ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第121話「束の想い」

武道場で並んで座っている篠ノ之の姉妹。

妹は何も言わず、姉は何も言えずにいる。

箒は既にいいたいことはいってしまったから、もう何もいう必要はない。

だが、束は何をいえばいいのかわからないので、固まってしまっていた。

(沈黙が痛いぃぃぃぃぃっ!)

横から突き刺さるような何かを感じてしまい、束としては逃げ出したいくらいである。

実際、束は世界を変えた『天災』などといわれているが、実際はニートの引き篭もりだったといったほうが正しいだろう。

やりたいことをやっただけで、姉として、人としてやるべきことをやってきたとは到底いえないからだ。

本当は、世界に立ち向かうべきだった。

変わる前の世界にも、変わった後の世界にも。

しかし、そうすることを避けた。

他者とどう接していいのかわからないからだ。

基本的に束は受け身の人間で、向こうから接してくれる相手でなければ付き合えない。

その上で、相手に関心がなければ無視してきたのだから、これで友人知人が作れるはずもないだろう。

本当に千冬は奇特な人間だと今さらながらに感じてしまう。

そして、困ったことに箒は束と良く似ている。

つまり、この姉妹、普通に二人でいると話が進まないのだ。

だが、そんな箒が、どう思ってかはわからないが束に心を少しだけぶつけてきた。

箒の運命を捻じ曲げてしまったIS。

実際には嫌っているだろうソレについて、作った張本人の気持ちを尋ねてきた。

だが。

(うにゃぁぁぁぁっ!)

いきなりこんな質問が来るとは思わなかった束としては、どういえばいいのかわからず、混乱してしまっていた。

当たり障りのないことから話していこうと思っていただけに、何を答えても爆発しそうな質問に対して、対処方法が見えてこないのである。

そこに。

『ママ落ち着いてー』

(ヴィヴィ助けてえぇぇぇっ!)

娘の声に助けを求めてしまうあたり、なんともダメなママである。

『ママは私たちを生んだときー、イヤな気持ち持ってたのー?』

(そっ、そんなことないよっ、いろんな世界にいってみたいって気持ちが一番だったんだからっ!)

『ならー、素直にいえば大丈夫ー、ホウキもわかってくれるからー』

(そ、そうかなあ……)

『私ねー、ママに生んでもらって嬉しかったー♪』

フッと、心が軽くなるのを束は感じた。

生んでもらって嬉しかった。

そういわれるのは母親として一番誇れることかもしれない。

自分の娘がそういってくれている。

それは十分に胸を張れることのはずだ。

なら、箒もすべて理解してくれるとまでは思わないが、少しはわかってくれるかもしれない。

(ありがとね、ヴィヴィ)

『応援してるー』

だから、ヴィヴィの言葉に従い、素直な気持ちを打ち明けることにした。

「私ね、知らないことを知りたかったんだよ」

「……姉さんに知らないことなんてあるんですか?」

『天災』と、呼ばれるだけにたいていのことができてしまう束。

頭脳ばかりが取り沙汰されるが、身体能力も千冬とほぼ互角である。

端から見れば超人にしか見えないだろう。

そんな束に知らないことなどあるのだろうかと箒は考えたらしい。

だが。

「いっぱいあるよ。空の果てには何があるんだろう。海の底には何がいるんだろう。地の果てはどんな場所なんだろう。私は今でも全然知らないよ」

実際、空の果て、宇宙にいったわけでもない束が、其処に何があるのか知るはずもない。

海の底にいったわけでもない束が、其処に何がいるのか知るわけがない。

地の果てまでいったわけでもない束が、世界にどんな場所があるのかなど知りもしない。

でも知りたい。

だから、『其処』、すなわち未知の世界に行くための『服』を作ったのだ。

「いろんな場所にいって、いろんなものを見たい、知りたい。それがISを作った最初の理由だったんだ」

「じゃあ、なんで兵器として作ったんですか?」

次の疑問が飛び出してくる。

確かに、今、ISは兵器として扱われている。

それは、そもそも束がそれだけの戦闘力を持たせてしまったからだ。

ゆえに、兵器として作ったと思われても仕方ないだろう。

ただ、束としては。

「未知の世界に行くためだからね。其処にどんな危険があるかもわからない。私は確かにいろんなものを知りたいけど、其処で死にたくはないんだ。だから、身を守るための力としてつけておいたんだよ」

