにもかかわらず、引き離せといっているとなると、下手に戦い続けると独立進化する可能性が高いということになる。
一旦、距離をとって気持ちを落ち着ける必要があるということだ。
だが。
「ごちゃごちゃうるさいッ!」
それを制止しようとまどかが叫ぶ。何故なら。
「テンペスタⅡッ、お前は私の糧になれッ!」
より強くなるためには、この程度の相手に敗北を喫することは出来ないと理解しているからだ。
むしろ、経験値として食い尽くすくらいでなければならない。
『おにいちゃん』に寄り添うためにも。
しかし。
……蒙昧
そんな静かな、機械的な声が聞こえてきたかと思うとテンペスタⅡが光に包まれる。
それが進化の光であることを、誰もが理解していた。
フランス、デュノア社開発部。
ようやく量産体制が整い、丈太郎と数馬は日本に戻るための準備を始めたところだった。
だが、今回の襲撃は規模がそれなりに大きいので、中断し、モニターを見ていたのだが……。
「まずったな。天狼が動けねぇときに……」
悔しげな表情を隠しもしない丈太郎に、数馬が問いかける。
「蛮兄。テンペスタⅡはそれほど危険な敵なのか?」
『奴の前世が問題なのだ』と、そう答えたのはアゼルである。
前世というか、正確にはISコアに憑依する以前、何に憑依していたかということだ。
伝説の武器や防具、道具など器物に宿るのが、エンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体なのだが、その器物によっては思わぬ力を得ることがあるという。
『武器なら戦闘技術、道具ならそれに見合った能力などを得るのだ』
「天狼は以前は奈良の大仏だったといっていたが……」
『冗談にしか聞こえんだろうが事実だ。そしてそれが天狼の実力が高い理由でもある』
「何?」
毘盧遮那仏像といっても、別に実際の神仏というわけではない。あくまで仏像、つまり器物である。
ただ、仏像や神像といったものは『神仏を象った人形』なのである。
『人が神仏の代わりとして信仰してきたものだ。それだけに強い想いが宿る』
その想いを力として吸収することがあるのだという。
そう考えれば、奈良の東大寺の毘盧遮那仏像であった天狼が相当な力を持っていてもおかしくない。
そして、それは当然、伝説の武器なども同じなのだ。
人の想いで強くなるという点では。
ただ。
「現存する仏像や神像ぁ、今でも人の想いを受け止めてんだ。そんだけに想いの強さと長さが桁違いになっちまう」
そう説明してきたのは丈太郎だった。
『仏像や神像に宿ることは少ないのだが、それでも運よく宿れたものはかなりの力を得る。ヘリオドールが自力で単一仕様能力を覚えられたのはそれも理由の一つだろう』
「ヘリオドールも神像か仏像だったのか?」
『奴はアメリカ代表専用機だ』
何故いきなりヘリオドールについてそういうのかわからなかった数馬だが、逆にそのヒントでわかるものだと考え始める。
そして。
「自由の女神……」
『正解だ。あれも神像の一つといえるだろう』
「つまりテンペスタⅡは最低でもそいつらと同格ということか」
『そうだ。それにテンペスタⅡが宿っていたのは……』
その先の言葉を、アゼルは口にしなかった。
しかし、何がいいたいのかは十分に理解できる。
そう思うと、今、シドニーで戦っている鈴音やセシリアが心配になる数馬だった。
眼前に現れた新たなる使徒を見て鈴音が呟いた。
「阿修羅……?」
ゴリラを模しただろう鎧を纏い、琥珀色に輝くその人形は、頭上に光の輪をいただき、翼を持つ点は他の使徒と変わらない。
背筋をピンとまっすぐに立ち、両手は合掌印を組んだまま微動だにしない。
ただ、第3世代兵器『ゴリッラ・マルテッロ』は、本来は左右一対であったはずのものが、左右二対に変化したうえに、非固定浮遊ユニットへと変化していた。
両肩に右腕と左腕が二本ずつ浮いているのだ。
以前より細いその四本の腕は、人形自体が持つ両腕よりも、いくらか太い程度となっている。
さらに、人形の頭部の左右には、怒り顔の仮面と哀しみ顔の仮面が浮いている。
三面六臂。
見るものが見れば、確かに奈良県の興福寺にある阿修羅像そのままの姿であると理解できた。
『……驚嘆……』
そう呟いたその使徒は、自分の姿をまじまじと見ているようだった。
そんな使徒の姿から目を離さず、セシリアが問いかける。
「鈴さん、あしゅら、というのは?」
『正確には阿修羅像だ。日本の奈良にある興福寺の国宝である仏像を指す』
と、何故かヨルムンガンドが説明してくる。
どうもかなりお喋りらしいと皆が呆れてしまう。
というか、そんなことはどうでもいい。
テンペスタⅡの進化がかなり危険であることは、叩きつけられてくる闘気でイヤというほど理解できた。
『アゼルが説明したとおり、神仏の像に宿っていたというのであれば、進化したテンペスタⅡはかなりの強さを持ちます。しかも……』
