各地の戦況を見ていたディアマンテとアンスラックス、そしてティンクルだが、唐突にある場所に目を留めた。
『なんということを……』
『……無謀としか言い様がありませんね』
その場所はシドニー。
鈴音がやってしまったことに気づいたのだ。
眼下では鈴音が単独でアシュラとほぼ互角に戦っているが、既に満身創痍といっていいような状態だった。
強くなりたいという想いが強すぎたのだろうかとアンスラックスは考える。
しかし、もし仮に鈴音が自分と共生進化していたなら、あれは認められない。
『マオリンは何故許したのだろうな?』
『……許しているようには見えません。おそらく、マオリンが持つエンジェル・ハイロゥとのネットワークを強引に利用しているのでしょう』
『可能か?』
『不可能ではありません。ただ、かかる負荷は相当なものであるはずです』
向こうの二人とは対極といっていいでしょう、と、ディアマンテは続けた。
ティナとヴェノムは共犯者という間柄だ。
しかし、お互いの領分を侵すことなく、各々の力をうまく利用しているということができる。
いわば、線引きが巧いのだ。
逆に。
『リンはマオリンの制止を振り切ってネットワークを奪い取った様子です。本来、パートナーに対してするべきことではありません』
『確かに。心変わりでもしたか。マオリンの主は?』
悩んでいるのだろうか、数瞬考えた後、ディアマンテは答えた。
もっとも、それは決して答えといえるようなものではなかったが。
『……それは、私には想像できません』
『そなたのパートナーはどう見ておる?』
そういって問いかけるアンスラックスだが、ティンクルは答えてこない。
『如何した?』
『休んでいるのでしょう。ティンクルの行動は私が制御しているわけではありませんから確実とはいえませんが』
本当に、人間とのパートナーシップのようだとアンスラックスは思う。
いずれにしろ、問いかけても答える様子がないのでは、これ以上は話をしても無駄であるとアンスラックスは判断した。
ただ。
『バランスを著しく損なった状態では、勝利は難しかろうな』
『その意見には同意します』
そう答えたディアマンテの声は、どことなく悲しげな響きを含んでいるようだった。
時間は少し戻る。
鋼鉄の蛇の仮面をつけ、翼を大きく広げて挑みかかったまどかだが、それでも右手二本で捌かれる。
性能の問題ではない。
ただ純粋に、戦闘技術がまるで違いすぎた。
『解除しろマドカ。エネルギーがもたん』
「くぅッ!」
ヨルムンガンドの言葉に素直に従い、まどかはモード・ラミアを解除する。
さすがにエネルギーの消費量が大きいので、長くは続けられなかった。
「そりゃぁッ!」
鈴音は両手足に娥眉月をまとめた状態で発現させ、格闘に近い動きでアシュラに挑みかかる。
考えはシンプルだ。
手数を増やすために、両手足で攻撃を仕掛けているのだが、こちらは左手一本であっさり捌かれてしまっている。
「ちょっとっ、自信なくなるじゃないのッ!」
思わずアシュラに対して突っ込んでしまう鈴音だった。
『アシュラは闘いの神様としてニャが(長)く信仰されてるニャッ、歴史が違うのニャッ!』
こと戦闘においては、目の前の使徒は最強に名を連ねる。
他の様々な分野を併せれば、アンスラックスなどと違い、決して有能ではない面もあるのだが、そのぶん、戦闘能力に数値が高く割り振られているといえるだろう。
ゆえに。
「クッ!」
『セシリア様、当てるだけが砲撃ではありません』
「確かに。しかし自信なくなりますわね。この相手には」
羽を使った複数同時砲撃にもかかわらず、アシュラはすべて避けてみせる。
逃げ場を削って鈴音とまどかのサポートをする意味もあるのだが、避けられた上で二人の攻撃を捌かれては本当に自信をなくしてしまう。
戦場において、これほど厄介な相手もいないと、全員が思っていた。
瞬間。
「あぐッ!」
「きゃあッ!」
「鈴さんッ、まどかさんッ!」
アシュラの四本の腕が、鈴音とまどかに襲いかかり、二人を弾き飛ばした。
近くにいてはまずいと、セシリアは羽を使ってまどかを拾いつつ、鈴音の近くに移動する。
とにかく一旦息をつかなければ、ジリ貧だった。
「じょーだんキツいわ。アイツ、戦闘能力だけならザクロやヘリオドール、アンスラックス以上なんじゃないの?」
「アンロックユニットである四本の腕を見事に使いこなしていますわね」
ある程度の距離であれば、本体から離して使うこともできるようになっているため、間合いはかなり広い。