兵器として作ったわけではなく、身を守るためにつけた力が、兵器だと捉えられているということである。

ISにある絶対防御やシールドを考えてもらえれば理解できるはずだった。

白騎士事件を起こしたとき、一番見て欲しかったのは攻撃能力ではない。

どんな攻撃にも耐えられるように頑強に作った防御能力と、いち早く危険から逃れられるように作った機動力だったのである。

数百発のミサイルを喰らっても、エネルギーがある限り、操縦者の身に危険が及ばないように作ったものなのだ。

そもそも事件のとき、攻撃能力に関しては、近接ブレード一本だけしかなかったのだ。

千冬の剣の実力で圧倒的な攻撃力を持っているように見えただけで、実のところ兵器としての攻撃力はほとんどなかったのである。

身を守るための動きやすい防護服、宇宙服、それがインフィニット・ストラトス、すなわちISなのである。

「空の果て、海の底、地の果て。いろんなところに飛んでいける翼。それが私にとってのISだよ。その気持ちは最初から今でも変わってないんだ」

束はエゴイストだ。

自分が知りたいものを知るため。

その大きな好奇心こそが原動力で、そのために周りがどう思っても気にしない。

でも、それは果たして責められるようなことだろうか。

束自身は、何も変わってなかったし、何も変えなかった。

自分の好奇心を満たすために、ISを作っただけなのである。

ただ単に束が作ってしまったものが、優れていただけだ。

それを利用して世界を変えたのはまったく別の存在である。

より正確にいうなら、世界、社会がISを利用して変わったといえるだろう。

そこに束の意志は介在していないのだ。

であるならば、束は世界の被害者といえるかもしれない。

だが。

 

「だったら……、何であんな事件が起きたんですかッ!」

 

