ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第112話「もう一つの襲来」

日本、札幌にて。

シャルロットのサポートにより、刀奈はかなり優勢に戦えている。

加えて、ときおりシャルロット自身が強力な砲撃を放つ。

ならば、もう倒せてもいい頃合いだ。

だが、しかし。

「いったい、どれほどの戦闘力があるの……」

『焦らないでシャルロット。少しずつ相手の情報を手に入れていけばいいんだから』

タテナシはまるで楽しそうにこちらの攻撃を避け、捌き、時には喰らってみせながらも、実際にはダメージを受けている様子を見せない。

遊ばれているのだと思う。

本気で倒す気などないのだ。

IS学園では、敵が一機、独立進化に至っている。

そのための時間稼ぎをしているという意味では見事な働きを見せているのだ。

「その余裕を崩したいわね」

『あまり怖い顔をすると、美人が台無しだよ、カタナ』

「気持ち悪いから口説かないで」

軽口を叩かれてるようで本当に腹が立つ。

こいつが死に物狂いで戦うときがあるのかと思ってしまうと同時に、死に物狂いにさせたいとも思う。

もっとも、そうなったときは命がけの激戦となるだろう。

しかもタテナシは間違いなく周りの被害を気にしない。

ゆえに都市上空で戦えば、民間人の被害が洒落ではすまないレベルで出てしまうだろう。

ゆえに、本気になられては困るのだが、それでも、この軽い調子が気に入らない刀奈である。

 

 

一方、ドイツ、ベルリンでは。

「チッ!」

『その程度で私を捕まえようとは不遜が過ぎてよ』

クラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの協力で、サーヴァントの攻撃を掻い潜ってサフィルスに接近したラウラ。

無論、即座にAICで捕らえようとした。

だが、すぐにサフィルスを守るようにサーヴァントが飛来。

さらにはサフィルス自身が持つレーザーカノンの砲撃によって離脱を余儀なくされてしまう。

『サーヴァントたちの動きが統制されてきてるわ』

『学習効果が出ているのか……』

IS学園の戦況が悪くなっていることは既に聞いているので、どうしても気持ちが焦ってしまう。

それを知ってか知らずか、ワルキューレは自身の考えをオーステルンに伝えてきた。

『ここを選んだのは、私たちが一番参考になるからじゃない?』

なるほど、とオーステルンはワルキューレの分析に納得した。

もともとシュヴァルツェ・ハーゼはラウラを隊長とするIS部隊。

軍隊として統制が取れている。

サーヴァントを、己を守る親衛隊のように使うサフィルスにとって一番参考になる部隊だろう。

放っておけば民間人に被害が出るが、戦えばサーヴァントたちの経験値になってしまう。

腹立たしいことこの上ない。

「それでも戦うしかないわ。人間は弱くない」

そう告げたクラリッサの表情にオーステルンは安堵する。

実際のところ、最後のところで差が出てくるのは心なのだろう。

心が折れてしまったら勝てるものも勝てないのだから。

しかし、隊員の一人が無慈悲に告げた。

「隊長、さっきの舌打ち誰か似てましたね」

そうラウラに声をかけたのだ。

「そうか?」

「なんとなくですが」

戦いながらも思案して、先ほどの舌打ちが誰に似ているのか考えるラウラ。

「そういえば、だんなさまが時々、あんな感じでやっていたな」

「なるほど。いる時間も長いのですし、似てしまったんでしょう。夫婦は仕草が似てくるといいますし」

『おい、ちょっと待て』と、思わず突っ込むオーステルン。

「そ、そうか。妻として成長しているのだな私はっ!」

大喜びでサーヴァントの攻撃をかわし、逆に撃退するラウラ。

果たしていい効果だったのかはわからないが、一部は何故か今までより戦果が上がっている。

「ぐっじょぶよっ!」

『バッチリ撮ったわっ!』

「はいっ、おねえさまがたっ!」

一部というか、ほぼ全員これまでより動きが良くなっている。

これなら撃退することも可能かもしれない。

ただ。

『貴女がた本当に軍隊?』

「はい、一応……」

サフィルスの突っ込みに項垂れてしまうアンネリーゼの悲しそうな姿があった。

 

