スマラカタが起こした大型の襲撃から三日後。
平穏な日常を送りつつ、IS学園の面々は次の戦いに備え、自らを鍛えていた。
ちなみに、昨日の一夏と誠吾の手合わせは一夏の惜敗といったところだった。
今、一夏はブリーフィングルームで誠吾に先日の手合わせについて解説を受けている。
その場にいるのは謹慎中の鈴音を除いたいつもの面々である。
「体勢に無理があるんだろうね」
「無理?」
「死角からの一撃という考え方自体は間違いじゃない。ただ、そこから必殺の一撃を繰り出すとなると、無理が出てしまうんだ」
相手の意識の死角に潜り込む一夏。
そこから一撃を繰り出そうとすると、無理に体を捻じったりすることも多々ある。
並みの相手ならそれで十分に倒せるが、拮抗する相手だとそれが欠点になってしまうのだ。
「ザクロだっけ。一夏君と戦った相手は」
「うん。強かったよ。間違いなく千冬姉の分身といっていいくらいだった」
「だろうね。だからこそ、そのときのトドメに大きなヒントがあるはずだよ」
トドメ、そう聞いて先のザクロとの一騎打ちを思い返す。
後半は自らの獣性に振り回されてしまっていたが、最後の一撃だけはおぼろげに記憶している。
「……正面からの袈裟懸けだった」
「たぶん、それが一夏君にとって一番力を込められる一撃なんだ」
確かに、と一夏は納得する。
普段のように死角から隙をつく一撃ではなく、一気に近寄って斬る。
それだけの剣。
それだけの剣だからこそ、縛りを感じることなく全力で振れたという手応えが残っている。
『イチカも本質はチフユに近いのかな?』と、白虎。
「そう思うよ。効率のいい戦い方を考えるなら死角からの一撃は非常にいい選択だと思う。ただ、拮抗する相手との死闘ではそのほうがいいってことだろうね」
『ヒッサツワザになると思うネー♪』
確かに、ここぞというときには全てを斬り捨てるような強剣を振るうのも悪くないと思う。
普段からそれでは疲労も半端ではないが、強力な相手に見舞う大技として考えるなら、それは決して間違いではないのだ。
「逆に諒兵君は、もう少し避けることを考えていいんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「手合わせしてみてわかったけど、諒兵君はたぶんスロースターターなんだ。戦闘中テンションが上がるほど、一撃の威力も上がるタイプだよ」
「あー、まあ、それはわかる」
「技の回転も速いしね。ただ、それだと互角の相手との殴り合いじゃダメージを喰らいすぎる」
思わず頭をポリポリと掻いてしまう諒兵だった。
確かに納得できるからだ。
接近戦での戦いで、肉を切らせるような戦い方をしていると、スタミナや防御力で勝る相手にはギリギリで負けてしまう可能性があるのだ。
相手の攻撃を喰らわずに、自分の攻撃を喰らわせ続ける。
そのためには一夏のようにある程度は死角に潜り込むことも必要になってくる。
『あなたがダメージを受けると私もダメージを受けるんです。ぜんっっっっっぜんっ、気にしてませんけど』
「イヤミだぞ、それ」
『あら、気づきました?』
しれっとした様子のレオにため息をついてしまう諒兵だった。最近、イイ性格になってきたレオである。
もっとも自分のダメージより、諒兵のダメージを気にしているのだが。
とはいえ、確かにいっていることは間違いではないと諒兵も思う。
勝つためだけではなく、生き残るため。
そのための戦いにおいて、ダメージを喰らいすぎる戦い方は賞賛されるようなものではないだろう。
先の戦いの鈴音がいい例である。
仮にアシュラに勝てたとしても、千冬はやはり謹慎を言い渡しただろうと理解できるのだ。
「命懸けで戦うのと命を削って戦うのは違う。それは理解して欲しいんだ」
「ああ、わかった」
誠吾の言葉に、肯くしかできなかった諒兵である。
その後も、それぞれの戦いについて、客観的に意見を述べていく誠吾。なかなかの教官ぶりである。
一人でよくやっているといえるだろう。
本来、この場には真耶がいる必要があるのだが、スマラカタの一件以来、日常では上がり症が赤面症へと進化してしまった。
