ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

140 / 273
第114話「ティナの意地。簪の意地」

その姿を見て最初に口を開いたのはスマラカタだった。

同じ場所にいただけに、思うところがあるのだろう。

『オニキス、アンタ裏切ッタワケ?』

『あん?オレらが仲間だったことが一度でもあったかよ?』

あくまで同じ場所にいただけで、共闘するような仲ではなかった。

スマラカタも、そしてサフィルスも。

ゆえに仲間などいう表現は自分たちには似合わないという。

『オレはオレの目的を果たしてーだけだ。だからコイツ、ティナに話を持ちかけたんだよ』

落とし穴を仕掛けて落ちてきた人間に声をかけるつもりだったというべきではないことまでいう。

「ちょっと、それだと私がマヌケすぎるでしょヴェノム」

『ウソついてもしょーがねーだろ?』

実際、落ちたのでどうしようもないことである。

『ヴェノム?』

『あー、新しー名前だよ。わりと気に入ってらーな』

英語で毒を意味するヴェノム。

あるアメリカンコミックでは敵役の名前にもなっており、あまりいい意味は持っていない。

それでも、蜘蛛を模し、『悪辣』という個性のISコアであった元オニキスには、ぴったりな名前だろう。

それを聞いて、コールド・ブラッドが口を開く。

 

まさか、そっちに回るとは思わなかったぜ

 

『うるせーよ。どっちに回ろーがオレの勝手だ』

 

勝手にすればいいけど、邪魔されたのは気に入らないわ

 

『オレの目的の邪魔になるんなら、誰でも潰す』

ヘル・ハウンドの言葉にそう答えたヴェノムを見て、スマラカタはため息をつく。

『まさか道具に成り下がるとはねえ……』

『ハッ、どーとでもいいやがれ。テメーらに理解されよーとか思ってねーよ』

口調から考えても、ヴェノムは納得のうえで、ティナと手を組んだとしか思えない。

だが、スマラカタとしては、独立進化しながら、人間と手を組むことを選択したヴェノムを認めることは出来ないのだろう。

真耶そっくりの貌が歪む。

睨みつける真耶など、本人ではまず見られない表情だろう。

もっとも、そんなことを考える余裕もないほど、簪、真耶たち、誠吾は唖然としているのだが。

『そう……、ナラ、アンタハ敵ネ?』

『オレはオレの味方なだけだ。利用できるヤツか邪魔するヤツかしか区別してねーよ』

『上等ヨッ!』

そう叫ぶなり、スマラカタがティナとヴェノムに向かって突進してくる。

ティナは一瞬簪のほうへと目を向けると、距離を取るかのようにそこから離脱した。

「あ……」

その行動で、ティナの目的がわかった。スマラカタを引き付けてくれているのだ。

今のスマラカタはヴェノムしか見えていない。裏切り者だと思っているからだろう。

この状況なら、執拗に真耶を狙ってくる心配はない。

「更識さん、他の二機を止めよう」

そういったのは誠吾だった。ティナの行動から、彼女の真意を読み取ったらしい。

「かまいませんか?」と、ようやく冷静になった真耶も簪に尋ねてくる。

実のところ、ムッとしているところはある。それでも、今考えるべきは真耶の命を守ることと、学園からスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドを撃退することだ。

ゆえに、答えは決まっている。

「大丈夫です」

そういって、どうやらスマラカタとヴェノムのほうが気になっているらしい二機に攻撃をしかける。

 

そう来たか

 

舐めてもらっちゃ困るわよ?

 

「舐めてない」

簪は舐められるような状況ではない。

大和撫子が戦闘時だけでも協力してくれるなら、まだ楽に戦えるだろうが、反発している状況で、相手を舐めることなどできるはずがないのだ。

ただ、それでも。

いきなり現れたティナとヴェノムに負けたくないという気持ちが生まれていた。

 

 

