諒兵は思わず空を見上げた。
「なんだ?」
この不愉快な気配はいったい……?
ふとそんな声を感じ取り、諒兵が立ち上がると、いきなりアリーナの中心から轟音が響いてきた。
そこにあったのは無骨な鉄塊。
諒兵は、その鉄塊から禍々しい気配を感じ取った。
とっさに指示を出した千冬だが、すぐに真耶の絶望的な声を効く羽目になった。
「ダメですッ、アリーナへの入り口が全部ロックされてますッ!」
「ハッキングかッ!」
強固なセキュリティを誇るIS学園をハッキングするとはどれほどのハッカーなのかと千冬は憤る。
「アリーナのシールドを突き破るような化け物といい、おそらく同一人物の仕業だ。外部との連絡はッ?」
「そちらもダメですッ、閉じ込められてますッ!」
「くッ!」
何のつもりでこんな真似をするのかと苛立った千冬は壁を叩きつける。
「あのアンノウンの解析をッ!」
「はッ、はいッ!」
とにかく今はできることをするしかないと思いつつ、千冬はアリーナ中央の鉄塊を睨みつけていた。
突如飛来してきた鉄塊に、一夏も鈴音も呆然としていた。
それが動き出すのを見て二人は直感する。
あれは敵だ、と。
「一夏ッ!」
すぐに鈴音は一夏と合流した。
「鈴ッ、あれなんなんだッ?」
「私もわかんないわよッ、とにかく離れるのよ一夏ッ!」
だが、鉄塊はまるでゴリラのような姿になると、いきなり腕を伸ばし、光を放った。
アリーナのシールドが再び強烈に揺さぶられる。
「荷電粒子砲ッ?冗談きついわよッ!」
「なんだそれッ?」
「とんでもなく強力なビーム砲よッ!」
「そんなものッ、観客席に向かって撃たれたらとんでもないことになるぞッ!」
今ですらシールドを揺さぶるし、何よりシールドを突き破って飛び込んできたのだ。相当なパワーを持っていることは間違いない。
シールドを突き破られたら観客席は地獄絵図と化すだろう。
「くそッ、止める方法はないのかッ?」
「無茶いわないでよッ、あれどう見ても軍用機よッ!」
怒りに肩を震わせる一夏にできたのは拳を握り締めることだけだった。
鉄塊がビームを放った直後、諒兵はアリーナに向かって駆け出していた。
セシリアもともに駆け出している。
「ISなのかッ?」
「フルスキン型のISの可能性はありますわッ!」
「人が乗ってんのかよッ?」
だとしたら凶悪なテロリストだ。
何よりアリーナの中には一夏と鈴音が閉じ込められている。
最悪の結末など許さない。そう思った諒兵はためらわずに叫んだ。
「行くぜレオッ!」
ええッ!
「諒兵さんッ!」
「何とかして中に入るッ!」
そう叫びながら、右手の獅子吼をドリルのように回転させ、アリーナのシールドに叩きつけた。
IS学園は、すべてにおいて一流のスタッフ、一流の機材が揃えられている。
技術者から教職員、果ては用務員も他の学校や会社ならば校長や社長を張れるレベルであるし、機材も最新鋭もので固められている。
もっとも、そこにハッキングを仕掛けるなど、並みの天才ハッカーではないのだろうが。
だが、一流であるだけに。
「解析できましたッ!」
アリーナ内の機材でも、飛来した鉄塊の解析をするくらい、朝飯前である。
「どうだったッ?」
「ISであることは間違いありませんッ、多数の荷電粒子砲を搭載ッ、ほとんど武装の塊ですッ、あと信じられませんが無人機ですッ!」
真耶の答えに千冬は驚愕する。
無人のIS。それ自体、現存しないものである。千冬にはそれで主犯がわかった気がした。
(あのバカがッ、一夏の力を試す気だったとでもいう気かッ!)
