ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第110話「金の微笑み」

IS学園の整備室で、弾は一夏と諒兵にエネルギー供給を行いながら、待機している本音と雑談していた。

「マジかよ」

「マジだよ~。どの国の権利団体もコア増産と凍結解除を願ってるみたいだね~」

会話の内容は、意外にもナターシャが大統領としていたものと同じであった。

「つーか、そいつらってさ、人のために戦う気があるんか?」

「ど~かな~?」

正直なところ、本音ですら、権利団体が人類のために前線に立つ姿を想像できない。

それは弾も同じである。

要は力を手に入れたいだけで、面倒はこっちに押し付ける可能性すらある。

だからこそ、アンスラックスの天啓で進化できなかったともいえるのだ。

ISコアはバカではない。

そんな人間と共に生きたいとは思わないだろう。

「でも、納得しないんだろうね~」

「めんどーだな」と、弾は呆れ顔を隠そうともしない。

『でも、しょうがない』

エルの言葉はある意味では真理である。

どうしようもない。しょうがないとしか言い様がないのだ。

人間の心を変えるなど簡単にはいかないのだから。

とはいえ。

「鈴のとこは激戦区。ここは更識ちゃんが一人で踏ん張らなきゃならねーし。こいつらがいい加減目を覚ませばなあ」

そういって、一夏と諒兵へと視線を向ける弾。

戦力不足を解消するとまではいかなくても、この二人が目を覚ますだけでだいぶ違ってくるだろう。

そう思うと、期待せずにはいられない。

「本音ちゃんも心配だろ?」

「だから~、ここで待機してるの~」

いつケガをしてもすぐに治してあげられるように。

厳しい戦いに出ている親友を助けてあげられるように。

それが本音の戦いなのである。

それはそれとして。

「かんちゃんのことは名前で呼ばないんだね~、なんで~?」

なんというか、自分だけ名前で呼ばれていると抜け駆けしてしまっている気分がするというか、簪にジトっとした目で見られそうで微妙に嬉しくない本音である。

「いや、なんとなく。つーか、更識ちゃんには名前で呼んでいいっていわれたんだが、お姉さんがおっかねえ顔するからなあ」

ほぼ常に監視状態というか、ハッと気づくと睨んでいるので、簪とあまり親しくできない弾。

まあ、馴れ馴れしくするのもどうかと思うので、そこまで気にはしていないのだが、何故睨まれているのかよくわからないのが気にかかる。

「本音ちゃんのお姉さんもときどき雰囲気がおっかねえけど、心当たりあるか?」

「え~っと~……」

自分が原因だろうとはいえない本音だった。

本音としては弾はあくまでいい友人だ。ポジション的には一夏や諒兵と変わらない。

だから、虚が弾を敵視するのは筋違いだ。

ただ、ときどき、弾と一緒にいると心が仄かにあったかいときがある。

(あれ~、私ヤバいかも~?)

今は必死に戦っているだろう親友を想い、本音はとりあえず気持ちに蓋をする。

そんな本音を見て、『にぃにもニブい』と、エルが誰にも聞こえないように呟いていた。

 

 