日本、札幌上空。

面白そうに声をかけてくるタテナシの言葉に、シャルロットは内心動揺していた。

『まさかオニキス、いや今はヴェノムだったかな?人を乗せるようになるとはね。面白いね』

「あなたはオニキスのことをどう思ってたのよ?」と、刀奈。

『さてね。特別仲が良かったわけでもないし、考えていることはわからないよ』

ただ、今後のことを考えてることと、単に生きながらえたいから人類側についたわけではないだろうとタテナシは語ってくる。

「どうして?」

『命冥加な機体もないわけじゃない。ヴェノムは確かにあっさり倒されるのは嫌うだろうけど、それは人を乗せる理由にはならないね』

おそらくは、そうしなければならないほどの『敵』が、ヴェノムにはいるんだろうという。

『誰なんだろうね?でも、君たちにとっては悪いことじゃないだろう?味方が増えたんだし』

そういって笑うタテナシの言葉が、胸に突き刺さる。

隔意を持つ相手が、いきなり味方になったことを喜べるはずがない。

むしろ、敵のままでいてくれたほうがはるかにありがたい。

『落ち着いてシャルロット。今はタテナシよ』

(わかってる、わかってるよ……)

頭では、という注釈がつく。

頭では理解できるのだ。

IS学園の状況はわずかながら好転している。これは喜ぶべきことなのだと。

ただ、心がついていかない。

オニキスは敵だった。

ましてシャルロットにとっては、できれば自分の手で倒したい相手だった。

それなのに、そうなる前にこちら側についてしまった元オニキスことヴェノム。

そんなヴェノムを駆るティナ。

少なくとも現状では味方側だと理解できるのに、心が、どうしてもあの二人を認めることを拒んでいた。

 

 

襲いかかる炎の砲弾をティナは必死に避け続ける。

『今はスマラカタだっけな。アイツはもともとは炎を生み出すISだ』

「あの火ってナノマシンかなんかなの?」

『いんや。アイツの機能はフィールド生成だ』

「フィールド?」

ゴールデン・ドーン、そしてヘル・ハウンド。

これら二機はもともとは炎を生み出す機体として作られたものだ。

時期を考えると実はヘル・ハウンドのほうがオリジナルになる。

炎を生み出し、撃ち出すという機能になるのだが、ゴールデン・ドーンはさらに突き詰めた機体として制作されている。

『フォース・フィールド、力場ってヤツだ』

なるほど、と、それでティナにも答えが理解できた。

スマラカタことゴールデン・ドーンは炎を生み出し、その周囲に特定の力場を作ることで、炎の形を自在に変えることができるISだったのである。

『だから、炎を幕にしたり、玉にしたりできんだよ』

「随分、フリーダムな機能ねー」

実際、ただ炎を撃ち出すよりも、有意義な使い方ができる。

今はタテナシを名乗るミステリアス・レイディが液体型ナノマシンを使い、水を操るのに酷似してもいる。

ただ、単純な機能としては力場を生み出すスマラカタのほうが優秀な機体ということができるだろう。

『オレらは本来の能力でプラズマエネルギーの固体化ができるからな。元の能力と相性がいーんだ』

「なるほどね」

すなわち、強いという意味である。

だが、そんなことで弱音を吐いていては、ヴェノムの共犯者となった意味がない。

ティナはできると信じ、スマラカタが撃ち出す炎の隙間にルートをイメージして、指先からプラズマエネルギーのワイヤーであるラケシスの糸を繰りだした。

『当タラナイワヨッ!』

あっさり避けてしまうスマラカタだが、そんなことは問題ではない。

ある程度のイメージで、糸の動きを操れることが確認できたからだ。

「フェザーのビットほどじゃないのね」

『それをするにゃー、おめーは向いてねーな』

「悪かったわね」

常に自在に動くブルー・フェザーの羽とは違い、イメージを固めてから撃ち出すのが限度らしい。

そもそもティナはそういった思考形態を得意としていない。

セシリアの領分である。

ただ、逆にいえば、イメージを固められれば糸の動きはかなり自由に操れるということだ。

(つまり、先読みが必要ってことねー)

ある程度、敵の動きを読み、そこに合わせるように動かすか、敵の攻撃を見てから合わせるかのいずれかになるということだとティナは理解する。

『鬼ゴッコハオ終イヨッ!』

そう叫んだスマラカタが、直径五メートルはあろうかという巨大な炎球を生み出した。

さすがにアレは喰らえないとスピードを上げるティナとヴェノムだが、スマラカタの、真耶そっくりの貌が笑みの形に歪む。

『後ろはどうするのお?』

「えっ?」

センサーで確認すると、ちょうど校舎、しかも生徒が避難している場所をティナは背にしていた。

つまり、避ければ避難している生徒が皆殺しにされてしまうということだ。

スマラカタは激昂しているように見えて、ティナをうまく誘導するように追いかけていたのである。

『オレは気にしねーけどな』

もっとも、ヴェノムは本当にそういうことを気にしないので、このまま避けることを否定しないが。

「私はそういうわけにはいかないのよっ!」

『ならどーする?』

『アンタ、シールドは持ってないもんねえ♪』

確かに、アラクネであった頃も、オニキスとして、そしてヴェノムである今もシールドは持っていない。

それでも避ければ被害が出る。

つまり、受け止めるしか方法がない。

(どうやってッ?!)