しかし、無人機であるのならば、むしろ好都合だった。
『一夏と白虎』、『諒兵とレオ』が全力で戦う相手として。
アリーナの中から出られない一夏と鈴音は鉄塊から放たれる光から必死に逃げ回っていた。
「このままだとジリ貧だぞッ!」
「競技用じゃ倒しようがないのよッ!」
一夏としては暴れまわる鉄塊を何とかして止めたいところだが、鈴音のいうとおり、競技用ISと軍用、つまり兵器として作られたISは明確な差がある。
威力も出力も桁が違う。
いかにIS自体が強力とはいっても、個々が持っているスペックの差はどうしようもないのだ。
とにかく外からの援護を待つしかない。
今、中の二人にできるのはそれしかない。
だが。
「きゃッ?」
「鈴ッ!」
突如、鉄塊は腕を伸ばし、鈴音を掴んだ。そしてアリーナのシールドに叩きつける。
「うあぅッ!」
あまりにも乱暴な攻撃だが、桁違いのパワーで叩きつけられたために、鈴音はシールドバリアーどころか絶対防御すら超えた衝撃を受けた。
そのまま力なく地面に落ちる。
その瞬間、アリーナどころか学園全体を覆うほどの殺気が放たれた。
バリンッとまるでガラスが割れるような音を立て、シールドが破られる。
「こい、セシリア」
「は、はいッ!」
アリーナの中に飛び込んだ諒兵は鈴音を守るように立つ。
その隣には、同様に立つ一夏の姿があった。
「セシリア、鈴を頼む」
「わかりましたわ」
「安心しろ。お前らにゃ指一本触れさせねえよ」
背を向けたまま、一夏と諒兵は不自然なほど静かにそう告げた。
そこに千冬の声が聞こえてくる。
「一夏ッ、諒兵ッ、解析した結果そいつは間違いなく無人機と出たッ、遠慮はいらんッ!」
とたん、一夏と諒兵は獣のような獰猛な笑みを見せる。
「手加減無用だな」
「容赦しねえぜ」
あいつやだっ、やっちゃえイチカっ!
実に不愉快です、消えてもらいましょう
そして。
「「あのデカ物は、俺たちが潰す」」
二匹の獣が解き放たれた。
監視モニター室の真耶は千冬の言葉に驚愕していた。
「無茶ですっ、どう見ても軍用のISですよッ!」
「大丈夫だ。あの二人は、いや、あの二人のISは特別だからな」
まるで勝利を確信しているかのような千冬の言葉に、真耶は疑問を感じる。
「まだ詳しくはいえん。一夏と諒兵のISは、競技用や軍用といった頚木から、とっくの昔に解き放たれてしまっているんだ」
何より、と千冬はさらに続ける。
「守るべきものを傷つけられた。それだけで、あのデカ物は万死に値するとあいつらは思ってるだろうからな」
むしろあいつを作った者のほうが哀れだと千冬は感じていた。
「それよりも一夏と諒兵の戦闘データを取り損なうな」
「はっ、はいッ!」
牙を剥いた獣の力を余さず記録しておかなければならない。一夏と諒兵、二人の運命のために。
千冬はそう思いながら、この戦いを見逃すまいとアリーナに目を凝らした。
弾かれたように飛び出した一夏と諒兵は、鉄塊の両脇から襲いかかる。
だが、鉄塊は両腕を上げ、それぞれの腕から荷電粒子砲を撃ち放った。
しかし。
「ぶった斬るッ!」
「ぶち抜けッ!」
一夏の白虎徹は荷電粒子砲のビームごと腕を切り裂き、諒兵の手から放たれた獅子吼はビームを弾き飛ばしながら、腕を抉り抜いた。
鉄塊は即座に背中から砲身を出すとそれぞれの足元を狙って荷電粒子砲を放った。
足止めのつもりなのだろうが、その程度では二人は止まらない。
怯えるかのように上昇した鉄塊は、近づかせまいとめくら撃ちにビームを放ち始めた。
