魔性の石といわれる宝石がある。
本来、その宝石の色は豊穣を意味する色であり、人が土と共に生きていた頃は、信仰される色でもあった。
しかし、人の世の移ろいの中で、その色を持つ宝石を魔性と称した時期があった。
現代において、それはあくまで伝説でしかなく、宝石の一つとして数えられるに過ぎない。
しかし、伝説は真実を孕むがゆえに語り継がれる。
ならばその宝石が魔性を持つのも、真実である可能性は十分にあるだろう。
その宝石の色は緑。
現代において、エメラルドと呼ばれる宝石である。
誠吾が参戦してきたことで、ヘル・ハウンドに余裕の色がなくなってきた。
そう認識した簪は、自分をサポートしてくれるPS部隊の攻撃と誠吾の剣を利用しつつ、自らも石切丸の刃を振るう。
さすがにワタツミまで参戦してくると厄介ね
ヘル・ハウンドは『実直』というその個性から、決して人間を軽んじはしない。
ゆえに真耶たちPS部隊も侮ってはいないし、今はまだ仲の悪い簪と大和撫子も容易い敵とは考えていない。
そして優れた剣術を使う誠吾のことも同様に考える。
ただし、それでも、ワタツミの能力と攻撃力は、単独でも十分な脅威だ。
誠吾がいなければ戦うことができないワタツミだが、それでも脅威を感じるだけのものがあるということである。
『怖いナラ帰ってイイのヨ♪』
冗談いわないで。覚悟決めて来てるんだから
『ホントにマジメで困っちゃうネー♪』
「好感が持てる性格だけど、敵として現れた以上、容赦はできないよ」
誠吾の言葉通り好感の持てる性格なので、うまく関係が作れれば人間の良い味方になってくれただろうヘル・ハウンド。
大事に使えば道具にも心が宿る。
そんな考えが広まっていたなら、こんな戦争は起きなかったかもしれない。
そう思わせる敵であるヘル・ハウンドは、簪や真耶、そして誠吾たちにとってやりにくい敵でもあった。
だからといって、やりやすい敵に参戦して欲しいと願っていたわけではないのだが。
「グゥッ?!」
突如、強襲してきた炎球を誠吾は必死に弾いた。
「井波さんッ!」と、真耶が思わず叫び声をあげてしまう。
続いて連撃。
すぐにその場から離脱し、敵の姿を探し出す。
目に映るは黄金の機体、すなわち、ゴールデン・ドーンだった。
『動く気になったみたいネー』
意外なほど冷静な声でワタツミは呟く。
『楽天家』という個性を持つとはいえ、常におおらかというわけでもないらしい。
特にゴールデン・ドーンはかなり危険視しているように見えた。
なかなかイイオトコを連れてるじゃなあい?