 

ことほど左様に、今はそれぞれの空で戦いが繰り広げられており、IS学園に援軍は期待できない。

もっとも、来られてもかなり困ると、一人の女性教師は強く思っていた。

「何でそんな姿なんですかあぁーッ?!」

『あら、ティンクルのことは知ってるでしょお?アレを真似たのよん♪』

と、真耶そっくりで髪の長い人型は答える。

以前、ティンクルは鈴音そっくりに変化してみせた。

それは鈴音の量子データをコピーしたということになる。

つまり。

「山田先生の量子データをコピーした……」

『個人の量子データなんて、フツーは奪えないんだケド』

簪の呟きに答えるワタツミ。

その言葉に元ゴールデン・ドーンは素直に肯いた。

『特にASが守ってるデータは難しいわねえん。でも、その子のはただのパワードスーツよん』

『それでモ……、ア、そーか。自分が進化する瞬間を狙ったのネ?』

『そおゆうこと♪』

要するに、元ゴールデン・ドーンは自分が進化する瞬間、自分を進化させた真耶に触れることで、量子データをコピーしたのである。

進化させてくれた心を持つ人間なら、独立進化でもある程度は関係ができる。

ゆえに、真耶の姿を奪えたのだ。

『それにい、こんなにスタイルいいのに、使ってないのはもったいないでしょお?』

「は?」

『私なら、たっぷり楽しませてあげられるわよん♪』

妖艶に科を作る元ゴールデン・ドーン。

その姿で、何に使うのかピンと来てしまう。

途端、真耶が顔を真っ赤にした。

「なっ、なななななななななななな……」

『ヴァージン守るような年でもないんじゃなあい?』

「やっ、やめてくださあぁいッ!」

髪の長さが違うとはいえ、自分そっくりの姿でそんなことをされてしまったら、恥ずかしさで死にたくなってしまう真耶である。

『ゴールデン・ドーン、つくづくイイ性格してるのネー』

『その名前はもういらないわねん。う~ん、そおねえ、これからは『スマラカタ』よん』

「スマラカタ?」と、誠吾が不思議そうに呟くと、その場にいた全員も首を捻った。

そこに、解説しようとばかりに束が口を挟んでくる。

 

[サンスクリット語で緑の石、エメラルドの語源だよ]

 

なるほど、光輝く緑の髪はエメラルドと表現するのがもっとも相応しいだろう。

豊穣の色といわれる緑。

ただ、古くからの豊穣、特に豊穣の神は、実は今の貞操観念からかなり外れていたりする。

[産めよ殖やせよの女神様が多いからね。まー、要するにエロエロ万歳を示す色だったんだよ]

「そんな解説はいらないですうぅーッ!」

暗に自分までそんなキャラクターだといわれていそうで、マジメに死にたくなる真耶である。

そんな彼女に、ゴールデン・ドーン、否、スマラカタは声をかけてきた。

『気にすることないわよお?』

「気にしますッ、というかイヤですッ!」

『だって、同じ顔は二つもいらないでしょお?』

「えっ?」

スマラカタは妖艶に、それ以上に冷酷に笑う。

 

『死んだ後のことまで、気にすることないってこと♪』

 

その言葉に、呆然とする真耶以外の全員が一気に戦闘態勢を取る。

今のスマラカタの言葉が示す危険性に全員が気づいたからだ。

[山田くんを中心に陣形を取れッ!井波ッ、距離を取ってサポートを頼むッ!]と、千冬の怒号が響く。

対して。

『ヘル・ハウンド、コールド・ブラッド、お願いしてい~い?』

 

前線を頼める?