その様を見て、セシリアは驚愕する。
いくらなんでも荷電粒子砲を無視して攻撃できるなど、二人の武装はどれほどの力を秘めているというのか、と。
そんなことを考えていると、鈴音の呟きが聞こえてきた。
「強くなったと思ったのになあ……」
「大丈夫なんですの、鈴さん?」
軽い脳震盪を起こしただけだと答えた鈴音の視線は、戦う一夏と諒兵に注がれていた。
「あの時もこうだったわ」
「あの時?」
「あいつらだけが戦ってて、私は何もできなくて。でも絶対に大丈夫だって感じたのよ」
そういって苦笑いする鈴音をセシリアは不思議そうに見つめる。
「あいつらが守ってくれるなら、絶対大丈夫ってね」
でも、そう思う自分がいやだった。
守られているだけの弱い女でいたくなかった。
だから強くなったのに。
「それでもこうして守られてると幸せ感じちゃう。情けないなあ」
「そうでしょうか?」
「セシリア?」
「強い男性に守られたいのは、いつだって女性の願いだと思いますわ」
その願いを叶えてくれる男を好きにならないはずがない。
鈴音の気持ちが揺れてしまうのも理解できる。
ただ。
「二人というのが難点ですわね」
「でしょお?どっちかにしてよ、もう」
と、頬を膨らませる鈴音をセシリアは優しい瞳で見つめていた。
ビームを撃ちながら逃げ回る鉄塊を白い虎と黒い獅子が追い詰める。
自らを最強の獣と誤解していたのだろう、今は狩られる獲物のように必死に逃げ回り、一夏と諒兵を近づかせまいとしていた。
「うっとうしいな」と一夏が呟く。
すると諒兵がその言葉に応えるかのように両足の獅子吼を撃ちだした。
六本の爪は不規則な動きで鉄塊の背中の砲身に突き立つ。
爆炎が上がると「うぜえんだよ」と、諒兵がニヤリと笑った。
すると今度は腹部からミサイルポッドが飛び出てくる。
「邪魔だ」
三発のミサイルが発射されたものの、白刃が三度閃き、あっさりと切り裂かれ、ただ爆煙だけを撒き散らす羽目になった。
その煙を突き破って、一夏が迫る。
もはやここにはいられない。
そう思ったのかはわからないが、鉄塊は凄まじい勢いで上昇を始める。シールドを今一度突き破り、アリーナから逃げ出そうというのだろう。
しかし、翼を大きく開いた諒兵が、その上空に一気に回り込んでいた。
右手の爪を、鉄塊に容赦なく突き立てる。
「墜ちやがれ」
空を飛ぶ資格など、あなたにはありません
そういうなり、地面に叩きつけるように獅子吼を鉄塊ごと撃ち放つ。
視線の先には大地に立つ一夏の姿があった。
「斬り捨てる」
勝手に空を穢しちゃダメッ!
地表を滑るように疾走する一夏は、鉄塊が激突する瞬間、袈裟懸けに両断した。
ドガァンッという爆発を背に、振り下ろした姿で一夏は止まる。
とたん、わあぁっという歓声が観客席から上がった。
そんな歓声の中、諒兵が一夏の目の前に降りてくる。
互いにフッと笑い、手を上げた二人は、勝利を確信したようにパァンッと手を打ち鳴らした。
今度は。
きゃああああああああああああああああああっ♪
凄まじいまでの黄色い歓声が観客席から上がった。何故か失神している女生徒までいたりする。
その姿を見つめていた鈴音が再び呟いた。
「ふん、カッコつけちゃって」
「でも、これは確かに揺れますわね。クラッときましたわ」
「ちょっとセシリアっ?」
「迷ってモタモタしてるなら、奪ってしまいますわよ♪」
そういっていたずらっ子のような笑みを見せるセシリアに、鈴音は真っ赤になって頬を膨らませたのだった。