ドイツ、ベルリン上空。

縦横無尽に動き回るサーヴァントを相手に、シュヴァルツェ・ハーゼの面々は奮闘していた。

一瞬、動きが止まったところに、ワルキューレから預かっている武器で攻撃をしかける。

致命傷にはならなかったが、十分なダメージを与えられていることに、隊員たちは確かな手応えを感じる。

「ありがとうございますっ、隊長っ!」

「気にするなっ、今は戦闘に集中しろっ!」

先ほど、サーヴァントの動きが止まったのは、ラウラがAICで止めたからだ。

現状、AICを搭載しているのはオーステルンのみ。

ならば、周りのサポートもラウラの役目になってくる。

それができるようになっているということが、何よりもラウラの成長の証であった。

「……よしっ!」と、ニヤケ顔を必死に隠すクラリッサ。

彼女の頭には、ワルキューレがバッチリと撮影したラウラの姿が見える。

『部下を気遣うラウラなんてレアショットね』

「嬉しいわ、本当に」

撮影できたことも嬉しいが、それと同じくらい、ラウラが隊長としてしっかり成長していることが嬉しい。

それは一応は本音である。

ただ。

『お前ら、程々にしないと止めるぞ』

役に立っていることは確かなので、さすがにAICで止めたりはしない。

だが、正直にいって、もう少し戦闘に集中してくれと願わずにはいられないオーステルン。

『貴女がた、私とサーヴァントたちと違って、マジメに戦っている気がしなくてよ?』

『いや、マジメなんだ。これでも』

呆れた様子で突っ込みを入れてくるサフィルスに、オーステルンは思わずマトモに答えてしまう。

「敵にまで突っ込まれる私たちって……」

思わずほろりと涙してしまうアンネリーゼだった。

 

 

日本、札幌上空。

タテナシは実に面白そうに笑っていた。

非常に気に食わないが、何が面白いのかを刀奈が尋ねた。

『アシュラ、とはなかなかいいネーミングだと思ってね』

「それ以外に呼び様がないじゃない」

実際、アシュラは自ら名乗る気はないらしいというか、名前に対して思い入れを持っているような雰囲気ではない。

なので、こちらがコードネームのようにつけるしかない。

そうなると、見たままの印象になってしまう。

それ自体はどうしようもないことである。

「君は、あの機体のコアについてよく知っているの?」

『いや、特に詳しいわけではないよ。ああ見えてわずかに女性よりの中性だからね』

戦闘好きになったのは、かつて闘いの神である阿修羅像に憑依していたためだろうと説明してくる。

『その道具や器物がどう扱われていたかということは、意外と僕らにも影響があるものなんだよ』

だから、と一旦言葉を切ると、タテナシはさらに続ける。

『君のパートナーのブリーズが包容力があるのも、建造物に憑依していたからだともいえるね』

「えっ?」

『いってることは間違いじゃないわ。憑依したものの影響を受けるのは確かなのよ』

本来は祀る場所であるカテドラルに憑依していたブリーズ。

『慈愛』という個性を持つが、だからといってシャルロットだけ守るというわけではない。

自分を頼るものであれば、できるだけ守ろうとするのは、他の者たちと違い、建造物に宿っていたからだといえる。

『僕がこういう性格になったのも、宿ったものの影響ともいえるんだ』

「嘘おっしゃい」

『おや、酷い言い方だね』と、楽しそうに笑う。

かつては妖刀に宿っていたタテナシだけに、いっていることも一理あるのかもしれないが、こいつだけは最初からこういう性格だったと思えて仕方がない一同である。

 

 

そして再び日本。

ヘル・ハウンドの猛攻を簪は石切丸で必死に捌いていた。

火力重視のヘル・ハウンド。

その攻撃は様々な火器を使いこなすが、さりとて接近戦で弱いわけではない。

とにかく回避が巧いのだ。

一発でも当たればと思うが、その一発がなかなか当てられない。

逆に油断すると、相手の砲撃がこちらを捉えてくる。

(こんなに強かったなんて……)

覚醒ISがここまで油断ならない相手だとは正直思っていなかった簪である。

しかも、現在戦っているのはヘル・ハウンドのみ。

コールド・ブラッドと黄金の機体ゴールデン・ドーンはある程度距離を取ったまま、ほとんど動いていない。

そのため、PS部隊は簪をサポートしていた。

一機ずつでも倒すか撃退するべきだと考えたのである。

 

考えは正しいわね。ただ、私は簡単には倒せないわ

 