半径五十メートルは確実にアシュラの戦闘領域になってしまっているのだ。
鈴音の娥眉月や如意棒にしても、まどかのティルヴィングにしても、せいぜい二、三メートル。
その間合いで、互角に戦えるならばともかく、アシュラのほうが戦闘技術が上である以上、死地に飛び込むのと変わらないのである。
『増援を待つのがもっとも正しい選択です』
『四、じゃニャくて五対一でようやく防戦できるくらいの差があるのニャ』
しかし、そこにヨルムンガンドが口を挟んでくる。
『すまないが私たちを数に入れるのはやめてほしい』
「ヨルムッ?!」
どうやら、まどかも驚いているのか、思わず叫んでしまうが、ヨルムンガンドは気にせずに説明してきた。
『モード・ラミアはエネルギーを大量消費する。戦闘続行できてもせいぜいあと十分程度だ』
「そういえば機獣同化なんだっけ。アレ?以前はけっこう長く戦えてなかった?」
鈴音たちとまどかが初めて出会ったときのことである。
もっとも、ヨルムンガンドに言わせれば、おかしなことではないらしい。
『エネルギーの補充はできるのだが、如何せん相手が悪すぎる』
「どういう意味ですの?」
『奴はこちらのエネルギーを消耗させるように戦っている。補充が追いつかん』
つまりは鈴音と戦ったときと、アシュラを相手にするときではエネルギーの消費量が異なるということだ。
そこまで考えて闘っているのだとするなら、アシュラは最悪の敵といってもいい。
『こちらの数を減らすことも考えているということでしょう。口惜しいですが、戦闘に関することではあのアシュラを超えるのは難しいといえます』と、ブルー・フェザー。
『無駄ニャ動きをしてニャいのニャ。そうニャると向こうのほうが長時間戦えるニャ』
『我々男性格とて、女性格とそう変わらんよ。これは我々ISのシステムそのものの問題だ』
なるほど、と、まどか以外の全員が納得した。
苦虫を噛み潰したような顔を見せるまどかを見ると、理解はしている様子だが。
「ティナとヴェノムがこっちにきてくれたとしても、数は五。やんなるわね」
「えっ?」と、その言葉にセシリアが反応する。
今のセリフは、明らかにティナとヴェノムを受け入れているという意味になるからだ。
IS学園の様子に関しては、ちゃんと情報を受けているため理解している。
今のあの二人なら、一緒に戦えると鈴音は考えているのである。
「ヴェノムがティナを裏切るなら完全に潰すわ。でも、協力してくれるなら味方に数えてもいいでしょ?」
「……敵だったんですのよ?」
「昨日の敵は今日の友っていう言葉もあるわよ?」
この辺りが、自分との違いなのだろうとセシリアは感じ取った。
鈴音はISコアを比較的受け入れやすい。
割り切り方が大雑把なのだ。
対して、セシリアやシャルロットは、冷静に見えて、根っこのところでは感情を挟んでしまう。
セシリアは仮に改心したとしてもサフィルスは受け入れられない。
シャルロットも同じようにオニキスを受け入れるのは難しいだろう。
そう思うとセシリアはシャルロットに同情してしまうのだ。
今、きっと苦悩していることだろう、と。
『あちしは別にかまわニャいニャ』
『私はヴェノムに好意は持てません』
似たもの同士といおうか、猫鈴とブルー・フェザーもそれぞれのパートナーと同じ答えを出している。
ただ、いずれにしても。
「増援が来るという考えは甘えだ」
そういったまどかの言葉が一番真実に近いだろう。
この場は自分たちで凌ぐしかない。
『再開』
そう呟くように告げたアシュラが一気に襲いかかってくる。
遊ばれているのか。
それとも少しでも相手が勝機を得ようと必死になるのを待っていたのか。
いずれにしても、アシュラには余裕があり、こちらには余裕がないことを痛感してしまう。
それでも。
「やるっきゃないのよッ!」
「侮るなよアシュラッ!」
鈴音とまどかが前衛を、そしてセシリアがサポートを、それぞれのポジションで戦うために翼を広げる。
まどかとヨルムンガンドがあと十分程度しか戦えないなら、その十分でケリをつけるしかないのだ。
だが、その十分はあまりにも無情に、そして静かに過ぎ去った。
「ヨルムッ!」
『すまないマドカ。少しでいい。補充時間が必要だ』
今の状態では程なく落ちるとまでヨルムンガンドは断言する。
『達成』
そんなまどかとヨルムンガンドの姿を見て呟いたアシュラの言葉で、セシリアは理解した。
(……IS学園組のための時間稼ぎっ!)
