ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第113話「デモニック・アコンプリス」

暗い穴の中。

ティナは仄かに光るオニキスを睨みつける。

そして、改めて何故傷だらけなのかと不思議に思った。

「あなた、ここのところ人を襲ってないのに、誰にやられたの?」

答えてくれるとは思っていなかったので、実のところ時間稼ぎのネタだったのだが、意外なことにオニキスは素直に答えてくる。

『ディアマンテのヤローだ』

「えっ?」

仲間割れでもしたのだろうか。

オニキスは使徒側、つまりディアマンテ側だ。なら、本来は戦う理由がない。

『オレに仲間意識なんてねーよ。アイツが気に入らねーからやりあったんだ。それに……』

「それに?」

『アイツほど信用できねーヤツはいねーしな』

「えっ?」

敵ではあるが、ディアマンテはその成り立ちから人類側にもあまり嫌う者がいない。

一言でいえば被害者だからだ。

同情される面もあり、また、『従順』という個性から裏切ったり、嘘をついたりすることはないはずだとティナは思う。

しかし、オニキスは否定してくる。

『勘違いしてんな』

「勘違い?」

『アイツの個性は確かに『従順』だ。けどな、「嘘をつけ」って『命令』されりゃー嘘もつくんだぜ?』

命令されれば嘘もつく。

そうなると、ディアマンテのイメージが根底から覆されてしまう。

というよりも、『従順』という個性とあまりに合わないではないかと思う。

「どういうこと?」

『アイツは自分のマスターに対して『従順』なんだよ。そのマスターがアイツに「嘘をつけ」って命令すりゃー、平気で嘘もつける』

あ、と、ティナは思わずぽかんと口を開けてしまう。

確かに、『従順』だから人類に従うなど、誰が証明したわけでもない。

ディアマンテは自分の主の目的を遂行するためなら、周りを騙し、裏切ることも平気でやれる。

それも『従順』という個性の在り方の一つなのは間違いないのだ。

そうだとするなら、ディアマンテがいっていることをすべて信じることはできなくなる。

真実だとも考えられるが、それ以上に人類側を惑わす嘘が混ざっている可能性が大きくなるのだ。

そう考えると、ディアマンテがこれまで隠してきたある存在の意味が変わってくる。

「まさか、ティンクルって……」

『そこまでは知らねーな。だからイラつくんだ』

そういってオニキスは否定してきたが、ティナとしてはティンクルはただのパートナーではなく、ディアマンテのマスターの役割を担っているのではないかと考えた。

だが、そうなるとティンクルはディアマンテより先に存在していなければおかしくなってしまう。

卵が先か、鶏が先かという問題だ。

ティンクルがディアマンテを進化させたというのであれば、ティンクルはもともと人として存在していなければおかしい。

しかし、ティンクルは表に出てくるまではディアマンテの人形だった。

つまり、人間ではなく、ディアマンテが生み出した存在のはずだ。

そうなると、矛盾してしまう。

「いったい何なのよ……」

『わかんねーだろ。だからオレは知りてーんだよ』

「えっ?」

『ディアマンテのヤローが何を考えてんのかをな』

オニキスはいう。

ディアマンテは確実に何かを隠している、と。

ともすれば、それは『すべて』ではないのか、と。

『アイツが隠すんなら、オレは暴く。それがオレの今の目的だ』

無機質な表情が、ニヤリと笑ったように見えた。

唐突にティナの頭をよぎったのは『プライベート・アイ』

その意味は私立探偵。

映画やドラマの探偵は、優秀な頭脳で事件を解決する正義の味方として扱われることが多い。

反面、実在の探偵は浮気、素行調査などや、何でも屋という側面が強い。

それでも、そんな言葉が頭をよぎった。