『真っ向勝負は難しいのニャ。ニャに(何)しろ『アシュラ』ニャんだから』
「やっぱり、今のあいつにはそっちの名前のほうがしっくりくるわね」
そういった鈴音は不敵に笑おうとするが、どこか笑顔が引きつってしまっている。
「ヨルム、何故そこまで危険視する。仏像だから強いというのはわかった。でも……」
そう問いかけるまどかに対し、ヨルムンガンドが答えるよりも早く、進化したテンペスタⅡ、否、アシュラが動きだす。
『歓喜』
「覚えときなさいッ、阿修羅ってのは闘いの神様よッ!」
襲いかかるアシュラの一撃を、鈴音は如意棒を全力で振って弾き返すのだった。
日本、IS学園。
シドニーの状況に関しては、丈太郎から報告を受け続けていた。
ゆえに、今、最悪の状況に陥ったのがシドニーであることも理解できた。
理解できたが、だからといってどうすることもできない。
IS学園は別の意味で最悪の状況だといえるからだ。
何しろ、簪と真耶率いるPS部隊のみで、三機の専用機を相手に戦っているのだから。
そんな千冬の苦悩がわかっているのか、シドニーに関しては丈太郎と数馬で全力でサポートするといってきた。
今は、その言葉を信じるしかないと千冬は息をつく。
「しかし、仏像に宿っていたものがそこまで強くなるとは思いませんでした」と、虚が呟く。
「確かに、驚きますね」と、誠吾が虚の言葉に肯くと、ワタツミが口を開いた。
『ワタシたちとニンゲンたちはお互いに成長してきたっていえるからネっ♪』
「そうなのか?」と千冬。
『道具と、道具を使う人には信頼がなければダメなのヨー♪』
『お互いサマー』
「ヴィヴィ、真似しなくていいから」
と、余計な言葉を付け足してきたヴィヴィに、束が冷静に突っ込みを入れていた。
『そんな中で、神サマ扱いされたのがいれば、強くなるものなのネー』
「大事にされてきた、ということか」
それが、今シドニーにいるアシュラの強さの源だとするならば、敵であることがあまりに残念だともいえる。
ある意味では、良い関係を築けてきた存在であるはずだからだ。
ただ、ISが誕生してそれが大きく変わってしまったのだろう。
道具との付き合い。
それ自体は十分以上に歴史に学べるものであったはずなのに、学ぶことを怠った結果、ISは敵に回った。
つくづく、人の業を感じて仕方がない千冬だった。
腕が六本もあるのだから、まさに手数で負けるだろうと鈴音は覚悟していた。
覚悟していたのだが、予想外だった。
「左手一本でッ?!」
アシュラは鈴音の如意棒による連撃を浮いている左手一本であっさりと捌いて見せたのだ。
しかも、本来の両腕は合掌印を組んだまままったく動かない。
第3世代兵器のゴリッラ・マルテッロのみで戦っているのである。
『未熟』
「わかってるわよッ、そんなことッ!」
言われなくても鈴音は自分が強いなどとは思っていない。
ただ、強くならなければという思いが強いだけだと考えていた。
だからがむしゃらなのだ。
いつも前にあった二つの背中を追いかけるために。
ゆえに、相手が闘いの神様だろうと負けたくなかった。
そこに一振りの剣が閃く。
「まどかっ?!」
「相手が闘いの神なら、むしろ都合がいい。やるぞヨルム」
『好きにしたまえ。私もとんでもない人間をパートナーにしてしまったものだ』
と、ヨルムンガンドが呆れたような声をだす。
どうやら、アシュラへと進化したテンペスタⅡはまどかにとって戦い甲斐のある敵であるらしい。
しかし、アシュラはまどかに対しては右手一本で対応している。
そこに今度は光の雨が降り注いだ。
見事なほど、鈴音とまどかを避けて攻撃しているあたり、セシリアの狙いは抜群といっていいだろう。
「セシリアっ!」
「羽を4枚ほどそちらに回します。フェザー、量産機の対応をすべて任せますわ」
『承りましたセシリア様』
「しかし……、レーザーを弾くのですか。その腕は」
『頑強』と、そう答えたアシュラにはまったく焦りの色がない。
それで見えてくる。
第3世代兵器、ゴリッラ・マルテッロは、単に格闘するためだけに腕を増やしたのではない。
その腕は、卓越した防御能力を持っていた。
ほとんどの攻撃を弾けるだけの頑強さを持つということは、振るえば強力な武器となる。
四本となったその腕を破壊するか、掻い潜って攻撃しない限り、アシュラにはダメージが与えられないということだ。
ただ、掻い潜った先に何があるのか。正直なところ、鈴音は不安も感じていた。
何しろ、アシュラ自身の腕はいまだに合掌印を組んだまま微動だにしないのだから。
「……どう思う?」
『あの両腕は動かさせるべきじゃニャいのニャ』
やはりそうかと鈴音は猫鈴の言葉に納得した。
おそらくは、浮遊する四本の腕よりも、より強力なのがアシュラ自身の腕なのだろう。
アレが動けば、一瞬で戦況がひっくり返される可能性すら出てくる。
つくづくとんでもない闘いの神様だと鈴音は呆れてしまっていた。
一方、アメリカ、ワシントンD.C.