『アシュラは任務に忠実な性格をしています。進化したとしても、それを忘れるような性格ではありません』
迂闊だったと思う。
進化したことで、アシュラは好戦的になったと勝手に判断してしまっていた。
だが、テンペスタⅡであったころの任務、依頼されたことを忠実に実行するという性格が変わったわけではなかったのだ。
「まどっ、いえ、ヨルムンガンドさんっ、どのくらい必要ですのっ?!」
『感謝しよう。十分停止していれば、三十分間の全力戦闘ができるくらいには回復させられる』
「待てヨルムッ!」
「黙って下がってなさいッ!」
そう叫んだのは鈴音だった。驚いたまどかは思わず視線を向けてしまう。
「あんたには聞きたいことがてんこ盛りなんだからッ!ここで倒れられちゃ困るのよッ!」
外見は明らかに一夏と千冬の血縁。
それでいて名前は諒兵の関係者。
そんなまどかには本当に聞きたいことが山ほどある。
だから、倒れられるわけにはいかない。
前衛を自分一人でやるしかない。
その決意で、鈴音は武器を如意棒に変化させ、アシュラに挑みかかる。
「セシリアッ、まどかの面倒見ててッ!十分もたせるからッ!」
戦闘がアシュラ中心になり、量産機たちは下がっているのだが、動けないまどかを集中攻撃してくる可能性がある。
ならば、セシリアが守るしかない。
しかし。
「無茶ですわッ!」
『暗愚』
「わかってるってのッ!」
アシュラにまで突っ込まれてしまうことに、情けなさを感じる鈴音だが、それでも自分がやるしかない。
だが、まどかを相手にしていた二本の腕が鈴音に襲いかかるようになると、その実力差に呆れてしまう。
腕一本で如意棒を捌くと、残った腕が拳や手刀となって攻撃してくる。
鈴音の接近戦の実力では、一撃を弾き、もう一撃を捌くのが限界だ。
「あぐっ!」
『フギャッ!』
正直にいって防戦すら難しいといえるほど、戦闘技術に差があるのだ。
(そうなんだわ。力じゃなくて技術が違う……)
性能自体は互角なのだ。
猫鈴はかつては第3世代機の甲龍。
アシュラは同じ第3世代機のテンペスタⅡ。
持っている力はほぼ互角。
ただ、アシュラには闘いの神としての戦闘技術がある。
鈴音は最強に近い代表候補生であったとしても、人間でしかない。
その差が大きすぎるのだ。
そう思いながら必死に防戦する鈴音は、ふと手にする如意棒を見た。
そして……閃いた。
その途端。
『それはダメニャッ!やらせニャいニャッ!』
いきなり猫鈴が警告してくる。
叫ぶというより、怒鳴りつけるレベルで。
[よせ鈴ッ、そいつぁおめぇにゃぁキツ過ぎるッ!]