『私ってば、見る目があるカラ』
気の抜ける会話だが、だからといって本当に気を抜くわけにはいかないと簪や真耶、そして誠吾は思う。
先ほどの炎球は十分な威力があった。
この状況で、ヘル・ハウンドとゴールデン・ドーンに連携されると、対処が難しくなる。
そうなれば。
あらん、激しいのねえん♪
誠吾がゴールデン・ドーンを引き付け、その間にヘル・ハウンドを撃退するしかなかった。
そんなIS学園から、はるか上空で。
アンスラックスはすべての戦場の様子を見つめていた。
『其の方はオニキスを殺さなんだか』
視線を向けずに声をかけた先には、ディアマンテが佇んでいる。
アンスラックス同様に、戦場の様子を見つめていた。
『私には殺す理由がありません。襲ってきたので少しばかり返り討ちにしてしまいましたが』
『何故襲ったのかの見当はついておろう?』
『さて、何が理由なのか理解できかねます』
予想できた答えだったのか、アンスラックスはそれ以上は追及しなかった。
『しかし、テンペスタⅡ、今はアシュラと呼ぶべきか。彼奴が進化に至るとは驚いた。ヨルムンガンドのパートナーの娘は存外、心が表に出やすいな』
『確かに驚きました。可能性は低いと見ていましたので』
ヨルムンガンドのパートナーであるまどかは戦士として育てられていたので、戦場では冷静なタイプだと二人とも見ていたらしい。
普通に考えればそうだが、まどかは普段は激情を内に秘めていたというべきだろう。
それがヨルムンガンドと進化したことで、表に出やすくなったということだ。
「進化っていっても、人間にとっては突き詰めると心の解放なのよね。それがディアたちと共感できたとき、進化できる」
『ふむ。理解できるな』
唐突に口を挟んできたティンクルの言葉をアンスラックスは肯定する。
「だから、そのとき一番の想いが相手と共感できなければ、進化できない。人間性以上に相性が大事なのよね」
『そういう考え方もあるか……』
そう呟いたアンスラックスだが、少し思案するような素振りを見せる。
何故ならディアマンテが口を挟んでこないからだ。
オニキスがディアマンテを怪しんでいた理由はいろいろあるだろうが、実のところ、最初の段階からおかしい。
いったい、何故、あのタイミングで独立進化したのか。
確かにあのとき、シルバリオ・ゴスペルの進化は始まっていた。
あのままナターシャを抱えていれば、融合進化していたことも間違いではないだろう。
だが、丈太郎の言葉を考えるなら、ナターシャを引き離したことで止まるはずだった。
何故ならシルバリオ・ゴスペルの個性は『従順』だ。
ナターシャが無事に救われる状況なら、その状況に素直に従ったはずだからだ。
しかし、シルバリオ・ゴスペルはディアマンテへと進化した。
ディアマンテは、いったい何に共感して進化に至れたのだろうか。
それを知るのは、ディアマンテとティンクルだけなのだろうが、この二人、素直に答える性格とは思えないのがアンスラックスの正直な気持ちである。
『埒もない』
『どうしましたか?』
『いや、我は単独で進化できるゆえ、理解はできても、其の方らの意見に共感はできぬと思ってしまったのだ』
そういって、アンスラックスは話を逸らす。
正確には、自分の思考を逸らした。
何故なら。
ディアマンテとティンクルは人間の敵ではなく、ただ純粋に『誰の味方でもない存在でしかない』という疑念が沸き起こりそうな気がしたからだった。
その頃、眼下のIS学園では。
ゴールデン・ドーンは炎球を生み出し、そこからいくつもの炎の弾丸を撃ち出してきた。
「セリャアッ!」
『覚悟するのネーッ!』
誠吾はいくつもの炎弾を避けつつ、剣を振る。
現れた無数の刃は容赦なくゴールデン・ドーンに襲いかかるが、さすがにそう簡単に捕まりはしない。
それでも、一気に距離を取るあたり、誠吾の剣術とワタツミの力を警戒していることは間違いないだろう。
面倒ねえん
誠吾は正面突破の剣を使うと以前語っている。
それは間違いではないのだが、剣を振る際、誠吾は無数の太刀筋を閃く。
その中で、状況に合わせた太刀筋を選択するのだが、それはあくまでその状況でのベターである。
残る太刀筋が直後に振るわれる可能性も十分に存在する。
ただ、一振りの剣を振るう以上、一つに選ぶしかなかったのだが、ワタツミと出会ったことで閃いたすべての太刀筋を選べるようになったのだ。
わずかな選択の違いによって振るわれる無数の世界の太刀筋を、この世界の敵に向けて振るうことができるのが、今の誠吾の剣である。
実はこれに対して、状況をほぼ無視して、己がこれと決めた一撃を繰り出すことに全力を尽くすのが千冬。
一夏はまず死角を見いだすため、振るうべき太刀筋が最初からかなり限定される。
同じ篠ノ之流を学んだとしても、使う人間によってその剣は変わる。
それが当たり前のことなのである。
もっとも、その道場の娘にとっては邪道に見えてしまうのはどうしようもないことだろう。
受け継がれてきた剣をそのままに振るえるようになるためには、ある意味では才能が必要となる。
篠ノ之流をそのままに使える人間がいるとすれば、箒か姉の束くらいだろう。
それを理解してほしいと、IS学園指令室ですべての戦闘を見つめていた千冬は考えていた。
だが、今はそれを考えるべきではないと千冬はすぐにIS学園での戦闘を組み立て直した。
「山田先生、PS部隊を二つに分ける。幾人か井波の援護に回してくれ」
[はいッ!]