女子生徒の前ならまだしも、男性の前に出られなくなってしまったのである。
戦場にも出られなくなってしまったかと思いきや、模擬戦は可能なので戦闘自体は何とかなるのだろう。
一夏や諒兵の相手も一応は務められるので、、要は戦闘やその前後という状況でなければ、誠吾の前に出られなくなってしまったというべきかもしれない。
そんなわけで。
「あと、今回の戦闘では一番の収穫がある」
今は誠吾と共に千冬がアドバイスを行っていた。
やはりISにも造詣が深くないと、全体を見たアドバイスはしにくいからだ。
この点では誠吾にはどうしても難しくなるので、刀奈が気を利かせて依頼していた。
「一番の収穫、ですか?」とラウラ。
「ああ。ラウラ、お前と諒兵が見せてくれた」
「愛の結晶ですねっ!」
「違うだろっ!」
すかさず突っ込みを入れる諒兵の姿に、一同思わず生暖かい笑みを見せたものである。
それはともかく。
「愛の結晶かどうかはともかく、あの合体攻撃は今後の可能性を提示している。ハミルトンとは違った意味でな」
「なぜ、そこにティナさんの名前が出るんですの?」
「ハミルトンの発想力はひょっとしたらお前たちより上かもしれんぞ。ただ変化させるのではなく、『組み合わせる』ことで選択肢が増えるからな」
先の戦いでティナが見せたプラズマエネルギーの糸による織物は、単純に攻撃方法を変えるだけではない。
パートナーの持つ力を、単体で使うのではなく、組み合わせることで新しい力を生み出すことにつながるのだ。
ヴェノムの持つ三つの武装。
クロトの糸車。
ラケシスの糸。
アトロポスの裁ち鋏。
この三つの武装を組み合わせて使うことで、新しい攻撃方法を生み出せる。
それこそが、無限に近い情報を持つ使徒を超えられる手段なのである。
「あのとき、スマラカタはハミルトンの作った織物を見て止まった。巧く追撃できれば、そのまま倒せた可能性もある」
「それってすごいことですよね?」とシャルロット。
その言葉に千冬は肯く。
そして、同じことがラウラと諒兵が見せた合体攻撃にもいえるという。
「威力も申し分なかった。ブリーズのブリューナクの威力に近いだろう。だが、それ以上にサフィルスが反応できなかったことが大きい」
「えっ?」と、全員が疑問の声を上げる。
『予想できなかったのです。サフィルスが持っていた情報の中に、あの合体攻撃に対応する情報がなかったために』
『人も変わらん。予想外の事態には止まる。だが、私たちはそれが起きやすい』
『あらゆる情報を持つからこそ、そこに『当てはまらないこと』に対して硬直しちゃうのよ』
と、ブルー・フェザー、オーステルン、ブリーズが解説してくる。
『大抵のコトは知ってるから、逆にじゅーなんせーがないのネー♪』
付け加えたのはワタツミだった。
使徒の弱点。
それは発想力がないことだと以前に語っているが、さらに悪い方向に出た場合、思考が止まってしまうのである。
それは、生死をかけた戦いの中では致命的に隙になるのはいうまでもない。
『あのとき私が反応できたのは、まずラウラが反応できたからだ。私一人ではフレンドリーファイアになってしまっただろう』
ラウラが気づいたことで、オーステルンはラウラの意志に従って動くことができた。
それが人と使徒の差である。
全知といえる大抵のASや使徒たちは、物事を正しく理解している。
例をあげるなら『1+1』の答えは『2』だと理解している。
しかし、人の発想次第では『1+1』が『3』、それどころか10や100にもなる。
それは1を数字ではなく、『一つの考え方』として捉えるということだ。
すなわち『1+1』を『諒兵の考え方+ラウラの考え方』として、『2』ではない答えを導き出したということである。
『これが、以前話した計算式を自由に作るということなんだ』
「私たち人間の持つ、可能性ということだ」
オーステルンに続いて千冬が語る。
同じような声で同じような喋り方をするので、どっちがどっちかわかりにくいが、言っていることは非常に重要なことである。
「ならば、今後は私たちがお互いの武装や力の組み合わせを考えていくことも重要ですわね?」
