ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

149 / 273
第122話「白き騎士は語る」

人類とISの戦争が起こるより十年前。

 

一週間かけて精製、プログラミング、そして通電確認が終わった透明な球体を見て、束は満足そうに肯いていた。

「ぬふふ~、やっぱり束さんは天才だねっ♪」

これこそが後にインフィニット・ストラトスと名付けられるパワードスーツのコア、すなわちISコアである。

「これがあればどんなところにだって行けるようになる。あ~、早く行ってみたいなあ」

まだ、束自身、純粋だといえる年で、そのぶん夢見る少女といってもいい頃のことだった。

 

丈太郎のASコアと違い、束のISコアは、空を飛ぶだけのものではない。

未知の世界での活動を考えたものである。

ゆえに、もっとも大きな違いは「自己進化能力」ということができた。

環境にあわせて適応できる能力として束は考えており、情報を集積、分析して、自身に反映させることができる機能をISコアに持たせていたのである。

ただそれは、心があるようなものではない。

わかりやすくいえば、オート・インテリジェンス。

つまりはAIだ。

手に入れた情報をもとに、どうすれば環境に適応できるかと考えることができるようにしていたのである。

とはいえ、それだけの機能であったため、人間と会話することなど到底できるはずがない。

あくまで環境に合わせて自己を変える。

正確にいえば制作する予定のパワードスーツを変化させる程度の機能だった。

だから、最初は、その『声』に気づかなかったのだ。

 

これ

 

「うあー、これマトモに作ったらお金が足んないよー」

 

これ、タバネ

 

「スポンサーが必要だなあ。ちーちゃんはこっち方面からっきしだし、自分でやるかあ」

 

これ、聞いておるのか?

 

「コアがあれば何とかなるかなあ。後は束さんの魅力で」

 

とっとと気づかんかッ、この戯けッ!

 

「うみみゃあっ?!」

束にしてみればいきなり怒鳴られた気分だった。

すぐに周りを見渡してみるが、誰もいない。

そもそも束はラボには誰も入れさせないようにしていたのだから、誰もいるはずがない。

「気のせいかな……?」

 

気のせいでないわっ!

 

「ふえぇっ?!」

間違いなく、自分に呼びかける者がいる。

だが、周りには誰もいない。

いつも使っている高性能のPCと無数の機械群、そしてできたばかりのISコアだけだ。

当然、束は『声』が目の前の球体から発せられているなどとは思わなかった。

「いったいなにっ?!」

 

ここじゃ。目の前におろうが

 

「目の前?」

そういって視線を向けた先にあるのは、通電したばかりのISコア。

「いやいやいや、束さんをからかっちゃダメだよ。どこにスピーカー仕込んでるの?」

 

仕込んどらんわ

 

「だって、これに話す機能なんてないよ……」

冷や汗ダラダラになりながら、ISコアに突っ込む束。

単純に考えると、幽霊でもいるのかと思ってしまう。

 

じゃから、妾はお主の頭に伝えておる

 

「ど、どうやって?」

 

一種の電波通信じゃな

 

ISコアが語るには、微弱な電波を束の前頭葉にぶつけることで『声』を届けているらしい。

そんな機能をつけた覚えがない束としては、呆然とするしかない。

いくら自分が天才でも、ISコアが自力で、しかも電波を操って話せるように作った覚えはない。

「いったい何なの……」

 

それは妾にもわからんのう。気づいたらここにおった

 

「というか、君は誰?名前は?」

 

お主らでは発音できん。適当につけい

 

「そういわれても……」

一応、後々機体につける名前として、インフィニット・ストラトスという名称は考えていたが、ここまで個性的な喋り方をする存在につける名前ではない。

そう感じた束は、とりあえずいずれ制作する予定の機体の名前の一部を使うことにした。

「シロでいい?」

 

妾は犬か、戯け

 

「いや、白騎士って機体を作るつもりなの」

だが、喋り方から考えると、どうしてもこの『声』に『騎士』は合わない気がするので、『シロ』にしたと束が説明すると、『声』は納得した様子を見せる。

 

仕方ないのう。シロで良い

 

「あ、ありがと……。それで、シロはいったい何なの?」

 

何といわれてものう。お主が作ったもんじゃろう?