箒の怒鳴り声に一瞬ビクッとしてしまった束だが、話の流れからその話に行き着くことは理解していた。

先にも語った『白騎士事件』

それを起こしたのは他ならぬ束だ。

ただ、箒の言葉を反芻してみると、束が起こしたものだとは知らないらしいと理解できた。

だが、箒には真実を知る権利があるだろう。

白騎士事件によって、ISによって運命を捻じ曲げられたといえるのだから。

ゆえに、束は真実を打ち明けた。

「ふざけるなッ!」

「理由を聞く気はある?」

激昂する箒に、束はあくまで冷静にそう告げる。

目立ちたいから、自分の力を見せびらかしたいから。

普通はそう思うだろうが、実のところ、束が白騎士事件を起こしたのはもっと現実的な理由からだ。

その理由を聞く気はあるかと、箒に問う。

「嘘をつかないと約束できるなら」

箒も幾分かは感情を抑えているのか、怒鳴りはしなかったものの震える声で答えてきた。

「嘘はつかないよ。ごまかすつもりなら、このことだって話したりしないよ」

「……わかり、ました」

いうとおり、箒に対して嘘をつくつもりであったなら、白騎士事件の真実も打ち明けたりはしない。

そのことが理解できたのか、箒は気持ちを落ち着けるようにして束の言葉を待っている。

「順を追って話していくね。まず箒ちゃん、ISの開発費は知ってる?」

「……一機、数百億とか。大雑把にしか……」

「うん、それがわかってれば十分だよ」

量産機であれば、もう少し開発費は下がる。

しかし、これが鈴音たちが纏っていた第3世代の試作機なら、構想段階から考えれば、千億に届くかもしれない。

軍事兵器とは、そういったとんでもなく高額の開発費で作られているものなのだ。

「今だからそれだけかかるっていえるんだけど、最初に私が作ったときも、それほど変わらないんだ」

「でしょうね……、えっ?」

「気づいた?」

「数百億近い資産なんて、うちにはありませんよね?」

篠ノ之神社は古い歴史を持つので、実はある。

正確にいうと神社周辺の土地も篠ノ之神社の持ち物なので、売り払えば相当なお金にはなるのだ。

もっとも、神社が土地を売るなどめったにあることではないが。

「正確にいえば使える資産じゃないってコト。要するに無いって思ってくれればいいよ」

「じゃあ、姉さんはどうやって白騎士を作ったんですか?」

「株とかFXとか、まあいろいろ。このあたりはホラ、私の領分で何とか稼げるから」

それでも、IS一機を作るだけのお金を稼ぐのは相当に苦労したのは間違いない。

稼いだお金は片っ端から白騎士の材料費に消えていった。

それでも、今後ISを作っていく上で、一番考えたのは結局はお金のことである。

「実のところ、コアを作るお金は何とかなったから、最初はコアだけあればいけるって思ってたんだけどね」

「何がです?」

「スポンサー探し」

「スポンサー?」

最初、束は白騎士のコアを開発した。

そして、それを元に作成可能な、高い機動力と防御力を持った防護服であり宇宙服、すなわちISの開発構想を元に、スポンサーを探すつもりだった。

宇宙開発の新しい力となるISは、人類に必要とされるだろう。

そう考えて何十社、時には国に対しても売り込んだ。

だが。

「全滅。高校生の『ちょー可愛い』女の子の開発構想なんて、誰も相手にしてくれなかったよ」

「可愛いは余計です」

「冷静に突っ込まないでっ!」

それはともかく。

まったく相手にされないのでは、今後の開発構想も頓挫してしまう。

そこで束は思った。

実物の性能を見せない限り、世間は動かない。

ならば、実物を作る必要がある。

「さっきもいったけど、とりあえず一機開発するなら、お金を稼ぎながら何とかやれたんだ。だから、一機、つまり白騎士を開発したの」

同時に、白騎士の性能をセンセーショナルに世間に見せるにはどうすればいいかと考えた。

そこで思いついたのが。

「白騎士事件……」

「そう。各国にハッキングして、五百発くらいのミサイルを撃たせた。計算上、それなら問題なく落とせるってわかってたから」

「待ってくださいッ!」

「なに?」

「あのときは二千発以上が日本に向かっていたんでしょうッ?!」

公式な記録として残っているので、間違いはない。

つまり、束がいっている数は少なすぎるのだ。

だが、束にしてみれば、本来発射される数は五百発で間違いないのだ。

「残りのミサイルの軌道を計算すればわかるけど、あれは最初アジア全体に向かってたよ。白騎士が落とさなければ、アジア各国に相当な被害がいってただろうね」

「それじゃあ……」

「どこのどいつかは知らない。興味もない。ただ、あのとき私のハックに便乗して、戦争を起こそうとしていたやつがいるんだ」

二千発のミサイルは、都市部から外れたところを狙っていた。

国力を殺ぐ目的もあろうが、国を一発で沈めては戦争にならない。

互いを憎しみ合わせるため、束がハックした以外のミサイルが発射されたのである。

「そんなとんでもない事態だったんですか?」

「私も驚いたよ。世界は私が知るよりはるかに暗くて深いものなんだってね」

とはいえ、それは白騎士の力によって、白騎士の力が届く範囲に集めることができた。

そして千冬の実力もあり、二千発のミサイルは被害を出す前に落とされた。

「もちろん、破片とかが各地に降った。ただそれでも被害にならなかった。これは事実」

「それって……」

「白騎士は自分に集中させて背後にある日本全体を守ったんだ。あの子、この国を守る神器の一つだったしね」

八咫鏡に宿っていたという白騎士のコア。

日本を守るという意味で考えるなら、当然の役割を果たしてくれたということだろう。

それどころか、確実に第三次世界大戦になるのを未然に防いだ存在ということができる。

世界までも救ったのが白騎士だったのだ。

ただ、ここでいいたいのはそんなことではない。

「話を戻すけど、要はあの事件は私がスポンサーを探すために起こしたものだから、私の責任なのは間違いないよ。便乗した連中がいたけど、それを言い訳にはしない。きっかけは私だからね」

「姉さん……」

「そのバチが当たったのかな。結果として、ISはその優秀さを認められたけど、私の望む方向にはいけなかった」

「望む方向?」

「頑張ったんだよ……」

束が身を隠すまでの数年間。

束は白騎士事件の際のデータをもとに、ISによる宇宙開発を訴え続けた。

結果から見れば、機動力、防御力、共に素晴らしいものであることを証明できたのだ。

ならば、今度は話を聞いてくれると束は思い込んだ。イヤ、そう信じていたといってもいい。

束はある意味では普通の人よりはるかに純粋すぎるのである。

「最初の計算外は、白騎士が男の人を乗せないって決めたこと。そのために女尊男卑の風潮が生まれた」

「はい……」

「次の計算外は、ISの力を自分の力と勘違いしたバカ女が大量に出てきたこと。そいつらをうまく押さえ込むために、表面上でごまかされた女尊男卑社会が作られた」

これはかつてアメリカ大統領か自国の女性権利団体に説明している。

本当の意味で女性が社会を作っているのではなく、男性が作った社会の一部、檻と言い換えてもいい場所に押し込められただけだ。

ただ、表面的には女性が好き勝手に振舞えるようになったことで、ほとんどの女性が騙されてしまっていた。

しかし、要所要所では、結局男性が動かしていたところも多いのである。

「この件で思ったよ。男って私が考えるよりはるかに狡猾なんだってね。でも、それも時間が経てば変わったかもしれない。ちーちゃんもいたしね」

「織斑先生が?」

「ちーちゃんはこのことに気づいたから、教師として後進の指導、もっというなら世の中は男性と女性がバランスよくやっていくことで回るものだってことを教えようとしてるの」