「くっ……」

実際、ヘル・ハウンドの言葉通りである。

簡単に倒せる相手ではない。

それに、アシュラの進化を考えると、とてもではないが進化させられない。

冷静さを失うことなく、確実に撃退できるようにするしかない。

その点では、簪と真耶率いるPS部隊が相手をしているのは正しい。

感情的になりやすい人間が戦うと、その影響で進化しかねないからだ。

ゆえに、今は動かない二機の動向にも気を配りつつ、簪と真耶たちは戦闘を続けていた。

 

その一方で。

ゴールデン・ドーンとコールド・ブラッドはヘル・ハウンドの戦いを眺めつつ、雑談していた。

 

悔しいわあ。まさかテンペスタⅡが進化するなんてえ

 

あのガキはいい餌だったな

 

シドニーで進化に至ったテンペスタⅡことアシュラの件について愚痴をこぼしていた。

さすがに一番進化しにくい個性をしているだけに、進化に至れたことを驚くと同時に、羨ましくも思っているらしい。

 

単純な戦闘ならアイツ最強クラスだぜ?

 

まあ、仕方ないわねえん

 

どうやらゴールデン・ドーンとコールド・ブラッドはアシュラについてもそれなりに知っているらしい。

だからこそ、進化に至りたいとも思っているようだ。

 

突っつくならあっちの子ねん

 

ん?

 

そろそろワタツミが出てくるしい

 

そういってゴールデン・ドーンが見つめる先にいたのは、真剣な表情で戦っている真耶の姿。

それを見て、どこか妖しく笑っているように見えるゴールデン・ドーンだった。

 

 