 

「いや、君みたいなのを作った覚えはないよ」

どのようにプログラミングすれば、ここまで個性的なAIができるのだろう。

思わずそう思ってしまうほど、シロは実に個性的な喋り方をしている。

少なくとも、束は意図してこんなものを作った覚えはない。

 

そういうても、此処におるのじゃから仕方なかろうて

 

「何か、けっこうのん気だね……」

 

妾はのん気ではないぞ。のん気といえばあやつのほうじゃ

 

まさかこんなのが他にもいるのだろうかと束は一瞬途方に暮れてしまう。

ちなみに、このときの束は知る由もないが、シロがのん気だという存在は既にいたりする。

シロとは別の意味で、自分の主の頭を抱えさせる存在である。

それはともかく。

 

妾としてはお主と話ができるのはなかなかの幸運なのじゃ

 

「えっ、そうなの?」

 

せっかくの機会じゃ。何故妾を作ったか話すが良い

 

なんというか、ナチュラルに上から目線で話してくるのだが、まったく嫌味がない。

あまりに自然すぎて、まるでどこかのお姫様か何かと話しているような気分になってきた。

束にしてみれば、興味が湧いたともいえる。

まさか、自分が作ったものとこんな風に話ができるなどとは思っていなかったからだ。

ゆえに、束はISコアを作った理由をシロに語って聞かせることにしたのだった。

 

 

 

話を聞いていて、箒はぽかんとしてしまっていた。

束の話を聞く限り、白騎士は個性的なISコアの中でも、トップクラスに個性的だと思えたからだ。

というか。

「どこかのお姫様ですか?」

「どうだろう。自分のことは明かさなかったんだよ。いずれ話すからって」

ここでいうお姫様とは、はっきりいえば日本風の姫君のイメージである。

というか、豪奢な和服を纏う女性のイメージになってしまっていた。

「一応、天狼が元は『八咫鏡』っていってるけど、それだけじゃないと思うんだよね」

「何故です?」

「だって、私の名前、聞く前から呼んだんだもん。まるでこっちのことを知ってるみたいだったよ」

確かに、束の回想において、シロは束の名前を自分から呼んでいる。

単に情報を読み取ったと考えることもできるのだが、何故か、それだけではないように思える束だった。

それはそれとして。

「でも、いっていることが本当だとしたら、三種の神器それぞれにISが宿っていたことになるんですね」

正確には、エンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体がISに宿る前に器物に宿っていたということであり、別にISが宿っていたわけではない。

ただ、箒はそもそもISコアやAS、または使徒にあまり興味を持たなかったので、知識が微妙に足りなかった。

「ま、ね。草那芸之大刀っていうか、草薙剣はもう倒されちゃったけど」

「えぇっ?!」

「いっくんが、ね……」

そういって束は寂しそうな目をする。

一夏が倒した相手、つまりザクロこそが、かつて草那芸之大刀に宿っていたのである。

束はこっそり天狼に聞いていたが、そのことを一夏や千冬には明かしていない。

明かしたところで、ザクロが帰ってくるわけではないからだ。

もしかしたらまた草那芸之大刀に宿っているのかもしれないが、それを探す気にもなれなかった。

形はどうあれ、ザクロという使徒はもう倒された存在なのだから。

ただ、今は心穏やかであって欲しいと願うばかりだった。

「八尺瓊勾玉は?」

「それは知らない。私も全部のISコアを知ってるわけじゃないよ。今じゃ、わからないことのほうが多いかも」

実際、ISコアはもともと束にもわからないブラックボックスがあった。

今はそれが宿っていた者たちのことだと理解できるが、そのASや使徒たちのことも、全部わかっているわけではない。

だからこそ、愛しいと思う気持ちがあるのだが。

「いずれにしても、そうやって私とシロは出会ったの。そして、シロは私の夢を知って、協力してくれるようになった」

「協力?」

「ヘソ曲げたら絶対動かないけど、機嫌のいいときは持ってる知識を教えてくれたりもしたよ。だから白騎士が完成できたといえるしね」

「……白騎士……」

「うん、さすがにあの事件を起こしたときは、怒ってたけどね……」

呟くような箒の言葉に、束は悲しそうに目を伏せ、再び語り始めた。

 

 

 

ラボで、束は真剣な表情で考え込んでいた。

シロというか、ISコアを持ってスポンサー探しを行ったが全滅。

その後、すぐに再び売り込みにいったわけではなく、白騎士の原型ともいえるパワードスーツを制作して再び売り込んだのだが、相手にされなかったのだ。

パワードスーツ自体は、実は難所での活動においてもっとも重宝されるものである。

ロボットを作るよりも比較的安価で、かつ、危険性が少ないからだ。

一番重要な点は動力源である。

さすがに現代の技術で核融合炉はまだ未完成。代替品となる動力源も今のところ小型化ができていない。

その意味では、ISコアは非常に重宝されるべきものでもある。

ただ、それでも束が相手にされなかったのは……。

「女じゃダメだっていうのっ?!」

 

落ち着け。お主が相手にされんのは女だからではないぞ

 

「じゃあ何っ?!」

 

子どもだからじゃ

 