ティナは必死に考える。

ヴェノムが持っている武装は、クロトの糸車、ラケシスの糸、アトロポスの裁ち鋏の三つ。

鋏の刃渡りは約一メートル。

あの炎球では、おそらく大きすぎて切りきれまい。

しかも、うまく切れたとしても、あの大きさでは四散した炎球でも被害が出る可能性がある。

蜘蛛の巣を作ったとしても。

『たぶん、隙間を潜らせるぞ』

「そうよね」

網の目状に作ったものでは、その隙間を無数の炎の砲弾に変えて潜らせてくるだろう。

必要なのは壁だ。

しかし、糸で壁を作る方法などない。

糸で、しかも壁に成り得る物。

瞬間、ティナの脳裏に閃いたものがあった。

『終ワリヨッ!』

「終わらないわッ!」

スマラカタの叫びに、叫び返したティナ。

直後、ティナとヴェノムに襲いかかった炎球は、何かに阻まれ、さらにスマラカタに向かって襲いかかった。

『なッ?!』

さすがに巨大な炎球を自分で喰らいたくはないのか、スマラカタはすぐに避ける。

炎球は学園のシールドを突き破って空へと消えた。

『何よおっ、いったいっ?!』

そう叫んだスマラカタの目に飛び込んできたのは、光り輝く壁。

だが、何故か、風にはためくように波打っている。

『新しい武装を作り出すなんて出来ないはずよおっ?!』

ヴェノムに新しい武装が出来たのだろうかと思ったスマラカタだが、本来ならばありえない。

武装の変化はあっても、武装を新作することはできないはずだからだ。

しかし。

「やってできないことはないわよ」

『まー、そーゆうこった』

壁が、まるで糸が解けるようにバラけると、その後ろから不敵に笑うティナとヴェノムの姿が現れた。

 

 

指令室の千冬は思わず笑みを浮かべていた。

「ちーちゃん?」

「いや、ハミルトンは思っていた以上に優秀な操縦者だったと思ってな」

「今のはいったいなんでしょう」

解析を試みる虚だが、既に束が解析していたらしく、説明してくる。

「あれは織物だね」

「オリモノ?」

「考えたものだ。ハミルトンはオニキス、いやヴェノムの機能である糸を使って織物、つまり布を織り上げたんだ」

すなわちティナは機織りを再現したのである。

本来は幾つかの種類がある機織りだが、基本的には経糸に対し緯糸を何度も潜らせることで織物を作ることができる。

ティナは指先から出るラケシスの糸を経糸に、クロトの糸車から出る糸を緯糸にして布を織り上げたということである。

「鋏じゃ切りきれない。蜘蛛の巣では受け止められない」

『だから布を織ったのー?』

「そういうことだろう。目を細かくすれば潜り抜けることはできんからな」

生徒の一人が意外な実力を見せてくれたことは、千冬にとって嬉しいことである。

オニキスことヴェノムが味方になったことは確かに複雑な気分だが、それを上回る希望を感じさせてくれるからだ。

「糸という機能を持つヴェノムだけど、普通に考えてワイヤーと蜘蛛の巣の糸で布を織るなんて考えないからね。でも、あの子は糸からそう発想したんだよ」

それこそが、ヴェノムとなったオニキスが求めた人間の力なのだ。

そこから考えるならば、ヴェノムの人選は間違っていなかったということができる。

「束、間違っても内容を敵側に明かすなよ」

「むー、ちーちゃんは束さんをバカにしてない?」

「すまん、すまん」

戦況が著しくよくなったわけではないが、確かな希望が見えてきたと感じ、千冬は微笑んでいた。

 

 

