整備室での治療とチェックを終えた鈴音は、千冬に連れられ、自室に向かう。
そこで。
パシィンッ、と、乾いた音が響いた。
千冬が鈴音の頬を平手で叩いたのである。
「あっ……」
「鈴音、一週間謹慎だ。戦闘、訓練、学習の全てを禁じる。ここでよく考えろ」
「ちふゆさん……」
「お前が無茶をした気持ちはわかる。だがな……」
そういって千冬は語り始める。
鈴音が無茶をしたのは、一夏や諒兵がいないことに対する不安と、自分が普通の女の子に逆戻りしてしまう不安があったためだ。
だから強くなろうとした。
だから必死に考えた。
その結果が、神降ろし、神仏の戦闘技術を降ろすことだったのだ。
だが、それが今の鈴音では無謀な挑戦だったことは、やる前から理解できていたはずだった。
猫鈴たちが必死に止めたことからも。
何か別の手を考えるべきだったのだ。
最悪、撤退することも視野に入れるべきだった。
「でもっ、そうしたら……」
「街に被害が出る。だからこそ戦場となっている場所ではお前たちが戦う下で、市民を避難させているんだ」
街に被害が出たとしても、せめて人の命だけは守る。
そのための指示はちゃんと出ていたのである。
そしてそれは、鈴音も同じなのだ。
「人の命に差はない。それはお前もだ鈴音。お前に犠牲になれなどという命令を出した覚えはないぞ」
「でもっ……」
「今回お前がやったことで、一番傷ついたのは誰だと思う?」
「えっ?」
一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。
今回の戦闘で、外見上、一番傷ついたのは鈴音に他ならない。
しかし、千冬の言い方だと、鈴音ではないといっているようにしか聞こえない。
「目を覚まして、最初に見たのがぼろぼろのお前の姿だったんだ。あいつらが傷つかなかったと思うか?」
「あっ……、いちか、りょうへい……」
「そうだ。だが、あいつらだけじゃない。お前が仲間だと思っている者たち全員が傷ついたんだ」
誰も鈴音にぼろぼろになってまでアシュラに勝てなどとはいっていないし、思ってもいない。
それなのに鈴音は無茶をした。アシュラに勝てるくらいの力がなければダメだと思い込んだ。
それこそが鈴音の間違いであり、多くの仲間を傷つけた過ちなのである。
「昔のマンガにあったな。『お前のためにチームがあるんじゃない。チームのためにお前がいるんだ』だったか」
有名なバスケットボール漫画のセリフである。
今でもこのジャンルの漫画の中では、良く知られた作品だろう。
「だがな、あえて私は逆を言おう」
そういって千冬は一つ息をつくと、意を決したように口を開く。
『仲間のためだけにお前がいるんじゃない。お前のためにも仲間がいるんだ』
「ちふゆさん……」
「一人じゃないということを理解しろ。大事な仲間だからみんなお前と一緒にいてくれている。それが信頼できる仲間なんだ」
セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、刀奈、ティナ。
他にもたくさんいる、共に戦う仲間たち。
そして一夏と諒兵。
さらには、パートナーである猫鈴。
助けてほしいといえば、必ず手を差し伸べてくれる鈴音の大事な仲間たち。
鈴音の無茶は根底は不安からだが、仲間のためにという思いも確かにあった。
しかし、それで無茶をして犠牲になってしまっては、意味がないのだ。
「お前は十分頑張っている。だから仲間を信じろ。そして頼れ。誰もお前を突き放したりはしない」
そういって苦笑を浮かべつつ、息をついた千冬は言葉を続けた。
「いずれにしても、猫鈴はお前の身体の修復でしばらく動けんそうだ。応答も難しいだろう。少し一人になって頭を冷やせ」
「はい……」
そう答えた鈴音は、去っていく千冬の姿を見つめ続ける。
千冬本来の力からすれば、あまりにも弱々しかった平手で打たれた頬が、酷く痛かった。
閑話「使徒被害者の会」
ティナから慰労会をするという連絡があったが、鈴音は断り、自室で休んでいた。
すると部屋のドアがノックされる。
誰が来たのだろうと声をかけると、意外な人物の声が聞こえてきた。
「山田先生?」
「少し、いいですか?」
「はい」と、そう答えてドアを開けると、複雑な表情をした真耶が立っていた。
招き入れ、とりあえずベッドに座ってもらう。
どうやら少しお菓子を持ってきていたらしく、鈴音に手渡してきた。
「皆さん、慰労会というかたちで小さなパーティをやってるんですけど、聞いてました?」
「……はい、でも、ちょっと行く気にはなれなかったんです」
千冬にいわれた言葉を反芻すると、どうしても今は参加する気になれない。
一夏と諒兵が復活したことや、ティナが参戦してきてくれたことは決して嬉しくないわけではないのだが。
「今日は、一人になりたいかなって……」
「私もです。無事だったし、勝ったといってもいいんですけど、素直には喜べないので」
何があったのだろうと思う。
真耶は特に問題があったわけではないはずだが。
そう考えるも、真耶の様子を見ると、単に一人の自分を心配してきただけではないことは理解できた。
真耶自身、何か気に病むようなことがあったのは間違いない。
そう思って聞いてみる。
「だって、自分の顔や形、奪われたんですよ。しかも命狙ってくるし……」
「あっ……」
そうだった、と思いついた。
真耶はスマラカタに容姿を奪われている。
その上、命まで狙われているのだ。
そのスマラカタを倒したわけではないので、今後も襲ってくる可能性は高い。
だが。
「それにっ、あんな恥ずかしいカッコで飛びまわる自分なんて想像したくありませぇんっ!」
「あー……」
露出の高いIS以上に、ほとんど痴女のようなスマラカタの装甲は、確かに真耶には恥ずかしいだろう。
自分と同じ顔をした存在が痴女紛いの格好で飛び回るのだ。気になって仕方あるまい。
だが、鈴音には気持ちはよくわかった。ふとティンクルのことを思いついたのだ。
自分も容姿を奪われた一人であると考えると、真耶の気持ちはよくわかる。
「私も、ティンクルが何しでかすかと思うと、憂鬱ですねー……」
「凰さん……」と真耶が同情の視線を向けてくる。
だが、真耶と違い、髪型なども同じなので、完全に瓜二つ。
鈴音の場合、ティンクルがどこかで何かをしでかすと、自分も疑われかねないのだ。
「サイアクですよねー……」
「わかってくれますかっ!」
「わかります。すっっっっっっごくわかります!」
「凰さんっ!」
「山田先生っ!」
思わず抱き合う教師と生徒。
ここに『使徒被害者の会』が誕生し……。
「……山田先生にはきっと私の気持ちはわからないです」
「えっ、なんでですかあっ?!」
胸部装甲の大きな差に、真耶とはわかり合えないということを実感した鈴音だった。