「そうだ。その組み合わせはお前たち自身で好きに決めるといい。自由な発想こそが、生き抜くための力になる」
「戦術とか考えなくていいのか?」と一夏。
「むしろ考えるな。夢物語を考えるくらいのほうが楽しいだろう?」
「あんときゃ、単に思いついただけなんだけどな」
「その思いつきが、今、一番大事なものだ」
自由な発想の先に新しい力が生まれる。
ならば、縛りなど設けないほうがいいと千冬は説明する。
「実際に使えるかどうかまで考える必要はない。その部分は私たちがフォローするから心配するな」
「はいッ!」と、そう答えた一同は、まずは遊んでみるくらいの気持ちで、好き勝手に喋り始める。
そこから少し離れた場所で。
「見事な教師ぶりですね」
「いい先生かどうか自信はないが、努力はしているからな」
誠吾の賞賛に、苦笑いを見せる千冬だった。
一方。
箒は久しぶりに一人で武道場にいた。
木刀を手に、簪が『見事』と表現した、本来の篠ノ之流を思い出すかのように舞う。
傍目に見ても美しいといえるような舞であろう。
奉納の神楽舞を舞うことのできる箒にとってはお手の物である。
だが、神に納めるために舞っているわけではない。
自分が何故、剣を手にしたか。
それを思い出すために始めたことだった。
しかし、箒の目には、敵の姿が映っている。
実際にそこにいるわけではない。
ただ、どうしても負けたくない相手を幻視してしまっているのだ。
「くッ!」と、小さな呻き声を漏らした箒は、舞を止める。
囚われないために舞を舞っているのに、敵の姿に囚われていては意味がない。
気持ちを切り替えなければと考え、箒はその場に座り込んだ。
そこに。
「箒ちゃん……」
「姉さん……」
少し悲しそうな顔をした束が現れた。
並ぶように腰を降ろした束に、箒はどう声をかけていいのかわからず、ただ黙り込む。
だが、それは束も同じであったようで、一瞬のようにも永遠のようにも感じるような沈黙が流れていった。
先に口を開いたのは束だった。
「随分、久しぶりな気がするね」
「そう、ですね……」
実際、箒と束が顔を合わせるのは、あの臨海学校以来だ。
あれ以来、箒はほとんど引きこもったまま。
束は覚醒ISとの戦争で、ずっと働きっぱなし。
マトモに話をする時間など、作れなかったのだ。
もっとも、束がISを作ってから、箒と束はマトモに会話する時間など作ってこなかった。
そもそも束はマトモに人と付き合わない。付き合い方がわからないのだ。
それは家族や箒に対しても同じだった。
過保護にかまうか、まったく無関心になるか。
一番理解できていないのは、人との距離感といえるだろうだろう。
親子。
兄弟。
姉妹。
友人。
知人。
他人。
様々な人間関係がある。
そして、それぞれ相手との距離は違う。
だが、束の場合、基本的に自分と興味対象という歪んだ関係しか作れなかった。
実の妹である箒ですらそうなのだから、親友の千冬も、その弟である一夏も変わらない。
興味対象は手元に、それ以外は廃棄場に。
それで人間関係を作っていこうというほうが無理があるのだ。
ただ、今は、自分が生み出したISコアが、己の意志で、心をさらしているのを見て、考えが変わってきた。
どうすれば、自分の子どもたちとうまく付き合えるか。
そう考えるようになって、自分の周囲の人間関係にも目が向くようになった。
人の優しさを、怒りを、悲しみを感じられるようになった。
そうなると、これまでの自分がいかに歪んでいたかよくわかる。
(ちーちゃんは、こんな私によく付き合ってくれたよねえ……)
千冬の場合、束とは別の意味で人間関係を作るのはうまくないのだが、逆にそんな人間同士であったために、親友といえる関係になれたのかもしれない。
そう思うと、出会いの妙を感じてしまう束である。
だが、と、束は軽く頭を振る。
今考えるべきは箒との関係だ。
姉と妹。
互いに人との距離感が掴めない姉妹。
同じ親から生まれたとはいえ、こんなところまで似る必要はなかっただろうにと思う。
束ほど極端ではなくとも、箒も人との距離感がわからないタイプだ。
だから一夏に依存してしまう。
