ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第13話余話「傍観者と当事者」

すごい、と簪は素直に賞賛の眼差しを送っていた。

果たしてあそこに自分がいて、あの謎のISを倒せただろうか、と。

「すごいね~、かんちゃん」

「どうして、倒せたんだろう?」

「男の子だからだよ、きっと~」

首をかしげる簪に本音がほわほわした笑顔を向けて答えた。

「女の子は現実見ちゃうからね~、でも男の子は夢に突撃しちゃうんだよね~」

現実と折り合いをつけてベターエンドを目指すのが普通の女性。

しかし、男性は現実にぶつかってありえないベストエンドを出すものだと本音は語った。

「もう許してあげてもいいんじゃないかな~」

「別に、織斑一夏は恨んでないよ」

簪の専用機は本来は倉持技研が制作するはずであった。

しかし、一夏という男性のIS操縦者が見つかったことで、一夏の専用機を制作するため、放り出されてしまったのだ。

そのことに思うところがないわけではない。

ただ、一夏は専用機であったはずの「白式」を受け取らなかった。

しかも、そのことは前もって伝えてあった。

諒兵とて持ち込まれた「白式」を受け取りはしなかった。

倉持技研が勝手にやったことなのだ。

一夏に非はないし、諒兵はそれこそ何の問題もない。

ただ。

「羨ましいだけ……」

「かんちゃん?」

姉の楯無と放り出した倉持技研に対する意地で自分の専用機を制作している簪にしてみれば、不可能を可能にするような一夏と諒兵の強さが羨ましかった。

 

 

「一夏……」と、箒は呟く。

戦っている一夏の背を見て、自分の不安はさらに広がった。

届かない。

自分が手の届かない場所まで一夏は駆け上がっていく。

一緒にいられるのは諒兵や鈴音、セシリアだけ。

そう思うと不安が広がっていくのを押さえられない。

「力、力があれば……」

一夏や諒兵と対等な力、鈴音やセシリアが見せたような力、それさえあればきっと一夏に手が届くはず。

どうすればその力が得られるのか、と箒は考え込んでいた。

 

 

戦闘後。

千冬からの言葉を、一夏、諒兵、鈴音、セシリアは残念そうに聞いていた。

ちなみに箒の表情は変わっていないが。

「中止なのかよ」

「今、学園のネットワーク・セキュリティやアリーナのシールドなどを急いで復旧してるところなんですよ」と、苦笑しながら真耶が答える。

「その状況で対抗戦はできん。またあんなものに来られては敵わんからな」

仕方がないのだから我慢しろ、と、千冬は続ける。

とはいえ、残念なものは残念なのだ。

なかなかいい試合だっただけにきっちり決着をつけるべきだとも思う。

「もったいねえなあ。4組のクラス代表の更識の試合も見てみたかったぜ」

「確か、日本の代表候補生なんだっけ。どんな戦いをするのか興味あるな」

「それなら六月まで我慢しろ」

「六月?」と、一夏と諒兵が声を揃える。

IS学園では六月に学年別トーナメントと呼ばれるISバトルトーナメントを行う。

一年、二年、三年とそれぞれの学年ごとに、トーナメント戦を行うのである。

これは自由参加で、その気になれば誰でも参加できる。

「へえ、おもしれえな」

「それまでにもっと強くなっておきたいな」

「腕が鳴りますわ。今度は私も参加できますし」

「優勝は私がもらうわよ」

と、諒兵、一夏、セシリア、鈴音の順にそれぞれ自信ありげに語る。

無論、千冬の目から見ても優勝候補ばかりなので、彼女も内心期待していた。

「いずれにしても、今は鍛錬を重ねることだ。伝えておくことは以上だ」

と、そういって千冬は真耶とともに教員室に向かう。

そこに本音がトコトコとやってきた。

「すごかったねー、りんりん」

「えっ?」と、本音が自分勝手に他人や友だちの愛称をつけることを知らない鈴音は怪訝そうな顔を見せる。

本音としては可愛いと思ってつけているので、決して悪意はない。

だが、小学校のころ、鈴音はそれでいじめられていた。

そこを助けたのが一夏だったのである。

もっともそのことは他の友人たちも知っているが。

「のどぼとけ。その呼び名は鈴にとっていやな思い出があるんだよ。やめてやれ」と、諒兵が本音を嗜める。

「そっかー」と、本音は納得し、少し頭を捻って別の呼び名をつけてきた。

「なら、ふぁんふぁん」

「方向性が同じじゃねえか」

「それじゃ、いんやん」

「陰陽師かよ」

「だったら、いんりん」

「グラビアモデルの名前じゃ鈴に似合わねえって」

「何がいいたいの、諒兵?」と、鈴の目が据わる。

そしてすかさず諒兵の背後に回り、背中から首を極めてきた。

「チョークチョークッ、極まってる極まってるっ!」

と、諒兵は必死にタップするが、鈴は一向に離そうとしない。

「あんたはもっと素直に私の魅力を認めなさいよッ!」

「今の呼び名は無理があっただろッ!」

そんな二人を見ながら、セシリアが一夏に問いかける。

「止めないんですの?」

「ああ。こういうときは」と、そういいながら一夏が手を合わせる。

「ご冥福を祈るんだ」

「なるほど」と、セシリアは慣れた手つきで十字を切った。

「死んでねえよ一夏ッ、順応すんじゃねえセシリアッ!」

 