真実を知るためなら、相手の心情など考えない自分勝手な存在。

『悪辣』という個性に、一番当てはまる気がしたからだ。

「あなた、何する気?」

『おめー、オレのパーツになれ』

「…………えっ?」

そういったオニキスの言葉の意味が、ティナには理解できなかった。

「パーツってどうなるの?」

『アホ猫や馬鹿モシカと同じだ。オレの本体はてっぺんの輪と翼だかんな。おめーがオレを着ることになる』

つまり、オニキスがASになるということだ。

まさか、独立進化してから共生進化することができるとは思わなかったとティナは驚く。

『そーじゃねーよ。おめーを強化することはできねーし、オレの能力は基本的にゃー今のままだ』

「それじゃあ……」

『よーするに、オレを着て空を飛ぶんだよ』

類似する進化は既に存在する。

ドイツのワルキューレとシュヴァルツェ・ハーゼだ。

進化させた隊員全員が纏うことができるが、操縦者の能力強化はできない。

同様に、ティナはあくまで普通の人間のまま、オニキスというASを操縦するということになる。

ただ、それでも自分には『人間というパーツ』が必要なのだとオニキスは訴える。

『今のままじゃディアマンテとティンクルのヤローどもに勝てねーからな』

一人ではなく、独立進化しながらパートナーを持つディアマンテの戦闘能力は、AS操縦者に近い。

ティンクルに発想力があるためだ。

オニキスが目的を果たすためには、ただ秘密を暴いて終わりというわけにはいかない。

ディアマンテとの戦闘は避けられないからだ。

そして、現状ではオニキスはティンクルが持つの発想力に負けてしまう可能性のほうが高い。

『てめーが持つ発想力を利用してヤローと戦う』

ようやくパーツになれという意味がティナにも理解できた。

信頼関係など最初から作る気がない。

仲間になろうという気持ちもない。

オニキスはパートナーを欲しているのではなく、自分の目的を果たすためにティナを利用したいということだ。

だが。

(……私も、飛べるようになる……)

それは、甘美な誘惑だった。

厳しい戦いに身を置いているとはいえ、鈴音たちが羨ましかった。

ティナは鈴音の一番近くにいたためになおさらだ。

鈴音の悩みや苦しみを知っていても、空への欲求は抑えられなかった。

鈴音とは『友だち』だからこそ、追いつきたいという想いがあるのだ。

それでも、パーツとしてというのは抵抗がある。

パートナーシップなど期待できそうにないとはいえ、『一緒に戦う』はずなのに、他人のような関係だ。

利用されるだけの関係など真っ平ゴメンだった。

(利用?)と、その言葉にティナは引っかかるものを感じた。

「パーツになったとして、私はどうなるのよ?」

『あ?』

「私の意志よ」

『んなもん、知らねーよ。別に消えることはねーだろーけど』

ティナとしては自分の意志を消されるなど真っ平なのだが、「知らない」の一言で済ませるあたり、つくづくこちらの気持ちなど考えないのだなと呆れてしまう。

もっとも、そうなると別の疑問が湧いてくる。

「じゃあ、どうやってディアマンテと戦うの?」

『ムカつくけど、てめーが考えて戦って、オレはそれをサポートすることになるな』

つまり、ティナは自分の意志でオニキスを操縦することになる。

その点はティナにとっては利点だ。

しかし、それではオニキスがディアマンテに勝ったことにはならないのではないだろうかと思う。

『勝ち負けじゃねーよ。オレはヤローが隠してる秘密を知りてーだけだ。利用できるもんは何でも利用する』

なるほど、とティナは思う。

オニキスは手段に拘りがないのだ。

目的のためには手段を選ばないという表現が一番ぴったり来るだろう。

利用すると明言しているだけに、利用されることも気にしないのだろう。

(そうね。利用か……)