石切丸と無骨な槍が鍔迫り合いを起こすかのようにぶつかり合う。

ギリギリという力押しを続けた後、簪はコールド・ブラッドと距離を取った。

武器はこちらに分があったとしても、武器の扱いは向こうに一日どころではない長がある。

ただ、それでも、簪は言い様のない悔しさを感じていた。

その思いを、自分のパートナーになるはずの相手にぶつける。

「いいの、このままで?」

相手は答えない。

答える気がないのだろう。

はっきりいえば、不貞腐れているのだから。

「元のアラクネは第2世代機。なのに間違いなく私たちより強い」

本来は第2世代機と、代表候補生でもないただの学園生。

でも、間違いなく、元は強力な第3世代機で、さらに進化したスマラカタと互角に戦っている。

強くなるために人間を乗せることを覚悟したオニキスことヴェノム。

そのヴェノムが持っていた機能をよりうまく使いこなそうと必死に考えているティナ。

そこにあるのは強くなりたいという純粋な気持ちだ。

善も悪もなく、ただ上を目指す強い思い。

「私たち、負けてるんだよ。進化したにもかかわらず」

 

そういう自覚があるのはいいことだぜ

 

「……ありがとう」

今度は素直に謝辞を述べる。

コールド・ブラッドも性格はそれほど悪くない。

どうやら『勝気』らしいその個性は、普通に考えれば問題があるようなものではないからだ。

素直にこちらを賞賛してくる言葉に、あえて簪は素直に答えた。

何故なら、本来は第3世代機を目指して作られていたはずの打鉄弐式こと大和撫子。

代表候補生の中でも、指折りの実力者である簪。

「あなたも私も負けたままなんだよ。それでもいいの?」

答えてこない大和撫子に、簪はさらに続ける。

「私はイヤ。ハミルトンさんにも、他の人たちにも、お姉ちゃんにも、絶対負けたくないッ!」

そういって、コールド・ブラッドの一撃を弾く。

それこそが簪の思いだ。

本来、彼女は負けず嫌いなのだから。

相手が誰であろうとも、負けたくないと強く思うからこそ、代表候補生まで上り詰めたのだから。

ゆえに、戦おうとしない自分のパートナーに想いを叩き付ける。

「負け犬のままでいいんならそこから出てってッ!一緒に戦いたくなんかないッ!」

 

『だぁーれが負け犬どぁーッ!ちょぉーし乗んなぁーッ!』

 

「なっ、翼が勝手にッ?!」

声が聞こえてきたかと思うと、大和撫子の翼が、簪の意思とは関係なく開かれる。

『アンタらてぇーどに負けるよぉーなあたいじゃぬぁーいッ!』

叫び声と共に放たれたのはプラズマエネルギーの砲弾。

いまだ第3世代機としての機能は完成していないので、大和撫子が勝手に作り出していた。

だが、それはまるで意思を持つかのように、コールド・ブラッドとヘル・ハウンドに襲いかかる。

劣化版とはいえ、ディアマンテの機能を限りなくオリジナルに近いレベルで再現していた。

アンスラックスの場合、機体が持っていたことで使える機能を、大和撫子は己の個性から得られる才能のみで再現しているのだ。

 

さすがに『不羈』だけあるなッ!

 

ホント迷惑な子だわ

 

「ちょっ、撫子っ!」

『アンタらッ、あたいがぶっ潰ぅーすッ!』

そういって簪の意思を無視して大和撫子は、コールド・ブラッドとヘル・ハウンドを追い立てる。

戦う気になってくれたのはいいのだが、まったくいうことを聞こうとしない大和撫子に、簪は少し言い過ぎたかなと反省するのだった。

 

 

少しずつだが各地の戦況は好転しつつある。

そんな中、シドニーでは。

「鈴さんッ、もうおやめくださいッ!」

『これ以上は命に関わりますッ、リンイン様ッ!』

『いい加減にするニャッ、リンッ!』

鈴音が、アシュラを相手に孤軍奮闘していた。

目から、耳から、鼻から、口から血を垂れ流し、肌が露出している部分はところどころ赤く内出血していたり、酷いところでは皮膚が内側から破られたように避け、鮮血を垂れ流してしまっている。

驚くべきことに、その状態で、鈴音はアシュラと互角に戦っていた。

戦えてしまっていた。

ゆえに。

 

「こんなところでッ、負けられないのよッ!」

 

血まみれながら華麗な動きで如意棒を振りかざし、アシュラに挑みかかる。

『蛮勇……』

そう呟くアシュラは悲しみの面を顔につけている。

そんな、鈴音とアシュラを見るまどかは。

「ヨルム……」

『アレは至ってはならない境地だ、マドカ』

そう答えたヨルムンガンドの言葉に、まどかは反論できなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。