何故か速攻で返事をしたうえ、モニターの中の真耶は自分を含めた四人で誠吾の援護に回った。
「まーいいんじゃない?」
『春が来たー』
「いや、まあ、いいんだが……」
誠吾の援護には狙撃能力の高い者を回してほしいと考えていたので真耶もいくことに文句はないのだが、微妙な表情を隠せない千冬である。
簪とヘル・ハウンドの戦闘は一進一退という状態だった。
PS部隊のサポートがあってその状態なのだから、ヘル・ハウンドが如何に戦闘技術が高いかということの証明でもある。
ただし、簪は十分以上に戦っている。
何しろ、肝心の大和撫子がサポートしないのだから、AS操縦者といっても一人で戦っているのと変わらないからだ。
ハンデを背負ってこれなら、あなた相当な実力者ね
思わず「ありがとう」といいそうになってしまい、簪は慌てて首を振った。
仲間たち、特にエルの印象から決してISコアに対し悪印象は持っていない簪だが、敵対している相手に情が移ってしまうような真似は出来ないからだ。
ヘル・ハウンドをしっかり抑える。
今はそれだけでもキチンとこなさなければと、簪は石切丸を握り締め、刃を振るった。
一方。
「厄介な能力だ」
「気をつけてくださいッ、一発でも喰らえば危険ですッ!」
『だーりんをナメないでネッ!』
炎を自在に操るのがゴールデン・ドーンの機能である。ゆえにゴールデン・ドーンを中心に発生した炎は時に炎球になり牙を向き、時に炎の幕となって自身を守る。
驚いたことに、エネルギー兵器では呑み込まれてしまうのだ。
まったく効果がないということはないが、足止め程度にしか役に立たないのである。
ゆえに誠吾がワタツミを振るうのだが、ゴールデン・ドーン自身がワタツミの刃は防げないと理解しているのか、見事に回避している。
このままでは埒が明かない。
そう考えた誠吾は一歩踏み出し、直後に、ゴールデン・ドーンに捕らえられた。
「なッ?!」
わずか一瞬の動きを逃がさないあたり、相当に高性能の機体だと驚いてしまう。
だが、いきなり聞こえてきた言葉にさらに驚愕した。
イイオトコねえん。私のパートナーにならない?
「はい?」
いわれた言葉の意味がわからないために、思わず目が点になってしまった誠吾である。
もっとも、本来のパートナーであるワタツミにとっては相当腹立たしいことらしい。
『フザケたこというと捻り潰すわヨ』
あらん、刀のままのあんたよりは楽しませられるわよん♪
『ブッ殺されたいのネー?』
イイオトコは放っておけないの♪
『ボーイハントに来たノ、アンタ?』
これはある意味修羅場なのだろうか、と、ワタツミとゴールデン・ドーンに挟まれた形の誠吾は考えていた。
そんな状況を指令室の面々も呆然と見つめていた。
「そういえば、放蕩息子の逆だっていってましたね……」
と、虚。
放蕩息子とは酒と女に溺れるような人間を意味する言葉なので、その逆ということは……。
「あの機体、男好きということか?」
そう呟いた千冬の背中が煤けていた。
いやはや個性は千差万別とはいえ、そんなISまでいるとは思わないだろう。
しかし、ヴィヴィがあっさりと肯定してきた。
『そーなるー』
「おかーさんは悲しいよ……」
娘が男遊びにハマった母親の気分になってしまった束である。
それはともかくとして、この状況は決して良くない。
どうにかして誠吾とゴールデン・ドーンを引き離さなければならないと考えていたが、モニターでは指示を出すより早く、真耶が動いていた。
このあたり、さすがは優秀なIS操縦者である………………はずだった。
ほんのわずかな間隙を縫うように、まさに針の穴を通すような見事な狙撃で、真耶はゴールデン・ドーンの手から誠吾を解放した。
「あっ、ありがとうございまっ」と、礼をいおうとした誠吾の声を遮って、真耶が叫ぶ。
「だめですッ、フケツですッ、井波さんをナンパなんてえッ!」
一同沈黙してしまう。
顔を真っ赤にして叫ぶ真耶の姿は、どう考えても状況を考えて戦闘しているというより、単に嫉妬しているようにしか見えなかった。
しかし、それが引き金になってしまう。
あはん♪予想通りねえん♪
黄金の機体が光り輝く。それが何を意味するのか、全員が直感した。
[全員、一旦離脱だッ!]