『おやめくださいリンイン様ッ!』
『それは、君が敵であっても勧められないぞ』
驚くことに、丈太郎やブルー・フェザー、そしてまだ完全には味方ではないはずのヨルムンガンドまで止めてくる。
だが、鈴音にはそれしか思いつかない。
そして思いついたことを実行しない限り、十分どころか五分、あと数分戦えるかも怪しい。
「ごめんマオッ、やるっつったらやるのよッ!後でいっぱい謝るからッ!」
鈴音がそう叫ぶなり、天空から稲妻が落ちてくる。
その稲妻は。
「鈴さんッ?!」
「きゃあぁああぁあぁあぁぁぁあぁッ!」
鈴音の頭上、光の輪を直撃した。
衝撃のせいか、鈴音は耳や目から血を流してしまっている。
どう考えてもダメージを受けたようにしか見えない。
しかし。
「なッ、バカなッ?!」
「どういうことですのッ?!」
まどかやセシリアが驚くのも無理はないだろう。
襲いかかるアシュラの四本の腕を、鈴音は『神がかり』的な棍捌きですべて弾いたうえ、アシュラの首元を掠めるかのような鋭い刺突を繰りだしたのだ。
今まで防戦一方だったのが嘘のような動きだった。
『リンッ、早く接続を解くニャッ!』
「ごめん、聞けない。今はこれでやらせて」
焦ったような声を出す猫鈴に対し、鈴音は冷静な声で答える。
しかし、マトモな状態とはまったく思えなかった。
少し距離を取り、まどかを守りながら戦うセシリアはすぐにブルー・フェザーを問い質す。
『不可能ではありませんが無謀すぎます。少なくとも今のリンイン様がやるべきことではありません』
「いったい何ですのッ?!」
焦るセシリアに対し、ヨルムンガンドがため息まじりに答える。
『ダウンロードとインストール。それが正しい表現だろう。あの娘は闘いの神である奴に対抗するため、神仏の戦闘技術を自分の身体に取り込んだのだ』
「なんだとッ?!」
「神、とは?」
『私たちと縁がある存在ではありません。東洋の神の一人です』
『名は斉天大聖。あの金箍の君を武器として使いこなした神仏として伝えられる存在だ』
おそらくは闘いの神である阿修羅と同格だろうとヨルムンガンドは説明してきた。
斉天大聖。
孫悟空の名で知られるが、闘戦勝仏の名で仏教系の神としても広く知られる存在である。
かつて、英雄や神が使った武器や道具に宿っていたISコアの電気エネルギー体が集まるエンジェル・ハイロゥには、この世のすべての情報が集まる。
神話や伝説もそれは変わらない。
そして、そこに語られる神や英雄の戦闘技術も、情報として蓄積されている。
鈴音は、猫鈴が持つエンジェル・ハイロゥとのネットワークを利用して、かつて猫鈴が如意棒であったころ、その使い手であった斉天大聖の戦闘技術を自分の身体に取り込み、アシュラと戦っているのである。
[確かにアシュラと互角に戦うにゃぁ、一番手っ取り早ぇ方法だ]
そう、丈太郎は締めくくる。
だが、決して褒めているような声の響きではなかった。
ゆえに。
「いい方法ではありませんわよね?」
そういったセシリアに、ブルー・フェザーが悲しげな声で答える。
『神は肉体の強度が人間とは違います。如何に共生進化で強化していても容易に届くものではありません。確実に自壊します』
『さらにいえば神仏や英雄の戦闘技術の情報だ。脳の処理が追いつかん。下手をすれば廃人と化すぞ』
「そんなっ!」
ブルー・フェザーやヨルムンガンドの言葉通りだった。
鈴音の肉体からは皮膚が裂け、血が噴き出し、先ほどは目や耳からだけだったが、戦闘を続けるほどに、口や鼻からも血を垂れ流してしまっている。
互角に戦えていることがまったく信じられないくらいだ。
だが、間違いなく互角に戦えている。
「……ヨルム」
『させる気はないぞマドカ。あれは悪手だ。あのような方法を使わずとも君は強くなれる』
強くなることを目的の一つとしているまどかは、鈴音がやってしまったことに興味を持つが、ヨルムンガンドは強固に否定した。
「……わかった」
厳しい声だったうえに、めったに褒めないヨルムガンドが褒めてきたことで、まどかはやるべきではないと理解する。
『普段はともかくとして、物分りのいいパートナーを持って私は幸福だよ』
「一言多いっ!」
きっちり皮肉を交えてくる当たり、やはり性格の悪いASだとまどかは思わず突っ込んでいた。