好きという感情があるにしても、それが依存になってしまうのは異常なのだ。
ただ、最近の箒を見ていると、一夏に顔を見せられないという気持ちが、いい意味で一夏との距離を開けている。
友人に近い関係になりつつある簪ともいい関係だといえるだろう。
今だからこそ、姉としていえること、やれることがあるはずだと束は考えていた。
もっとも。
(何をいえばいいのかわからにゃいいいいい……)
対人関係のスキルが致命的に欠けている束だった。
『ママがんばれー』
応援してくれるヴィヴィのほうが実は人間関係を作るのがうまいのではないかと思ってしまう束である。
だから、箒が口を開いてくれたことは束にとって本当に幸運だったといえた。
「姉さんは、何故ISを作ったんです……?」
「えっ?」
幸運ではあっても、まさか爆弾を突き出してくるとは思わず、束は言葉を失ってしまったのだった。
そのころ。
ティナはヴェノムを駆り、自らに襲いかかるプラズマエネルギーでできた巨大な光の球を避ける。
しかし、追撃するかのように光の球は追いかけてきた。
光の鎖につながれたその球体は、操る者の技量の高さを示すようにティナを追い詰める。
それでも、ヴェノムのアコンプリスとして簡単に負けるわけにはいかないとティナは鮮やかに避けてみせた。
だが。
「まだまだっ!」
『そう簡単には逃がさないのっ!』
鎖のついた光の球、正確にいうならモーニングスターを操るナターシャは、的確な動きと正確な狙いでティナを追う。
かつてシルバリオ・ゴスペルの操縦者に選ばれたのは、伊達ではない。
単純な技量なら、国家代表のイーリス・コーリングほどではなくとも、順ずるほどの実力があるのだ。
しかし、だからこそ。
「じょーだんっ、やられないってーのっ!」
『気ー抜くなよッ!』
「わかってるっ!」
簡単に追い詰められるわけにはいかないとティナは宙を舞い続けていた。
ティナはまだアメリカにいる。
ナターシャが様々な制約により、なかなか戦場に出られないため、互いの訓練をかねて模擬戦をしているのだ。
ティナは程なくIS学園に戻るが、ナターシャはそういうわけにはいかない。
だが、戦場に出るときはいずれ必ずやってくる。
イヴのパートナーとして、人を守るために。
そのとき、無様をさらすわけにはいかない。
ゆえにせっかくだから戦ってみたいといったティナに、ナターシャは自分を鍛えなおす意味も込めて相手をしているのだった。
いい感じに汗をかいた二人は、シャワーを浴び終えるとラフな格好になり、ペンタゴン内のジムの一角で一息ついた。
「いろいろ考えるわね」
「まー、それがヴェノムが一緒に戦ってくれる条件みたいなもんだし」
ティナに発想力を求めているヴェノム。
そうなるとティナとしては、常に考えて戦う必要がある。
だが、ティナにとって、それほど苦ではなかった。
少なくとも、空を見ながら羨ましがっていたころよりは気持ちは充実している。
『考えるのをやめちゃー誰だって成長しねーだろ?』
『大事なことなの』
「その通りね」と、ナターシャは微笑んだ。
力を得た、その先を見据える。
それはどんなことでもいい。
力を得ることだけを考えていると、力を得たところで思考が止まってしまう。
『だから、アンスラックスのヤローが量産機連れてきても、進化できるやつは少ねーんだ』
『終わりたくて一緒にいるんじゃないの』
「なるほどねー」
人であれ、使徒であれ、それこそがもっとも危険な状態であるということだ。
『オレも目的があってティナと一緒にいるけどよ、そこで終わるつもりはねーし』
「それは私も同じかな。戦いが終わっても、まだやりたいことたくさんあるわ」
いうなれば、当面の目的と人生の目標というところだろうか。
人はその命を終えるまで、進もうと思えば前に進んでいけるのだ。
もっとも。
「当面の目的と人生の目標。両方持つのは大変なんだけどね」
そのことの難しさを知るナターシャとしては苦笑する他ない。
そんなナターシャを見たティナが思わず呟いた。
「ばばくさー」
「怒るわよ♪」
「申し訳ございません」
にっこり笑うナターシャに恐ろしいものを感じ、すぐに謝るティナだった。