IS学園、指令室。

誠吾はワタツミをグッと握り締めた。

『あんっ、だーりんたらダイタンっ♪』

「脱力するからやめてくれ」

せっかく入れた気合いが抜け落ちていきそうで、思わず肩を落とす誠吾だが、改めて気合いを入れ直す。

そこに千冬が声をかけてきた。

「井波」

「倒す倒さないはともかく、一機でもここからいなくなればだいぶ違うでしょう。微力ですが助太刀します」

「すまん。ただ、お前は生身だ。攻撃を喰らう恐れがあるならすぐに撤退してくれ」

「はい」と、そう答えた誠吾は指令室から出て行く。

本来は戦場に出るべきではない誠吾まで駆り出さなければならない状況に千冬は己の不甲斐なさを悔やむ。

「井波さん用に鎧みたいなものを作れないんですか?」

そう束に尋ねたのは虚だった。

確かに、覚醒ISの攻撃を防げる鎧があれば、だいぶ違うはずだが、束は首を振る。

「PS並みのスーツは作れないわけじゃないよ。でも、重くなりすぎるだろうね」

「あっ……」と、虚。

「更識刀奈が苦労していたことを考えると、逆に足を引っ張ってしまうのか」

「そういうこと。ちーちゃんみたいな剣を使うんでしょ?」

千冬が首肯すると束は納得したように続ける。

「そういった動きをサポートするだけのパワードスーツを作るとなると、実はAIが重要になるの。そして……」

「一番優秀なAIになるのはISコア、か……」

無言で肯いた束を見て、千冬はため息をつく。

ISコアを増産することになれば、敵が増える可能性もある以上、とてもではないが出来ない。

だが、AI無しでは、とにかく重いだけの鎧になってしまう。

それでは作る意味がない。

そもそも、そういったことを考えない束や丈太郎ではないのだ。

「すみません。浅はかでした」

「いや、私も考えたことだ。頓挫したためにいわないでいただけだからな。お前に非はない布仏」

ISコアに変わるAIが作れるなら、話は変わってくるだろうが、現時点ではスーパーコンピュータ並に巨大化してしまう。

また。

「統括するマザーコンピュータを別に作って通信することも考えたんだけど、コンマ何秒って世界で戦ってる子たちにとっては致命的な弱点があるんだよ」

「弱点?」

「遅延、つまり通信のラグだね。わずか一瞬遅れただけでも倒される可能性があるのに、ラグなんかあったら戦いにならないんだ」

現代においても、クラウド・コンピューティングという考え方がある。

統括するサーバーから複数の端末に情報を常時送ることで、ゲームなりビジネスなりを行うというものだ。

しかし、光通信でさえ、実はタイムラグが存在するという。

命がけの戦場では、わずかでも反応が遅れれば命取りになる。

ゆえに、使徒や覚醒ISとの戦場では使えないと判断したのだ。

「……考えるほど、ISコアってすごい発明なんだと思い知らされますね」

「その点は同感だな」

小さな球体に心を持つ。

それがどれほど凄いことなのかと虚も、千冬も場違いながら感心してしまう。

ただ、発明した本人は。

「一緒に空を飛ぶためのものだったんだけどね」

それは決して愚かな願いではない。

ただ、全てうまくいくほど、世界は、世界の人々は優しくはないと、今の束は理解していた。

 

 

外に出てきた誠吾の姿に真耶は驚く。

もっともそれ以上に、簪の攻撃に合わせるように現れた無数の刀身になお驚かされた。

 

ワタツミね。やってくれるじゃない

 

ヘル・ハウンドの言葉に、真耶も簪も驚いた。

どうやら知っているらしいと感じたからだ。

「有名なの?」

 

一部の仲間が面倒な敵になったって話してたわ

 

ヘル・ハウンドがいうには、これまで別のところで何度も戦っていたことで、覚醒ISたちの間で噂になっていたとのことである。

もともと、ワタツミはラファール・リヴァイブ、第2世代の量産機の一つだったが、群れる性格ではなかったらしい。

誠吾にくっついていることからもわかるように、パートナーを欲するタイプのISコアだったからだ。

ゆえに一機でうろついていて、誠吾と出会い、今は誠吾専用の武器となっている。

 

もし、共生してたら、もっと厄介だったでしょうね

 

第3世代機と違い、第2世代の量産機であったワタツミだと、誠吾と共に単一仕様能力にも目覚めた可能性があった。

その力が絶大であることは今は眠ったままの一夏と諒兵が証明しているし納得できる。

ゆえに、武器として進化したことは人類と敵対するISコアに取ってはありがたいことだったのだが……。

 

あの子の能力と、あの男性の剣技が厄介なのよ

 

ワタツミという剣を使いこなせる者はそうはいない。

仮に一夏であった場合、ワタツミが持つ能力はむしろ邪魔になるだろう。

一撃必殺、刀身は基本的に一振りだからだ。

無数の刀身を振るえる誠吾は、ワタツミにとって確かに良いパートナーなのである。

(なるほど)と、ヘル・ハウンドの言葉を聞いていた真耶も納得した。

それなりに場数を踏んでいるなら、簡単に倒されることもないだろうし、ここで簪を助けて一機だけでも撃退できれば、だいぶ楽になってくる。

(頼りになるんですね……)

それがちょっと、何故か、嬉しい。

同じ頼りになる男性でも、一夏と諒兵はやはり生徒だ。

普通の学生として苦労していた姿を見てきたこともあり、弟を見るような気分になる。

博士こと丈太郎は、あれだけはっきりと千冬が好意を寄せているのがわかるので、特に気にならない。

対して、誠吾は年も近いし、何故か、どうしても異性として気になってしまう。

(なっ、何考えてるんですかっ、私っ!)

そう考えて頭をブンブンと振った。

今は戦闘中だ。

色恋沙汰にかまけている場合ではない。

場合ではないが……、少しくらい考えてもいいのではないかと思う。

そんな風に頬を染めながら百面相をしている真耶を周りは少々呆れた様子で眺めているのだが気づかない。

ゆえに、ちょっと離れたところで。

「大丈夫かな、山田先生」

『あのだいなまいとぼでぃは厄介ネー』

誠吾をだーりんと呼ぶだけあって、勘の鋭いワタツミである。

 

ただ、そんな状況を見て、一番危険な笑顔を見せているのは、ゴールデン・ドーンであることに一同は気づかないでいた。

 

 

 

 


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