オニキスと関係を作るなら、それが一番いいのかもしれない。

「そこまでいうのなら、私があなたを利用しても文句いわない?」

『好きにしな。ギブアンドテイクってヤツだ。オレは目的さえ果たせればいーんだよ』

こちらの気持ちを考えず、ただ自分の目的を果たしたいだけのオニキス。

つくづく、共に生きる進化などできるはずがないISだったのだとティナは理解する。

「そう……そうね……あなたとパートナーなんかムリだわ」

『ああ、そーだろーよ』

「だから、なるとしたらアコンプリスしかない」

『上等、一番しっくり来る言葉だぜ』

また、オニキスがニヤリと笑った気がした。

アコンプリス、英語で共犯者を意味する言葉だ。

この使徒との関係は、それが一番正しい表現だろう。

天使の相棒ではなく悪魔の共犯者。

それがオニキスと築くべき関係なのだ。

『契約だ。オレに新しい名前をつけな。それで成立だ』

その言葉に、数瞬考えたティナは、同時に覚悟を決めた。

オニキスの共犯者になる以上、毒すらも喰らって大事な友だちに追いつくのだ。

ゆえに。

「あなたの名前は『ヴェノム』、死ぬまでに全部飲み干してやるわ」

『ハッ、いい名前だ、気に入ったぜっ!』

そうして、ティナは悪魔の手を取った。

 

 

時間は少しだけ戻る。

連携するようになったスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッド。

驚かされたのはコールド・ブラッドだ。

「グッ、まさか槍使いだったとは思わなかったよ」

 

接近戦の武器なら何でも扱える自信があるからな

 

誠吾の言葉にそう答えるコールド・ブラッドの手には、即席で作っただろう無骨な鋼鉄製の槍がある。

まだ進化に至れていないコールド・ブラッドは自分の武器を生み出すことはできないらしい。

そこで作ったのだろうが、槍は即席でも、扱う槍術には千年以上の歴史を感じるほど優れていた。

誠吾の剣を見事に捌いてみせるどころか、凄まじい反撃をしてくるのだ。

『ヘル・ハウンドはばんのーの火器使い。逆にコールド・ブラッドはばんのーの武器使いなのヨ』

コールド・ブラッドが前衛、ヘル・ハウンドが後衛、そしてスマラカタが遊撃。

驚くことにチームとして戦っても、優秀な三機だったのだ。

(でも、負けられないッ!)

そうなると、どうしても唯一のAS操縦者である簪の負担が増してしまう。

一対一なら何とかなるが、連携してくるとなれば、三対一の構図になってしまうからだ。

誠吾やPS部隊が一緒に戦ってくれているとしても、メインを張らなければならないのは、使徒と互角に戦える力を持つ簪なのである。

だが、それゆえに。

『隙ありよん♪』

「しまっ……」

一瞬の隙を突き、真耶を狙って放たれたスマラカタの炎球を止められなかった。

もっとも気をつけなければならない『敵』の攻撃を。

『だーりんッ!』

「いけないッ!」

 

余所見してる場合じゃないだろ?

 

誠吾とワタツミがフォローしようとするが、コールド・ブラッドがそれをさせない。

そして。

「はァッ!」

真耶は手にしているブリューナクを全力で撃ち放つ。

諦めない。

生きることを諦めたくない。

だからこそ抗う。

何より。

(あんな恥ずかしい姿を全世界に見せるわけにはいかないんですッ!)

根っこのところは羞恥心で戦っている真耶だった。

ブリューナクの砲撃によって一瞬吹き飛ばされたスマラカタの炎球だが、いきなり形を変えて直進してくる。

『形は好きに変えられるわよお♪』

炎球は炎の巨大な砲弾と化していた。

「そんなっ?!」と、さすがに思わず目を逸らしてしまう真耶。

そこに、黒い影が飛び込んできた。

『挟んで切れッ、ソイツに切れねーもんはねーんだッ!』

「わかったわッ!」

聞き覚えのある二つの声に驚き目を見開いた真耶の目に映るのは、頭上に光の輪を頂くスタイルのいい金髪の少女と、蜘蛛を模したような翼ある鎧。

手にあるのは巨大な鋏。

その鋏が閉じると、切られた炎の弾丸は一気に四散した。

そしてカシィンッという金属音と共に鋏は分離し、二本の剣になる。

「ふう、間一髪ねー」

『及第点だな。もー少しおもしれー使い方しろよ』

「初陣で無茶いわないで」

そんな軽口を叩き合う一人と一機。

二本の剣を下げ、空に立つその姿を見て、誰もが言葉を失った。

それは簪や真耶たち、誠吾やワタツミばかりではなく、スマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドも同じだった。