大統領官邸にて、ナターシャが直接会見を願い、大統領に詰め寄っていた。
「お願いしますッ、出撃許可をくださいッ!」
「ミス・ファイルス。気持ちは理解できるが許可できん」
そう、合衆国大統領はにべもなく答える。
なぜなら。
現在、敵側の主要戦力がすべて出撃しているというのであればともかく、ディアマンテ、アンスラックス、オニキスの三機の使徒は姿を見せていない。
ならば、アメリカに襲来してくる可能性は否定できない。
ゆえに、アメリカ防衛を担うナターシャを出撃させるのはリスクが大きすぎる。
そう大統領は説明してきた。
そういわれると反論できなくなってしまうが、現在シドニーは最悪の戦場となっているほか、IS学園は厄介な覚醒IS三機を相手にしている。
自分一人とはいえ、いないよりはマシだろう。
倒せるべきときに倒しておかなければ、こちらが各個撃破されてしまうとナターシャは訴えた。
「ミス・ファイルス」
そういって大統領は一度だけ手を振った。
すると。
『隔絶されたの』と、イヴが不思議そうな声を出す。
周囲の状況が変わったようには見えないが、何か変化しているらしい。
「盗聴防止だよ。何せ、連中は思いの外したたかでね」
「大統領、どういうことなんですか?」
「先の理由は表向きなものだ」
そういって真の理由を説明してくる。
今、ナターシャがアメリカから別の国に出撃してしまうと、国土防衛の手が足りなくなる。
戦力不足を解消するためには、やはりISコア生産の再開と、凍結したコアを解放すべきである。
「そういう理論で何とかコア増産と凍結解除につなげたいらしい。良く考えたものだ」
アンスラックスの天啓を得られなかった以上、とにかく別の手で力を手にしたいということだろうと大統領はため息をつく。
「つまり、権利団体がこちらの隙を伺っているということですか?」
首肯する大統領の姿にナターシャもため息をついてしまう。
「耐えてくれミス・ファイルス。ブリュンヒルデはこちらに迷惑をかけないようにするといってくれている」
「IS学園の負担が大きすぎます」
「それでも、完全に権利団体を潰すまで耐えてほしい。すまない」
そういって深く頭を下げた大統領をナターシャは慌てて制止した。
さすがに彼が自分に頭を下げる理由などないのだ。
「我が国だけということではないんでしょう?」
「どの国も同じだよ。私たちの非もある。甘い蜜を吸わせすぎたのだ」
権力を欲するだけの者たちに、甘い蜜を吸わせすぎてしまい、今、手を焼いている。
人同士が手を取り合うべきときに、こういった者の存在は厄介なことこの上ないが、だからといって処罰するというわけにもいかないのが悩ましい。
「襲来する使徒や覚醒ISより、権利団体を抑える方法を先に考える必要があるというのが情けないですね」
『呆れちゃうの』
「イヴ、君のいうとおりだね。呆れるばかりだ」
ただ、希望がないわけではないという。
「今、権利団体が声を大きくできるのは、イチカ・オリムラとリョウヘイ・ヒノが昏睡状態のままだからだ」
「どういうことです?」
「使徒二体を倒した彼らの功績は非常に大きいが、結果として今は昏睡状態であるために、男性では進化に無理があるのではないかという意見を出した科学者がいてね」
無論のこと、権利団体の息のかかった者である。
だが、一夏と諒兵が、ザクロ、そしてヘリオドールとの戦いの後、いまだ目を覚まさない以上、相当な無理があったことは確かなのだ。
もっとも、それは男性では進化に無理があるといった、見当外れの理由ではないが。
ただ、そこを突いて、男性よりも女性が進化すべきだといったらしい。
「逆に考えれば、彼らが目を覚ませば……」
「目を覚まし、以前同様の力を示してくれたなら、権利団体の意見は一蹴できる。正直、同じ男として彼らには期待してしまっているよ」
そういって力なく笑う大統領を、ただ見つめるしか出来ない自分が、ナターシャは情けなかった。