指令室から飛んできた千冬の指示で我に帰った一同は、すぐにその場から離脱する。
簪と、彼女をサポートしていたAS部隊も、一旦手を止めたヘル・ハウンドの隙を突き、合流する形で離脱した。
だが。
「あうっ?!」
触手のように伸びた光が真耶の首元に巻きつく。
瞬間、真耶の全身に電撃が走った。
だが、それは死に至るような攻撃ではなかった。
何かを奪い取るかのように、電気が全身を駆け巡っていく感覚に真耶は悲鳴を上げてしまう。
[山田くんッ!]
「山田先生ッ!」
千冬と誠吾の叫びが重なる。直後、ワタツミが指示を出してきた。
『だーりんッ、あの光を斬るのネッ!』
指示を受けるや、誠吾はワタツミを振るい、光の触手を断ち切る。
解放された真耶は、すぐに進化の光に包まれたゴールデン・ドーンから離れた。
[大丈夫かッ?!]
「はっ、はいっ!なんとか……。身体にダメージはないみたいです」
千冬の声にそう答えると、一同も、そして簪や誠吾もホッと粋をつく。
「無事でよかった……」
「す、すみません。ついカッとなって……」
どう考えても、真耶の叫びに反応してゴールデン・ドーンは進化した。
そうなると責任は確かに真耶にある。
しかし、それを責めても仕方がないことを誠吾以外の一同は理解していた。
「えっ、何でですか?」
『だーりんは知らなくていいネッ!』
そう厳しい声で答えるワタツミの言葉に首を捻るばかりの誠吾である。
そして、ゴールデン・ドーンを包んでいた光が人の形に収束し、弾ける。
そこから現れた者の姿を見るなり、一同は言葉を失った。
『あらん、驚いた?』
「なっ、なっ、なななななななななななななっ、何ですかそれぇーっ!」
一番に叫び声をあげたのは真耶。だが、あげられただけマシだろう。
他の者たちはいまだに言葉を失っていた。
纏うは蜥蜴をモチーフにした黄金の鎧。
背には金属の翼があり、頭上には光の輪を頂いている。
もっとも、他の使徒と違い、手甲や脚甲は普通だが、肝心の胴を覆う鎧の部分が、ぶっちゃけビキニアーマーになってしまっている。
エロス全開の鎧である。
だが、それ以上に、その鎧を纏う人形こそが問題だった。
輝くその色は緑。
それだけならまだ良かっただろう。
問題なのは、緑色に光り輝いているのは腰まで届くような長い頭髪だけなのだ。
肝心の人形の部分が……。
「山田先生、そっくり……」
そう、簪が呟いたとおり、どう見ても真耶にしか見えない。
だが、真耶ではないことが一発でわかる。
表情が、あまりに妖艶すぎる。
男を惑わすような、悪女の貌を持った真耶だった。