男尊女卑でもなく、女尊男卑でもなく、真の意味での男女平等、それぞれが自分の持つ個性を生かせる社会。

千冬はそこまでを考えて教師をしているのである。

もっとも、それとて完璧とはとてもいえない。

千冬も一人の人間に過ぎないからだ。

ただ、少なくともその考えにIS学園の人間は共鳴している。

学園長以下、教師陣はほぼ同じ考えを持って教壇に立っているのだ。

「まだまだ時間はかかるだろうけどね」

「……そんなこと、考えもしませんでした」

「これは大人が考えることだよ、箒ちゃん」

実際、箒のように学生が考えるべきことでもない。

社会を構成しているのはすべての人間だが、社会に影響を及ぼせるのは一部の人間だからだ。

少なくとも、今の箒には社会に影響を及ぼすことはできない。

しかし、束は違う。

社会に影響を及ぼせる側の人間だ。

そして、結果として社会が変わった以上、束は社会、もしくは世界に立ち向かう必要があるのだ。

ただ、ディアマンテが起こした離反まで、そんなことは考えもしなかった。

束にしてみれば、勝手に事件を拡大され、勝手に女尊男卑の社会になり、勝手にISが珍重されるようになった。

束にとって、ISは突き詰めていえば未知の世界に行くための翼、すなわち道具である。

大事なことは未知の世界にいけるようになることだったのだ。

そのための道具が、ここまで世界を変えるなんて、さすがに束も想像していなかったのである。

だから、束にとっては余計なことで手を患わせられているような気持ちで、正直にいえば面倒だったのだ。

ゆえに考えなかったということができる。

ただ。

「なら、何故、ISには心があるんです?」

束はISを最初から心があるように作ったと箒は思ったのだろう。そんな疑問が飛び出してきた。

何故なら、束は最初からコアには心があると訴えていたからだ。

つまり、束はISに心があることを理解しているということができる。

そして、心がある存在が、簡単に人間のいうことを聞くだろうか。

答えは否だ。

それは今の人類対ISの戦争が証明している。

人は、ISとの付き合いを間違えていたということができるのだ。

だが、道具として使うはずのものに心など必要だろうか。

無論、道具を大事にすることはとても大切な、道徳的な考えといえる。

しかし、いうことを聞かないような強烈な自我を持たれては、道具として満足に使うことなどできないだろう。

つまり、必要ないものを付け加えたということができるのだ。

とはいえ。

「実はね、私も計算して心があるように作ったわけじゃないんだ」

「えっ?」

「確かに、初めてコアを、白騎士のコアを作ったとき、自己進化機能は組み込んでた」

「自己進化?」

「正確にいえば適応力。つまりどんな環境かを捉えて、その環境に適応できるように自分を変えられるように。コアはそう作っておいたんだ」

噛み砕いていえば『考えて、自分を変えていく力』だ。

その場所にすばやく適応することで、操縦している人間が生身では適応できなくても、ISに乗っていれば適応できるように。

予想できない環境でも生きていくことができるように。

そう考えて付け足したのが『自己進化機能』だったといえる。

紅椿の無段階移行は、もともとコアが持っていた自己進化機能を機体に付与したものであり、実はそう特別なものではない。

実のところ進化能力自体はすべてのISコアが持っているのだ。

そのために人の心が必要か否かという違いしかないのである。

「けどね、明確な心を作ったつもりはなかったんだよ」

そもそも『心』なんて作れるものじゃないし、と、束は苦笑する。

ただ、束はISコアには心があると知った。

心を作ったのではなく、完成したISコアを通電したときに知ってしまったのである。

だから束は『心がある』と訴えたのだ。

心を作ったのではなく、最初から其処にあったものだと。

「最初から?」

「びっくりしたよ。何せ、向こうから話しかけてきたんだから」

そういった束は、遠い目をして、あの日のことを思い出すように語りだした。

 

 

 

 


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