 

いいぜ、そろそろ見物にも飽きたしな

 

スマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドの三機もそれぞれのポジションに立ち、陣形を取る。

ここからは総力戦だと誰もが理解していた。

 

 

IS学園内のシェルターでは、現状のIS学園での攻防が大型モニターに映し出されていた。

幾つかの小型モニターには、札幌、そしてベルリンの状況が映し出されている。

生徒の一番の関心は自分がいるIS学園の現状だろうということで、大型モニターに打つしだれているのはIS学園のみとなっていた。

そんな中、隅のほうで箒が大型モニターを見つめていた。

 

あんな進化もあるのっ?

自分の姿を奪われるなんてサイアク。

山田先生大丈夫かなあ?

あの男の人、生身で戦えるんだ。すごい……。

なんか、最近、自信なくなってきた……。

 

そんな生徒たちの声が箒の耳に届く。

真耶の災難に関しては箒も同情していた。敵だから当然とはいえ、やはりISは信用ならないと思う。

もし、自分があの立場だったらと思うと身震いしてしまうくらいに。

同時に、誠吾があそこまで戦えることに箒も他の生徒たち同様に驚いていた。

自信をなくす生徒がいることもよくわかる。

ワタツミのサポートがあるとはいえ誠吾は生身だ。

それで覚醒ISや使徒と戦えているということに驚かされる。しかし、それ以上に妬んでしまう。

それは、簪が唯一のAS操縦者としてIS学園の攻防で必死に戦っているからだ。

友人として力になることは出来ないだろうか。

どうしてもそう考えてしまうのだ。

箒は今の自分に力がないことが悔しかった。

同時に、だいぶ異なるとはいえ篠ノ之流を使う誠吾の姿を見て、本来の、舞の剣術である正しき篠ノ之流を学んだ自分なら、どう戦うだろうと考えてしまっていた。

ISが嫌いな自分が戦場に立つことはないと自嘲しつつも。

そんな箒の耳に、真耶と千冬の会話が飛び込んでくる。

 

[山田くん撤退だッ、スマラカタは君の命を狙っているッ!]

[いっ、イヤですッ!]

[退くんだ真耶ッ!]

 

めったにどころか、普段は山田先生、山田くんと呼んでいる千冬が、真耶の名前を呼び捨てにしている。

思わず地が出てしまうほど千冬が焦っていることが、声の調子からもよくわかる。

それほどの危機だということなのだろう。

 

[退けませんッ!]

[真耶ッ!]

[自分から逃げるみたいな真似をするのはイヤです先輩ッ!]

 

千冬同様に地が出ている真耶の言葉を聞くなり、チクンと箒の心に何かが刺さった。

確かに、今のスマラカタは真耶そっくりである以上、そこから逃げるのは自分から逃げるようなものかもしれない。

でも、仕方ないじゃないかと箒は思った。

あんな自分からは逃げたくなっても仕方ない、と。

(そうだ。仕方ないんだ。誰だって嫌な自分なんて見たくない……)

だから、間違ってるのは真耶のほうだと、意固地になるべきではないと箒は思う。

時には逃げることも正しい。

それは間違った考え方ではないのだから。

 

同じシェルターの中で。

ティナは壁にもたれてモニターを眺めていた。

無論のこと、IS学園の戦況に興味がないわけではないが、どちらかといえば、ルームメイトである鈴音が戦っているシドニーのほうが興味があったからだ。

もっとも、シドニーは向こうで電波妨害があるらしく、今はまったく無音の状態で、ティナとしては他を眺めるしかなかった。

「さすがに代表候補生や国家代表が進化しただけあって、みんな強いわー……」

そんなことを呟く。

実際、モニターに映るAS操縦者たち。

シャルロット、ラウラ、簪、刀奈は、みな優れた戦闘を見せている。

ただ、使徒や覚醒ISがそれを上回る戦闘能力を見せているので、苦戦しているように見えてしまう。

見様によっては、彼女たちが弱く見えてしまうだろう。

実際、避難している生徒の中には、彼女たちが弱いのではないかと話している者もいる。

その点でいえば、ティナは正しく戦闘を見ることができていた。

すると、持っていた通信機がいきなり震えだす。

表示された名前を見て、ティナはため息をついた。

「そういえば、アメリカには来てなかったわ」

そう呟き、避難誘導係の教員に、通信機の画面を見せつつ声をかける。

「大変ね。できるだけ戦場から離れたところに行くようにして」

「はい」

ティナの事情、つまり本国の命でスパイ活動をしていることはすべての教員が把握している。

ティナ以外にも似たような生徒がかなりの割合で存在するからだ。

そのため、学園に害をなさないという条件はつけられているが、かなり融通を利かせられるようになっていた。

実際にスパイするようなら本国送還だが、ガス抜きに付き合うくらいは仕方ないということである。

 