束は現実との折り合いがつけられていないとシロは説明してくる。

間違いなく、このときの束はまだ子どもだった。

現実的に考えて、ISを作るメリットを提示することができていなかったのである。

夢は人を動かす源になるが、社会を動かす源にはならないのだ。

関わる人間が多ければ多いほど、社会というものは夢では動かない。

はっきりいえば、社会を動かすとなるともっとも重視されるのは『金』だろう。

極論ではあろうが、要はその夢に現実的な利益を見いだせなければ、夢は夢のまま消されるだけだ。

 

タバネ、お主の夢は価値はあるのじゃ

 

だが、その価値に対してお金を出してもいいと思えるほど、束自身が信用されていない。

ISを作ることでどんな利益が生まれるかということを伝えられていないのだとシロはいう。

「利益ったってさあっ、宇宙服だっていってんじゃんッ!」

宇宙開発を行うための新しいスーツとして考えたのだから、そう説明すればいいと束は考え、実際にそう説明してきた。

理論上ではあるが、ISは真空状態でも活動できるように作られている。

実験が必要だというのであれば、そのバックアップはさすがに企業か、国の力を借りる必要があるが。

実際に実験して、何か欠陥が出るとしても、束としてはすべて計算しているので、対応できる自信もあった。

ただ、それ以前に誰も相手にしないということこそが問題なのだ。

一歩も前に進めていないのである。

この状況はさすがに束としても腹立たしい。

 

落ち着け。時間はかかろうが方法はあるじゃろう

 

「例えば?」と、ブスっとした顔でシロに聞き返す束に、シロは一つため息をついた。

 

まずは進学じゃ。理工系の大学の研究院に入るとかじゃな

 

既に今の段階でも、そこいらの教授にすら負けないレベルのものが作れる束なら、入学直後から予算を回してもらえるだろう。

独力で白騎士を組み上げているのだから、むしろ欲しがってもおかしくない。

だが。

「バカと一緒に研究するなんて真っ平だよ」

と、束はにべもない。

同年代どころか、下手をすれば人間の中に同レベルの頭脳がいない可能性がある束としては、自分よりレベルの低い連中と一緒に研究する気などない。

そもそも重度のアスペルガー症候群の気がある束。

コミュニケーション能力にも欠陥があるのだ。

うまくやっていける可能性は非常に低かった。

 

次に考えるならバラ売りじゃな

 

「バラ売り?」

 

センサー一つとっても数世代先のものができたのじゃ

 

医療関係など、宇宙開発とはまったく関係のない分野に売り込んでいくことも一つの手だという。

スーツ自体、義肢の開発に対しても有効だろう。

欠損部分を補えるだけの力が十分にある。

また、自力で空を飛ぶことができるのだから、その点だけを売り込んでもいい。

束が作った白騎士は高機能の塊だ。一つずつ別の分野に売っていくことも可能なのである。

時間はかかるだろうが、いずれは目的に辿り着けるだろう。

しかし。

「私は早く宇宙に行きたいのッ、のんびり待ってる気はないんだよッ!」

 

何故じゃ?

 

「時間かけてたらおばあちゃんになっちゃうじゃんッ!」

 

そこまで時間はかからんじゃろう。何を焦っておる?

 

シロが不思議そうに尋ねると、束は顔を真っ赤にして叫んだ。

「早く宇宙人に会いたいのッ!」

 

宇宙人?

 

「きっとどこかに私より頭のいい人がいるはずなんだっ!」

 

タバネ……

 

その束の叫びでシロは何故束が焦っているのか、急いでいるのかが理解できた。

今のところ、束にとって友人といえるのは同い年の千冬だけだ。

しかし、千冬は確かに身体能力も高く、頭脳もそれなりだが、束と比べれば、特に頭脳は劣る。

自分と同じレベルか、それ以上の頭脳を持つ話し相手が欲しいのである。

しかし、地球上に束と互角の相手はいない。

正確には、束の前には現れていない。

だから宇宙にその存在を求めているのである。

束は寂しいのだ。

孤独なのだ。

誰と話していても、この地球にたった一人しかいないような気がしてたまらないのだ。

束が欲しいもの、それは同じレベルで話ができる『友だち』なのである。

 

方法はまだあるがの……

 

その声は、苦渋に満ちていた。シロとしてはその道だけは話したくなかったのだろう。

しかし、古来より、もっとも科学技術が必要とされてきたのは、その道だった。

ゆえに一番手っ取り早い。

だが、その道を目指せば、束は死の商人といわれるようになる。

まだ子どもでしかない束になってほしいものではない。

だからいいたくなかった。

だが、友だちが欲しいと泣いているような束を見ていると、心が痛む。

ゆえに、自分もその責任を背負う覚悟で、シロはその道を提示することにした。

「シロ?」

 

白騎士を、『兵器』にするのじゃ

 

その言葉が、後に『白騎士事件』を起こし、さらには世界を歪に変えることになることまでは、シロにも束にもわかっていなかった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。