そんな絶叫を聞いた千冬が呟く。

「まったく、騒がしい連中だ」

「楽しそうでいいと思いますよ」

微笑みながらそう答える真耶に、千冬は呆れたような苦笑いを見せるのだった。

 

 

 

 




閑話「兎と狼」

深夜。
千冬はIS学園地下特別格納庫で一人、破壊された鉄塊を見つめていた。
そしておもむろに電話を取り出す。
「なに、ちーちゃん?」
電話の向こうの声の主は女性だった。千冬にとっては幼馴染みになる。そんな彼女はやけに不機嫌そうだった。
千冬は、一つため息をつくと口を開く。
「あれはお前の仕業か?」
「いっくんの戦闘データを取りたかったんだよ」と、悪びれもせずに答えてくる。
本来ならば重罪だ。
IS学園の教師たる身としては、例え幼馴染みでも、否、幼馴染みだからこそ罪を償ってほしいと思う。
しかし、この幼馴染みは捕まえられないだろう。
それに、一夏と白虎、諒兵とレオのデータが取れたのは、ある意味では幼馴染みのおかげである以上、ここは黙認することにした。
だが、そもそもコア・ネットワークを覗ける幼馴染であれば、白虎とレオについてもデータは得られるだろうと千冬は不思議に思う。
「なんか邪魔があって取れないの」
「邪魔?」
「ネットワークが途切れるときがあるの、あの子」
なるほど、と千冬は納得する。以前聞いた話では、一夏の白虎、諒兵のレオは既に大きく変化している。
つながりにくいのか、白虎とレオが勝手に遮断しているのかはわからないが、自分たちのことを知られないようにしているのかもしれないと千冬は推測した。
もっとも、幼馴染みにとっては気に入らないことなのだろう。
文句をいうように話を続けてきた。
「ちょっとおかしくない、アレ?」
「何がだ?」
「打鉄でしょ?」
「そうだ」
「馬鹿みたいに攻撃力高いよ?」
「そうらしいな」
「わからないの?」
知っている。
識ってはいる。
しかし、その意味を含め、今はまだいえないと千冬は内心ため息をつく。
「記録して解析していたが、油断していたせいか、何者かにクラックされた。データは残っていない」
「うあーっ、貰おうと思ってたのにぃっ!」
「IS学園のデータをほいほい渡せるものか」
実際には誰がクラックしたのかも千冬は知っている。データそのものはある場所に保管されていることも。
いかに幼馴染みでも、その場所だけはそう容易くはハックできないだろう。
だが、今はまだそれもいえない。自分の胸にしまっておくことしかできないのだ。
しかし、鉄塊を寄越した主犯であろう幼馴染みがなぜわざわざIS学園のデータを欲しがるのか。
千冬は疑問に思い、尋ねかけた。
「データ送る途中でぶっ壊されたからっ、全部は届かなかったんだよっ!」
「自業自得だ。諦めろ」
「うぅ~……」
しばらくの間、幼馴染みは唸っていたが、ため息をつく。そして千冬に尋ねかけてきた。
「あの黒いのも変だけど、いっくんもおかしいよ?」
「別におかしくはない。私が見る限り、いつもどおりの一夏だぞ」
黒いのというのは諒兵のことだろうと千冬は理解した。
幼馴染みは、興味のない相手はまったく認識しないのだ。
せいぜい、一夏にくっついているオマケくらいの認識だろう。
それはともかく、千冬は一夏も諒兵も同レベルでおかしいことは既に理解していた。
理解しているが、まだ打ち明けられない。このことを知るのは今のところ、自分とあと一人。
(いや、更識は聞いているか)
更識楯無は、個人的につながりを持っているらしいことを以前聞いたことがある。
その素性から考えれば当然と言える。
「まあいい。ところでコレは回収するのか?」
「捨てて。もう役に立たないし」
「ガワじゃない」
「あげる」
「そうか。極秘裏に保管しておこう」
そう千冬が答えると、電話は勝手に切れた。
かけたのはこっちとはいえ、相変わらずマイペースな幼馴染みだと呆れてしまう。
そして千冬は今度は別の番号にかけた。
「そろそろ来んじゃねぇかと思ったぜ、織斑」
「すみません。コレは大丈夫なんでしょうか?」
そういって千冬は手にしている球体を見つめる。その輝きは美しいにもかからわず、直視できないような禍々しさを感じていた。
「……そいつぁ絶対ISに組み込むな。あと凍結するにしても、そいつだきゃぁ俺か兎じゃねぇとできねぇ」
「そこまでなんですかっ?」
「思考が歪んじまってっかんな。下手に輸送して奪われでもすりゃぁ大事になる。俺が行くまで隔離しとけ」
「わかりました」
「早ぇうちに時間取っから待っててくれや。じゃぁな」
「はい、失礼します」
切れた電話を見つめながら、千冬はこの球体から禍々しい『強欲』さを感じるのは間違いではなかったのだと深いため息をついたのだった。




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