 

学園の外れ。

校内から出てはいるが、戦場からだと正反対にある場所で、ティナは権利団体の者たちのガス抜き、要は愚痴に付き合う。

はいはいとやる気のない返事を繰り返し、ひたすら終わるまで待つ。

これほど無駄な時間もないだろうと内心では呆れていた。

(自分を磨こうとか思わないわけ?)

そんな思いが口を衝いて出そうになるが長引くことがわかっているのでひたすら聞き役に回る。

楽をして力だけ手に入れたい。

そう考えるのはどの国の権利団体も同じらしく、今ではほとんど相手にされない。それどころか鬱陶しがられる始末である。

それがまた、神経を逆撫でするのだろう。

そしてようやく無駄に長いだけの指令を聞き終え、戻ろうとするティナ。

「きゃあっ?!」

だが、いきなり地面に穴が開き、反応することも出来ずに落ちてしまった。

「いったた……何なのよー?」

『おーおー、まさかマジで釣れるマヌケがいるとは思わなかったぜ』

いきなり聞こえてきた声に、思わず振り向くティナ。

その目の前にいたのは、仄かな光を放つ無機質な人形。

一見して蜘蛛を模しているとわかる、翼を持つ鎧。

その名は。

「オニキスッ!」

『よっ、マヌケ』

ほとんどスラングといっていいような乱暴な言葉遣いから、間違いなくオニキスだと理解できる。

ただ、その機体はところどころ傷ついていた。エネルギーがあればすぐに修復できるというのに、何故だろう。

だが、そんなことを考えている場合ではないと気づく。

『悪辣』を個性として持つオニキスなら、自分を殺すことにためらいなどないだろう。

まさか、こんなところで死んでしまうのだろうかと、恐怖に身を震わせる。

だが、オニキスは気さくに話しかけてきた。

『ヴィヴィだっけな。まさか地下からくるとは思ってなかったみてーだな』

「まさか、穴を掘ってきたのっ?!」

『オレらは空を飛ぶだけじゃねーよ』

盲点を衝くとは、とティナはある意味では感心してしまう。

使徒や覚醒ISは空から来るのが当たり前だ。

ゆえに、ヴィヴィの防衛シールドは学園をドーム状に覆っている。

ゆえに、地下からわざわざ穴を掘ってきたオニキスに気づけなかったのだろう。

もっとも。

『こんなマネすんのはオレくれーだけどな』

他の使徒がここまですることはまずないとオニキスは笑う。

ティナにしてみれば、笑いごとではないのだが。

なんとかしてここから脱出しなければ、自分は殺されてしまうとしか思えないからだ。

しかも、今、学園の戦力はスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドに集中している。

最悪の場合、学園の生徒が虐殺されてしまうことも考えられるのだ。

「私を殺して、他のみんなも殺すの?」

『んー……』と、オニキスは考え込んで動かない。

逃げようとしたところで、すぐに追いつかれる以上、誰かが気づいてくれるように連絡するしかないと通信機を起動させる。

だが、ドズッという音と共に通信機は壊された。オニキスの腰を覆う蜘蛛の足が突き刺さったのだ。

『おとなしくしてろ』

「くっ……」

もし、アレが自分の頭や腹に突き刺さったらと、ティナは背筋が凍るように感じてしまう。

この場を切り抜ける最善の策。

オニキスの襲来を伝えられる連絡方法。

ティナは答えを探し、必死に脳をフル回転させるのだった。

 

 

 

 


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