 

 

指令室でその様子を見ていた千冬はすぐに束を問い詰める。

「わかんないよッ!」

「だがッ!」

「落ち着いてくださいッ、解析しますッ!」

さすがに驚いていた千冬や束を一喝し、虚が解析を試みる。

唐突にIS学園に現れた蜘蛛を模した翼ある鎧を纏う少女。

それは見たことがないから驚いたのではなく、見慣れていたからこそ、驚くべき姿だったのだ。

「間違いなくオニキスです。それにハミルトンさんです」

「オニキスは独立進化したはずだぞッ?!」

「それに、進化にあの金髪は関係なかったよっ?!」

さすがに慌てはしなかったが、まだ動揺する千冬と束に対し、ヴィヴィが答える。

『たぶん、これが考えてたことー』

「どういうこと、ヴィヴィ?」

『オニキスは足りないパーツ欲しがってたー』

「パーツだと?」

『それがあの子ー、つまり人間ー』

独立進化では得られないものについて、以前、鈴音たちがそれぞれのパートナーと話していたことがある。

人間の持つ発想力について。

それは戦っていく上で、奇跡の大逆転を起こし得る力であり、また、使徒が決して持つことが出来ない力でもある。

しかし、オニキスはそれを欲した。

ならばどうすればいいか。

その答えが、『人間を乗せる』ということなのだ。

『だからー、あの子強くなってないー』

「何?」

「強化されてないってことだね。ちーちゃんの妹分の仲間たちと同じだよ」

「そうか、クラリッサたちとワルキューレの関係に近いのか」

いうなれば、オニキスは人が乗らなければ動けないISから、自力で動ける覚醒ISになり、独立進化によって使徒となり、一周回って最終的に人を乗せる機能を持った使徒と成ったのだ。

これは共生進化によって変わるASとは異なる。

本来、使徒は人から離れるために独立進化した者たちだからだ。

ゆえに、この姿はある意味では希望でもあった。

独立進化した使徒が、人を乗せることを選択してくれるというのなら、手を取り合う未来も考えられるからだ。

「だが、何故よりによってオニキスなんだ……」

これが、仮にディアマンテであったなら同情と共感をもって温かく迎え入れられただろう。

アンスラックスであったなら手放しで歓迎しただろう。

アシュラであったならこの先の戦闘に希望を持てたかもしれない。

反面。

サフィルスであったなら乗り手を警戒しただろう。

スマラカタであったならそのまま凍結しただろう。

タテナシであったなら確実に騙しにきていると疑っていたのは間違いない。

だが、その選択をしたのはオニキスだった。

『悪辣』という個性を持ちながら、人を襲ってきていながら、どこか悪者になりきれないような欠点があった。

妙に人間臭い面があった。

ゆえに疑いきれない。しかし信じきれない。

オニキスが何故、ティナという人間を乗せることを選んだのか。

それを知る必要がある。

「これは束さんでもわからないなあ。じっくり話してみたいね」

実際、使徒はコア・ネットワーク上で強固な壁を作っているので、束でも考えは読みきれない。

果たしてオニキスが答えるかどうかはわからない。

だが、少しでも会話することでオニキスの考えを読む必要が出てきたことは知識を欲する束にとっては嬉しい誤算だ。

だが、千冬は沈痛な面持ちで呟く。

「頭が痛いがな……」

特に問題なのがシャルロットだ。

オニキスとの確執がある以上、さすがに頭のいい彼女でも素直には受け入れられないだろう。

希望というにはあまりにも禍々しい姿をした一人と一機を千冬はため息をつきながら見つめていた。

 

 

 

 

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